第166回通常国会(07年1月25日から6月23日までの150日間)衆議院予算員会
民法第772条に関する審議⇒質問者=⇒自民党;野田聖子議員(07年2月23日;6分41秒)/民主党;枝野幸男議員(07年2月7日;14分42秒)
民法772条 @ 妻が婚姻中懐胎した子は、夫の子と推定する。 A 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。 |
離婚後に生まれた子の養育などを巡る、親子関係が推定できる規定は、民法が施行された1898(明治31)年当時から、実質的な内容は変わっていない。
すなわち、婚姻解消・取り消しの日から300日以内に生まれた子は離婚前の夫の子と推定すると定めており、早産などの事情があっても、親子関係の不存在を(家庭)裁判所で確認するなどしないと「現在の夫の子」として戸籍に登録(記載)できない。つまり、実際に親子関係がない前の夫のことなるわけである。
誰が父親になるかは相続など、家族関係上の権利・義務問題に直結するため、父親を法的に明確にする目的で、婚姻中の妊娠がはっきりしていれば夫が父親で、離婚前の妊娠なら前夫を父親とするという「親子推定」を置いた。これが「300日規定」である(なお、妊娠期間は「十月十日〈とつきとおか〉」と言われ、通常280日。772条2項の規定は、父親のいない子供とならないよう出産の遅れを考慮して20日分加えられた)。
だが、今日この規定は、実態(現実)と乖離(かいり=はなれること)しているといわなければならない。離婚・再婚の増加(厚生労働省の「婚姻に関する統計」によると、05年に結婚した夫婦のうち、夫婦、または一方が再婚のカップルは全体の25・3%〈18万767組〉。4組に1組が再婚カップルで、75年の12・7%の倍。また同統計によると、04年の婚姻件数は72万417件あり、再婚率は夫17.8%、妻15.9%。94年の夫12.9%、妻11.4%に比べ高くなっている)など、法律ができた明治時代には予想しなかった社会の変化に法律がついていっていない。また、家族関係についての国民の意識も大きく変わってきている。
たとえ、DNA鑑定などで「親子関係がはっきりしている」場合や「早産だった」と証明しても(当事者がそう訴えても)、自治体には審査権がなく、また自治体により異なった判断が出るような事態を防ぐため、法律に基づいた対応しかできない。したがって、自治体は、裁判で手続きを勧めるしかない。「しゃくし定規」といわれれば、その通りである。
それゆえ、02年の自治体側の改正要望に「応じがたい」と答えた法務省(の官僚)は、その実態が分かっていないか、分かろうとしないのではないかとの疑問が出ていた。
官僚は、改革(改正)しない理由を考える天才である(例えば「特異」のケースとの言葉の多用。06年3月15日の衆議院法務委員会で杉浦正健法相〈当時〉は「ご指摘のような事情は特異なケースだと思う。見直すとすれば慎重の上にも慎重に検討すべきだ」と答えている)。
しかし、法務省(官僚)も、こうした疑問の声に押されてようやく実態調査に乗り出した(法務省は07年1月、全国の自治体に対し、06年の1年間に、離婚後300日以内に出産したケースで「今の夫の子」と主張した件数や、そのうち裁判などで「今の夫の子」と修正して受理した件数、さらに不受理もしくは窓口で返した件数などの回答を求めた)。
民法の改正もさることながら、法務省民事局長通達などの形で運用を早急に見直すことは可能である。
民法772条2項前段に規定(婚姻〈結婚〉から200日を過ぎて生まれた子は「夫の子」とする)を文面通り運用すれば、結婚から200日以内に出産した場合は「夫の子」とはされない。
しかし、今日いわれている「できちゃった婚」が実際に多発していた40(昭和15)年7月30日、旧司法省(現法務省)は民事局長見解として(自治体の質問に対する回答)は「結婚中に子が生まれたら、結婚前の内縁関係を調査せずに出生届を受理すべきだ」としたのである。この戦前の見解が、現在の「できちゃった婚」で生まれた子を「夫の子」と認める根拠になっているから、同様の見解を示せば済むわけである。
なお、法務省は、離婚した女性の子をめぐる制度見直しをめぐって実態調査し、実際に離婚後300日以内に生まれた子どもが年間3000人近くいると推計した。また「現夫の子」と認めるよう求めて裁判や調停を起こしたうち、法的な離婚後の妊娠は1割程度であることもわかった。近く出される法務省の通達で救済対象になるのは「離婚後の妊娠」が医師の証明書で明らかな場合だけで、救済対象が限定的になることが改めて浮かび上がった。
調査は、約6400件の出生届を無作為抽出。このうち、離婚後300日以内に生まれたのは、全体の0・26%を占める計17件だった。
裁判や調停に関する調査は最高裁などの協力で行った。05年中にあった親子関係の不存在を確認する調停のうち、約7割が、300日問題によるものであることが判明。このうち離婚成立前の妊娠が9割を占めていた(07年04月27日付『朝日新聞』)。
「300日規定」の主たる問題点 1.規定が国民に知られて(周知されて)いない=法曹3者の検事の中にも知らない者がいる。また、多くの夫婦が婚姻や出生を届け出た時にこの規定を知らされている。 2.離婚後の妊娠であっても、早産などで300日以内に誕生するケースが多々ある(出産の早期化傾向。また、女性の不妊治療のため、双子などの多胎妊娠も増え、この場合早産の傾向が強くなる)。 3.法律の規定に従えば、虚偽の出生届けを出さなければならず、理不尽である。 4.科学の発展でDNA鑑定などを用いて前夫の子でない証明が容易であり、かつ実際に前夫の子でないことが明らかでも、法律(民法の規定)が優先して、親子関係がない前夫の子となる。現に、離婚に至る大部分のケースで、別居が先行している。また、離婚前後に新たな男女関係が生じることは現在では珍しくない。 5.今の夫の子とするためには、前夫の協力を得て裁判をしなければならない。つまり、「今の夫の子」として戸籍に登録するためには、前夫に「親子関係はない」と裁判で証言してもらうことが原則として必要となる。離婚した前夫に法廷などでの証言を求めるのに膨大なエネルギーがいり、比較的良好な関係でも当事者たちは強いる負担は大きい。 6.多発しているDVの現状から、前夫に持ち込むと、居場所が前夫に分かり、再び暴力やストーカーの被害をおけるおそれが生まれる。「暴力の悪夢を忘れたい」と前夫との再会を拒む女性は多く、それは十分に理解される。 7.たとえ、裁判で現夫の子として認められて戸籍登録できても、戸籍に前夫記載(名前)が残り、戸籍閲覧者に分かってしまう。 8.法律に従い、「前夫の子」となるのを拒んだことにより、戸籍のない子供(無戸籍児)が存在することとなる。 9.夫側から「自分の子ではない」と裁判に訴えることは子の誕生を知ってから1年以内なら「嫡出子否認」という手段があるが、この期間を過ぎた場合や子や妻は「親子関係はない」との訴え(親子関係不存在確認の訴え)を起こすしかない。 10.裁判には、多額の金銭と時間が必要になり、金や時間に余裕がない場合、訴えを起こすことに犠牲が伴う。 |
☆ 前代未聞の珍事=法務省の幹部官僚も絶句
98年に中国から来日した中国籍の女性(28)は、00年7月に前夫と結婚したが、翌01年5月に離婚、離婚から5カ月後の同年10月に別の交際相手(01年12月に再婚)との間にできた男児を出産し、「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定」とする民法772条の規定通り「前夫の長男」とする出生届を大阪市港区役所に提出した。
これに気付いた前夫は06年1月、女性を大阪府警港署に刑事告発、告発を受けた警察は公正証書原本不実記載・同行使の罪として地検に書類送検(犯罪容疑者の身柄を拘束することなく、事件に関する調書だけを検察庁に送ること)、「虚偽の届け出」と判断した地検が同年10月に同罪で女性を在宅起訴(刑事訴訟法の被告人が監獄に勾留〈拘置〉されていない状態で起訴がなされることをいう)した。
女性は、取り調べ当初から前夫との子供ではないことを認める一方で、「前夫の子供として届け出るよう(区役所で)指導された」と供述し、06年12月1日の初公判で、弁護人も「民法上は正当な行為だ」と無罪を主張したことから(民法の規定を知っていたかどうかは不明)、大阪地検公判部の検事が不適切だったことに気付き、07年2月16日、起訴を取り消す手続きを取り(日本の検察が公訴取り消しをすることはほとんどなく、異例中の異例)、女性に謝罪、大阪地裁は即日公訴を棄却した。
同日記者会見した大阪地検の次席検事は「(担当検事は)こうした出生届を虚偽申請としては扱わないという法的な運用を理解していなかった。女性に対しては申し訳なく思っている」と話した。また、起訴取り消しを聞いた法務省の幹部は「捜査を担当した検事だけでなく、決裁した上司もミスに気付かないなんて、全く考えられない失態だ。言葉もない」と絶句した。
民事では、前夫が04年6月に起こした親子関係不存在確認訴訟で、前夫の勝訴が確定し、前夫の戸籍から抹消されている(なお、07年2月末現在、この男児は戸籍に入っていない=無戸籍の子)。
07年2月19日の衆院予算委員会において、民主党の枝野幸男議員(弁護士)の「検事ですら見落とすような法律を放置していることは法務省の責任だ」との追及(質問)に答えて長勢甚遠法相は、「誠に申し訳ございませんでした」と陳謝し、「早急に検討を進めたいと思っている」と述べた。
一方、離婚後265日目に男児を出産し、裁判を経て今の夫の子にした神戸市東灘区の女性(41)は「事実と異なる出生届を出さざるを得なくしている規定の理不尽さを浮き彫りにした。法律の専門家がいるはずの検察庁でさえも規定が周知されていないことが驚きだ」と話した
さらに、民法改正に取り組むNGO「mネット・民法改正情報ネットワーク」の坂本洋子共同代表は「不実記載を強いているこの規定の欠陥が露呈した例だと思うし、現状のままでは今後も起き得るケースだ。女性が気の毒で、制度の周知と見直しが急務だ」と語った(07年02月17日付『毎日新聞』)。
さらに07年1月31日の参院の代表質問で社民党の福島瑞穂党首が「規定が現実と合わず、子供や母親、前夫にも負担をかけている。見直しの必要があると考えるか」と取りあげ、安倍晋三首相は「規定や運用について、現在各方面でなされているさまざまな議論の状況なども視野に置き、見直しの要否も含め慎重に検討を行う」と答弁した。
☆ 規定を見直す与党プロジェクトチーム(PT)の議員立法について、自民党の政調幹部が07年4月10日、「時間をかけて議論せざるを得ない」と今国会での法案提出の見送りを示唆した。法務省の通達があれば立法は不要との意見が党内で強まった事態を受けたものだ。だが、与党PT案が救済対象とする「離婚前の懐胎」は、通達案では対象外(07年04月11日付『朝日新聞』)。
家族制度を重んじる西川京子衆院議員(61)は「(要綱案のように)DNA鑑定を持ち込むことで、婚姻制度自体がアリの一穴のように崩れていく可能性がある」と反対姿勢を鮮明にした。古屋圭司衆院議員(54)は「(離婚後に妊娠した場合を救済する)法務省の通達(方針)が出た以上、喫緊の課題はクリアできた」と、議員立法は不要との考えを示した。
一方、賛成論には若手が目立った。牧原秀樹衆院議員(35)は離婚経験を明かし、「私も結婚再チャレンジ組ですが、『後の家庭』の家族を守り、大事にするということはしっかりやるべきだ」と話した。後藤田正純衆院議員(37)は「法律を現実にあわせるのか、遠い昔の民法にあわせるのかという議論だが、世の中が変化した流れに合わせるべきだ」と明言した(07年04月10日付『朝日新聞』)。
☆ 自民党の中川政調会長と公明党の斉藤政調会長は07年4月13日午前、首相官邸で会談し、離婚後300日以内に出産した子を一律に「前夫の子」とする民法規定を見直す特例法案について、当面、与党のプロジェクトチーム(PT)の議論を見守ることを決めた。政府・自民党の反対論を踏まえて今国会への法案提出は見送り、実務者の調整を続ける方針を示したもの(07年07月13日付『毎日新聞』)。
☆ 「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」と推定する民法772条を巡り、子どもの戸籍を巡る裁判などを経験した男性3人が07年4月15日、大阪市内で記者会見した。男性らは「自分の子でないと公の場で証明するのがつらかった」などと精神的な苦痛についても語り、「法相の離婚女性の『貞操義務』発言が問題になったが、男性にとっても理不尽な負担が大きい」と訴えた。関西地方の男性(37)は10年前、海外で単身赴任中、妻から「好きな人ができて妊娠した。離婚してください」と打ち明けられた。結婚して約1年。帰国して話し合おうとしたが、妻の気持ちはかたくなだった。仕方なく離婚の手続きを取った約2カ月後に出産。子どもを法的に実際の父親の子とするため、男性は自分の子であることを否認する「嫡出否認」の手続きを家庭裁判所で経験。「着床時、元妻と性交渉がなかった」ことも証言させられた。男性が取材に応じ、体験を話すのはこの日が初めて。「10年たってやっと話せるようになった。恋愛のモラルなどについては社会の問題で民法の規定とは別問題。子どもに罪はなく、救済の道を作るべきだ」と語った(07年04月16日付『毎日新聞』)。
☆ 政府は07年4月21日、離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子とみなされる民法772条の規定があるため、出生届が提出されずに無戸籍となっている子供に対し、パスポート(旅券)の発給を認める方向で最終調整に入った。5月中にも旅券法に関する外務省令が改正される見通し。旅券発給は、日本国籍を持つ母親との母子関係について、出産に立ち会った医師による出生証明書などで確認され、無戸籍でも日本国籍を有していることが証明されることが条件となる。このほか(1)前夫との親子関係がないことを確認する訴えなど、裁判手続きを起こしている(2)海外渡航するための人道上な理由がある−ことも発給要件とする方向。現行の旅券法では、旅券発給を申請する際には戸籍謄本か抄本の提出が義務づけられている。このため外務省は、無戸籍児への旅券発給は行わないとの立場だった(07年04月22日付『産経新聞』)。
☆ 市民団体「mネット・民法改正情報ネットワーク」のメンバーらが08年5月20日、鳩山法相と面会し、嫡出推定の例外を認めるよう求める要望書を提出した。要望書は離婚前に夫以外の男性の子を妊娠し、離婚後300日以内に子どもを出産した場合でも、一定の事情があれば実際の父親の戸籍で届け出が出来るよう求めた内容。法相は「非常に論点のいっぱいある問題。虚心坦懐に話を承って色々考えていきたい」と述べた。嫡出推定を巡っては法務省が昨年5月、医師の証明書で離婚後に妊娠したことを証明できれば、離婚後300日以内の出産でも実際の父親の子として出生届を認める通達を出したが、離婚前の妊娠は対象外となっている(08年05月20日付『読売新聞』)。
無戸籍児:夫のDV証明で住民票 東京・北区
暴力を振るう夫が応じずに離婚できない女性が、新たな男性との間に産んだ子供について、東京都北区が無戸籍のままで住民票を作っていたことが分かった。DV(ドメスティックバイオレンス)被害者と警察が認定したことを示す書類を提出したケースで、他に離婚後300日規定による無戸籍児にも住民票を作成していた。区は「無戸籍は親の事情で生じており、子供の立場を考えた措置」と説明している。
区によると、06年以降、こうした理由での住民票作成は0歳から1歳4カ月の子供で計4件。(1)DVの夫が離婚に応じない状況で、別の男性との間に子供が生まれたが、夫の戸籍に記載されることを女性(妻)が拒み、無戸籍になった(2)離婚後300日以内に現夫の子を出産したものの、法務省通達の適用対象外の「離婚前妊娠」のため、現夫の戸籍に記載するには前夫を巻き込んだ裁判をしなければならないが、事情によりできない−−のケースだ。
(1)では、女性が夫から住所を特定されないよう住民票の写しの発行を禁止するため、DV防止法などに伴い規定された「住民基本台帳事務における支援措置申出書」(警察署長の被害確認印付き)の提出を受け作成した。子供の本籍地や戸籍筆頭者欄は「不詳」だ。300日規定をめぐっては、東京都足立区が昨年2月に無戸籍女児に特殊事情を考慮し作成した例がある。(2)の裁判ができないケースは「前夫が裁判に出頭しない」などだ。区は「今後も2ケースに当てはまれば作成する」としている。
住民基本台帳法などは、戸籍に関する届けを受理した時は住民票の作成を義務付けているほか、役所による事実確認のうえでの職権での作成も可能としている。毎日新聞が今月実施した300日規定による都道府県庁所在市や政令市、東京23区対象の調査では、昨年末時点で少なくとも127人の無戸籍児の存在が判明したが、北区以外は住民票を作っていない(08年01月27日付『毎日新聞』)。
☆ 「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」と推定する民法772条をめぐり、東京都府中市で、無戸籍の子供でも児童手当や予防接種などを受けられるとする厚生労働省の通知が徹底されていなかったことが分かった(07年05月02日付『毎日新聞』)。
☆ 外務省が「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」と推定する民法772条のために戸籍がない子供らにパスポート(旅券)を発給することを決めた問題で、旅券の氏名に「前夫の姓」を使うことを義務付けていることが分かった。無戸籍児の旅券申請を後押ししてきた市民団体などは「子の人格を尊重して、今の夫の姓を旅券に反映させてほしい」と反発している(07年05月02日付『毎日新聞』)。
☆早産=東京都墨田区の女性(38)が07年1月11日、予定日より約2カ月早く出産した男児について、現在の夫を父親する出生届を区役所に出したところ「離婚から300日以内に誕生した子は前夫の子」とする民法第772条の規定を理由に受理されなかった。予定日なら離婚後343日目だったが、切迫早産で292日目の出産だった(07年01月12日付『毎日新聞』)。
☆ 東京都墨田区の女性(38)が07年1月11日、予定日より約2カ月早く出産した男児について、現在の夫を父親する出生届を区役所に出したところ「離婚から300日以内に誕生した子は前夫の子」とする民法第772条の規定を理由に受理されなかった。予定日なら離婚後343日目だったが、切迫早産で292日目の出産だった(07年01月12日付『毎日新聞』)。
☆ 東京都足立区は、同じように戸籍に登録されていない乳児に対し、同区が住民票を作成した(07年2月27日判明)。住民票がない状態では、児童手当を受けられないなどの不利益が生じることを考慮し、区が住民基本台帳法を根拠に、特例として認めた。同区は、この乳児の出生届に際して、2月13日、親族に「離婚後300日以内なので、いまの夫の戸籍に入れない」などと説明したが、後日、親族が「住民票だけでも作ってほしい」と求めたことから、区側が母親の自宅を訪問調査した上で、区内に住んでいる実態や出生証明書などがあり、実際の母子関係があることを確認し、特例適用に踏み切ったのである(07年02月28日付『朝日新聞』)。
☆ 「離婚後300日以内に生まれた子供は前夫の子」との民法第772条の規定により、離婚成立後の妊娠が明確なのに、生まれた子供を「前夫の子」とされた横浜市内の夫妻が、それを覆すための法的手続きに半年かかり、費用は100万円を超えた(07年01月25日付『毎日新聞』)。
☆ 無戸籍児(戸籍に記載されていない人のこと)=何らかの理由で出生届を出されなかった未就籍者も含む。また、単に生後14日以内で、まだ出生届が出されていない一般の乳児のことも指すこともある。母親が夫の家庭内暴力(DV)を避けて別居中に、新しいパートナーとの間に生まれた滋賀県の女子高校生が、戸籍がないために旅券(パスポート)をとれず、海外への修学旅行に参加する道を閉ざされた(07年02月09日付『朝日新聞』)。
07年02月23日付『沖縄タイムズ』−「社説」−離婚後300日
「婚姻の解消もしくは取り消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」という民法772条の理不尽さが問題になっている。
この規定は離婚後300日以内に生まれた子は、別の男性の子であっても、前夫の子として届けなければならないというものだ。現夫との親子関係が明らかでも、前夫が自分の子ではないと認めても、実際の父親の子として戸籍に登録するには、裁判など面倒な手続きを経なければならない。さらに前夫と連絡が取れない場合、問題は長期化する。
法律ができた当初は「父親はだれか」を明らかにすることによって、「子の福祉」を守ろうという目的があったのだろう。しかし今は医療技術の進歩で妊娠7、8カ月、200日以内の早産であっても元気に育つ時代だ。女性の離婚や再婚も珍しくなく、規定自体が正当性を欠く。
離婚後292日後に現夫との子を出産した38歳の女性は、「単純に前夫の子とされるのは、あまりに不条理」、出生届が受理されず「戸籍のない子がふびんだ」と話している。
別の女性は「調停で夫との子と認められたが、子どもの戸籍には前夫の名前が残ってしまった」と悩む。
現実には、新たな恋愛が離婚の原因となることも少なくなく、300日という縛りが逆に親子関係を複雑にしている。真実をゆがめることが子の利益になるとは思えない。
そもそも民法には古い家意識や価値観をよりどころとした不平等規定がいくつもある。夫婦が結婚の際、同姓か別姓かを選択できないことや、女性だけに設けられている再婚禁止期間などだ。
離婚後300日規定について、超党派の国会議員が勉強会を開くなど法改正へ向けての動きが加速している。
少なくとも出生証明書で離婚後に妊娠したことが明らかな場合は、規定の対象から外すべきだ。その気になれば難しい問題ではない。
07年02月27日付『毎日新聞』−「社説」=嫡出推定 時代変化に応じた見直しを
「結婚から200日後、離婚から300日以内に生まれた子は夫婦の嫡出子と推定する」との趣旨の民法772条をめぐり、実情にそぐわず弊害が生じているとの指摘が相次いでいる。国会での議論も始まり、安倍晋三首相も検討する方針を表明した。
同条は、生まれた子を養育すべき父親の責任を早い段階で明確にすることに主眼が置かれている。女性に離婚後6カ月間の「待婚期間」を設けている同法733条とも実質的に連動し、戸籍上、子の父親が不明にならないように機能してきた。しかし、医学の進歩で相当の早産による子も無事に成育するようになったこと、離婚交渉が長引く中で待婚期間中などに事実上再婚する女性が増えていることなどから、別れた夫の子でないことが明白でも、別れた夫の子とみなされてしまう不合理が問題視されるようになってきた。
法的には、別れた夫が嫡出を否認したり、裁判で父子関係が存在しないことが認められれば、再婚相手との子と認められる道はある。だが、ドメスティック・バイオレンスの被害を受けた女性らが別れた夫と連絡をとることを敬遠したり、戸籍上、別れた夫の名が残ることを嫌う結果、無戸籍状態になる子も現れている。
「嫡出推定」の規定は、子の保護のために必要不可欠だ。民法は家庭の平和と真の血縁の両立を目指しており、戸籍には複雑な事情が投影されることも考慮すれば、血液型やDNA鑑定で親子関係をはっきりさせることが妥当とは限らない。しかし、自分の子と認めようとしない別れた夫に責任を自覚させるケースより、再婚相手の子と認めさせたいとの要請が増えているならば、実態を調査した上で制度を見直すのは当然だ。
「嫡出推定」の期間は、出産の実情に合致させてしかるべきだろう。さらに、再婚した女性が出産した場合にはその時期にかかわらず、別れた夫ではなく、再婚相手の「嫡出推定」が及ぶように発想を逆転させる方が合理的とも映る。ドイツなどで採用された考え方であり、検討すべきだ。
女性に別れた夫への「貞操」を求める意味合いも含まれていたという「待婚期間」も、今の時代にそぐわないのではないか。少なくとも妊娠していないことが証明されれば、不必要な規定である。併せて見直しを検討すべきだ。
それにしても、結婚、出産という重要な規定なのに、周知徹底されていない現実に驚く。大阪地検の検事でさえ、離婚5カ月後に出産した子を別れた夫の子として届け出た女性を、誤って公正証書原本不実記載などの罪で起訴したことが発覚している。素人が知らないのはやむを得ないとしても、法教育のあり方を見直したり、市区町村の戸籍窓口で婚姻届の提出時などに簡単な法律ガイドを渡すことなどが望まれる。
嫡出否認や親子関係不存在の確認を求める訴訟に至った場合には、科学的な鑑定をも駆使し、スピーディーに解決できるようにシステムを改善する必要もある。
07年04月05日付『読売新聞』−「社説編集手帳」=民法772条]「親子関係はDNAで判定できる」
DNA鑑定によって親子の判定が簡単に出来る時代だ。そうした科学技術の進歩を法制度の中に反映させていくのは、当然のことだろう。
離婚後、300日以内に誕生した子は、前夫の子と推定する民法772条の運用を見直す特例法案が、近く与党から今国会に提出される見通しだ。
772条は、子の扶養義務を負う父親を法的に明確にし、家族関係の安定をはかるため、1898年の民法施行時から設けられている規定だ。
再婚相手の子か、前夫の子かについての科学的判断の難しい時代に作られた制度が、今日まで続いている。
前夫の子でないことを法的に確定するには、嫡出否認や親子関係不存在確認などの裁判手続きが必要だ。
離婚後に妊娠した子が、300日以内に生まれるケースは少なくない。医療の進歩により、早期出産も増えている。
家庭内暴力が原因で別れた場合、前夫の協力が得られず、手続きに手間がかかることもある。出産直後の母親にとって裁判手続きは大きな負担でもある。
子供の戸籍には、審判の事実や前の夫の氏名が残る。新しい家庭を築く上で、心理的な重圧ともなりかねない。
煩雑な手続きを嫌った母親が出生届をしなかったため、子が無戸籍のままという事例もある。
与党の法案は、DNA鑑定書など一定の書類があれば、裁判手続きを経ずに、再婚した夫の子としての出生届を認めようというものだ。
手続きが簡略化されることで、当事者の負担も大幅に軽減される。
現在、家庭裁判所がDNA鑑定を行う場合、鑑定機関が裁判所に出向いて、関係者の体の組織を採取するなど、慎重な手順が踏まれている。
新制度ではDNAデータの捏造(ねつぞう)をどう防止するかなど、細部について詰めていく必要もある。
自民党は、特例法案と共に、女性の再婚禁止期間を現行の離婚後180日から100日に短縮する民法改正案を今国会に提出することも検討している。
離婚した母親が、可能な限り早く再婚出来るよう配慮した法改正案だ。
1996年の法制審議会の答申に盛り込まれたが、自民党内に異論の多かった夫婦別姓制度と併せた民法の見直しだったために、頓挫した経緯がある。
再婚禁止期間の短縮での意見集約に時間がかかるのであれば、別個に議論するのも一つの方法だろう。
要は、今日の時代にそぐわない772条の運用を早急に見直すことだ。
07年04月07日付『毎日新聞』−「社説」=民法300日規定 一歩前進で終わらせぬ議論を
法務省が出生届の取り扱いを見直し、婚姻中の妊娠ではないと証明されれば、離婚直後であっても前夫の子でないと認めて受理することを決めた。今月中にも、全国の市区町村に民事局長通達で指示する。嫡出推定について定める民法772条に基づき、離婚から300日以内に生まれた子を前夫の子とみなす従来の原則を、大きく変更するものだ。
明治の民法制定時には考えられなかった医学の進歩で、かなりの早産で生まれた子が無事に育つようになったり、長期化する離婚交渉中に新しい相手との子をもうける女性が増えている現状に対応するためだ。実子でないことが明白でも前夫の子とする不合理への批判と不満の声が高まっていただけに、法務省が変更に踏み切ったことは一歩前進と言える。
しかし、国会で与党議員らが進めてきた「300日規定」を見直す特例法制定の動きを封じるのが目的ならば、お門違いも甚だしい。離婚や幼児虐待の増加、体外受精や代理母の登場など社会の変化を踏まえて、今こそ法的な親子関係を抜本的に問い直す必要があるからだ。
子の福祉を重視する「300日規定」の趣旨に着目すれば、例外的に前夫の子であるとの推認が及ばないようにする今回の法務省の対応が、妥当と言えるかどうかには疑問の余地がある。むしろ母の再婚相手を父とみなすことを原則とした方が、子の養育義務が明確になり、合理的とも考えられる。実態調査も進め、父親の推認法としてどちらが好ましいか、比較考量すべきだ。
妊娠が離婚前であっても婚姻関係が破たんしている場合は、前夫の子とみなすべきではないとする主張についても、検討する必要がある。長勢甚遠法相は「貞操義務なり、性道徳なりという問題は考えなければならない」と否定的な見解を述べたが、相手が嫌がらせ目的で離婚に応じないケースも目立つ。その現状も考慮した上で、救済の是非を論議すべきだ。
「貞操義務」という言葉を持ち出されると、再婚禁止期間短縮への反対論が自民党内で根強い理由が、透けて見えてくる。女性に6カ月の「待婚期間」を義務づける民法733条は、実質的に「300日規定」とも連動して戸籍上、子の親が不明にならないように機能してきたが、前夫が別れた妻に貞操を求める狙いから定められたともいわれている。いかにも時代錯誤的で、不必要ではないか。
この間、子の父はDNA鑑定で証明すべきだ、といった主張も幅を利かせているが、法的な親子関係は科学では割り切れないことにも十分な配慮が求められる。娘が産んだ子を実子と偽って届け出て、円満な家庭を築いている夫婦もいる。他人の精子を使った人工授精もある。DNAで科学的に真実を追求することが、必ずしも社会正義にかなうわけではない。
時代の要請も踏まえ、幅広い見地から議論し、親子関係の法整備を進めねばならない。運用の見直しで片づけてはならない。
07年04月08日付『朝日新聞』−『社説』=300日の壁―子のしあわせを法律で
離婚後300日以内に生まれた子どもは前の夫の子とみなす。
民法772条は、こう定めている。
東京に住む38歳のある女性は02年3月に前の夫と離婚した。その年9月に今の夫と再婚して子どもを授かった。離婚後の妊娠だったが早産で、子どもの誕生は離婚から300日に足りなかった。
出生届は仕方なく、前の夫の子として出した。子どもはいったん前夫の戸籍に入り、その後、前夫に頼んで裁判で親子関係を否定してもらった。そうして今の夫を父親にできたが、子どもの戸籍には前夫の名前といきさつも記された。
離婚してから300日以内に子どもが生まれると、こんな煩雑な手続きを踏まなくてはならない。
前の夫の戸籍に入れたくないときは、さらに時間と手間がかかる。その間、出生届は出せず、子どもは無戸籍の状態に置かれて行政サービスを受けられない。子どもにとっては重大な人権侵害だ。
300日規定は、明治31(1898)年に制定された民法をそのまま引き継いでいる。もともとは法律上の父親をはっきりさせて、子どもの養育に責任を持たせるために設けられたものだ。
100年以上たって、時代は大きく変わった。医学の進歩で、妊娠の時期や父子関係は特定できるようになった。300日規定の意義は薄らいでいる。
なにより家族や男女をめぐる状況が大きく変化した。いま、結婚するカップルの4組に1組は、一方か双方が再婚だ。
こうした時代の変化を踏まえ、与党のプロジェクトチームは、煩雑な手続きを簡略にするための特例法案を今の国会に出す準備を進めていた。
その動きに長勢法相らが待ったをかけた。特例法ではなく法務省の通達で規定の運用を見直す方針を打ち出したのだ。
冒頭の女性のように離婚後の妊娠であることが明確な場合は、医師の証明書があれば実際の父親の子どもとして出生届を出せるようになる。
しかし通達では、離婚前に再婚相手の子どもを妊娠した人たちは救われない。対象は、ごく限られる。
特例法の案では、離婚前の妊娠についても一定の条件をつけて認めることになっている。結婚生活は破綻(はたん)していても、さまざまな事情で法律的な離婚が遅れる例は少なくない。別居が数年に及ぶようなケースもあるからだ。
妊娠の時期で差をつけず、できるだけ多くの親子が救済される方がいい。
ここは役所の通達で済ますのではなく、きちんとした法律をつくるべきだ。いま一度、子どもの幸せを願った規定の原点に立ち返ってほしい。
与党は、民法の改正に踏み込む再婚禁止期間の短縮も併せて提案しようとしていた。趣旨は理解できるが、議論を複雑にしかねない。300日規定に絞って特例法案を出し、一日も早く超党派で成立させてもらいたい。
07年04月13日付『日経新聞』-「主張」=「300日問題」は子の立場から
「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」と推定する民法772条の規定の見直し論議が与党内で紛糾している。
現行法では再婚相手の子でも早産などの場合は「前夫の子」とされる。推定を覆すには、裁判所で前夫が父子関係を否定するか、妻や子から親子関係がないとの確認を求める訴えを起こすことが必要だ。
だが前夫の協力が得られず手続きが難航すれば、事実に反する戸籍を強いられる。一方、誤った推定を避けようと出生届を出さなければ、子どもは一時的に戸籍を持てない。
こうした不合理をなくすため、与党のプロジェクトチームが規定の例外措置などを盛った特例法の制定に向け検討を重ねてきた772条については、離婚後の妊娠が医師によって証明できるか、DNA鑑定で再婚相手の子と証明できれば、その人の子と認める。さらに民法733条の女性の再婚禁止期間を6カ月から100日に短縮する案も検討した。議員立法で今国会での成立を目指す。
現在の規定は明治時代の1898年にできたものであり、その後の科学の進歩や生活様式の変化を考慮すれば、この法案はおおむね妥当といえるだろう。肝心なのは、子どもがいつ生まれたかよりも、責任をもって子を養い、見守り、教育する親を確保することのはずだからだ。
ところが法務省は新法でなく運用によって300日問題を解決する意向で、近く全国の市区町村に通達を出すという。離婚後の妊娠を示す医師の証明によって再婚後の夫の子と認める方針だが、これだと、特例法案の要綱案に含まれる「離婚前に妊娠した子」については救済されない。
気になるのは、長勢甚遠法相がこの問題に関して「貞操義務」を持ち出すなど、離婚にまつわる実態から離れた議論が自民党内で展開され始めたことだ。見直し案に再婚禁止期間の100日への短縮を含めた点が、一部の反発を買ったともいわれる。だが子どもの立場を考えれば、お門違いの議論と言うほかない。DNA鑑定についても、科学技術の成果を活用しない手はないだろう。
今国会での法案提出は悲観的ともいわれるが、子どもの幸福を第一に規定の見直しを進めてほしい。
無戸籍児:127人判明…離婚前妊娠で 219市区調査(08年01月22日付『毎日新聞』)
「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」と推定する民法772条によって無戸籍となった子供が、072月末現在で道府県庁所在地と政令指定都市の計50市と東京23区に、少なくとも127人いることが毎日新聞の調査で分かった。300日規定を巡っては、07月以降は法務省通達により「離婚後妊娠」は「現夫の子」での出生届が認められている。このため、現状での無戸籍児は「離婚前妊娠」のケースで、規定を早急に見直す必要性が浮き彫りになった。
法務省は昨年実施した実態調査で「無戸籍児数を把握する手立てがない」としており、具体数が明らかになるのは初めてだ。
調査は、通達以降の無戸籍児の実態や自治体対応などを調べるため、道府県庁所在市と政令市(全区)、東京23区を対象に今月上旬実施した。それぞれ出生届の担当課と児童手当の担当課を調査し、全219市区から回答を得た(政令市の一部は一括回答)。
その結果、児童手当を無戸籍児に支給したことが「ある」と答えたのは154市区。人数については記載なしや不明を1人とすると全部で254人に上った。07年12月時点で支給しているのは39市区で、同様の計算で127人いた。年齢別(判明分のみ)では、0歳が74人で最も多く、▽1歳12人▽2歳7人▽3・4・6・7歳各3人▽8・10・11歳各1人−−だった。
出生届の担当課に対する調査では、現在無戸籍の子供への住民票の有無についても聞いたが、作成していたのは東京都北区だけで、無戸籍児を対象に住民票を出すケースが例外であることが、改めて明らかになった。