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第17代の最高裁長官に、東京高裁長官だった竹崎博允氏が就任した。
この40年ほど、新長官は現職の最高裁判事から選ばれてきた。先輩14人を飛び越す異例の抜擢(ばってき)だが、そのことが国民にとっても慶事となるかどうかは、これからの実績にかかっている。
最高裁長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命する。後任は現職の長官が推薦し、内閣もそれを尊重してきた。今回も前任の島田仁郎氏の推薦が決め手だった。その理由を島田氏は「そこまでおぬしは考えているのか、というくらい先を見通す人だ」と述べる。
竹崎氏は米国で陪審制を調査した経験を持つ。司法制度の改革が準備段階から実施段階に移る時期には、裁判所の予算や人事を取り仕切る最高裁事務総局の要職を歴任して、国民が裁判官と一緒に重大事件を裁く裁判員制度の導入に力を発揮した。
その裁判員制度の開始が半年後に迫る。河村官房長官は「円滑な実施が求められており、竹崎氏は最高裁長官には最良」と説明した。
経験したことのないような社会の流動化や、体感治安の悪化への懸念の中での新制度の導入となる。刑事裁判がこれほど注目されたことは、近代裁判史上でもほとんどなかっただろう。
反対論も根強くあるなか、新制度の定着は、国民がその負担を上回る刑事裁判の改革を実感できるかどうかにかかる。
「実施後も検証を重ねて不断の改善を加えていく」と竹崎新長官は就任会見で述べた。そうであるなら、裁判官ばかりでなく、裁判員経験者からも広く感想を聞いて問題点をあぶり出し、積極的に改善策を示すことだ。
裁判員法では、施行から3年後、必要な改善をすることになっている。竹崎氏の在任期間は定年まで5年余りあり、検証と改善の責任は重い。
さらに、憲法の番人である最高裁のトップとして重要なことは、時代の変化の中で、新たな憲法判断や判例変更をためらうことなく行うために最高裁大法廷を積極的に開くことだ。
島田前長官の下で大法廷は今年、結婚していない日本人の父とフィリピン人の母の間の子どもが日本国籍の確認を求めた訴訟で、「国籍法の規定は、法の下の平等を定めた憲法に違反する」と判断した。土地区画整理事業の取り消しを求めた訴訟では、計画段階での提訴を認めなかった42年前の判例を変更し、行政訴訟の門戸を広げた。
法令や行政措置が憲法に違反していないか。これまでの判例で、激変する社会、経済情勢に対応できるのか。個人の権利と公共の福祉とのバランスに目を配りつつ、こうした点について常に厳しくチェックする。そのことこそが、司法が真に国民と共に歩むことにつながるのではなかろうか。
ノーベルの命日である12月10日、スウェーデンのストックホルムで行われる今年のノーベル賞授賞式は、かつてないものになりそうだ。
ノルウェーで授賞される平和賞を除き、壇上に並ぶ五つのノーベル賞受賞者10人のうち3人が日本人である。物理学賞の小林誠さん、益川敏英さん、そして、化学賞の下村脩さんだ。米国籍となっている物理学賞の南部陽一郎さんは残念ながら欠席だ。
科学分野では、00年から3年連続で4人の日本人が受賞している。その前は1949年の湯川秀樹さんから87年の利根川進さんまで5人だったことを思えば、ノーベル賞はぐんと身近になった。
受賞者の功績をたたえつつ、賞というものについて考えてみたい。
科学分野のノーベル賞は1世紀余りの歴史を通じ、ほぼ誤りのない選考によって揺るぎない権威を築いてきた。
しかし、対象は、ダイナマイト王ノーベルが遺言で記した医学生理学、物理学、化学の3分野に限られる。数学や地学のほか、近年の発展が著しい情報科学などは含まれない。
受賞者の数も、各賞ごとに3人以内と遺言が定める。共同研究でどんなに重要な役割を果たしても、その枠からはずれることは少なくない。
重要な発明や発見をした科学者のすべてがノーベル賞を受けるわけではないのだ。幸運にも恵まれた一握りの人たちが栄誉に浴するにすぎない。
もっと多様な基準で、功績をたたえる賞があっていい。その方が科学の健全な発展にもつながるはずだ。
日本では85年、閣議了解を受けた国際科学技術財団の日本国際賞、そして稲盛財団の京都賞が、ノーベル賞とは違う分野の研究をも対象にする国際的な賞としてスタートした。ほかに環境分野ではブループラネット賞もある。
今年の国際賞は、インターネットの生みの親であるビントン・サーフさんらに贈られた。京都賞の近年の受賞者には、世界的な統計手法を開発した赤池弘次さんや巨大地震のメカニズムを解き明かした金森博雄さんがいる。
しかし、残念ながら、賞としての知名度や権威はまだノーベル賞に遠く及ばない。選考の質をいっそう高めてすぐれた研究者を発掘し、日本ならではの賞として、大きく育ってほしい。
スウェーデンの科学は、ノーベル賞を持つことで鍛えられた面がある。賞の質を保つには、世界中の研究の動向をとらえ、研究の価値を見極める力が欠かせないからだ。目利きの存在は科学を育てるうえできわめて重要だ。
世界から集まった受賞者に高校生たちと交流してもらうなど、理科教育にもノーベル賞を役立てている。
賞は受けるだけでなく、出すことにも実は、大きな価値がある。