11月22日(土)午前9時=約11㌔=
日比谷公園にれのき広場集合→勝鬨橋→月島→隅田川→永代橋→水天宮→(休憩)→日本橋→日本銀行→皇居→日比谷公園にれのき広場解散
日比谷公園の噴水広場では真っ青な快晴の空に映えて七色の虹が見えた。
◎第545回[第10回皇居ぐるっとウォーク]
11月22日(土)午前9時、真っ青な空に、秋の朝の日比谷公園は光り輝いていた。黄、赤、茶、緑の木々を背景に大噴水に虹がかかって素晴らしい。パスモのピンクジャンパーの人達が、ぞくぞくと集まる人々を、誘導していた。
日比谷公園にれのき広場の[第10回皇居ぐるっとウォーク]の幟の立ったテントで受付、参加カードをもらって、少し離れた位置に57人(10時受付分も含む)が集合。次回JWA木場公園協力の打合せで冷えあがり、陽だまりへ移動して体操をする。
今日は各自自由歩行、大勢の人の流れに乗って、日比谷交差点から勝鬨橋へ向かって出発する。
晴海通りは両側とも歩道は人でいっぱい。追い抜きも出来ず、道を外れて歩いた人もいた。コースは勝鬨橋、月島と進み、相生橋から隅田川テラスへ出て、越中島公園から永代橋を渡り、豊海橋、隅田川大橋、水天宮、人形町と歩き、日本橋、日本銀行、大手町から皇居へ出る。
とうとう痺れを切らして、築地辺りから別コースをとる。と、我が仲間に出会う。ではついでに赤穂浪士の下見をと、築地川公園から浅野内匠頭江戸屋敷跡を確かめ、聖路加看護大学の緑道を通り、鉄砲洲稲荷へ向かったが、カトリック築地教会の壁の展示に見入って方向転換、新大橋通りを行くと、桜川公園が新しくきれいになっていた。
堀部安兵衛の碑を見てから、今日のコースへ戻るため、八重洲通りを北上する。
工事中ながら混雑する八重洲地下街も通り抜け、皇居前の銀杏並木、緑の松林を愛で、楠正成公を仰ぎ、大勢の人の流れに戻って祝田橋を渡る。ゴールまでの日比谷公園外の歩道は渋滞で追越し禁止。中に入って鶴の噴水、黄色のツワブキを眺め、にれのき広場に到着する。ゴールで「パスモロボットのキーホルダー」と「ラグビーボールのストレス解消ニギニギ」をいただき、パスモの参加カードにスタンプをもらって解散。ちゃんとコース通り歩いたグループも到着していた=約11㌔=。
真っ青な空に雲ひとつ無く大噴水の虹もいよいよ輝いていた。快晴の中、汗もかかずにウォーキング、いい季節だ。
11月15日(土)午前10時=約9㌔=
長沼駅集合→都立長沼公園(霜降の道→野猿峠ハイキングコース)→光照寺北→北野台えくぼ公園→白山通→高嶺小→北野台3→大塚山公園→絹の道→絹の道資料館(お弁当・休憩)→嫁入橋→小泉家屋敷→鑓水公園→小山内裏公園(パークセンター→多目的広場)→赤石公園→南大沢解散
紅葉真っ盛りの小山内裏公園、早実グランド横を歩くGNP一行
◎第544回[多摩ニュータウンと「絹の道」を歩く]
11月15日(土)午前10時、長沼駅改札前のガード下に40人が集合。ぐるっとウォークの参加証の葉書を渡しWさんの体操をして、うす曇の空に、黄、赤に染まり始めてきた都立長沼公園へ向かって出発した。
いきなり急坂の霧降の道に入り、落葉を踏みしめ、鬱蒼とした山道を登り頂上で一休み。今度は野猿峠ハイキングコースを下り、途中、C班を中心とした一群は「峠の小さな美術館」を見学。淡い配色の風景画を堪能した。
光照寺北信号を渡り、絹一通りを上り北野台えくぼ公園の階段を下りて白山通りに出る。高台に広がる庭付きの住宅街は整然として美しいが何だか住むにはアップダウンが多く大変そうだ。中央公園、高嶺小学校を過ぎ左折、北野台3丁目バス停から石段を登る。上がり口は2本だが、途中から1本になり左に曲がると鬱蒼とした竹林に出た。ここまで144段。
山道を進み大塚山公園の階段下で、道了堂跡を見学してきたA班と合流。一緒になって、明治の中ごろまで輸出用の生糸が運ばれたという「八王子絹の道」を下る。絹の道入口を過ぎて、11時半、絹の道資料館に到着。見学してお弁当を食べ休憩する。白い粉が飛んでいると思ったら、ユキムシだって。これはアブラムシの一種で体長4mm程度。わずか一週間の命とのこと。
遅れた会長も到着、12時10分、揃って出発する。
大栗川の御殿橋を渡り柚木街道を渡り、小泉家屋敷を眺める。入口で野菜を直売していたので、100円で柿を買う。鑓水板木の杜緑地から鑓水公園、穂成田(ぼなりだ)歩道橋、小山給水塔と進み、小山内裏公園へ入る。
武蔵野の道(尾根道)は通らず、林の中の鮎のみちへ進む。駐車場を過ぎると枯れ木が池の中に立つ大正池のような大田切池を眺めて一休み。パークセンターからちょっと一般道を歩き、多摩ニュータウン通りを跨ぎ、早実グランド横を歩き多目的広場の大きな滑り台を横目に関東山歩道橋を渡って、南大沢小、赤石公園と秋色の道を進む。南大沢輪舞歩道橋の上で体操をして解散。イトーヨーカドーを抜けて南大沢駅へ。
曇り空のためか、赤も黄色も輝いてはいなかったが、ススキの白、ハゼとニシキギの赤、桜とイチョウの黄色と緑のグラデーションが美しく、深まる秋を楽しんだ一日だった。
[KM記]
11月8日(土)午前10時=約8㌔=
西荻窪駅北口集合→東京女子大学→善福寺公園(休憩)→善福寺→井草八幡宮→観泉寺→ロケット発祥之地の碑→荻窪八幡→杉並アニメーションミュージアム(休憩)→荻窪駅解散
写真は、寒々とした初冬の善福寺公園で咲き乱れるつつじの狂い咲き。
◎第543回[晩秋の杉並を訪ねて公園、お寺、神社を回る]=約8㌔=
11月8日(土)午前10時前、西荻窪駅改札を出て北口でJRの受付を済ませ皆を待つ。通路に屯していると、若めのお兄さん二人連れが「あ、ちょっとごめんよ!」と我々の中を2回も通り抜けていった。通路を塞ぐなという意思を伝えているのだろう。IさんからAさんの葉書を見せてもらう。お腹をこわしてるそう、船の修理とか天候とかで随分遅れ、帰国は来年とか・・・。同情する。
10時、47人が集合。皇居ぐるっとウォーク、都電のアンケート等の打合せをして体操は省略、冷たい雨模様のなか出発する。最初から反対に向かう人達がいた。
駅北口から右に進み、段差のない歩道の商店街を歩く。右、左とかぎに曲り、青い住宅に突き当たって右折、東京女子大学を眺めて坂を下り善福寺公園に入る。
枯れた葦、赤や黄に色付いた木々、晩秋の景色。水面にはたくさんの水鳥たちが雨に濡れながら泳ぎ回っていた。一羽の赤い眼鏡をかけたようなガチョウがじーっと立ち止まって我々を見ていた。ちょっと離れて二羽のガチョウがクワックワッ賑やかにつま先立ち歩きで池に向かい、スイーッと滑り込んでいった。下池、上池、遅の井とめぐり、公園を出る。
善福寺を覗き、青梅街道に出る。井草八幡宮の赤い燈籠を眺めて早稲田通りを直進、上井草3を右折して観泉寺を覗きちょっと休憩。広々とした桃井原っぱ広場をぐるっと回って、ロケット発祥之地碑を見る。日産プリンスの敷地の一隅に旧中島飛行機発動機発祥之地の石碑と並んでいた。青梅街道に出て、可愛い七五三晴れ着姿をほほえましく眺めながら荻窪八幡をぬけ、杉並アニメーションミュージアムを見て、また青梅街道をひたすら歩き、荻窪駅に到着、解散した。誘導された場所が、普段出入りする改札口と違っていて、頭が混乱した。
もう11月中旬、そろそろ、ネックウォーマーやハンドウォーマーなど、冬支度の必要があるようだ。 [KM記]
11月1日(土)午前10時=約10㌔=
兵庫島公園特設テント(二子玉川駅徒歩5分)受付・集合→二子玉川緑地運動場→野川散策→慶元寺→稲荷塚古墳→知行院→次大夫堀公園・民家園(休憩)→世田谷区大蔵運動公園→砧公園→岡本公園・民家園(休憩)→静嘉堂緑地・静嘉堂文庫美術館→フラワーランド→用賀プロムナード→無量寺→世田谷ビジネススクエア・ゴール・解散→用賀駅
フラワーランドで色んな花を見学。見本花壇は見事だった。
◎第542回[世田谷の緑と歴史の宝庫「国分寺崖線」を辿る]=約10㌔=
11月1日(土)午前9時20分、多摩川に張り出した二子玉川駅で下車。駅前は開発途上で随分変っていた。玉川通をくぐって河原へ出る。兵庫島公園特設テントで東急沿線エコウォークの受付、申込人数5人分のワッペンとパンフレットと水を受け取ってみんなを待つ。先着のSさんの話によると9時ごろは人でいっぱいだったそうだ。
10時、47名集合。11月22日ぐるっとウォークの組み合わせ、11月29,30日に日本ウォーキング協会からの木場公園の協力依頼、来年のコースのために都電のコースを各人3つ選ぶことなどを打合せ、久しぶりの真っ青の空の下、Wさんリードで体操をして、出発する。
広大な二子玉川緑地運動場は整備され大勢のスポーツマンでいっぱい。ウォークは要所要所に誘導者が配置され、住宅地をくねくねと迷わずに野川水道橋へ出る。番いの白鷺や生産緑地を眺めながら川沿いを散策。高速道路をくぐって「せたがやそだち」の看板が立つ畑を眺め、慶元寺、稲荷塚古墳、知行院を周り、次太夫堀公園で民家園を見学、民家園前ではのんびり鴨がたむろしていた。ちょっと休憩する。
流れに沿ってパズルトンネルをくぐり、大正橋で野川を渡り、中之橋で仙川を渡り、大きなサイの牙の大蔵運動公園案内塔から坂道を上る。結構、疲れてしまい、砧公園は陸上競技場を一周しただけ。グランド橋で東名高速を跨ぐ。高級住宅が並ぶ尾根道は右も左もすごい坂道で怖いくらい。丸子川に下って、岡本公園に入り、民家園の縁台でのどを潤す。八幡宮の階段を背にまた丸子川に出て静嘉堂緑地を覗き、坂道を上がって静嘉堂文庫に裏門から入る。レンガの静嘉堂文庫の立派な建物の前庭で、妙な匂いがしたのは銀杏の実だった。
坂道を下って谷戸川を渡り、急坂を登り、フラワーランドで色んな花を見学。花のトンネル、 水車、見本花壇や苗の即売など、たくさんの人達が活発に動いていた。この三連休何かイベントが行われているのかな。
知らない花を夢中で見ていたらうっかり道を間違え環八を少し歩く。環八東名入口の長い歩道橋を渡り用賀プロムナードを通り、やっと世田谷ビジネススクエア1階の受付へゴール。エコバックを貰って解散する。国分寺崖線を上下したからか、歩数よりも疲れたように思った。
用賀駅周辺は、去年来た時と比べると、すっかり落ち着いた雰囲気を感じた。
◎第541回[新橋から池袋まで環状線縦断ウォーク]
10月25日(土)午前9時=約9㌔=
新橋駅集合(JR受付)→虎ノ門→霞ヶ関2→大蔵省上→総理官邸前→参議院通用門前→(日本テレビ通)→市ヶ谷駅→市谷田町→(牛込中央通)→神楽坂駅→牛込天神町→(江戸川橋通)→江戸川橋→護国寺駅(10時30分メトロ受付)→東池袋駅解散
表通りから見た護国寺
◎第541回[新橋から池袋まで環状線縦断ウォーク]
10月25日(土)午前9時、新橋駅に集合してJRの受付を済ませたのは、51人(直接、メトロ受付を澄ませた者を含む)。簡単な打合せを済ませ、護国寺までのオリジナルコースを歩くことにする。
先ず、虎ノ門まで直進、右折して財務省と外務省の間の霞ヶ関2丁目で左折した。続いて首都高速道路を渡り、総理官邸前で右折。参議院通用門前で左折して、そのまま日本テレビ通を直進、市ヶ谷駅前で右折。市谷田町で左折。牛込中央通を直進、神楽坂駅前で左折して牛込天神町で右折。江戸川橋通を直進。江戸川橋の袂にある江戸川公園で休憩した。
続いて音羽通を直進、護国寺に到着したのは、11時近くなってしまった。先着したメンバーにメトロの受付を依頼していたため、10時30分に締め切られたメトロの受付も間に合った。
待ち合わせをしたメンバーと合流して直接ゴールの東池袋駅を目指して歩き、メトロの記念品をゲットして解散した。
10月18日(土)午前10 時=約12㌔=
京王線高尾駅集合→陵南公園→南浅川緑地→吉祥院→多賀神社→多賀公園→浅川→極楽寺(休憩)→台町見晴公園→富士森公園→子安公園→京王八王子駅(中央口)・解散
10 月11 日(土)午前10 時=約8㌔=
JR大崎駅南改札口集合→目黒川沿い→不動前駅前商店街→かむろ坂→目黒不動尊→都立林試の森公園(休憩)→武蔵小山商店街→戸越銀座商店街→大崎駅南改札口解散=約8㌔=
かむろ坂を上がった小さな公園で可愛い銅像に出会った。
◎第539回[目黒不動尊・林試の森公園と下町商店街]
10月11日(土)午前10時、小雨の降るJR大崎駅南改札口の外に集合したのは46人。京王高尾の土休券、広島旅行のお土産の配布、皇居ぐるっとウォーク、東急エコウォークの出席確認、東急土休券の申込、第3四半期皆勤者8人へ景品贈呈、など汗だくで打合せし、自由歩行で雨の中に出発する。大崎は何だかいつも雨になるようだ。
大崎ゲートシティ、夢さん橋の露店の中を抜け、目黒川沿いを進む。御成橋公園、光の滝公園など新しいものが出来ていた。ふれあい橋を渡り五反田駅をくぐり国道1号線を越え、市場橋から左折。東急目黒線沿いに進み不動前駅を右折、商店街からかむろ坂を上り、可愛い銅像に出会った。続いて目黒不動尊へ向かう。ウォーカーばかりの不動尊境内で、紫色の甘藷まつりの横断幕が淋しそうに雨に濡れていた。
東門から秋雨にしっとり濡れた都立林試の森公園に入る。出会いの広場から南門へ出ると、直径12センチはある大きなみかん(ザボン? 文旦? 実は同じもの)が重そうに生っていた。小山台小、小山台高、武蔵小山駅を過ぎると、有名な武蔵小山パルムの商店街が600メートルほど続き、中原街道平塚橋の歩道橋を渡って今度は戸越銀座商店街。東急線、1号線、新幹線、妙光寺と、約2キロほどうんざりするほど歩いてJR線に突き当たる。線路沿いに左へ行くとビル群が眼前に聳えていた。百反通を過ぎ、和太鼓の演奏に迎えられて階段を登り、大崎駅西口に到着。ゴールしてそれぞれ解散した。雨のためちゃんと休憩をとらなかったせいか、結構疲れた。=約8㌔=
10月3日(金)新幹線6時発→広島。原爆ドーム・宮島散策。広島泊。
10月4日(土)浜田、海洋館アクアスでシロイルカを見る、畳ヶ浦散策。希望者のみ夜・石見神楽鑑賞。 浜田泊
10月5日(日)石見銀山。バスで広島。東京駅着23時32分着
勇壮で動きの激しい石見神楽を間近に見て感激の極み
◎第538回B[三つの世界遺産を訪ねて]
10月3日(金)東京駅新幹線6時で出発した一行12人は、広島で原爆ドームを見学。そのあと宮島で散策。広島泊。
10月4日(土)レンタカーで浜田へ。途中、海洋館アクアスでシロイルカを見たあと、畳ヶ浦散策。国民宿舎に荷物を置いた後、浜田の今宮神社で舞台に上がり、石見神楽を鑑賞。勇壮で動きの激しい御神楽を間近に見て感激の極み。
10月5日(日)は石見銀山見学。大久保間歩から坑内に入り、かつての掘削現場を見た後、釜屋間歩まで登った。続いて大森代官所跡から町並み地区を散策。当時の賑わいを偲んだ。その後、高速道路で中国山脈を横断、広島でレンタカーを返還。新幹線で定刻23時32分東京駅に無事到着し、解散した。
10 月4 日(土)午前10 時=約8㌔=
JR東十条駅集合→東十条商店街→子育地蔵尊→名主の滝公園→王子稲荷神社→北区中央図書館→中央公園(休憩)→音無川散策→音無橋→旧古河庭園→飛鳥の小径→七社神社→西ヶ原一里塚→飛鳥山公園→王子駅北口解散=約8㌔=
◎第538回A[徳川家日光御成道沿線と江戸の行楽地]
(JR駅からハイキングNo. 01804)
10月4日(土)午前10 時、JR東十条駅北口改札を出ると目の前に受付が並んでいた。コース進行方向の反対側の通路に集合。ピースボートから届いた有居さんのはがきを回し読みし、残留組37人、体操も省略して、名主の滝公園を休憩場所として、秋晴れの中、自由歩行で出発する。
駅の階段を下り、東十条商店街、桜田通り、東十条南口通り商店会と矩形に歩き、JR線を地蔵坂跨線人道橋で越え、子育地蔵尊を拝んで坂を下り、線路沿いを進む。井頭地下道を覗き、高台の十条台小を仰ぎ見て、名主の滝公園に辿り着く。江戸時代から続く清々しい滝を眺めて、しばらく休憩。ほぼ全員の顔を見た。
王子稲荷の坂を上って王子稲荷神社にお参りし、本郷通りへ出て図書館前の広い公園を横断、左に北区中央図書館の赤レンガ、右に自衛隊のグランドを眺め、北区中央公園に入る。陸軍の第一造兵廠本部だった白亜の文化センター前庭の日時計=写真=を見て、滝野川橋から石神井川へ出る。
音無橋まで川沿いに進み、都電の線路を越え、西ヶ原一里塚を望んで、本郷通りを旧古河庭園まで歩く。いつ見ても洒落た洋館を望み、上中里駅への坂を下る。切符売り場を過ぎ、印刷局滝野川工場の表札を見て、甍の塀が続く線路沿いの飛鳥の小径を通り、七社神社への坂を上る。
神社からコースを外れ、坂を下る。飛鳥山公園の資料館の庭や古墳群を裏から見上げ、王子駅東口の歩道橋を渡って都電沿いを歩き、中央口の歩道橋上でゴール。
それぞれ解散した。(約8㌔)
9 月27 日(土)午前10 時=約8㌔=
JR横浜線十日市場駅集合→三保市民の森→新治市民の森(休憩)→中山駅解散
道端に咲く彼岸花を愛でながら歩く
◎第537回[横浜線開業100周年自然満喫ウォーク]=約8㌔=
9 月27 日(土)午前10 時、JR横浜線十日市場駅に集合したのは、41人。打合せを簡単に行い、体操は省略してスタート。緑テニスガーデンまでの道程も三保市民の森までの道もだらだらと上り道で、意外に疲れる。アップダウンの激しい三保市民の森の手前で、横道に入り、人気のないあぜ道を通り、遊歩道にたどり着く。黒い帽子や黒い上っ張りを懸命に参加者が脱いでいる不思議な光景。よく見ると凶暴なスズメバチは黒いものを襲うとの注意看板が出ていた。その中に「ゆっくり下がりながらそして逃げる」とある。難しい注文に戦々恐々で歩いたが、幸いに出くわさなかった。
広大な新治市民の森に入り、「森の工房」で、ちらっと木工製品を眺めて池ぶち広場で休憩。トイレで長い行列ができ、入るのを我慢して出発。道端に咲く彼岸花を愛でながら新治小学校を越えて右側に入るコースを略して左側の道に入り、横浜線に着いた。
ここからも結構長い道程があって、道は平坦だったが、なかなかゴールの中山駅に着かない。やっとの思いでゴールしたが、駅構内に入る短い階段を上がるだけで息が切れ、少々弱っている自分を発見して解散した。
9 月20 日(土)午前10時=約10㌔=
木場公園ミドリアム前集合→福富川公園→清澄公園→芭蕉庵史跡展望公園→小名木川緑道公園→猿江恩賜公園日本庭園(休憩)→横十間川親水公園→仙台堀川親水公園→木場公園解散
◎第536回[秋の区内緑道めぐり]=約10㌔=
9 月20 日(土)午前10時、木場公園ミドリアム前に集合したのは39人。当初、JR、京王の企画に乗るつもりだったが、台風13号のため、中止とのことで、連絡したが、朝、天候を見ると台風一過、晴れ間も見えたので、急遽、コースを変え、連絡。ある人の独白。「昨日、メールを貰ってがっかり! 朝起きて晴れた天気を見てがっかり! 実施のメールを貰ってニッコリ!」とのこと。
打合せと体操の後、スタート。手入れの行き届いているしっとりとした福富川公園を縦断して、黒々とした桜並木の続く仙台堀川に入る。清澄橋を渡り、秋色漂う清澄公園内を歩いて、今度は隅田川テラスに出る。しばらく歩いて万年橋を渡り、新装なった芭蕉庵史跡展望公園で小休止。昼と夜では芭蕉像の向きが変わるという仕組をしばらく探索。
続いて広くなった芭蕉庵通を直進。森下文化センター横から小名木川緑道公園を歩く。エンゼルトランペット=写真=が印象的だ。大横川で地上に上がり、猿江橋を渡り新大橋通りで右折。猿江恩賜公園日本庭園に入り、休憩。猿江恩賜公園のゆったりした空間の中でティアラこうとうはすっかり馴染んで、こういう中で仕事ができる職員が羨ましくなってくる。
横十間川親水公園の右側を歩くが、クローバー橋から左側を歩く。萩橋で右折、仙台堀川親水公園を通り、ゴールの木場公園に到着。すっかり快晴になって体は汗ぐっしょり。ミドリアムの中でしばらく休憩。汗を冷やしてお昼に向う。
9月13日(土)午前10時=約10㌔=
渋谷区役所集合→山手通→松涛2丁目→玉川通陸橋下→池尻→緑道分岐点→茶沢通→太子堂(休憩)→円泉寺→烏山川緑道→三宿池尻→池尻小学校→世田谷公園→蛇崩川→東横線ガード→駐輪場→中目黒駅前街角公園解散
色とりどりの草花で飾られた目黒川緑道
◎第535回[渋谷から世田谷・中目黒]=約10㌔=
9月13日(土)午前10時、渋谷区役所裏のCCホール前に集合したのは、50人。打合せと体操を実施してスタート。
観世能楽堂や鍋島松涛公園を眺めながら正面のGOLDWINの異様な建物に目を見張りながら山手通に入り、左折。松涛2丁目の交差点で右側を歩き、松見坂を下った。氷川神社手前から
C班はそのまま山手通を直進。ゴールの中目黒に向った。
正式ルート組は工事中の山手トンネルやインターチェンジの大規模工事で大変貌の様相を見せる中を池尻大橋から目黒川緑道に入る。暗渠になっている緑道にわざわざ下水道を再生した水を流すせせらぎを作った沿道に近所の人たちが様々な花を育てている。緑道分岐点は北沢川と烏山川の合流点。A班はコース通り北沢川緑道へ向い、せせらぎ公園で休憩。茶沢通から太子堂(円泉寺)を見学して、烏山川緑道に入ったが、B班は分岐点から左の烏山川に入り、三宿通で左折した。玉川通を渡り、池尻小学校で左折、世田谷公園で休憩した。
くねくねと曲がりくねってまるで蛇がのたうっているような川で一旦大雨が降るとそこかしこが崩れて洪水を起こすところから蛇崩川と名づけられた川も今では暗渠になって蛇崩緑道となっている。この緑道を歩き、東横線ガードに沿って中目黒駅前ゲートタウンに到着。体操をして解散。三々五々、食事に向った。
9月6日(土)午前10時=約7㌔=
玉川上水駅集合→玉川上水緑道→上水公園(休憩)→美大通→小川寺→神明宮→四季の小路→野火止緑地→東大和市駅→薬用植物園(見学)解散
薬用植物園で案内人の説明を聞くGNP一行
◎第534回[玉川上水、野火止緑地、薬用植物園]
9月6日(土)午前10時、玉川上水駅南口集合となっていたが、この南口がよく分からない。迷った挙句やっと見つけたが、改札口からその場に行くには案内が必要。構内の表示がよくない。ゲスト1人を含めて45人で南口駅前広場で打合せと体操。
すぐに玉川上水緑道に入り、左側を歩く。途中、橋を渡らず、水辺に降りて右側に出る一寸した険路があり、恐々と皆で渡る。日が余り当たらないせいか、湿気を帯びて滑りやすい。後はただただ直線的に上水公園まで歩き続ける。ここで休憩。天気はいいのだが、湿度が高く蒸し暑い。しかし木陰は涼しく秋の気配を感じながら汗が引くのを待つ。
ここから左折して美大通を歩き、小川寺、神明宮を横目に西武拝島線の沿道を「四季の小路」と称しているところをわずかに通り、左折して野火止緑地に入る。自然林の合間を踏みしめて歩く心地はなかなかいいもの。東大和市駅に突き当たると南側に薬用植物園が広がっている。
無料の植物園だが、ボランティアの案内人も居て詳しくいろんな説明をしてくれる。規定の時間ではなかったが、大挙して押し寄せたGNPメンバーを見つけて案内。漢方薬の原料、製薬原料、民間薬原料と区別があるが、薬と毒が殆ど同じものともいえる。「良薬は口に苦し」というが、自然界の中で、動物があらゆる意味で植物の恩恵にあずかっていることが、よく分かる。駅前で食事をして解散した。=約7㌔=
8月30日(土)午後4時 (第423回実施分)
豊洲公園(有楽町線豊洲駅ゆりかもめ出口徒歩5分)集合→春海橋→トリトンスクエア(休憩)→晴海大橋→木遣り橋→東雲1丁目→東雲橋→豊洲公園解散=約10㌔=
豊洲公園を彩る跳ね橋はまるで勝鬨橋のミニ版だ。
◎第533回[夕涼み豊洲・晴海・東雲]
8月30日(土)午後4時 、新装成った豊洲公園に集合したのは41人。生憎の雨模様で打合せをそそくさと終え、105日間に亘って世界一周旅行に旅立つAさん、Nさんご両人に送別の拍手を贈り、体操も省略してスタート。
ららぽーと豊洲の庭園を通り晴海橋を渡る。晴海橋公園は高い塀で封鎖され、潤いがない。晴海1丁目の交差点から屋上庭園を歩く。樹木や草花がいつの間にか定着して、コンクリート造りの屋上に自然を振り撒いている。小雨が降っている割に蒸し暑い。トリトンスクエアで休憩中、ソフトクリームを食べて涼を摂り落ち着く。
古い地図やナビでは海上となっていて歩くことの出来なかった道が晴海大橋と木遣り橋によって開通。新豊洲でゆりかもめを仰ぎ見ながら都橋通まで直進ここで左折。江東区第3、第4の大学、花田学園、三浦学園が建設中、来年4月には開校とか。いよいよ、江東区も学園都市の仲間入りしたようだ。
運送会社や倉庫が乱立する中で東雲橋を渡り、雨雲の中、天辺は隠れてしまいそうな超高層シェルタワーを見上げながらゴールの豊洲五公園に到着。解散した。=約10㌔=(第423回実施分)
8月9日(土)午後5時=約6㌔=
南池袋公園(池袋駅徒歩5分)集合→雑司が谷→西早稲田→東新宿→新宿三丁目→新宿御苑解散
雑司ヶ谷鬼子母神の中にあるお稲荷さんの幟は赤くまぶしい。
◎第531回[夕涼み副都心線を歩こう①]=約6㌔=
8月9日(土)午後5時、まだ暑さが残る南池袋公園の広場は人でごった返し、よく見ると行列が出来ていた。どこかからカレーの匂いがしていたのは、炊き出しのものだったらしい。何故か気が引けて、端っこの空き地に陣取る。
三々五々仲間が集まってきたが、戸惑ってか、皆さん塊になってやって来た。集合したのは45人、蚊に刺されながら屯して、次の土曜はお休み、532回の集合は午後5時、明日の下見は無しなどを打合せ、体操をして出発。新しく開通した副都心線を2回に分けて歩く企画の今日は1回目だ。
南池袋公園を出て妙興寺を左折、南池袋2丁目を右折して法明寺参道に入る。お寺が並び、観静院を出るとすぐに雑司が谷鬼子母神。こんな近くとは思わなかった。雄大な銀杏の木を眺め参道を出ると都電鬼子母神前の停留所がある。ここは副都心線雑司が谷駅との乗換駅になっている。
角をはしょってそのまま直進し、目白通に出て、田中真紀子さんの店とお宅を眺め幽霊坂を下りる。薄暗い路は片側が工事中で急な下り坂、何とも気味が悪い。門の閉まった新江戸川公園を曲がり、神田川を駒塚橋で渡る。
夕空にドコモのアド気球船が浮かび、カラスのアベックがビルの屋上でギャーギャーと楽しんでいた。リーガロイヤルホテル前を通りグランド坂を上ると早稲田通りに出る。
前方に見えていたAグループの姿が急に見えなくなって大慌て、行き止まりを戻ったりして、ようやく諏訪町の交差点に辿り着く。ここが西早稲田駅だ。学習院の真っ赤な門柱を眺め、戸山公園子供の広場辺りで休憩。
若い人たちがスポーツしたり、演奏したり、宵の公園は賑やかだった。早稲田理工学部の銀杏並木を抜けて明治通りへ出る。箱根山は省略して、涼風の吹く中、明治通りを南下し、東新宿駅へ。大久保通りを越え、解散場所を少し手前の花園神社に変更し、神社の前で軽い体操をして解散。それぞれ新宿三丁目駅などへ向かう。
久しぶりで結構疲れたが、立秋を過ぎ、涼しい風が吹いて、気持ちよい夕涼みウォーキングだった。
8月2日(土)午後5時=約8㌔=(9回参照)
健康センター集合→三ツ目通→古石場親水公園→相生橋→佃公園(休憩)→佃大橋→南高橋→永代橋→越中島公園解散
佃に飾られた3年に一度の住吉神社の御柱
◎第530回[夕涼み健康センターから区内公園巡り②](約8㌔)
8月2日(土)午後5時、夕方とはいえまだまだ蒸し暑い外界を逃れ、改装された健康センターに入って涼んだのは48人。時間になり、暑い外へ出て玄関前に集合、Nさんのラジオ体操をして、涼風が吹き始めた「潮風の散歩道」へと出発する。
南開橋をくぐり大門通りに出て西洲崎橋を渡り、三ツ目通を歩道橋で渡り、古石場川親水公園へ入る。流れはよどみ、風が無い。ワンちゃんが水に入って涼んでいるのがうらやましい。 牡丹町公園で外に出て清澄通りへ。相生橋手前の越中島公園で小休止、落日を眺めながら水分を補給する。浴衣姿の人が見受けられ、花火大会かな、と、言い合いながら、佃公園は省略して中央大橋へ出る。屋形船や納涼船が隅田川を下っていった。今日は川の水がテラスの際まで打ち寄せ、永代橋の下は水没して通り抜けられなくなっていた。永代通りに出て、解散場所の越中島公園は不便なので変更、門仲交差点で解散した。
A班はコース通り、本来の休憩場所の佃公園へ回り、3年に1度行われる住吉神社大祭に遭遇し、普段水中に埋めて納められている御柱が大空に屹立しているのを見上げたそうだ。カットして皆さんと一緒に見られず残念。申し訳ないことをしたと思う。
7月26日(土)午後5時=約8㌔=(415回参照)
健康センター集合→南開橋→しおかぜ橋→潮見運動公園→辰巳の森海浜公園→辰巳の森緑道公園(休憩)→夢の島公園→新砂1丁目→江東運転免許試験場→南砂緑道公園解散
7月19日(土)午前8時=約11㌔=
JR新検見川駅(総武線)集合→大賀ハス発掘の地→東大緑地植物実験所→しらさぎ公園→花見川千本桜緑地→真蔵院→三代王川神社→青木昆陽甘藷試作地(休憩)→旬菜厨房菜のは→幕張海浜公園→見浜園→幕張の浜→海浜幕張駅解散
◎第528回B[大賀ハス発掘の地と海浜幕張を巡る]=約11㌔=
7月19日早朝8時。新検見川駅に集まったのは21名プラス1。久しぶりに参加された会長が近況と連絡事項、打合せを行い、明日の下見の参加者を募った。集合場所が狭かったこともあり、体操を省き全員揃って歩き始めた。東京大学検見川総合運動場沿いを進み、大賀ハス発掘碑のあるハス池にたどり着いた。大輪の四つのピンクの花が咲いていて私達を迎えてくれたが、以前行った行田の大賀ハスの方が綺麗だったと愚痴を言いながら東大緑地植物実験所に立ち寄った。
実験所のハスは大輪でピンク、白、黄色の、一重、八重があり、見事で、本当に目の前で目の高さで手に取って見る事ができ、思わず香りを嗅いでしまった。石鹸を花にしてちょっとだけ甘い香をたしたらこんな感じかなと思われるさっぱりとした香りだった。出口でハスの香水を付けて貰い(こちらはもう少し甘い香)満足して実験所を後にした。
実験所には園芸品種を中心に樹木約400種600品目と、大賀ハスを中心とした草木100品目が栽培、保存されているとのことだった。
ちょっとだけ短縮して花見川千本桜緑地に着くとよく冷えた500㍉㍑のアクエリアスのサービスがあった。一気に飲み干し喉の渇きを潤した。瑞穂橋を渡り炎天下11㌔㍍も歩けないと又々短縮コースを行く。幕張駅を右に見ながらJRの線路上の歩道橋を越え、京成千葉線の踏切りを渡り、国道14号線に出る。右折してイトーヨーカドーから左折、本ルートに合流した。そのまま真っ直ぐに進み「旬菜厨房奈のは」に着く。ここで紙パックの十六茶を貰いくじを引く。GNPのメンバーは誰も何も当たらなかったようだ。
ここで実質の解散。コーヒーショップで休みそれぞれ帰路に着いたようだ。
海が見たかったのでまた本ルートに戻る。幕張海浜公園でとてもウィットに飛んだ休憩所があったので思わず立ち寄ってしまった。幕張の浜の手前は椰子の木が植えられ南国に来たようだった。海に出て真夏を謳歌し、この日明けた梅雨を喜んだ。 [Y.Y.記]
7月19日(土)午前10時=約8㌔=
練馬駅(西武線・都営線)集合→北江古田公園→東福寺→水の塔公園→哲学堂公園(休憩)→沼袋氷川神社→新井薬師→落合公園→中井駅解散
◎第528回A[街を抜け緑濃い都会の道をめぐる]=約8㌔=
7月12日(土)午前10時、西武池袋線練馬駅中央口に集合したのは29名。受付を済ませ、久々にK.M.さんより連絡事項説明を受ける。西武主催のウォーキングなので、一般参加のメンバーに混じってGNPメンバーも適宜グループを作ってスタートする。
じりじり照りつける太陽の下、目白通りを歩き、環七を横切り、豊中通りを脇目もふらず町中を歩く。全く日陰がない。ようやく江古田公園に入る。大きな木々、木陰、涼しい風が我々を迎えてくれる。ウォーカー達が一息ついている。ペースを大幅に緩め、涼みながら樹木のトンネルを進む。それほど大きくない公園だったので、汗も引き切らない内に公園を後にする。
再び炎天下を歩き、東福寺に到着。将軍吉宗の鷹狩りの御膳所となったお寺ということで寄ってみる。お参りをし、綺麗に並んでいる石物六地蔵に見送られ、哲学堂に向かう。
流れる汗をぬぐいながら歩く。前方にポツンとそびえる大きな円柱状の塔が見える。野方配水塔だ。江古田のシンボルにもなっている30m余りの給水塔だが、今は災害用給水槽になっている。水の塔公園を横切り、蓮華寺に入る。蓮華寺には哲学堂を造った井上円了博士の墓所がある。境内を抜けて、中野通より哲学堂公園に入る。
哲学堂公園は緑の木々が多く、入口から通路が日陰になっている。炎天下を歩き続けてきたのでホット一息つく。蝉の鳴き声が聞こえる。今年初めて聞く蝉の声『ミ~ン、ミ~ン』。姿を捜すが見つけられず。ここはコースの中間点、内部を散策しながら休憩することにする。涼しい風の中を、哲学的名前の付けられた施設・場所、庭などを見て歩く。
哲学堂公園を出て、熱気に包まれたような中野通を歩き、沼袋氷川神社に入る。南北朝時代より続く、歴史のある神社で須佐之男命を御祭神としている。“幸せを呼ぶ『三本願い松』”があり、松に幸せを願うと必ず叶うという謂れがあるとのこと。松に手や頬を寄せてつぶやいている人も見受けられる。
氷川神社を出、西武新宿線沿いに歩き、新井薬師公園に入る。新井薬師でお参りし、駅前商店街歩いてゴールを目指す。さすがに炎天下のウォーキングはきつく、このあたりまで来ると、日陰をたどって歩く人、日陰で一息つく人等々いる。落合公園に入る。ここの地下には、大雨時の暴れ川、妙正寺川の水を一時的に呼び込む地下貯水槽が設けられている。地上は子供達の大型複合遊具がたくさんあった。
落合公園を出て、妙正寺川沿いに歩くと直にゴールの中井駅に着いた。汗をぬぐい、参加賞を受け取り、帰宅の途につく。帰宅後の夕刊に関東も今日梅雨明けのニュースが掲載されていた。 [T.C.記]
7月12日(土)午前10時=約8㌔=
アロマスクエア(蒲田駅東口徒歩4分)集合→稗田神社→梅屋敷公園→弁天神社→貴船堀公園→大森ふるさとの浜辺公園→海苔のふるさと館→平和の森公園→平和島競艇場→しながわ区民公園→天祖神社(立合川駅徒歩2分)解散
7月5日(土)午前10時=約8㌔=
和田倉噴水公園(メトロ大手町駅C13A出口徒歩2分)集合→日比谷公園→電通ビル→銀座東武ホテル→三原橋→三越→松屋→メルサ→鍛冶橋通→八重洲通→永代通→三越→貨幣博物館(見学)解散
◎第526回[日比谷公園、銀座、日本橋をたどる]=約8㌔
7月5日(土)午前10時、和田倉噴水公園に集合したのは58人。打合せを済ませ、吹上げる噴水をバックにNさんのリードで気持ちよく体操を実施。A班より皇居外苑に向かって順次出発する。
内堀通りを歩く。皇居外苑前広場は明るい初夏の光を浴びて、芝生の緑、松の緑が眩しいくらいに目に入ってくる。いつ見ても綺麗に手入れがされ、清々しい感じがする。ところが、その光景の中に警察官の姿が、大変多く目に入って来る。車や自転車でフラフラ走っている人を止めて、尋問している感じ。どうやら、北海道洞爺湖サミットが始まる2日前なので、チェック体制を強化しているようだ。祝田橋で皇居外苑を抜けて、日比谷公園に入る。
直ぐに公園内の小さな山・三笠山を一気に踏破(?)。公園造成時に池を掘った残土で作られた標高10mの小山で、三笠山というかわいい名の山に感激する。自由の鐘、草地広場、雲形池、日比谷公会堂前を通り、第二花壇のソーラー時計の前を通って日比谷門より出る。緑の樹木の多い日比谷公園を半周したことになる。
日比谷通りを突っ切り帝国ホテル前を通ると、山手線のガードが見えてきた。ガード下を抜けるともうそこは銀座だった。銀座に入ってからは銀座一丁目から七丁目の碁盤の目のように交叉した道路のアチコチを右に左にと闊歩。
松坂屋、三越、松屋、ブランタン等々有名店を眺めながら銀座を歩く。三越前の和光本館の大時計塔が幕で覆われ見えない。耐震工事中で11月に完了するようだ。ショーウィンドウのディスプレイがとても綺麗で気になった。数人がカメラを構えている。私も割り込んでカメラを構えてパチリ。
銀座を抜け、中央通り高島屋の前を通り、永代通りに当たる。右折し、証券会社の林立している日本橋兜町をぐるり一周し、中央通りに戻る。日本橋川で童謡にも謡われたお江戸 ”日本橋”を渡る。三越本店の角を左折するともうゴールの貨幣博物館だった。貨幣博物館は豪壮な歴史を感じさせる日銀の側に位置している。ここで本日の解散とし、後は各自の自由見学とする。
団体見学の入場受付を済ませ、2階に上がる。ゆったりした応接風のロビーで休憩をし、各々見学する。館内には日本の貨幣だけでなく、世界各国の貨幣が集められており、日本との違い等興味深く見て回った。一億円相当の偽札束があり、持ち上げてみる。かさといい、重さ(10kg)といい、容易に持って逃げるとか、さらに走れるものではなかった。また、時代小説で豆板銀、丁銀という言葉が出てくるが、初めて本物を見た。とてもお金には見えない形状の物で、江戸時代にはこんなお金もあったのだなと感心する。
6月28日(土)午前10時=約14㌔=
小田急喜多見駅集合→次大夫堀公園→砧公園→馬事公苑→駒沢オリンピック公園→呑川緑道→田園調布駅解散
◎第525回「喜多見駅から田園調布駅まで」=約14 km =
6月28日(土)午前10時、小田急線喜多見駅に集合したのは45人。広い駅前広場の一角で、連絡事項等打合せを済ませ、Nさんのリードで体操をしてカラダをほぐし出発する。
スタート後、まもなく野川に突き当たり、川沿いに歩く。一旦世田谷通りに出て、雁追橋で野川を渡り、川沿いに歩いて次太夫堀公園に到着。次太夫堀は江戸時代の初期に代官・小泉次太夫の指揮のもとで15年の歳月を要して作られた農業用水路で、多摩川で取水して世田谷区、大田区の全長23 kmを流れ、六郷用水と呼ばれていた。現在はすぐ側の野川からポンプでくみ上げ、この公園内600mを流れる水路を作り小川、水田への水の補給等昔を再現させている。公園内には数件の古民家も移築され、一般に開放されていた。民家園を出て、多摩堤通り下のパズルトンネルに潜り、左折する。トンネル内の壁には卵から鳥が生まれてくるパズルのパネルが貼り付けられて、通る人の目を奪っていた。
途中で世田谷通りに入り、きつい勾配の上り坂道が続く。仙川を横切り、東宝撮影所のある「東宝前」バス停、日大商学部前を通り、大蔵団地前で右折する。大蔵運動公園の中を抜け、砧公園に入る。
入口から見ると両側から樹木が迫り、緑のトンネルがずっと先まで続いて見える。樹木のトンネルの中は爽やかな涼しい風が通り、ホッと一息をつく。うっそうとした樹木のトンネルを抜けると急に明るくなり、両側に広い芝生が広がる。広大な芝生の中に家族連れ・2人連れがポツンポツン見える。休日ともなれば大勢の人が集まるのだろうが、それでも十分な広さがあると思う。この公園は元、ゴルフ場で、芝生・樹木・小川とすばらしい形で残されている。小川の吊り橋を渡り、世田谷美術館の脇を抜けて、やっと砧公園を出る。
公園沿いに歩き、世田谷通りを横切り、馬事公苑の裏門側に着く。垣根沿いにぐるり半周し、表門より入る。公苑内は広く、いくつもの馬場があり、ちょうど競技大会を開催している馬場があった。スタンドの周囲の観覧席には200~300もの人が見物していた。今日参加のウォーカーも、弁当を広げ見物していた。カッコイイお姉さんの馬術競技姿を見つけたので、心の中で失礼しますとつぶやきながら1枚パチリとさせて頂く。余りノンビリもしてもおられないので、馬事公苑を後にして、次の目的地に向かう。
馬事公苑を出て、しばらく公苑の垣根沿いに歩く。陸上自衛隊駐屯地前を通り、大山通りに当たり、信号を左折する。歩いていると歩道の傍らに、桜新町駅におりる階段の出入り口が誘うように大きな口を開けていた。この道路の地下を、東急田園都市線が走っている。(ここまで8kmも歩いてきたのだ。)
新町一丁目信号で玉川通りに当たり、駒澤大学前を通って駒沢オリンピック公園に入る。ここは昭和39年の東京オリンピック時の第2会場でバレーボール、サッカー、レスリング等々が行われ、日本選手が活躍した場所だ。(東洋の魔女達の活躍が特に記憶に残る。)
公園を出て直ぐに呑川駒沢支流緑道の入口に到る。川は暗渠化され、緑濃い並木道が続く。やがて呑川本流緑道に突き当たり、右折する。宮前小学校で緑道を離れ、住宅街の中を進む。ケニア大使館の前を通り、目黒通りを横断し、住宅街を抜け、繁華街に入ったと思ったら、そこは自由が丘だった。九品仏川緑道を通り、東急大井町線の踏切を渡る。
最終ゴールの田園調布駅に向かってひたすら歩く。環八通りを横切り、大きな樹木の道路を進んで行く。お屋敷と呼べそうな閑静な住宅街を抜けると田園調布の駅前だった。ゴールでスタンプを押して貰い、帰宅する。
6月21日(土)午前10時=約12㌔=
京王笹塚駅集合→玉川上水緑道→文殊院→東運寺(釜寺)→妙法寺→桃園川緑道→高円寺→善福寺川緑道→西永福駅解散
◎第524回 [高円寺と善福寺川に夏の訪れを探しに]=約12㌔=
6月21日(土)午前10時、京王線笹塚駅に集合したのは50人。近くの広場で打ち合わせ。会長より長男の通夜、告別式に大勢の参列を賜ったお礼、会社の引き継ぎの件、孫の件等で暫くの間多忙になり、会員には多少迷惑を掛けるかもしれないが、今まで通りGNPを続けていく気持を伝える。体操するには狭いので省略して班毎にスタート。
すぐに玉川上水に当たり、上水沿いに進む。昨夜雨が降ったせいか深く切れ込んだ川底を水がゆったりと流れているのが見える。上水全体が土のままで昔の面影を失っていない。上水を見ながら歩いていくと、突如全体が暗渠状態となって、上面は公園広場になっている。10m幅位の公園広場が300m位続く。遊具、遊歩道、花壇、桜並木等住民の憩いの場所となっているようだ。
環状七号線の下を通り、首都高新宿線の歩道橋を渡る。首都高を過ぎて住宅街の細い道を歩き文殊院につく。続いて住宅街の中の道を歩き神田川の一本橋に出る。神田川沿いを歩き、再び環七に当り、信号を横切って東雲寺(釜寺)に入る。この環七の交通信号が今日の最初の信号だった。一般道でありながら3km余りを信号機無しの道を歩いてきたことになる。妙なことに感心しながら釜寺を後にし、方南中央通り商店街を歩く。方南町信号で環七を渡り、住宅街の中を歩き善福寺川に出る。堀之内橋を渡り直進して妙法寺に到着。入口の両側に仁王様を配し、大変広い境内のお寺だ。ほっと一息をつきたくなるような静寂なたたずまい。お参りし、小休止する。
妙法寺を出て再び環七を横切り、蚕糸の森に到着。緑の木の多い静かな公園だが既に休憩を取ったので、横切ってひたすら歩く。抜けると東高円寺駅前だった。青梅街道の信号を渡り、桃園川緑道に入る。緑道を高円寺方向に歩き、環七に突き当たったところで緑道から外れ、高円寺の門の前を通る。お寺の名前から地名・駅名が後から出来たということである。暫くして五日市街道に突き当たり桃園川緑道に戻る。緑道を300m程歩いて左折し、住宅街を歩く。幅3mもない車の通らない道路の真ん中に、何ヶ所か小さな滑り台が設置してある。道路が小さい子供達の遊び場所になっているようで、これも密集地域のアイディアなのかと感心した。
【住宅街 道路の真ん中にある滑り台】
青梅街道を横切り、梅里中央公園前を通って相生橋で善福寺川に突き当たる。善福寺川の歩道は広く、木々も多く、空気がとても爽やか、思い切り深呼吸をした。ジョギングコースにもなっているようで、時々ランナーとすれ違う。白山前橋で左折、緑の多い場所ともおさらばし、井の頭線・西永福駅を目指してひたすら歩く。ゴールしたときには汗びっしょりだった。
スタンプを押して貰い、参加賞を頂き帰宅。梅雨時なのに傘の出番はなく、蒸し暑く曇天のままの1日だった(天気予報は、事前の大雨予報が直前には曇りと変わっていた)。
6月14日(土)午前10時
光が丘けやき広場(大江戸線光ヶ丘駅A3出口徒歩7分)集合→土志田八幡宮→稲荷山憩いの森→清水山憩いの森(休憩)→もみじ山憩いの森→びくに公園→小泉牧場(見学)→中島公園解散→大泉学園駅
◎第523回[光が丘から白子川に沿って小泉牧場まで辿る]
6月14日(土)午前10時、光が丘けや木広場に集合したのは47人。打合わせと体操の後、午前10時25分に出発。
心地よい風の吹く光が丘公園内を抜け、土支田通を歩き土支田八幡宮へ、細い道を入り稲荷山憩いの森に入り休憩。
もみじ山憩いの森を通り抜け、白子川沿いの道を歩く。大泉ICで目白通を渡る。びくに公園でかっこいいユニフォームを着た小学生の女の子のソフトボールを横目で眺め工事中の白子川沿いを歩く。工事中で架設の外山橋を渡り、白子川を離れ弁天池公園に寄らず(B2班は寄る)住宅街を歩き、東西橋を渡り正午に小泉牧場へ、A班、B1班一緒に到着。しばらくしてB2班の方も到着。
日差しが強くなり汗をかいた身体には特効薬のおいしいアイスクリームを頂きながら牧場主の有意義なお話を聞いて解散。夫々大泉学園駅に向かった。都営に乗る人は12時35分のバスに乗った。 [M.N.記]
6月7日(土)午前10時=約10㌔=
小岩駅北口集合→なかよしこみち→上小岩親水緑道→江戸川堤防→小岩菖蒲園→善養寺→柴又街道→下小岩親水緑道→フラワーロード→かるがもひろば(小岩駅徒歩3分)解散
5月31日(土)午前10時=約10㌔=
横須賀線新川崎駅集合→夢見が崎動物後援→中原平和公園→多摩川緑地(休憩)→東芝科学館→鹿島田駅解散
[夢見ヶ崎動物公園で寒そうに肩を寄せ合う鹿の群れ]
◎第521回 [自然と技術を感じながら歩く川崎ウォーク]
5月31日(土)午前10時、横須賀線新川崎駅に集合したのは、46人。生憎の悪天候で雨。駅構内で簡単な打合せをした後、日光土産を留守部隊に差し上げるのを忘れて、体操もせずにスタート。
ぬかるみの中を階段を上り、了源寺を過ぎると、いきなり動物の檻が見え、強烈な馬糞のような臭いが漂ってくる。これが夢見ヶ崎動物公園。無料で見ることの出来る動物園でレッサーパンダが有名だ。天気が良ければ絶好の見物だが、雨ではゆっくりも見られず、そそくさと通り過ぎる。
続いて熊野神社、天照皇大神を横目に見ながら坂道を下り、道に迷いながら新幹線をくぐる。元住吉駅から右折、中原平和公園、川崎市平和館を過ぎ二ヶ領用水を通り、苅宿本通から横須賀線、南武線と抜け、多摩川緑地に着く。ここで休憩するつもりだったが、雨に濡れた河川敷では雨宿りもできず、そのまま歩き続ける。
川崎リバーサイドゴルフ場横から多摩川緑地を離れ、天満天神社を眺めながら東芝科学館に辿り着く。入館無料でいろんな施設が揃っている。若干の雨宿りをしたが、濡れた姿のままで見学するには気が引け、そのまま、ゴールの鹿島田駅に向い、解散した。
雨降りのウォーキングは、やはり面白くなく、途中からスタートの新川崎に戻る者、元住吉で中断する者、中には途中からバスに乗り、鶴見に出た者など、ばらばらになってしまったようだ。
5月24日(土)午前10時=約9㌔=
二重橋前駅(千代田線3番出口前)コンコース受付→皇居前広場(楠正成像前)集合→桜田門→国会議事堂→千鳥が淵→北の丸公園(休憩)→田安門→神田古書店街→大手門→和田噴水公園→二重橋前駅解散
◎第520回B [濠と御門でぐるり江戸城一周]=約9㌔=
5月24日、心配していた天候も快晴。二重橋前駅のコンコースは満杯の人。受付でリボンを頂き、狭い階段を登り二重橋広場に出るのに人が湧き出る感じだ。出た目の前は新緑の木々が目に映る。集合場所の勇姿楠木正成の銅像前は、ウォーキングの方々の他に欧米と中国など方が銅像の写真を撮っている。観光バスで来ているようだ。日陰のベンチにGNPの旗を立てて陣取る。9時30分ごろになるとGPPのメンバーが集まりだす。
集合したのは、37名。会長はじめ19名の会員は奥日光一泊ウォークに参加。最高天気に恵まれ、大勢の人出なので注意して歩くよう指示した後、渡辺さんの指導でに体操。休憩場所を北の丸公園に決めてスタートした。
歩きなれた桜田門を抜けて、今何かと揉めている国会議事堂を横目に見て、新緑の美しい濠端道を歩く。暑いので北の丸公園をカットし大手門の方から和田倉濠へ迂回した方も多かった。
白鳥の美しさに暫し魅せられ、ゴールの二重橋前駅で景品のエコバックとリックサクを頂き解散致した。
5月24日(土)7時10分浅草発→東武日光9:15着→東武バス9:26発→湯元温泉10:51着→ホテル11:30発→湯滝(昼食)→小田代橋→小田代ヶ原分岐→小田代ヶ原展望台→(バス)→千手ヶ浜→竜頭の滝→菖蒲ヶ浜→ホテル
5月25日(日)8:30ホテル発→刈込湖→切込湖→涸沼(昼食)→山王峠→光徳牧場→(バス)→ホテル→(バス)→東武日光16:58発→浅草19:35着=約20㌔=
湯の湖から流れる湯川はやがて湯滝に出て凄まじい勢いで落下していく。
◎第520回A [刈込湖ハイキングと戦場ヶ原ウォーク]
5月24日(土)7時10分浅草駅を出発した一行19人は、天気予報の2日間豪雨の脅しに戦々恐々、重装備で東武日光に着く。フリーパスで東武バスに乗り込み、終点の湯元温泉に到着。「休暇村日光湯元」に荷物を預け、出発。硫黄の臭いの厳しい湯畠の泉温は78度とのこと。高度たった70mの遊歩道に辟易した10人は金精道路で切込湖に向うルートを嫌い湯の湖に向う。一方、9人は険しい山道を登り、刈込湖と切込湖を周遊。登った道を引き返す。湯の湖周遊組は、湯滝の注ぎ口で昼食。色とりどりに咲く石楠花や遊歩道を整備するための棒杭を眺めながら1時間ほどでホテルに到着。ゆったりと骨休めをした。4時過ぎ、遠征組が戻る頃、雨が降り始めたが、ウォーキングには差し支えなく、素朴な温泉と豪華な食事を楽しみ、夜は各部屋で談笑が続いた。
翌25日、当初の予定を変更して荷物は宅急便で送ることにして、湯滝、小滝、竜頭滝と湯川沿岸を歩くことにして、ホテル前で記念撮影。一応、雨具を着用して出発したが、夜来の雨は殆ど上がり、湯滝の下で雨具を脱いだ。すさましい勢いで落下する湯滝は増水した雨の賜物。めったに見られない光景だそうだ。泉門池は「イズミヤド」と珍しい読みをする。ここから小田代ヶ原は一面金網の中。まるで檻の中に入るような気分だが、これは鹿や熊の被害に樹木や草原が遭わないための措置らしい。その中央に貴婦人といわれる白樺が一本屹立している。雄大な男体山とマッチして清々しい。小田代ヶ原展望台に到着。ここで用意したおにぎりにぱくつく。折から中学生の一団が賑やかに整然とやってくる。檻を出てしばらく戦場ヶ原を縦断。熊の心配をして歩くが、賑やかなGNP一行には、熊も恐れを抱いたのか、出遭わなかった。戦場ヶ原といわれるので、てっきり古戦場の名残かと思っていたが、もっと雄大な話で男体山の大蛇と赤城山の大百足が戦った場所とのこと。神話の世界にはロマンがあるようだ。やっとの思いでしゃくなげ橋に到着したが、石楠花の群生は見当たらない。もう竜頭滝に近づいたのか、湯川の流れは速い。滝上から滝下まで階段になっており、滝のしぶきを浴びながら下っていったが、どこから眺めても真っ白な滝の色が、新緑に映えて美しい。可憐なつつじの花がまぶしそうに滝を眺めている姿は一幅の日本画だ。滝下の茶屋で一休み。時間があったので、光徳牧場にバスで戻り、アイスクリームや牛乳をいただき、所期の目的を果たす。ホテルに戻って、初発のバスに乗るか、それとも4分後の日光行きに乗るか、勝負の分かれ道に差し掛かり、行き交うバスの状況により決断。一駅しか乗らず、下りのバスに乗り換えた。幸運にも全員着席できて、いろは坂を快く下る。東武日光駅の始発にも座席を確保して帰京。難渋を覚悟しての旅が天候に恵まれ、十分に歩き、青葉を堪能できた。=約20㌔=
5月17日(土)午前10時=約12㌔=
京王府中駅受付→大国魂神社集合→下河原緑道→いこいの森→府中市郷土の森博物館(休憩・見学)→府中多摩川かぜのみち→京王百草園→百草台自然公園→高幡不動駅解散
大国魂神社は新緑に彩られ、大勢の参拝客が訪れていた。
◎第519回 [多摩川の初夏と新緑の京王百草園を訪ねて]=約12㌔=
5月17日、府中駅で受付をして、雨上がりで清々しい大国魂神社に集合したのは国立健康栄養研究所の測定組11人を含めて53人。日光参加者へパンフレットを配り、打合せと体操をして出発する。会長は足慣らしに履いてきたトレッキングシューズが分裂し壊れて歩けないので靴屋へ向かう。
百草園を休憩場所と決めてそれぞれ出発する。高札場を眺め下河原緑道をひたすら南下、府中市郷土の森博物館は省略。石村や野菜スタンドに立寄る人達を追い越して、福祉センターを左折、第3都市遊歩道を進む。二本の道が平行し、コンクリートの富士山やカバが配置され、中河原公園に続いていた。遊具と広場があり、子供連れの楽しそうな声が聞こえる。この辺りでA班が追い抜いていった。
住吉歩道橋を渡り、小ぢんまりした池のそばでちょっと休憩、多摩川べりに出ると広々とした空が拡がる。キューピーの中河原工場を過ぎ、京王線をくぐり、一宮の渡しで土手に上がると、二本の柱で吊られた四谷橋が視界いっぱいに見えた。ウォーカーが蟻のようにつながり、川幅の広さというか橋の長さに圧倒される。
いつ見ても分かりにくい地図だが今回は裏表になっていて、府中四谷橋でA面からB面に移る。
橋を下りて右側の歩道へ進み、京王線踏切を渡って、一宮信号を渡り右の坂道へ進む。以前歩いて下った時より住宅が増え、同じ道だが、登りは結構厳しく、息が上がる。六地蔵前で一休みしていると仲間がすいすい登っていった。
百草園に着くとA班はここからスタートした会長とともに既に出発。先ほど追い抜いていった仲間が八幡下公園で休んでいた。
久しぶりに履いたトレッキングシューズのせいか、足の指が痛くなってきて、頭も熱くなってきた。
七生丘陵の百草八幡、百草台自然公園、朝日山緑地、三角点公園、堀込公園、滝の上公園と下り、車道に出ると線路が見えた。ほっとしたけど、ここから高幡不動駅までの長かったこと! とにかくひたすら黙々と歩いた。
やっとの思いで受付に到着、印鑑ケースを頂きスタンプを押してもらって解散した。
5月10日(土)午前10時=約9㌔=
桜木町駅集合→神奈川県立歴史博物館→横浜市開港記念会館→横浜情報文化センター(日本新聞博物館)→横浜開港資料館(休憩)→ホテルニューグランド→日本郵船氷川丸→横浜税関→日本郵船歴史博物館→赤レンガ倉庫(休憩)→汽車道→日本丸メモリアルパーク→ドックヤードガーデン→桜木町駅解散
壊されたレンガ造りの基礎を利用して変化のある庭園になっていた。
◎第518回 [横浜港発展の歩みを物語る近代化産業遺産巡り]=約9㌔=
5月10日(土)午前10時、桜木町駅北口に集合したのは、45人。久し振りに参加したC.Uさんに同僚のK.Wさんもご一緒。早速、簡単な挨拶を受け、遅刻した会長と打合せを実施してスタート。大江橋の歩道橋を渡り馬車道で左折。アイスクリーム発祥の石碑、ガス灯発祥の石碑を右手に神奈川県立歴史博物館を左手に眺めながら本町4丁目の交差点で右折した。横浜市開港記念会館、横浜情報文化センター(日本新聞博物館)、神奈川県庁と重厚で歴史的な建造物を眺めながら横浜開港資料館で休憩した。中庭があり、ロの字型の建物はゆったりとして落ち着きがある。
続いて英一番館跡のシルクセンター、ホテルニューグランドの外観を楽しみ、山下公園に入る。悠然と停泊している日本郵船氷川丸は健在。新緑に彩られた公園は相変わらず散策に最適。人出を掻き分けるようにして縦断。横浜税関、県警本部、日本郵船歴史博物館を眺めながら海岸通4丁目で右折。赤レンガ倉庫=写真=に向う。赤茶けた倉庫の色はそのままだが、中はすっかり様変り。レストランや洋品店など、瀟洒な店舗が犇めき、若人の溜り場になっている。汽車道もすっかり整備され、レールが敷いたままの木道になっていて歩き易い。歩きやすさにつられて直進すると目の前が、ゴールの桜木町。そのままゴールしたが、実は日本丸メモリアルパーク、ドックヤードガーデン、横浜ランドパークタワーと回り、動く歩道に乗ってゴールするのが本則。本則を辿った仲間を待って解散した。
5月3日(土)午前10時=約9㌔=
東綾瀬公園集合(千代田線綾瀬駅徒歩1分)→下河原公園→古隅田川→東和親水公園→郷土博物館(休憩)→いこいの森(見学)→水の森公園→神明六木遊歩道→神明北公園→住区センター(休憩)→綾瀬検査区陸橋→しょうぶ沼公園(第一次解散)→東綾瀬公園解散
小岩しょうぶ沼公園では菖蒲はまだ咲いておらず、わずかに水を余り要求しない杜若が花をつけていた。
◎第517回 [古隅田川から足立の用水路を辿る]=約12㌔=
5月3日(土)午前10時、小雨が降っているため、綾瀬駅の構内で打合せを実施。集合した49人は体操は省略してスタート。東綾瀬公園、下河原公園をかすめるようにして通過。古隅田川沿いを歩く。途中、寂れた商店街アモール東和を通るとウッチャンナンチャンの南原清隆の映画撮影に出くわす。真面目なナンチャンのにきび面は何だか普通のアンチャンという感じ。葛西用水に入り、直進。銀河の塔に登って葛西用水を見渡すと下見時の桜並木はすっかり新緑になっていた。郷土博物館の東淵江庭園で休憩。立派な鯉が悠然と泳ぎ、優雅な庭園となっていた。佐野いこいの森の見学は省略して水の森公園の水車広場を眺めて、神明六木遊歩道に入る。
「五月雨や あわてず廻る 大水車」 利
鬱蒼とした遊歩道は大木の並木。小雨に濡れた道は泥濘になり、滑りやすい。垳川の対岸は埼玉県。不思議な空間で都区内を歩いている感じがしない。神明水の森公園の風車が格好いい。綾瀬川まで260㍍という地点で垳川を離れ、南下。住区センター裏の広場で若干の休憩。今度は綾瀬検査区陸橋を渡るが、地下鉄の検査区がこんなに広々としているとはびっくりする。しょうぶ沼公園に入るが、菖蒲はまだ咲いておらず、わずかに水を余り要求しない杜若が花をつけていた。続いて東綾瀬公園に入るが、この公園、都立公園で、延々と長い。途中、東京武道館があったが、建設当時はさぞユニークな建造物であっただろうが、鉄錆びやコンクリートの水垂が目に付き、寂れた感じ、それでも勇ましい剣道大会の喚声が聞こえ、利用者は居るようだった。綾瀬駅前に辿り着き、体操をして解散した頃、すっかり雨も上がりお日様が顔を出していた。
4月26日(土)午前10時
茅場町駅(東西線西改札口)コンコース受付→坂本町公園集合→中央大橋→隅田川大橋→水天宮駅→堀留公園→小伝馬町→秋葉原→末広町→上野公園(休憩)→不忍池→旧岩崎邸庭園(見学)解散
根津神社ではつつじが真っ盛り。濃い紫や白、ピンクなど色彩豊かな50種類3000本の躑躅が香りを放っていた。
◎第516回 [茅場町・水天宮から旧岩崎邸庭園]=約9㌔=
4月26日(土)午前9時すぎ、茅場町駅西改札口コンコースの受付は、4重ぐらいの行列になり東改札口まで並び、先が思いやられたが、10時には坂本町公園に61人が集合、打合せと体操を実施してスタート。八重洲通を直進、中央大橋から隅田川河畔に出た。春爛漫の隅田川、川面は穏やかで心地よい。コースは永代橋を渡ることになっているが、そのまま隅田川大橋の手前まで歩き、ビルの庭園を通り、ゴールの水天宮駅で記念品を頂く。
ここから本番のつもりで、人形町通を直進。十思公園で休憩。
「春深し 江戸を伝える 時の鐘」 利
今度は水天宮通を歩き、柳森神社を見学。山手線に隠れて神田川を跨ぐ人道橋「神田ふれあい橋」を渡る。目の前が秋葉原。人混みと喧騒の中で構内をくぐると目の前は別世界。
クロスフィールドという。エスカレーターで2階まで上がり、通り抜けたが、アニメセンターや大学まであるという世界的なIT拠点の形成を標榜しているそうだ。
続いて中央通を歩き上野公園手前で不忍池に入り、ゴールの旧岩崎邸庭園前に出る。門先に咲くボタンに満足して庭園見学を省略。
そのまま不忍通を歩き、根津神社に向う。根津ではつつじが真っ盛り。濃い紫や白、ピンクなど色彩豊かな50種類3000本の躑躅に負けじと人出も多く、香りと人いきれを堪能して解散した。
4月19日(土)午前10時 =約12㌔=
京王飛田給駅受付・集合→武蔵野公園→武蔵野の水車経営農家→出山横穴墓群→神代植物公園→深大寺→布多天神社→京王フローラルガーデン・アンジェ→京王多摩川駅解散
武蔵野の水車経営農家にて、木製の歯車で動く水車が江戸時代から稼動していた。
◎第515回 [野川・大沢の里と深大寺に咲く花々に春を訪ねて]=約12㌔=
4月19日(土)午前10時、昨日の大雨の余波で薄ら寒い曇り日かと思っていたら、お日様が顔を出して春真っ只中のいい陽気になった。
京王飛田給駅で地図と新しいカードをもらって、八重桜が満開のスタジアム通に出る。歩道橋を渡り、味の素スタジアムの入り口にGNP45人が集合。打合せと体操をして出発。10人ほど、出発から反対方向に向かった人たちが居た。
広いスポーツ広場では少年たちが元気な声を張り上げてサッカーに汗を流していた。
都立武蔵野の森公園は、災害時に大規模救出・救助活動の拠点としてすっかり整備され、手動ポンプの井戸やトイレなどが設置されていた。懐かしくなってポンプを押すとちゃんと水が出てきて嬉しくなった。戦時中の掩体壕(飛行機を隠す壕)。調布飛行場から頭の上を掠めるように飛び立つ小型飛行機。何だか別世界に居るよう。
空っぽの水路を越えると突然住宅街に入り、近藤勇の龍源寺を過ぎ、御狩野橋手前から野川に出る。若緑の草の中をきれいな水が流れ、柔らかな林はピンクの桜や桃に彩られ、絵本の中に居るみたい。
対岸の鯉のぼりを見て、武蔵野の水車経営農家を見学する。木製の歯車で動く水車が江戸時代から稼動していたそうで、昔の普通の日本人の、発明したり、工夫したりすることへの努力と能力の素晴らしさに触れて嬉しくなる。
鯉のぼりの向こうに大勢の人たちが溜まっていたので、何かすごいものがあるのかと期待していたら、出山横穴墓へ続くつづら折の山道の自然観察路へ入る渋滞だった。ジグザグと山道を登り、ぽっと明るい場所へ出たら、そこは以前天文台を見学したとき通ったことがある道だった。畑の中を進み中学校を右に曲がり天文台に沿って見晴らしのいい遊歩道が続く。階段をくだり車道を過ぎてまた野川に戻る。
御塔橋を左折し車道を北上、木のコンテナで出来たビルを眺め、右折。ちょっと足の裏が痛いので神代植物園、深大寺は省略する。深大寺信号を右折、坂を上り、下る。中央高速、野川を越え、ひたすら布田天神を目指す。木陰で冷茶を飲んでほっと一息。甲州街道から下石原交番前を左折、京王線踏切を渡り稲荷橋信号を渡って左折、やっとの思いで京王多摩川駅に到着。スタンプと爪切りをいただいて解散した。八重桜、紅白咲分けの桃、菜の花、花菖蒲、蘇芳、れんげ、山吹などなど……。春全開。
反対方向に向った一行は、豊満な八重桜の花吹雪を浴びながらスタジアム通を逆走ならぬ逆歩して飛田給駅横の踏切を越え、品川通で左折。府中用水を辿る。途中、行列のできる倉庫があり、何事かと入ってみると、月一回のお米特売日。秋田産米が2キロ500円との大安売り!外に、もち米や黒豆も安い。
鶴川街道に突き当たると、今度は漬物の直売場があり、ここにも立ち寄り、一行、蟻がたかるようにいろいろ物色。購買力旺盛なGNPのおかげでお店はホクホクの笑顔だった。
ここまでくるとゴールの京王多摩川駅は目と鼻の先。ゆっくり到着して、正規のコースを歩く勤勉組を待ちながら食事をした。
4月12日(土)午前10時=約11㌔=
荒川電車営業所(都電荒川車庫前徒歩1分)受付・集合→あらかわ遊園→荒川土手→扇大橋→高野故録神社→西新井大師(休憩)→舎人公園解散
広大な舎人公園では日暮里舎人ライナー開業記念イベントの最中。
◎第514回 [日暮里・舎人ライナー沿線ウォーク]=約11㌔=
4月12日(土)、都バスで700円の都営まるごときっぷを購入、菊川駅から新宿線に乗り神保町で三田線に乗り換え西巣鴨下車。白山通りを300メートルほど南下して新庚申塚で都電へ。一両編成ワンマンカーで前扉から乗り中扉から降車する。今日の沿線ウォークのため、多分いつもの何倍かの乗客が殺到し、車内はギューギュー詰め。積み残しも大勢あって普段のお客は迷惑したろうと思う。チンチン電車から飛鳥山の名残りの桜を眺め、荒川車庫前で下車。
荒川電車営業所に入って受付、水色のリボンとプレゼント抽選券を受け取り出発。尾久第六小、日刊スポーツ脇から隅田川へ出る。
GNPはあらかわ遊園の横に再集合して、打合せと体操をして前回渡しそこなった皆勤賞を差し上げる。会長は緑道入り口の車止めに衝突して転倒、打撲でドロップアウト。みんなそれぞれ自由歩行として出発した。
ぽかぽかの陽気でお日様も輝き汗びっしょりになる。緑の小台橋を渡りまっすぐ進むと前方に荒川土手を歩くウォーカーが望めた。見覚えのあるA班の姿が颯爽と闊歩していた。ぐるっと江北橋に上がって荒川土手を歩き同地点を通ったのは10分後だった。雄大な荒川土手から見える日暮里・舎人ライナーは新しい景観。
扇大橋を渡り、今度は日暮里・舎人ライナーを見上げながら尾久橋通を北上。高野故録神社を過ぎて江北陸橋下を右折、西新井大師へ向かう。環7通りで集合に遅れた仲間と遭遇、一緒に西新井大師へ参り、ちょっと休憩。大本堂は改修工事で幕に囲まれていた。ボタン、しだれ桜、弁天池の鯉を眺め裏へ抜ける。水色の制服の案内で西中第二公園、高道東公園、諏訪木第一公園、諏訪木西公園と高圧線の下を通り、くねくねと尾久橋通へ戻り、ものすごい人たちでごった返している舎人公園の開業記念イベント会場に到着。日暮里・舎人ライナーのシートをもらって解散した。
大江戸舞祭の会場では幼稚園児から中学生によるコツコツ体操を取り入れた踊りが発表され、元気なお年寄も飛び入りで参加して盛り上がっていた。広大な舎人公園は10年前下見した頃とはすっかり美しく様変わりしていた。
帰りは舎人公園駅から乗車、熊野前で都電へ。新庚申塚で降りて西巣鴨から神保町、菊川下車、都バスで帰宅した。1510円掛かるところを700円で利用でき、ずいぶん得をしたみたいで気分がいい。
4月6日(日)午前9時30分
高幡不動尊境内集合→かたらいの路→多摩テック→京王資料館→季重神社→平山季重居館跡→平山季重ふれあい館→京王線平山城址公園駅→平山季重まつり会場解散
義経ゆかりの勇将といわれる平山季重を祀る季重神社
◎番外[平山季重ウォーキングin日野]
4月6日(日)午前9時30分、高幡不動尊境内で受付をすませ、スタートまでの間、境内の四国八十八箇所巡りに挑戦。何とか、五十番まで歩き、参集者に合流した。「かたらいの路」と瀟洒な名がついているが、これは多摩動物園の外枠に沿って歩く道。途中、オランウータンが高い木の上から悠然と我々を眺めていたが、ぞろぞろと歩く人間の姿を奇妙に感じたに違いない。
多摩テック入口でしばらく休憩。
京王電鉄の歴史を示す京王資料館に立ち寄り、かつての制服や切符を眺め郷愁に浸る。続いて義経ゆかりの勇将といわれる平山季重を祀る季重神社、宗印禅寺、平山季重居館跡、平山季重ふれあい館と巡り、平山季重まつり会場に到着。解散した。
4月5日(土)午前10時=約9㌔=
一橋大学南門前集合(JR国立駅南口徒歩10分)→谷保第三公園(打合せ・体操)→矢川緑地→立川公園(休憩・昼食)→根川緑道→多摩モノレール→立川駅南口解散
根川緑道では子供たちは川遊びを始め、水ぬるむ春を満喫していた。
◎第513回 [春うらら くにたち発 桜めぐり]=約9㌔=
4月5日(土)午前8時ごろ、会員の一人から中央線不通との連絡があり、時間を午後1時に繰り下げて連絡。ところが当初の時間通り出発した会員は、午前10時、一橋大学東門前に到着。先発隊として16人が出発。午後1時に集合した28人は後発隊としてスタートしたが、この混乱は、一にちゃんとした確認もせずに連絡した軽率な会長の連絡にあった。
それぞれ谷保第三公園で打合せと体操をしたあと、大学通、さくら通の見事な桜並木に感嘆しながら好天の中をのんびりと歩く。
矢川緑地の自然をそのまま保全した姿に微笑んだ後、根川貝殻坂橋から立川公園に入る。根川の両岸に広がる桜並木はそれぞれが巨木に近く年季が入り、花見客が大勢、子供たちは川遊びを始め、水ぬるむ春を満喫していた。市営球場の横で休憩、弁当を開く。
花吹雪の中を柴崎橋まで歩き、多摩モノレールに突き当たり、右折。そのまま直進して立川駅南口で解散した。
3月29日(土)午前10時、約9km
猿江恩賜公園集合→クローバー橋→大横川→木場公園→仙台堀川→木更木橋→富岡八幡→大横川→永代橋→佃公園解散
大横川の川面に浮かぶ和船が花見客を乗せて漕ぐ姿は一幅の絵を見るように長閑な風情。
◎第512回[区内さくら公園巡り]約9㌔
3月29日(土)午前10時、猿江恩賜公園に集合したのは52人。夜来の雨はすっかり上がり、満開の桜が青空に映えている。その桜木の下で打合せと体操。
園内を一周して横十間川親水公園に入り、クローバー橋を渡り、清洲橋通を歩き大横川に入る。両岸に並ぶ桜は満開。故徳江由美さんの遺宅が臨まれ、生前この桜を自慢した声が偲ばれる。
木場公園で休憩。仙台堀川を歩き、木更木橋で左折。富岡八幡宮を横目で見ながら永代橋通を渡り、巴橋から大横川に入る。
この両岸を彩る桜がまた素晴らしい。折から川面に浮かぶ和船が花見客を乗せて漕ぐ姿は一幅の絵を見るように長閑な風情だ。
永代橋を渡り、対岸を歩き中央大橋までの間にも桜並木(写真)は続く。中央大橋を渡り、リバーシティー21の佃公園を散策。この新興地も20年にもなるとすっかり板についた感じで若葉と桜が落ち着いて見える。
ここで解散。三々五々食事に向かう。
3月22日(土)午前10時、約9km
JR大森駅中央改札口前受付→天祖神社集合→山王公園→山王会館→蘇峰公園(見学)→伊藤博文公墓→戸越公園解散
井戸も水が出ておらず、池の水が少なくて、乾いた感じがする蘇峰公園の池を眺める。
◎第511回[大森から戸越へ歴史と出会い、自然に触れる]=約9㌔=
3月22日(土)大森駅中央改札口前で受付して西口の信号を渡り、JRのコースに沿って天祖神社に上がる。昨日の風はすっかり収まり春の陽気で溢れる境内に53人が集合、午前10時、打合せを始める。
境内は体操には足場が不安定なので、JRのお兄さんのコース案内を聞き流し、山王公園へ移動。M.Nさんの音頭で体操し3月2日に下見したGNPのコースへ出発する。ここから別行動をとる人たちも居た。
大田区立山王会館への上り坂に汗が出る。古ぼけた石段を下り右折、枯れた蔦の絡むガレージを左折、突き当りを右折、すぐ左折して坂を下る。案内表示横の石段を下り、環七を横断する。何故かA班が別の道を進んでいた。大倉山公園に沿って左へ回り、だらだらと坂を上り、頂上あたりで右折、真っ赤な桃花を見て、不ぞろいの石段を下ると馬込二小横に出た。坂を下って環七に並行する道を進む。
馬込銀座の歩道橋を渡り、赤い舗装の道を選ぶ。道なりに進み上りにかかると蘇峰公園に到着。石段を上がって徳富蘇峰の居宅跡・山王草堂を見学する。下見のときに満開だった梅林は時期が過ぎ、井戸も水が出ておらず、池の水が少なくて、乾いた感じがした。
「春光や 音一つ無し 蘇峰園」 利
11時、入り口に再集合して全員で出発、東芝会館、原町商店街を、立ち止まって眺めている地元の人の視線の中、旗を先頭に延々とつながって進む。新幹線、横須賀線の下をくぐり、伊藤博文公墓を横目に、ゆたか商店街へ右折する。戸越公園通へと続き、戸越公園駅を過ぎて広い道を右折、大崎高に突き当たり、戸越体育館との間へ入ると、もう熊本藩細川家の下屋敷だった広々とした戸越公園へ到着。今日は池の水が何だか少ない。ここで休憩し、相撲の「しこ」の真似で整理体操、約半数が第1次解散をする。
ゴールの大崎駅を目指して再出発、公園の薬医門を後にする。戸越銀座を右折、三ツ木児童センターを左折し、坂を上がって貴船神社を過ぎ、百反通を左折、信号を右折して明電舎横の坂を下り、シンクパークタワーの根元に到着。二階への階段を上がり、ぐるりと回って大崎駅南口へ続く2階広場で17人が解散、それぞれお昼に向かった。
大崎駅西口は、建物の壊し中でブルトーザーが長い手を伸ばしてコンクリートを引き壊していた。再開発と称する破壊活動が氾濫しているが、地球にとって、いいことなのかどうか……。
平成20年3月15日(土)午前10時、約9km
久我山駅受付・集合→神田川遊歩道→吉祥院(高井戸不動尊)→三泉渕公園(緑地)→柏の宮公園→塚山公園→尾崎熊野神社→善福寺緑地→松ノ木遺跡→永福町駅・解散
「柏の宮公園」は樹木が若々しく広々としている。
◎第510回[杉並に流れる川沿いで早春の息吹を楽しもう]
=約9km=
3月15日(土)午前10時、久我山駅を降りてすぐの久我山緑地公園の入口で例の分かりにくいコースマップを受け取り、近くの広場で集合したのは、46人。打合せと体操を行い、早速、スタート。
地図を見ながら歩くが、実にこの地図、分かりにくい。この原因は、歩くところだけ、克明に記してあるが、周りのことが何も書いていないところだ。せめてメイン道路や川の名前、鉄道の駅名などがあれば、自分がどの辺を歩いているか見当がつく。わがGNPで作成している地図の方がよっぽど見やすい。
玉川上水緑道に出て、しばらく直進。昭栄公園、みどり公園、第六天神社と通り、左折して吉祥院、またの名を高井戸不動尊に辿り着く。
あまりの人混みに、ここからコースをはずれ、直進して神田川に突き当たり、右折して沿道をしばらく歩く。環八通に突き当たった目の前のマンションの2~3階で仰々しい警官の群れに遭遇。何か事件があったらしい。興味津々だったが、我慢して、三泉渕公園を横目に見ながら柏の宮公園に入る。
元日本興業銀行のグランドだったのを、杉並区が取得して平成16年に開園したもの。まだ樹木ガ若々しく定着した感じはないが、やけに広いという印象。休憩場所としていたが、どこで屯しても目立ちそうにない。とうとうA班には遭遇せず、B班の一部と一緒になり、広場で遊ぶ人々を眺める。キャッチボールをしている子供たちで、目だって上手な小6ぐらいの女の子がいた。投げ方が本格的でどうも少年野球のメンバーのようだ。しばらく見とれてから出発。塚山公園、尾崎熊野神社、善福寺緑地、松ノ木遺跡を省略して井の頭通を直進、ゴールの永福町駅に到着、タオルと消臭剤をいただいて解散した。
No.63再挑戦
平成20年3月8日(土)午前10時、約8km
飯田橋駅東口ラムラ前受付→外濠公園集合→市ヶ谷駅前→日本テレビ通→清水谷公園→若葉東公園→権田原→青山1丁目→高橋是清記念公園(休憩)→氷川公園→檜町公園解散
樹齢400年といわれる天然記念物「氷川神社のイチョウ」は素晴らしい。
◎第509回[飯田橋から市ヶ谷へ]=約8km=
平成20年 3月8日(土)午前10時、飯田橋駅東口のラムラ前で受付を済ませ、外濠公園に集合したのは、60人。打合せとM.Nさんの体操を実施してスタート。市ヶ谷駅前から日本テレビ通に入る。
麹町4丁目から紀尾井町に入り、清水谷公園で一服。新装成った公園では、折りしも花壇の手入れ中。紫色をして下を向いたバラは、クリスマス・ローズとのこと。植木鉢で育てるときは、花が咲かない間は日陰で育て、花が咲いてから日向に出すことなど、薀蓄を聞く。そういえば、いつの間にか春めいてきて、シャツ姿で歩ける雰囲気になっている。
紀尾井坂を上り、迎賓館に突き当たり、外堀通に出て若葉東公園前に着く。公園の中で、新郎新婦の記念撮影を眺めたが、新郎が意外に年寄りと見えたが、新郎ではなく花嫁の父らしい。よく見ると新郎らしき者は金モールに包まれた制服制帽で固めて横に立っていた。我がメンバーはその新郎が皇宮警察の職員であることを確かめてくれた。安鎮坂を上り、権田原で左折、外苑東通を青山1丁目まで進み、左折。青山通りを歩き、高橋是清記念公園で休憩した。
この公園は高橋是清の邸宅があったところだが、明治11年、郡区町村編制法の公布によって、東京は15区6郡に区画され、現在の赤坂・青山地区が赤坂区として誕生し、最初の赤坂区役所が設置された場所である。つまり、高橋是清邸になったのは、その後のことである。
薬研坂を下り、TBS近辺に来ると、かつての様相はまるでなくコンクリートに囲まれた別世界に入り込んだような感覚に包まれる。谷坂を利用した建物は、道路にエレベーターがあり4階分ぐらいの高低差を一気に降りることが出来る。氷川公園もかつての面影はなくすっかり整備され、かえって落ち着かない感じを持ったが、氷川神社の石段を上りやっとかつての雰囲気が戻ってきた。ことに、樹齢400年といわれる天然記念物「氷川神社のイチョウ」は素晴らしい。幹周7.5メートルある巨樹は生きた化石といわれているのに全くふさわしいほど神々しい。
横から通り抜け、アメリカ大使館を眺めながらゴールの桧町公園に到着、殆ど全員で整理体操をして解散した。
平成20年3月1日(土)午前10時、約9km
JR勝浦駅受付・集合→街の駅かつうら楽座→遠見岬神社・勝浦朝市→勝浦市役所→川津港→官軍塚→八幡岬公園→勝浦市民会館→勝浦駅解散
◎第508回A[勝浦ひなまつりハイキング]=約9km=
平成20年3月1日(土)午前8時17分千葉駅外房線に乗車したのは、青春18切符を利用して各駅から集合した25人。
勝浦駅に到着したのは9時45分。
勝浦はイージス艦衝突事故で暗くなっているかと心配したが、「ビッグひな祭り」一色で盛り上がっていた。もっとも今度の衝突事故。明らかに「業務上過失致死罪」が成立しているにもかかわらず、誰も逮捕されていない。それでいて首相や大臣まで「詫び」をしている。
受付を済ませた後、本命の遠見岬神社に行く。石段に緋毛氈を敷き詰め雛人形を飾り付けたアイデア。もう8年目に入り堂に入った年中行事となっている。ちなみにここで開かれる勝浦朝市は輪島、高山と並び「日本三大朝市」といわれている。
市役所を横目に見ながら右折。海岸を眺めながら万名第1トンネルを抜け、勝浦平和観音に辿り着く。続いて勝浦灯台を左手に、鳴海神社を右手に眺めながら八幡岬公園に到着。ここで休憩した。この公園は戦国時代、正木氏の居城勝浦城の跡地。三方が海、後方は剣呑な山並に囲まれ、今ではトンネルで繋がっている。
帰りは横山トンネル、虫浦トンネル、勝浦港と海岸線を歩き、勝浦市民会館に到着。ここでも全国各地から寄せられた雛人形が室内いっぱいに飾られ、特に「日本最大の享保雛」はかつて大名家で飾られた等身大の雛人形で、まるで生きているような素晴らしいものだった。昼食を済ませ、勝浦駅14時19分、帰京の途についた。
(GNPNo.154参照)
平成20年3月1日(土)午前10時、約11km
木場公園ミドリアム前集合→仙台堀川公園→大石家住宅(ひなまつり見学・休憩)→大島・小松川公園→竪川河川敷公園→猿江恩賜公園解散
◎第508回B[木場公園からひなまつりウォーク]
平成20年3月1日(土)午前10時、木場公園ミドリアムに集合したのは28人。会長が欠席との報告と3月22日大森コース下見のお願い、今日のコースで丸八通が工事中で通れないので、福島橋から葛西橋通へ迂回する旨申し合わせる。
穏やかな春の日差しの中で体操し、早速、全員で出発する。大横川に出るとピンクの河津桜が咲き始めており、蝶のように花に惹かれて川沿いを歩く。石住橋から仙台堀川公園に入り、勝手知った区内公園めぐりの始まり。3月は恒例のように、あちこち工事中だった。
葛西橋通りで丸八通りを渡り、小さな公園から仙台堀川公園に戻る。地元の強みでちょうど工事中の先へ出た。「であいの広場」を道なりに曲がるとまもなく旧大石家住宅に到着。縁側から二組の雛壇を見学、ひなまつり気分に浸りながら休憩。
ゲートボールに興じる昔の青年や区民農園を見ながら北上。冬枯れというか木々が透けて見えて、住宅街の中だというのがよくわかる。小名木川に人道橋が出来てはいたが、まだ通れなかった。番所橋の近くの両岸に遊歩道が出来ており、早速みんなで通る。番所橋を渡り、中川船番所資料館横から旧中川の水際を歩く。競技用ボートが行き交い、ボート趣味の樋口先生の話が出る。対岸のマンションに真っ黒にすすけた火事の跡! いやな気持になる。すずめ、ムクドリ、カラスが飛び交う中を人間様が追い散らして進む。
虹の大橋から堅川河川敷公園へ入り、青テントの別荘は無視して、ひたすら歩く。横十間川に突き当たり、本村橋をわたって猿江恩賜公園に到着。ゴールしたのは9人だった。陽射しがなくなって少し冷え始めた中で解散した。
409回(逆コース)再挑戦 約10㌔
平成20年2月23日(土)午前10時
JR上野駅入谷改札受付→不忍池水上音楽堂横集合→根津1丁目→寛永寺陸橋→入谷鬼子母神→言問橋→隅田公園(梅まつり会場・休憩)→吾妻橋→四ツ目通→亀戸天神→亀戸駅前公園解散
◎第507回[隅田川梅まつりと亀戸巡り]
409回(逆コース)再挑戦 約10㌔
平成20年2月23日(土)午前10時、JR上野駅入谷改札で受付後、パンダ橋から上野公園に入る。東京文化会館・擂鉢山を眺め、花園稲荷・五條天神社を抜け、集合場所の不忍池水上音楽堂に向かう。水鳥の群れを眺めながら池を廻ると突然、茶屋風の建物が通路を塞いでいた。集合場所と考えていた広場はフェンスで囲まれ、不忍池の周囲あちこちが工事中。積み木のようなホテルは四角の建物に変わっていた。
10時、60人が集まり、少し広がった通路で打ち合わせ、勝浦行きの青春18切符の配布、体操をして出発。会長は切符の使い方の説明に手間取り遅れる。
A班はほぼコース通りに歩いて楽しんだ模様。B班はお店覗きもせず、表通りをせっせと歩いた。JR組と交差したり同行したりしながら、寛永寺陸橋、入谷鬼子母神とひたすら言問通りを歩く。「5656会館」「あんです」を過ぎ、言問橋手前から隅田公園に入る。と、ふぅといい香りがしてA班ではない先行組数人が休んでいた。梅を楽しみながら一緒に休憩。JR組が通っていった。
埃っぽいリサイクル店を覗きながら吾妻橋を渡り浅草通りを直進。押上駅前を右折し四つ目通りを南下、業平3を左折して神明橋を渡る。栗原橋から二つ目の角を曲がり天神湯を右折すると、何と亀戸天神の神輿蔵に出た。裏口から入って参拝し、ここで急遽、自由行動とする。梅の花を楽しみ、各自、ゴールの亀戸駅前公園に到着、解散した。会長はまたまた青春18切符の説明をした。
「春一番 吾が身の軽き 嘆きけり」 利
平成20年2月16日(土)午前10時、約10km
JR神田駅南口受付→日本橋橋詰集合→銀座通→築地本願寺→月島西仲通(もんじゃ通)→佃公園(休憩)→富岡八幡宮→深川不動→清澄庭園解散
昔ながらの佃の風情と高層マンションが建ち並ぶリバーシティー21の姿
◎第506回[神田から清澄庭園までの散策]
456回分再挑戦=約10km=
平成20年2月16日(土)午前10時、JR神田駅南口で受付を済ませ、日本橋橋詰に集合したのは、54人(早稲田検診者を含む)。打合せと新入会者の紹介を行った後、体操は省略してスタート。
中央通を銀座4丁目まで直進。いつの間にかブランド店舗に様変りしてきた銀座通りの変化に目を見張り、4丁目で左折。今度は晴海通を直進。勝鬨橋を渡る。渡った後、左折して月島西仲通、通称もんじゃ通を縦断、佃大橋をくぐり佃公園で休憩。
昔ながらの佃の風情と高層マンションが建ち並ぶリバーシティー21の姿が奇妙にマッチングしている。
「春寒や 始動整備の 屋形船」 利
住吉神社で手を合わせ、佃島の沿岸遊歩道を回遊、ゆりかもめの一群に遭遇。隅田川をどの辺まで遡っているのか、議論してみたが、結論は出なかった。相生橋を渡り、一路、清澄通を北進。清澄公園の手前で、一休みしているH氏そっくりの松尾芭蕉翁に出会い、歓談。記念撮影をして楽しんだ。清澄公園で体操をして解散した。
コース通り、富岡八幡宮、深川不動に赴いた班で、清澄公園に辿り着いたものは数人。解散場所を勝手知った江東区内にした場合、ゴールがそれぞれの我が家になってしまうのはほほえましい現象だ。
平成20年2月9日(土)午前10時、約12km
JR御茶ノ水駅臨時口改札受付→湯島聖堂大成殿前集合→山の上ホテル→日大経済学部→靖国神社→塙保己一→東郷公園→帯坂→外堀公園(休憩)→須賀公園→お岩稲荷→笹寺→成覚寺→花園公園→花園神社→アイランドタワー→京王プラザホテル→東京都庁解散
新宿御苑では、もう梅が花開いている。
◎第505回[”文京都市”の史跡と文化と遊びを訪ねて]
337回分再挑戦=約12km=
2月9日(土)午前10時、御茶ノ水駅臨時改札口の中でJRの受付を済ませ聖橋を渡り、湯島聖堂大成殿の前に51人が集合。打合せと初参加者2人と再入会者お1人を紹介。体操をしてから出発。
すぐ階段を下る予定が工事中で通れない。仕方なくJRのコースをちょこっと通って相生坂への階段を下りる。お茶の水橋を渡りスクランブル交差点を渡り、明治大学博物館を曲がり山の上ホテルを見上げて錦華公園を下る。猿楽通りの向こうから来るウォーカーはJRコースの人らしい。明大附属中高前を左折し、ひたすら直進。
白山通り、西神田、九段北と進み、中坂をふうふう上がり、靖国神社へ参拝。神門前を左折して靖国通りを渡り塙保己一和学講談所跡を確かめ右折。またまた直進、東京家政学園、東郷公園、宮崎県ビル、東京中華学校と進み、外濠公園に上がる。すぐ四ッ谷駅に着くと先行グループが休憩していた。
新宿通りを横断し、土手に上がる。この土手の土は何だか白っぽくて、海岸のそばのような感じがする。
紀尾井坂を右折し、紀ノ国坂を上り、四谷見附に戻り左折。新宿通りを進むと、四谷3丁目あたりでにわかにパラッと白いものが落ちてきた。それではと、花園神社へ回る予定を、急遽変更し、新宿サザンテラスへ直行することにして、足を速める。
ここで一人皆から外れて別の道をとったが、四谷4丁目の複雑な信号を通らず、直接新宿御苑の大木戸門に出る道を見つけた。クランクのように曲がり、不思議な空間があった。次回はこの道を皆で通りたいと思う。
御苑に沿った散歩道の木に白やピンクのつぼみが付いていたけど、梅かな、桜かな?(梅に違いない)
小粒のあられが地面に落ちて転がり、すっと消えていく。空気は冷たいが、歩いているとぽかぽかするし、汗はかかないし、心地良いウォーキングだ。
新宿駅サザンテラス口を過ぎ、広島館の前に到着。牡蠣フライを食べるとかで、もう列に並んでいる人もいた。「おつかれさん」と挨拶して三々五々解散した。
(JRNo.05724)
平成20年2月2日(土)午前10時、約10㌔
秩父鉄道長瀞駅集合→表参道→あずまや→宝登山神社奥宮への階段→宝登山神社奥宮→宝登山山頂→蝋梅園→あずまや→表参道→秩父鉄道長瀞駅解散
蝋梅園では、蝋梅が八分咲き、見渡す限り2,000本の蝋梅で埋まった景観はまるで黄金の霞がかかっているような素晴らしさ。
◎第504回B[秩父路長瀞宝登山蝋梅ハイキング]
約10㌔
2月2日(土)午前10時、それぞれ自宅から、メトロ、東上線、秩父鉄道と乗り継いで2時間半を費やして長瀞駅に集合したのは7人。受付を済ませて、表参道を歩く。
1900年の歴史を誇る宝登山神社の境内にある池には澄み切った氷が表面を覆い、その下に微動だにしない鯉が群れている。まるでそのまま凍り付いているのかと思い、整理の人に聞いたところ、「心配しないでもいい、ただ眠っているだけで、昼頃、氷が融けると活動を始める」とのこと。
横にロープウェイがあったので、約2人はそれで山頂まで上り、残り5人は曲がりくねった登山道を延々と登った。宝登山神社奥宮への階段をふうふう言いながら上がったロープウェイ組が宝登山神社奥宮へ着くと、すでに登山組は到着。一緒になって宝登山山頂497メートルを目指す。
途中の蝋梅園では、蝋梅が八分咲き、見渡す限り2,000本の蝋梅で埋まった景観はまるで黄金の霞がかかっているような素晴らしさ。天候に恵まれ、青空に映えた花弁は作り物ではないかと疑うほど蝋細工そのもの。
帰り道はコースを頼らず、野上を目指して歩くが、200階段の急坂。下りとはいえ、歩きにくく1歩1段では歩けない。2歩1段では、何時も同じ足が階段を下がる。時たま3歩1段にして調整を取りながらやっとの思いで車道に出る。すぐに獣道のような道に入り、今度は、「氷の池」を目指す。小枝が目の中に入りそうな小路を辿り、足許は谷川に滑りそうな思いに悩まされながら到着した「氷の池」は、コンクリートで固められ、そこに岩清水を引いて池としたもの。15センチ厚さの氷面を四角に切って氷として氷室に貯えていくそうだ。あっけないほど単純な仕組だが、目の前で見るとすごい自然現象を利用した産業と感じた。
あとはひたすら歩き続け、秩父鉄道の踏切を越え、左折して長瀞渓谷に沿って1キロばかり歩き「史(チカ)」に到着。懐石料理をいただき、野上駅から帰京の途についた。
(第118回再挑戦)
平成20年2月2日(土)午前10時、約10㌔
深川公園集合→永代橋→大手門→皇居外苑→桜田門→国会前庭→三宅坂→半蔵門→千鳥が淵→靖国神社(休憩)→田安門→北の丸公園→北桔橋門→皇居東御苑解散
皇居東御苑では蝋梅の黄色の花が芳香を放っていた。
◎第504回A[皇居一周・東御苑]
(第118回参照)、約10km
2月2日(土)午前10時、よく冷え込んだ深川公園に集合したのは、入会、見学者を含めて52人。10周年行事の収支報告、早稲田大学の体力測定の申込用紙の回収、新人の紹介のあと、体操をして出発する。永代橋を渡り、日比谷通りまで直進。和田倉濠でポーズをとっている白鳥を眺め、BC班揃って和田倉噴水公園で休憩する。A班はもう既に休んでいた。
「大手門 水鳥一羽 冴え返る」 利
皇居外苑の玉砂利の中にコンクリートの通り道ができていて歩きやすくなっていた。桜田門をくぐり、三宅坂、半蔵門と堀端を通るとき、17日の東京マラソンのためか大勢のランナーが走っていた。ランナーの邪魔になるようなので、千鳥が淵公園へ抜ける。
田安門を渡り北の丸公園に入ると、蝋梅の花が甘く香っていた。歩道橋を渡って北桔橋門(キタハネバシモン)から皇居東御苑に入る。旧本丸横で体操をして解散し、各自、園内を散策する。紅冬至のピンクの梅花、蝋梅の黄色の花が芳香を放っていた。大手門から出てそれぞれ昼食へと向った。
平成20年1月26日(土)午前10時、約10km
JR大井町駅中央改札口集合→品川神社→養願寺→一心寺→荏原神社→品川寺→天租諏訪神社→磐井神社→大森貝塚遺跡庭園→大井町駅解散
◎第503回[一番目の宿場町品川、旧東海道は下町情緒たっぷり]
約10㌔
1月26日(土)午前10時、JR大井町駅中央改札口で受付を済ませ、大井中央公園に集合したのは、48人。打合せでは、会長から展示会撤収の不手際に対するお詫びを申し伝え、H.W副会長の体調不良による副会長辞任が発表され、Wさんの挨拶があった。また、新入会者のM.Iさん、再入会者のK.Oさんの紹介があった。その後、体操はM.Nさんの掛け声に従い懐かしいラジオ体操と簡単なストレッチを行いスタート。
池上通を歩き、品川歴史館横で左折。JRのガード下をくぐり、「南大井四五丁目」という不思議な交差点で左折、ふれあい通に入る。立合川手前で右折、立会橋で左折することになっているが、第一京浜の排気ガスを恐れ、直進して旧東海道で左折した。
B班はコースどおり第一京浜を通り、大井公園で小休憩をとった。
旧東海道は当時の歴史を売りにして様々な催しを実行しているようだ。対面からJRコース組が押し寄せ、GNP一行を怪訝な様子で眺めている。青物横丁で地元の法人会がコーヒーとお茶の接待。寒空の中で温かい湯茶は干天の慈雨ならぬ寒天のコーヒーだった。
ゼームス坂、高村智惠子終焉の地は省略して品川橋(境橋)を渡る。
「厳寒や 南北さへぎる 境橋」 利
橋の袂にある荏原神社で休憩。大黒様の背中に蝶結びがあったが、これはリボンなのか帯なのか夢中になって議論したが、未解決。品川神社にも寄らず、そのまま八ツ山橋に辿り着くが、この場所がすっかり様変りして旧東海道の基点として品川宿を再現しているようだ。そのまま、品川駅に到着、駅前で、A班B班そろって解散した。
1月12日(土)午前10時、約8㌔
芝公園みなと図書館前(御成門A1出口徒歩1分)集合→増上寺→芝丸山古墳→東京タワー→愛宕神社(休憩)→神谷町緑道→アークヒルズ→溜池→霞ヶ関ビル→日比谷公園解散
◎第502回【芝公園から日比谷公園まで】
1月12日(土)午前10時、芝公園みなと図書館前に集合したのは、ゲストを入れて46人。生憎の氷雨で屋根のある小さな野外舞台に上がって来週のシンポジウムの話題を中心に打合せ。体操は省略して出発。
増上寺横から階段を上って新装された庭園に入る。芝丸山古墳と増上寺との間になるが、ここも東京の名所の一つになりそうだ。
一旦赤羽橋近くまで下りて宝珠院横を通り、東京タワー下のもみじ谷に入る。雨のせいでぬかるみがあり、飛び石は濡れていて足許が悪い中を歩いていると、一寸したスリルがあり面白い。見上げる東京タワーのてっぺんが雨雲に隠れて見えない=写真=。芝給水所、芝学園を眺めながら愛宕通からエレベーターでNHK放送博物館に入り休憩。
続いて愛宕神社の横から細い階段で降りて1号線を渡るまではコースどおり歩いたつもりだったが、その後、道に迷う。太陽が出ていないと方向感覚が失われ、いつの間にか大倉集古館前に出てしまい、神谷町緑道もアークヒルズも飛ばして六本木通に出てしまった。
溜池で外堀通を渡り内閣府下を通り、財務省上から右折。桜田通を抜け、ゴールの日比谷公園に到着。ここで解散した。
解散した後、松本楼で食事。2階でカレーバイキングを食べたが、雨降りのせいか、GNPメンバーの貸切状態。ゆったりした気分になって歓談。デザートのアイスクリームの味は格別だった。=約8㌔=
1月5日(土)午前10時、約6㌔
深川公園集合→富岡八幡宮(恵比寿)→心行寺(福禄寿)→冬木弁天(弁財天)→円珠院(大黒天)→龍光院(毘沙門天)→深川稲荷(布袋)→深川神明宮(寿老人)→森下公園解散
お正月の人出で賑わう深川不動前の大草鞋に感嘆
◎第501回【深川七福神巡り】
平成20年1月5日(土)午前10時、どんよりした空からパラッと一瞬霙が降った深川公園にゲストを含めて52人が集合。新年の挨拶が行き交い、JRの申込や記念誌の編綴についての伝達の後、今年初めての体操をして出発する。
お正月の人出で賑わう深川不動前の大草鞋に感嘆。富岡八幡宮(恵比寿天)に参拝。八幡橋をくぐって高速下から葛西橋通へ出て冬木弁財天(弁財天)へ。深川1丁目を左折、新装成った深川えんま堂に入る。前は確か正面にあった閻魔様、左手のお堂の中に鎮座され、悩み事の範疇毎に賽銭箱が置かれ、お賽銭を入れると厳かなお告げを聞くことができる。悩みの中には浮気の話まであり、何となく落ち着く気持になるのが不思議だった。
続いて心行寺(福禄寿)へ御参り。お隣のらんま製作所の精巧な木彫りのらんまや仏像を覗き込み、清澄通りを北上。
玉泉院、本立院などのお寺通へ曲がり円珠院(大黒天)へ。浄心寺を抜けて平野2を左折、間宮林蔵の墓を眺め、龍光院(毘沙門天)の可愛い六地蔵に思わず微笑して左折、深川江戸資料館、霊厳寺、清澄庭園を過ぎ、深川稲荷(布袋尊)へ。甘酒はもう売り切れだったが、近隣の方がお茶の接待。冷え切った体には御馳走だった。
Hさんから中村学園で「空中図書館を本日のみ一般公開している」とのニュースを聞き、急遽引き返し、中村学園へ。エレベーターで7階に上がり右に行くと明るい広々とした図書室。南側の窓の下に清澄庭園と公園の緑の景色が広がり、木場公園大橋から豊洲のビル群、北側からは江戸東京博物館や、隅田川まで見渡せる。喫茶店のようなテーブルでお茶まで頂いて大喜び、お礼を言って下へ降りる。
錣山部屋を眺め、万年橋を渡って江東区芭蕉記念館手前を右折、八名川小を過ぎ、深川神明宮(寿老人)へ参拝。ゴールの森下公園まで辿り着いたのはわずかだった。公園の遊具は健在、大人も楽しみ、高校生も楽しんでいたが、小さい子供たちが少ないのが少し気になった。清澄通で殆どのメンバーが解散。近くの店に入る人、門前仲町へ向う人と分かれた。 約8㌔
1月1日(火)午前5時30分新木場駅集合
若洲海浜公園からの初日の出。
◎番外[若洲で初日の出]
1月1日(火)午前5時30分新木場駅に集合したのは2人。とぼとぼと歩いて恒例の場所に到着。建造物と見紛うような雲が房総半島に棚引いている。
その雲の縁が光り始め、見る見るうちに燃え始めた。まるで雲など突き破る勢いだ。見えた! と思う瞬間、もう強烈な光となって辺りを睥睨する太陽=写真=は、正に地球の父だ。10年通って初めて知った強烈な太陽に向かって、連れは万歳を三唱した。手作りのワインで乾杯、新年を寿ぎ、今年の幸運を願う。
帰り道、今度は秀麗富士を西に仰ぎ見て、新年のスタートを祝福した。
12月22日(土)午前10時、約10km
亀戸駅前公園集合→亀戸2丁目→亀戸3丁目→亀戸4丁目→亀戸5丁目→亀戸8丁目→亀戸9丁目→東大島文化センター(大納会)→解散
江東区の区花「サザンカ」が見事に花開いている亀戸中央公園
◎第500回[かめたん巡りと大納会]約10km
12月22日(土)午前10時、亀戸駅前公園に集合したのは、55人(納会出席者及びゲスト2人を含む)。500回記念というのに生憎の雨模様の中、打合せを行い、体操を実施したあと、水位表示塔の前で記念撮影をした。
亀戸文化センターが「亀戸まちのサポーター活動2007」として作成した「亀戸の地域資源はどこにある?」に基づいてその資源を辿るウォーキングに出発。まず2丁目から始まり、 「謎のダクト」などを見る。ことに「日清紡績工場のレンガ塀破片」が楽しかった。
3丁目のメーンはやはり亀戸天神! 日頃見ることのない社の裏に入れてもらい、力石の陳列を見た。58貫石というと200キロを超える重さ。本当に持てたのだろうか?
4丁目に入って感激したのは、「西洋甲冑工房・三浦」。甲冑師の三浦権利さんが直接説明してくれた。われわれのために普通は展示していない甲冑も特別に展示され、鮮やかな光沢に包まれた作品は、芸術ともいえるものだった。
8丁目で目立ったものは、まず「亀戸水神」。水神というと海の神様。つまり亀戸は本来港だったようだ。「戸」や「渡」が付く地名は殆ど海に面している場所だ。江戸時代前の江東区では唯一の陸地が亀戸であったと聞く。
続いて9丁目「亀戸中央公園」に入る。江東区の花、「サザンカ」がこの冬の寒い中、今を盛りとばかり花開いている。「立寒椿」「乙女」「富士の峰」「昭和の栄」「笑顔」「鎌倉絞り」などと特徴のある名前がつけられ、目を楽しませてくれる。
ここから東大島文化センターに直行、午後1時、再集合して3階の大研修室で大納会をひらいた。GNP顧問のW.Cさんから豆乳を差し入れていただき、また、国立健康・栄養研究所のK.I博士にも出席いただき、GNP500回達成を祝福していただいた。
「年の暮 よくぞ超えたり 五百回」 利
会長挨拶のあと、午餐会に入り、A班で用意したお弁当やみかんを食べ、豆乳を飲みながらこの10年間を和気藹々のうちに振り返り、午後3時解散した。
12月15日(土)午前10時、約10km
高幡不動駅受付集合→万願寺遊歩道(ふれあい橋)→石田寺→北川原公園→とうかん森→ママ下湧水→古民家・柳沢家(見学無料)→城山公園(谷保城址)→谷保天満宮→中河原駅解散
谷保城址にある城山公園の雑木林の道は紅葉がまだ現役だった。
◎第499回A[国立に残る古民家と城山公園周辺の紅葉を楽しもう] 約10km
12月15日(土)午前10時、高幡不動駅で受付を済まし、駅前に集合したのは、37人。簡単な打合せをして、体操は省略。先ず高幡不動尊に入る。
境内の紅葉はすでに色あせ、もう初詣の準備が始まっていた。続いて向島用水親水路を歩く。500メートルほどの短い道だが、清らかな水の流れがあり、水車小屋ではその原理がわかるような仕組みになっていた。
土方歳三の墓所がある石田寺を眺め、北川原公園、とうかん森を通り、まだ新しく見える石田大橋を渡る。清流のある街とタイトルを持つ寺之丁親水公園の清流はよく見ると汚水処理場で処理された水の再利用だった。くにたち郷土文化館で休憩。
今度は城山公園(谷保城址)に入る。雑木林に囲まれたこの公園。さらさらと流れる水路と落ち葉に覆われた道があり、紅葉はまだ現役、日の光を通して様々な色模様を楽しませてくれる。見とれて歩いているうちに道を間違え、甲州街道に出てしまった。その道が、甲州街道と分かっていればまだいいのだが、それも分からず、コース図を頼っても自分の居るところがわからない。 30人ばかり居たが、全員迷ってしまい、やっとのことで、谷保天満宮にたどり着く。
天満宮は牛が守り本尊らしく、大きな銅像になって寝そべっていた。そのあとは直線的な府中用水を辿って2キロぐらい続くが、こういう道はなかなか辛い。歩けども歩けどもゴールに近づかないような錯覚にとらわれ、やっとの思いでゴールの中河原駅に到着。記念品をいただき解散した。
12月15日(土)午前10時、4人で寂しく新座駅をスタート。すぐに野火止用水に出、川沿いを歩く。雑木林の中を歩くため土の感触が実に足によい。紅葉も素晴らしく11KMの距離も苦にならず完歩した。ゴールで鉄腕アトム住民票をいただき(アトムのアニメが新座スタジオで作られているため応援している)家路についた。 約11km
12月8日(土)午前10時、約8km
深川公園集合→越中島公園→相生橋→中央大橋→東京交通会館解散
写真は大島川水門
◎第498回B[門前仲町から銀座まで]約8km
12月8日(土)午前10時、深川公園に集合したのは24人。打合せと体操をした後、出発。清澄通を渡り、永代通も渡り、大島川に沿って歩き大島川水門を見る。
ここから越中島公園に入り、対岸の大川端リバーシティーの威容を見晴らしながら相生橋を渡る。前週は休憩した佃公園は縦断して中央大橋を渡り、鉄砲洲公園で休憩。
ここから八重洲通に出た後、平成通で左折。中央区役所横の三吉橋を渡り、銀座柳通を直進。東京交通会館で解散した。
12月8日(土)午前10時、約8km
八王子駅受付→本立寺(毘沙門天)→伝法院(恵比寿天)→金剛院(寿老人・福禄寿)→八王子郷土資料館→信松院(布袋尊)→善龍寺(走大黒天)→千人同心屋敷跡碑→了法寺(新護弁財天)→吉祥院(吉祥天)→西八王子駅解散
日本三大並木の一つ、甲州街道の銀杏並木
◎第498回A[風林火山ゆかりの地を歩く「松姫が眠る初冬の八王子」]
12月8日(日)、京王八王子駅から大通りをちょっと歩くと、JR八王子駅に到着。南口で受付したのは19人。午前10時、早々に出発する。
右折して南大通を進むと、大きくて立派な銀杏の木があり感嘆していると「いちょう公園」だった。本立寺(毘沙門天)へ入って抜け、中央線の踏切を越え、伝法院(恵比寿天)を覗き左折。八幡町を左折して、また踏み切りを渡り、金剛院(寿老人・福禄寿)へ。向かいに念仏院の時の鐘が聳えていた。再び南大通へ出て、八王子郷土資料館を眺め、松姫通の角に建つ信松院(布袋尊)へ。武田信玄の姫である松姫尼公の墓がある。武田家滅亡の後、姫は八王子に逃れ、仏門に帰依してこの地に庵を建て56歳で没したそうだ。青い屋根に白い壁、その上に望楼があって不思議な建物だ。地元のボランティアがいろいろ説明してくれていた。
少し戻って小学校を左折、またまた踏み切りを渡って八王子宿建設や千人同心の組織化に尽力した大久保長安陣屋跡の産千代稲荷神社を覗く。ここの銀杏も黄金色に輝いていた。
賑やかな甲州街道に出て左折、秋川街道へ右折する。善龍寺(走大黒天)、善能寺を過ぎ、元本郷町を左折、ホンダの面白い三輪車を眺め、陣馬街道との追分へ。追分町交差点の歩道橋に上がると日本三大並木といわれる甲州街道の銀杏並木が黄金色にずっと続いていた。八王子千人同心屋敷跡碑がなかなか見つからず、やっと見つけたところには大きな石碑が建っているだけだった。了法寺(新護弁財天)を過ぎ、馬場横丁の碑を左へまがり、宗格院をすぎると南浅川の土手へ出た。土手の草むらでお弁当を開いている人、堰で釣をする人、と小春日和の川原はのどかな時間が流れていた。さつき橋で対岸へ渡り、龍泉寺でたわわに実ったかりんの木を眺め、吉祥院(吉祥天)への坂を登る。十数体の仏像が整列しておられたり、高尾山のからす天狗が居られたり、吉祥院は西八王子の町が一望できる高台にあった。大勢のウォーカーに交じって山を下り、睦橋で南浅川を渡る。
甲州街道を左へ曲がり千人町から右折して駅前の商店街に入ると、時ならぬジャズのお出迎え。地元大学生だとか。ゴールでバッジと綿棒絆創膏セットをいただき、解散。約8kmとのことだったが結構長く感じた。八王子駅まで一駅JRに乗って、京王八王子から帰途に着いた。
12月1日(土)午前10時、約10km
日比谷公園にれのき広場集合→数寄屋橋→勝鬨橋→もんじゃストリート→石川島公園→中央大橋→八重洲通→コレド日本橋→大手門→和田倉噴水公園解散
東京駅丸の内から皇居までの大通り。銀杏並木の景観は素晴らしい。
◎第497回[銀座・月島・水辺を歩き歴史を巡る新コース]
12月1日(土)午前10時、日比谷公園にれのき広場に集合したのは、44人。色とりどりの紅葉が真っ盛り。今年は冷え込みが鋭かったせいか、見事な景観になっている。同じような高さで、同じように太陽の日を浴びている公孫樹の木の葉が片方は黄金色に染まっているのに片方はまだ緑が残っている。同じように生きていても個性が木にもある。ましてや動ける人間が単なる年輪だけで判断できるものではなさそうだ。
打合せと体操をした後、スタート。公園内を縦断してスカラ座前を通り抜け、有楽町駅横のガード下をくぐり新しく出来た「ITOCiA」前に出る。名前の由来は「愛しい+ia(場所を表す名詞語尾)」で「i」が小文字なのは「小さな愛」を象徴しているそうだ。地上21階地下4階で1階から8階まではマルイが占めているらしいが、1階にあるパチンコ屋が目立っていた。
銀座マロニエ通を直進、築地川公園で右折。ここでも黄金色に染まった公孫樹の歓迎を受けた。晴海通に出て勝鬨橋を渡り、左折。もんじゃストリートに入る。佃大橋下をくぐり、佃小橋を渡り、住吉神社に入る。参拝した後、石川島公園で休憩。すっかり公園らしくなってうららかな隅田川を眺めていると正に春めいてくるが、今日から師走。小春日和という字句どおりの雰囲気で、眠気を催してくるが、眠っているわけにはいかない。勇をこして再スタート。
中央大橋を渡り、八重洲通を直進。中央通で右折。永代通で左折。そのままJRのガード下をくぐり、大手門前で左折、ゴールの和田倉噴水公園に到着。おりしも公園内のレストランでは結婚披露宴が催されていた。しばらくの間、噴水と一緒に新婦の姿に見とれていたが、とうとうこちらに振り向いてくれず、ウェディングドレスの後姿だけしか見なかった。体操をして解散。
東京駅から皇居までの大通り、見事な銀杏並木が続き、黄金色のじゅうたんが敷き詰められたような感じだった。 約8km
11月24日(土)午前10時、約8km
西口公園(池袋駅3番出口徒歩1分)集合→旧江戸川乱歩邸→目白庭園→鬼子母神→雑司ヶ谷→天祖神社→庚申塚→とげぬき地蔵尊解散
すっかり紅葉となった目白庭園は池の水に映えて美しい。
◎第496回[都電沿線とレトロな街並散策]約8km
11月24日(土)午前10時、池袋西口公園に集合したのは、37人。駅前の公園としては広いが、石畳風の地面は冷たく感じ寒々としている。打合せと体操をそそくさと済ませ、出発。
スタート地点から立教大学正門までの道が意外に分かりにくい。目白庭園で小休止。すっかり紅葉となった庭園は池の水に映えて美しい。
「入り口に 鴨が迎える 目白庭」 利
続いて鬼子母神に入る。都電荒川線を縫うように歩いて雑司ヶ谷を越え、大塚台公園で休憩。大塚駅から荒川線を離れ、折戸通を歩き、猿田彦大神を祭る庚申塚に着くとそこは巣鴨地蔵通商店街、通称「お婆ちゃんの原宿」! その名に恥じない混雑振りで、歩くのもままならない状態でやっとの思いで、高岩寺、通称「とげぬき地蔵」にたどり着き、ここで解散した。
11月23日(金・祝)午前10時、約8km
有明コロシアム集合→東京ビックサイト→船の科学館→自由の女神像→お台場海浜公園→有明テニスの森→有明コロシアム→生活習慣病予防フェスタ見学解散
若々しい水前寺清子さんの挨拶
◎番外[医師たちとみんなで歩こう!]約8km
(健康日本21推進フェスタ2007)
11月23日(金・祝)午前10時、有明コロシアムに集合したのは14人。受付を済ませ、先ず血圧を測る。わずかのチャリティーでTシャツをいただき、クイズで腹囲メジャーをゲット。アリーナで開会式。水前寺清子も若々しい挨拶をして入場者から喝采を浴びていた。
いよいよウォーキング開始。引率者がいてゆっくりした歩行。GNPの歩きには程遠いものだったが、小春日和の穏やかな天候にマッチしていた。東京ビックサイトを過ぎた後、水の広場公園を歩いたが、新しい水辺の道でなかなかのものだったが、夢の大橋に出るところが一人ずつしか歩けない急な階段があり、混雑を極め時間がかかった。ウエストプロムナードの途中でトイレ休憩。最後尾から出発したが、船の科学館、自由の女神像と歩き、お台場海浜公園に着いた頃、先頭に追いついた。有明テニスの森からゴールの有明コロシアムに到着。完歩証を貰い、生活習慣病予防フェスタの見学に入った。腹囲、骨密度の計測をしただけで、後は省略したが、血液のサラサラ度、呼気中の一酸化炭素濃度測定、血管年齢や脈波測定など数多くのプログラムがあり、昼食もせずに5時ごろまで粘った人も居たようだ。
11月17日(土)午前10時、約8km
麻布十番駅南北線コンコース受付→芝公園集合→芝浦運河→イタリア街→愛宕山→神谷町緑道→六本木一丁目駅コンコース解散
新しい芝公園の高台から眺めた東京タワーの全景
◎第495回B[新しい都心の魅力を満喫]
11月17日(土)、南北線麻布十番駅の改札はすごい混雑で、コンコースは人で溢れかえっていた。受付で申込書を出し白いリボンを貰う。集合場所は芝公園ということで、一人を残して出発。地上に出たら、新一の橋交差点。見たことがあるけれど、東西南北どちらか分からない。とりあえず、みんなが進む方へ歩き出す。
ぱっと前方に東京タワーが聳えていて赤羽橋だと分かった。芝公園の角に先行した仲間が数人たむろしていた。お互い手を振って集まる。京王土休券の申込をして、10時になったので出発。ザ・プリンス・パークタワーを見上げながら坂を上がると広い芝生の庭に出た。出来たばかりのきれいな芝生の向うに、東京タワー、愛宕グリーンヒルズ、増上寺の甍、など一望に見渡せ、素敵な公園で、嬉しくなった。旧台徳院霊廟総門脇の芝生広場に20人が集合、南茂さんの声掛けでラジオ体操し、自由歩行で出発する。
日比谷通りを南下し、芝3丁目を左折、芝浦運河へ出る。シーバンスの運河沿いを進み、東芝を曲がり、浜松町の歩行者デッキを上り下りして芝離宮恩賜庭園をぐるっと回り、JR沿いに北上。イタリア公園前のJRガードをくぐってイタリア街に入る。ホテルやJRAがあったが、明るい感じはしなかった。まだ見所とはいえない。
浜松町1丁目から御成門へ、先ほど歩いた芝公園に近づいた感じ。歩道は人で溢れ、のんびり歩きなので痺れを切らし、慈恵医大から別コースをとり、愛宕山トンネルは対岸を行く。桜田通りはのろのろに同調し、神谷町緑道へ。テレビ東京、城山トラストコート、スウェーデン大使館がしっとりした林の中に見え隠れして落ち着いた雰囲気だ。泉屋博古館を左折、御組坂を下り泉ガーデンの水色のビルの根元を右折、アークヒルズを右に見ながら道源寺坂を下る。広い道路に出ずに左に行くと南北線六本木一丁目駅に到着。コンコースでリボンと引き換えに「東京メトロオリジナル江戸野菜トリオ豆皿」を頂き、シールを貰って解散。それぞれお昼を探しへと分かれる。木の葉も随分色づいて、汗もかかず良い感じだが、そろそろ手袋が必要だなと感じる。約8km
11月17日(土)午前10時、約8km
水道橋駅東口受付・集合→カトリック神田教会→夏目漱石記念石碑→日本野球発祥の地碑→皇居東御苑→東京国立近代美術館(本館・工芸館)→清水門→安全地蔵尊→三崎稲荷神社→水道橋駅解散
北の丸公園の紅葉に囲まれた吉田茂像
◎第495回A[千代田の歴史と皇居東御苑を訪ねて] 約8km
11月17日(土)午前10時、水道橋駅東口で受付をすませ、カトリック神田教会で26人が集合。教会内の見学が許され、宗教画を象ったステンドグラスが見事だった。夏目漱石記念石碑、日本野球発祥の地碑を眺め、皇居東御苑に入った。ところどころに紅葉が見られ、秋が深まったことを感じる。東京国立近代美術館の見学は省略して北の丸公園に入り、吉田茂像の横で休憩した。その後、安全地蔵尊や岬稲荷神社を眺めながら水道橋駅で解散した。
11月10日(土)午前10時、約8km
三鷹駅南口→風の散歩道→山本有三記念館集合(9:30開館、見学できる)→小鳥の森→禅林寺→八幡大神社→三鷹電車区跨線橋→玉川上水→三鷹駅北口解散
八幡大神社の参道横に出来た水溜りで十数羽の鳩が水浴びしていた。
◎第494回[文学の薫りあふれる街、三鷹を歩く]約8km
11月10日(土)午前10時、JR三鷹駅ホームに降りると、工事中の幕が張られ、改札まで行くのにウロウロしてしまった。数人のメンバーと合流し、高架になってすっかり見違えてしまうような南口から降り立って、雨の中、玉川上水沿いの「風の散歩道」を歩く。太宰治が入水したという場所に、路傍の石と呼ばれる「玉鹿石」が置いてあった。
山本有三記念館に着くと先着組がもう見学していた。初めて中に入ったが、暖炉や壁や窓や板の床が「大正浪漫時代」のまんま。すごい家に山本有三は住んでいたんだと、感嘆した。見学者がどんどん増えてきたので、我々は外に出て集合。37人雨の中で、シンポジウムや展示会の打合せをする。
合羽に傘で、結構しっかり降っている雨の中へ出発。ぎりぎりに来た人が見学したりしてバラバラになってしまった。万助橋から上水沿いに下り「ほたる橋」を渡って、小鳥の森で鳥の声に耳をそばだて、明星学園から曲がり、三木露風旧居跡の立札を見て、井の頭恩賜公園に入る。ジブリの森の屋上のラピュタのロボットを眺め、いずみ通りを延々と歩く。三鷹産業プラザの手前を左折、三鷹市民協動センターをちょっと覗き、禅林寺の松の巨木を拝み、八幡大神社の鳥居をくぐる。参道横に出来た水溜りで十数羽の鳩が水浴びしていた。そして寒そうに膨らんでいた。
神社を通り抜けられるかと思ったら裏の門は施錠されており、仕方なく戻る。ぐるっと周って、裏の鳥居を外から恨めしそうに眺め、禅林寺通りを通り、左折。三鷹通りの信号を渡って仙川水路へ出る。井之頭病院角の上連雀第十二之橋を渡り、そのまま直進してJRの手前を左折、三鷹電車区跨線橋を渡る。この跨線橋、昭和4年に建造されたもので、中央にある大時計は直径1㍍もある。その下で沢山の電車が行儀良く並んで休んでいた。
線路沿いに進み、元武蔵野競技場線跡の堀合遊歩道へ。薄暗い雨空の下、どっぷり濡れた地面に真っ赤な落葉が散り、落ち着いた景色だが、何とももの悲しい。
玉川上水に突き当たり右折、結構水量のある上水を覗き込んだりして欅橋を越え、三鷹駅北口へ到着。解散して食事場所を探す。
11月3日(土)午前10時、約7km
十条駅北口改札前付近受付→十条銀座商店街→清水坂公園集合(自然ふれあい情報館)→区立稲村公園→静勝寺→北区ふるさと農家体験館(旧松澤家住宅・休憩)→姥が橋延命地蔵→富士神社(十条富士塚)→演芸場通り→十条駅解散
起伏に富んだ清水坂公園は紅葉の気配がもう感じられる。
◎第493回[東京下町の歴史と文化を訪ねて]
11月3日(土)午前10時、十条駅北口改札前で受付を済ませ、十条銀座商店街の賑わいを通り抜け、清水坂公園に集合したのは、ゲストを入れて41人。起伏に富んだ公園の底で打合せを行い、体操は広場に出てのびのびと行う。背景は紅葉の気配がすでにあり、自然ふれあい情報館の建物とよくマッチしている。
スタートから区立稲村公園までの道筋、くねくねと右左に曲がりくねっていてしかも上り坂。もう息が上がり始めたが、メンバーはどこ吹く風かと見えるようにすいすい歩いている。この公園も起伏をうまく使って素晴らしい見晴らしがあったが、これは講談社の創立者、野間清治さんの別邸跡とのこと。
続いて静勝寺に向かう。このお寺、太田道灌が築城した稲付城の跡地とのこと。先日、太田道灌ウォークの際、シンポジウムで話を聞いた高崎忠道さんが住職をしているお寺だった。不思議な縁を感じながら太田道灌坐像に見入った。
今度は北区ふるさと農家体験館のある赤羽自然観察公園に向かい、ここで休憩する。旧松澤家住宅は、浮間地区にあったものを移築復元したもので、縁側に座り込み、庭を眺めていると落ち着きが戻り、豊かな気分になってくる。そういう日常がかつて当たり前のことだったのに今では、それが非日常の出来事になっている。
西門を出ると目の前が大通り。交通の激しい現実世界を南下。左手に赤羽商業高校、国立スポーツ科学センター、右手に国立西ヶ原サッカー場、産業技術研究センターがなどの大きな施設が並立している。環七を渡った左手に姥が橋延命地蔵が約300年前から建立され、今も信仰を集めているのが面白い。
十条仲通商店街を抜け、十条富士塚のある富士神社に立ち寄り、演芸場通を歩き、ゴールの十条駅前で恒例のメダルをいただき、無事、解散した。
10月27日(土)午前10時、約11km
大崎駅南改札口外夢さん橋受付→戸越公園集合→中延商店街→旗岡八幡神社→立会道路→武蔵小山商店街→戸越銀座商店街→大崎駅解散
写真は大崎中学校のフェンスに絡んでいる蔦の力強さ。
◎第492回[戸越公園と下町商店街めぐり]
10月27日(土)午前10時、季節遅れの台風の急襲で朝から風雨が続く大崎駅南口外の夢さん橋に集合したのは31人。予定では戸越公園集合としていたが、雨を避け、夢さん橋外側に本日開店した「Think Park Tower」2階入口の軒下で打合せする。
階段を下りて大きなヤモリの巨大な電球のオブジェを眺め、各自雨の中へと歩き出す。もうこの辺で違うコースを行く人が居た。
この辺は「居木橋遺跡」と呼ばれ縄文時代の埋蔵文化財包蔵地としてよく知られているそうだ。坂を上がり芳水小、大崎中と進み、戸越銀座を突っ切って戸越公園へ。大きな門構えを入ると広い日本庭園に池が広がり、鴨たちが休んでいた。
戸越公園通りで大井町線を越え、中延東口商店街で桜田通りと大井町線をくぐる。右折してアーケードの中延商店街スキップロードを抜け、左折して昭和通へ、池上線を跨ぎ、シューマイのサービスの丸田から左折。また延山くすのき公園になっている池上線を跨ぎ、旗岡八幡神社へお参りする。
法蓮寺前の踏切を渡り、荏原町商店街へ右折、旗の台駅手前を右折し、大井町線をくぐり、池上線踏切を渡ると行く手に昭和大学病院のビルが見えた。旗の台信号で中原街道を渡り、きれいになった病院を眺め、立会道路を行く。ズボンはグチャグチャ、リュックもコートもじっくり濡れて、少々ヤケクソになる。
西小山商店街でお茶のサービス、アーケード手前を右折する。
武蔵小山商店街に入り、駅手前の時計台を見ると11時40分。武蔵小山商店街パルムのアーケードは右に曲がり、中原街道へ出る。信号を渡って戸越銀座商店街へ入る。池上線を渡り桜田通りも渡り、行きに直進した角を大崎中へ曲がる。ここから来た道を戻る。
大崎中のフェンスに蔦が絡んで食い込んでいた。植物の生命力の強さを恐ろしく感じた。
坂を下り、「Think Park Tower」に戻る。ヤモリ電球の裏を通って、夢さん橋下の緑鮮やかなフットサルのコートを眺め、橋上に上がってゴール。コース地図とバッジを貰って解散。本日開店の「結」で食事して帰った。やっぱり雨のウォーキングはつまらない。約11km
10月20日(土)午前10時、約8km
仙川駅集合→実篤公園(実篤記念館 有料)→明照院→糟嶺神社→入間公園→祖師谷公園→観世音堂→つりがね公園→蘆花恒春園→八幡山駅解散
透き通った水に長い水草がなびいて清々しい仙川
◎第491回B[実篤文学のふるさとから世田谷の公園]
10月20日(土)、昨晩の冷たい雨はどこへやら、午前10時清々しい空気と真っ青な空が拡がる京王仙川駅で受付、5人で出発する。桐朋学園に沿って周ると武者小路実篤公園に着いた。林の細い道を下ると池が光る。旧実篤邸書斎のガラス戸の中の机には懐中時計とか犬張子、絵筆とか細かな物が並んでいた。上の池、竹林、野草園、下の池と、水のあるところに住みたいと願っていた武者小路実篤の70歳からの終の棲家となったところ。公園は5,000㎡あり豊かな樹林と湧水に恵まれ、素晴らしかった。地下通路で記念館へ繋がっていた。
入間川沿いを進み糟嶺神社にお参りし、野川遊歩道を進む。谷戸橋から曲がり入間公園を抜け並木道を行くと林と芝生が広がる祖師谷公園へ。ちょっと休憩する。
鞍橋から仙川沿いに。透き通った水に長い水草がなびいて清々しい。大石(ダイシ)橋を渡り住宅街を進み釣鐘池公園へ。鯉が泳ぎ、小さな小橋と真っ赤な祠がお伽の世界のよう。
神明社、観音院と進み、東覚院へ。大仏様が寝ておられた。希望丘中公園を抜け、蘆花公園へ。ずんずん奥へ進むとガスタンクをバックにコスモスが咲き誇っていた。あずまやを右に行くと共同墓地があり、蘆花恒春園の茅屋、梅花書屋、記念館と続く。徳富蘆花旧宅の軒先のつるし柿が良い感じだった。以前来た時より立て看板など随分きれいになっていた。
環八を渡り住宅街を進み八幡山駅に1時到着。ゴールでスタンプとマイクロファイバークリーナーハンカチを頂き解散する。
10月20日(土)午前10時、約8km
後楽園駅南北線ホーム階上のコンコース受付→礫川公園集合→小石川後楽園→後楽緑道→九段坂→神楽坂→毘沙門天→赤城神社→大隈講堂→江戸川公園→護国寺駅コンコース解散
◎第491回A[秋の気配を感じながら神楽坂へ]
(東京メトロ沿線ウォーキング第15回) 約8km
10月20日(土)午前10時、後楽園駅南北線ホーム階上のコンコースで受付を済ませ、礫川公園に集合したのは、33人。打合せと体操を済ませ、スタート。
小石川後楽園を4分の3周して九段坂に向かうのがコースだが、あまりの人出に一本道をはずして歩く。その上、九段坂も敬遠して一本手前の中坂を上るが、結構な急坂、息を切らして早稲田通に出て右折。直進して牛込坂を越え、神楽坂に入る。ここも結構な急坂、人混みの激しいのを利用してゆっくり歩き、善国寺を左手に見ながら赤城神社=写真=に入り、休憩。
「右左 菊師行きかう 善国寺」 利
牛込天神町で右折して地蔵坂を下り、山吹町で左折、早大通に入り直進。早稲田大学構内に入る。大隈講堂、大隅庭園を見学して駒塚橋から右折して神田川を利用した江戸川公園を歩き、江戸川橋で左折。音羽通を北進、護国寺駅コンコースでゴールし、記念品をいただき解散した。
10月14日(日)午前10時 =約10㌔=
池袋駅メトロポリタン口集合(受付)→旧江戸川乱歩邸→目白庭園→鬼子母神→雑司ヶ谷→天祖神社→庚申塚→とげぬき地蔵尊(休憩)→六義園→駒込駅北口解散
「とげ抜き地蔵」のある巣鴨は日曜日と縁日が重なり、大変な人出。
◎番外[都電沿線とレトロな街並み散策] =約10㌔=
10月14日(日)午前10時、池袋駅メトロポリタン口に集合したのは、8人。受付を済ませた後、旧江戸川乱歩邸、目白庭園、鬼子母神、雑司ヶ谷、天祖神社、庚申塚、とげぬき地蔵尊、六義園と巡り、駒込駅北口で解散した。
とくに「とげ抜き地蔵」のある巣鴨は日曜日と縁日が重なり、大変な人出。おばあちゃんの原宿の賑わいは歩くことも困難な状態だった。このコースは、例会にも適しているので、後日、本番で実施する予定。
10月13日(土)午前10時、=約8㌔=
中央線立川駅→諏訪の森公園集合(受付)→諏訪神社→根川緑道→立川公園→矢川緑地→石田大橋→多摩都市モノレール万願寺駅解散
平成4年から4年かけて整備された根川緑道
◎第490回[根川緑道と矢川ハケ下の道散策]=約8㌔=
10月13日(土)午前10時、中央線立川駅から約1キロ歩いて諏訪の森公園に集合して受付を済ませ、恒例の打合せと体操をしたのは36人。811年に信州諏訪大社から勧請されたされたといわれている古社、諏訪神社は意外に新しい。それもそのはず、平成14年に再建されたものだった。立川氏館跡を覗き、ハケを下って根川緑道に入る。まもなく紅葉になりそうな秋色の木々は清純な流れに映えて美しい。平成4年から4年かけて整備された緑道は歩きやすく、流れの中で悠然と泳ぐ鯉がうらやましくなる。
貝殻橋から根川を離れ、みのわ通を直進、矢川緑地に入り、休憩。この矢川も流れが速く、水が澄み切っている。たかだか1.5キロ程度の小川と聞いているが、湧き水を水源としたもので、東京都が推進している雑木林のみちの中で、矢川・青柳コースはメーンとなっている。国木田独歩描く「武蔵野」の風景が残っている数少ない姿だった。
中央高速道をくぐり、多摩川にかかる石田大橋を渡ると、もう目の前が、ゴールの多摩都市モノレール万願寺駅だった。ここからモノレールで高幡不動前まで出たが、健脚組は100円の倹約で1.2キロを歩き、5分も違わず到着。解散した。
10月6日(土)午前10時 =約8㌔=
木場公園イベント広場集合→参加費無料体験ウォーク→霊巌寺→清澄公園→福富川公園→富岡八幡宮→深川不動尊→深川公園解散
アルプホルンのファンファーレで開催
◎第489回A[花の大江戸ダウンタウンウォーク]
=約6㌔=
10月6日(土)木場公園イベント広場で午前10時から、記念式典がアルプホルンのファンファーレで開催された。
木と暮らしのふれあい展のテントが並び工作教室や巨大なのこぎりで材木を切る実演などのイベントが繰り広げられた。
ダウンタウンウォークは千葉県ウォーキング協会の協力により「運動器の10年」コツコツウォーク東京大会が主催したもの。7人参加。
「木場公園 今あらわれし 綿毛かな」 利
約2kmの木場公園一周無料体験コースで完歩証を貰ったあと、現代美術館からGNP独自のコースを歩く。
10月6日(土)午前10時 =約10㌔=
新橋駅(銀座口・烏森口びゅうプラザ前)集合→愛宕神社・NHK放送博物館→東京タワー→六本木ヒルズ→有栖川記念公園→芝公園→増上寺→大門→浅野内匠頭終焉地石碑→新橋駅解散
ロシア大使館
◎第489回B[東京港区の人気スポットを巡るウォーク]
=約10㌔=
10月6日午前10時、新橋駅烏森口びゅうプラザ前に集合したのは38人(ウォーキング12週間応援者2人を含む)。簡単な打合せと第3四半期の皆勤者に対する記念品贈呈、赤城バスウォークの精算金返金などを駅前の雑踏の中で実施。慌ただしくスタートした。
まず、愛宕山に登り、愛宕神社・NHK放送博物館に立ち寄り、大半のものが、エレベーターを使って地上に降りた。続いて東京タワーの横を歩くが、真下近くから眺めるタワーの威容は恐ろしく大きい。今度はロシア大使館の黒々として窓のない建物はいつ見ても異様で立ち寄りがたい雰囲気がある。
狸穴坂を登り麻布十番商店街を縦断、六本木ヒルズに毛利庭園を通って入り込む。毛利庭園で若干の休憩。続いて有栖川記念公園に向かい、仙台坂を下り、一橋を越え、芝公園に向かう。
増上寺を中心に芝公園では港区の区民祭りが挙行され、屋台や露店がところ嫌わず店を広げ、人出も多く、正に雑踏。その中を掻き分けながら大門に出て、浅野内匠頭終焉地石碑の見学は省略して、スタート地点のゴール新橋駅に到着。バッジをいただき解散した。
9月29日(土)午前7時50分(A班担当)
江東区役所前集合→(バス)→赤城山大沼(標高1.400m)→大沼一周(約4.5kmの遊歩道、ガイド60分コース)→食事→(バス)→覚満淵一周(0.5kmの遊歩道、30分コース)→(バス)→群馬フラワーパーク→(バス)→江東区役所前解散
大輪のコスモスが乱れ咲く群馬フラワーパーク
◎第488回A[GNP10周年記念赤城バスウォーク]
9月29日(土)午前7時50分、予定の参加者46人を乗せ、江東区役所前からバスは出発。一路赤城山大沼(標高1.400m)を目指した。
予定を変更して、まず、覚満淵一周ということで、覚満淵に向かう。途中の遊歩道は整備が行き届き、おがくずを敷き詰めた道は柔らかくて歩きやすい。ちょろちょろと流れる小川には、真新しい木橋が架かり、楽しい。湖畔に着くと絵に描いたような湖面に鴨が2,3羽浮かんでいる。その湖面に見る見るうちに靄がかかり、真っ白になっていく。先行隊の姿が、白装束になってまるで天国にさまよいこんだ気分になる。一周500メートルぐらいの遊歩道だったが、元に戻ると、すっかり靄が晴れ、遠くまで見渡せる湖面は澄み切って、そのまま飲料水にしてもおかしくない。
青木別館で食事をして、今度は大沼一周。途中、赤城神社で記念撮影をして、遊歩道に向かう。ところがこの遊歩道、入口が鎖で閉鎖されている。果たして歩けるのかどうか、見当もつかなかったが、とにかく踏み込んでみる。道は狭く、そのまま湖畔に落ちてしまうのではないかと見まがう道。人があまり歩いていないのか、雑草が生い茂り木の根が張り出している。湖面を見る余裕もなく足許を見つめ、踏みしめる拠点を探しながら歩く。何時、途切れるのか心配しながら歩くが、一人しか通れない道では、健脚組も追いついてこない。
やっと半周ほど回った地点で少々広くなった道に出て、そこでみんなを待つ。紅葉をつけた木を一本見つけ、仰ぎ見て秋の訪れを実感。ここで、健脚組にバトンを渡したところ、この先は遊歩道がなく自動車道。わき目も振らず、どんどん歩き始める。途中、橋があってこの川から湖水が流れ出している。
橋を渡った先に遊歩道が続いているにもかかわらず、健脚組は自動車道を歩いたが、こちらは湖畔を歩く。こちらの遊歩道はなかなか整備され、歩きやすく、途中には祠やモニュメントもあり、観光客のメーンコースになっているようだ。
やっと青木別館に到着した頃、バスが青木本館まで迎えに出たとの連絡が入り、逆に戻るよう要請した。どうも健脚組が自動車道で行き先を間違えたらしい。
午後2時、バスに乗り込み、今度は群馬フラワーパークに向かう。途中の山道、右に左にカーブが激しく、眠りを誘う。振り返ると赤城の山は真っ黒な雲に覆われている。われわれの居る頃だけ晴れていた模様。お日様もGNP10周年を祝ってくれたようだ。
群馬フラワーパークは広大だ。コスモスと彼岸花がわれわれを出迎え、展望台で歓声を挙げる。温室に入ったりしながら三々五々散策を楽しみ、コーヒーやアイスクリームで疲れを癒す。
午後4時、バスに乗り、帰路につく。高速道路は思ったより混むことがなく、6時30分には東京駅に着いた。今夜は「江戸天下祭」のメーンイベント、山車と神輿の練り歩きが見られるということで、ここで途中下車を要請し、30人ほど降りる。残りのものは江東区役所前で無事解散した。
天下祭の行列にも無事、出くわし、山車14台と神輿9台をたっぷり見せてもらった。雨模様のため、人形にはビニールや傘がかぶせられ、華麗さや豪華さには水をさしていたが、周りを囲む人出や半被姿の姉さん、兄さんの威勢のいい掛け声に圧倒され、見ているわれわれも興奮してしまい、秋の夜長を十分楽しんだ。
9月22日(土)午前10時 =約10㌔=
昭和館(メトロ九段下駅2番出口徒歩1分)集合→九段坂→御宿稲荷→湯島聖堂→神田明神→天野屋→お玉ヶ池跡→十思公園(伝馬町牢屋敷跡)→両国橋→亀戸天神解散
領国国技館前に連なる力士の幟。
◎第487回[事件を追って半七が歩いた江戸名所]=約8㌔=
9月22日(土)午前10時 、九段下の昭和館に集合したのは、44人。来週の赤城行の注意点や10周年記念の開催場所が砂町文化センターで1月19日に行うことが内定したことなどの打合せを行い、体操をしてスタート。
竹橋方面に向かい、お濠端を歩くが、淀んだお濠の水は悪臭さえ感じられ、流れが機能していないようだ。途中、和気清麻呂像が建っていたが、勤皇の忠臣とされ、昭和16年に建立されたもの。
鎌倉橋の近くに御宿稲荷(ミシュクイナリ)がひっそりと建っていたが、普通ではなかなか気づかない。そこから北上して小川町を越え、ニコライ堂を仰ぎ見て聖橋を渡ると、湯島聖堂。中には入らず、そのまま神田明神に向かい、鳥居前で休憩した。
門前に天野屋があるが、これは江戸末期から店を構える甘味処。甘酒が天下一品らしい。そこからくねくねと南下。お玉ヶ池跡に出る。
お玉ヶ池はかつては不忍池よりも大きかったそうだが、今ではお玉稲荷の横に1メートル四方の池がわずかに痕跡を示しているだけだった。続いて十思公園に玄関から入る。まるでお屋敷に入っていくような錯覚を覚える門構えだが、中に入ると公園そのもの。ここが伝馬町牢屋敷跡とは思えない佇まいだが、ここで吉田松陰が処刑されたと聞くと、そんな気になってくる。若干の休憩を取り、水を飲む。そういえばこの辺は小伝馬町、大伝馬町という地名がつけられたまま、今でもそう呼ぶ。
江戸通りを直進。浅草橋手前から、洋品雑貨の問屋街を歩く。値段を見ると、こんなに物が安いのかと感心させられ、百貨店でものを買う気が知れない。
両国橋を渡ると国技館前。本場所中とあって、幟が林立、朝青龍ののぼりは見当たらず、少々寂しい。
一人横綱で4年間も頑張った者に対する処遇を相撲協会は忘れてはいないか。サッカーを故郷に帰って楽しんだぐらいで云々するのは筋違いだ。日本人力士も育てられない親方連中の方がよっぽど情けない。
安田庭園に到着、ここで解散した。
本日のコースは半七捕物帖に出てくる舞台を回ったものだが、江戸時代の風情が、未だに残っている感じがあって、意外に心地よかった。
9月15日(土)午前10時 =約10㌔=
京王新宿駅西口集合受付→策の井跡→常円寺→成子天神社→甘泉園公園→水稲荷神社→穴八幡宮→都立戸山公園(箱根山地区)→鬼王神社→新宿駅西口解散
成子天神社の富士塚は富士登山の簡単な実践になる。
◎第486回[新宿の歴史と箱根山からの眺望] =約10㌔=
9月15日(土)午前10時、秋とはいえまだまだ暑い中、京王新宿駅西口前に集合したのは44人。ちょっと遅刻した会長を待って地上へ上がり、歩道で赤城旅行の集合時間厳守を申し合わせて、体操は省略して自由歩行で出発する。
東京モード学園が異様な姿で竣工間近に圧倒され、新都心歩道橋を渡る。常円寺に参り、また青梅街道を進む。
成子天神社の参道に入り本殿の脇に回ると、赤い橋の向うの鬱蒼とした林の中にこんもりした山。A班の元気連が風のように下りてきた。「成子天神社の富士塚」の頂上には女性(このはなさくや姫とか)の像があり、大勢が登っていて渋滞していた。
コースに戻り、蜀江坂を上り、末広橋から神田上水に沿って進む。中央線をくぐり、すぐ右折。柏木不動尊の小さな祠を見て線路に沿って進み、淀橋市場を過ぎる。
今度は山手線のガードをくぐり、海城中高校の学園祭を横目に、くにゃくにゃ行くと公園に入る。何か見たことがある建物に出て案内板を見ると、何とここは戸山公園。新宿スポーツセンターだった。数人のウォーカーが頭をひねっていたので「今ここに居るんですよ」と教えてあげる。
センターでトイレ休憩すると猛烈に疲れが出てしまったので、近道して明治通りを南下、大久保通りからコースに戻る。
正規のコースは、早稲田通りから甘泉園、大隈庭園、穴八幡宮、箱根山を通る。
接骨院の信号を左折して小泉八雲記念公園に立ち寄り、鬼王神社を覗く。
「秋暑し 水鉢のせし 鬼の顔」 利
靖国通りを右へ、大ガードをくぐって、人でごった返す新宿西口に到着。地下に下りて出発した京王の受付にゴール、小物収納ケース「カラポケ」をいただく。A班の数人が既に休んでいて、間もなく次の数人も到着した。そのまま「お疲れ様」と解散した。
9月8日(土)午前9時10分 =約9㌔=
ホリデー快速おくたま3号(最前列)新宿8:19→中野8:24⇒秋川駅(9:10)集合受付→武蔵引田駅→秋川のいなか道→武蔵増戸駅→横沢入里山保全地域→大悲願寺→武蔵五日市駅解散
横沢入里山保全地域で稔る田圃の稲。
◎第485回[秋川のいなか道と白萩の美しい大悲願寺]
9月8日(土)午前9時10分、台風一過、かんかん照りの夏の空が戻ってきた五日市線秋川駅に集合したのは36人。
単線で1時間に3本ほどの電車が到着すると、改札からぞろぞろとウォーカーが出てきて、JRの受付が溢れかえる。しばらくするとみんな出発して駅前はガラガラになった。早々に打合せ、体操は省略して出発する。
大通りを北上、信号を左折すると小ぢんまりした桜並木が木陰を作っていた。圏央道の上を越え、そのまま行くと秋川高校の大きな敷地に出る。角を曲がると今秋オープンのイオン日の出ショッピングセンターの大きな施設が景色いっぱいに広がる。工事中の角を曲がり南下。
JR手前を右折。日当たりの良い線路沿いの道を進む。武蔵引田駅を過ぎ、線路を渡ってこれまた日当たりの良い農道「秋川のいなか道」を進む。木陰がなく流石に暑い。台風の被害か、栗の木が途中からボッキリ折れて実の入ったイガが散乱していた。
もう耐えられなくなった頃、武蔵増戸駅前に出た。仲間が結構休んでいた。冷たいミルクココアを飲み少し元気になる。「今日は暑いからゆっくり歩こうね。熱中症が心配だから」と言い合って進む。冷凍みかんを頂き気力が出てきた。道路下の涼しげな沢から心地よい涼風が吹いてきた。
JRのお兄さんの誘導で、横沢入里山保全地域へ向う。左手の林の中に石仏が並んでいた。里山保全地域の入口の看板によると、かつては7つの谷戸と中央の湿地では稲作が行われていたが、近年耕作されず荒廃が進んでいたそうで、東京都は、ボランティアやあきる野市と共に自然と人間が共生する身近な自然「里山」を復元し、保全しているそうである。田圃には稲が稔り、湿地にはがまの穂が伸びていた。稲穂の中に5年1組、5年2組の名札が立ててあった。
元の道に戻り少し行くと大悲願寺に到着。「お抹茶に白萩饅頭をどうぞ」とあったが、300円とのことで通過、境内に入る。
「白萩の こぼれぬうちに 悲願かけ」 利
11時過ぎだが、涼しい観音堂の裏でお弁当にする。欄間に極彩色の彫刻で地獄と極楽が描かれ、華やかだ。番号の付いた石仏が大勢並んでいた。
充分休憩して、ゴールの武蔵五日市駅を目指して歩き始める。きれいな緑色のイガの中の栗の実はまだ青いのかな、と考えながら眺めて歩く。だらだら坂を上がると新しい広い道に出た。左折すると大きな武蔵五日市の駅舎が見えた。12時到着、バッジを貰ってそのまま解散した。
9月1日(土)午前10時 =約10㌔=No.134参照
不忍池弁天堂(上野駅徒歩5分)集合→上野公園→鴎外荘→天眼寺→へび道→よみせ通→谷中銀座→富士見坂→諏訪台通→西日暮里公園(休憩)道灌山通→狸坂→団子坂→やぶ下通→千駄木だんだん→解剖坂→日本医大前→根津神社解散
「根津池や 亀静かなり 滝の音」
◎第484回【上野、谷中、、千駄木】=約8㌔=
9月1日(土)午前10時、不忍池弁天堂に集合したのは48人。生憎の小雨で、藤棚の下で打合せ。体操を省略して出発。天候のせいか、8月の猛暑は感じさせず、傘を差したり、窄めたりはしたが、快適に歩く。
不忍池は一面蓮の葉っぱに覆われ、蓮が開花。緑とピンクのコンビネーションが素晴らしい。上野水上動物公園通りを歩き、鴎外荘で左折。天眼寺を横目に見て、へび道に入る。
このへび道、元は、不忍池に注いでいた藍染川の流れていたところで、そのため、くねくねとした特徴のある道だ。そのままよみせ通に入る。目立ったお店は10円饅頭を今でも売っている。途中から右折して今度は谷中銀座に入る。この商店街、どういうものかあちらこちらからいい匂いがしてくる。短い通りなのに約60軒のお店が犇めいている。
夕焼けだんだんの手前で左折。富士山のマークがついている珍しい街灯のある富士見坂へ右折して上りきると、目の前が諏訪神社。ここで休憩した。源為朝の山車で有名だが、その源為朝が公開されていた。大変な美男子で、今で言う「イケメン」。当時でも女性にもてはやされたと想像できる。
西日暮里公園を縦断して階段で道灌山通に出る。
「松虫の 今は寂しき 道灌山」 利
途中工事中で、一本裏道を歩いて不忍通を渡り、狸坂を上る。途中に高村光太郎住居跡があったはずだが、その碑は今はなく、左に曲がった地点に兄の高村光雲住居跡がある。団子坂上から鋭角に右折。鴎外記念図書館を右手に見ながら藪下通を歩き、また右折して千駄木だんだんを上る。
この「だんだん」歩幅にちょうどよく高さも緩やかなため、歩きやすい。ところが左折して今度は下りの階段は高さが不同で幅が狭く歩きにくいこと夥しい。近くにありながらこれほど違う階段も珍しい。
その途中、「千駄木ふれあいの杜」があり、中に入った。この杜、屋敷森ということで、平成13年に文京区が開設した市民緑地とのこと。スダジイやムクノキ、シラカシ、イイギリ、ヤマモミジ、ヒサカキ、サザンカなどが生育され、倒木からキノコが生え、観察の対象になっているようだ。
小さく一周した後、日本医科大学の敷地のような解剖坂を上り、左折して日医大つつじ通を左折。右側の根津神社に入り、参拝。境内で体操をして解散した。
8月25日(土)午後4時 =約8㌔=No.382参照
お台場海浜公園入口集合→潮風公園→船の科学館→東八潮緑道公園→青海北埠頭公園→青海南埠頭公園(休憩)→テレコムセンター→ウエストプロムナード→シンボルプロムナード→であい橋→夢の大橋→東京ファッションタウン→石と光の広場解散
お台場海浜公園も奥の方に行くと静かになり、夕日を浴びた岩場のシルエットは素晴らしい。
◎第483回[夕涼みお台場、青海、有明]=約8㌔=
8月25日(土)午後4時、お台場海浜公園入口に集合したのは、38人。未だ日差しが強く、わずかな木陰の下に集まり、打合せと体操。
早速、お台場海浜を眺めながらスタート。海水に入るのを禁じているせいか、水着姿が見当たらず、目の保養にはならなかったが、それでも大勢の人が群がり、賑やかだ。少し行くと岩場があり、夕日を浴びたシルエットが素晴らしい。かつてバーベキューをやった潮風公園は、見違えるほど木々が生い茂り落ち着いた雰囲気になっている。考えてみると9年前の話、今、この暑さの中で同じことができるとは想像できない。
船の科学館を見ながら、確かここで、北朝鮮の拿捕船の残骸を強烈な印象で見学した覚えがあるが、今はその姿もなく、宗谷は依然として鎮座していた。東八潮緑道公園、青海北埠頭公園と歩き、青海南埠頭公園の中ほどで休憩。
歩いている途中、1分おきぐらいの間隔で大型飛行機が羽田に向かって着陸態勢。あんな大きなものが、空を飛んでいるのが理屈では分かっていても不思議な気がする。テレコムセンターの最上階が無料で開放されているそうだが、そこから眺める飛行機は手で掴めるような位置にあって壮観だとのこと。一度行ってみたいが、ついつい、9.11事件を思い出してしまう。
テレコムセンター駅前からウエストプロムナードに入る。人造の滝が入口にあり、勢いよく水が落ちているが、それだけのことで、ずいぶん涼しく感じる。シンボルプロムナードに向かう途中、ひまわりの群生が太陽にまぶしく光っていたが、花輪が小さくひ弱な感じがした。
であい橋を渡るとセンタープロムナードに入る。左に東京テレポート駅、右にパレットタウンや大観覧車を眺めながら夢の大橋を渡り、つどい橋を越えると右手に東京ファッションタウンが見える。
その頃になると日差しも柔らかになり、風も少し出てきて涼しさを少し感じ始めたが、それでも体中汗まみれになってしまった。バスの発着が国際展示場正門駅または有明テニスの森前ということで、イーストプロムナード前で解散した。
8月18日(土)午前10時 =約9㌔=
岳駅集合受付→(バス)→滝本駅→(ケーブル)→御岳山駅→レンゲショウマ群生地→御岳ビジネスセンター→武蔵御嶽神社→長尾平分岐→天狗岩→ロックガーデン→綾広の滝→長尾平分岐→滝本駅→(ケーブル)→御岳山駅→(バス)→御岳駅解散
8月18日(土)午後4時=約9㌔=No.81参照
木場公園(木場ミドリアム前)集合→平住橋→井住橋→豊砂橋→仙台堀川公園→平成橋→風の広場→中川大橋→わんさか広場(休憩)→スポーツ広場→竪川河川敷公園→猿江恩賜公園→横十間川親水公園→木場公園解散
夕暮れ近くの横十間川親水公園のボート乗り場
◎第482回B【夕涼み区内緑道巡り】=約12㌔=
8月18日(土)午後4時、木場公園(木場ミドリアム前)に集合したのは、ゲスト2人を含めて、42人。「夕方には時間が早いゆえか木場公園のせみの声が、一段と高らかに合唱。周りの花壇の周辺が暑さに元気が無く人間と同じでした=小林宣治=」。という中で、打合せと体操を実施。平住橋、井住橋と歩く。
「無残やな 蚯蚓累々 井住橋」 利
この途中の緑道で、パンダ、ラッコ、カバ、ゴリラ、コアラなどの造形がまるで生き物のように配置され、目を楽しませてくれる。豊砂橋から仙台堀川公園に入る。いつ来ても歩きやすく、潤いのある公園でしかも変化に富んでいるためか、行き交う人々の顔も穏やかで笑顔が耐えない。
平成橋を渡り、風の広場を抜け、中川大橋を渡り、わんさか広場で休憩。
スポーツ広場を省略して、高速道路下の竪川河川敷公園を直進。猿江恩賜公園の手前から横十間川親水公園=写真下=に入る。クローバー橋は小名木川と横十間川の交差点に架かるX型のユニークな橋。白濁した川の流れが気になる。千石3丁目で右折。ゴールの木場公園にたどり着いた頃には夕闇が襲い、人影がわずかに見える程度。昨日までの猛暑とは違っていたが、それでも全身汗びっしょり。勝手知った区内のためか、解散場所ではたった3人で完歩を確かめた。
8月4日(土)午前10時 =約9㌔=
奥多摩駅集合受付→(バス)→峰谷橋→浮橋→山のふるさと村→いこいの広場→奥多摩水と緑のふれあい館→バス停奥多摩湖→(バス)→奥多摩駅解散
8月4日(土)午後5時 =約8㌔=No.129参照
外濠公園(飯田橋駅徒歩3分)集合→市谷駅→四谷駅→旧真田濠→紀尾井坂→弁慶橋→永田町駅→国会正門→霞ヶ関→桜田門→祝田橋→和田倉噴水公園(大手町駅D2出口徒歩2分)解散
夕暮れの和田倉噴水公園では三本の噴水が勢いよく吹き上げていた。
◎第481回B[夕涼み外濠、霞ヶ関、丸の内]=約8㌔=
8月4日(土)午後5時、外濠公園に集合したのは、37人。ミンミンゼミが姦しく鳴く中で、打合せと体操をした。
「会長の 声も届かず 蝉時雨」 利
木陰にもかかわらず、もう汗が流れてくる。
緑道を通り、一旦、市谷駅前で一般道に下り、再び土手道を歩く。四谷駅の雑踏を通り抜け、新宿通を渡り、上智大学の白亜の学舎を横目に見ながら松ノ木に覆われた旧真田濠までの土手を歩く。
ホテルニューオータニの壮大な建物を見ながら紀尾井坂を下り、右折して清水谷公園で休憩。清水谷公園は、大久保利通遭難記念敷地一帯を公園としたもの。この一帯は、江戸時代の紀伊家、井伊家の屋敷境にあり、この境が谷であったことと、紀伊家屋敷内に霊水(清水)が湧き出ていたことから、清水谷と呼ばれていた。
弁慶橋で左折。ついに民主党に移った参議院議長公邸を興味深く眺めながら、永田町駅を通り、国会正門に出た。
左右対称形の建物。警備の警官にどっちが参議院か、と尋ねた有志に、にこやかに警官は「正門から見て右側が参議院」と答えた。うさんくさそうにわれわれを眺めていたのに、変わり身の早さに思わず微笑む。
午後5時には閉園して深閑とした国会前庭を左手に見ながら財務省と外務省との間を通る。うっそうとした並木は夕暮れ近くになると魑魅魍魎がはびこるのではないかと、早々に通り抜け、桜田門に向かう。祝田橋で左折。
皇居前広場の夕暮れ、かつてはアベックのメッカだったが、暑さのせいか、時代のせいか、アベックは見当たらず、一人歩きの中年男性だけだ。どことなく寂しい広場を歩いて和田倉噴水公園に到着。勢いよく吹き上げる三本の噴水をしばらく見ながら汗が引くのを待ったが、じーっとしていても汗が出る。今夜はどうも熱帯夜らしい。ここで解散した。
7月28日(土)午後5時 =約8㌔=
六本木ヒルズ毛利庭園(日比谷線六本木駅1番出口徒歩5分)集合→笄公園(体操)→麻布十番→東洋英和女学院→大倉集古館→虎ノ門3→愛宕1→都立芝公園解散
夕闇迫る都心の毛利庭園は静かだった。
◎第480回[夕涼み六本木・愛宕山・芝]
7月28日(土)午後5時、湿気いっぱいで、まだまだじっとり暑い毛利庭園に集合したのは51名。会長の連絡事項も、参議院議員選挙の最後の賑わいで邪魔され、早々に笄公園へ向かう。
「庭の蓮 明朝咲かんと 胎動す」 利
池を回って、環状3号線に出て左折、六本木通りを進み、裏道に入る。昔はハイカラだったろうと思われるビルがあり、更地で駐車場になっている土地があり、雑草が繁った空き地があり、表通の煌びやかさとは雲泥の差がある。
外苑西通りを南下し笄公園へ。1キロ少ししか歩いていないのにもうびっしょり汗が流れる。会長の音頭で体操して出発。歩き始めてすぐの細い路地でタクシーが角を曲がれず通せんぼ。警官も誘導していたので我々は脇を通させてもらう。何故だか中国大使館周囲の警戒が厳重だった。
鬱蒼とした廃屋のような家を見ながら狐坂を下り、急な狸坂を登る。土筆のお化けのようなマンションを見上げて大黒坂を下り、七面坂も下る。環状3号線を渡り、麻布十番稲荷を覗き鳥居坂を登る。シンガポール大使館を曲がり、東洋英和女学院裏を回る。
恐ろしく急な坂を下り、於多福坂を上がる。落ち着いた感じのアザブテラスを眺め、六本木5丁目で外苑東通りへ出て次の角を左折し、丹波谷坂を見下ろして右折、高速下をくぐって透き通るような泉ガーデンの高層ビルを見上げ、泉屋(センオク)博古館前で休憩。
城山ガーデンを下って神谷町へ抜けるC班を見送り、B班はコースどおり大倉集古館へ向かい江戸見坂を下る。桜田通りを突き抜け愛宕1丁目を右折。真福寺のビル、愛宕神社、完成した愛宕グリーンヒルズを眺める。
歩道橋を渡って御成門小を過ぎ、涼風が吹き始めたゴールの都立芝公園に到着。灯りが付いた東京タワーを見上げて解散した。約8km
増上寺の方から盆踊りの太鼓やお囃子の音が聞こえてきた。慣れない浴衣姿のお嬢さんたちが歩きにくそうに歩いていて、面白い。今日は隅田川の花火大会だ。
7月21日(土)午後5時=約8キロ=No.328参照
清澄公園(大江戸線清澄白河駅A3番出口徒歩2分)集合→隅田川テラス→永代橋→南高橋→聖路加ガーデン→勝鬨橋→トリトンスクエア(休憩)→日本ユニシス→キャナルワーフタワーズ→越中島→古石場文化センター解散
中央大橋と佃島高層住宅群
◎第479回[夕涼み清澄公園から門前仲町]
7月21日(土)午後5時、清澄公園に集合したのは、50人。B1班が久しぶりに全員出席した。打合せと体操の後、清洲橋から隅田川テラスに向かう。
隅田川大橋をくぐり、永代橋で地上に上がり、対岸に出る。ここから見える中央大橋と大川端リバーシティー=写真=。何時見ても異質な東京の景観だ。
中央大橋をくぐり、突き当りから地上に出て南高橋を渡り、再び隅田川テラスに降りる。佃大橋をくぐり、聖路加ガーデンを横目に見ながら、勝鬨橋で地上に出て左折。晴海通を歩き、朝潮運河を「動く歩道」で渡り、トリトンスクエアに到着。広場で休憩した。
続いてナイター施設が整い、すでに試合も開始されていた新月島公園を眺めながら、春海橋を渡り、日本ユニシス、キャナルタワーズ横を通る。右側はIHIビル、芝浦工大が完成し、道路も広がり立派になっているが、豊洲橋がそのまま。いきなり道幅が狭まり、旧態依然! まだまだ様相が変わりそうだ。
釣船橋を渡り左折してゴールの古石場文化センターに到着。中では、「思い出の木下恵介監督作品映画パンフレット展」が開かれ、M.Nさんがコレクションしていた木下映画のパンフレットやシナリオが展示され、懐かしく見入っていたが、「原節子ってだれ?」って声に時代の移り変わりを感じさせられた。
ついでにケーブルテレビで放映された「亀戸まちあるきワークショップ」のビデオを観覧。H.Wさんのサポーターデビューの模様を確認した。=約8キロ=
帰路、古石場親水公園に入るものもあり、流れをしばらく見入っている人も居た。
「古石場 清水流れ 百合咲けり」 利
7月14日(土)午前10時、約8km
日比谷公園かもめの広場(霞ヶ関駅C4番出口徒歩1分)集合→霞ヶ関→日比谷駅A14番入口→二重橋駅→大手町駅→新日本橋駅→三越前駅(休憩)→八重洲地下街→銀座駅→日比谷駅→有楽町駅→東京国際フォーラム→東京駅→新丸ビル解散
八重洲一番街の中央広場で鎮座する猪の銅像。
◎第478回[都心もぐらウォーク]約8km
九州を直撃した台風4号の余波を受けた7月14日(土)、急遽、集合場所を変更。日比谷公園かもめの広場から日比谷駅A14番入口下にした。午前10時、参集したのは41人。地下通路のため、簡単な打合せのあと、体操は省略してスタート。
日比谷駅、二重橋駅、大手町駅と千代田線沿線を地下道だけで通り抜ける。半蔵門線大手町駅で右折、丸の内線大手町駅で右折。東西線大手町駅に突き当たり、左折。地下道の突き当りを右折。八重洲一番街に入る。途中、地下広場に巨大な「猪」の銅像が鎮座。思わずわが同類のような気になってシャッターを切る。
この一番街、そのまま八重洲地下街に結合。歩いているとまるで迷路。方向感覚が失われ、標識だけが頼り。有楽町方面だけを頼って突き当たってやっと地上に出ると、そこは東京駅八重洲南口の南端。曇り空にもかかわらず眩い。電気と太陽の違いを再確認する。
鍛冶橋通を越え、銀座線銀座駅手前からまたもや地下道に入る。晴海通下も日比谷まで地下道が続く。突き当たって右折。スタート時に通った地下道に再び到着。有楽町駅で右折。しばらく行くと東京国際フォーラムへの通路に出て左折。突き当たりでしばらく休憩。
地下ばかり歩いたのだか、結構、体は汗ばみ、風がないのが玉に瑕。雨具を使わないのは取り柄だが、何となく息苦しい。フォーラムを通り抜け、京葉線東京駅の地下に出て、そのまま、東京駅丸の内側に向かう。
たどり着いたところが新丸ビルの地下。ここで解散。もぐら叩きにも遭わず無事終了した。
7月7日(土)午前9時、約8km
西武豊島園駅前広場・受付→八幡神社→長命寺→石神井公園→平成みあい橋→練馬高野台駅(2階改札前)ゴール・解散
向山庭園の玄関では笹の葉に願い事が書かれている短冊が色とりどりに飾られていた。
◎第477回[水と緑のオアシスを訪ねて]約8km
7月7日(土)午前9時、西武豊島園駅前の広場で受付を済ませて集合したのは、47人。打合せでは第2四半期13回皆勤者17人に記念品を差し上げ、体操は省略してスタートした。
曇り空の中、風がそよぎ、歩きやすい。向山庭園では笹の葉に願い事が書かれている短冊が色とりどりに飾られていたそういえば、今日は七夕。ただ、この曇り空では天の川は見られそうにない。
庭園見学は省略して向山公園を縦断して石川橋から石神井川沿道を通る。途中、道楽橋からわき道にそれ八幡神社に向かう。横門から入り、正門から出る。
折り返すように石神井川に向かい環八高架下の信号を越え、練馬中央大橋を渡り練馬青果市場を過ぎると再び石神井川に戻り、高野橋から長命寺に向かう。このお寺、高野山の分寺で、ゴールの「高野台駅」の由来となっているとのこと。
南大門から出て右折。児童公園で左折。西武池袋線の踏切を渡り右折。少し歩いて左折。石神井公園に向かう。
石神井池では水鳥が浮かび、鯉が泳ぎ、木々が繁茂。盛夏の賑わいを見せていた。パークロードを歩き、野外音楽堂で休憩。
山下橋から三度石神井川沿道の両岸を歩き、平成みあい橋で合流。そのままゴールの練馬高野台駅に到着。記念品に「手拭い」をいただき、三々五々駅前でレストランに入った。
6月30日(土)午前10時、約9km
宝来公園(東急線田園調布駅徒歩7分)集合→庵谷橋天神橋→等々力渓谷公園日本庭園(休憩)→等々力渓谷→ゴルフ橋→上野毛自然公園→調布橋→玉川大師→治太夫橋→八幡橋→岡本民家園→八幡神社→七之橋→聖ドミニコ学園→自然観察林→用賀駅解散
玉川大師では、四国八十八ヶ所巡りが15分ででき、大願成就で「長寿の鐘」つく。
◎第476回[田園調布と等々力渓谷]約9km
6月30日(土)午前10時、田園調布旧駅舎をくぐり、宝来公園に集合したのは、ゲスト2人を含めて48人。打合せと体操をした後、スタート。起伏の激しい道を上り下りして庵谷橋に出て丸子川沿道を太陽に照らされながら歩く。天神橋から左折。
谷沢川に入ると気温がいきなり下がったような快い涼風に思わず歓声。新しくできた等々力渓谷公園日本庭園で休憩。
つづいて整備の行き届いた等々力渓谷を歩き、ゴルフ橋から一般道に戻り上野毛自然公園に到着。段差のある公園には曲がりくねった階段があって、一寸した冒険気分。
再び丸子川に出ると川淵には「半夏生」が所嫌わず白い花をつけていた。
「丸子川 涼を誘う 片白草」 利
大井町線と田園都市線をくぐり、すぐ右折。玉川通を潜り抜け、玉川大師に到着。ここには地下霊場があり、四国八十八ヶ所巡りができるとのことで、早速「15分お遍路」。手探りで暗黒の世界を歩き、天国と地獄を体験。最後に「長寿の鐘」を叩き、満願成就。すっきりした体には太陽がまぶしい。
治太夫橋で丸子川に復帰。八幡橋を渡って七夕飾りで彩られた岡本民家園で小休止。この暑さの中で囲炉裏で燻される薪の煙が目にしみる。最後の難関、八幡神社の石段46段を上りきり、大蔵通に下る。七之橋を渡り、聖ドミニコ学園を横目に見ながら直進。
自然観察林もフラワーガーデンも省略して変貌著しい世田谷ビジネススクエアに入り、解散。食事をしたり喫茶店に入ったりして汗まみれの下着を着替え、地下の用賀駅から帰路についた。
6月23日(土)午前10時、約9km
布田天神社(京王線調布駅北口徒歩7分)集合→→御塔坂橋→東京都神代植物公園正門→深大寺霊園→深大寺→神代水生植物園(休憩)→野草園→深大寺自然広場→柏野小→祇園寺→国領神社→椿地蔵→白山宮→古天神公園→角川大映スタジオ→調布映画発祥の碑→京王フローラルガーデン「アンジェ」(京王多摩川駅)解散
水を湛えた田んぼに早苗が清々しく並んでいる深大寺自然広場
◎第475回[調布・深大寺花めぐりウォーク]
6月23日(土)調布駅に降り立つと、昨日の雨はすっかり上がり青空が広がっている。北口の丸いベンチにSYさんがもう座っていた。数人揃ったので集合場所の布多天神社へ向かう。旧甲州街道を渡り、「ゲゲゲの鬼太郎」が出迎える天神通り商店街に入る。盗まれた「鬼太郎」は戻っていた。「ねずみ男」「猫娘」「一反木綿」はいたが、壊された「子泣き爺」は修理中とのことで居なかった。そのまま参道を進み、甲州街道を渡ると布多天神。境内は涼しい木陰で気持ちが良い。
「布多天神 吾が子を隠す 親鴉」 利
午前10時、45名が集合。東急、西武の土休券、豊島園のちらしを配布して、打合せ、体操し出発。神社左手から歩き始める。
厳しい日差しが照りつけ、日陰の少ない住宅街を進む。御塔坂で中央高速をくぐり、御塔坂橋で野川を渡ると11人のグループが川を下って行き、深大寺入口信号でまた少し減った。神代植物園正門前を眺め、Uターンするように細い道を戻り深大寺霊園、深大寺門を見て乾門から深大寺に参る。山門を降りて鬼太郎茶屋を眺め、神代水生植物園へ。A班がすでに休憩していた。
これから下見が不十分な野草園へ進む。深大寺小の信号を渡り、野菜直売所で買い込んで雑木林の道を下る。木材で階段が出来ており、芝生の広場につく。先頭がその先の階段を上がったので、みんな続く。池ノ谷橋で中央高速を渡り右に下りる。すぐ野草園へ下り、一寸見学。
深大寺自然広場を出ると、下見のときは乾いていたのに、水を湛えた田んぼに早苗が清々しく並んでいた。柏野小を曲がり、祇園寺を眺め、甲州街道に出る。
国領神社を見て下布田を南下、京王線を渡り、椿地蔵を右折、品川道、白山通をひたすら南下。調布住宅を右折して、古天神公園を通り抜け、角川大映スタジオ横を通り、調布映画発祥の碑で沢山の映画俳優の名前を見て、ようやく京王多摩川駅に到着。風の通る涼しいガード下で一息ついた。
A班は殆んどが「馬車道」でお食事とか。B班は、京王フローラルガーデンアンジュの入口を確認して、お蕎麦屋さんに向かう人、そのまま電車に乗る人、と、解散した。約10km
6月16日(土)午前10時、約10km
若葉台駅(受付)→八坂神社→天王森公園→連光寺公園→都立桜ヶ丘公園→原峰公園→熊野神社(霞ヶ関南木戸柵跡)→豊ヶ丘北公園→多摩中央公園(旧富澤家住宅)→京王多摩センター駅解散
昭和5年明治天皇の偉業を讃えるため建設された聖蹟記念館。
◎第474回[多摩に点在する公園の散策]
(京王沿線ウォーキング第3回 約10km)
6月16日(土)、京王新宿駅で乗る電車に迷いモタモタしたが、何とか間に合った。午前10時、若葉台駅に44名が集合。駅の建物の陰で体操して出発。エスカレーターで広場に上がる。
梅雨に入った筈だが、若葉台駅前は真っ青な空に緑の芝生が映えて、ため息が出るほどの快晴だった。バスターミナルやタクシー乗り場などの設備が整い立派で広大な駅前広場の中を屋根のついた通路が続き、皆、その下を歩く。日差しの強いベンチにサックスを吹く人の像が座っていた。
意を決して照りつける日差しの中、若葉台公園に入る。
ところが、ここで左折して、馬引地区を通り、乞田川の川沿いを歩いて、富士山を見たと負け惜しみをいう10人組が居た。
まだ新しく木々も若く、以前、歩いた時より随分整備されていた。ゴルフ場とマンションを両脇に眺め、ひょっと右の山道に曲がる。坂を登っていくと多摩市で一番高い天王森公園、八坂神社には天然記念物のスダジイがこんもり聳えていた。
「静かなり 八坂の宮の 七変化」 利
バス通りを歩いて連光寺公園へ入り、90段ほどの石段を下る。すり鉢の底に降りたようで薄暗い雑木林の中で行止まってしまう。金網の切れ目に細い登り道を見つけ、黙々と上る。どこかのオジサンが「だから降りなきゃ良かったんだよ。降りたら上らなきゃならないんだから」と大声でわめいていた。
今度は桜ヶ丘公園、上って下って上って駐車場に出る。左へ進み、明治天皇御製碑を見て、昭和5年明治天皇の偉業を讃えるため建設された聖蹟記念館を眺め、あずまやの広場に来ると、B班が休憩していた。入れ違いにC班も到着。
下がって上がって下って、若者がいっぱいの大谷戸運動公園を過ぎ、緑深い団地を過ぎ、かっこいい病院を過ぎ、乞田川を渡って熊野神社を眺める。大きな屋敷を過ぎ、右に石畳を上がると原峰公園へ入る。竹林と石垣が城跡を思わせるよう。小さな流れに木の橋が架かっていた。
雑木林を出ると、突然、大きな建物「ゆう桜ヶ丘」が現れ、驚く。赤レンガのコミュニティセンターで、中は落ち着いた雰囲気。結構大勢の人が休んでいた。
多摩市役所横を通り、乞田交差点を渡り、住宅街を進む。京王線、小田急線をくぐり、線路に沿って歩き、階段を上って豊ヶ丘北公園へ。もう結構歩いたので、多摩中央公園は省略して、木陰のある乞田川沿いを歩いて京王多摩センター駅へ到着。駅への階段を登ったが、ゴールが見つからずウロウロしていると、改札前で階下だと教えられやっとゴール。まな板を貰って解散した。15,418歩。
6月9日(土)午前10時、約10km
亀有駅改札口(受付)→「こち亀」両さん銅像→郷土と天文の博物館→テクノプラザかつしか→観蔵寺(寿老人)→医王寺(恵比寿天)→宝生院(大黒天)→万福寺(福禄寿)→寅さん記念館→山本亭→題経寺(毘沙門天)→真勝院(弁財天)→良観寺(布袋尊)→金町駅解散
色鮮やかな花ショウブが満開の山本亭日本庭園
◎第473回[亀有の両さんと寅さんのふるさとを巡る]約10km
6月9日(土)午前10時、亀有駅改札口で受付を済ませたのは43人。混雑を極める駅前でそそくさと打合せを実施。体操は省略して途中の休憩場所も決めず、自由歩行ということでスタート。
駅前商店街の「ゆうろーど」を通り、曳舟川親水公園に入る。目にも鮮やかな紫陽花を愛でながら「郷土と天文の博物館」は省略して「テクノプラザかつしか」に向かう。高砂橋で中川を渡り、観蔵寺(寿老人)、医王寺(恵比寿天)、宝生院(大黒天)、万福寺(福禄寿)と巡り、寅さん記念館前の山本亭に入り、一休み。
庭園では「花ショウブ」が満開。座敷から庭を眺め、一服する構図は和服が似合うが、残念ながらウォーキングスタイル。
題経寺(毘沙門天)、真勝院(弁財天)と巡り、良観寺(布袋尊)で満願。ここでは布袋と言わず、寶袋尊といい、豊かなお腹を撫でると願が叶うという。ゴールの金町駅で解散し、お茶を飲んで帰宅した。
6月2日(土)午前10時、約9km(No.120参照)
有栖川宮公園(日比谷線広尾駅1番出口徒歩2分)集合→広尾ガーデンヒルズ→日赤血液センター→東京女学館→青山学院→こどもの城(休憩)→田中千代学園→キャットストリート(旧渋谷川歩道)→妙円寺→勢揃坂→明治神宮第二球場→絵画館前(休憩)→銀杏並木→青山1丁目→国立新美術館→東京ミッドタウン解散
微妙な曲線に囲まれ、まるでオーロラのような国立新美術館
◎第472回[広尾・原宿・青山・六本木]約9km
6月2日(土)午前10時、有栖川宮公園に集合したのは48人。公園の北側はるか高みにラッパをもった金色像=写真右上=が建っている。これは、末日聖徒教会(モルモン教)の尖塔らしい。
「風薫る 金色の像 笛を吹く」 利
打合せと体操をした後、スタート。いかにも高級住宅地という佇まいを見せている広尾ガーデンヒルズの並木はすっかり大きくなり、木漏れ日を浴びながら気持ちよく歩ける。日赤血液センターも広尾ガーデンフォーレスト建築中で昔の雰囲気はなくなっている。東京女学館横から右折して青山学院の横を通り、青山通のこどもの城で休憩。
大きくなった田中千代学園の前を通り、キャットストリートに入る。ここは旧渋谷川を歩道としたもので、若者の屯する通りとなっているが、意外に人出は少ない。外苑西通を歩道橋で渡り、ピンクのフラミンゴを見て右折。熊野神社を過ぎると、勢揃坂にかかる。この坂、古道の一つで1083年源義家が奥州征伐に向うとき軍勢を揃えた場所とのこと。
明治神宮外苑入り、絵画館前で再び休憩。折りしも早慶戦の初日、「ハンカチ王子」人気で、神宮球場前はぎっしり行列ができている。
銀杏並木を通り抜け、青山1丁目で右折。国立新美術館に入る。曲がりくねった美術館の壁面=写真=は、何となくオーロラのイメージがあるが、これは私だけだろうか。続いて東京ミッドタウンに入り、流れのある庭でゴール。この流れにある噴水、実は靴でも踏むことができる。踏みながら靴底を動かすと、靴底の汚れを綺麗にできる。目的外使用でくたびれた靴を洗い、解散。三々五々食事に出かけた。
5月26日(土)午前10時、約9km
上野駅(日比谷線コンコース)受付→銀座線車両基地踏切→曹源寺(かっぱ寺)→かっぱ橋道具街→東京本願寺→雷門→吾妻橋→隅田公園(休憩)→桜橋→待乳山聖天→入谷鬼子母神→上野公園→上野駅
隅田公園では色とりどりの紫陽花が真っ盛り。
◎第471回B[浅草・墨堤・入谷界隈を歩く] 約9km
5月26日(土)午前10時、上野駅の日比谷線コンコースには、受付のため、長蛇の列が並んだ。参加者25人。
「予想では雨が降るとのことでしたが、昨日雨が降り、今日も駄目かと覚悟していましたが、女心は秋(夏でも同じ)の空の例えで、朝から好天。安心して出かけました。地図の上では、簡単に見えますが現実は大変です。途中、東京メトロで唯一の踏切が単線で都内にあると聞いていたが、地図を眺めて納得。カッパ橋本通では、至るところに河童の像があり、曹源寺も河童の名前が付いているしゃれた通りです。浅草駅まで3キロ弱、昨日メデケアイストで、雨のため何処も出掛けず、それゆえ足が萎えたのかもしれません。無理をしないで浅草公園で休憩して帰りました。 S.K」
このあと、吾妻橋を渡り、隅田公園に入り、桜橋を渡り待乳山聖天から言問通を歩く。入谷鬼子母神の先から左折して凌雲橋を越えて上野公園に入る。夏の日差しが上野の森のおかげで、日向と木陰がくっきり分かれ=写真=、木陰の涼しさは汗にまみれた体を快く癒してくれる。ゴールの上野駅で小鉢のプレゼントを受け解散した。
5月26日(土)午前10時、約8km
日暮里駅(北口改札出場後、西口出口)受付→日暮里繊維街→夕焼け小焼けの記念碑→天王寺→谷中霊園→根津神社→よみせ通り→谷中ぎんざ→西日暮里駅・解散
日暮里南公園の噴水広場にある3人男女の銅像
◎第471回A[日暮里繊維街と歴史文化めぐり散策]約10km
5月26日(土)午前10時、改装中の日暮里駅前に集合したのは22人。体操もせず出発する。JRを跨ぎ階段を下ると太田道灌の乗馬姿が目に入る。駅前は高層ビルの建設中で駄菓子屋横丁もなく、すっかり様子が変わっていた。自転車が歩道の半分を占める日暮里繊維街を通り、日暮里南公園へ。噴水広場にある3人の男女の銅像=写真=を見上げている間に皆さんは行ってしまったので一人で羽二重団子と善性寺を覗き、芋坂跨線橋を渡る。広大な谷中霊園に沿って安立院を過ぎ、古刹天王寺で大仏様を拝む。霊園の大通り、長谷川一夫の墓前でA班の面々と再会。
せっかくだから徳川慶喜のお墓を見ようと一人で脇道に入ったが表示を見落として渋沢栄一のお墓まで行ってしまった。通りかかった近所のおじさんに教えてもらい近くに行くと、大勢の人達がたむろしていた。葵の御紋の門の中には事蹟顕彰碑と二つの丸筒形の石のお墓が見えた。
木陰は涼しい風が吹き清々しいが、強い日差しとお墓探しで気力が萎えて、根津神社、団子坂は省略、くにゃくにゃのへび道を通ってよみせ通りに出る。谷中銀座で気になっていた名物のとうふを買い、早足でゴールへ向かう。ちゃんと歩いた人々も揃って、駅前の高台、西日暮里公園の木陰で解散した。 [K.M記]
5月19日(土)午前10時、約10km
井の頭線渋谷駅南口・受付→西郷山公園(打合せ・体操)→菅刈公園→目黒川遊歩道→祐天寺→芦毛塚の碑→蛇崩川緑道→駒繋神社→教学院(目青不動)→駒場東大前駅西口・解散
菅刈公園近くの民家で華やかに咲くバラの群像
◎第470回[目青不動参拝と緑道散策を楽しもう]
5月19日(土)午前10時、井の頭線渋谷駅南口階段下で受付。予報より早まって雨が降る中、通路に集合したのは44人。10周年記念のTシャツの注文を取ったり、奈良のお土産を配ったり、来週の例会について打合せし、本日は自由歩行ということで、雨の中へ出発した。
土曜朝の渋谷は思ったより混雑しておらず、雨の道玄坂をスムーズに上がる。玉川通を神泉町で左折し、旧山手通へ曲がると、A班が脇目も振らず通りすぎていった。
細い路地へ曲がり左折すると西郷山公園に入る。階段を下りて菅刈公園の前に華やかに咲き競うバラを眺め、目黒川遊歩道へ。東京共済病院手前の田楽橋を渡り、川の資料館脇を抜けて歩道橋を渡る。
山手通から細い道に入り、石垣工事中の八幡神社を過ぎ、駒沢通りに出て左折、祐天寺前を右に入る。東横線をくぐり、左へ曲がると葦毛塚の碑に出た。源頼朝か、この地の領主かの葦毛の馬が倒れたのでここに埋めたとか云われ、遠い昔から葦毛塚という。
紫陽花が咲き始めた蛇崩川緑道に入り、奈良の疲れが残っているのでちょっとショートカットして烏山緑道へ向かう。規定のコースは駒繋神社や教学院(目青不動)、三宿の森緑地を通ることになっている。
世田谷公園、昭和女子大学を眺め、烏山緑道へ曲がると水辺に杜若の花。間もなく目黒川緑道に入り、東仲橋を渡って新しく出来たらしい石段をジグザグと登る。と、公務員住宅脇に出た。右に筑波大附属駒場中学・高校を見ながら淡島通を右折。正門前を左に入ると駒場野公園へ到着。自然観察園を抜けて駒場東大前駅西口へ。
ゴールの受付を探していると、A班の数人と会った。雨も上がり快適なウォークだった。(約10km)
5月11日(土)午前6時、約41km
東京新幹線乗車→京都→奈良→ウォーキング→奈良泊
12日 奈良→飛鳥→ウォーキング→奈良泊
13日 奈良→法隆寺→ウォーキング→大和小泉→奈良→京都→東京解散
正式には法華滅罪寺という法華寺の庭では杜若が可憐に咲き、総國分尼寺の風情があった。
◎第469回A[奈良・1~2泊の旅(10周年記念旅行)]約41km
5月11日(金)午前6時、東京駅の新幹線に乗車したのは、先発組の14人。京都で近鉄線に乗換え、奈良に到着。ホテル日航奈良まで徒歩。ホテルに荷物を預け、平城宮に向かう。建物は再建された朱雀門が見えるだけでほとんど原っぱ。青空に映えた平城宮跡を眺めていると、古の奈良の繁栄が見えてくるから不思議だ。法華寺、海龍王寺、不退寺、興福院と巡り東大寺に入り、正倉院を見る。続いて久しぶりに大仏殿に入り、大仏を仰ぎ見る。穏やかな眠れるようなお顔を拝んでいると日頃の怒りや悩みが嘘のように晴れやかになってくる。人馴れた鹿や修学旅行生など大勢の観光客の間をすり抜けて興福寺国宝殿に入り、憧れの阿修羅像に逢う。理知的でかすかに眉毛の間に皺を漂わすお顔を見ていると、人間の愚かさを見透かしている気がしてくる。初日の薪御能見学組10人はそのまま、能舞台に向かう。日が暮れかかると気温がぐんぐん下がる。その上寒風! 寒さ対策不備のものは耐えられず、1時間足らずで退場、そのままホテルに戻った。
2日目12日は、橿原神宮前駅で、後発組6人と合流。タクシー組、自転車組、徒歩組に分かれて飛鳥資料館に向かう。ところが「キトラ古墳玄武壁画展」初日とあって75分待ちか、1時半予約、2時予約とになってしまい、予約組は三々五々、予定の時間に合わせて行動。飛鳥寺、甘樫丘に向かう。甘樫丘からは飛鳥三山が見渡せ、絶好の景観。額田王もここから三山を眺めたかと思うと1600年の時空を超えてしまう。下丘して、亀石、鬼の俎、鬼の雪隠を見学。飛鳥資料館に戻り、玄武壁画をやっと見る。乗り慣れない自転車でアップダウンを繰り返したせいか、足腰が動かなくなり、橿原神宮前に戻り、自転車を返却、奈良へ帰る。2日目の薪御能見学組10人は興福寺に向かい、初日組は春日大社など奈良公園を散策した。
最終日13日は、JRで法隆寺駅に向かい、駅前でバス組と徒歩組に分かれてスタートしたが、法隆寺に到着したのは同時。法隆寺前で記念撮影。境内に入り、五重塔、夢殿などを見学。続いて法輪寺、法起寺の三重塔と眺め、いわゆる斑鳩三塔に出会う。最後に慈光院に入り、抹茶をいただきながら庭園観賞。優雅な雰囲気に浸り、大和小泉駅から奈良に戻る。ホテルに預けた荷物を受け取り、京都に向かう。約3時間の余裕を利用して西と東の本願寺を巡り、駅で食事。20時発の新幹線で全員揃って帰京。3日間の充実した行程を無事終了した。
5月12日(土)午前10時、約12km
茅ヶ崎駅集合→神明神社→宝生寺→龍前寺→鶴嶺八幡宮→松並木→南湖の東富士→御霊神社→サザンビーチちがさき→茅ヶ崎駅解散
◎第469回B[湘南祭を楽しむ茅ヶ崎ウォーキング]約12Km
5月12日(土)午前10時、茅ヶ崎駅に集合したのは11人。人数が少ないので一緒に出発する。途中コースを少し外れ農地や人家の花を眺めながら歩き本コースに戻る。鶴嶺八幡宮の大銀杏、お神輿を見、松並木を歩く、烏井戸橋の上から富士山を眺め、サザンビーチに着く。湘南祭が行われていたが人出が多く、フラダンスをちょっと観て、そのまま歩き11時45分茅ヶ崎駅に到着。10名で昼食をとり、解散した。
5月5日(土)午前10時、約10km
日比谷公園(千代田線霞ヶ関C1出口徒歩1 分又は三田線内幸町A7出口徒歩2分)かもめの広場(西幸門前)集合→三井ビル→新橋→銀座→築地→銀座→新富町→日本橋→有楽町交通会館解散
銀座柳まつりのパレードの一つ。
◎第468回[アンテナショップめぐり]約10km
5月5日(土)午前10時、日比谷公園かもめの広場に集合したのは、47人(飛入り参加1人)。五月晴れの中で、打合せと体操。
早速、出発し、虎ノ門から特許庁前の三井ビル1階の「山形」は祭日でお休み。続いて虎ノ門2丁目の「徳島」も休日。ニュー新橋ビルの「福島」もシャッターが下りている。
新橋マリンビル1階の「香川・愛媛」でやっと開店しているのを見つけた。ちりめんジャコを購入。築地場外市場の中に「高知」。照明が華美で反って入りにくい。
晴海通に面した「岩手」。朝のNHK「どんと晴れ」の宣伝があるかと思っていたが、特になく、「ゴマ入りアイスクリーム」でのどを潤す。
続いて日比谷の「鹿児島」「石川」に向かうメンバーから外れて銀座通りの「熊本」で「西瓜」を買って休憩。メンバーが戻るのを待つ。
元気なメンバーは新富町の「青森」、中央通の「山梨」「山口」、三越前の「島根」、東京駅前の「京都」「北海道」、銀座1丁目の「沖縄」「大分」と回るが、ひざの調子が悪く、銀座西3交差点で休憩。
折から「銀座柳まつり」のパレード=写真=を見る。都内の中学生、高校生、それに大学生の勇壮なブラスバンドとバトントラワーのチームがマーチや映画音楽のヒット曲などを演奏しながら行進。初夏の日差しを浴びて華やかな目の保養をした。
時間を見計らって交通会館に到着。ここでは「長野」「滋賀」「和歌山」「富山」「静岡」「北海道」「秋田」とアンテナショップが屯している。この中で「秋田」に入り、「味噌饅頭」を購入。元気なメンバーに再会して、ここで解散。昼食に向かった。
4月28日(土)午前10時、約9km
南砂3丁目公園・集合→清砂大橋→船堀街道→わかくさ公園→新長島川親水公園→新左近川親水公園→さくら橋→総合リクリエーション公園→フラワーガーデン・休憩→富士公園→なぎさ公園→旧江戸川→舞浜大橋→葛西臨海公園・汐風の広場・解散
新長島川親水公園で見事に咲いている藤の花
◎第467回[江戸川区の南側公園巡り]
4月28日(土)午前10時、南砂3丁目公園に集合したのは、43人。打合せと体操の後、奈良組20人は居残って日程などの打合せを行い、清砂大橋に向う。
橋の上から江東区側の堤防の上に花文字がくっきり浮かび、日頃の手入れの良さが伺える。江戸川区に入り、右折。船堀街道を少し通り、清新小学校横から若草公園に入る。公園と公園の間にある道路には歩道橋が完備され、ほとんど信号に邪魔されずに歩ける。続いて新長島川親水公園を歩き、葛西かもめ橋を渡り新左近川親水公園に入る。高層マンション群が多いせいか、人出が多い。
「左近川 足裏確かめ 百千鳥」 利
さくら橋を渡り、今度は総合レクリエーション公園に入る。野球場、サッカー場、テニスコート等、至れり尽せりの施設が並列しうらやましい限りだ。環七通を珍しく信号で横断してフラワーガーデンにたどり着き、小休止。噴水があり、花壇の整備も充実している。ここでC班を中心とした十数人がコースを離れて葛西駅に向かった。
コース通り歩いたものは、少年キャンプ場、富士公園、ポニーランドを通り、旧江戸川堤防に出た。
うららかな江戸川からはディズニーランドの山やホテル群が望め、爽やかな風に初夏の兆しを満喫。舞浜大橋の下をくぐり、葛西臨海公園に入る。大観覧車を見ながらクリスタルビューへの道に集合して、ここで解散した。
4月21日(土)午前10時、約10km
西武線西武球場前駅集合(打合せ・体操)→狭山不動尊→いきものふれあいの里→ふれあい湿地→早稲田大学南門→所沢キャンバス(見学・学食)→正門(バス)→小手指駅解散
早稲田大学所沢キャンパスにある織田幹雄記念陸上競技場
◎第466回[早稲田大学と狭山湖を歩く]約10km
4月21日(土)午前10時、西武線西武球場前駅に集合したのは、遅刻したお二人を合わせて、40人。駅前で打合せと体操をした後、スタート。
まず、狭山不動尊に行く。短い石段だが、上りきった境内に御神木といわれる銀杏の大木がある。樹齢500年といわれ、貫禄に満ちている。「勅額門」「御成門」「丁子門」「櫻井門」といろんな門があるが、いずれもよそから移築されたもので、そういうものが、重要文化財として保存されている。
櫻井門を出るとそこはユネスコ村のかつての駐車場。昨年6月閉鎖されたとのこと、たった半年ぐらいで見る影もなくうらぶれている。
狭山自然公園に入ると展望が開け、狭山湖堤防を歩く。右側に湖が遠くまで見渡せ、その先には奥多摩の山々、まだ先にかすかに見える山波は南アルプス。新緑と若葉に囲まれた狭山湖の景観は素晴らしい。歩いていてもわくわくしてくるのが不思議だ。
渡りきった後、山道に入るが、両側に金網が張られ、何となく鬱陶しい。それでも大根の花やスミレなど可憐な花が咲き、鶯やすずめのさえずりが陽春を謳歌している。「生き物ふれあいの里」や「ふれあい湿地」などに迷い込んでみたかったが、本日は早稲田大学見学が目的。
早稲田大学南門にはM.H先生がわれわれを出迎えてくれた。早速、フロンティア・リサーチセンターの見学。途中の砂川堀(湿地帯)で大きなおたまじゃくしを見る。たぶん、トノサマガエルの前身だ。
リサーチセンターは3月に出来上がったばかり、セメントの匂いが残ったままの建物。実験室なども見学したが、設備が整ったばかりでまだ研究に着手していないようだ。屋上にも上がってみたが、まだ苗を植えつけたばかり。ただし見晴らしは絶好。新緑が清々しく広がっている。
再び南門に戻って所沢キャンパスの中に入る。起伏の激しい敷地に学舎を建てたらしく一歩建物の中に入ると階段を上っても下っても出入り口があり、地上に出る。不思議な感覚にとらわれながら広大な食堂に入る。メニューはバラエティーに富み、何を食べていいのか分からないほど。副菜は好きなものを選べるようになっており、市価の半額程度で食事ができる。最低150円で済み、500円も出せば一寸したご馳走が味わえる。かつての学生時代を思い出しながら学食を味わった。
食事の後は腹ごなしに陸上競技場を一周して正門に向かう。半裸になって練習をしている学生を見ているとこちらまで若々しくなってくる。正門前にあるモニュメント。ペガサスに乗った少年の像に見えるが、高い塔の上にあり、逆光で黒ずんで見え、はっきりしない。
バスがちょうど停留していたので、そそくさと全員乗り込み、小手指駅に向かいここで解散した。
4月14日(土)午前10時、約9km
霞ヶ関駅定期券売り場近く集合→日比谷公園(打合せ)→国会議事堂→赤坂→東京ミッドタウン→六本木ヒルズ→国立新美術館
東京ミッドタウン庭園の噴水で無邪気に遊ぶ子供たち。
◎第465回[東京ミッドタウンと国立新美術館]
4月14日(土)午前10時、霞ヶ関駅定期券売り場近くで受付を済ませ日比谷公園西幸門の噴水前に集合したのは46人。来週の所沢早稲田行などの打合せを行ったあと簡単な体操をしてスタート。
財務省と外務省の間にある潮見坂、茱萸坂を通り、右折して国会議事堂裏を歩く。青山通を少し歩き、赤坂見附で左折、日枝神社を横目に見ながら山王下で赤坂通に入る。直進して突き当たり、乃木神社で休憩。
小さな公園にいつの間にか不思議なモニュメントが地形の変化を利用して制作されていたが、まだ周囲の自然に馴染んでいない感じだ。続いて外苑東通に入り、東京ミッドタウンに入る。
建物(248メートル、日本一高い建物、地上54階地下5階)を見上げると目がくらみそうになるが、周りにある庭園は意外に穏やかで、花や草の名前などが丁寧に表示され、楽しめる。室内の飲食店は軒並み客が並んで待っている状況。人気の少ないところは昼食で5,000円程度する高級仕様。今のところ落ち着きがないので、庭園を巡ってみる。かつての檜町公園はすっかり様相を変え、人工的な池を中心に和風建築の休憩所などがあるが池の底を見るとコンクリート造。渓谷風の流れもできているが、まだ落ち着かない。もう少し時が必要だが、東京の新名所になるのは間違いなさそうだ。
急坂を上り下りしたためか、猛烈に空腹感に襲われ、六本木で食事。地下2階にある店だったが、意外に美味。店員もしっかり教育されていた。おなかがいっぱいになると歩く意欲が薄れ、後のコースを省略して、六本木から帰途についてしまった。
コースどおり歩くと、麻布十番に出て、六本木ヒルズを通り、国立新美術館でゴールする。約9km
4月7日(土)午前10時、約7km
中野駅北口改札口・受付→新井薬師(打合せ・体操)→哲学堂公園→氷川神社→東福寺→歴史民俗資料館→平和の森公園→東京矯正管区・旧刑務所→御囲の跡→中野駅解散
中野通の桜並木は満開。
◎第464回[史跡と歴史をめぐる中野さくらウォーク](JR.01701)
4月7日(土)午前10時、中野駅北口改札口で受付を済ませ、集合したのは、42人。駅前の雑踏の中で打合せ、体操は省略して、出発。中野サンモールの中を通り、中野ブロードウエイを抜ける。続いて薬師あいロードを通り、新井薬師に入る。薬師という言葉、昔はお医者さんの役割を果たしていたようで、ここは「目の薬師」とか[子育て薬師]と呼ばれていたようだ。中野通は桜並木。4月に入ってからの冷え込みで、未だ満開。見ごろだった。哲学堂公園も桜が満開。小さな流れにおたまじゃくしが元気に泳いでいた。ここで一寸休憩。ここから左折して沼袋に向かうが、道中はやはり桜並木。途中、氷川神社、東福寺を巡る予定だったが、寄り道になるので、省略。歴史民族資料館を横目に見て、沼袋交差点左折。沼袋駅横の踏切を横断して平和の森公園に入る。ここは、中野刑務所跡地で、今でも法務省矯正研修東京支所という厳めしい名の現役だ。続いて囲町公園。かつて綱吉の「生類憐みの令」により野犬保護施設「御囲」のあったところ。この場所が中野陸軍学校になり、警察学校になり、今でも警察や税務署の施設が続いている。サンプラザ前の雑踏を抜けるとゴールの中野駅。ここで解散して三々五々食事に向かう。 約7km
3月31日(土)午前10時、約10km
新浦安駅→若潮公園・受付→境川→フラワー通り→旧江戸川→浦安魚市場→浦安市立郷土博物館・解散→新浦安駅
桜と松が絶好のコンビネーションで生え揃っているしおかぜ緑道
◎第463回[浦安青べか物語ハイキング]約10km
3月31日(土)午前10時、新浦安駅から1キロほど離れた若潮公園に集合したのは、44人。受付を済ませ、打合せと体操の後、出発。
境川沿いに先ず歩く。青べかといわれる釣り船が川に沿って所狭しとばかり係留されている。途中一寸寄り道をして左右天命弁財天や豊受神社、花蔵院を眺めた。今度は境川の左岸を歩き、旧江戸川に突き当たり右折。浦安魚市場で休憩。冷蔵おさかなパックのプレゼントということで長蛇の列ができていたが、中身のお魚はなく、単なる冷蔵パックだけと分かり、いただくのを止め、戻ることにする。
東西線浦安駅を越え、境川を渡り、フラワー通り、桜通と満開の桜の木の下を歩く。続いて桜と松が絶好のコンビネーションで生え揃っているしおかぜ緑道を通り、再び境川に出る。この路上でアサリをいっぱい積んだ小型トラックと孫をひざに抱いた老婆を乗せた人力車に出会い、思わずシャッターを切った。
ゴールの浦安市立郷土博物館前の広場では、「桜まつり」の真っ最中。甘酒の振る舞いを受け、いろんな露店を冷やかし、桜のステージで演じられていた「南京玉すだれ」のキャロライン玉子の元気な声を満喫した。
解散後は、新浦安駅に向かうもの、浦安駅に向かうものに分かれて帰路についた。
3月24日(土)午前10時、約8km
幸手駅集合→幸宮神社(打合せ・体操)→聖福寺→正福寺→熊野権現社→清保堂→権現堂桜堤(休憩・弁当)一行幸橋→雷電池→桜並木→狐塚公園→南栗橋駅解散
蕾ばかりの権現堤でひとり菜の花だけが満開を誇っていた。
◎第462回B[権現堂桜堤でお花見ウォーク]
約8km
3月24日(土)午前10時、幸手駅に集合したのは、14人。駅前で簡単な打合せをした後、のんびりスタート。
まず、一色稲荷大明神、満福寺と見学。満福寺では立派な梵鐘があったが、これは「そだての鐘」といわれ、戦後鋳造されたものだった。続いて幸宮神社に立ち寄り、江戸時代に奉納された一対の絵馬が今も本殿に飾られている。1863年に再建された総欅の流れ造りで、上り龍、下り龍、獅子、鳳凰、天邪鬼、鷹、松などの素晴らしい彫刻が今も立派に活きている。
雷電神社、聖福寺、正福寺と巡り、熊野権現社に到着。小さな寂れた神社だが、権現堂堤の由来となったもので、1893年に行われた堤修復の絵馬があり、当時の様子が色鮮やかに描かれている。
いよいよ、権現堂桜堤に到着。残念ながら肝心の桜は未だ蕾。菜の花畑だけが黄色の色彩を放っていた。ここで休憩。弁当を開いた。河原にはタンポポやオオイヌノフグリ、ヨモギ、土筆などがところ嫌わず咲き誇り、早春の息吹を感じる。「さくらサミットIN幸手記念植樹」で全国各地の桜が植樹されていたが、ほとんどこれも蕾。その中で、ひとり「タカトオコヒガンザクラ」だけが満開を誇っていた。
行幸橋を渡って行幸湖に出ると大噴水がタイミングよく吹き上げていたが、曇り空の中に溶け込んでしまい、壮観さが薄れていた。
その後、桜並木を通るが、時折、2,3輪の桜花に歓声を上げ、狐塚公園から右折。ゴールの南栗橋駅に向かい、喫茶店など探したが、1軒もない。全員、駅に入り、そのまま帰京した。
3月24日(土)午前10時、約9km
南流山駅→東福寺→流山総合運動公園→流山市立博物館→浅間神社→近藤勇陣屋跡→一茶双樹記念館・長流寺→赤城神社・光明寺→江戸川沿い→南流山駅
小林一茶の蛙の句をテーマに、小布の縫ぐるみの蛙達が箱庭の中でイキイキ見えた。
◎第462回A[近藤勇と小林一茶を訪ねる]約9km
3月24日(土)午前10時、筑波エキスプレス(TX)が開通して一新された南流山駅駅前に集合したのは23人。簡単な伝達をして、各自、自由歩行で出発する。前回(336回)来たときは、至るところ工事中だったが、TXが開通したからか、道路も住宅も随分出来ていた。
前回とほぼ逆のコースで、まず東福寺へ。急な石段を上がると大木の桜にちらほら花が咲いていた。回廊をくぐりぬけ、裏手の石段を下ると前回体操した塚の越台公園。今は何故か荒れ地になっていた。車道に出て思井福祉会館を過ぎ、ウォーカーたちに続いて左折。田舎道を行き、黄色ジャンパーの係の誘導で芝崎バス停の信号を渡る。以前の青年の家が生涯学習センターに変わっていた。
流山総合運動公園を掠めると急に目の前が拓け、TX流山セントラルパーク駅に出た。駅前の造成中の囲いに巨大な枝垂桜が2本、空に向かってそびえていた。店舗もビルもない駅前から、建売住宅が広い道に沿って並び、新興住宅と古めの家が混在する。流山市文化会館、流山北小と進み流山市立博物館を通り抜ける。総武流山電鉄の終点、流山駅を眺め、浅間神社に寄り道して、近藤勇陣屋跡と進む。
キッコーマン工場外壁の庚申塔を眺め、長流寺を覗き、一茶双樹記念館は見学する。縁側に、小林一茶の蛙の句をテーマに、小布の縫ぐるみの蛙達が箱庭の中でイキイキ見えた。蛙たちは長野在住の女性が作られたそうだ。
赤城神社の山門に懸かる大しめ縄は、毎年氏子達が作るそうで、長さ10メートル、太さ1.5メートル、重さ300キロもあるそうだ。赤城山の土かお札が流れ着いたという伝説から、「流山」の地名となったとか。
流山寺先から江戸川の土手に上がり、川沿いをのんびり歩く。流山橋、JR武蔵野線をくぐり、菜の花の中を上がって川土手から離れる。
あとは一路、ゴール南流山駅へ。区画整理の杭や綱が張ってあった駅前は、TX開通ですっかり街に変わっていた。お昼を食べる場所を探し回り、随分待ってやっとありつく。今日は、ウォーカーで駅前の食堂はあふれていた。
3月21日(水)午前10時、市川駅に集合したのは9人。市川小学校で受付を済ませ、大門通り商店街を直進、手児奈霊堂に着く。「手児奈」は万葉時代の絶世の美人とのこと。真間山弘法寺に石段を登らず、坂道で上り境内で三分咲きのしだれ桜を見る。木内ギャラリーに立ち寄り、そのあと江戸川の東岸を歩く。うららかな春の気配に江戸川は静かで伸びやかに広がっていた=写真=。
里見公園に入り休憩。和菓子「里見の郷」のプレゼントがあり、さっそく頬張る。ここからじゅん菜池緑地、国分尼寺跡公園、国分寺、郭沫若記念館、須和田公園と巡り、いちかわ文学の道といわれる桜土手公園を通り、相田みつをギャラリーに着く。つづいて真間銀座通りを直進して市川駅にゴールした。途中、じゅん菜池緑地から別行動をとったものが、約2名いた。
3月17日(土)午前10時、約10km
飛田給駅受付→武蔵野の森公園打合せ→野川公園→武蔵野公園→浅間山公園→府中の森公園→府中公園→府中駅解散
紺碧の空の下、府中公園はすっかり春めいていた。
◎第461回[武蔵野に春を求めて公園めぐり]約10km
3月17日(土)午前9時40分、京王線飛田給駅で受付し、集合場所の都立武蔵野の森公園に入ると、小高い芝生の丘から一塊りの人たちが手を振って迎えてくれた。
このところ、初雪のニュースもあったりと、肌寒い冬空の中、42名が集合。打合せをし、A班が相談をするので、班ごとにバラバラと出発する。飛行場から小さな飛行機が飛び立つそばの池では、白鷺のカップルが楽しんでおり、何故か鵜ももぐっていた。
近藤勇の生家跡、野川公園入口のサンシュユの黄色い花を見て、みかりの橋から野川遊歩道に入る。やわらかな土の道を歩くと、自然観察園で大勢のボランティアが土を耕したりゴミを集めたりしていた。川向こうの建物が気になって入ってみると自然観察センターだった。小鳥の模型から鳴き声が聞ける装置があって、すっかり楽しんでしまった。
西武線をくぐって、箭真舳(やまべ)橋を渡り武蔵野公園に入る。バーベキュー広場のそばにオオカンザクラ2本とカンヒザクラ1本が満開になっていてびっくりした。
東八道路を渡り、多磨霊園の外側をぐるっと回る。細い歩道は追越し禁止、我慢できず反対側の歩道を行く。
若松町5を左折し、人見稲荷神社を過ぎ、今度は浅間山公園の坂道を上る。フーフー言って頂上に着くと人見四郎の石碑があった。人見街道の名前の元になった人なんだ(地名が先だったかもしれないよ)。
急な坂を下ると見覚えのある府中市生涯学習センター。右折して一本木通りを直進すると、府中の森公園に入る。通り抜けて、富士見通りを進むと、以前集合したことがある府中公園だ。間もなく馬場大門の巨大なけやき並木にたどり着いた。府中駅の階段を上り、ゴールでバイオ消臭剤を貰い、解散する。このあたりには、似たような名前の公園が多く、区別が難しい。
のんびり見学もしたし、追越し禁止渋滞もあったが、快適に早足で歩け、結構汗をかいたウォーキングだった。
3月10日(土)午前9時10分、中山道3里コースのスタート地点、南板橋公園に着くと、既に人々が集まっていた。受付で黄色いザック、五街道の冊子、ピンバッジ、カラー軍手、ゴミ袋2枚、トング等を受け取る。公園は近隣の子供たちに加え、ゴミ回収トラックと回収作業員、ウォーカーと、人でいっぱいになった。
町なかで歩きながらゴミを拾う経験はあまりできない。
9時30分、東京国道事務所の人の挨拶。平成4年から始まり今回で16回になるそうだ。中山道に出て、まっすぐ右を進むグループと歩道橋を渡って左側を進むグループに分かれる。配布されたカラー軍手をはめ、左手に可燃・不燃二つのゴミ袋を下げ、右手にトングを持ち、作業開始。周りの人を見ると結構上手に掴み袋に入れるのも早い。子供連れ、夫婦連れ、女性グループもいるが、圧倒的に男性が多い。横断歩道の近く、コンビニの近く、空き地の塀ぎわなどに、ゴミが多い。白山通りを南下、千石1を左折して、六義園の横にある六義公園でゴミ袋の回収があり、休憩と昼食をとり、12時に再出発。白山通りへ戻り、東大前から本郷通りに入る。本郷3、湯島1を過ぎ、神田明神横の宮本公園で休憩。神田明神下、昌平橋、万世橋を渡る。室町あたりで、またゴミ袋の回収があって作業は終了。ゴールの日本橋へ進む。
ゴールで、黒バック、<ナルミ>再生マグカップ、コンパクトビームライト、ペットボトルカバー等を戴き、滝の広場で展示を見て解散した。
3月10日(土)午前10時、約9km
飯田橋駅東口ラムラ前集合→東京大神宮→築土神社→昭和館(休憩)→北の丸公園→靖国神社→印刷局記念館→市谷亀岡八幡宮→市ヶ谷駅解散
市ヶ谷亀岡八幡宮の階段は急で怖いぐらいだった。
◎第460回A[飯田橋から市ヶ谷へ]約9km
3月10日(土)午前10時、飯田橋駅東口ラムラ前に集合したのは、48人。打合せと体操を実施してスタート。東京大神宮、築土神社と巡り、昭和館から北の丸公園に入るのがコースだが、靖国神社に直行したものもいた。番町中央通に出て、歴史民族資料館、東郷公園と辿るのが順当だが、これも省略して、印刷局記念館に向かい、市谷亀岡八幡宮=写真=を経て市ヶ谷駅に到着。コースどおり歩いた会員を待ち解散した。
3月3日(土)午前10時=10km=
元町公園(水道橋駅徒歩3分または御茶ノ水駅徒歩8分)集合→建部坂→壱岐坂→春日町→鎧坂→菊坂→見送り坂→御霊神社→清水坂→女坂→湯島天神(参拝)→春日通→竜岡門→三四郎池(休憩)→東大正門→胸突坂→源覚寺→千川通→播磨坂→竹早公園(茗荷谷駅徒歩3分)解散
通称「こんにゃくえんま」の境内には塩にまみれた塩地蔵が鎮座している。
◎第459回[本郷・小石川巡り]=10km=
3月3日(土)午前10時、何となく冷え込む早春の本郷・元町公園に、水道橋、御茶ノ水方面から続々と集合したメンバーは48人。本日は、昨年度12週間卒業生のK.Iさんが初参加。
京王の土休券を配ったり、幸手の東武土休券の申込をして、H.Y副会長の体操をして出発する。建部坂から壱岐坂下へジグザグと進み、白山通りを北上する。
春日町を過ぎてすぐ右折、階段を登り、鎧坂を下って菊坂を上がる。本郷3丁目から御霊神社横を過ぎ清水坂を左折。まっすぐ湯島天神へ向かい、参拝する。梅祭り真っ盛りで、境内には賑やかに露店が立並び、絵馬がびっしり掛かっている。梅の盆栽を見たり、椎茸茶や昆布茶を頂いたりして、再び出発する。
春日通から右折し竜岡門から東大構内に入る。以前、B班が、警備員のお兄さんにブロックされて三四郎池方面へ抜けられず、弥生門へ回らされたのを思い出し、今回は、旗はしまって数人の小さなグループで歩くよう申し合わせて、心して入ったけれど、すんなりと通過してしまうと目の前にこぶしの花が私たちを歓迎してくれた。
グランド脇のトイレに寄って三四郎池で休憩。水が濁っていて底は見えないし、手入れが行き届いていないよう。滝があり水が落ちているが、どこから沸きだしてきているのだろう。
池を一周して、安田講堂を振り返り、正門から出て本郷通りを渡る。郵便局を右折し、胸突坂を下れば菊坂下に出る。白山通りを越えて、こんにゃくえんまの源覚寺前を右折、千川通を進む。播磨坂に黄色いサンシュユの花が咲いていた。
「沈丁の 香りをまとう 播磨坂」 利
団平坂へ曲がると間もなくゴールの竹早公園に到着。A班の姿はもう見えない。解散した模様だ。W副会長のクールダウン体操をして解散する。
地下鉄茗荷谷駅、バス停へ向う。B2班は駅の近所で食事しながら10周年記念行事の打合せ会を実施した。
2月24日(土)午前10時、11km
蒲田駅中央改札口受付→大城商店街→池上梅園→池上本門寺本堂→五重塔→熊谷恒子記念館→郷土博物館→梅ノ木通り→大森駅
青空に映えて池上本門寺の本堂は荘厳な美しさを見せる。
◎第458回[梅の香りと馬込の文士を訪ねて]
2月24日(土)午前10時、蒲田駅中央改札口で受付を済ませ、集合したのは、46人。構内の店のシャッターが10時に開きそうな気配。そそくさと5分前から打合せを開き、体操もせずにスタート。
大城通商店街を直進、呑川を渡る浄国橋の直前で左折。本門寺前の交差点で右折、そのまま池上梅園に出るのがコースだったが、本門寺総門に出る急階段を上る。総門をくぐると荘厳な本堂が青空に映えて美しい。右手にある五重塔も新装なってしばらく経ったせいか、落ち着いた雰囲気を見せ、人気のある力道山の墓参りに人出が多い。
「春寒や 甘酒売れる 本門寺」 利
坂を下ると必ず急激な登坂がある起伏の激しい地形だ。貴船坂上で右折、しばらく尾根伝いの平坦な道を直進。馬込桜並木通の緑道を下り、途中で右折して熊谷恒子記念館横を通る。途中、満開のミモザに会う。郷土博物館の前でお茶の接待があり、しばらく休憩。
馬込小学校前で右折。時計台や萬福寺を眺めながら梅ノ木通で右折。厳島神社は、山王花清水公園の中にあり、さながら浮島にある祠のようだ。
くねくねと曲がり闇坂を下るが、ここにはかつての馬込文士村を彩った多くの文士連中を銅版の中に閉じ込めている。麻雀やダンスをしているシーンも納められ、当時の華やかさが偲ばれる。
下り切ると目の前が大森駅。恒例のバッジを貰い、解散して昼食をとった。=11km=
2月17日(土)午前10時、9km
羽根木公園入口集合(小田急線梅が丘駅徒歩2分)→宮前橋→北沢川緑道→代沢せせらぎ公園(トイレ)→烏山川起点→目黒川緑道→池尻大橋駅→目黒川→中目黒駅→梍樹橋→田楽橋→東京共済病院→中目黒公園(休憩・体操)→目黒駅解散
写真は、梅が丘の羽根木公園で香り豊かに咲く紅梅。
◎第457回「北沢川追跡から目黒川」 9km
2月17日(土)午前10時、羽根木公園入口に集合したのは、45人。紅白の梅が咲きそろう広場で打合せと体操。
早速、公園の中を一周。七分咲きの紅梅は香りが強烈、白梅は可憐と目を愉しませてくれる。梅が丘駅の手前から北沢川緑道に入る。
「馥郁と 香気満ちたり 梅が丘」 利
ここからは一本道。沿道には様々な草花が植えられ、近隣の方々の手入れが行き届いている。宮前橋で環七通を渡り、代沢せせらぎ公園でトイレ休憩のつもりだったが、快適な歩きであったため、そのまま淡島通を越え、北沢川、烏山川そして目黒川の合流点で一休みした。ここからは目黒川緑道。池尻大橋駅のある玉川通を信号で渡り、再び目黒川緑道に戻る。両岸はいつの間にか瀟洒なお店が続き、よく見ると昔は普通の住宅が改造されたり、マンションの1階が店舗になったりしている。中目黒駅のガード下をくぐり、駒沢通を梍樹橋歩道橋を渡り、田楽橋で左岸を歩く。東京共済病院を過ぎた後、中目黒公園に入り休憩。
靴を脱いで足つぼ舗道を歩くものもいたが、日頃はだしになることが無いのか、顔の面に比べ足裏の皮が薄くなっているせいで痛がる人が多かった。ここで解散。目黒新橋から金比羅坂を上り、目黒駅周辺で三々五々食事をして帰途についた。
2月10日(土)午前10時、約12km
JR神田駅南口改札びゅうプラザ前集合・受付・体操→銀座通→築地本願寺→月島西仲通(もんじゃ通)→住吉神社→富岡八幡宮(休憩)→深川不動→清澄庭園→水天宮→新日本橋駅解散
写真は貫禄を見せる日本銀行の威容
◎第456回[神田から新日本橋までの散策]=約12km=
2月10日(土)午前10時、JR神田駅南口改札びゅうプラザ前に集合したのは、51人。受付を済ませ、駅前で打合せ、体操を省略して早速スタートした。
古色蒼然とした日本銀行を右手に眺めながら三越脇から日本橋を渡り中央通を歩く。銀座4丁目から賑やかな晴海通を通り、歌舞伎座を左手に見ながら勝鬨橋を渡る。
勝どき1丁目交差点から別名もんじゃ通といわれる月島西仲通に入る。商店街を通り抜け、佃小橋を渡り、住吉神社で参拝。今度はリバーシティー21の遊歩道を歩き、相生橋を渡り、門前仲町まで清澄通を通る。ここで右折、お馴染みの富岡八幡宮に到着、休憩した。地元に着いたため、この辺で中断したメンバーも出てきた。
続いて深川不動堂に立ち寄り、再び清澄通に出て清澄公園に向かう。有料の清澄庭園には入らず、清洲橋を渡り、水天宮に入る。この後は一路人形町通を直進。ゴールの新日本橋駅に到着。無事解散した。
2月3日(土)午前10時=約9㌔=
新宿駅南口サザンテラス集合→文化女子大→正春寺→初台→玉川上水緑道→五條橋→笹塚駅→代田橋駅(第1次解散)→和泉給水所→玉川上水公園(休憩)→神泉橋→和泉熊野神社→弁天橋公園(体操)→方南町駅解散
写真は神田川で悠々と泳ぐ鯉の群れ
◎第455回[新宿から玉川上水を追跡して神田川へ]
2月3日(土)午前10時、新宿駅南口サザンテラスに集合したのは48人。時の人、そのまんま東さんの「新宿みやざき館KONNE」のまん前で打合せと体操。今回は「10周年記念旅行のアンケート」の説明がA班班長から行われた。
しばらく甲州街道を歩き、千駄ヶ谷橋から玉川上水の旧水路に入る。すぐに文化女子大の広大な校舎前に出る。かつての文化服飾学院で、デザイナーの卵が憧れた学園だったのが、いまや大学院まで揃っている総合大学に変身。博物館まで建っている。
明治神宮への西参道という面影が二つの灯篭で感じられる道を渡り、玉川上水緑道を辿る。初台駅までは京王線に付かず離れず続いていたが、此処から蛇行を開始、五條橋で急激に右折。笹塚駅に向かう。駅前で左折。環七は地下道でくぐって抜ける。代田橋駅で第1次解散。
京王線をくぐる緑道は手入れが行き届いていないせいか、都会と思えない雰囲気があり、つかの間の深山幽谷を味わう。甲州街道を歩道橋で渡り、巨大な和泉給水所を見上げながら松原で右折、玉川上水公園で休憩。
蔵下橋から神田川沿道に入る。玉川上水に比べて水が綺麗で水量も多い。丸々と太った鯉が泳ぎ、鷺も優雅に羽を休めている。川底に石を沈め川床の改修作業が進められていた。川を守ることも自然に任せるだけでは人間の住む環境にはならないようだ。
和泉橋を越え弁天橋が工事中のため、べんてん橋公園で解散。三々五々、方南町駅に向かい、帰路についた。約9㌔=
1月27日(土)午前10時、約13km
JR大井町中央改札口集合・受付・体操→品川神社→養願寺→一心寺→荏原神社→一品川寺(休憩・見学)→天祖諏訪神社→磐井神社→大森貝塚遺跡庭園→大井町駅解散
荏原神社前で鮮やかに咲く寒緋桜。
◎第454回[宿場町5品川、旧東海道は下町情緒たっぷり]
1月だというのに3月末頃の陽気の1月27日(土)午前10時、JR大井町中央改札口に集合したのは49名。各人受付を済ませ、駅前で10周年の積立集金やカメリアホール演劇ちらしの配布など打合せをして出発。路地をぞろぞろ進み、ゼームス坂を下り、天龍寺を右折、国道15号線を北上する。品川神社のこんもりした山に人が鈴なりなのを眺めて右折。養願寺、一心寺に挨拶して旧東海道に出る。
目黒川に沿いの荏原神社前に咲き始めた寒緋桜を眺めて、また旧東海道に戻り、街道松の広場で休憩。お茶の接待を受けたり、50円の焼餅を食べたりした。続いて品川寺で大きな地蔵様を見学する。
「紅梅の 早や咲きにけり 品川寺」 利
鮫洲を過ぎて左折、勝島運河沿いを進む。斜めの堤防に作られた花畑は、土が流れて手入れが大変だろうと思われる。
立会川駅前の緑色の坂本竜馬像を見て、橋を渡り、裏から天祖諏訪神社に入る。きれいな池に錦鯉が泳いでいた。
またまた東海道に出て鈴が森刑場跡を眺め、歩道橋を渡る。
磐井神社に参り、神社横の紅白の梅の並木道を抜けて、イトーヨーカドー脇を抜け、桜新道へ。いすヾの大森ベルポートの巨大なビルが建ち並び圧倒される。南大井3-6を左折するとJRに突き当たる。線路沿いに大井水神公園が続く。地下道で向うに抜けられるようになっていた。通路の壁の貝塚標本を見て上がると左手には大森貝塚遺跡庭園がある。
池上通りを北上すると、たぶのきの大木が繁る荘厳な鹿島神社。品川歴史館は改修工事でお休みだった。ひたすら進み、大井三ツ又の歩道橋を過ぎ商店街へ。
駅前が何やら騒がしく、ゴールで聞くと「人身事故があったらしい」とのこと。帰途を心配しながら大井町駅で解散する。上り電車に遅れはなかった。久しぶりに汗びっしょりのウォーキングだった。
平成19年1月20日(土)午前10時、約10km
京王井の頭線渋谷駅南口受付→宮下公園(打合せ・体操)→東郷神社→鳩森神社→原宿駅(皇室専用駅)→代々木公園(休憩)→鍋島松涛公園→代々木八幡神社→初台駅解散
[写真はラ・フォーレ原宿の風船のお化け]
◎第453回[渋谷近辺の公園めぐりと原宿散策]約10km
1月20日(土)午前10時、京王井の頭線渋谷駅南口て受付を済ませたのは、49人。宮下公園に再集合して打合せと体操を行いスタート。レンガの歩道は旧渋谷川の跡地で歩きやすい。東郷神社を巡り、鳩森八幡宮に入る。今にも雪が降りそうで薄暗い。
「初雪の 宣言出来ずに 鳩森宮」 利
今度は原宿駅に向かうが手前に使われていないプラットホームが見えるが、これが皇室専用駅とのこと。
神宮橋を渡り代々木公園に入って休憩。途中を省略して明治通を通り、直接、代々木公園に入った連中と再会。お菓子を食べたり、班別の打合せをしたり、寒空の中で楽しむ。この公園、東京オリンピックで選手村ができ、その後、都立公園として開園されたものだが、選手村の施設が一時、国税職員の独身寮として使用された秘話がある。
渋谷門から出て、NHKスタジオパークを横目に見ながら鍋島松涛公園横から山手通に入り、代々木八幡宮前から左手のダラダラ坂を上り、初台駅に到着。景品に環境配慮型カイロをいただき解散。帰りはパークタワーまで歩き、10分おきに出ている無料シャトルバスを利用して新宿駅まで出た。
平成19年1月13日(土)午前10時、約8km
台東区隅田公園(浅草駅徒歩5分)集合・受付・体操→待乳山聖天→今戸神社→橋場不動尊→石浜神社→一葉記念館(休憩・見学)→鷲神社→吉原神社→矢先稲荷神社→浅草寺→浅草神社→台東区隅田公園解散
隅田公園の竹林。此処で素晴らしい鳴き声のスズムシの棲息状況を調べている。
◎第452回[浅草七福神めぐりハイキング]約8km
平成19年1月13日(土)午前10時、台東区隅田公園に集合したのは、48人。大部分の方が9時半ごろから受付を待ったが、10時まで開始せず、隅田公園には長蛇の行列ができてしまった。やっと受付を済ませ、打合せをしたのは20分過ぎ、徒に1時間近く無駄な時間を費やした。その後、体操をしてスタート。
待乳山聖天、今戸神社、橋場不動尊、石浜神社と七福神めぐりを開始して、一葉記念館前の公園で休憩した。中には途中の山谷堀公園を通り、大幅にコースを省略してたどり着いたものもあった。続いて鷲神社、吉原神社、矢先稲荷神社とたどり、浅草寺に到着。浅草寺は未だ初詣の客でいっぱい。善男善女の雑踏に圧倒された。となりの浅草神社にもお参りして、七福神ならぬ九福神を巡り、七福七願と、これだけでも欲張りな願掛けなのに九つも願う。
もっとも神社だけでなくお寺も入り、神仏混淆の典型! こういう面での日本人のおおらかさというか何でも受け入れてしまうところはなかなかいい。
スタート地点の台東区隅田公園に到着。ここでも長蛇の行列ができていた。ゴール受付の「お楽しみ抽選会」が12時半からということを忠実に守ったせいだ。おかげで12時前に到着したウォーカーは30分以上もこの寒空の中で立ちん棒! もう少し参加者の立場を考え、弾力的な運営を図るべきだ。
◎第451回[総会及び午餐会]
(担当 B1班)=約5キロ=
1月6日(土) 午前10時、亀戸文化センター9階第2研修室に集合したのは、50人。
W副会長の開会の辞で第9回定時総会を開催。会長の挨拶の後、昨年度の活動報告、収支報告、監査報告を終え、次に本年度の活動計画案、予算案の承認を受けた。
続いて昨年第4四半期皆勤賞14人、50回を皆勤した2人に皆勤賞を贈呈。また年25回以上出席した49人に記念品、下見を担当した37人にお礼を差し上げた。ここで、会員の皆さんを代表してA副会長から会長夫妻に「びゅう商品券」が贈られ、両者感激していた。
この後、10周年記念行事の実施のため、「10周年委員会」の発足を決定。各役員のほか各班から委員を選出。総勢17名で執行することとした。
引き続いて午餐会に入り、B1班の細やかな配慮で用意された弁当を和やかな歓談の中でいただき、A副会長の閉会の辞で無事、終了した。
1月1日(月)午前6時、約9km
昭和の森公園入口集合→太陽の広場→市町村の森→展望台(初日の出)→花木園→四季の道→竹林→湿性植物園→キャンプ場→ユースホステル→昭和の森出口解散
千葉市土気昭和の森公園から九十九里浜を臨み初日の出を拝む。
元旦の午前4時、車で途中お二人を拾って高速に入ろうとしたところ、持って来たはずのETCカードが無い。入口に止めて探したが、やはり無い。久しぶりに一般ゲートで、通行券を貰う。ゲートを3回通り、その度に現金を払う。意外に面倒だ。慣れは恐ろしい。
中野で高速を降り、土気の昭和の森に向かう。第2駐車場から公園に入るが、地図があっても自分の位置が真っ暗でどこにいるか見当がつかず、無駄に歩き回る。空が白みかけてやっと展望台を見つける。すでに300人ぐらいの人出。柵に寄りかかり、はるかかなたに見える九十九里浜を臨む。赤みがかった空の下、水平線に雲がたなびいている。
その雲を突き破るようにして初日の出! 歓声が挙がる。ところが嫌味な雲は頭を押さえつけるように覆いかぶさってくる。お日様はまるで茶碗のように変形してやがて雲の中に隠れた。約5分後、雲の上に駆け上がったお日様は本格的に輝き始め、第2の初日の出。今度はまぶしい。
明るくなった昭和の森公園は広大だ。また迷って着いた駐車場に車が無い。探しても探しても無い。無いはずだ。ここは第1駐車場。おかげで第2駐車場まで広場を通って散策。この辺の土地は縄文時代まで遡ることのできる生活の場であったことを知る。
来た道を辿るようにして帰り着くと、我が家の駐車場で冷たくなって息も絶え絶えになったETCカードが私を迎えてくれた。正に一陽来復! 今年はいいことがありそうだ。
12月23日(土)午前10時、約9km
江東区役所集合(打合せ・体操・記念撮影)→井住橋→大横川親水公園→仙台堀川公園→船番所資料館(休憩)→旧中川→亀戸中央公園(休憩)→亀戸天神解散
亀戸中央公園は江東区の花「山茶花」が今まさに真っ盛り。
◎第450回[江東区役所から亀戸中央公園]
12月23日(土)午前10時、本年最後の例会は江東区役所前広場に51人が集合。13日に逝去された徳江由美さんに黙祷を捧げたあと、打合せと体操を行い、記念撮影をしてスタート。
何時歩いても風情のある仙台堀川公園に入り、大石家住宅を覗く。囲炉裏の火がたかれ、玄関には七福神が飾られ、もう正月を迎える準備が整えていた。
小名木川に突き当たり、右折。番所橋を渡り、中川船番所資料館前の広場で休憩。風も無い小春日和でポカポカの陽気、中川の川面にはカヌーやレガッタがのんびりと練習していた。
「冬ざれて 船影もなく 船番所」 利
続いて旧中川の縁を歩き、亀井戸中央公園に到着。区の花、満開の「山茶花」を愛でた。そのあと、東武亀戸線の踏切を渡り、亀戸天神に到着。地元、金子さんの音頭のもと、三三七拍子で手締め。今年50回例会の完遂を感謝し、来年の幸運を祈り、解散した。
12月16日(土)午前10時、約9km
五反田大橋(五反田駅A2出口徒歩2分)集合→市場橋→目黒新橋→川の資料館→中目黒GT(クリスマスツリー展・休憩)→目黒川リバーサイド→千歳橋→西郷山公園(休憩)→旧山手通→NHKスタジオパーク→渋谷駅解散
未だに紅葉鮮やかな西郷山公園。
◎第449回[中目黒クリスマスツリーと西郷山公園]約9km
12月16日(土)午前10時ぎりぎりに五反田に到着。急いで五反田大橋から谷山橋を渡った。
「年の暮れ 老犬目立つ 谷山橋」 利
打合せ場所の大崎第一ファミーユにはすでに49人が集合。そそくさと新年等の予定など打合せを済ませ、H.W副会長の体操を行い出発。天気予報に反して青空に恵まれ、気温も穏やか。
目黒川に沿って市場橋を横切る。目黒川流域は汚いことで有名だったが、いつの間にか、ブティックやレストランなど瀟洒な雰囲気が漂い、歩いていても楽しい。目黒新橋を越え、川の資料館から一般道に入り、中目黒GTに到着。
折から「中目黒あかりまつり」ということで色とりどりのクリスマスツリーの展示会が開かれていた。さぞかし「あかり」が入れば、きらびやかに映えるものだろうが、残念ながら日中に見ると映えない感じだった。いささかの見学休憩をとり、再び目黒川リバーサイドを歩く。
その途中に「opatoca」というパン屋を見つけ、入ってみる。古い木造アパートを改造して、レストランとブティックとパン屋を開業している。あまりにも美味しそうなので、みんなで買い、イレブンスということで、即席お茶会にした。ちなみにこの屋号「美味しいパンとケーキ」を省略した造語! とのこと。GNPに通じるユニークさがあった。
千歳橋から目黒川に別れを告げ、西郷山公園に登る。この時期なのに、未だに紅葉が映え、銀杏も健在。暖かさに釣られたのか、三々五々家族連れが屯していた。
旧山手通を横断し、C班は渋谷目指して一路下山。陸橋上で解散した。
聞くところによるとA班は渋谷を目指したわけではないのに渋谷に着いてしまい、あわててNHKスタジオパークに向かい、B班はコースどおり歩いてNHKスタジオパークに同時到着したとのこと。期せずして団結力の強さを示したようだ。
12月9日(土)午前10時、約8km
上野駅入谷口集合→一葉記念館→書道記念館→谷中霊園→朝倉彫塑館→旧東京音楽学校奏楽堂→不忍池・弁天堂休憩→下町風俗資料館→上野駅入谷口解散
写真は赤い幟の目立つ太郎稲荷大神。
◎第448回[「一葉記念館」完成記念!!下町の知的文化めぐり] 約8km
12月9日(土)午前10時、上野駅入谷口に集合したのは42人。生憎の雨で肌寒く冬を実感。電車の中の服装もコート姿が多く、マフラー着用も増えている。
3階にあるコンコースで打合せと体操。傘を差してスタートしたが、そのままコースを外れて東京駅に向かい、そこからビッグサイトで開かれているみどり会に向かったグループもあり、何となく気が乗らない。
昭和通の一つ西側の通りを歩き、入谷鬼子母神のある言問通との交差点を渡り、赤い幟の目立つ太郎稲荷大神に入ってみる。この辺りは「光月町」といわれていたそうで、近くにあった「東光院」の「光」と「燈明寺」の「明」をもとに名づけられたとのこと。町名変更でいろんな謂れが薄れていくのは寂しい気がする。
鷲神社から吉原神社、吉原大門、竜泉共立診療所と昔の遊郭跡を通るのがコースだが、途中を省略して一葉記念館に向かう。
もともと昭和36年に開館した古い文学館だったが、11月にリニューアルオープンした地上3階地下1階の堂々たる記念館に様変りしていた。樋口一葉の筆跡を中心に展示されていたが、24歳で夭折したその筆跡、一家を支え、その才を天下に見せることができた時代。現代よりずーっと進んでいるような気がしてならない。
飛不動、西徳寺を見ながら昭和通に出てそのまま、上野駅のゴールに向かう。コースどおり歩くと書道記念館、谷中霊園、朝倉彫塑館、旧東京音楽学校奏楽堂、不忍池・弁天堂、下町風俗資料館と回ることになっていたが、今にも雪になりそうな氷雨が降り、手袋をはめない手は縮かんできたので、途中、コーヒー屋に入り、温まり、歩いた気になって、スタートの上野駅入谷口に到着、記念品をもらい解散した。
12月2日(土)午前10時、約10km
玉川学園文化センター(小田急玉川学園駅北口徒歩5分)集合→市立博物館→日向山公園→今井谷戸→町田ダリア園→七国自然苑→町田ぼたん園(民権の森公園)→薬師池公園(昼食・休憩)→町田えびね苑→玉川学園前駅・解散
紅葉の赤が池面に映えてさながら一幅の絵になっている薬師池
◎第447回[町田・七国山と薬師池公園]
12月2日(土)午前10時、小田急線玉川学園前駅北口の信号を渡り、階段を上ると目の前が、集合場所の玉川学園文化センター。町田市で最初に出来た文化センターで、二階建てのアパートのよう。M.Kさんのお友達のNさんが先導してくださるそうだ。ゲストを含めて36人が集合。
W副会長の体操のあと真っ青な空の下、出発する。今日は迷うと大変なので、全員で一緒に歩こうと申し合わせる。緑・黄・赤と秋の色いっぱいの高級住宅街を進み、大きな幼稚園を右折。C班の一部が別行動。のどかな高台を進み、下ると鶴川街道にでる。
市立博物館でちょっと休憩し、茅葺の竪穴住居を眺めながら坂を下ると恩田川に沿った鎌倉街道に出る。ひなた山公園入口を過ぎ、若干バス組あり。なかよし散歩道では地元の方が水路の掃除に精を出していた。今井谷戸の長い歩道橋から銀杏並木を眺め、いよいよ七国山に向かう。なだらかでくねくねした坂には、大きなお屋敷、畑が続き、ひょっと「鎌倉街道の碑」が現れた。新田義貞が掘ったという井戸があり、落葉が敷き詰められた鎌倉古道へ入る。山奥の林の中というか、落葉を踏みしめ心地よい足裏の感触を楽しんでいると、突然舗装道路に出て、眼前に宅地造成地が広がり建築途上の住宅が建ち並び、現実に戻る。
前方に皆が固まっているのが見え、何事かと思っていると、その先にこちらに向かってくる一団が、先頭グループだった。七国山風致地区案内板から揃って右の道へ曲がる。ふうふう言って坂を登ると町田ぼたん園に到着。並んでふるさと農具館があり、見学・休憩。
町田ぼたん園脇の細い道に入ると「県民の森」へ。ここも深い林の道で、野津田神社の脇に出た。信号を右折すると間もなく薬師池公園に到着、茶色のハス田が拡がる。自由民権の像、秋山庄太郎美術館を過ぎると、紅葉の中に薬師池が見えた。江戸時代は「福王寺溜井」と言われていたそう。真っ赤な紅葉に歓声を上げながら池を半周し、皆そろって梅園でお弁当を開く。お菓子、果物が行き交う。
じっとしていると流石に冷えてきたので、早々に歩き始める。すり鉢の縁まで登って裏口からバス道路へ出る。薬師中を曲がり、金井1交差点を曲がり、ゆうき山を左折、一路、玉川学園前駅へ。駅前のクリスマス・イルミネーションをもう一度見て解散。秋を満喫した一日だった。
11月25日(土)午前9時、約10 km
日比谷公園にれのき広場・集合→外務省→国会議事堂→豊川稲荷→草月会館→銀杏並木(休憩)→国立競技場→明治記念館→迎賓館→赤坂プリンスホテル→桜田門→日比谷公園・解散
写真は、日比谷公園のにれのき広場にあるソーラー時計。
◎第446回[皇居・神宮外苑ぐるっとウォーク]
11月25日(土)午前9時、日比谷公園にれのき広場に集合したのは、42人。曇天予報にもかかわらず、雲ひとつない快晴。受付を済ませ、打合せと体操。8,000人も集まったウォーカーにもまれながらスタート。
財務省と外務省との間を歩き、右に曲がり国会議事堂前を進む。道筋の銀杏は、すっかり黄ばみ太陽に当ってきらめくような黄金色! 赤坂見附からから青山通りに入り、豊川稲荷を右手に見て、左手には草月会館と眺め、青山二丁目で右折。
銀杏並木に入るが、今年の銀杏、臭いがきつくもう一つ風情がない。国立競技場前から右に曲がり、明治記念館、迎賓館、赤坂プリンスホテルを見て、再び赤坂見附に出ると、対岸ではまだぞろぞろとウォーカーが歩いている。
内堀通を歩き、三宅坂から左手に皇居を見ながら進む。桜田濠には、数多くの水鳥が屯し、長閑な風景の中で桜田門の白さが一際目立っていた。
日比谷交差点から再び日比谷公園に入り、ゴールのにれのき広場に到着。記念品にスプーンとフォークのセットを頂き、解散した。約10 km
11月18日(土)午前10時、約11km
浜松町駅南口集合→増上寺(打合せ・体操)→浜離宮恩賜庭園→築地本願寺→隅田川→勝鬨橋→晴海大橋→お台場(ゴール)→お台場海浜公園(休憩)→(水上バス)→日の出桟橋→浜松町駅解散
勝鬨橋の川辺に屯するユリカモメの群れ。
◎第445回[東京湾岸物語~変わりゆく新旧の街並を尋ねて~]
11月18日(土)午前10時、浜松町駅南口で受付を済ませ、増上寺前の芝公園に集合したのは、47人。打合せと体操をした後、東京タワーと同居しているように見える増上寺に向う。
御成門で右折、直進してイタリア公園前で左折。浜離宮恩賜庭園横の紅葉並木の中を歩く。庭園の中を覗いてみるが、紅葉の季節にはまだ早い感じだった。新大橋通に入り、何となくうらぶれてきた中央卸売り場前を通り、築地本願寺前を右折。聖路加タワーから隅田川堤防を歩き、勝鬨橋に上がる。
勝鬨橋の川辺に屯するユリカモメの群れは壮観だ。新しい晴海大橋でちょっと休憩。
「小春空 晴海の橋で 富士の見ゆ」 利
つづいて有明北橋と新しい橋を渡り、有明テニスの森公園で一服。のぞみ橋を渡り、お台場海浜公園を歩き、アクアシティお台場の3階がゴール。記念品をもらい、解散した。中には、水上バスに乗り、日の出桟橋から浜松町駅に向ったものもいた。
11月11日(土)午前10時、約11km
南武線武蔵中原駅集合→西明寺→等々力緑地→常楽寺(まんが寺)→安養院→かながわサイエンスパーク→洗足学園学園祭→武蔵溝ノ口駅解散
写真は市民ミュージアム前のトーマス転炉
◎第444回[中原街道と福の神を訪ねる川崎市歴史めぐり]
11月11日(土)午前10時、厚い雲からしとしとと雨が降る中、JR南武線武蔵中原駅に集合したのは33人。広い通路でたむろして、12/2小田急土休券申込などを打合せ、雨の中へ出発。
中原街道を東進し、西明寺信号を左折、お参りする。
広い等々力緑地は、歩道に川崎フロンターレのアヒルマーク、日本庭園の池にカワセミが居り、市民ミュージアム前にトーマス転炉が展示してあった。鬱蒼とした春日神社の森には春日神社、薬師堂、常楽寺が並ぶ。まんが寺というから漫画を期待したが見つからない。大勢の人がたむろしている常楽寺の上がり口に「つもり違い10ヶ条」の石碑があった。参道脇の石碑の顔がそれかと思っていたら、本堂の壁や襖に有名漫画家の絵がたくさんあったそうだ。コースが複雑で、黄色いジャンパーの案内係が誘導してくれ、何とか迷わずに行けた。もっともコース図がコース以外の表示の記載が疎かで、外れるとどこを歩いているのか分からなくなって困った。
二ヶ領用水を再び越え武蔵新城駅に近い所まで回り、安養寺に参り宝蔵寺、関神社と過ぎる。溝蓋の歩道を歩いているとき、向うから来る地元の人らしい親娘がすっと車道に出て、道を譲ってくれた。「あっありがとう」とお辞儀するとあちらも頭を下げられた。何だか清々しい気持ちになった。
第三京浜の下をくぐるとき、押ボタン信号で結構待たされる。梨園を過ぎ、二子坂戸緑道へ。土のままで懐かしい感じの道だ。途中から一般道に出て左折。このあと、サイエンスパークや洗足学園へコースは進むが、靴もズボンも濡れて冷たいので、ショートカット、武蔵溝の口駅に向う。駅の階段を上がると改札前の広い通路は人でごった返しており、「第9回Buyかわさきフェスティバルinたかつ」開催中で地元名産品のブースが並んでいた。12時半、ゴールで「クッキング用調味料彩塩」とバッジなどを戴き、解散した。
11月5日(日)東京駅(丸の内側)丸ビル前集合・7時出発→東名道→寸又峡散策(夢の吊り橋や飛龍橋など約90分の散策)→接岨峡温泉駅→(井川線アプトライン)→奥泉駅→製茶店(休憩・約25分)→東名道→東京駅解散
井川線アプトラインの可愛い電車。
鉄橋とトンネルを縫って走る
紅葉の寸又峡と井川鉄道
◎第443回B[大井川・アプト式鉄道と紅葉の寸又峡]
11月5日(日)午前6時30分東京駅(丸の内側)丸ビル前に集合したのは19人(内前日も参加した者10人)はバスに乗り込み7時出発。
一路、東名道を通り、寸又峡に向かった。現地は快晴、到着時間も予定より早くついたため、90分の予定だった散策が、140分になった。
温泉街を通り抜け、夢の吊り橋に向かう。鮮やかな紅葉もところどころに見られるが、全山紅葉には2週間ぐらい早い。
10人に制限されているはずの夢の吊り橋。実際には30人以上も渡り始め、意外に揺れる。
渡り終わった後が大変だ。手すりのついた坂道だが、急坂だ。元気な一行は瞬く間に上っていくが、息が切れる。幸い同レベルの参加者がいるため、あまり目立たずに尾崎坂展望台まで上りきる。はるか下を流れる大井川の渓流と紅葉が美しい。
その後は緩やかな下り坂。のんびりと歩き飛龍橋を渡り、「親知らずの険」などを通り、温泉街に戻る。時間がまだ30分ほどあったので、温泉に入浴。滑らかでつやつやした湯は腰の疲れや足の脹脛を癒してくれる。
バスに再び乗り込み、今度は接岨峡温泉駅に向かい、井川線アプトラインに乗車。大井川上流を縫うように走るアプトラインは、時速20キロぐらいで走り、トロッコに毛の生えた赤い可愛い列車だ。途中でアプト式機関車が1000分の90の急坂の昇降の補助をしてくれる。
奥泉駅で下車。迎えに来たバスに乗り込み、製茶店で休憩して東名道を走るが、連休最終日の雑踏に巻き込まれ、東京駅に到着したのは午後10時40分。メンバーに恵まれ、天候に恵まれ、車中の談話も弾み、無事、解散した。
11月4日(土)午前10時、約9km
我孫子駅南口受付・集合→根戸船戸2号古墳→船戸の森→武者小路実篤邸跡→手賀沼公園→親水広場(イベント会場)休憩→鳥の博物館→志賀直哉邸跡→我孫子駅南口解散
武者小路実篤邸跡の庭園では見事な紅葉に彩られ、当時を偲ばせる。
◎第443回A[手賀沼周辺の史跡とフェスティバル] 約9km
11月4日(土)午前10時、我孫子駅南口で受付を済ませ、集合したのは35人。駅前の雑踏の中で打合せを済ませ、体操は混雑のため省略して早速スタート。
まず根戸船戸2号古墳に入る。この古墳、7世紀中頃に作られたものとか。続いて階段を上がり手賀沼を望む高台にある船戸の森に入る。小鳥の囀りを聞きながらしばらく散策。森の西はずれにある武者小路実篤邸跡を見学。庭園は見事な紅葉に彩られ、当時を偲ばせてくれる。
若干コースを省略して手賀沼ふれあいラインを歩く。海辺を歩くような錯覚にとらわれながらのどかな流れを楽しんでいるうちに手賀沼公園に到着。ここで休憩した。
時あたかもバードフェスティバルが開かれ、鳥の形をした煎餅や豚汁が振舞われ、バードウォッチングのグループが歩いているが、この喧騒では小鳥達はなかなか寄り付かず、水鳥たちが、悠々と羽を休めていた。
「手賀沼の 蜜柑熟るるも 花として」 利
コースどおり歩くと手賀沼親水広場を通り、鳥の博物館を見学することになっているが、直接、志賀直哉邸跡に行く。緑雁明緑地となっている旧居跡には見取り図などが飾られ、見晴らしのいい台地になっている。
この後、菊花展の開かれているけやきプラザを通り、ゴールの我孫子駅南口で解散。瀟洒なレストランで安価な食事をした。
10月28日(土)午前10時、約10km
恵比寿駅東口集合→恵比寿ガーデンプレイス→有栖川宮記念公園→表参道→東郷神社→原宿駅→明治神宮休憩→刀剣博物館→高野辰之住居跡→代々木駅西口解散
明治神宮に奉献された全国各地の清酒菰樽
◎第442回[恵比寿・原宿・代々木駅開業100周年記念ウォーク]
10月28日(土)午前10時、恵比寿駅東口で受付を済ませ、恵比寿ガーデンプレイス入口に集合したのは43人。打合せと体操をした後、有栖川宮記念公園に入る。いろいろな国の大使館が多いせいか、相変わらず外国人の親子連れが多い。そういう中で丸々と太った鴨の群れが池の中を悠然と泳いでいた。
六本木通を少し歩き、西麻布から表参道に向かい、神宮前から右折して東郷神社に向かう。 最も古い木造駅舎の原宿駅を見ながら明治神宮に入り、大鳥居横で休憩。コースどおり参宮橋を渡り、刀剣博物館、高野辰之住居跡を巡り、代々木駅西口にゴールしたものもいたが、中には代々木門に向かい、そのまま、代々木駅に向かったものもいた。ゴールでバッチをいただき解散。
「ヽヽ飯店」という店に10人で入りお昼を摂ったが、この「ヽヽ」、「10月10日」開店からつけたとか。「ヽヽヽ」生まれもいるよ、と免許証を見せるとマスターが目を丸くしていた。
10月21日(土)午前10時、約10km
板橋駅東口集合→新撰組近藤勇の墓→石神井川(俳句の散歩道)→加賀藩下屋敷跡地→西が丘競技場→小豆沢公園→薬師の泉庭園(休憩)→志村一里塚・縁切榎→板橋・本陣跡地→板橋駅西口解散
薬師の泉庭園の入口で鮮やかに咲く「ホトトギス」
◎第441回[中山道板橋宿の史跡とふれあうウォーキング] 約11km
10月21日(土)午前10時、板橋駅東口に集合したのは、42人。駅前の広場で打合せをした後、新撰組近藤勇の墓を垣間見て、石神井川沿いの俳句の散歩道に入り、加賀藩下屋敷跡地の加賀公園で体操をする。
加賀橋と緑橋の中間点に正岡子規碑が建っているが、これは、石神井川に鮎を放流したことにちなみ、「鮎の句」を記したもの。御成橋で石神井川に別れを告げ、環七通を横断。西が丘サッカー場前を通る。ここから左折して中山道に向かったものもいるが、本来のコースは善徳寺まで直進。ここで左折。小豆沢交番前で右折、小豆沢公園に入る。小豆沢公園はスポーツ施設が充実。その先の薬師の泉庭園で休憩。
江戸時代、街道が整備され、日本橋を基点に1里ごとに旅の目安として一里塚が立てられたが、志村一里塚は、その一つ。日本橋から3里目である。
縁切榎から地元のスタンプラリーが始まり、板橋、いたばし観光センター、観明寺、東光寺と巡り、駅前の「むすびのけやき」と6ヶ所のスタンプを押して完了。これは、縁切榎で悪縁を絶っておみくじをひき、結びの欅で新たな縁を結ぶという「板橋縁宿」事業にちなんだもの。駅前では、足湯のサービスや特産物販売などで賑わいを見せ、バッチをもらった後、解散し、サービス券などを利用して昼食をした。
10月14日(土)午前10時、約10km
猿江恩賜公園集合→横十間川親水公園→イキイキ横→東陽図書館→健康センター(休憩)→しおかぜ橋→三ツ目通→辰巳桜橋→豊洲公園解散
アルペン・プラスカペレのコミックな演奏風景。
◎第440回[猿江公園から豊洲公園]
10月14日(土)午前10時、猿江恩賜公園に集合したのは、41人。ヨーデルの演奏が、ららぽーとではなく、豊洲シエルコートで11:30と14:30と判明。打合せもそこそこに体操も省略して、早速スタート。A班の有志以外は、コースも直線的に変更し、まず木場公園に向かう。木場公園はおりから区民祭りということで、大盛況。人込の中を縫うようにして縦断。途中、パレードに参加するために可愛い幼児たちが色鮮やかな揃いの服装で集合していた。イトーヨーカドーで小休止。その後、最短距離を選び、豊洲に向かい、11時25分、シエルコートに到着。演奏時間に間に合った。一方、コースどおり歩いた有志も途中の休憩もせず、驚異的なスピードで歩いた模様。定刻直前に到着。アルペン・ブラスカペレの演奏を全員で楽しみ、その後、変貌著しい豊洲を目を丸くして見学していた。
「本日は有難う御座いました。豊洲シエルタワー広場で演奏したH.Kさんのヨーデルと特殊な演技で(アルプス)スイスに行った様な錯覚を生じました。今の若い人の歌と違い心に打たれます。時間の経つものも忘れました。このような伝統的な演奏も良いですね。S.K」
10月7日(土)午前10時、約13km
大崎駅南改札口集合→八つ山通→高浜運河→海岸通→レインボーブリッジ前→海岸通→天王洲アイル休憩→目黒川→『しながわ夢さん橋』お祭り会場→大崎駅北改札口解散
天王洲運河横の地上に堂々と停泊している「雲鷹丸」
◎第439回[品川のみずめぐり(海・運河・川)]約13km
10月7日(土)午前10時、大崎駅南改札口に集合したのは42人。「しながわ夢さんばし」では、折からのフリーマーケットで大変な賑わい。体操をするのもはばかれるため、簡単な打合せをした後、そのままスタート。
「駅前に ななかまどあり 空の青」 利
八つ山通を歩き、京浜急行、東海道線を越える八つ山橋を渡り、海岸通で左折した。海岸通を芝浦4丁目まで直進し、右折、レインボーブリッジ前まで行くのがコースとなっているが、その手前、新港南橋辺りで、高浜運河に向かったものもあり、天王洲運河で左折。
地上に停泊している雲鷹丸=写真=を眺め、天王洲大橋で右折。天王洲公園で休憩した。
その後、新馬場駅横で京浜急行線を越え、続いて東海道線と山手線を目黒川沿いにくぐり、スタートの『しながわ夢さん橋』お祭り会場に到着。人混みを掻き分けながらJR大崎駅東口歩道橋で記念品をいただき、解散した。
9月30日(土)午前10時 約9km
東日暮里1丁目公園(三ノ輪駅2番出口徒歩5分)集合→正庭通→正庭北→三河島駅→西日暮里駅→道灌山下→千駄木4→駒込公園(休憩)→天祖神社→富士神社→上富士前→千石1→巣鴨駅前→とげぬき地蔵(第一次解散)→巣鴨新田→宮仲公園前→西巣鴨橋→東池袋3→東池袋中央公園解散
東池袋中央公園を彩る見事な並木
◎第438回[三ノ輪・千駄木・池袋]約9km
9月30日(土)午前10時、東日暮里1丁目公園に集合したのは、42人。時ならぬ人出に近所の人から何か特別の行事が行なわれているのかと質問され、説明に思わぬ時間を取られ、トイレに行き損なってしまった。打合せとW副会長の体操をした後、スタート。
こじんまりした商店街の正庭通を歩き、正庭北で常磐線のガード下をくぐり、すぐに左折。常磐線沿いの小さな道を三河島駅まで直進。今度は南側に出てせせらぎの小路を歩き、踏切とガードが重なっている不思議な踏切を渡り、すぐに左折。大通りに出て、右折。西日暮里駅のガードをくぐり、道灌山下で不忍通に出る。千駄木4丁目で左折、坂を上がり、動坂上にある駒込公園で休憩した。
昼なお暗い感じになっている深い木立の天祖神社に裏から入る。正面に出てちょっと手を合わせ、今度は富士神社に向かう。ここでも女坂から上ったため、裏から神社に入り、帰りは正面の階段を降りた。この石段縦が長く、横が短い。つまり45度を超える急坂。手すりをつかまないと危険だ。
上富士前から再び不忍通を歩き、途中、文京グリーンコートの威容に驚きながら千石1丁目で白山通に入り、巣鴨駅前を通り、通称「おばあちゃんの原宿」地蔵通商店街に入る。
評判どおり人出は多く、GNPといえども速歩はできず、ついついそぞろ歩きになり、品物の安さが目に付く。この雰囲気が独特の商店街としての賑わいを強めているようだ。通称とげぬき地蔵の高岩寺で休憩。ここを第一次解散としたが、半数以上の方がここで消えたようだ。
ユニークな名前「昔の唄の店」横から住宅地に入り、巣鴨新田駅の踏切を越え、宮仲公園前で左折。山手線を跨ぐ西巣鴨橋を渡り、東池袋3丁目で春日通を渡り、東池袋中央公園に到着したのは18人。簡単な体操をして三々五々解散した。
9月23日(土)午前10時 約8km
北千住駅南口集合→千住宿歴史プチテラス→松尾芭蕉像→奥の細道矢立初の碑(打合せ・体操)→大正記念道碑・森鴎外撰文→千住本氷川神社(大黒天)休憩→旧日光街道千住宿散策→虹の広場(荒川河原)→荒川河原・歩道出口→北千住駅南口解散
千住宿歴史プチテラス前に建つ松尾芭蕉像はふくよかで楽しい顔をしている。
◎第437回[旧日光街道・千住宿と荒川ウォーキング]
9月23日(土)午前10時までに北千住駅南口で受付を済ませたメンバーは47人。ミリオン通を歩き、墨堤通で右折、千住仲町で左折。紙問屋の横山家の蔵を解体移設した千住宿歴史プチテラスを右手に見ながら新しい松尾芭蕉像を左手に見る。何となくふくよかで、ほかで見る芭蕉像とは雰囲気が違う。
千住大橋の橋の下、千住小橋が開通し、テラスでは「千住大橋際御上り場」という見立てで「大川一覧」や「日本大橋尽」などとともに江戸時代の模様が描かれていた。橋の袂の広場で再集合、打合せと体操をした。ここには「奥の細道矢立初の碑」があり、『行く春や鳥啼魚の目は泪』を矢立初としたもの。
京成本線の千住大橋駅の構内を通り、北進。大正記念道碑・森鴎外撰文を見た後、千住神社で参拝。日光街道を横断。赤門寺として親しまれる勝専寺の中に入り、地名の由来といわれる「千手観音像」を拝む。
旧日光街道の千住宿の面影を残す商店街をキョロキョロしながら歩いているうちに千住本氷川神社を見逃してしまい、そのまま、荒川河原に入り、きれいになった虹の広場では、吹奏楽団の練習や野球で大勢の青少年が屯し、なかなかのもの。
河川敷をしばらく歩くが、コンクリート敷きで低地になっているため、暑いので、堤防の上に出る。皆さんがあまり歩かないせいか、雑草が生い茂り、蛇でも出ないか戦々恐々の態で歩く。もっとも荒川では水上スキーの練習をしていたり、モーターボートが波しぶきを上げて通っていたり、そよ風に体をなびかせながら見飽きない景色を満喫した。
金八先生で有名な千寿桜堤中学校の横を通り、学園商店街を通り、スタートと同じゴールの北千住駅南口に到着。記念バッジをいただき解散した。約8km
9月16日(土)午前10時、約10km
井の頭公園駅集合→井の頭池→成蹊大ケヤキ並木→千川遊歩道→善福寺→善福寺公園(休憩)→善福寺川遊歩道→久我山駅解散
円形の門が印象的な中国式庭園の桃花源
◎第436回[水と樹木と緑道の散策]約10km
9月16日(土)午前10時、井の頭公園駅で受付を済ませ、井の頭公園に集合したのは43人。打合せと体操をした後、スタート。
あひるや鯉が丸々と太って遊んでいる井の頭池を半周して吉祥寺駅前の踏切を越え、東急百貨店横で左折。しばらく直進して成蹊大ケヤキ並木に入る。いつみてもこのケヤキ並木、しっとりとして雄大! 歩いている人間まで悠然となってくるから不思議だ。
立野公園を抜けるが、この公園、平成7年に開園されたもので、中国式庭園の桃花源があり、仙人の住む理想郷を模していて、円形の門が印象的だ。千川遊歩道を歩き、善福寺に立ち寄り、善福寺公園で休憩した。
武蔵野三名池は、三宝池(石神井)、井の頭池とこの善福寺池。「遅の井の滝」はいまでも現役。そこで滾々と湧いている清水が善福寺川の源流をなしている。住宅地をしばらく歩き、中央線を越え、立教女学院の横を通り、左折して神田川遊歩道を歩く。
九州では台風襲来で戦々恐々としているころ、こちらは絶好の秋晴れで、申し分ないウォーキング日和。汗もそんなにかかないまま、ゴールの久我山駅に到着。記念品の「ソーイングセット」をいただき、無事解散した。
9月9日(土)午前10時 約9km
JR千駄ヶ谷駅・集合→鳩森八幡神社(千駄ヶ谷富士、打合せ・体操)→新宿御苑→花園神社(新宿富士)→四季の道→西向天神社(東大久保富士、休憩)→抜弁天→鬼王神社(西大久保富士)→十二社熊野神社(休憩)→新宿駅(サザンテラス口)解散
花園神社には善男善女がたむろしていた。
◎第435回[新宿御苑と都会の富士塚を巡る]
9月9日(土)午前10時、JR千駄ヶ谷駅で受付を済ませ、鳩森八幡神社で集合したのは、48人。高さ7mといわれる千駄ヶ谷富士登山をしてから打合せと体操を実施。人懐こくて日本語の達者なフランス人に見送られて新宿御苑に向かう。
御苑の中には入らず、散策路を歩く。新宿門の先で右折、靖国通で左折、花園神社に入り、1.5mの新宿富士といわれる富士塚を見る。新宿区役所前で右折、都電13番線の跡地、四季の道を歩き、新宿文化センターの先にあって社殿が大宰府の方向を向いているところから西向天神社といわれる神社に入り、東大久保富士を眺めて、しばし休憩した。
続いて先週も行った抜弁天を今回は南から北に通り抜けて、文字通り今後の苦難を切り抜けられるよう祈りを捧げた。大久保通を歩き、途中、鬼王神社に立ち寄り、二つの山に分けられている西大久保富士を眺める。この二つの山の間にある参道は、富士山の胎内に通じる道に見立てられているとか。こうしていろんな富士塚を見ていると、日本人のちまちましていて、それで居て何もかも神様にしてしまう不思議な信仰心に彩られ、それでいて明るい雰囲気が感じられる。
山手線と中央線の二つのガード下を抜け、成子天神下で左折、新宿中央公園に入り、十二社熊野神社に立ち寄る。その後、甲州街道を通り、新宿駅サザンテラス口で解散した。
9月2日(土)午前10時、約7km
戸山公園(高田馬場駅5番出口徒歩5分)新宿スポーツセンター前集合→新宿コズミックセンター→箱根山→抜弁天→河田町→市谷仲之町→防災センター横公園(休憩)→合羽坂下→外濠公園→靖国神社解散
靖国神社本殿裏にある神池庭園は小さいけど滝、島、橋などがあり、落ち着いた雰囲気がある。
◎第434回[高田馬場から九段下]約7km
9月2日(土)午前10時、戸山公園新宿スポーツセンター前に集合したのは何と51人。簡単な打合せと体操をした後、スタート。
明治通に出て新宿コズミックセンター前で左折。箱根山に向かう。都区内最高峰に上ったのは10人ほど。後の人は、周りを巡って下で待つ。広大な戸山公園の南口から大久保通を横断して抜弁天通に出る。
明日がお祭りという抜弁天に立ち寄るが、手を合わせただけで抜けずに元の通りに出て、河田町で右折。女子医大通を直進、市谷仲之町手前で右折。防災センター横の仲之公園で休憩した。小さな公園だが、ベンチやトイレが整備され、樹木も生い茂り木陰の憩いは乙なものだった。
外苑東通を少し歩き左折して合羽坂を下り、靖国通に出る。防衛庁やグランドヒルを左手に見ながら市ヶ谷橋を渡り、左折して外濠公園に入る。新見付橋で外濠公園に別れを告げ富士見坂を上り、右折して遊就館口から靖国神社に入る。
話題の遊就館には入館せず、本殿の後ろにある神池庭園まで歩き、ここで解散した。
8月26目(土)午後4時、約8km
美竹公園(渋谷駅11出口徒歩3分)集合→隠田神社→表参道ヒルズ→乃木坂→六本木→アークヒルズ(休憩)→溜池→新橋解
アークヒルズの広場で休憩。
◎第433回[夕涼み渋谷から新橋まで] 約8km
8月26目(土)午後4時、美竹公園に集合したのは、44人。渋谷の雑踏から少し離れた場所で、一度迷うとどこに向かっているか分からなくなるようで、せっかく渋谷まで来ていながら途中参加になった方が3人も出た。
打合せと体操をした後、スタート。キャットストリートを一本はずしただけで静かな昔ながらの通りになり、途中の隠田神社は戦前の佇まいをそのまま残していた。
それが表参道に出たとたん、人通りが激しい。表参道ヒルズの完成とともに有名な外国ブランドの進出が目立ち、活気を呈しているが、店内には余り人が入っていない。あれで瀟洒な経営が成り立つのか、外見だけではうかがい知れない。
青山通を横断するのだが、先行するA班は、左折した。声を出しても届きそうにないので、そのまま直進し、根津美術館前で左折、青山霊園に入る。夕暮れを迎えた墓地には、そろそろ魑魅魍魎共が夜の帳をあけて活動準備を始めているようだ。取り付かれないようにそそくさと乃木坂トンネルに向かう。このトンネルも太陽熱を利用して蓄電したものを夜のトンネルの灯りのため、放電の準備をしている。
乃木公園の手前で右折。防衛庁跡地がTokyo Midtown になるらしく建設中。六本木で左折。六本木通をしばらく歩く。谷町ジャンクションの辺り、昔の町名では麻布箪笥町と称していたが、ここが会長生誕の地。今では、六本木プリンスホテル、日本IBMなどの敷地になっている。
巨大な歩道橋を渡り、そのままアークヒルズに入り、休憩した。青山通で道を間違えたA班も5分後、無事到着した。
溜池で外堀通に入り右折。特許庁や商船三井ビルなど眺めながら歩くと、かつてのシンボル、霞ヶ関ビルも文字通り霞んでしまい、目立たない存在になってきている。虎ノ門を越え、西新橋を過ぎ、新橋駅前の機関車広場で解散。久しぶりに涼しいウォーキングを味わった。
8月19目(士)午後4時、約7km
錦糸公園(錦糸町駅徒歩2分)集合→押上駅→業平橋→水上公園→大横川親水公園→長崎橋(休憩)→撞木(シュモク)橋→菊川公園→三つ目通→東京都現代美術館→木場公園解散
木場公園ではおりしも西の空は落日。しばらくまぶしい太陽の光を眺めた。
◎第432回[夕涼み錦糸町から大横川、木場]
8月19目(士)午後4時、錦糸公園に集合したのは、48人。今年の午後4時は、まだ灼熱の感じ! それでも木陰に入ると風さえ吹けばほのかな涼しさを覚える。その木陰を選んで打合せと体操。会長の硬くなった体では、しまらない音頭とりになって、盛り上がらない体操だ。
早速、四ツ目通を北上。オリナスが完成、様変わりした通りから左折して蔵前通を少し歩き、一つ目の信号で右折、再び北上して浅草通に突き当たり、左折。すぐに右折して北十間川沿いに歩く。遮るもののない西日を真っ向から浴びながら業平橋から水上公園に入る。
船首の形をとった建物があり、その上から滑り台で降りれるようになっている。楽しそうだが午後5時で終園とのことで、そそくさと大横川親水公園に入る。平川橋までは釣堀となっていてこの暑いのに結構な人出。釣りの収穫を眺めてみたが、大したことはない。一種の時間つぶしに来ているようなものだった。
長崎橋で休憩のつもりだったが、通り過ぎてしまい、総武線をくぐり、京葉通を越え、撞木(シュモク)橋に到着、休憩した。ここは、本所横川の「時の鐘」のあった場所で鐘撞堂の記念碑が建っている。江戸時代、時の鐘を鳴らす場所がいくつかあり、当時の大江戸を半径2キロの範囲で響き渡るように工夫され、前回聞いた増上寺の鐘もその一つ。他に浅草、上野、神田、市谷、四谷、赤坂、目黒、目白、五反田などにあったそうである。
そのあと、菊花橋を越え、菊川公園を横断して菊川駅前で三つ目通に出て、南進。東京都現代美術館の横を通り、木場公園に入る。木場大橋を渡りながら仙台堀川を眺め、公園の中は木陰の風が涼しく、人心地つく。
しばらくするとB班C班の有志も到着。クーリング体操は各自ばらばらに行ない解散。木場公園ではおりしも西の空は落日。しばらくまぶしい太陽の光を眺めた。
8月5日(土)午後5時、約8km
芝公園港区役所前(三田線御成門駅A2出口徒歩2分)集合→伊能忠敬測量遺功表→赤羽橋→麻布十番→六本木ヒルズ(毛利庭園休憩)→実践女子学園→渋谷駅忠犬ハチ公前解散
並木橋から渋谷川を眺める。
◎第431回[夕涼み芝公園から渋谷まで]=約8km=
8月5日(土)午後5時、芝公園港区役所前に集合したのは43人。木々に囲まれ風もそよいでいるのだが、じっとしていても汗がにじみ出る。打合せと体操。折から増上寺の鐘が鳴り始め、午後5時。てっきり5回なると信じていたが、実際には6回。どうも暮れ六つの鐘のようだ。
「夏の夕 鐘を聴きつつ 予備体操」 利
まず、芝公園内にある丸山古墳に上がる。都心では擂鉢山と二つだけの古墳で、静かな佇まい。伊能忠敬測量遺功表が目立つだけだ。
続いて赤羽橋から高速道路に沿って歩き、麻布十番商店街に入る。ずいぶん賑やかな町並みになり、それでいて古い名店も残っており、独特の雰囲気を醸し出している。けやき坂通から六本木ヒルズに入り毛利庭園で休憩。蛙の化け物のようなモニュメントは消えていた。
今度は牛坂を上り日赤通で左折。東京女学館手前で右折。常陸宮邸の横を通り、実践女子学園、国学院大学を眺めながら東交番前で明治通に入る。
並木橋で渋谷川を眺めてみるが、側道もなくかみそり堤防の下を細々と流れが見え、周囲の喧騒が嘘のように静かだった。そのまま明治通りを歩き、渋谷駅前の雑踏を掻き分けながら宮益坂で左折。
山手線のガードを潜り抜け、ゴールの忠犬ハチ公前に到着。相変わらず待合せ客が多く、三々五々到着するGNPメンバーに出会うのも大変だった。
7月29日(土)午後5時、約8km
東京国際フォーラム集合(打合せ・体操)→銀座1丁目→柳通→中央区役所→聖路加ガーデン(休憩)→勝鬨橋→浜前橋→豊海水産埠頭→豊海運動公園→新島橋→月島第二児童公園解散
写真は、珍しく人っ子一人しかいない銀座柳通り。
◎第430回[夕涼み銀座勝どき散策]
7月29日(土)、今日から夕涼みウォークということで、午後5時、東京国際フォーラムの戸外の広場にGNP会員を含めて42名が集合。東京に梅雨明け宣言が出た途端、オホーツク高気圧の影響とかで、急に涼しくなって、みんな大喜び。「おはよう」じゃなくて「こんにちは」いや「こんばんわ」と各々挨拶に迷う。
8月12日はお盆休み、その次は午後4時集合などの打合せをした後、W副会長の体操をし、薄暗くなり始めた有楽町を出発した。
閑散とした銀座柳通を直進し、三吉橋を渡って中央区役所を眺め、築地川公園に入る。聖路加看護大横をぬけ、明石町河岸公園から聖路加ガーデンへ。涼しい川風に汗もさっと引き、気持ちよく休憩。休会中のHさんが待ち受けていて、「皆さんに」とキャンディーの差入れを戴く。
明石町側のテラスから勝鬨橋を渡り、月島水門横からまた月島側のテラスに出る。落日間近の勝鬨橋を下から見上げる。
「梅雨明けを 気にせず流る 隅田川」 利
対岸の築地市場を眺め、臨海消防署手前から土手に上がり、浜前橋を渡る。一旦、清澄通りに出て、豊海水産埠頭からぐるりと周囲の水辺を回り、晴海埠頭の見える突端で、戴いたキャンディーを口に、夕闇たなびく東京湾を見晴してA班B班共に小休止。
豊海運動公園は休まず回って、随分伸びたThe Tokyo Towersを眺め、新島橋を渡り、ゴールの月島第二児童公園に到着。やぶ蚊に攻められながら、会長の体操をして解散、それぞれ家路に向かった。=約8km=
7月22日(土)10時=約7km=
花小金井駅南口集合→小金井公園→小金井橋→喜平橋→桜橋→鎌倉橋→小平市立中央公園・解散→鷹の台駅
写真は、多摩湖自転車道路の木陰を颯爽と歩くGNP一行。
◎第429回[涼を求めて小平グリーンロードを歩く]
=約7km=
7月22日(土)10時、花小金井駅南口に集合したのは、43人。受付を済ませた後、駅前で打合せと体操。
正規のコースでは、小金井公園の中を回遊することになっていたが、無志約20人は公園内に入らず、多摩湖自転車道を反対に歩き、小金井街道を直進。直接、小金井橋に向かった。途中、小金井カントリークラブが小金井街道を橋でつないで広がり、橋の上をゴルファーが歩いている。何だか変な雰囲気だが、並木が鬱蒼として歩きやすい。
小金井橋から玉川上水緑道。ところがこの緑道、小平地区では「小平グリーンロード」と名付けているらしく、看板が掲げられていた。
緑道の北側は、コンクリート道になって歩きやすくなっていたが、わざわざ土道の南側を歩いて見る。北側が整備されたせいか、南側は雑草が道の中央まではみ出し、靴だけでなくズボンのすそまで、汚れてしまうが、足の裏にかかる圧力は優しい。
喜平橋にトイレと休憩所があったので、しばらく休む。
「喜平橋 咲く花もなく 草いきれ」 利
5分後に正規のコースを歩いたA班有志が到着。再会を称え合う。
改めて再出発。ここでも有志は北側、無志は南側を歩き、桜橋で西武多摩湖線を越え、鎌倉橋で、無志一同も北側に出て平行して流れる新堀用水を眺めながらゴールの小平市立中央公園に到着。景品の竹炭をいただいたが、どうも抽選券で当選した者はGNPメンバーではいなかったようだ。
公園内では野菜や食品のバザーが開かれ、ウォーカーが群がり、賑わいを見せていた。
7月15日(土)10時=約9km=
京王線府中駅集合→大国魂神社→高札場跡・お旅所→高安寺→新田川緑道→府中いこいの森→西蔵院→東京競馬場→府中駅
◎第428回[大国魂神社といこいの森・大賀ハスの観賞]
7月15日(土)10時、京王線府中駅で受付を済ませ、大国魂神社に集合したのは、45人。打合せとH.W副会長の体操をしたあと、出発。
まず、大国魂神社の参詣。この神社、創立は西暦111年とされ、武蔵の国魂と仰いで鎮祭し祠ったもので、武蔵総社と称された由緒のある神社である。
あまりにも蒸し暑く、高温のため、無志(有志の反対)約10名ほどは、コースを省略、直接、府中いこいの森に向かう。
途中、武蔵野線のガード下を通るが、人道と車道が分かれ、車道は一段と深いところを走る。新田川緑道に横から入ったところ、コースどおりに歩いたウォーカーに出会い、「うまくコースを省略したね」と冷やかされる。
府中いこいの森は、梅園で有名な府中郷土の森公園の対面にあり、芝生緑地と修景池が特徴。この池は大賀蓮発芽の地として有名で、ちょうど開花している真っ最中。神秘的で清純な白と薄ピンクの古代蓮はまるで後光がさしているような雰囲気で仏様が鎮座しているような錯覚が生まれる。
「修景に 連綿たりし 原始蓮」 利
ここで若干休憩した後、コースを離れて、サントリービール工場へ入る。見学をした後、ビールの試飲。歩き疲れた身には酔いが早く、すっかり真っ赤になる。玄関に出たところ、B班の一部に遭遇。分倍河原からビールバスに乗って直接、こちらに来たとのこと。一緒になってビールバスに乗って分倍河原に出る。
ここでレストランに入り、スパゲティーで食事。その最中、雷が鳴り、一天にわかに掻き曇り、豪雨。この中を歩いている連中は大変だったろうと想像しながら食事を終わった頃には雨も上がり、まるで梅雨明けのような爽やかな天候の中で、電車に乗り、帰宅した。
コースどおり歩いた方は、高札場跡・お旅所を見て、高安寺から新田川緑道に入り、府中いこいの森で休憩。その後、西蔵院を見て、東京競馬場の横を通り、府中駅にたどり着いた。=約9km=
7月8日(土)午前10時=約10㌔=
江戸東京博物館(JR両国駅徒歩5分)3階広場集合→木彫資料館→鼈甲資料館→大横川親水公園→業平橋駅→屏風博物館→江戸木目込人形博物館→羽子板資料館→曳舟文化センター(休憩)→藍染博物館→正覚寺→こんにゃく稲荷→小林人形資料館→八広駅→新四つ木橋→東向島駅→向島百花園解散
向島百花園の入口。今の季節、意外に花は少なかった。
◎第427回 [本所・向島ミニ博物館めぐり]
7月8日(土)午前10時、江戸東京博物館3階広場に集合したのは、今年に入って最高の53人。ぎりぎりに到着した会長、会報を手渡すのに、一人一人確認していた。これは出席者を把握するためのもの。目で顔を確かめ、名前を口の中で囁くと、意外に覚えてしまうものだ。
打合せと土休券の手配、それにW副会長の体操。天気予報では雨模様だったが、よく晴れ、その上湿気が多く、蒸し暑い。A、B、Cとグループで分かれて出発。A班はそそくさとスタートしたため、B班に所属して歩く。
木彫資料館はちょっと覗き、鼈甲資料館は閉まっていた。紅葉橋から大横川親水公園に入り、業平橋で道に出る。可愛らしい小梅橋を渡るが、この辺の地名がかつては「小梅」と称していたとのこと。言問橋東から検番通に入るが、検番はもともと芸姑が所属する場所。この辺が花街であったことが分る。三囲神社で小休止。
あるお坊さんが牛島近辺の祠から白狐にまたがった神像が納められた一つの壷を見つけたところ、どこからともなく白狐が現れ、神像のまわりを三度めぐって消え去った。この故事から「みめぐり」の名が起こったと伝えられているそうだ。
ここで先着していたC班に会い、今度はC班に所属し、墨堤通を直進、昔ながらの格子戸のある路地を通り、向島百花園に到着。ところがB班も間もなく到着。どうもC班のあとを付けたようだ。まともに歩いたA班は曳舟文化センターで休憩。そのあと、藍染博物館、正覚寺、こんにゃく稲荷とたどり、八広から水戸街道を通り約30分遅れで向島百花園に到着、解散した。=約10㌔=
7月1日(土)10時=約10㌔=
としまえん正門前・受付(都営大江戸線・西武豊島線豊島園駅下車)集合→愛染院(練馬大根の碑)→平和台駅前→田柄川緑道→徳川綱吉御殿跡之碑→城北中央公園→石神井川→としまえん東ゲート解散(あじさい祭り見学)
写真は、田柄川緑道を歩くウォーキング参加者
◎第426回[豊島園のあじさい観賞と練馬の名所めぐり]
7月1日(土)10時、としまえん正門前で受付を済ませたのは、42人。地図と黄色のりぼんを貰い、駅前の広場に集合して、打合せとH.Wさんの体操をした後、各自自由歩行としてスタート。大江戸線練馬春日町駅横の環八通を横断、愛染院前の練馬大根の碑を見る。この碑、建てられたのは意外に古く、昭和16年とのこと。練馬といえば大根と全国的に有名にした元凶は案外この碑かもしれない。その先の愛染院も見学する。
そのあと、環八通に戻りしばらく直進、平和台駅前を左折するのが、正規のルートだが、暑すぎて歩けないグループは早三東通で右折。新大橋から石神井川に沿ってゴールに向かった。
正統派の方々は、環八を延々歩き、平和台駅前を左折、ハッスル通り商店街から田柄川緑道に入る。
木立ちの道は涼しい風が吹き、露草、びよう柳、ムクゲなど目を楽しませてくれる。川越街道でモンゴルの塩の販売スタンドがあり、人込みを作っていた。
徳川綱吉が建てた「鷹狩御殿」跡に刀のつばのような碑が建っていた。高い歩道橋で環八を渡り、あやとりをしている女の子の像からまた田柄川緑道を歩く。
間もなく城北中央公園に着き、休憩。しっとり落ち着いた公園で何かイベントが行われていた。
南側に出て石神井川を遡り、有楽町線氷川台駅を過ぎて左岸を行く。鬱蒼とした高稲荷神社あたりで薄暗くなり、パラパラと雨が降りはじめた。
「楊梅(ヤマモモ)の 朱く熟せり 高稲荷」 利
ほどなく豊島園に到着、東ゲートから無料で入園させてもらい、省略組と出会い、あじさいまつりを見物した。今年のあじさいはちょっと元気がない。正門前の花壇では季節の花が咲き、目を楽しませていた。
6月24日(土)午前10時=約12㌔=
東急線大岡山駅集合→すずめのお宿緑地公園(打合せ・体操)→サレジオ教会→清水池公園→世田谷公園(休憩)→北沢川緑道→羽根木公園→京王線桜上水駅解散
写真は清水池に突き出している見事な松ノ木。
◎第425回 [近代と自然のロマンを往く] =約12㌔=
6月24日(土)午前10時、東急線大岡山駅で受付を済まし、すずめのお宿緑地公園に集合したのは、45人。打合せと体操をした後、出発。瀟洒なサレジオ教会を仰ぎ見ながら清水池公園に入る。見事な松ノ木が池の中に突き出しているが、その根っこは池の縁にある。まるで倒木だが、枝ぶりはしっかりしており、巨大な盆栽のような風情。
目黒通を横断してジグザグと住宅地を通り抜け、世田谷公園に入り、休憩。曇りのつもりが、蒸し暑い晴。木陰の涼しさが快い。
三宿で玉川通を越え、烏山川緑道に入る。300mぐらいで北沢川緑道との合流点。ここから北沢川緑道を辿る。この緑道、実は下水道幹線で暗渠になっている上に浄化された水を流しているもの。手入れがよく、近隣のウォーキングコースとして親しまれているようだ。淡島にたどり着き、歩数を見ると13,000歩を超えていたので、後を省略。バスに乗り、若林陸橋で乗り換え、代田橋から京王線に乗り帰路についた。
コースは、緑道をもっとたどり、梅ヶ丘から羽根木公園に入り、2回目の休憩。再び、北沢川緑道を歩き、京王線桜上水駅を目指して進み、ここで解散した。
本日のコース、12㌔とあったが、大半の方は完歩。歩数は20,000歩を超えたとのことだった。
6月17日(土)午前10時=約9㌔=
JR亀有駅改札前集合(打合せ・体操)→「こち亀」両さん銅像→ふれあい動物公園→郷土と天文の博物館→テクノプラザかつしか→柴又帝釈天(休憩)→山本亭→寅さん記念館→矢切の渡し→金町駅解散
亀有駅前で「こち亀」両さんが歓迎。
◎第424回 [下町葛飾の歴史と人情の街柴又を訪ねて]
梅雨の合間の6月17日、亀有駅の北側にある「こち亀」両さんの銅像=写真=を見物して、南側のイトーヨーカドー前に集合したのは47人。大勢の通行人が見物する中で、打合せ、体操をする。
人でいっぱいの「ゆうろーど」を南下する。ふれあい動物公園は見忘れた。曳舟川親水公園は、昔、本所へ上水を供給した底の浅い古堀で、舟が漕げず、岸から舟を曳いて、帝釈天のお参り客や花見客を運んだ川で、流れに沿った遊歩道になっている。鷹匠と白鳥と舟を曳く人の像の前に郷土と天文の博物館がある。ちょっと戻って右折、テクノプラザかつしかで小休止。
水戸街道に出て、中川大橋を渡り、金町1丁目を右折、小岩用水沿いの道を行くと子供達がザリガニ捕りに興じていた。新宿交通公園でミニ汽車を眺め、京成金町線を渡るともう柴又駅。ふーてんの寅さんの銅像に大勢の人が群がっていた。参道の店を覗きながら帝釈天に到着し、お参りする。細かな彫刻は古びているが、落ち着いて明るい境内だ。
野点やあやめの花が咲く山本亭の外庭を通り抜け、寅さん記念館の上に出ると江戸川の土手が広がり、涼風が通り人心地付く。矢切の渡しを眼下に眺め、木陰のない土手を進む。先日の松戸コースで冷たい雨の中、黙々と対岸を歩いたのを思い出し、懐かしくなる。川にせり出した塔に風情を感じる。
「梅雨晴や 矢切の渡しに 人の列」 利
新葛飾橋を左に曲がり、水戸街道を渡って線路沿いを進むと間もなく金町駅に到着。ゴールでバッジと真っ赤なうちわのセットを貰って12時半、解散した。
金町で食べるところを探す人、北千住まで行って食べる人、そのまま帰る人、いろいろ。今日は雨が降らなくて、それほど暑くならず、気持ちよく歩けてよかった。
6月10日(土)午前10時=約10㌔=
豊洲公園(有楽町線豊洲駅ゆりかもめ出口徒歩5分)集合→豊洲4丁目→芝浦工業大→春海橋→トリトンスクエア(休憩)→晴海大橋→有明北橋→有明コロシアム→ビッグサイト解散
◎第423回 [延伸ゆりかもめを眺めながらビッグサイトへ]
6月10日(土)午前10時、豊洲公園に集合したのは、45人。すっかり様変わりした豊洲公園は、従来の晴海通側から、豊洲文化センター裏に移り、未だ建設途上。打合せと体操をした後、A班は園内の奥に向かうが、B、C班は直接、晴海通に向かう。
てっきり、園内が通り抜けられるものと思っていたが、ぐるっと回ってもとのスタート地点に着き、改めて晴海通を横断、スーパービバホーム手前で左折。芝浦工業大学のキャンバスに向かう。広々とした広場が広がり、北側に階段があり、上がり切ると、巨大なゲートが口を開けている。コースはこのゲートを抜けることになっているが、省略。
豊洲2丁目交差点の陸橋に上り、そこで、一行を待ち受け、旧IHIの工事現場を見物した。やってきた一行と、春海橋を渡り、晴海2丁目で、トリトンスクエアに向かう一行と別れ、直接、晴海大橋に向かう。ここで、C班の一部に出会い、橋の上の休憩所で、若干の休憩。
見晴らしがよく、東京湾の活況が手に取るように見える。橋を渡り切ると新豊洲駅。ここで右折してゆりかもめの右側を歩く。間もなく市場前駅に着くが、この辺一帯、今のところ地盤整備の真っ最中。市場前駅のエレベーターに乗り、今度は左側を歩く。新装成った有明北橋を渡り、有明テニスの森駅のエレベーターに乗り、右側に出たところ、賑々しく歩いているA班B班の一行と出会い、有明コロシアムの威容を右側に見ながら有明駅に到着。
階段を下りて、りんかい線国際展示場駅前に出て解散。ビッグサイトに向かう人、近所で食事をする人、バスに乗る人、そしてゆりかもめに乗って豊洲に向かう人と分散していった。
6月3日(土)午前10時=約10㌔=
JR阿佐ヶ谷駅南口集合(打合せ・体操)→中杉通→善福寺川緑地公園→和田掘公園→松ノ木遺跡→大宮八幡宮→郷土資料館(休憩)→パール商店街→阿佐ヶ谷駅解散
写真は、コンクリート造の松ノ木遺跡
◎第422回 [善福寺川に沿って武蔵野の面影を散策]
紫陽花が彩りを増した6月3日(土)。午前9時50分にはいつもの顔ぶれは揃った。総勢44人。体操までの一刻は仲のよいファミリーの語らいにも似て、わがクラブの楽しみ。本日も曇り。MURATA Magicがこのところ効かないのは何故?
駅から南へ下る中杉通りは、欅が高く伸び、歩道もたっぷりとってあって、気持ちがよい。青梅街道にぶつかる(駐車違反はいかがかな)。
左折して住宅地に入る。成田西四丁目で広壮な屋敷を見かける。木造洋館2階建て。何者の屋敷だろうか。(雑学修士、何故出てこない。こういう時こそ君の出番だぞ)
荻窪団地辺りで戦後風のマーケットを発見する。速足もも子がニンジャのごとく抜いていく。
西田端橋で善福池川沿いの道に入る。川に沿って杉並区自慢の緑地帯が広がる。善福寺川緑地公園から和田堀公園の宮下橋までは何キロあるのだろうか。歩いている限りでは川の激しい蛇行に気づかない。
桜の実が落ちている。目を上げると、桜並木が続く。「来年桜の頃、自前で来ましょうよ」とB班の幹部が密議をこらしている。 大宮八幡宮の本殿からは越天楽が聞こえてきた。簡素だが、荘厳な結婚式が進行中である。
八幡宮を抜けると、右に野球場、左に競技場。競技場ではチビがサッカーをやっている。
以後のコースは取り立てて書くこともないと思ったら、昼食の席で松ノ木遺跡は必見だと建築探偵団から教えられた。
青梅街道からパールセンター商店街に足を踏み入れた途端、ゾクゾクする。仏壇屋、染物屋、鰻屋、豆腐屋、乾物屋、かまぼこ専門店。私好みの商店街であった。
突然、路地から歓声が聞こえてきた。中学校の運動会。バトンを渡す若い必死な表情が美しい。
12時06分、阿佐ヶ谷駅に到着。「今日のコースはよかったわ」という感想が背後から聞こえた。同感です。 [M.K記]
5月27日(土)午前10時=約10㌔=
JR池袋駅メトロポリタン口集合→池袋の森(打合せ・体操)→御嶽神社→祥雲寺→谷端川緑道→西池袋公園→目白庭園→雑司が谷鬼子母神→豊島みみずく資料館→池袋駅メトロポリタン口解散
写真は薔薇の生垣から臨む自由学園明日館。
◎ 第421回「バラの香りとふくろうを探すコ-ス」
5月27日(土)午前10時、雨の降り始めている池袋駅に集合したのは41人。各自JRウォークキングの手続きを受付で済ませ、参加者プレゼントのドリンクを受取る。定例の会長の連絡事項の説明を受けた後、雨の池袋の町に傘をさしながら三々五々出発する。
800mほど歩いて、「池袋の森(昔は林学博士の住宅)」に着く。1500㎡位の小さな森だが、直径1m余りの大きな木々、芝生の庭、散策路、池もある。池にはオタマジャクシ、メダカがいるようだが、誰かが持っていってしまうようで、「持っていかないで!」と張り紙がされていた。秋には何種類ものトンボが繁殖する。最近アメリカザリガニを持ち込まれ、従来の生態系を壊されて困っているとのこと。
60代後半と思われる二人連れの人が大きな大木にしがみついて木に話しかけている。何となく聞いていると、木から若さの源、元気を貰っているんだとか。これで今まで元気にやってこれたとか。傍らを通りながら、本当かいな(!)と思いながら次の目的地に足を運ぶ。
「御嶽神社」でお参りし、更に歩いて「祥雲寺」に到着。祥雲寺には山田浅右衛門(別名、首切り浅右衛門)の碑があるとのことで探したが見つからなかった。江戸時代(元禄)から明治14年の斬首刑廃止まで7代にわたって、刑の執行に当たって来たわけだが、何千何万人もの命を奪ったことは、仕事とは言いながら、辛くて躊躇する時もあったのでは、と思いを馳せながら、雨の降り続く池袋の町を歩く。
町並みをしばらく歩いて、「谷端川緑道」に入った。昔は3~4m位の小川(どぶ川?)と思われ、整備されて幅2m位の煉瓦畳の歩行路となり、両側を植木と花壇で彩りを付けている。何ヶ所かにバラのアーケードが作られ、赤、白、ピンク系のバラが咲いていた。でも、雨降りの煉瓦畳は滑りやすく、ちょっと頂けない。天気が良ければ最高に良かったのにと思いつつ歩みを進める。
西武池袋線の手前で谷端川緑道を出て、一般道を歩き「西池袋公園」に到着。豊島区で一番広い公園でバラ園もあるとのこと。でも、雨は降り続くし、現在地から公園の奥にあるバラ園までは遠そうな感じ! お天気なら行くのにと言い訳しながら、パスと決め込む。
暫く歩くと、羽仁吉一、もと子夫妻が大正デモクラシーの最中、1921年(大正10年)、創立した自由学園の校舎として、アメリカが生んだ巨匠フランク・ロイド・ライトの設計により建設された明日館が見えた。薔薇の生垣から望む建物は今でも瀟洒で美しい。
西武池袋線の踏切を渡り、「目白庭園」に着く。庭木の緑、水量のある4~5mの滝がこの雨の中でさわやかな印象を与える。大きな池をひと回りして次の目的地に足を運ぶことにする。
目白庭園を出て300m程も歩いてJR目白駅に着いた。さっきの庭園は名前の通り目白の近くだったのだなと変なところに感心し、広大な学習院大学の前を延々と1km以上も歩く。懐かしい都電荒川線を横切る。ちょうど電車が来たので立ち止まり、一両だけしかない電車を眺める。雨降りのせいか、電車は満員状態。何時もこれほど混み合えば、都電はまだまだ捨てたものではないな、と思いつつ鬼子母神に向かう。
さっき渡った都電荒川線を鬼子母神前で再度横切り、ウォーキングで何度も来た「鬼子母神堂」に到着。折角来たのだからお参りをしなくちゃ(!)とお参りする。その後、法明寺のお寺とお墓で両側を塀に囲まれた狭い道を約200mも歩く。夜などはとっても歩けた場所ではない。怪談話にでも登場しそうな所。お寺・お墓が大きいせいか通り抜け路となっているのか地元の人達の通りが多い。路地を抜け出ると急にお店のある町並みが出現。やはり、ここは繁華街・池袋だと改めて納得する。
「豊島みみずく資料館」に到着。何と小学校の門を入り、校舎の傍らに12畳位の部屋に展示室が設けられている。ここには、世界的なふくろうの収集家の飯野徹雄教授(東大名誉教授)が膨大なコレクションの中から8,000点を豊島区に寄付した物を展示しているとのこと。ふくろうの生活・イメージ・かたちの3つのテーマで構成され説明されていた。ふくろうの剥製、石・木・ガラス製のふくろうの珍しい置物がたくさんあった。
みみずく資料館を出て10分も歩くと、もう池袋駅だった。いつものようにブリキのJR電車のバッジを貰い帰途につく。今日は、ほんの僅か雨が止んだ時があったが、殆ど降りっぱなしで大変な1日でもあった。でも、前回のメトロウォークと比べると、雨降りのせいか混雑も少なく、歩き易くもあった。(でも天気の方がいいな!) [T.C 記]
5月20日(土)午前10時=約9㌔=
千代田線明治神宮前駅(代々木上原寄りコンコース)集合→太田記念美術館前(打合せ・体操)→表参道→神宮外苑→青山1丁目→六本木→東京タワー→芝公園→麻布十番駅解散
写真は、東京タワーの足元で色とりどりの薔薇が満開に咲いている。
◎第420回 [明治神宮・表参道・六本木・東京タワー]
5月20日(土)午前10時=約9㌔=
千代田線明治神宮前駅(代々木上原寄りコンコース)集合→太田記念美術館前(打合せ・体操)→表参道→神宮外苑→青山1丁目→六本木→東京タワー→芝公園→麻布十番駅解散
今日は集合場所に前日に地図検索して置いた定期券使用代々木駅から神宮北参道を通って神宮前駅迄1.67Kmの道、15分と思っていたのに17分掛かってしまった。メトロウオークの受付に行って驚いた。
[表参道はすっかり様変わり! 人出の洪水になっている]
物凄い人で、係の人が整列させる長い行列。並んで受付を済ますのに5分以上掛かった。GNPの人を探すが見つからない!(@@) …やっとY.Tさんを見つけて「皆さんは何処?」と聞くと「太田記念美術館で集合だって」とのこと。大急ぎで集合場所に行きたいのだが、人で思うように歩けない。
ミーティング・体操の後、歩き出したのだけれど何しろ凄い人・人・人の波で、まるで9月1日の災害訓練演習みたいにゾロゾロ。歩き出しの表参道は、欅並木で新緑が美しく、歩道も広くて気持良く、商店もお洒落である。海外有名ブランド商店の建物に目線が行く。青山通に入ると並木も無くなり、車の往来が多くなって早くこの通りを終わりたい思いで足を速めた。そんな中、松下電気産業研究所の建物が斬新で目を引く。
イチョウ並木に入ると車も少なく緑も多く、心が和む。神宮球場を、絵画館を左手に見て歩き、突き当りを右に折れると赤坂御用地が左手に見える神宮外苑。都心の一等地である。ここにある都営団地が新しくなっていた。こういう場所にある都営団地は、5年に一度は総入れ替えをする方が良いのではないか(?)と思いながら横目に見て通り過ぎる。青山一丁目の交差点を突き切ると道が狭くなり、人の多い分歩きにくく感じる。それでも私は追い抜き名人、横になり縦になって歩いた。少し行くと青山墓地が右手に現れ、通りすぎたところで道の向う側に渡り、国立新美術館建設中の塀沿いに行くと六本木トンネル。抜けて少し行くと信号を渡り階段を上って上の道に出てほどなく六本木6丁目交差点を左に折れ、少し行くと高速道路の向う側にメトロハットのビルが見える。六本木交差点を右に渡ってそのまま真直ぐ進み、片倉町の信号を真直ぐ渡り、なおも進むと右手にロシア大使館、左手に外務省資料館の隣に郵政公社飯倉分庁舎の堂々たる建物があり驚く。飯倉交差点を真直ぐ渡ると、もう東京タワーが見え出す。タワーの足下では色とりどりのバラが満開=写真=。東京タワー交差点を右に折れると、左手に芝公園、東京プリンスホテルが現れ、赤羽橋交差点を渡って進み、三田1丁目交差点を右に折れて三田高を過ぎると、綱の手引坂のなだらかな坂道の右手に簡易保険事務センター、左手に三井倶楽部を見て日向坂に入ると、もうゴールは間近い。日向坂を上りきって二の橋交差点を右に折れると、麻布十番駅1番入口を降りて行くと受付のはずであるが、入り口付近で人が溢れている。驚いた! 何とゴール受付で行列が出来ている!
あ~何と言うこと! 付近道路で2列に並んで30分以上。やっと受付までたどりついて、記念品の手提げ鞄とアリナミンV1本とティッシュ1個獲得! フ~~……(^0^)
今日も元気で皆様と歩けたこと、お天気が良かったことに感謝したいと思います。 [M.N記]
5月13日(土)午前10時=約9㌔=
JR松戸駅中央改札口集合→戸定ヶ丘歴史公園(打合せ・体操)→浅間神社→野菊の墓文学碑→野菊のこみち→矢切の渡し→宝蔵院→めがね橋(小山樋門)→善照寺→松戸駅解散
写真は、野菊のこみちで、野菊ならぬ可憐なアイリスが咲き乱れていた。
◎第419回A[自然と歴史が語りかけるまち『松戸』散策]
5月13日、早朝に千代田線新御茶ノ水駅付近で保安装置の故障があり、運行が乱れていて、10時の集合時間ギリギリに着いてしまった。
松戸駅中央改札口のJR受付場所に集合したのは34人。予報より早く降り始めた雨と打合せ事項がないこともあり、体操も省略して自由歩行とし、それぞれひんやりした雨の中へと傘に合羽で歩き始める。
東口から二階通路で繋がったイトーヨーカドーに突き当たり、右に進むと、左手に相模台公園の鬱蒼とした森。入ってみたかったが、そのまま素通りする。松戸会堂信号で右の細い道に入ると戸定が丘歴史公園の案内板。
石段を上り茅葺の門をくぐって大木が繁る邸内に入る。歴史館・戸定邸の共通入館料200円を払い、見学する。「戸定邸」は、徳川慶喜の名代としてパリ万博に派遣され、その後パリに留学した、最後の水戸藩主徳川昭武が、明治17年に建てたという。大名の下屋敷を簡略化したつくりで旧大名家の別邸として貴重なものとか。芝生が拡がる和洋折衷式庭園は千葉県の名勝に指定されている。靴を脱いで、内倉、客間、居間、離れ座敷、湯殿など、邸内をボランティアの方に案内してもらう。質素だが素材にはいいものが使われていて、鴨居が低く、畳が小さいように感じたのは当主の昭武さんは小柄な人だったからだろう。晴れていれば書斎から江戸川越しに富士山が見えるそうだ。
将軍慶喜の実弟の昭武氏、宮家出身の正室、藩主の娘の後妻、使用人、と部屋も洗面所も風呂も別々で、身分制度が毎日の生活の中に厳然と存在していた様子が伺える。くねくねと曲がって長い廊下は、金沢の忍者屋敷を思い出して楽しくなり、長居してしまった。
JR常磐線と新京成線との分岐にある歩道橋を渡り、山岳信仰の浅間神社へ。県の天然記念物に指定された極相林で、20メートルの山頂に社がある。
水戸街道の下をトンネルで抜け、松戸2中から上矢切へ。信号から右に入ったが、参加者が少なく心細かったけれど、見覚えのある矢切神社に出てほっとする。「矢切」とは、戦国時代、多くの民衆が戦の中で倒され、戦場に駆り出されるのを嘆いて「矢のない時代」を望んだもの。つまり平和の意味だそうだ。野菊苑に上り橋を渡って野菊の墓文学碑を見て、田園風景の中に下りる。雨のため、「野菊のこみち」は通れず迂回路へ誘導される。水路脇にアイリスがたくさん咲いていて、風も強くなり気温も下がり歩きたくなーい気分を慰めてくれた。江戸川の土手は吹きさらしで寒い。「矢切の渡し」の旗もなく欠航のもよう。ゴルフ場はプレイ中の物好きが結構居た。カットしようもなく、ただただ前へと進む。
葛飾大橋が見えた頃土手を下り、宝蔵院で眼鏡をかけた「お勉強地蔵」に挨拶し右折、溝蓋の上の歩道を進む。道路下のガードをくぐりしばらく行くと水路に出る。あやめ、露草など雨の似合うきれいな花がしっとり輝いていた。
新開橋を渡り川に沿って進む。レンガ造りのめがね橋(小山樋門) を渡り、また坂川に沿って歩く。川沿いの道は木や竹があり、何故か懐かしい風景だ。賑やかな街中にあるのに大木が生い茂っている松戸神社は不思議な存在。川沿いの小さな鳥居をくぐると水路は左へ曲がり、右には伊勢丹があり、駅前の雑踏へ続いている。程なく松戸駅西口のゴールへ、1時半到着。バッジを貰って解散する。
5月13日(土)午前10時=約11㌔=
ゆりかもめ国際展示場駅構内集合→有明テニスの森公園→水の広場公園→共同溝見学会→お台場海浜公園→第三台場→潮風公園→船の科学館→青海南埠頭公園→テレコムセンター1階ロビー解散
5月13日(土)午前10時、ゆりかもめ国際展示場駅構内に集合したのは5人。あいにくの雨で歩きにくい、東京ベイ有明ワシントンホテルの前から有明テニスの森公園、水の広場公園を省略して、共同溝見学会にも参加せず、お台場海浜公園、第三台場、潮風公園も省略。
船の科学館前からテレコムセンターに直行。1階ロビーでいの一番に参加賞(買い物袋、消しゴム、マーカーペンなど)を獲得して解散した。
5月6日(土)午前10時=約10㌔=
大塚公園(丸の内線新大塚駅2番出口徒歩3分)集合→筑波大学教育部→播磨坂→東京ドーム→水道歴史館(休憩)→神田明神→鳥越神社→蔵前橋→江戸東京博物館解散
写真は、本郷給水所公苑に移設された江戸時代の神田上水石樋。
◎第418回[大塚、小石川、本郷、鳥越]
5月6日10時、新緑が輝く大塚公園に集合したのは46名。ゲートボールの昔の若人や子供達が大勢楽しんでおり、掃除をする人達もいて、公園は大いに賑わっていた。会長から、次回13日、区報に出ていた有明、国際展示場駅からのウォーキングも例会にすること、20日のカメリアプラザの公演のことなどの話のあと、H.W副会長の体操をして出発。
快晴の空の下、つつじやバラを眺めながら時折吹き抜ける涼風を楽しみながら快適に歩く。窪町公園脇から教育の森公園に入る。新聞にこの公園をつぶして学校を建てる計画があり、反対運動が起っているニュースが出ていたが、本当にこんな素晴らしい公園をなくすなんてもったいない。
深山のような占春園を通り抜け、窪町東公園から坂を上がる。人気のない高台の道を進み、播磨坂のマンションに隣接した極楽水跡を抜ける。竹早中小、真珠院、宝蔵院、伝通院を眺め、春日通を越えて安藤坂を下る。牛天神の急な石段を登り、牛を撫でてお参りし、裏の坂を下る。塀の上に赤いさくらんぼが実っていた。20日前の下見では未だ花が咲いていたのに、自然の成長は見事なものだ。牛天神下、後楽園、東京ドームの横を通り、遊園地のジェットコースターの悲鳴を楽しむ。壱岐坂下で進路を迷うが、何とか坂を上りきり、壱岐坂通を右折すると本郷給水所公苑。バラ園は3分咲き、神田上水石樋を見て、水道歴史館で休憩、BC班合流して中を見学する。
湯島1から本郷通りに入り、サッカーミュージアム前から分かれ蔵前橋通りへ入る。対岸におりがみ会館を眺め、清水坂下、妻恋坂、JRガード、昭和通と進み、鳥越1丁目を左折して鳥越おかず横丁を抜ける。飾りは華やかだが、道行く人がやけに少ない。下谷神社のお祭りに行っているのだろうか?
鳥越神社に裏から入り表へ出る。またまた蔵前橋通りに出て、今度は日陰を通る。警察、郵便局、NTTを過ぎると、まっ黄色の蔵前橋。隅田川テラスに青テントが並んでいた。
橋を渡ってすぐ下り、旧安田庭園へ12時半到着。体操は各自ですることとして、急遽、ここで解散とした。
ゴールの江戸東京博物館へ行く人、両国駅へ向かう人、と、瞬く間に皆さんの姿は消えてしまった。 (BC班)
「両国や 太鼓にのせて 五月場所」 利
4月29日(土)午前10時=約10㌔=
篠崎公園(新宿線篠崎駅北口徒歩8分)集合→鹿骨親水緑道→前沼橋→鹿骨遊園→松本橋東詰→松本橋→菅原橋→小松川境川親水公園→中央森林公園(休憩)→文化センター→東小松川公園→宝積院→中愛外科→南公園→船堀グリーンロード→船堀駅解散
写真は鹿本親水緑道で咲き乱れるライラック。
◎第417回[篠崎、鹿骨、松本、小松川、船堀]
みどりの日、元天皇誕生日の4月29日、江戸川区篠崎公園B地区の鹿骨管理事務所横に集合したのは46名。都立篠崎公園は、離れた場所にA地区、B地区とあり、どちらも広大な面積なので、迷った方も居た。
Y.Tさんの体操をして出発。本郷用水親水緑道、鹿骨親水緑道、鹿本親水緑道と、せせらぎに沿って、つつじ、ぼたん、薄紫のライラックが咲き乱れる新緑の道を快適に歩く。
鹿骨親水緑道に石仏、石像のあるをみて。
「石仏や リラの匂ひの 届く先」 利
松本橋を越え、千葉街道の菅原橋から小松川境川親水公園に入る。間もなく中央森林公園に到着、AB班に追いついたが、出発するところだった。
バスで船堀に向かう人と別れ、石のかにを見たり、道路下をくぐったり、長い親水公園を快適にひたすら歩き、宝積院から一般道に出る。民家の純白の石楠花を拝見し、船堀グリーンロードをがんばって歩くと、タワーホール前の歩道に先行した皆さんの姿。完歩したC班を拍手で迎えてくれた。
集合場所がわからなくてあとを追ってきた人も到着し、「おつかれさま。また来週」と解散した。
江戸川区は公園が良く出来ている。地元の方も掃除をしていたし、グリーンフェスティバルは子供連れで賑わっていた。
4月22日(土)午前10時=約12㌔=
JR取手駅東口改札前集合→光明寺(打合せ・体操)→普門院→埋蔵文化財センター→かたらいの郷→明星院→福永寺→東谷寺→取手緑地公園(休憩・弁当)→念仏寺→旧取手宿本陣→長禅寺→取手駅東口解散
写真は、光明寺境内の六地蔵。
◎第416回春の取手散策「七福神巡り」
4月22日10時、常磐線取手駅の東口改札前でJRの受付後、地図を貰って歩き始める。途中コースそばの線路際で火災があったようだ。
GNPの集合場所、光明寺(寿老人)には、一本刀土俵入りのかわいいお相撲さんの像があった。ゲストを含め36人が集合し、打合せと体操をして、穏やかな春の日差しのなか、「七福神めぐり」へ出発。はじめもたもたして、皆さんにおくれてしまったので、じっくりマイペースで見て歩くことにした。
普門院(布袋尊)には芍薬や藤が満開。遠くに筑波山も望めた。民家には八重桜がふくよかに咲き、山吹、芝桜と、いろんな花が咲きそろっていた。埋蔵文化財センターに向かって子豚の行列(芸術作品が出来ていた。ハーメルンはネズミだったな、など考えながら中を見学。「伝説に生きる平将門」展が開催中だったが、暗くて見えにくかったのでさっと出る。そこから先は一人旅。水戸街道の標識を目印に右折、かたらいの郷を眺め、排水機場を見ながら相野谷川橋を渡り、明星院(恵比須)へ向かう善男善女を見下ろしながらひたすら歩く。JRのお兄さんの誘導で福永寺(毘沙門天)へ。ここには「ぼけ封じ祈願」の観音様が居られたので、お参りした。今来た道を戻り、さっきのお兄さんに送られ、東谷寺(弁財天)へ。工事中の門に入り境内を抜けると裏手に広い荒野が広がる。急な階段を恐る恐る下ると、未開発のような荒地が続き、黒と黄色の車止めから右折。
草地が拡がり川の水面は見えないが、そこは利根川の川原だった。すぐ舗装された遊歩道になり、雄大な「利根川原」を爽快に歩く。大地も空も広い。先ほど見た相野谷川排水機場を裏から眺め、取手緑地運動公園を見下ろし、お弁当を食べているかもしれないメンバーを探したが、見当たらないのでそのまま土手を歩き続ける。野球場、サッカー場と続き、まだ造成中のところもある。
遠くに鉄橋が見えた頃、案内のお兄さんから市街地へ誘導され、こんどは念仏院(福禄寿)の急な石段を上下する。水戸街道を進み、旧取手宿本陣を見学。水戸徳川家の歴代藩主や、江戸と水戸を行き来する水戸藩士などが宿泊や休憩に使った染野家の住宅で、きれいに手入れされていた。裏山には徳川斉昭の歌碑もあった。
最後は長禅寺(大黒天)。これまた急な石段を登る。三世堂、霊山堂、長禅寺が囲む池の周りには花が咲きそろい、何故かほっとする空間だった。お茶を飲んでいると、メンバー5人に遭遇。一緒に脇の階段を下りると、間もなく取手駅に到着。本日の歩数、24000歩を越えていた。充分すぎる距離だった。ゴールでの冷たいお茶の接待に感激! おいしかったこと! 2杯も戴いてしまった。それぞれ、切符を買って帰途に着く。
4月15日(土)午前10時=約10㌔=
健康センター集合→南開橋→しおかぜ橋→潮見運動公園→辰巳の森海浜公園→辰巳の森緑道公園(休憩)→夢の島公園→新砂1丁目→江東運転免許試験場→南砂緑道公園解散
(写真は夢の島マリーナを眺めて歩くGNPの一行)
◎第415回[潮見運動公園、辰巳の森、夢の島、南砂緑道公園]=約10㌔=
4月15日(土)午前10時、久しぶりに健康センターに集合したのは、46人。玄関先で、打合せと元気な体操をした後、しおかぜの散歩道を歩き、南開橋、しおかぜ橋を渡り、八枝橋を越えた。
右側に潮見運動公園が広がっている。利用者は殆ど居ないが、運河沿いに回遊できるコースは素晴らしい。車椅子でも自由に動き回れるようバリヤフリーが行き届き、将来が楽しそうだ。
三つ目通に出ると今度は歩道橋。この歩道橋も緩やかに長い坂道になり、車椅子でも対岸の辰巳の森海浜公園に入れるように工夫されている。ラグビー場が完成し、ディスクゴルフ、グランドゴルフ、パターゴルフのほか、マレットゴルフも出来る施設が揃っている。マレット(木槌の意)ゴルフはゲートボールの道具を使ってゴルフのルールで競技をするものらしい。そのほか建設途上の施設もある。
A班、B班は、コース通り辰巳の森緑道公園に入り休憩したようだが、C班は、漣橋南に出るコースをたどったため、大変な事故を目撃した。ダンプカーが荷台を歩道橋にぶっつけ、本体の運転席と15メートルぐらい分離してしまった現場だ。救急車、消防車、それにパトカーが集まり、道路は通行止め。歩いている我々だけが自由という不思議な体験だった。
巨大な辰巳国際水泳場を眺めながら曙橋を渡る。貯木場を渡る京葉線のカーブは宙を走り、ジェットコースターのようだ。これでは、ちょっとした風が吹いても徐行運転ないしは運休してしまうのも当然だ。夢の島競技場横の緑道を抜け、明治通りを越えると夢の島公園に到着、休憩した。
C班はここで解散。追いついてきたB班、A班とともに公園内を回遊。東京スポーツ文化館、夢の島熱帯植物館、いこいの家、夢の島マリーナ、第五福竜丸展示館それぞれの横を通り、明治通横の緑道を歩く。ここはすっかりバーベキュー広場に様変わり、大勢の人々がキャンプ客も混じり楽しんでいた。
「夢の島 枝に重たし 八重桜」 利
夢の島大橋を渡り明治通を北上、新砂1丁目で左折。貨物線と地下鉄車庫線を越えて右折。すっかり新装成った運転免許試験場前の道を通る。
永代通を歩道橋で渡り、南砂緑道公園に到着。江東区防災センターが土日休館と判明したので、公園入口をゴールとして体操を実施、解散した。
4月8日(土)午前10時=約9㌔=
JR田端駅北口改札集合→あらかわ遊園(打合せ・体操)→飛鳥山公園→旧古河庭園(休憩・見学)→田端銀座商店街→東覚寺→田端文士村記念館→田端駅解散
写真は、旧古河庭園の建物と桜。
◎第414回 [春うららのさくら路と文士の田端を歩く]
4月8日(土)午前10時、JR田端駅北口のJR東日本東京支社前の受付を済ませたのは47人。そこで打合せと体操をしてスタート。
タイムカプセル平成ロードと名前だけは立派な地下道を抜け、尾久駅に出た。今度は都電荒川線を踏切で渡りあらかわ遊園から左折。隅田川の堤防を少し歩き、白山神社から右折、国立印刷局王子工場を抜け、王子駅を越え、飛鳥山公園に到着。ここで休憩。
「飛鳥山 厠にまでも 花吹雪」 利
桜吹雪の中で重量軽減のため、持参したおにぎりに手を出す方々も居た。空模様が悪くなり、今にも雨が落ちてきそうな感じになり、当初予定した旧古河庭園での休憩は、殆ど省略して先を急いだようだ。
実際に入場したのは10人足らず。今の季節では薔薇はまだ早く、山桜が満開。建物とマッチしてなかなかのもの。今年の桜は開花は早かったが、気温の変化が激しく散るのが遅いため、長々と桜が楽しめる。
駒込駅の横から山手線をくぐり、田端銀座商店街を通る。この商店街、それぞれのお店が特色を出し、バラエティーに富んだものになっている。一世代前の賑わいを見せ、活気に満ちている。赤紙に包まれた仁王様が目立つ東覚寺から左折、田端文士村記念館に到着したが、雨が激しくなり、早々に田端駅に入り、ゴール。そのまま解散した。
4月2日(日)午前10時
JR国立駅南口集合→一橋大学南門前(受付)→谷保第三公園(打合せ・体操)→矢川緑地→立川公園(休憩・見学)→根川緑道→国立駅南口解散
写真は根川緑道に並ぶ見事な桜木と川縁の花見客
◎番外 [春うらら くにたち発 桜めぐり]=約9㌔=
4月2日(日)午前10時前、国立駅南口に降り立つと、目の前から桜並木。大学通! 昭和9年から10年にかけて植樹されたものとのこと。私の同級生だ。黒光りして曲がりくねった幹の貫禄。ソメイヨシノを中心にヤエベニシダレ、オオシマヤマザクラなどが大通りいっぱいに咲き誇っている。
途中の一橋大学南門前で受付を済ませたところ、3人のGNPメンバーが到着。先発してもらい、10分ばかり待ち、お一人が見えたので3人で後発。総勢6人の参加だった。約2キロの大通りが終わると今度はさくら通。
ここは昭和41年植樹されたというから30年ばかり大学通よりも若いはずだが、それでも市道が見事なトンネルになっている。途中の谷保第三公園で「くにたちさくらフェスティバル」が開催されていていろいろなイベントが展開されていた。
南武線を越えて矢川緑地に入る。木道が整備され湿地帯の自然を上手に残している。甲州街道を横断して根川貝殻坂橋を渡るとそこは根川緑道。
両岸は見事な満開の桜並木! 大勢の花見客が川べりで弁当を開き、散策している。のどかな風景は整備の行き届いた緑道にマッチして時の経過を忘れさせてくれる。多摩モノレールに突き当たり、北上して立川駅に出てバッチをもらい、食事をして帰路に着く。
4月1日(土)午前10時=約12㌔=
北とぴあ(JR王子駅東口徒歩2分・南北線王子駅5番出口前)集合→王子警察→白龍神社→新田橋→鹿浜橋→都市農業公園(休憩)→北鹿浜公園→上沼田公園→谷在家公園→江北北部緑地公園→北足立市場→舎人公園解散
写真は都市農業公園の五色桜の下で宴を開く花見客
◎第413回[荒川の五色桜を楽しもう]=約12㌔=
4月1日(土)午前10時、北とぴあに集合したのは、49人。第1四半期の皆勤者24人に記念品を贈呈。打合せと体操をして出発。
王子警察、東京成徳学園を眺めながら隅田川に架かる新田橋を越え、荒川に架かる鹿浜橋を渡り荒川北岸沿いに桜並木の中を歩く。都市農業公園に到着。ここで休憩。
サトザクラの色が白、黄色、淡紅色、濃紅色など五色の雲がたなびくように美しく見えるところから五色桜といわれる桜の名所。ことに新芝川沿いの桜は見事。大勢の花見客が宴を広げていた。
北鹿浜公園、上沼田公園の桜も見事。左折して高圧線下に連なる谷在家公園から皿沼公園まで江北北部緑道には延々と桜並木が続き、満腹ならぬ桜で満目。北足立市場横から広大な舎人公園に入る。もともとこの北足立市場もこの公園の一部。戦前には都民の防空用地として整備されていたものを戦後になって公園や体育施設として開放したものとのこと。未だ完成されてはいなく発展途上で、新交通舎人腺の終着駅になる予定。
桜は意外に少なく、レーガン桜を見た後、尾久橋通を越え、南側の未開発の丘の上にあった数本の桜の下で、弁当を開く。
帰りは全員バスに乗り、日暮里を目指して尾久橋通を南下。殆ど直線で敷かれている道路は舎人線の経路と同じようで工事の真っ最中。おかげで道路は渋滞。20分ほどで到着するはずなのに40分もかかってしまい、いい居眠りが出来た。
3月25日(土)午前10時=約12㌔=
渋谷駅(井の頭線改札前)集合→毛利庭園(打合せ・体操)→芝公園(東照宮・増上寺)→NHK放送博物館(休憩)→愛宕神社→アメリカ大使館→榎町公園→根津美術館→渋谷駅解散
愛宕山の桜は満開!
◎第412回[芝公園付近の春を楽しもう]=約12㌔=
3月25日(土)午前10時までに井の頭線渋谷駅改札前に参集したのは50人。受付を済ませ、金王神社で再集合。打ち合わせと体操をしてスタート。
「頼朝の 植へし金王桜咲く」 利
六本木通を歩き、麻布十番、芝公園を通り、NHK放送博物館前で休憩。広場に咲く桜は満開。
ここから折り返すように外苑東通を歩き、アメリカ大使館、榎町公園、根津美術館を通り、青山通に入ると華やかな袴姿の女性群に出会う。何事かとよく見ると、青山学院大学の卒業式。キリッとした袴姿! 普段のファッションになっても不思議はないようだ。渋谷の雑踏をかき分け、ゴールの渋谷駅に到着したときには約20,000歩も歩き、十分疲れて解散した。
3月21日(火・祝)午前10時=約9㌔=
JR宇都宮線古河駅集合→雀神社→渡良瀬川河川敷→古河総合公園古河梅まつり→古河歴史博物館→鷹見泉石記念館→古河文学館→篆刻美術館→古河駅・解散
=写真は桃ならぬ梅が満開=
◎第403回B [花桃の里 古河を巡り歩く]
3月21日(火・祝)午前10時、JR宇都宮線古河駅に集合したのは19人。周囲8.8m、樹高25mの大欅をご神木とする雀神社を通り、渡良瀬川河川敷に出る。広々とした河川敷はすっかり春景色。春風に体を靡かせながら心地よく歩く。古河総合公園に到着。折から古河桃まつりの真っ最中、広場で一休み、持ち寄ったお菓子やたこ焼き、イカ焼きなどを皆で啄ばみ、試飲のワインで気持ちよくなる。桃園は未だ蕾。来週から本格的な開花を迎えるようだ。
古河歴史博物館、鷹見泉石記念館、古河文学館、篆刻美術館と辿って歩くが、途中で印象に残ったのは、「古河第一小学校」。重厚なレンガ塀に囲まれた校庭は、学校というより大邸宅。歴史の厚みを十分に感じさせた。古河駅手前で昼食。中味より器の素晴らしさを感じた食事をして帰途に着いた。
平成18年3月18日(日)午前10時=約8㌔=
JR西荻窪駅集合→東京女子大→善福寺公園(打合せ・体操)→井草八幡宮→科学館(休憩)→妙正寺→荻窪八幡宮→杉並アニメーションミュージアム→荻窪駅解散
=写真は妙正寺池の噴水をバックに玄海つつじが満開=
◎第411回[科学と自然の杉並を歩く]
3月18日、JR西荻窪駅で地図を貰い、商店街を抜け、東京女子大の横を過ぎると打合せ場所の善福寺公園に到着。駅から10分ほどかかる。黄色やピンクの花たちが咲きそろい、若緑の柳も光り輝く春景色の公園で、午前10時、46人が集合。体操をして歩き始める。
上の池を一周してから井草八幡を通り抜け、早稲田通りをしばらく歩き観泉寺へ。満開の梅を眺めて環八を渡り、妙正寺公園で休憩。
杉並科学館を右折し、南下、また環八を越えて桃井原っぱ広場を左折、青梅街道を越えて杉並会館の中にあるアニメーションミュージアムを見学する。漫画好きには楽しい場所のようだ。善福寺川手前を左折して、三度目の環八は歩道橋で渡り、荻窪を目指す。ルミネの階段を上がってゴール。バッジを貰って解散。それぞれ昼食へ向かった。=約8㌔=
平成18年3月11日(土)午前10時=約9㌔=
昭和館(メトロ九段下駅4番出口徒歩1分)集合→田安門→北の丸公園→東郷公園→外濠公園(休憩)→牛込橋→軽子坂→筑土八幡神社→白銀公園→赤城神社→渡邊坂→江戸川橋→江戸川公園→豊橋→甘泉園公園解散
写真は、東郷公園で満開に咲く河津桜。
◎第410回[九段・牛込・早稲田]
3月11日(土)、暖かい日差しがお濠に差し込む朝10時、昭和館二階広場に46人が集合。守衛さんが様子を見ている中、打合せ、体操、東武土休券の配布を済ませ出発、人出の多い靖国通から田安門に入る。日本武道館に大型トラックが止まっており、どうやらTOKIOのイベント準備が始まるらしい。
北の丸公園の緑道を抜け千鳥が渕を渡り番町学園通へ。大妻女子大、M.Nさんの母校・九段小学校を眺め、東郷公園に入ると、満開の桜に出会う。河津桜とか、しばらく花見を楽しむ。
「東郷にも 河津桜の 咲いており」 利
市谷駅前から外濠公園へ。ここの桜はまだつぼみは固いようなので、休憩もせず牛込橋を渡る。外堀通りをちょっと歩き、銀鈴会館を左折、軽子坂を上り、二年坂を下ると筑土八幡町。筑土八幡神社の石段を上がって通り抜け、くにゃくにゃ曲がって白銀公園、赤城神社へ。脇の石段を下ってまっすぐ直進し、渡邊坂に出て右折、江戸川橋を渡って江戸川公園へ。
トイレ休憩していると真っ赤な緋寒桜、ジンチョウゲ、黄色のヒイラギナンテンが香り豊かに咲き競っていた。しばし春を愉しむ。公園の小さな流れに黒くて小さなオタマジャクシが大勢チョロチョロと泳いでいた。ふっと童心に帰る。
神田川に沿い、目新しくなった椿山荘のくぐり戸をながめ、豊橋を渡って都電早稲田駅をこえ、ゴール甘泉園公園へ。A班C班はすでに到着しており、「常識力のテスト」を愉しんでいた様子だった。全員揃ったので解散、それぞれお昼に向かった。=約9㌔= [KM記]
平成18年3月4日(土)午前10時=約12㌔=
亀戸駅前公園(ハネカメ広場)集合→亀戸大根まんじゅう→塩豆→きず海苔→くずもち→栗もなか→佃煮→芋きん→すみだリバーサイドホール(休憩)→隅田公園→小梅だんご→あんぱん→大学いも→きんつば→あんみつ材料→落花生→こごめ大福→醤油せんべい→豆大福→五智菓→不忍池水上音楽堂解散
写真はすみだリバーサイドホールの壁面いっぱいに使った「折鶴の造形」
◎第409回[アマカランチック街道を歩く] =約12㌔=
3月4日(土)午前10時、亀戸駅前公園のハネカメ広場に集合したのは49人。つい先日は凍てついていたハネカメも元気よく水浴びをしていた中で、打合せと体操をしてスタート。
亀戸大根まんじゅうで有名な「升本」前を通り、四つ角ですっかり鳩の餌場になっている塩豆の「但本いり豆」で左折。右側にはきず海苔を売り物にした「浜屋海苔」、左側は葛餅ではどこにも負けない「船橋屋」を眺め、梅満開の亀戸天神を避け、錦糸町の新名所になりそうな「OLINAS」の模様を遠回りして見学。
今度はまるでお城になっている「森八」の建物。栗もなかは金沢が発祥の地とか。佃煮屋の「海老屋」、芋きんの「満願寺」と歩く頃にはそろそろ財布の紐が緩み、買い物を始めた。すみだリバーサイドホールで休憩。
ここは室内の壁面をいっぱいに使った「折鶴の造形」。3日から新しく飾り始めた鳩が花を咥えて飛び回っているシーンは、折からの日の光で陰と陽との混ざり合いの中で、本物が飛びまわっているような美しさがあった。
隅田公園に入り、牛島神社に参拝。言問橋手前には小梅だんごの「埼玉屋小梅」があり、橋を渡ると、浅草側。あんぱんで有名な「あんです」。餡です、という言葉がそのまま屋号になったとのこと。お客が立て込み、買っているといつの間にか置いてけぼり。
大学いもの「千葉屋」、きんつばの「徳太楼」と歩き、そのまま言問通を直進して、あんみつ材料の「あいば」辺りで一行に追いつく。入谷鬼子母神前で右折。落花生専門店の「山口屋」の前を通り、こごめ大福の本家「竹隆庵岡埜」に到着。和服姿の女将さんが上品に道の掃除をしている姿。まるで戦前に戻ったよう気分になる。その先に「御行の松」を飾る公園があり、もう三代目になる松が密やかに立っていた。
そこから寛永寺陸橋でJRを越え、細い路地を直進すると突き当たりに醤油せんべいの「嵯峨の家」があり、分家の「谷中岡埜栄泉」も豆大福が売り物だ。五智菓の「桃林堂」はちょっと離れたところにあった。言問通もこの辺になると狭いままの昔の佇まいが見られ、あを梅・ゆず餅の「喜久月」、焼きたてせんべいの「大黒屋」、ゆべしの「天三味」など軒を並べているが、一見、駄菓子屋の風情。これが天下に有名な銘菓を作っているとは思えない。ただ、家業という言葉が活きている雰囲気で、こつこつと同じものを作り、提供している意味がよく分かる。
路地を通り不忍通に出て、不忍池に入る。色とりどりの鴨の群れが、旅立ちの前の一時を大いに謳歌している。枯れたままの蓮池も仄かに春の到来を祝っているようだ。水上音楽堂前で解散。三々五々、お昼に向かった。
平成18年2月26日(日)午前10時=約8㌔=
JR上野駅入谷改札集合→入谷鬼子母神→池波正太郎記念文庫・一葉記念館→江戸伝統工芸館→隅田公園梅まつり→江戸流し雛→浅草寺・花やしき→誓教寺→下谷神社→上野駅解散
隅田公園で我が世の春を誇る紅梅たち。
◎第403回A[隅田公園梅まつりと江戸流し雛散策]=約8㌔=
2月26日(日)午前10時までに、生憎の雨の中をJR上野駅入谷改札口に集合したのは、27人。自由歩行として、3人ないし8人ぐらいで歩き始めた。
入谷鬼子母神まで北進。右折して言問通を言問橋まで直進。途中、池波正太郎記念文庫・一葉記念館や江戸伝統工芸館があったが、寄り道をせず、待乳山聖天横から隅田公園に入る。梅まつりの予定だったが、雨天のため、殆どのイベントが中止。徒に仮小屋が目立ち、準備を続けた人たちの無念さが感じられたが、150本の梅園は七分咲き。雨にもめげず人出の少ないことにも無関心で我が世の春を誇っていた=写真=。
吾妻橋手前では江戸流し雛の準備中。発泡スチロールの上に紙で作ったお雛様、一体800円で願いを短冊に書き込み、隅田川に流す。もともと平安時代から続いている行事で、子供たちの無病息災を雛人形に託して川面に流すものが、今でも続いているものとのこと。残念ながら午後から始まるということで見過ごすことにする。
浅草寺、花やしきと巡って、葛飾北斎の墓がある誓教寺、寄席発祥の地碑の立つ下谷神社などを見学して上野駅に到着。バッジのほか、折りたたみバッグなどの記念品をいただき、無事解散した。
平成18年2月25日(土)午前10時=約12㌔=
JR大森駅集合→弁天池・山王花清水公園(打合せ・体操)→龍子記念館→善慶寺→美原通→するがや通→貴船神社(休憩)→聖跡蒲田梅屋敷公園→稗田神社→蒲田駅解散
蒲田梅屋敷公園にて。赤ちゃんも観梅散策。
◎第408回[大森から蒲田へ歴史と出会い自然に触れる]
2月25日(土)午前10時、JR大森駅で受付を済ませ、弁天池・山王花清水公園に集合したのは、47人。打合せと久しぶりに張りのあるYTさんの体操を実施してスタート。
梅ノ木通を歩き、環七を歩道橋で渡り、龍子記念館まで直進した。ここで左折、大森赤十字病院入口で左折、新井宿義民六人衆の墓のある善慶寺に到着。ここで右折して踏切を渡り、入三通り商店街を直進。京急本線のガードをくぐり、旧東海道の美原通、するがや通を歩き、大森東中前で左折、貴船神社に着き、休憩。境内には「海苔養殖終焉の地」と書かれた珍しい碑があり、漁業の栄枯盛衰が記されている。
貴船水門で右折、堤防の上を少し歩き、右折、旧呑川緑地を通り、聖跡蒲田梅屋敷公園に入る。江戸時代の薬屋が造った梅園で100本余りの梅の木は三分咲きというところ。双子の赤ちゃんを連れた若夫婦に会い、未だ4ヶ月にもならない赤ちゃんに梅の香りと紅梅の美しさを見せようとしている姿は微笑ましく美しい。思わず声を掛けシャッターを切った。
再び京急本線の踏切を越え、薭田神社に入る。
「人の群れ 薭田の社に 匂ふ梅」 利
ここから左折して、あやめ橋手前で右折、直進してゴールの蒲田駅に到着。バッジをいただき解散した。
平成18年2月18日(土)午前10時=約10㌔=
五反田駅集合→五反田公園(打合せ・体操)→池田山公園→目黒通→プラチナ通→八芳園→明治学院→泉岳寺(休憩)→等覚寺→魚藍寺→蛇坂→安全寺坂→慶応大学→芝税務署→芝公園→塩釜神社→桜田公園解散
写真は、池田山公園、しおり戸を通して眺めた庭園の佇まい。
◎第407回[五反田・高輪・三田・芝ウォーク]
平成18年2月18日(土)午前10時、五反田駅に43人が集合して五反田公園で打合せの予定だったが、会長が電車を乗り過ごし、遅刻。体操を先にして会長到着後、打合せを実施した。
くねくねした登り道、瀟洒な邸宅が続くが、不思議に人気を感じない。池田山公園に到着。
10分程度園内の散策に当て、目黒通に出て白金プラチナ通を歩き、東大医科学研究所の赤煉瓦塀を巡って八芳園に出た。八芳園の庭園を見学したかったが、団体では入れそうにもないので、省略。明治学院も眺めただけで、くねくねと住宅街を通り、どこを歩いたか分らないまま、着いたところが泉岳寺前児童遊園。
ここで休憩。どういうわけか、今日はいろんなお菓子が次から次に配られ、胃の中とポケットがいっぱいになった。泉岳寺の裏道を通り、伊皿子に出る。等覚寺、魚藍寺など、この辺りも寺が多い。魚藍坂、幽霊坂、蛇坂、安全寺坂などアップダウンの多い地形が寺の存在と関係があるのかもしれない。
慶応大学の正門を通り、芝税務署、ロケットを立てたようなNEC本社を眺めながら芝公園に着く。梅まつりの最中で野点 茶会が紅白の幔幕の中で開かれ、しとやかな和服姿のお嬢さんが目立つ。梅、和服、お茶、それに鶯が揃うと一幅の絵画になるが、鶯は居なかった。
増上寺、御成門と日比谷通のメーンスポットを歩き、鹽竈神社に入る。難しい字が書いてあるが、これは塩釜のこと。赤レンガ通を歩きゴールの桜田公園に到着。体操をして解散した。=約12キロ=
平成18年2月11日(土)午前10時=約8㌔=
JR御茶ノ水駅集合→湯島聖堂(打合せ・体操)→神田明神→湯島天満宮→根津神社→樋口一葉旧居跡→文京ふるさと歴史館→水道歴史館→水道橋駅解散
写真は、炭団坂を登った辺りにあった素晴らしく立派なクスノキ。こうなると神様のように神々しい。
◎第406回[御茶ノ水・水道橋 歴史を歩く探訪ツアー]
平成18年2月11日(土)午前10時、JR御茶ノ水駅で受付を済ませ、湯島聖堂に集合したのは47人。打合せと体操を行ないスタート。
表門から神田明神に入り、縦断。階段を下って裏門に抜け、おりがみ会館、日本サッカーミュージアムを眺め三組坂上を左折。直進して湯島天満宮に入る。
梅まつりを開催中とのことだが、今年の梅は遅い。わずかな開花を愛でる。天神下でUターン、旧岩崎邸庭園の荘厳な石塀を眺めながら無縁坂を上り、竜岡門から東京大学構内に入る。三四郎池を見るつもりだったが、うっかり見損ない、3号館、2号館、1号館と重厚な建造物を眺め、安田講堂前に出る。柱の縁が欠け始め、無残な姿になっている。
弥生門から外に出て言問通を少し歩き、左折して根津神社で休憩。途中、小さな店で買った鯛焼きをちぎって4人で食べる。
一炉庵で右折、夏目漱石旧居跡を通り、駒込大観音のある光源寺で左折、白山神社に入る。この神社、加賀一宮の白山神社を勧請したのが始まりとのこと。天暦年間とされているので、もう千年以上も前のことである。
八百屋お七の墓を見て誠之(セイシ)小学校前に出る。この小学校、福山藩の藩校「誠之館」を引継いでいる。菊坂下から左折、樋口一葉旧居跡に出るが、見学を省略し、炭団坂を上り、文京ふるさと歴史館前を通り、しばらく行くと素晴らしく立派なクスノキ。もうこうなると神様のような気がしてくる。水道歴史館は省略してゴールの水道橋駅に到着、解散した。
平成18年2月4日(土)午前10時=約10㌔=
京浜蒲田公園(京急蒲田駅西口徒歩2分)集合→仲之橋→あやめ橋→馬引橋→堤方橋→妙見橋→本門寺→池上梅園(見学・休憩)→長栄橋→石川橋→水神橋→緑ヶ丘駅→九品仏川緑道→ラクール前公園(自由が丘駅まで徒歩3分)解散
写真は池上本門寺展望台から見渡せた冠雪した富士の勇姿。
◎第405回[池上梅園と呑川ウォーク] =約10㌔=
平成18年2月4日(土)午前10時、京浜蒲田公園に集合したのは、51人。打合せと体操をした後、呑川に沿って遡上。仲之橋、あやめ橋、馬引橋、堤方橋、妙見橋と橋を横目に見ながら本門寺に到着。
エレベーターで上に上がり、展望台に昇った。展望台からは四方が見渡せ、天気晴朗のせいか、富士山がくっきりと浮かび、冠雪に輝く姿は神々しい限り、思わずシャッターを切ったが、目で見る姿のほうがはるかに美しい。
その後、階段を下りて池上梅園にはいり、見学と休憩。寒さが厳しいせいか、肝心の梅は殆ど蕾。それでも霜柱が立つ中で、可憐に咲く白梅、紅梅は、芳しい梅ヶ香を放っていた。
「寒衣」となずけられた早咲きの梅を見て。
『春遅し 「寒衣」だけが 花をつけ』 利
その後、第二京浜を渡り、長栄橋から再び呑川に入り、石川橋、水神橋を横目に歩き、緑ヶ丘駅で呑川と別れ、九品仏川緑道を歩く。道幅が狭く小さな川の跡だが、近隣の人たちに愛されているようで手入れが行き届き、いい散歩道になっている。
お菓子の城といわれているラクール前の小さな公園で体操をして解散。
自由が丘駅に近くなるにつれてお菓子屋さんとブティックが町全体に広がっている。駅が目の前にあっても方向感覚が狂ってしまい、ほうほうの体で、とある「めしや」に入ったが、何とGNPの面々が大勢食事をしていた。
平成18年1月28日(土)午前10時=約8㌔=
JR神田駅集合→日本橋(打合せ・体操)→小網神社→茶の木神社→水天宮→松島神社→末廣神社→笠間稲荷神社→椙森神社→寶田恵比寿神社→新日本橋駅解散
写真は、安産、子授けの神として信仰を集めている水天宮の七福神は弁財天様。
◎第404回[日本橋七福神めぐり] =約8㌔=
平成18年1月28日(土)午前10時、JR神田駅に集合したのは、47人。受付を済ませ、日本橋乙姫広場で再集合。打合せと体操をして再出発。小網神社、茶の木神社と巡ったが、人出が多く、祭壇に近づけない。遠くから手を合わせ、今年の幸先を祈る。水天宮も人が多い。もっぱら、ホリエモンや耐震偽造、牛肉問題などの時事放談をしながら歩いていると、自分がどこを歩いているか見当がつかなくなる。優雅な清洲橋を渡り、いったん江東区に入る。何だか七福神に関係なく、距離伸ばしのために歩いているようなものだ。万年橋を渡り、新大橋で再び日本橋地区に戻る。ここからくねくねと折れ曲がりながら、松島神社、末廣神社、笠間稲荷神社、椙森神社と巡り、最後の寶田恵比寿神社のお参りを済ませ、目の前が新日本橋駅。ここで解散した。
平成18年1月21日(土)午前10時=約9㌔=
東武伊勢崎線堀切駅集合→多聞寺→隅田川神社(打合せと体操)→白髭神社→長命寺→弘福寺→桜橋→今戸神社→待乳山聖天→隅田公園→浅草駅解散
荒天のため中止。
平成18年1月14日(土)午前10時=約9㌔=
東京フォーラム北側集合→銀座マロニエ通→築地本願寺→勝鬨橋の資料館(見学)→勝鬨橋→新島橋→朝潮小橋→中央地区清掃工場→トリトンスクエア(休憩)→春海橋→豊洲橋→釣舟橋→古石場親水公園→牡丹町公園解散
勝鬨橋、開く! かちどき橋の資料館にて。
◎第402回[築地本願寺と晴海・古石場]
平成18年1月14日(土)午前10時、東京フォーラム北側の広場に集合したのは、53人。結構な人出の中で打合せと体操をしてスタート。銀座は柳と相場は決まっているが、唯一の例外、銀座マロニエ通を歩く。この通、案外長く外堀通から新大橋通まで続く。
新大橋通で右折、築地本願寺に入る。自由参拝で伽藍に入る。さすがに本願寺、広大で天井も高く威厳に満ちている。横門から出て、晴海通を横断、昨年開設されたばかりの勝どき橋の資料館に入り、見学。模型で勝鬨橋が開く模様が体験できる。交通が遮断され、一時的な渋滞が起こるかもしれないが、少なくとも月に一度ぐらい動かせて風物詩の一つぐらいの余裕を見せてもいいのではなかろうか。
その勝鬨橋を渡り始めると、かもめの群舞。
「寒の雨 かもめ群れてる 勝鬨橋」 利
勝どき地区の表通りは大きな建造物で様相が一変しているが、裏道は昔のまま。郷愁を覚える長屋風の建物を眺めながら新島橋を越え、左折すると、そこは再開発中。200メートルを超える「The Tokyo Towers」となるようだ。工事現場の壁面を利用して世界と日本との高層建築物の高さ比べをしていた。偶に高いところに行くのは興味があるが、毎日そこで生活するには抵抗がある。あさしお小橋から工事現場が俯瞰できる。基礎工事の鉄筋、鉄骨が丸見え。まさかと思うが鉄筋の細さが気になって思わずカメラに収めた。
あさしお小橋を渡りきると目の前が中央地区清掃工場。煙突の高さが180メートルといわれている。風の向きによっては「The Tokyo Towers」では煙が目にしみるかもしれない。この清掃工場を4分の3週してトリトンスクエアで休憩。
今度は人工の屋上庭園を歩き、春海橋を渡る。日本ユニシスの前を通り、IHI本社ビルが殆ど完成。その後ろは芝浦工大のキャンバスだ。今年4月から開校と聞いているが、後3ヶ月足らず。豊洲の変貌は限りなく続く。豊洲橋、釣船橋を渡り、琴平橋から古石場親水公園に入る。水の流れが涸れていると、どうも風情がない。寒々とした景色の中を黙々と歩き、牡丹町公園に到着。ここで体操をして解散した。
平成18年1月7日(土)午後1時30分=約8㌔=
亀戸文化センター9階研修室集合→第9回GNP総会(B2班担当)→亀戸天神→うるおいの木かげ道路→猿江恩賜公園→クローバー橋→横十間川親水公園→仙台掘川公園→木場公園→富岡八幡宮解散
亀戸文化センター前の羽亀。冷え込みに噴水も凍てつき、凍えきって可哀想!
◎第401回[GNP総会と区内公園めぐり]
1月7日(土) 午後1時30分、亀戸文化センター9階研修室に集合したのは、再入会お二人を含めて56人。
H.W副会長の開会の辞で第9回定時総会を開催。T.M会長の挨拶の後、昨年度の活動報告、収支報告、監査報告を終え、次に本年度の活動計画案、予算案の承認を受けた。なお、一身上の都合からY.T副会長、M.K.A班班長が辞任されたので、後任にK.Aさん、T.Cさんを選任、ご本人の了承の下、全員の了解を得た。
続いて昨年第4四半期皆勤賞9人、50回を皆勤した1人に皆勤賞を贈呈。また年25回以上出席した53人に記念品、下見を担当した47人にお礼を差し上げた。ここで、会員の皆さんからM会長夫妻に「発熱するから温かいアンダーウエア」が贈られ、両者感激していた。
最後にT.Yさんから句集「汗顔」を全員に贈呈。Y.T副会長の「閉会の辞」で、無事、総会は終了した。
凍てついている羽亀を眺めながらY.Tさんの体操をした後、いよいよ本年最初のウォーキングを開始。先ず亀戸天神で、孫の合格祈願や家内安全を祈った。続いて横十間川沿いを歩き、うるおいの木かげ道路を通り、猿江恩賜公園を抜け、クローバー橋を渡った。いつ見ても楽しい横十間川親水公園の冬景色。快晴の青空に映えて、この冬一番の冷え込みにかかわらず快適に歩き、仙台堀川公園に入り石住橋で葛西橋通に出る。三つ目通を渡り、今度は木場親水公園に入る。途中から高速下を通り、鶴歩橋を渡り、昨年暮れには渡った八幡橋を今度はくぐり、富岡八幡宮に入る。
今や初詣のメッカの一つになっている富岡八幡宮、お賽銭箱に近寄れないことを奇貨として遠くから拝礼、今年の招福を祈願した後、体操をして解散した。
12月24日(土)午前10時=約10㌔=
浅草寺裏広場集合→言問橋→業平橋→大横川親水公園(休憩)→東京都現代美術館→福富川公園→亀久橋→八幡橋→富岡八幡宮解散
GNPの守護神、富岡八幡宮の門前に建立された伊能忠敬像
◎第400回[浅草寺参詣と富岡八幡宮参拝]
12月24日(土)午前10時、浅草寺横の浅草神社に集合したのは53人(途中参加を含む)。浅草神社は「三社様」として親しまれ、土師真中知命、檜前浜成命、檜前竹成命を祀っているところから言われている。少し早めに来たメンバーは、伝法院通りに立ち寄り、江戸時代に戻ったような通りの佇まいに郷愁を覚えたりして朝から楽しむ。
打合せと体操をした後、スタート。言問橋を渡り墨田公園に入る。すっかり冬景色に包まれた公園は紅葉もすっかり消え、散歩する人も何だか寒そうであわただしい。
業平橋から大横川親水公園に入る。平川橋、横川橋、紅葉橋、報恩寺橋とくぐり、噴水前で休憩。天候に恵まれ、雲ひとつない快晴。しかし、日陰よりも日向が恋しい季節になっている。
清平橋から地上に上がり、石原4丁目から南下、直進して北斎通を渡り、総武本線をくぐり、京葉道路を渡り、高速道路をくぐる。続いて新大橋通を渡り、新高橋で小名木川を越え、東京都現代美術館に到着。木場公園北側を歩き、三つ目通を越え、福富川公園に入る。小さい公園だが、整備が行き届き、木製遊具が点在し、木場の面影が残っている。
仙台堀川に突き当たり、亀久橋を渡り南下。通常はくぐることの多かった小さな八幡橋を渡り、富岡八幡宮の裏側に到着。
横綱碑をゆっくり観賞、現役力士が横綱では朝青龍一人。何となく淋しいが、どうも日本人の横綱はしばらく出そうにない。
横から八幡宮に出て、参拝。門前の伊能忠敬像前で再集合。全員で400回達成の感激を味わい、H.W副会長の音頭のもと三三七拍子で祝福。来年からの更なる発展を誓い合い、解散した。
12月17日(土)午前10時=約8㌔=
東西線西葛西駅北口集合→行船公園(打合せ、体操)→宇喜田通→新渡橋→一之江境川親水公園→新大橋通→三島神社→妙覚寺→圓福寺(小休止)→新椿橋→一之江名主屋敷(見学)→瑞江駅西通→新宿線瑞江駅解散
写真は一之江境川親水公園のほとり、水を扱う昔ながらの染物屋さん、まるで幟のような手拭いの干し物!
◎第399回[一之江境川親水公園をたどり名主屋敷へ]
=約8㌔=
12月17日(土)午前10時10分、行船公園に集合したのは、45人。園内には小さいながら手入れの行き届いた自然動物園があり、リスザル、レッサーバンダ、クモザル、プレリードッグ、ペンギンなど、20種類近くの動物が飼われ、朝から子供連れで賑わいを見せていた。
園内の広場で打合せと体操をしてスタート。平成庭園は見事な冬景色。雪がないのが残念!
「源心庵 直下でもぐる かいつぶり」 利
宇喜田通を直進。新渡橋から一之江境川親水公園に入る。この公園、地元のボランティアを募集し、細やかな世話をしているせいか、掃除が行き届き、誠に清潔。歩いていて気持がいい。
新大橋通を越え、三島神社を左に眺め、妙覚寺を右に眺め、圓福寺を過ぎた場所で小休止。快晴に恵まれ、気温は低いが日向では快適、風もなく歩きやすい。
環七通を横断して新椿橋で新中川を渡り、一之江名主屋敷に到着。中に入り見学した。鍵形になっている主屋、安永年間に再建されたものということなので今から230年ぐらい前のこと。保存状態がよく、木造建築が鉄筋コンクリートよりも長持ちしている。その上、耐震構造もしっかりしていて意識しないで免震構造になっているとのこと。梁と柱の微妙な組み合わせが構造計算などしなくても理に適っているそうだ。開け放った火の気のない座敷に上がって約20分の説明を受けたが、心身ともに冷え切って外に出たときは震えを覚える。
この後は、瑞江駅西通をひたすら南下。新宿線瑞江駅で解散した。
12月10日(土)午前10時=約10㌔=
JR品川駅東口みずほ銀行前広場集合→芝浦中央公園→高浜公園→高輪橋架道橋→伊皿子坂→三田台公園(小休止)→幽霊坂→慶応大学→イタリア大使館→東京簡易保険センター→東麻布商店街→ロシア連邦大使館→神谷町→愛宕神社(休憩)→日比谷公園→祝田橋→二重橋前→馬場先門→東京フォーラム解散
写真は日比谷公園心字池で冬支度なった松の雪吊り。
◎第398回[品川から東京フォーラムまで] =約8㌔=
12月10日(土)午前10時、JR品川駅東口みずほ銀行前広場に集合したのは、37人。打合せと体操をして出発。
汚水処理で見事に浄水した水を流している芝浦中央公園横の小道を通り、高輪橋架道橋に到着した。高さ166センチしかない天井のコンクリートは傷だらけ。傷をつけた車の被害も相当なものだろう。人間も160センチ以上あると首を曲げて歩かないと頭がぶっつける。
トンネルを抜けて第一京浜で右折すると高輪大木戸跡。これは海側の石垣で、本来は山側にも石垣があり、実際に幅10メートルの大木戸があった名残で、山側はとっくに取り払われ、今はないが、江戸の町の南門として重要な役割を果たしていた。
すぐに左折して伊皿子坂を上り右折。伊皿子貝塚遺跡と縄文住居跡を整備する三田台公園で小休止。今度は左折、幽霊坂を下り1号線で右折。この辺りはまったくお寺のたまり場のような感じ。一体いくつぐらいあるのだろうか。
綱坂に入り、慶応大学、同女子高、同中等部を抜けると右側にイタリア大使館、左側に三井倶楽部とあり、正面には東京簡易保険センターと大きな敷地が広がっている。途中に天祖神社のある天祖坂を下ると正面に東京タワーの勇姿が見える。
そのまま直進して東麻布商店街を通り抜け、桜田通で左折。トーチカのような黒づくめのロシア連邦大使館の前を通り、神谷町の交差点を右折して愛宕神社に向かう。
NHKの放送博物館に入るためのエレベーターがあり、これに乗り、上に上がると陸橋があり、そこから慈恵大学病院が見える。たまたま、ここに入院しているH.K氏の病室が望見できるため、みんなで手を振って見舞いを兼ねて全快を祈る。
しばらく休憩して、愛宕神社の前を通ると、結婚式を終えた新郎新婦に会う。祝福の声を掛け、よく見ると和服姿の新婦は外国人。にこやかな笑顔に思わず、シャッターを切ってしまった。
裏道を通って愛宕山を下り、日比谷公園に入る。黄金色のイチョウが真っ盛り。不思議なことに華やかな黄金色のイチョウのそばでは銀杏がなく、赤茶けて醜くなったイチョウのそばでは銀杏が落ちている。これは木にも雌株と雄株があり、銀杏は雌株に出来るとのこと。この世界でも雄株は華美を競うが子孫の繁栄には繋がらないとのこと。なかなか意味深長である。
有楽町に出て東京フォーラムに入り、北の端、新しくできたTOKIAの手前で、解散した。
12月3日(土)午前10時=約10㌔=
JR飯田橋駅東口受付→小石川後楽園(打合せ・体操)→源覚寺→伝通院→小石川植物園→護国寺→鳩山会館→神楽坂→飯田橋駅解散
写真は、鳩山会館庭園の見事な紅葉。
◎第397回B[飯田橋から小石川・神楽坂の名所を訪ねて]
12月3日午前10時、JR飯田橋駅を出たラムラ前でコース地図を貰い、少し広くなった通路で皆を待つ。続々とGNPメンバー34人が集合。Aの逗子組は7人とのこと。
来年の例会計画表を配り、新年総会の予定と打合せ、今年最後の例会下見の協力をお願いする。今日は会長もY.Tさんもいないので、各々自由歩行とし、体操もせずに出発する。もたもたして出遅れ、みんなの姿は瞬く間に見えなくなってしまった。
飯田橋の歩道橋を渡り、小石川後楽園の赤黄緑などの木々の見事な色合わせに感嘆し、礫川公園、こんにゃくえんま、善光寺と勝手知ったる道を進む。東京学芸大学附属竹早小・中垣根に真っ赤なボケの花が咲いていた。
播磨坂の紅葉は盛りを過ぎ、ちょっと悲しい。春日通り、不忍通りとひたすら歩き、護国寺に惣門から入る。歩き通しなのでちょっと休憩していると、パラパラッと雨が落ちてきた。中断するかと思ったが、考え直してまた歩き始める。
銀杏の色も、緑あり、黄色あり、茶色あり、ほとんど落ちてしまったのもある。並んでいるのに一本一本、条件が違うのだろうかと不思議に思う。護国寺から少しいった辺りに行列が出来ていた。こんなところに何があるのかなと進んでいくと、小さな和菓子屋さんに到達した。有名なお店だって。40分も並んだ人が居るそうな。
以前素通りした鳩山会館に寄ってみた。入口の門からは建物は見えない。急な坂をグーッとカーブして登って行くと洒落た庭と洋館があり、建物には、白い鳩達とふくろう、鹿の姿の飾りが付いていた。入館するには料金が必要なので外だけ眺めて坂を下る。途中に彼岸花の緑色の葉っぱが群生していた。
江戸川橋で神田川を渡り、子育て地蔵を左折、水道町を右折、赤城神社の石段を登る。後はひたすら神楽坂を下り、途中、善国寺の境内には艶やかな芸妓の姿が見られた。
「初時雨 芸妓が詣でる 善国寺」 利
ゴールの飯田橋で、やっとC班に会え、そのまま帰宅した。[K.M記]
12月3日(土)午前9時30分=約12㌔=
JR逗子駅受付→森戸神社(打合せ・体操)→葉山港→蘆花記念公園→逗子海岸→披露山公園→大崎公園→逗子駅解散
写真は、逗子海岸に建立された「太陽の季節碑」
◎第397回A[「太陽の季節」文学碑建立記念ウォーク]
12月3日(土)午前9時30分、JR逗子駅に集合したのは、意外に少なく6人。受付を済ませ、早速、出発。京急新逗子駅を横目に見ながら田越橋を渡り、蘆花記念公園に到着。
ここで体操をしたあと、徳富蘆花の居宅だった郷土資料館まで登る。ちょっとした高台の上だが、鮮やかな紅葉を前景に葉山湾が広がり、遠く江ノ島も見え、まさに絶景。
下に降りて自動車道を通り、800メートル近い長柄トンネルをくぐったが、これは排気ガスの溜り場。やっとの思いで抜けたが、今度は134号線、ここも横須賀に出る幹線で車が多く、歩道は狭い。葉山トンネルの手前で細い道に入り、やっと人心地。突き当りが森戸神社。ここで遅れてきたW氏に出会い、総勢7人でお参り。
浜辺に出ると石原裕次郎記念碑が建っていた。続いて森戸海岸の砂浜を歩き、葉山マリーナに到着。きらびやかな大小さまざまなヨットが係留され、湾内にも結構ヨットが浮かんでいた。
葉山港を過ぎ、逗子海岸には本日の目玉、「太陽の季節碑」が燦然と輝いていた。ここで記念撮影。悠然と逗子海岸の浜辺を歩いて「不如帰碑」や「さくら貝の碑」を眺めていた頃はよかったが、披露山公園までが登山道。1キロ足らずの道なのに、四苦八苦。息が切れて次から次に抜かれてしまい、10分近く他の6人に遅れてやっと登頂。しばらく息を整えていた。
かながわのまちなみ100選にの一つ「披露山庭園住宅」は大きくて瀟洒。ところが何となく人の気配がない。生活の匂いがしない。一種の別荘地になっているのだろうか。
ここから弁当持参組は大崎公園へ、不持参組はゴールの逗子駅へと分かれて行動。大崎公園も岬の上にあり、ちょっとした登りだが、展望台の見晴しは素晴らしい。
後は下りばかり。勢いをつけて311号線まで下り、繁華街を歩いてスタートと同じ逗子駅にゴール。メダルの記念品をいただいた後、交通費の安い新逗子駅から京急線で帰京した。
11月26日(土)午前10時=約8㌔=
清水谷公園(四谷駅徒歩10分、永田町駅徒歩5分)集合→豊川稲荷→迎賓館→須賀神社→於岩稲荷→四谷消防署・消防博物館(休憩)→策(ムチ)の池→新宿歴史博物館→四谷駅解散
紅葉に彩られた清水谷公園で体操をするGNPメンバー。
◎第396回B[歴史散策、江戸四谷を歩く] =約8㌔=
11月26日(土)午前10時、清水谷公園に集合したのは、31人。色とりどり満開の紅葉の下で打合せと体操をして出発。まず豊川稲荷で参拝。この後、C班は外苑前に出たようだ。
「空の青 銀杏並木に 威厳あり」 利
今度は明かりのついた迎賓館前を通り、誰か来日しているのか推測して見たが、よく分からず、警備の警察官が無闇に多かった。須賀神社、於岩稲荷は横目で眺めただけで素通り。 四谷消防署・消防博物館で休憩。大した見学もせず、トイレを借り、水分の補給をした。その後、釣竿を持った可愛いお地蔵さんにあったが、これはつりの博物館のシンボルマークのようだった。一度入ったことのある新宿歴史博物館は素通りして四谷税務署の横にある小さな公園で整理体操をして、四谷駅に向かい、解散した。
11月23日(水)~26日(土)
羽田発→ソウル→全州(泊)→公州→儒城(泊)→水原(ウォーキング)→ソウル(泊)→ソウル発→羽田着解散
◎第396回A[3泊4日韓国ウォーキング]
[11/23]ツアー参加者7人、ソウル着後バスで百済の都全州へ。伝統芸能のパンソリ(浪曲の美声版様。太鼓に合わせて物語る)を聞き踊りや演奏を楽しむ。
[11/24]全州観光。伝統工芸館、酒博物館、韓紙工房等見学。皇孫の家では、途絶えた李王朝の祭礼を司る方が偶然居合わせ、記念写真に収まる。次に、公州へ。朝鮮王朝時代の公山城跡の錦江を望む石積の城壁上を歩く。その後、百済第25代武寧王と妃達の古墳群へ。宿泊は、温泉のあるスパピアへ。銭湯のような温泉に入る。
[11/25]この旅のメイン、世界文化遺産の水原華城ウォーキングへ。韓国の万里の長城と言われる水原市を取り囲む5.7㎞の城郭で修復中の部分を除く約3/4を歩いた。東西南北に見事な楼門が有り、随所に外敵と戦う工夫が凝らされていて、市内が一望出来た。その後ソウルに戻り、歴代国王と妃の位牌を奉ってある宗廟へ。建て増し続けて幅110mにも及ぶ正殿や永寧殿見学。夜、南大門(アメ横似の街)で買い物。
[11/26]世界文化遺産で王朝往時の面影を色濃く残す優美な離宮の昌徳宮見学。正宮としても使用された時代もあり、当時の面影を残す殿閣が建ち並ぶ。王が寛ぎの時間を過ごした庭園(秘園)には一枚の石板をくりぬいた不老門があり、くぐると老いないとのこと。皆でくぐった。睡蓮の池に映える紅葉も素晴らしく晩秋を満喫した。次に免税店で買い物、帰路に就いた。
[旅の感想]
① 往復の機内食と4日間合計11食キムチが出続きました。野菜、胡麻油、唐辛子の使用頻度は高く、健康食でした。
② 下水道事情は悪くて、水道水は飲料として使えないので浄水器が設置されており、ペットボトルは手放せない。
③ 李王朝の皇太子妃となった梨本宮方子さまが尊敬される女性であることを聞き、歴史・文化等日本との関係の深いことが実感出来た。
④ 大統領府の青瓦台を車中から見学。警備の厳重なこと、徴兵制、米軍駐留等さまざまな実態を垣間見ることが出来た。
⑤ メンバー7人で笑い声の絶えない楽しい旅行でした。内2名が垢すりエステに行き、生まれ変わって美しくなって来ました。
11月19日(土)午前10時=約10㌔=
小田急線登戸駅集合→JR宿河原駅(受付)→川崎市緑化センター→妙楽寺→長尾神社→等覚院→県立東高根森林公園(休憩・昼食)→大山街道→ふるさと館→武蔵溝ノ口駅解散
写真は、久地円筒分水。江戸時代に完成した二ヶ領用水が今でも活きている。
◎第395回[秋を感じる長尾の里めぐりウォーキング] =約10㌔=
11月19日(土)午前9時30分、小田急線登戸駅降車ホームに集合したのは、38人(ウォーキング12週間応援者を含む)。早速、JR宿河原駅まで歩き、駅からハイキングの受付を済まし、二ヶ領用水沿いの遊歩道を歩く。途中、まるでぬいぐるみのようなプードルを遊ばせている人たちに出会い、ついつい一行はその姿に見とれてしまった。
川崎市緑化センター横で右折し、南側にあるもう一本の二ヶ領用水を渡り、上り坂をフーフー言いながら妙楽寺、長尾神社まで進む。途中の高台から、真っ白に化粧した富士を展望、思わず立ち止まった。そこから階段を2回降り、今にも滑りそうな急坂を下って神木山等覚院に出る。
「山茶花の 寂かに咲けり 神木山(シボクザン)」 利
ここから東名高速道路沿いにまたまた急坂を上り、やっと東高根森林公園に到着。ここで休憩。体操をしてから弁当を開き早めの昼食タイムとした。
約40分後、今度は下り坂を歩き、南武線を架線橋で越え、府中街道を通り、久地神社横の久地円筒分水を眺め、遊歩道を進む。西浦橋で左折。くねくね道を歩きながら岡本かの子歌碑、国木田独歩の碑を眺め大山街道に入る。
途中、大山街道ふるさと館に立ち寄り、江戸への脇往還といわれる大山街道の歴史を探る。その後、溝口神社の参道を歩き、ゴールの変貌著しい武蔵溝ノ口駅に到着、記念品のバッジをいただき解散した。
11月12日(土)午前10時=約10㌔=
亀戸駅前公園(カメリアホール前)集合→福神橋→大正民家園(休憩)→旧中川→木下川水門→平井聖天→ふれあい橋→虹の大橋→大島小松川公園→荒川ロックゲート解散
写真は荒川ロックゲート。水位が下がり旧中川側のゲートが開き、ボートが出て行くところです。
◎第394回[旧中川と荒川ロックゲート] =約10㌔=
11月12日(土)午前10時、カメリアホール前の亀戸駅前公園に集合したのは、42人。朝のうち、雨が上がらず雨具を用意して集まってきたが、いつの間にか青空が見え始め、絶好のウォーキング日和になってきた。打合せと体操をして出発。
北十間川にかかる福神橋の袂に吾嬬神社がある。この「吾嬬」の意味、日本武尊の妻、弟橘媛のこと。この辺の地名が「立花」となっているのは「橘」を易しく表現したものらしい。立花公園で左折。東あづま大通で右折、旧中川に突き当たって左折。大正民家園で休憩の予定だったが、庭には入れたけど民家は何故か閉まっており、すぐに出る。
曲がりくねった旧中川左岸沿いにしばらく歩き、工事中の中平井橋の仮橋を渡り、今度は右岸を歩き、荒川にぶつかったが、すぐ右折。平井聖天まで進み、ここで休憩する。おりしも七五三真っ盛り。盛装した子供たちに劣らず、親達のお洒落が目立ち、微笑ましく見とれていた。
平井駅の踏切を越え、二本松眼科の看板を目印に右折。再び旧中川に架かるふれあい橋を渡り、左折。右岸を歩く。ここは江東区側、整備が江戸川区側より整って見えるのは区民としての欲目かもしれない。逆井橋をくぐり上に出て虹の大橋を渡り、大島小松川公園に入る。道があるのにわざわざ芝生の上を歩いて公園を縦断。荒川に出て右折。
しばらく歩いて、10月に完成したばかりの荒川ロックゲートに到着した。運のいいことに小型モーターボートが1隻、閘門の中に入っており、水嵩がだんだん下がり、旧中川側の水門が開き、ボートが出て行くシーンを眺めた。
つまり、荒川の水位が旧中川より高いため、このロックゲートができたもの。人智で治水を実施している江東区の一端をここでも知ることができた。ここで体操をして解散した。
(JR駅からハイキングNo.04519)
11月5日(土)午前10時=約8㌔=
JR今市駅 (受付)→追分地蔵尊→今市宿・市緑ひろば→杉並木街道→杉並木公園→日光だいや川公園・今市そばまつり会場→日光駅[日光秋恋まつり]
「今市用水円筒分水井」 昭和29年に完成。発電所で使われた水を農業用水や水道用水など、23のゲートにより適性かつ合理的に分水する施設とのこと。
◎第393回B[今市そばまつりと日光秋恋まつり]
11月5日(土)午前7時10分浅草発に乗車したのは7人。車内で打合せ兼雑談を済ませ、東武下今市駅に9時2分に到着。直ちに歩き始め、追分地蔵尊に立ち寄り、「日光ろばたづけ」でちょっぴり試食。お土産もちょっぴりいただく。
今市宿市緑ひろばで受付け、ここでもお土産に鎖をいただく。
杉並木街道に入る手前で湯茶のサービスを受け、杉並木公園を歩く。世界の水車や和風水車が程よく動き、のどかな感じ。
途中、「今市用水円筒分水井」を見学。これは昭和29年に完成。発電所で使われた水を農業用水、水道用水など23のゲートにより適正かつ合理的に分水する施設とのこと。
東武日光線の踏切を渡り、シクラメンの温室栽培を眺め、日光だいや川公園に入り、今市そばまつり会場に到着。全国の名物そばが30余りも勢ぞろい。人出も多く、盛況。いろんな試食をしながら歩いているとそれだけで満腹。ついでという気持で、そばを22番のお店で食べる。
ダイヤ川というとハイカラな名称に見えるが、実は「大谷川」。細長く広大な公園で、ほとんど「にっこうしちりおおはし」まで続く。途中の街路樹は紅葉。のんびり鑑賞しながら歩き、正面に見える男体山は、霞がかって、紅葉がまるで雪がかぶってるように錯覚する。
やっとの思いで日光駅にかかる歩道橋から日光駅を俯瞰。バックの男体山と溶け合い、一幅の絵になっていた。駅前は[日光秋恋祭り]の真っ最中。出店に人だかりができて大盛況。東武日光駅前まで続いている中を縫うようにして歩き、駅前でソフトクリームにありつき、やっと人心地。
13時59分発の快速で帰途に着いた。=約8㌔=
(JR駅からハイキングNo.01516)
11月5日(土)午前10時=約8㌔=
JR御徒町駅北口(受付)→不忍池水上音楽堂前集合(打合せ)→旧岩崎邸庭園→湯島天満宮→神田明神→湯島聖堂→交通博物館→柳森神社(休憩)→浅草橋→柳橋→浜町河岸通→浜町公園→久松公園→水天宮解散
神田明神では、もう七五三が始まっていた。
11月5日(土)JR御徒町駅でコース地図を貰い、GNP集合場所の上野不忍池水上音楽堂前へ。快晴の空に紅葉した木々が映え、秋の深まりを感じる。
受付は旧岩崎庭園とのこと。日光組7人を含め、本日の出席数は48人。体操をして出発する。
旧岩崎庭園前で受付し、無縁坂、竜岡門から春日通へ。七五三と菊人形で混雑する湯島天神を覗く。
「菊薫る 義経像は 凛として」 利
つづいて神田明神を脇から通り抜け、湯島聖堂はさっと掠め、聖橋を渡って左折。中央線の赤レンガに沿って交通博物館へ。先行したA班が待っていてくれ、一緒に万世橋交差点を渡る。
ここからちょっとJRコースから外れ、元新幹線工事用の神田ふれあい橋を渡り、柳森神社へ。境内は狭く殆どの人が休憩せず早々に歩き出し、美倉橋までJRコースと一緒。浅草橋を渡り、柳橋きわの佃煮屋で買物し、浜町河岸通りから浜町公園を抜け、うろうろ迷って水天宮に辿り着いた。A班はすでに解散、我々もそのまま解散し、昼食へ向かった。
メトロラリーのスタンプを押したり、記念品を貰ったりした人もいた。=約8㌔=
(第7回私鉄リレーウォーク第4区)=約12㌔=
10月29日(土)午前10時=約10㌔=
よみうりランド駅(京王相模原線)集合→穴沢天神社→小沢城址→稲田公園→多摩川緑地公園→岩戸川緑地公園→次大夫堀公園民家園→野川・仙川合流地点→多摩川・野川合流地点→兵庫島公園→二子玉川駅解散
写真は、、次大夫堀公園民家園に設置されている農家。
10月29日(土)午前10時、よみうりランド駅前広場に集合。受付を済ませた会員は33人、打合せと体操を実施してスタート。
天気予報では雨模様で、皆さん雨具の用意をしていたが、雨は降らない。歩き始めてすぐに坂道にかかる。こんなはずではないと思いながらたどり着いた場所は、穴沢天神社。ここには一度、逆方向から上ったことがあった。小沢城址を通り、川沿いを歩き、稲田堤駅の踏切を渡ってしばらく行くと稲田公園。ここから鋭角に右折して三沢川遊歩道に出たが、すぐ左折して突き当たると多摩川。右折して多摩川サイクリングコースを2キロ近く歩き、多摩水道橋を渡り、東京都側に出ると、そこは多摩川緑地公園。今度は多摩川遊歩道を少し歩き、左折して岩戸川緑地公園に出て、そこで若干の休憩。
全員が揃ったところで、再出発。コースを外れて次大夫堀公園民家園に向かい、ここで弁当を開く。
この民家園には3棟の主屋と内倉、土蔵、表門、火の見櫓などが程よく配置され、江戸時代後期から明治にかけての農村風景を再現。農業用水としての役割を終えて、寸断されていた次大夫堀を昭和55年に復元。ドジョウやザリガニなども生息し、渡り鳥のはずのカモも15羽、住み着いている。
約1時間の休憩後、堀をたどって野川に出る。途中のバス停で、若干名乗車して直接二子玉川駅に向かう。
野川遊歩道を歩き、仙川との合流地点を眺め、野川水道橋で右折、再び多摩川に出て、今度は野川との合流地点を眺めながら兵庫島公園を通り、ゴールの二子玉川駅に到着。解散した。
10月22日(土)午前10時=約10㌔=
恵比寿公園(JRまたはメトロ恵比寿駅4番出口徒歩4分)集合→西郷山公園→菅狩公園→目黒川緑道→駒場野公園→駒場公園(休憩)→池ノ上駅→淡島通→北沢川緑道→世田谷代田→羽根木公園解散
写真は、駒場公園の旧前田公爵邸洋館。昭和42年(1967)に東京近代文学博物館として公開され、平成14年3月廃館された。
◎第391回[錦秋の目黒世田谷公園めぐり]
10月22日(土)午前10時、恵比寿公園に集合したのは、41人。今にも雨が落ちてきそうな不安定な空模様の中で打合せと体操をして、出発。
旧山手通はいつの間にかレトロな雰囲気になり、デンマーク大使館やエジプト大使館が似合っている。西郷橋を渡り西郷山公園の周りを歩くようにして菅狩公園に到着。ちょうど菅狩住区祭りが公園フェスティバルとして開かれ、人出で賑やかになり始めていた。
「秋時雨 菅狩に響く 能狂言」 利
目黒川緑道をしばらく歩き、東仲橋で右折、駒場野公園に向かうが、A班以外はそのまま直進し、北沢川緑道に向かった模様。駒場野公園ではたくさんの子供たちが集まり、焼き芋作りをしていた。落ち葉を集めて焚き火をして……。だがよく見るとアルミホイルでサツマイモをくるんでいる。
駒場公園で休憩。文学館になっていたはずの旧前田公爵邸。いつのまにか文学館は廃止され、公爵邸として公開されていた。
三角橋から南下。池ノ上駅の踏切を渡り淡島通を歩き、やっと北沢川緑道に到着。この頃になると小雨が降り出し、傘をさす。雨にぬれた羽根木公園にたどり着く気にならず、環七通を渡ってそのまま直進、梅ヶ丘駅に直接向かう。
B班は駒場公園は省略したようだが、羽根木公園には行ったようで、梅ヶ丘駅で、再会。それぞれグループを再編して食事に向かった。=約10㌔=
(京王沿線ウォーキング第6回)
10月15日(土)午前10時=約10㌔=
新宿駅(京王線)集合→北柏木公園→神田川遊歩道→妙正寺川遊歩道→哲学堂公園→薬王寺(新井薬師)→紅葉山公園→幡ヶ谷駅解散
写真は妙正寺川の応急処置で補強された堤防。まるで酒樽が並んで積み上げられたような風景だった。
◎第390回[神田川・妙正寺川遊歩道と公園の散策] =約12㌔=
10月15日(土)午前10時、京王新宿駅の受付を済ませたGNP会員41人(ウォーキング12週間応援者を含む)は新宿中央公園白糸の滝前で再集合。来週と再来週の土休券の配布、会長誕生会のお返し「生い立ちの記」の配布の後、打合せと体操を行なった。せっかくの中央公園、青テント族が屯し、雰囲気がよくない。公共施設をもう少し大事にする施策ができないものだろうか。歩道橋でコースに戻り、再出発。
成子天神下で左折、淀橋で右折、神田川遊歩道に入る。淀橋は徳川家光が大阪の淀川に思いをはせて名付けたとされているが、伯母の淀君に思いをはせたとしたほうがロマンがある。この近辺の神田川遊歩道はよく整備され、ことに神田上水公園とされているところはせせらぎが流れ、樹木も生い茂り歩きやすい。
小滝橋を渡り、せせらぎの里公苑を抜け、下落合駅前で左折。一の坂、二の坂、三の坂と続き、四の坂脇に林芙美子記念館がある。妙正寺川に突き当たり右折して遊歩道を進む。先日の氾濫のせいか、土嚢が積まれ、その上にセメントを吹き付けた応急処置をした珍しい風景を眺めながら哲学堂公園に入る。
何度かこの公園にも入っているが、いつ見ても落ち着いたいい公園だ。昔の人がこういう施設を作り、社会教育の道場としたと聞いているが、現代の学者や富裕者は、そういう精神を持ち合わせないようだ。
コースを少し外れて中野通を歩き、薬王寺、通称、新井薬師に入る。ここにある薬師如来は子育て薬師、治眼薬師として信仰されているそうだ。
この後は、旧薬師道といわれるもみじ山通を南下。紅葉山公園の向いには「大人の寺小屋」と称する塾があったり、古い昔ながらの商店街が続いているが、ほとんど直進で歩いていると、単調で飽きてくる。我慢を重ねて青梅街道、方南町通を越え、甲州街道にたどり着き、幡ヶ谷駅で記念品をいただき解散したが、たどり着いたのは9人。どうも他の方は中野駅や中野新橋駅辺りで中断したようだ。
雨には遭わなかったが、どんよりして蒸し暑い。歩いているときは、そうでもないのに休憩すると汗が噴出してくるという不思議な体験をした。
10月8日(土)午前10時=約10㌔=
JR大崎駅北口(受付)集合→ゲートシティ大崎→居木橋→子供の森公園(打合せ)→東海寺→品川神社→正徳寺→旧東海道→品川インターシティ→芝浦中央公園→高浜公園→高輪橋架道橋→泉岳寺→田町駅解散
写真は高輪橋架道橋。橋とあるが、実は高さ1.66mしかないトンネルで車道の幅は2.8m、人道は1.75mである。
◎第389回[大崎・品川・田町] =約8㌔=
10月8日(土)午前10時、JR駅からハイキングNo.01514の受付を大崎駅北口で済ませ、子供の森公園に46人が再集合。打合せと体操をして出発。
まず東海寺を見学。ここは、たくあん漬で有名な沢庵宗彭のために徳川家光が創建したといわれ、加茂真淵や渋川春海などの墓所もある。続いて品川神社に入る。今まで何度か通ったが中に入ったことはない。鳥居をくぐると目の前に富士登山口。人一人しか通れない狭い石段だが、1合目から9合目まであり、頂上は20人ぐらいたむろできる。下に降りて神殿の裏側に回るとそこは板垣退助の墓所があった。「板垣死すとも自由は死せず」と佐藤栄作の筆で石碑が建っていた。
正徳寺の横を通り、旧東海道に入る。まず法禅寺の境内に「流民叢塚碑」があった。これは天保の大飢饉で亡くなった人の供養塔。この話、1833年のこと、実は未だ200年にもならない近い話であった。続いて善福寺に入る。ほとんど廃寺になっているのか、人気が感じられず、看板のかすれた文字で判明する程度。山号が「時宗音響山」とあり、興味を持ったが解明できない。
この辺りから「駅からハイキング」のコースを離れ、品川インターシティの中ほどで休憩。
芝浦中央公園と東海道線の間を歩き、高浜公園横から高輪橋架道橋に入る。橋とあるが、実は高さ1.66mしかないトンネルで車道の幅は2.8m、人道は1.75mである。背丈が160センチ以上あると首を曲げるか背中を丸めてしか通れない。そういう場所が遺跡のように残っているのが不思議で、しかも結構人通りもあり、車も利用しているようだ。
泉岳寺に出て第一京浜の大通りを北進。田町駅前の大門から浅草線に乗る。A班の有志から一緒にお昼をしようとのことで、宝町で降り、かつて利用したことのある「咲くら」に入る。
ところがいつの間にかGNPのメンバー46人が勢揃い。クラッカーを打ち上げ歓声が上がった。会長の席にはカステラの上にローソクが載せられ、「祝古希」との飾り文字! 会長の誕生祝だった。
予測していなかった会長はあたふたした上、感激のあまり顔面は紅潮。何が何だか分からない様子でローソクを吹き消し、H.W副会長の挨拶も耳に入らないようだった。秘密裏に企画を立て、計画を実行したGNPメンバーに会長は改めて感謝したようだ。会長が聞いていた本日のコース変更、友人が三越でパッチワーク展を開いているので、それを見にいきたいとのことが理由だった。
お祝いに「脳力トレーナー」をいただいた会長、今後も脳力低下に陥らないよう訓練をすることを誓い、午後2時、和気藹々のうちに散会した。
10月1日(土)午前10時=約10㌔=
カレッタ汐留(新橋駅または汐留駅徒歩5分)亀の噴水前集合→浜離宮恩賜公園→竹芝ふ頭→芝公園→麻布十番→六本木ヒルズ(休憩)→ロシア大使館→東京タワー→増上寺→大門→日テレタワー解散
写真は、芝増上寺の境内で祀られる可愛い千体地蔵群
◎第388回[汐留・麻布・六本木] =約10㌔=
10月1日(土)午前10時、カレッタ汐留、亀の噴水前に集合したのは、48人。亀の噴水が水ならぬ水蒸気を吐き出している中で、打合せと体操。それに第3四半期皆勤者の11人に記念品を差し上げた。
本日のコースは、昨年11月に実施された東京メトロ沿線ウォーキングのコースを逆行することにしてしかもスタート地点を汐留にしたもの。下見もしていないのでコースに自信がない。戸外に出ても右左、東西南北、方向感覚が定かでない。やっと浜離宮恩賜公園の方向が分かり、首都高の姿が見えて安心してその脇を歩き始める。車の排気ガスをかき分けるように歩いて芝商高前から竹芝ふ頭に向かう。桟橋に入る予定だったが、関係者以外お断りの立て札で入れない。仕方なく海岸通を歩き東京ガスの庭園を通り、突き当りを階段で上って歩道橋をわたる。予定ではガード下をくぐることになっていたが、A班は遠回りしてしまい、後発のB班に将監橋で追いつく。芝公園の中をかすめるように少し歩き、赤羽橋、新一の橋と車の多い幅広い道を歩くが、排気ガスが多く環境はよくない。一の橋から麻布十番商店街に入り、やっと人心地ついた感じになった。商店街を通り抜けるといきなり別世界にたどり着いたような雰囲気で六本木ヒルズに到着。テレビ朝日の横から入り、毛利庭園で休憩。池の中に蛙なのか、鯰なのか、よく分からない造形物が設置され、庭園の雰囲気をぶち壊していた。
ここから六本木通りを少し歩き、外苑東通りを直進。いつ見てもどうも気味の悪い真っ黒なロシア大使館を眺めながら東京タワーに到着。ほとんど車道ばかり歩いたせいで、皆さんお疲れの様子が見えたので、ここで解散した。
増上寺のかわいい千体地蔵を眺めたりしながら大門近辺で昼食を摂った方、中には新橋まで完歩した方もいた。
9月24日(土)午前10時=約10㌔=
高麗駅(西武線)集合→高麗石器時代住居跡→高麗橋→元宿→聖天院→高麗神社(休憩)→野々宮神社→満蔵寺→巾着田(昼食)→高麗駅解散
写真は、巾着田で群生しているマンジュシャゲ。別名 彼岸花
◎第387回[高麗彼岸花を愛でよう]
9月24日(土)、早朝から台風17号の影響か、雨が降っている。台風そのものは未だ伊豆諸島の南部にあり、もし本土に上陸しても25日以降とのこと。でも空が少し明るい! 今日中には来ないようだ。皆さん、土休券を持ってるし! 日曜日に順延ならできるけど、日曜日のほうが危ない。それに雨が降っていると涼しい。よし、実行だ。ということで、我が身に宣言し、電話やメールには決行で対応することに! 12人の方から電話やメールがあり、その内、来ない方は4人だった。
集合場所の高麗駅前に集まったのは31人。打合せと体操をした後、コースを逆にして、まず、巾着田に向かう。途中、高麗川を渡る仮橋は、一つの橋ではなく、河原の中で流れのあるところだけ、アルミの橋を架けたもの。おかげで鹿台堰魚道を間近に見ることができた。これは魚の遡上する性質を利用して魚道を人工的に作ってあるもの。対岸に渡るともう堤防には彼岸花が真っ赤に色づいていた。
団体料金で入場。早咲き群生地を歩く。葉のない茎からいきなり赤い花が咲く。曼珠沙華は法華経に由来し、「天上の花」「赤い花」という意味。一本の茎を共有しながら花と葉は決して出会わない。韓国では「サンチェ(相思華)」というらしい。「花は葉を思い、葉は花を思う!」ロマンチックな花だ。今度はコスモス畑に入る。こっちの色は淡い、ピンク、黄色、それに白、いずれも淡く可憐に咲き誇っていた。
あいあい橋で再集合。約半数の16人で高麗神社に向かう組を結成。再出発する。本来のコースは満蔵寺、野々宮神社を回遊するつもりだったが省略して、直線的に高麗神社へ向かい、休憩所で弁当にした。
折から高麗郡建郡1300年記念事業ということで、展覧会が開かれ、高句麗と高麗郡との関係を解明していた。それによると8世紀のはじめ、ここを高句麗人の移住地としたとのこと。当時の高麗王若光を祀ったのが高麗神社で、代々その子孫が神社に奉仕したという由緒のあるものだ。
高麗家住宅を見学した後、雷門のある若光の菩提寺、聖天院を眺め、本道のカワセミ街道はなるべく避け、わき道を歩いた。わき道は、何となく落ち着いた風情があり、季節の花が咲き、オクラや栗の実、どんぐり、柿などが実り、秋の成熟期を満喫した。
高麗橋を省略し、人道橋の鹿台橋を渡り、高麗駅に到着。
途中、若干の雨にも遭ったが、ぬかるみもなく、無事決行できて幸せであった。
(京王沿線ウォーキング第5回)
9月17日(土)午前10時=約10㌔=
高井戸駅(京王井の頭線)集合→善福寺川緑道→大田黒公園→妙正寺公園→井草森公園→井草八幡宮→善福寺公園→井の頭公園駅解散
写真は、妙正寺公園の噴水池
◎第386回[杉並の公園を楽しもう]
9月17日(土)今日は京王沿線ウォーキング第5回に参加する。高井戸駅に着くとウォーカーでごった返していた。人の流れに乗って環8を歩道橋で渡ると清掃工場の高い真白な煙突がそびえ、温水プールと地域センターがある。その前の公園に受付場所のテーブルが並んでいた。地図とカードを貰って建物の前にたむろする。
黄色の旗を目印にGNP面々が集まった。ゲスト1人を含め、本日45名参加。Y.Tさんの体操をして出発する。
風は少しあるが、真っ青な空で日差しも結構きつい。地図を確かめる暇もなく、クチャクチャと細い道を、人に繋がって進む。住宅街に郵便局があり、「ゆう杉並」があり、突然川にぶつかる。善福寺川公園だ。川を下って公園を出て、商店街を通る。左手奥に田端神社を眺め、団地の脇を過ぎると太田黒公園に着く。
門を眺めて右折、青梅街道を天沼陸橋で越える。じりじりとこげるような日差しにうんざり。暑さと信号待ちに苛まれながら小さな妙正寺川に出た。休憩場所の妙正寺公園にたどり着き、一休み。
池を見るのも忘れて出発、前は妙正寺の中を通ったね、とか言いながら長い直線道路を進み、今川家の菩提寺、観泉寺。またまた長い直線道路を進み、井草八幡宮へ。通り抜けてとろとろ下り善福寺公園へ。池には睡蓮が咲き、カワウやアオサギがお食事中。涼しい木陰でちょっと見物する。
「荻寺に 萩は無くとも 荻咲けり」 利
荻窪駅の近くの荻寺 光明寺にて。
毎度のコースどおり、東京女子大に沿って南下、JRをくぐり、井の頭通を越え、涼しい神田川沿いの木陰に出る。右に曲がるとゴールの井の頭公園駅。ガードをくぐり、階段を上り、景品の葉書セットを戴く。
足の裏が腫れてしまったようで歩くのが痛い。行程10キロということだが、会長の万歩計では約18,000歩。13.5キロという人もいた。私は、万歩計の電池が切れていたのに気付かず、歩数が記録できなくて残念!! 公園では夏の終わりの真っ黒な蚊達が歓迎してくれるので、早々に退散した。 [K.M 記]
(JR駅からハイキングNo.50318)
9月10日(土)午前9時=約10㌔=
稲城長沼駅(JR南武線)集合→妙見寺→JA東京みなみ→稲城市役所→穴澤天神社→北緑地公園(休憩)→大丸親水公園→稲城長沼駅解散
写真は袋を被った梨がたわわに実る稲城の梨園
第385回梨の街いなぎと古寺めぐり
9月10日京王の土休券を購入することもあり、早めに家を出る。京王新宿で3セット買って8時51分の橋本行きに乗車。思ったより早く稲城に着く。ホームに下りると東陽町グループも降りてきた。
早速トイレによってJR稲城長沼駅を目指す。駅前の地図を見たがどっちを向いて行けばいいのか分からない。通りすがりの人に聞くと反対側だと教えてくれた。階段を下り亀山橋を渡ると、ウォーキングスタイルの人が歩いている。9時前なので違うイベントかなと思ったが黄色いリボンを付けてるし地図もラシイ。ペアリーロードに入ると大勢がぞろぞろと向かってくる。何か場違いな感じでそそくさと左側を歩く。
JRの踏切を越えて右が稲城長沼駅。もう人波がごった返している。金網の中の受付で登録。地図と飲物をもらって、今来た道を戻る。妙見寺は省略してJA東京みなみへ。山盛りの梨が並んでいて、早速試食させてもらう。
GNPとしては、ここで集合の予定なので、道端に留まって9/17京王と9/24西武の土休切符を出す。皆手伝ってくれ、即、配布を始める。他の人達が何事かと覗き込んでいく。
そうこうしているうちに続々とGNP面々が到着してきた。会長が来て俄然配布スピードが上がり、ほぼ完了。今日は38人が出席。打合せをし、体操は省略して出発する。本日は残暑が厳しいので、各自自由歩行とした。
三沢川に沿って日陰を探しながら歩く。袋を被った梨がたわわに実る梨園=写真=が続く。
よみうりランド駅が見えた。天神橋を渡り穴沢天神社への急な石段を眺めて引き返し、幼稚園の運動会を横目に弁天通商店街へ。
矢野口駅を過ぎると炎天下の道で、ただひたすらウォーカーの流れに乗って歩く。稲城大橋からの道と立体交差になっているガード下をくぐり、北緑地公園へ。金網の中に遊具が揃っていて水路へ下り沿って歩く。お兄さんの誘導で左折し、住宅街に入るとまた水路に出た。公園のようなところで水路が合流し、この辺が大丸(おおまる)用水らしい。何時の時代に水路が造成されていたのか、昔の人の勤勉さが偲ばれる。やけくそで歩いているうち、線路が見え、間もなくゴールの稲城長沼駅に到着。バッチとJRの10月からの駅からハイキング冊子をもらい、小ぢんまりした駅を眺める。
稲城はまさしく水路と梨の街だった。我々GNPはもうひと頑張り、京王線稲城駅まで歩いて乗車。
9月になって、日陰の風はほっとしたが、まだまだ暑かった。クーラーはありがたい。皆さん、元気だなぁ、と感心する。 [K.M記]
9月3日(土)午後10時=約11㌔=
東京駅丸の内南口集合→丸の内エリア→皇居外苑→和田倉噴水公園→神田神保町古書店街→靖国神社(休憩)→千鳥ヶ渕→日本水準原点標庫→国会議事堂→日比谷公園→有楽町駅解散
=写真は日比谷公園の心字池。全体を上から見ると「心」の字をくずした形をしている=
◎第384回[歴史薫る皇居の周辺に名所を訪ねて]
(JR駅からハイキングNo.50114)=約11㌔=
9月3日(土)午前10時、6回続いた夕涼みウォークから1ヵ月半ぶりに午前中の集合。東京駅丸の内南口で受付を済ませ、和田倉噴水公園で再集合。打合せと体操をした後、スタート。
大手門前から右折して大手町で左折。C班は大手門から皇居東御苑に入場。
「静かなり みつばうつぎ咲く 大手門」 利
読売新聞社前を通り、東京国税局が入っている第二合同庁舎横で左折。三井物産横から再び皇居回遊道に入る。皇居一周のマラソン大会があっているのか、ランニング姿のランナーが次から次に走ってくる。外国人が多い。どういうわけか、同じように走っているのに汗をびっしょりかいている人とそうでない人がいる。
神田神保町古書店街は省略して北の丸公園を縦断。靖国神社の鳥居下で休憩。話題になっている神社だが、日本の神社には怨念を鎮める意味があって、必ずしも祀っている人を尊敬するとかそういう意味ではなく、怨霊が現世に出てこないためのものである、ということをもっと他の国に知らしめる必要があるのではないか。平将門然り、聖徳太子然り、乃木将軍然り、菅原道真然り、吉田松陰然り……。
千鳥ヶ渕遊歩道を歩き、半蔵門で右折。最高裁判所、国会図書館、国会議事堂など、日本の司法、立法の最高機関を眺め、今度は行政の中心地、霞ヶ関の官庁街を通り抜け、日比谷公園に入る。
明治36年に都市公園として整備された日本最初の洋風近代式公園と言われているが、現代でも決して古くさい感じはなく、大小の野外音楽堂や公会堂、図書館などの建物が点在し、広場や池が巧みに配置され、樹木が生い茂り、涼しさは抜群である。
蒸し暑くて、久しぶりの午前中ウォーク、やっとの思いでゴールの有楽町駅に到着。記念のメダルをもらい解散した。
杉山公園(丸の内線新中野駅1番出口徒歩1分)集合→本町図書館→貴乃花部屋→中野富士見町→旧雑色道→栄町公園(休憩)→新宿中央公園→都庁展望室解散
◎第383回[夕涼み中野と新宿副都心]
=約7キロ=
8月27日(土)、集合場所の杉山公園は、選挙の掲示板が塀になっていて分かりにくい。それに翌日の防災訓練の準備らしく数人の人が鉄パイプを組立ていたり、合宿帰りか、子供と大人の団体が集合し解散していったりと慌しい。
そんな中で午後4時、まだまだ暑さが残る公園に集合したのは41人。本日、会長は欠席。手分けして、駅からの誘導、会報配布、土休券申し込みなどしてもらう。打合せとH.Wさんの体操をして出発。
青梅街道から中野通を下り、信号で左折、妙法寺参詣道へ。鍋屋横丁を過ぎ、中野区で最初の公立小学校といわれている伝統の桃園小学校を回り、鬱蒼とした大木の屋敷を眺め、本町図書館を右折。旧本郷通に入る。今、話題の貴乃花部屋前を歩くが、どういう訳か人気が感じられない。
氷川神社と住宅街を抜けると、また中野通。鍋横地域センターを過ぎ、鈴木診療所を左に曲がり薄暗い坂を下りて佼成病院に突き当たる。右に行くと中野富士見町駅。
今度は神田川に沿って歩き和田見橋を左折、東京地下鉄中野工場を右に見て「神田上水の石碑」から坂を上がる。またまた中野通を渡り、左に神明小学校、神明氷川神社を見て、程なく休憩場所の栄町公園に到着。薄暗くなり始めた公園は夜店でいっぱいなので、一同、方南通側で休む。
コース予定の川島通商店街は「夜店祭り」開催中で大混雑だろうということで敬遠し、一路、新宿中央公園の白糸の滝を目指して方南通を進むことにする。この通も結構人出がある。8月最後の週末は、至るところでお祭りなどの行事が行われているらしい。清水橋で山手通を越え、熊野神社前の交番を過ぎ右に入ると、新宿中央公園の鬱蒼とした森にたどり着いた。林の中に青テント群が並んでいる。
目的の白糸の滝に水はなく、ガッカリ。先に行ったはずのA班がいないので連絡すると、運動公園辺りを歩いている模様。それでは、と、都庁第1本庁舎展望台登り口前の地下1階広場に集結することにする。
都庁通に曲がると向うから黄色い旗の集団がこちらに向かってくる。北と南からお互い手を振って再会を喜び、ほぼ一緒に地下広場に到着。軽く体操をして解散。
その後、展望台に上がる人、そのまま西新宿に向かう人、新宿駅に向かう人、と手を振って分かれる。
来週からは平常時間になるが、少しは涼しくなるかな。
8月20日(土)午後5時=約10㌔=
テレコムセンター(ゆりかもめ)集合→ウエストプロムナード→であい橋→夢の大橋→センタープロムナード→コロシアムブリッジ→有明テニスの森公園→お台場レインボー公園→第三台場史跡公園→お台場海浜公園→潮風公園→東八潮緑道公園→青海北埠頭公園→大江戸温泉物語解散
◎第382回[夕涼みお台場有明温泉物語]
8月20日(土)午後4時、テレコムセンター前の「滝の広場」に集合したのは44人。一週お盆休みで例会が久しぶりのせいか、皆さん、生気にあふれ若返っている。風が抜ける広場で打合せと体操を済ませ、スタート。テレコムセンター、フロンティアビル、産業技術臨海副都心センター、日本科学未来館、東京国際交流館と、いつの間にか超現代的な建造物が並んでいる。ところがよく見ると、柱にひびが入り、割れ目のようになっている部分があった。先日の地震のせいだろうか。
人間が作った地盤、どんなにがんばっても自然の岩盤より弱い気がするし、地震はその岩盤そのものが揺れるのだから完全なものはあり得ない。続いてフジテレビが主催して開催している「お台場冒険王」のテント群が続き、人出が多い。
右折してセンタープロムナードに入り、であい橋、夢の大橋と渡るが、橋の上は日差しを避けるものがなく、夕陽とはいえ40度を超える直射日光には辟易した。やっとの思いで東京ファッションタウンに入り、休憩。ここのロビー、2階フロアから始まり、天井まで35メートルの空間を、この炎天下、寒いぐらいに冷房が効いている。午後5時ちょうど、その天井から水が降ってきた。「シャワーツリー35」という。ただ水が落ちるだけだが、壮観だ。どういうわけか、落ちた水がはじけない。床の吸収装置に工夫があるようだ。
やっと汗も引き、再スタート。一歩外に出るとまだ灼熱地獄。コロシアムブリッジを渡り、有明テニスの森を横断。
「テニスの森 今を最後と 蝉時雨」 利
のぞみ橋を渡り、お台場海浜公園に入る。
夕暮れ近くになったためか、ビキニ姿の女性が少なかった。できればいい写真を撮りたかったが、帰った後のテレビで、黙って撮ると盗撮行為になると話題になっていた。自由の女神像の盗撮で我慢して潮風公園に入る。かつてここでバーベキューをしたころに比べ、樹木も大きくなり、設備も行き届いているようだ。
船の科学館前は素通りしてゴールの大江戸温泉物語に到着。ここで解散し、有志は大江戸温泉物語に入場した。=約10㌔=
8月6日(土)午後5時=約10㌔=
四谷区民センター(新宿御苑前駅[スタンプ]2番出口徒歩4分)集合→青山霊園→乃木坂駅[スタンプ]→乃木公園(休憩)赤坂駅[スタンプ]→ア―クヒルズ→神谷町駅[スタンプ]→解散
写真は、乃木坂トンネル。屋根に252枚の太陽電池パネルを貼り付け、トンネル内部の照明に使われている。
◎第381回[夕涼みメトロスタンプ9=新宿御苑前=]
8月6日(土)、最後のメトロスタンプラリーとして新宿御苑前駅のスタンプを終了した面々を含めて午後5時、四谷区民センターに集合したのは、40人。冷房の利いた区民センターのロビーで打合せ。体操は戸外の広場で実施。もうこの体操だけで、汗がにじむ。
四谷四丁目の広い交差点で右折、外苑東通の一つ手前の細い通は新宿御苑に隣接し、マンション群に囲まれているが、それでも昔の面影を残し、閑静だ。ことに多武峰神社の周辺は人情まで昔のままに感じるから不思議だ。
大京町交番前で外苑東通を越え、慶応病院前を歩く。古めかしい格調の高い建物が続く。JRと首都高を越える陸橋を渡ると広々とした神宮外苑に入る。
国立競技場、神宮第2球場、神宮球場、秩父宮ラグビー場と巨大な競技場が目白押しに詰まっている。青々とした銀杏並木を歩き、青山通を越え、青山霊園の墓地通を中央まで通り、左折して乃木坂トンネルに向かう。
「漱石の 墓地に昼寝の 猫二匹」 利
このトンネル、屋根に252枚の太陽電池パネルを貼り付け、トンネル内部の照明に使われている。
乃木坂駅のスタンプをつく人を待ち、乃木公園で休憩。その後、赤坂通を直進、赤坂駅でスタンプ。2番出口から路地に入り氷川公園を横目に見ながら直進。青山通を地下道でくぐると目の前がア―クヒルズ。この中をエスカレーターを3回使い、石段を使い、裏道に出る。
この裏道、どういうわけか涼しい。薄暗くなった真夏に理由もなく涼しいと気持がいいのか、気持が悪いのか、妙な気分になって一人では歩きたくない。サントリーホール、スペイン大使館、スウェーデン大使館と通り、神谷町緑道に入る。
瀟洒なマンション群が続き、遊歩道は落ち着きがあるが、毎日この坂道を通うのは大変な気がする。買物はどこまで行くのだろうかなど、便利な環境の中の不便さを詮索しながら桜田通にたどり着き目の前が神谷町駅だ。歩道で整理体操をして解散。
神谷町のスタンプでメトロ139駅のうち改札外にあるスタンプ設置駅を全て歩き終えた。=約10㌔=
7月30日(土)午後5時=約10㌔=
昭和館(九段下駅[スタンプ]4番出口徒歩1分)集合→千鳥ヶ渕→半蔵門駅[スタンプ]→麹町駅[スタンプ]→永田町駅[スタンプ]→国会議事堂前駅[スタンプ]→桜田門→二重橋前駅[スタンプ]→和田倉噴水公園解散
昭和館の西側に広がる牛ヶ渕の全景。春の花見頃はいい景色だか……。
◎第380回[夕涼みメトロスタンプ8=九段下=]
7月30日(土)午後5時、昭和館に集合したのは、46人。2回目の夕涼みだが、蒸し暑くじーっとしていても汗がにじみ出る。昭和館の2階は風が吹き抜ける広場で直射日光や雨は避けられる不思議な空間だ。西側に広がる牛ヶ渕の水面は、ミズモらしきものがびっしり覆い、岸際にはゴミが浮かんでいる=写真=。折角の皇居の緑が水面に映える余裕がなくなっている。流れが淀んでいるせいだろうか。簡単な打合せと体操をしてスタート。千鳥ヶ渕の遊歩道に入るが、除草剤か殺虫剤、DDTのような臭いが鼻につき、人間まで除かれそうな気分になる。
千鳥ヶ渕と半蔵濠との境目で濠端を離れ半蔵門駅に向かいスタンプ。スタンプを押さないメンバーも冷房の利いた地下鉄構内を歩き、吹き出した汗を少しは治め、2番出口から地上に出た。
「風も止み 汗吹き出たり 半蔵濠」 利
続いて麹町駅に向かいスタンプ。永田町駅から国会議事堂前駅にかけては国会議事堂周辺になるせいか、警備のお巡りさんが、うようよ。いろいろと誰何されるが、少しはお巡りさんの眠気覚ましには役に立ったようだ。結果的には国会を8分の5回りして正門前から桜田門に向かい、重厚な桜田門をくぐり、二重橋前の広場でトイレ休憩。
二重橋前駅のスタンプを押す人は、駅に向かい、残りのメンバーは人出がほとんどない皇居前広場をノンビリ歩き、和田倉噴水公園に到着し、軽く整理体操をして解散した。その頃には夕闇が迫り、東京駅の煌く夜景が鮮やかになっていた。
7月23日(土)午後5時=約10㌔=
蛎殻町公園(半蔵門線水天宮駅[スタンプ]4番出口徒歩2分)集合→明治座→銀杏岡八幡宮→鳥越神社→精華公園(休憩)→田原町駅[スタンプ]→駒形橋→浅草通→業平橋→大横川親水公園→押上駅[スタンプ]→錦糸公園解散→錦糸町駅[スタンプ]
◎第379回[夕涼みメトロスタンプ7=水天宮=]
7月23日(土)午後4時35分、水天宮駅に到着、その直後、駅構内放送で「ただいまの地震でしばらく運行を中止します」とのこと。
その兆候を感じないまま、集合場所の蛎殻町公園に行くと、「今の地震、感じた? 凄かったよ!」と、すでに集合した面々から話を聞く。その後、続々携帯電話が鳴り響く。「大手町で缶詰だよ!」。「清澄白河で電車が動かないよ!」。「錦糸町だけど電車に乗れない!」。「茅場町だけど、これから歩いていく!」。「有楽町だけど業平橋で待つ!」等々。それでも集合場所まで歩いてきた方も含めて30人が集まり、コース途中で合流した方が5人。その上、途中まで来て歩いて自宅に戻った方が14人。合計49人を本日の出席とした。
簡単に打合せと体操をしてスタート。明治座を眺めながら清洲橋通を歩く。6車線あるこの広い通りが一方交通。不思議に車が少なかった。東日本橋で右折、鉄筋コンクリート建で高層の薬研掘不動院を眺め、柳並木というにはあまりにもか細い並木道を通り柳橋を渡る。
浅草橋駅のガード下をくぐり銀杏岡八幡宮で手を合わす。続いて熊手で有名な鳥越神社の境内を通り抜け、精華公園で休憩。隣に伝統ある精華小学校があると思っていたが、いつの間にか蔵前小に校名変更。何だか寂しい。田原町駅でスタンプ。
駒形橋を渡り、浅草通を歩く。業平橋で大横川親水公園に入る組と押上駅のスタンプに向かうものと分離。スタンプ組は「すみだタワー」予定地を検分してから押上駅へ。改札前では学生たちが座り込んで開通を待っていた。
一方、直行組は、大横川親水公園は業平橋と平川橋間が午後6時で閉鎖しているので、平川橋まで地上を歩き、ここから公園に入る。途中の橋の下、明かりが無く何となく気持が悪い。一人では歩きにくい雰囲気があるが、GNP一行で賑やかに歩くにはなんの差し支えもない。清平橋で地上に出て左折、直行すると錦糸公園に到着。押上組を待ってここで解散。
錦糸町駅には電車待ちの人出で一杯。GNP一行が歩いている間、じーっと待っていた人々が居り、電車が動かないぐらいでは、さっさと歩いて家に帰れるGNPグループ。
いつの間にか毅然とした危機管理が行届いていることを如実に感じた。=約9㌔=
7月16日(土)午前10時=約12㌔=
天沼弁天池公園(JR総武線船橋駅北口徒歩5分)集合→長津川親水公園→行伝寺→諏訪神社→行田公園(休憩)→葛飾公民館→西船橋駅(一次解散)→原木中山駅[スタンプ]解散
船橋・天沼弁天池公園の噴水池で戯れる幼児
◎第378回A[メトロスタンプラリー6=原木中山=]
7月16日(土)午前10時、天沼弁天池公園に集合したのは、36人。梅雨明け間近な日和はどんより曇っていても風が少ないとじっとしていても汗がにじむ。中央の噴水池で子供が噴水と戯れているのを眺めながら童心に返ってみる。
打合せと体操をして出発。弁天様のいない祠を眺めて長津川の辺を歩く。遊歩道は立派なんだけどこの川に直接下水が流れ込むようで嫌な臭いが鼻につく。流れの先が長津川親水公園。
大きな公園になってランニングに励んでいる姿が目に付き、湿地帯ではざりがに採りに懸命になっている少年たち、東京とは何となく違う雰囲気だ。
東武野田線のガードをくぐり、行伝寺で一休み。境内の箒の目が鮮やかだ。門前にある古木、幹の中が空洞になっていて、そこに巨大な茸状のできものが見える。一種のご神体かもしれない。
「行伝寺 静まる境内 額の花」 利
ここからの道はアスファルトになっているが田舎道だ。くねくねと曲がり、うっかりするととんでもない方向に出そうだ。途中、6月30日で閉鎖された公園を見る。松の木が生い茂り、勿体無いような場所だが、私有地とのこと。松の木の運命が気になるが、マンションにでもなるのだろうか。
諏訪神社を越えると行田公園。かつての無線中継所とのこと。真珠湾攻撃の暗号通信を発信したとのこと。円形の広大な公園になっているが、実際には敷地の半分ぐらいは、官舎になっている。公園中央で休憩。花時計が飾ってあるが、動いていない。雑草が蔓延り折角の施設も形無しだ。和風庭園を眺めながらバス道に出るが、往来が激しく自動車も渋滞。京成線の踏切のためらしい。歩いているほうが早い。
京成踏切を越え、右に行けば原木中山へ、左に行けば西船橋。スタンプ組は右に行くことにしたが、大半が左に歩き西船橋駅前で解散。駅前の飲食店や駅構内に入り込み汗にまみれた体の涼をとり、やっと人心地ついたようだ。=約10㌔=
7月9日(土)午前10時=約9㌔=
月島第1公園(有楽町線月島駅[スタンプ]10番出口徒歩2分)集合→春海橋→豊洲駅[スタンプ]→東雲橋→東雲水辺公園(休憩)→辰巳桜橋→辰巳の森緑道公園→夢の島公園→BunB解散→新木場駅[スタンプ]
緑濃いい辰巳の森緑道公園を歩くGNP一行
◎第377回A[メトロスタンプラリー5=月島=]
7月9日(土)午前10時、月島駅でスタンプを押した後、月島第1公園に集合したのは、37人。他にスイス組9人がいるので少ないように見える。体操をして出発。
朝潮橋、春海橋を渡り、豊洲駅でスタンプ。途中、IHI跡地が急ピッチで開発中で芝浦工大は超高層の大学になりそうだ。豊洲駅前にはゆりかもめの駅がほとんど出来上がり豊洲はまもなく大変容を遂げそうだ。
東雲橋を渡るとそこは東雲キャナルコート。東雲水辺公園で休憩=写真上=するが、昔の面影は一変。高層のマンション群が立ち並び別世界に来たようだ。
辰巳桜橋を渡り、辰巳の森緑道公園から夢の島公園に赴くが、しっとりとした落ち着きを見せる公園になった。
「夢の島 歴史を経りて 木下闇」 利
夢の島公園はすっかりスポーツのメッカになったようで、BumBと名付けられた東京スポーツ文化館は明るくて大きな施設だった。ここで体操をして解散。新木場駅でスタンプを押して帰宅した。
7月7日(土)午前8時30分=約60㌔=
成田空港第2ターミナル集合→チューリッヒ→リギ山頂泊→ベリンツォーナ2泊→ブラッタン村3泊→グリンデルヴァルト3泊→ウルネッシュ2泊→チューリッヒ発→7月19日成田到着
7月2日(土)午前10時=約8㌔=
入谷鬼子母神(日比谷線入谷駅[スタンプ]2番出口徒歩2分)集合→鶯谷駅下交差点→寺道→上野公園→上野広小路駅[スタンプ]→仲御徒町駅[スタンプ]→末広町[スタンプ]→神田駅[スタンプ]→三越前→日本橋→半年記念昼食会[咲くら](12時到着のこと)→解散
日本橋三越のライオン像。人に見られないでこのライオンに跨ると願いが叶うそうである。
◎第376回[メトロスタンプラリー4=入谷=]
7月2日(土)午前10時、入谷駅のスタンプを済ませて入谷鬼子母神前に集合したのは46人(他に4人昼食会に参加)。折悪しく鬼子母神境内は朝顔市の準備中。
「梅雨晴れ間 粋な半纏 鬼子母神」 利
そこで路上で打合せを行い、第2・四半期皆勤した15人の方に記念品(ウェット・ティッシュ)を差し上げ、体操は省略して出発した。
鶯谷駅下交差点で左折し、山手線の跨線橋を越え、寺道に入った。ここは両側が全てお寺になり、私道とのこと。関係者以外は通行を遠慮せよとのことだったが、ポックリを目的としたGNPは立派な関係者だと我田引水。おかげで静かな道を通り、上野公園に入る。
上野公園では恐竜展が開催中で大人気。家族連れが延々と行列を作り、木陰を占拠していた。そのため、若干回り道をしながら通り抜けるが、木立がうっそうとして炎天下でも涼しい。
上野の雑踏をすり抜け、上野広小路駅と仲御徒町駅を結ぶ地下道に入り、両駅のスタンプを押す人を待ちながら中ほどで休憩。冷房が効いているせいか人心地つく。
ここから地上に出てJRの東側を暫らく歩き、右折して中央通に出て末広町駅でスタンプ。その後、秋葉原の新しい高層ビル街の横を通ってみる。ごちゃごちゃしてうらぶれた街並が様変わりしている。万世橋を渡り神田駅でスタンプ。三越で時間つぶしのため休憩。
玄関前にあるライオン、ロンドンのトラファルガー広場にあるライオン像を模したもの。もう90年も前から設置され、必勝祈願の像とのこと。誰にも見られずに背に跨ると念願が叶うそうだ。店内では浴衣姿の案内嬢がにこやかに受付をしていたので、了解を得てスナップ。ところが慌てた撮影者、連写のまま撮ってしまい、32人の美女軍団になってしまった。
日本橋を経て京橋の会場[咲くら]に到着。久し振りにS.Yさん、S.Kさん、T.Kさんも元気な顔を見せ、総勢50人、恒例の半年記念昼食会を開催。7年半になるGNPの隆盛を喜び合い、7日から13日間に亘ってスイス遠征をする9人の壮行を「エイ、エイ、オー」の掛声で激励し、午後1時解散した。=約8㌔=
(トラピックス倶楽部バスの旅)
6月25日(土)午前6時30分=約24㌔=
東京駅バスターミナル集合→7:00出発→鳩待峠→山の鼻→牛首→竜宮→ヨッピ吊橋→東電小屋(宿泊)→見晴→白砂峠→沼尻→大江湿原→沼山峠→御池→桧枝岐温泉(入浴)→東京駅丸の内解散
東電小屋から眺めた早朝の尾瀬ヶ原。左側は雪渓を残す至仏山。
◎第375回B[尾瀬ヶ原と尾瀬沼を歩く1泊2日]
(トラピックス倶楽部バスの旅)=約24㌔=
6月25日(土)午前6時30分東京駅バスターミナルに集合したのはA組の10分の1の4人。定刻7時に出発して新宿に立ち寄り、総勢18人、一路、鳩待峠に向かった。鳩待峠で昼食。高度1500mといわれているが、さんさんと照りつける太陽の下では30度近く下界とそんなに変わらない。川上川沿いに約100mを1時間かけて下り山の鼻で休憩。
ここから尾瀬ヶ原に入る。高度1400mの湿地帯に木道が整備され、自然環境を保護しながら人間の観光に寄与している。
東に至仏山、北に景鶴山、西に燧ヶ岳と2000メートル級の山々に囲まれた中を歩く。牛首、竜宮で休憩。ヨッピ吊橋を渡り、東電小屋で宿泊。午後5時に夕食、午後9時消灯。
翌日は午前4時起床、朝靄に囲まれた尾瀬の早朝を堪能。6時朝食。7時出発。架け替え直前の東電尾瀬橋を渡り、見晴で休憩。ここから白砂峠を経て尾瀬沼の突端、沼尻に到着。
清冽な水をたたえる尾瀬沼は静かに横たわり、1600メートルの高度に吹くそよ風は流石に涼しい。大江湿原を眺めながら沼山峠に上る道、ハイカーにとっては庭みたいなものだろうが、ウォーカーにとっては、結構辛い道程だ。バスターミナルで暫時休憩。
地元のバスで御池を通り、七入でツアーバスに乗り換え、桧枝岐温泉で入浴。パンパンに張った太ももとふくらはぎを癒し、やっと人心地。一路、東京に向かい、丸の内で午後9時解散した。
(駅からハイキングNo.01013)
6月25日(土)午前10時=約9㌔=
JR新橋駅銀座口集合[スタンプ]→銀座柳の碑→勝鬨橋→→佃大橋→中央大橋→深川不動尊→富岡八幡宮→木場駅[スタンプ]→越中島駅解散
◎第375回A[隅田川の橋めぐり第4回(新橋)]
(駅からハイキングNo.01013)=約9㌔=
6月25日10時、A組40名は、JR駅からハイキング新橋駅スタートの「隅田川の橋めぐり第4回」に参加。朝からじっとしているだけでも汗が流れるような暑さになり、スタンプを押す人もいるので、各人の自由歩行ということにしたが、皆さん体操をしないと治まらない様子、駅前の雑踏の一角で、Y.Tさんにねだって狭いところで出来る体操をやってから出発する。
中央通に出て松坂屋を右折。木挽橋、采女橋を越え、市場橋で新大橋通りへ。午前中の築地は買い物客で活気がある。派手な看板や大きな広告が色鮮やかな築地4から右折、晴海通りで勝鬨橋を渡る。湿気が多いためか、隣りの佃大橋や大川端のマンション群が薄墨のシルエットで浮かぶ。
月島の西仲通りへ入り、もんじゃ屋が並ぶ商店街を直進。真っ赤な佃小橋、水門上の住吉小橋を渡り、佃公園へ。木々が鬱蒼と繁り、涼風が通る木陰を歩く。止まると汗が噴き出すのでドンドン進み、中央大橋を渡って新川へ。橋をくぐり隅田川へ。テラスは敬遠して、桜並木はまだ小振りだが多少の日陰はある土手のほうを行く。
永代橋を渡って門仲へ。この辺りになるとGNPも小さなグループになってしまって、他の仲間の動向はわからない。コース通り富岡八幡に向かう人、先に越中島駅に寄ってから木場へ向かう人、それに、消える人、などなど。
いよいよ、恐ろしい「夏のウォーキング」の季節到来。水分補給、日焼け対策、汗対策、着替えなど準備し、無理せず、あまりがんばらないよう、気をつけて歩こう。 【K.M記】
6月18日(土)午前10時=約12㌔=
東葛西さくら公園(東西線葛西駅[スタンプ]徒歩7分)集合→旧江戸川堤防→なぎさ公園→富士公園→フラワーガーデン(休憩)→左近川公園→新長島川親水公園→駅前公園(西葛西駅[スタンプ])→清砂大橋→南砂三公園解散→南砂町駅[スタンプ]
葛西フラワーガーデンに咲いた見事な紫陽花
◎第374回[メトロスタンプラリー3=葛西=] =約12㌔=
6月18日(土)午前10時、葛西駅でスタンプを押した面々を含めて東葛西さくら公園に集合したのは、44人。折悪しく小雨が降り、その中で打合せと体操。傘を持ったままの体操、Tさんの工夫で一寸した見ものであった。
スタートして旧江戸川堤防を歩き始めた頃には雨も止み、河川敷の中に入る。雑草の道は水を含み、靴が濡れる。防水が行届いてない靴では靴下まで濡れてしまう。堤防を離れてなぎさ公園に入ったまでは良かったのだが、さくら通を富士公園に入る通と勘違いしてしまい、なぎさニュータウンに入る。方向感覚を失い遮二無二歩いているうちに何と再び旧江戸川堤防に出てしまう。急遽、引き返すと別行動をしたC班以外はほとんどの人がくもの糸のように続いていた。おかげさまでなぎさニュータウンの施設が至れり尽せりということが分かり、小さい幼児が多い理由が垣間見えた。
やっとの思いで、フラワーガーデンに到着。ここで休憩。下見時に満開だった薔薇はほとんど散ってしまい、紫陽花やマリーゴールドが咲き乱れ、公園の管理が行届いていた。
堀江第四公園、第三公園、第二公園と歩くが、どういうわけか第一公園が見当たらない。陸橋を渡り、左近川公園に入る。新左近川に沿って広大な公園が開け、歩きやすい。
「左近川 海老釣る人や 夾竹桃」 利
新左近橋の手前になぎさから対岸に渡れる浮き橋があり、この橋を渡って新長島川親水公園に入る。駅前公園で小休止。その間に西葛西駅のスタンプ未済の方は押しに行く。続いて清砂大橋を渡る。日差しのきつくなったこの日、橋の上は結構長く、結構辛い。南砂7丁目の交差点から東西線の北側に緑道が続き、木陰となり、涼しく歩きやすい。真っ直ぐ北側を歩いているつもりだったが、地下に潜った東西線といつの間にか交差して到着した駅前公園、あゆみ公園は、南砂町駅の南側になっていた。ここで本日最後のスタンプ。体操をして解散した。
(西武・小田急合同のんびりハイク&ウォーク)
6月11日(土)午前10時=約10㌔=
西武新宿線東伏見駅南口集合→武蔵関公園→氷川神社→石神井公園(休憩)→和田堀緑道→平成みあい橋→谷原ガスタンク→としまえん西口ゲート解散(当日のみ、としまえん入園無料、あじさい園見学)
石神井公園で見つけたタイサンボクの大輪。たった一日で翌日には黄色くなって枯れてしまうそうです。
◎第373回[石神井川を辿り豊島園あじさい園を訪ねる]
(西武・小田急合同のんびりハイク&ウォーク)
6月11日(土)午前10時、西武新宿線東伏見駅南口に集合したのは、37人。受付を済ました後、武蔵関公園に再集合して打合せと体操。西武新宿線沿いにしばらく歩き、武蔵関駅手前で左側に出て石神井川沿いに歩く。上御成橋で左折。氷川神社で一寸参詣して石神井公園に入り、睡蓮池で休憩。
びっしり生え揃った睡蓮は、まるで草原に植わっているように見える。その向いにタイサンボクの大輪が見事に咲いていた。この大輪、たった一日だけ咲いて翌日には黄色くなって枯れてしまうそうだ。肉厚で純白の花弁からは想像も出来ない自然の妙だ。
和田堀緑道を通り、環八を越え、西武池袋線を渡り、巨大な谷原ガスタンクを眺めながら今度は目白通を越える。しばらく歩くと、そこはゴールのとしまえん西口ゲート。記念品をいただき、無料で第二通用門から豊島園に入園。ここで解散。
園内で食事をした後、三々五々、あじさい園を見学。ホンアジサイ、紅、黒姫、墨田の花火、清澄沢、エンドレスサマー、ツル アジサイなど140種8,500株といわれる多彩なあじさいを堪能。中には「サチコ」「ミセス・クミコ」「カワカミー」「ピーチ姫」などとわがGNPメンバーに因むネーミングもあり、興味深々であった。
6月4日(土)午前10時=約10㌔=
東西線落合駅(スタンプ)→すみよし公園集合(打合せ・体操)→亀齢橋(神田川)→久保前橋→落合中央公園→せせらぎの里→せせらぎ橋→高田馬場駅(スタンプ)→神高橋→芦田平橋→明治通→天祖神社→甘泉園公園(休憩)→グランド坂→駒塚橋→江戸川公園→目白坂下南→鳩山会館→護国寺→吹上稲荷神社→大塚公園解散→新大塚駅(スタンプ)
写真は鳩山会館入口、東京の真中に存在するとは思えない佇まい。
◎第372回[メトロスタンプラリー2=落合=]
6月4日(土)午前10時、東西線落合駅でスタンプを押した後、すみよし公園に集合したのは、39人。打合せとY.T.さんの体操をした後、会長から「背中スッキリシェイプUP」という「はなまる」受け売りの体操を披露。実行すると1週間で背中の脂肪が3割ぐらい取れるとのこと。来週が楽しみだ。亀齢橋から神田川沿いを歩き、久保前橋で落合中央公園に入る。この公園は、下水処理場の敷地を利用し、設備の上に出来たもの。臭みや臭いもほとんど感じられず、すっかり近隣に溶け込んでいるようだ。つづいてせせらぎの里に入るが、中央に池があり、周りは緑一杯。落ち着いた清楚な公園になっていた。せせらぎ橋を渡った後は、曲がりくねった一本道。神田川に突き当たって右折すると、そこはもう高田馬場駅だ。スタンプをつく人は、構内に入ったが、他の人はガード下で小休止。このガード下には手塚治虫ワールドが描かれている壁画が飾られている。この壁画には激しい雑踏にもかかわらず落書きが一切ない。不思議な群集心理だが、まもなくこの壁画、撤去されるとのうわさ。勿体無い話だ。
神高橋から神田川沿いに歩き芦田平橋から離れ、明治通を横断して天祖神社を通り、甘泉園公園で休憩した。
「予報の雨 落ちて来たよな 水馬(あめんぼう)」 利
裏門から出てグランド坂を下り、駒塚橋から再び神田川沿いの遊歩道を歩く。この遊歩道、江戸川公園と不可分一体の関係にあるのか、大東京の真中にあるとは思えないほど、緑が多く、自動車の音も聞こえないような静寂な空間だった。
目白坂下南から細い路地に入り、鳩山会館の入口を覗き、護国寺に出て、右側の小さい路地を入ると、そこは、また別世界。昭和初期に戻ったような雰囲気の路地と階段と長屋が続く。その中にある小さな吹上稲荷神社の佇まいもこの雰囲気にマッチしていて、まるでタイムトリップしたようなものだ。
春日通に出て現世に戻り大塚公園で再び「背中スッキリシェイプUP」をして解散。新大塚駅1番出口から構内に入り、三つ目のスタンプを押した。=約12キロ=
5月28日(土)午前10時=約10㌔=
紅葉山公園(JR中野駅南口徒歩5分)集合→もみじ山通(旧薬師道)→新中野駅(スタンプ)→山手ストア→東高円寺駅(スタンプ)→蚕糸の森公園(休憩)→環七通→新高円寺通→新高円寺駅(スタンプ)→五日市街道→二枚橋→和田掘公園→天王橋→善福寺川緑地公園子供の広場(休憩)→神通橋→前川橋(善福寺川)→荻窪駅(スタンプ)解散
写真は、紅葉山公園にある「考える人」像
◎第371回[メトロスタンプラリー1=荻窪=] =約13㌔=
5月28日(土)午前10時、紅葉山公園に集合したのは、49人。折りしもJR中野駅北口では駅からハイキングNo.01009「落語ウォーク『堀の内』」を実施しており、その受付を行ったものも居たようだ。この公園も設置以来30年を過ぎ、木々が生い茂り、遊園設備も整い、C11の機関車も設置され、すっかり潤いのあるものになっていた。打合せと体操の後、もみじ山通(旧薬師道)を通り、新中野駅でスタンプ。杉山公園で小休止の後、住宅街を通り、蚕糸の森公園で休憩。その間に東高円寺駅でスタンプをした。環七通を越え、新高円寺通を歩くが、ここは阿波踊りで有名。通りは色レンガが敷き詰められ、活気がある。新高円寺駅でスタンプ。
C班は環七通から妙法寺に回って行ったとのこと。
「薫風や 見上ぐる山門 竜五態 」 利
妙法寺の竜五態は、初代伊八の彫刻とのこと。なかなか見事なものだ。
二枚橋から善福寺川。川沿いには和田掘公園、善福寺川緑地公園などと落ち着いた公園が広々と続いているが、神通橋を越えると人一人しか通れない細い道。大木が覆い被さっていたり、ひび割れた道が続いていたり、忍川上橋で右折するところを忍川下橋で右折したものもあり、荻窪駅にたどり着いたのは午後1時過ぎ。空腹と疲れを我慢してスタンプを押して解散し、各自食事に向かった。
5月21日(土)午前10時=約10㌔=
JR鎌倉駅東口集合→本覚寺→安養院→祖師堂→妙本寺→東勝寺跡・腹切やぐら→宝戒寺→大御堂橋→→報国寺→浄妙寺→足利公方邸跡→明王院→瑞泉寺→鎌倉宮→荏柄天神社→白旗神社→鶴岡八幡宮解散
鎌倉・白旗神社前の歌碑
◎第370回A[鎌倉妙本寺から浄明寺] =約10㌔=
5月21日(土)午前9時35分、JR鎌倉駅東口に集合したのは38人。早速、本覚寺まで歩き、ここで打合せと体操。
八雲神社脇から細い山道。祇園山ハイキングコースだ。木段と坂道が続く。祖師堂、妙本寺と続くが気にせず、東勝寺跡・腹切やぐらを見学。小町大路に出て右折。大御堂橋から田楽辻子のみちに入り、報国寺で休憩。
華の橋、青砥橋、泉水橋、二ツ橋を越え、明王院に入る。手入の行届いた庭先で梅干を売っていたので購入。またたく間になくなってしまった。ここから再び山道。道なりに歩くが、前が見えなくなると不安。時々大声を出して確認しながら歩く。
瑞泉寺で休憩。弁当を開く。ここからの帰り道は住宅街に近く、鎌倉宮、荏柄天神社などを横目に見ながら、颯爽と歩き、源頼朝を祀る白旗神社に入る。
その後、鶴岡八幡宮まで歩き、ここで体操をして解散した。
路傍に咲く真っ赤な花。名前は? 金宝樹。またの名をマキバブラッシノキと言うそうです。
5月21日午前10時、曇り空で涼風の吹く上野駅入谷改札の外、JR駅からハイキングの受付に集まったのは10人。体操もせず浅草通りを河童橋道具街へ向けて出発。メトロスタンプを押す人もおり、今日は自由歩行ということで、各人マイペースで歩く。ちょうど三社祭の中日で、半被にねじり鉢巻の御兄さん方や親子連れが足早に行き来して、どうやら浅草に向かっているようだ。
竜泉1を右折し飛不動を通り、土手通りを右折、山谷堀公園に入る。すっかり葉桜になって涼しい木陰で、上を見ると枝には赤や黄色のさくらんぼがたくさん実っている。今世間を騒がしている東京縦断猿も食べ物には困っていないのだろうと思ったりした。待乳山聖天=写真=を過ぎ隅田公園に入ると、柳が青々と繁り、桜のピンクは失せていた。
桜橋、言問橋、枕橋を渡り勝海舟の像を見上げる。吾妻橋、駒形橋から清澄通りを下り、両国公会堂、国技館、両国駅を過ぎ、京葉道路を右へ進み、ゴールの馬喰町に下りる。改札前でリボンを返しバッチをもらい解散。
駅の出口がやたら複雑で、神田へ行くのはどちらへ出るといいのか、案内図の前で「山手下町」と較べて暫く考えてしまった。神田、末広町、上野広小路とスタンプして、買い物をして帰宅。22,000歩越えて足の皮が薄くなったみたいだ。
5月14日(土)午前10時=約8㌔=
田端文士村記念館(JR田端駅北口徒歩2分)集合→童橋公園(打合せ、体操)→田端八幡神社→田端公園→八幡神社→平塚神社→旧古河庭園(見学・休憩)→妙義神社→染井稲荷神社→六義園(見学・弁当)→吉祥寺解散
写真は旧古河庭園の華麗な薔薇。その名は「カクテル」
◎第369回[田端文士村から駒込] =約11㌔=
5月14日(土)午前10時、田端文士村記念館に集合したのは、48人。当初、童橋公園で打合せと体操をするつもりだったが、スタンプラリーで王子に向かう組が出来、王子に向かう組とコース通り歩く組に分かれてスタート。
田端八幡神社、田端公園、八幡神社を通り、平塚神社を経て滝野川公園で再集合。ここで、打合せと体操を実施して、旧古河庭園に向かい、入場。
一方、王子に向かった組は、ほとんど線路沿いに上中里を経て王子駅に到着。メトロラリーのスタンプを押し、飛鳥山公園を通り、再集合場所の滝野川公園に着いたが、少し遅れ、直接、旧古河庭園に入場、みんなと合流した。
園内は薔薇の見頃、いつもは静かな園内の人出はピークに達し色とりどりの薔薇の饗宴にカメラを向けるもの、スケッチに勤しむものなどで一杯になっていた。
約40分の鑑賞をした後、出発。妙義神社、染井稲荷神社を経て、染井通を歩く。この通り、何となく昔のままで途中、「花咲か七軒町植木の里」という小さな自然公園があり、子供たちが嬉々として遊び親たちが一所懸命世話をしていた。古井戸が有り、雑木が生い茂り小さな流れまである。下見時におたまじゃくしが泳いでいたが、蛙になったかどうか聞いたところ、みんな蛙になったけど子供たちが追いかけるせいか皆どこかに逃げてしまったそうだ。町の人が管理し慈しんでいる公園は小さくても清々しい。駒込駅でスタンプした後、六義園に入る。
入口にある枝垂桜はすっかり葉っぱに覆われ、緑一色。池の一角に見事なつつじが一山だけ咲き揃い、目立つ。対岸の茶店横で弁当を開き昼食。日向であったが快い風が吹き爽やかな気分。桜時の人出が嘘のように静か。園内を一周したが、みんなの足取りはウォーキングを忘れたようにそぞろ歩きしながらこれはスダジイだからあれはスダバアなどと駄洒落を飛ばしながら園遊した。
だいぶ少なくなったメンバーで駒込富士のある富士神社、駒込名主屋敷の古めかしい門構え、天祖神社の並木道などを見学しながら吉祥寺に入る。吉祥寺の境内は意外に広大。大仏があり、二宮尊徳像や川上眉山や榎本武揚の墓などのほか一際大きな鹿嶋守之助夫妻の墓所が一角を占めていた。白っぽい境内の中で本堂の屋根の青さが印象的。誰かが別世界に迷い込んだような気持になるというのも確かだ。
本駒込駅に着いてここで解散した。
5月7日(土)午前10時=約10㌔=
(JR駅からハイキングNo.01006)
北千住駅西口集合→千住宿歴史プチテラス→千住大橋→水神大橋→東白髭公園→白髭橋→見返り柳→永久寺(目黄不動尊)→ジョイフル三ノ輪商店街→三河島駅解散
写真は隅田川神社の境内で咲くつつじと藤の花
◎第368回[隅田川の橋めぐり第1回]
(JR駅からハイキングNo.01006)=約10㌔=
5月7日(土)午前10時、北千住駅西口に集合したのは46人。生憎の雨模様で構内庇のあるところで、打合せ。体操をするには狭すぎるし、リーダー欠席のため、見合わせてスタート。
旧日光街道を南下。約180年前に建てられた紙問屋の横山家の土蔵が千住宿歴史プチテラスとして足立区が開設しているのを横目に見ながら千住大橋を渡って左折した。南千住駅北側のガードをくぐり、けやき通を過ぎると水神大橋。隅田川を渡って左折したのに不思議なことにまた隅田川。これは隅田川が西に向かっていたのに、ほとんど直角にカーブして南下しているためだ。
渡り切って直ぐ右折して東白髭公園に入り、隅田川神社前で休憩。境内の一角でささやかに咲く藤棚とつつじが見事に調和して美しい。
明治通で白髭橋を渡り左折して吉原大門に向かう。四つ角に立つ見返り柳。もう昔の面影がなく振り返る人もなさそうだ。土手通を歩き、目黄不動尊として有名な永久寺を眺めた。江戸五色不動の一つで、この五色不動、目には関係なく、東西南北中央の五方角を色で現したものと言うのが定説。しかし、私の聞いたところでは、江戸は火事が多く、埃も多かったため、目の病気になるものが多く、治癒をするためお不動様に頼ったという説がある。ちなみに、代表的な眼病は次の通り。[目白→白内障 目青→緑内障 目赤→結膜炎 目黄→トラホーム 目黒→盲目]
常磐線のガードを再びくぐると、そこは「ジョイフル三ノ輪商店街」。東京では珍しくなってきたアーケード街で、昔ながらの量り売りのお味噌屋さん、手作りの餃子屋さん、そば屋さん等、昭和初期の面影が残っている。続いて荒川仲通を通り抜け、左折するとゴールの三河島駅。記念品のバッヂをいただき解散した。
ところが我がGNPグループどうも物足りないらしく大半が西日暮里まで歩き、そこで昼食にありついた。もっともメトロスタンプラリーで西日暮里は外からつくという情報でこちらに回ったのが本音。ところが実際は改札の中。どうもメトロが作った情報は当てにならないことが判明した。
4月30日(土)午前10時=約8㌔=
西浦和駅(JR武蔵野線)集合→さくら草公園(打合せ、体操)→秋ヶ瀬橋→水棲植物園→秋ヶ瀬公園→子供の森→三つ池(休憩)→中土手橋→鴨川堤桜通り公園→桜橋→田島→西浦和駅解散
写真は秋ヶ瀬の水が引き入れられた田んぼの全貌
◎第367回[サクラソウ自生地から秋ヶ瀬公園]
(担当 鈴木 山下)=約8㌔=
4月30日(土)午前10時、西浦和駅に集合したのは、47人。駅前で打合せと体操をした後、当初の計画では、まずさくら草公園に行く予定だったが、反対周りにすることにし、まず、鴨川堤桜通り公園を歩く。桜のシーズンなら人出も多く、花見客が宴会を開いて賑やかだろうが、すっかり葉桜になった今は、人も通らず歩きやすい。途中僅かに残る八重桜が豊満さを通り越してうば桜になっていた。中土手橋で鴨川を渡ると、突然開けた田圃の群像!=写真右上= 水が入ったばかりの田圃にはほとんど苗も植わってなく、こういう姿はなかなかお目にかかれない。やっと秋ヶ瀬公園に入ったが、駐車場には車が一杯。テントが張られキャンプ場になっているようだ。若干の休憩をした後、鴨川放水路に沿って歩き、秋ヶ瀬橋をくぐり、さくら草公園に入るが、もう盛りを過ぎたせいか、ほとんど花が見つからない。僅かな可憐なさくら草を眺めるが、どうも時期を間違えたようだ。
「夏近し 森林浴に 背を濡らす」 利
ここで解散。ほとんどが西浦和駅に向かうが、A班の一部が北朝霞に向かう。隣駅で大したことがないと想像していたが、荒川を渡る橋が秋ヶ瀬橋しかない。この橋、実は非常に長く、武蔵野線に平行ではなく、どんどん拡がっていく。暑い日差しを浴びてやっと渡りきったが、今度は駅に向かう道が判然としない。行きつ戻りつしながらやっと武蔵野線を越えたが、結構駅から離れている。1時過ぎになり、全員空腹で機嫌が悪くなってくる。食べ物屋が見つからず、朝霞市の施設「湯~ぐうじょう」を見つけ、憩いの湯に入らずレストランに入る交渉をして1時間の制限で食事にありつく。食事後バスに乗るか歩くか協議したが、結局歩くことになる。ひたすら歩きつづけ、東上線の朝霞台駅に着き、コーヒーを飲んで落ち着く。ところがそれだけでは終わらず、有楽町線和光市駅からスタンプラリー! 池袋駅まで各駅下車! スタンプ8つ集めて終了。帰宅して歩数を確かめたところ約28,000歩。昨年10月以来の最高歩数だった。
4月29日(金)ホリデー快速おくたま3号に乗車したのは有志8人。定刻9時16分、青梅駅に到着、スタート。今年一番の暑さということで、真夏日。いきなり階段があり、音を上げたところが永山公園。ここで先着していたお一人と出会い、受付を済まし、9人で出発。永山公園通りを下ったり登ったりしながら歩き、光明寺前で左折。城山配水場で右折。勝沼城跡といわれるが、林道になっていて人一人やっと通れるような道。しばらく行くと吹上しょうぶ公園の看板が出てきたが、あるのは沼のような湿地帯だけで、しょうぶの面影はどこにもなかった。城山通、観音通を歩き、いよいよ塩船観音寺! 境内に入ると全山、つつじが一望に見渡せるすり鉢状=写真下=。つつじは満開とはいえなかったが、早咲きのつつじがわが代の春を歌うように真っ赤に色付いていた。休憩中、お忍びのY夫妻に遭遇した。今度はほとんど下りで楽だったが、気温が上がり、汗まみれ。霞川遊歩道を歩き、青梅線に沿って歩き、踏切を越えて青梅の古い街並を通る。この街並には昔の映画看板が飾られ、昭和レトロの町を象徴している。やっとの思いでゴールにたどり着き、麦茶のサービスを受け、人心地つく。割引券で空腹を癒し、帰途についた。
4月24日午前9時、有志7人が東京駅に集合、JR相模線香川駅に向かい、駅からハイキング「大岡越前祭と茅ヶ崎の春を楽しむ里山ウォーキング」に参加した。
茅ヶ崎駅前を行進する神奈川県警の音楽隊
まず丘の上にたつ文教大学を眺めながら県立茅ヶ崎里山公園に到着。まだ完成途上で風のテラスや多目的広場が出来たばかりのようだ。次にたどり着いたのが浄見寺。ここは大岡家の菩提寺。続いてゴルフ場を眺めながら殿山公園に入り、ここで受付。受付ではカードをカードリーダーにかざすだけ。
大幅に受付状況が変わり、今後受付の混雑は緩和されそうだ。
次はJAさがみの湯茶のサービス。麦茶にはありつけたが、饅頭のもてなしには間に合わなかった。駅前の中央広場は大岡越前祭の会場になっていて大勢の人が集まっていた。この雑踏を避けて駅前に出たつもりだったが、ちょうど行列の先頭に出くわしたせいか芋の子を洗うような雑踏に巻き込まれ、ほうほうの体! やっと駅前にたどり着くと、そこで神奈川県警の音楽隊に出会い、先頭は女性隊の演奏バンド。目の保養になり、しばらく眺めてしまった。いただいた割引券で昼食。アップダウンで疲れ切った身体を癒し、帰途についた。
4月23日(土)午前8時
浅草駅8;06集合(最前列乗車)→茂林寺→福寿殿→野鳥の森自然公園→つつじが岡公園(昼食)→つつじが岡パークイン→善導寺→田山花袋記念文学館→向井千秋記念子ども科学館→館林駅→北千住駅解散
つつじが岡公園で満開になった華麗なつつじ。
◎第366回[分福茶釜とつつじ見学]=約12㌔=
4月23日(土)午前8時前、浅草駅に大半が集合していたので、一電車早めて乗車、一両目はまるでGNPの専用車のような様相。北千住からも10人余り乗車。全員座席を確保し、茂林寺に到着。定刻組を駅前で待って茂林寺に向かう。
狸と分福茶釜の行列に迎えられ、清楚でゆったりした境内で打合せと体操を実施。ついでに狸像の前で記念撮影のあと、スタート。野鳥の森自然公園からつつじが岡公園を目指して歩くが、方向感覚を失い、行きつ戻りつしながら歩いているうち、2分、3分! それでもつつじが岡公園のふれあい橋で全員44名が集合、西口入場券売り場前の広場で弁当を開く。
その後、42人が団体で有料公園に入場、3分咲きといわれるつつじ鑑賞に移った。公称1万株というつつじの群像は流石に壮観。つつじは赤いものと決めていたが、その赤さも千差万別。その上に白ありピンクあり、むらさきに近いものもあった。
C班は渡し舟で対岸に渡ってスイセンで有名な善長寺に入った。
「善長寺 『お辻』の墓の 雪柳」 利
この渡船料200円を惜しんで城沼を回遊。さくら橋を渡り、つつじ橋を渡り対岸に出た。対岸は出来上がったばかりの遊歩道が整備され歩きやすかったが、まだ並木が若く木陰がないので夏場はさぞや暑く、冬は寒そう。一番いい時期に来たものと自画自賛。
尾曳橋手前で休憩。200円分の歩行は相当なものだった。田山花袋旧居を見学、田山花袋記念文学館、向井千秋記念子ども科学館は眺めながら通り過ぎ、館林市役所の敷地内を通り駅前通を歩くが、歩道にはスポンサーの名前のついたつつじ鉢が並び目を楽しませてた。
駅前に着き、コーヒータイム。陽春の半日、つつじを堪能して帰京した。
4月16日(土)午前10時=約11㌔=
錦糸公園(JR錦糸町駅徒歩2分)集合→友綱→安治川→宮城野→花籠→間垣→(緑町公園・休憩)→八角→二所ノ関→二十山→三保ヶ関→大島→出羽海→井筒→春日野→時津風→立浪→(旧安田庭園・休憩)→(東京都復興記念館)→片男波→高砂→東関→九重の各部屋→大横川親水公園解散
両国で見つけた鮮やかな花。名前のわかる方、教えてください。分かりました。「ベニバナトキワマンサク」です。
◎第365回[両国相撲部屋めぐり]=約11㌔=
4月16日(土)午前10時、錦糸公園に集合したのは、51人。前週では満開の桜の花はすっかり散り落ちて葉桜。その中で八重桜だけがわが世の春を謳歌するように艶やかに咲き誇っていた。
JR駅からハイキングの申込方法が変わったことやメトロスタンプラリーに参加するため、スタンプ帳を各人で取得しておくことなどの打合せを実施。その後、Y.Tさんの体操を行ってスタート。総武線、京葉道路、高速道路を越えて、先ず魁皇のいる友綱部屋、安馬、安美錦のいる安治川部屋、白鵬のいる宮城野と回る。続いて現在、幕内力士のいない花籠、間垣部屋を回り、歴代横綱の碑がある野見宿弥神社に入る。現存している横綱は朱書きしてあり、現役は朝青龍一人。直ぐ隣の緑町公園で休憩した。
今度は北勝力、海鵬を有する八角部屋を見たが、かつての大部屋二所ノ関部屋には幕内力士がいない。二十山、三保ヶ関部屋にも今はいない。モンゴル力士の旭天鵬、旭鷲山は大島所属。出羽海部屋には普天王しかいないのは淋しい。井筒部屋もいない。春日野部屋は栃之洋、春日錦がいる。今回の部屋めぐりで唯一3人幕内力士がいるのは時津風部屋。霜鳥、豊ノ島、時津海がいる。名門、立浪部屋にもいない。旧安田庭園で休憩。無料の庭園としては手入が行届いている。。
東京都復興記念館を通り、玉乃海、玉春日を持つ片男波部屋を通り、唯一の横綱、朝青龍を有する高砂部屋には朝赤龍もいる。離れている東関部屋は省略して最後が千代大海のいる九重部屋と回り終えた。
「両国や 干した廻しに 散る桜 」 利
解散場所、大横川親水公園ではガラス器具の展示会が盛大に行われ賑っていたので、端の方で体操をして、三々五々、昼食に向かった。
4月9日(土)午前10時
猿江公園集合→大横川親水公園→業平橋→源森橋→隅田公園(休憩)→牛嶋神社→三囲神社→長命寺→桜橋→隅田公園→吾妻橋→両国橋→清洲橋→清澄公園解散
◎第364回[大横川と隅田川]=約10㌔=
4月9日(土)午前10時、久しぶりに猿江恩賜公園に集まったのは、初参加のM夫妻を含めて52名。館林行き東武の土休券を配布し、晴れ渡った空の下、Y.Tさんの体操をして、出発する。
桜、連翹、雪柳など、いっせいに開花した猿江恩賜公園を半周して大横川親水公園に入る。北斎通りは信号を渡るが、他は橋がくぐり抜けられたので、車の心配もせず、いろんな花や木を眺め、気持ちよく水辺を歩けた。
業平橋をくぐると小さな池の向うに船の舳先が付いた建物が立ちはだかる。左に上って浅草通りを墨田区役所の方へ進み、工事中の源森橋を渡る。細い仮橋から見下ろす北十間川は澱んでいた。
隅田公園に入ると築山の向うに満開の桜と花見客があふれていた。日本庭園の池に白鷺がいて、見物客を喜ばせていた。牛嶋神社でちょっと休み、A班の一部と合流して、つり堀から、高速下の道を三囲神社、弘福寺、長命寺へ。言問団子の店は長だの列、諦めて桜橋を渡る。太鼓が並べてあったが、まもなく何か始まるのだろうが、そそくさと通り抜ける。
台東区に入り、水門そばの公園の初々しい若柳に見とれ、土手に上がる。堤一面の桜に穏やかな川面、つい「春のうららの隅田川」と鼻歌が出る。桜の下は楽しそうな家族連れやグループ連れの輪ができ、場所取り予約(?)の敷物が拡がっていて、通路が狭くなっている。予定の休憩場所は、ものすごい混雑で、とても滞まることは出来そうにないので、そのまま歩き続けることにする。
吾妻橋を渡り、信号を渡って、隅田川テラスに出ると、喧騒が嘘のように消え、颯爽と歩けた。相変わらず青テントが並んでおり、洗濯物が干され、結構文化的生活のようだ。厩橋は工事中で上の信号を渡る。両国橋をくぐって上がり、中央区にはいる。「ヒミコ」が通るのを見られたが、ぺッタンコのゾウリムシのよう。後ろ姿の日の丸が灰色に汚れていたのはちょっと悲しかった。
高速の合流点辺りから土手に上がるとゴールの浜町公園。今日は完歩した人がほとんどで、心地よいウォーキングだった。体操をして解散、それぞれお昼に向かった。
4月2日(土)午前10時
飯田橋駅西口みやこばし集合→外濠公園(体操)→市ヶ谷駅前→四谷駅前→若葉東公園→権田原坂→青山一丁目→赤坂見附→虎ノ門→日比谷公園解散
[外濠公園の桜はまだ蕾。その下で連翹は満開だった。]
◎第363回[飯田橋・四谷の花見]=約9㌔=
天気予報に反して快晴で絶好の花見日和になった4月2日(土)午前10時、飯田橋駅西口みやこばしに集合したのは、何と52人。本年第1四半期の皆勤者はこれまでの最高16人に達し、記念品を手渡すなどの打合せはここで実施したが、体操の場所を求めて外濠公園に早速入る。
ところが一寸した広場になっている場所はシートなどが張られ、すでに花見場所取りが始まっている。桜はまだほんの蕾が膨らんだ程度。昨日までの春寒が桜を縮込めたらしい。やっと市ヶ谷駅近くに一寸した広場があり、そこでY.Tさんの指揮で体操。歯切れのいい掛け声のおかげで身体もほぐれ、今度は颯爽と歩く。
市ヶ谷駅前からは市ヶ谷橋を渡り、高力坂側を通り、四谷駅前で再び西側に出てホテルニューオータニの手前で紀伊国坂に入る。ここからは赤坂御用地の周りを一周することになる。
先ずは迎賓館正面にある若葉東公園に向かい、ここで休憩。この公園の下はJR御所トンネルとなっているところで、入口は煉瓦造りとなっている。
ここから鮫ヶ橋坂を下り皇宮警察から権田原坂(別名安鎮坂)を上る。このへんが東宮御所とのこと、皇太子家族のお住まいらしい。
権田原で左折、外苑東通を青山1丁目まで歩き、また左折して青山通の右側を歩く。途中、高橋是清翁記念公園があったので、中に入る。ここは、2.26事件の際、この地で高橋是清翁が暗殺された場所とのこと。今でも当時の庭が偲ばれる池がそのままあり、一番奥に銅像が建立されている。
赤坂見附で外堀通に入り、虎ノ門まで、日枝神社や小松ビル、霞ヶ関ビルなど眺めながら歩き、霞ヶ関を通り、日比谷公園に入る。公園内はすっかり春景色。人出も多く、広場では、今話題のニッポン放送がボランティア大集合の行事を行うらしく賑やか。一方、日本庭園では物静かな落ち着きを見せ、心字池も回りの木々を映し出し、華やいでいた。
「心字池 真中に映る 若桜」 利
大噴水前で整理体操をして解散した。
(京王沿線ウォーキング第8回)
3月26日(土)午前10時=約11㌔=
京王新宿駅集合→鬼王神社→都立戸山公園→水稲荷神社→甘泉園→穴八幡神社→厳島神社→花園神社→新線新宿駅解散
◎第362回[堀部安兵衛縁の地から早稲田の学生街を歩く]
今週は京王沿線ウォーキング第8回に便乗することとし、3月26日(土)午前9時30分ごろから京王新宿駅に集合し始めたが、天下の新宿西口、雑踏に巻き込まれそうなので、急遽、鬼王神社に再集合することにした。参加者は49人。打合せと体操をした後、出発。途中の休憩場所、ゴールでの再集合は行わず、自由歩行とした。
都立戸山公園に入り、新宿スポーツセンターを横目に見ながら諏訪神社横を通り、水稲荷神社は省略して甘泉園に入る。ここは、「源頼朝が馬の足を冷やした」と伝えられる泉が名前の由来といわれているが、庭で珍しく松の雪吊りがしてあった。よく見ると枝に縄は結ばれていなく、単なるダミー。失望はしたが、それでも管理人の苦労の様子が偲ばれ、都会の中で静寂を求める憩いの場に放っている。
若干の休憩を取った後、新目白通を通り、早稲田に向かう。大隈講堂の見える塀のあたり、桜が満開に咲き、一足早い花見を満喫して穴八幡神社に到着。階段で上まで上がる。
今度は箱根山通を歩き、抜け弁天といわれている小さな厳島神社に入る。続いて都電軌道跡の文化センター通を歩き、花園神社をチラッと見て甲州街道に入り、JR新宿駅南口の構内の雑踏を掻き分けながら京王新線新宿駅に到着。
記念品に「メモ挿み」をいただき解散した。=約11㌔=
3月19日(土)午前10時=約10㌔=
子供の広場(東西線西葛西駅南出口徒歩3分)集合→清新町緑道→新長島親水公園→葛西親水四季の道→千種児童遊園→旧江戸川土手→古川親水公園→二之江コミュニティー会館(休憩、第一次解散)→新川橋→行船公園解散
写真は梅に鶯ならぬ琉球桜にヒヨドリ=西葛西駅前子供の広場にて=
◎第361回[江戸川葛西コース]=約10㌔=
3月19日(土)午前10時、東西線西葛西駅前公園子供の広場に集合したのは46人。先ず初参加したH.Iさんの自己紹介。その後、打合せとH.Wさんの体操を実施。
江戸川区球場を左手に見ながら新長島親水公園を南下。葛西親水四季の道に向かって左折、しばらく歩き、流れに沿ってまた左折。
北上しているように見えたが、いつの間にか西進。葛西区民館を右手に見ながら環七を渡り、東葛西地区に入る。桑川神社を左に東善寺を右に見ながら千種児童遊園から旧江戸川土手に上がる。
「春めきて 出番待ちする 屋形船」 利
この江戸川が東京と千葉の県境。対岸は浦安市になる。新川東水門の細い方の橋を渡り、熊野神社の先で左折。宇田川家長屋門を見学。今も使われている屋敷で、門が開いていたので中を盗み見したが、広大な庭は手入が行き届いていた。
古川親水公園にある二之江コミュニティー会館でトイレ休憩。ここで第一次解散の予定だったが、好天に恵まれ、4月の陽気。道筋が歩きやすく中断した人は用事を持っていた約1名だけで、全員ゴールまで歩くことにする。
再び環七通を横断して古川親水公園を新川橋まで辿り、三角橋で左折、さくら公園へ右折。宇喜田通で左折。野球場先の道から行船公園に入り、ここで体操をして解散した。
◎第360回[府中観梅ウォーク]=約10㌔=
3月12日(土)午前10時
府中公園(京王線府中駅徒歩5分)集合→府中の森公園→三ヶ村遊歩道→二ヶ村緑道→府中市郷土の森(休憩、第一次解散)→下河原緑道→三小前→新田義貞像→京王線分倍河原駅解散
[太い幹に毅然として直接咲いている梅一輪]
◎第360回[府中観梅ウォーク]=約10㌔=
3月12日(土)、京王線府中駅前からスタートする方が若干居たため、駅前でしばらく屯。他の方は午前10時、府中公園に集合。打合せと体操を実施して出発。
府中の森公園を通り抜け、甲州街道と京王線を越え、東京競馬場の西側を通る是政通を歩く。続いて三ヶ村遊歩道を歩き、南武線を越え、府中市郷土の森正門前に到着。
団体で入場するため、ここから直帰した4人を除いた全員から160円を集め、窓口に出したところ、何人入るんだ、お金はいくらか、申込書の書き方まで一々官僚的に指図する無礼な係員に出会い、気分を害する。
しかし、場内は穏やか。しばらく大道芸人の面白おかしい達者な芸に見とれ、気分を落ち着かせ、梅林に入る。梅林は今を盛りと数多い品種の梅の花が咲き乱れていた。白梅よりも紅梅のほうが香りがきついことを実感。「梅ヶ香」という香りはどうも紅梅の香りを言うようだ。
この梅林の中でGNPメンバーは三々五々、弁当を開き梅見の宴。今まで寒さに凍えながらの梅見が多かったが、久し振りに快晴の下、穏やかに早春の息吹を感じることが出来た。
休憩後、ここでじっくり梅の見学をするという若干のメンバーを残して下河原緑道を歩く。この緑道、一見、川の跡のようだが、直線で続く景色は違う。
実はこれは元国鉄下河原線の跡で昭和51年に廃線となったもの。開業は古く明治43年東京砂利鉄道として多摩川の砂利運搬を目的としたものとか。乱掘による環境破壊などが問題にされ昭和40年採掘が禁止され、旅客業務への転換もままならず、この緑道に生まれ変わったそうである。
新田義貞像が聳え立つ京王線分倍河原駅で解散した。
3月5日(土)午前10時=約10㌔=
給水場公苑(御茶ノ水駅御茶ノ水橋口徒歩5分)集合→新壱岐坂→旧東富坂→鎧坂→炭団坂→文京ふるさと歴史館→本妙寺坂→菊坂→本郷3→本郷座跡→サッカーミュージアム→御霊神社→清水坂→湯島天神(参拝)→麟祥院→竜岡門→三四郎池→安田講堂→東大正門→胸突坂→源覚寺→小石川植物園(自由見学)→播磨坂→竹早公園(茗荷谷駅徒歩3分)解散
◎第359回B[本郷・後楽園] =約10㌔=
3月5日10時、前日からの雪が残る冷たい朝、集合場所の本郷給水場公苑に続々と42人が集合。裏通りで、しかも配水池の上にあるため、周りから見えにくい公苑のせいか、迷った方もいたようだ。和風庭園とバラ園と西洋庭園があり、一角に神田上水懸樋が復元されている。隣りは都水道歴史館。
打合せ、土休券配り、翌6日のM.Nさんのコーラス発表会の案内、Y.Tさんの体操をして出発。春日通に出て左折、急な旧東富坂を下り、講道館を眺め、春日交差点を過ぎてすぐ右の路地へ。工事現場脇から急な石段を登り、鐙坂を下る。菊水湯を右。その後文京ふるさと歴史館を回る予定だったが通りすぎ、炭団坂、本妙寺坂を省略。菊坂を上り本郷通りを右へ。くねくね曲がり、サッカーミュージアムへ、建物は以前の三洋電機のまま。移り変わりを感じる。
細い石段を登り御霊神社を抜け、清水坂を左折、突き当りの湯島天神で休憩。梅も見ごろ、境内はお店と人でごった返していた。
旧岩崎邸庭園はまたの機会にして、春日通を上がり本富士警察署を右折、竜岡門から東大に入る。路線バスが入ってきている。付属病院を過ぎて三四郎池に行こうとしたとき、警備員のお兄さんから制止され、びっくり。団体は3週間前に申し込まないと構内に入ってはいけないとの事、「何時からだめになったの」「ずっと前から通っていたわよ」「入口に何も書いてなかった」「じゃあ、これから先はばらばらになって」などなど、いろいろ言ったけれど、真面目一徹のお兄さん、どうしても通してくれない。仕方なくその場から戻って弥生門から外に出る。
暗闇坂、言問通りと大まわりして正門まで戻るのは馬鹿らしいので、まっすぐ菊坂下へ下る。途中、石崖の上に大きな3階建の木造家屋がそびえていた。いかにも昔のままの古びた姿で、寄宿舎なのか住んでいる人が居るように見える。東大を追い出されてむかついたけれど、こんな珍しいものが見られたから、ま、いいか、と、少し気が収まった。
コースに戻り、こんにゃくえんまに入る。
「源覚寺 蒟蒻並ぶ 余寒かな」 利
千川通りをすすみ、小石川植物園は見る人が居ないというので寄り道せず、竹早公園へ到着。すでに解散していたA班と合流。A班、C班は、ちゃんと東大を通ったそうだから不思議な話だった。
3月3日(木)8時成田空港集合→西安→漢陽陵→考古文化陳列館→開遠門跡→西安市旅遊局歓迎宴→西安泊
4日(金)歴史博物館→大雁塔→空海記念碑→空海記念堂→青龍寺→興慶宮公園→夜市・屋台散策→西安泊
5日(土)秦兵馬俑坑博物館→秦始皇帝陵→華清池→南の城門→城壁散策→西安泊
6日(日)鐘楼→碑林博物館→書院門古文化街散策→15:30西安発→20:30成田着
◎第359回A[西安三泊ウォーク]
3月3日(木)7時50分成田空港に集合したのは9人。出国手続を済ませ、定刻9時50分JL609便は一路、西安に向かい、定刻14時5分到着。添乗員の周さん、ドライバーの陳さんに迎えられ、西安郊外西部地区の漢陽陵、考古文化陳列館を見学。夕食は西安市旅遊局歓迎宴ということで西安郷土料理を味わった。宿泊は古都新世界大酒店(GRAND NEW WORLD HOTEL)。
4日(金)は8時30分ホテルを出発。歴史博物館をたっぷり見学。昼食は肉包子。その後、大雁塔に上り西安市街を展望。続いて青龍寺に入り、空海記念碑と空海記念堂を見学。そのあと、南大門から城壁に上がり東角まで往復ウォーキング。夕食は四川料理。夜はディナーショーを楽しみ、ホテルで宿泊。
5日(土)も8時30分ホテルを出発、西安郊外の東部地区に向かい、先ず楊貴妃で有名な華清池を見学。その後、車窓から秦始皇帝陵をを眺め、秦兵馬俑坑博物館を見学。昼食は中華麺料理。午後は興慶宮公園に向かい、阿倍仲麻呂記念碑を眺め、古代の日中交流の深さを知った。夕食は「徳発長」の餃子料理。食後、庶民の熱気と活気に溢れる夜市、屋台を眺めながら散策。ホテルで9人揃って最後の夜を珈琲パーティーで楽しんだ。
6日(日)も同じく8時30分ホテルを出発。鐘楼を眺めた後、碑林博物館に入り、漢字の成り立ちと石に刻み込まれた王義之の達筆などを見学。拓本の実技なども見た後、書院門古文化街を散策。続いて西大門から城壁に上がり、シルクロードの出発点を眺め遥か西の彼方にトルコ、ヨーロッパを臨み、西安空港で昼食。15時30分JL600便に搭乗。定刻20時20分成田に到着。入国手続は人が多く1時間を超えて終了。全員無事、帰宅した。
2月26日(土)午前10時
栗山公園(JR東小金井駅南口徒歩5分)集合→武蔵野公園(ハケの道)→滄浪泉園(休憩)→茜屋橋→玉川上水→小金井公園(弁当)解散=約10㌔=
◎第358回[はけの道小金井公園] =約10㌔=
2月26日(土)午前10時、栗山公園に集合したのは、47人。昨夜来の残雪が残る園内で打合せと体操の後、直ちに武蔵野公園に入り、野川を辿り、滄浪泉園で休憩。
「冴え返る 滄浪園に 鳥の声」 利
ここから茜屋橋まで新小金井街道を直進して玉川上水に入る。この浅くて狭い玉川上水で、菊池寛は入水したと聞くが、どんな風だったのか、疑問を感じながら歩き、新小金井橋で左折、小金井公園に入り、ガツガツ寒さに震えながら梅林でお弁当を開きここで流れ解散とした。
2月19日(土)午前9時(JR01033)
JR品川駅中央改札口集合→品川駅開業碑→旧東海道→戸越銀座→すずめのお宿緑地公園→清水池公園→目黒不動尊瀧泉寺→目黒駅解散
◎第357回A[駅開業120周年記念目黒駅] =約12㌔
2月19日(土)午前9時、JR品川駅中央改札口に集合したのは15人。当初、国府津の梅見に参加する予定だったが、雨天のため、急遽変更したもの。雨模様の中、体操も省略して品川駅前から旧東海道に入り、聖跡公園で右折。京浜急行線、東海道本線、山手線、東海道新幹線、横須賀線、埼京線と複雑に絡み合う大崎駅横を通り、貴船神社に突き当たる。
ここから長ったらしい直線的な戸越銀座を歩き平塚橋から右折して直接目黒不動尊を目指し、すずめのお宿緑地公園、清水池公園は省略した。目黒不動尊では水かけ不動で願をかけ、可憐に咲く紅梅を愛でながらしばらく休憩。
目黒川を越え、短いけどきつい行人坂をほうほうの体で上り、ゴールの目黒駅で解散した。
2月12日(土)午前10時(JR01032)
千駄ヶ谷駅集合→鳩森八幡神社→明治神宮→代々木公園→NHK放送センター→いちょう並木→明治神宮外苑→千駄ヶ谷駅解散=約11㌔=
◎第356回[神宮の森を散策する]
2月12日(土)、10時、JR駅からハイキング「都会のオアシス・神宮の森を散策する」に参加。千駄ヶ谷駅に集合し、東京体育館の門前の広場で体操、早速出発する。鳩森八幡神社を右折、明治神宮へ向かう。北参道から玉砂利をザクザク歩く。何時来てもすがすがしい森だ。原宿門を出て代々木公園交番前を左折、NHKをぐるっと回ってホール前で休憩する。リサイクルのフェスティバルが賑やかに展開していた。
渋谷区役所前の坂を下り、電力館前でJRをくぐり、明治通りへ。古い建物が随分少なくビカビカした通り。神宮前を右折して、キャットストリートへ入る。個性豊かというか、おもちゃのような店が続く不思議な空間だ。外苑西通りを南青山3丁目で右折。ツンツンと空に向かって枝を伸ばしている銀杏並木を抜け、聖徳記念絵画館前を通り、一路千駄ヶ谷駅へ。
抜けるような青空を仰ぎ、日陰は冷たくても、日向はぽかぽか、快適なウォーキングだった。参加48名。
2月5日10時、日比谷公園大噴水広場に集合したのは、何と54人。朝日に噴水の虹が輝く。真っ青な空の下、元気に体操して出発する。内幸町の信号を渡り、銀座8丁目を過ぎ、ときめき橋を渡る。中央通を跨ぐエスカレーター付の歩道橋だ。新橋演舞場へ向かう着飾った人達とすれちがう。
万年橋、築地橋を越え、新富1丁目を右折。鉄砲洲稲荷、南高橋、そして中央大橋を渡り佃公園で休憩。木々もしっかり根を張り、落ち着いた公園を一周して水門上の橋を渡り住吉神社に参拝。
「隅田川 川面にただよふ 浅き春」 利
佃小橋を渡り、清澄通りを横断、朝潮大橋、春海橋を渡り豊洲に入る。石川島播磨重工が移転して、芝浦工大やショッピングセンター、マンションなど、あちこち工事が真っ盛り。枝川で右折、枝川1丁目を左折。三つ目通りを越えてしおかぜ橋を渡り、新装なった深川八中を見て南開橋を渡り、お馴染みのしおかぜの散歩道を通って健康センターへ到着。体操して解散。それぞれお昼へ向かった。
1月29日(土)午前10時
井草森公園集合(西武新宿線井荻駅北口徒歩3分)→妙正寺公園→妙正寺→観泉寺→どんぐり山児童遊園→井草八幡宮→善福寺公園(休憩)→東京女子大学→荻窪八幡神社→白山神社解散
写真は井草八幡宮、微笑ましいお宮参りの記念撮影
◎第354回[妙正寺池から善福寺池]
1月29日(土)午前10時、今にも雨が降りそうな曇天で寒々とした冬空にもかかわらず、井草森公園に53人が集合。簡単な打合せと十分な体操を実施してから出発。
西武新宿線井荻駅西側にある可愛い踏切を渡って遊歩道に入る。かつて川が流れていたのであろうか。曲がりくねった小道はコンクリート敷きだが、自転車も通さないようにしているためか、歩きやすい。ところが今を盛りとばかり工事中のところがあり、途中で一般住宅道路にも入った。梅のほころびも少し見えたが、春の気配とは言えない。やっと妙正寺公園に着くが、寒いせいか、人出が少なく、池の中の鴨もまるくなっていた。
裏門から妙正寺に入り表門から出る。しばらく直線になった道路を歩くが、途中の梅園では僅かに紅梅の蕾が膨らんでいた。荻窪病院前で右折、突き当たりに観泉寺があるが、ここは今川家の菩提寺。そういえばここは今川町。なかなかの格式だ。
しばらく行くと今度はどんぐり山児童遊園。思ったより小さい公園だ。レンガ敷きの遊歩道を通り、都立杉並工業高校に突き当たり青梅街道を渡ると井草八幡宮。ちょうどお宮参りの記念撮影が行われていた。近頃では珍しく4人目の孫を抱えた祖母の幸せそうな姿が印象的だった。ここで若干の休憩。ヒノキやケヤキ、それにクスノキなど大木に覆われ、なかなかの風情。道に迷いそうになったが、無事、善福寺公園に到着。
本来は盲腸のように見える池の周りを一周する予定であったが、カットして対岸に出た。東京女子大学横を通り、善福寺川を渡り、住宅地の中を通り、荻窪八幡神社の裏口から中に入ったが、ここは小さい神社。チラッと見ただけで、環八通りを渡り、到着したところが白山神社。すでにC班は到着。B班は15分後に到着、ここで整理体操をした後、解散した。
1月22日(土)午前10時(JR No.01029)
蒲田駅(京浜東北線)集合→曹禅寺(布袋尊)→微妙庵(毘沙門天)→馬頭観音堂(大黒天)→厳定院(弁財天)→池上本門寺→本成院(福禄寿)→妙見堂(寿老人)→養源寺(恵比寿天)→蒲田駅解散
写真は崇禅寺に祀られている布袋尊
◎第353回[池上七福神めぐり]
1月22日(土)午前10時、蒲田駅に集合したのは、50人。駅構内の混雑を避けて熊野神社に再集合。打合せと体操をして出発。東急池上線の踏切を渡って布袋尊を祀っている曹禅寺に到着。布袋尊は福徳・円満・忍耐を授ける弥勒菩薩の化身といわれている。
続いて池上駅の右側で再び東急池上線の踏切を渡り、微妙庵に到着。ここでは、お釈迦様の守護神で学問、厄除けの神様でもある毘沙門天か祀られている。次に回ったのは階段を上がったところにある小さな祠のような馬頭観音堂。ここには、有徳、財宝、闘戦の神様、大黒天が祀られていた。
ここから六郷用水遊歩道を歩き、芸術、弁舌、才知、財宝を司る弁財天を祀る厳定院に向かう。この頃になると刻印をもらおうとする行列が長くなり、中に入るのを省略して池上本門寺の石段下で休憩。数人は石段を上がり本堂でお参りしていたが、大半はここで屯した。
5番目は福と禄と寿命を授ける老人神、福禄寿を祀る本成院に入る。6番目の妙見堂は、妙見坂の石段を上がった山上に建つ堂宇。学問と万民救済の神様、寿老人を祀っている。
最後は呑川の辺に建つ養源寺。商業漁業繁栄、家庭円満の福の神、恵比寿天が祀られている。
七福神、考えてみると人間の小さな望みが全て叶えられるような中身になっていて、歩いて拝むだけで幸せな気持になるという功徳があるようだ。今年の七福神めぐりは、日本橋、浅草、そして池上と3ヶ所も巡ったのだから、GNP一同、今年の運勢は大丈夫ということになる。
コースどおり歩いて正午頃、ゴールの蒲田駅に到着、解散した後、各人駅前で食事をして無事帰宅した。=約8㌔=
1月15日(土)午前10時(東武主催)
隅田公園(銀座線浅草駅5番出口徒歩1分)集合→浅草神社→浅草寺→矢先稲荷神社→鷲神社→吉原神社→石浜神社→橋場不動尊→今戸神社→待乳山聖天→隅田公園(解散)
写真は、新吉原花園池跡に建つ吉原弁財天
◎第352回[浅草七福神めぐり]
1月15日(土)10時、早朝から冷たい雨が降り続く中、集合場所の隅田公園吾妻橋側入口に続々と人々が集まってくる。高齢者の中に子供や若めの人もちらほら。受付で東武健康ハイキングの申込書と地図をもらう。GNP参加者43名、雨の中、スイスウォーキングと西安ツアーの話、西武線土休券を配布して、カッパや傘を差して約8キロのコースへ出発。
先ずは待乳山聖天(毘沙門天)へ参り、浅草北部ことぶき商店街を北上。傘の列を追い越すのは大変なので道路の向側を進む。橋場交番を右折、突き当たって左折、橋場不動尊(布袋尊)に立ち寄る。
隅田川にかかる白髭橋を右手に見て、工事中の横断歩道を渡り、石浜神社(寿老人)へ。土手から少し高いところにあって晴れていれば隅田川を見晴らせてゆったりした気分になれるだろうにと思える。明治通りをちょっと歩き、アサヒ商店街を土手通りまで進む。吉原大門右折、日本堤1丁目を左折して、一葉記念館前で休憩。甘酒をいただく。
依然として降り続く雨をものともせず、飛不動、鷲神社(寿老人)の大熊手を仰ぎ、吉原神社(弁財天)に入る。ところがここでは弁財天を拝めず、新吉原花園池跡に建つ大きな吉原弁財天の雨に濡れて切なげなお顔を見上げて拝む。その後、国際通りを横断、入谷2丁目を左折するとかっぱ橋道具街。厨房器具、食器、屋台が揃い、即商売が始められそう。
合羽橋の信号を過ぎた所に金色の河童がいた。贅肉がなくキリリと締まった体つき、足が細すぎるけれど格好いい。傘も差さずに腰みの姿で寒そうだった。矢先稲荷神社(福禄寿)に参り、かっぱ橋本通りを六区へ。途中、テプコ浅草館で新潟中越物産展が開催されていたが、見落としてしまった。
奥山おまいりまちを通り浅草寺(大黒天)、浅草神社(恵比寿)へ参拝し、後はひたすらゴールへ向かう。
東武鉄道の人から絵馬を貰って解散。三角くじを引いてバッグや水筒を当てた人もいた。一日中雨の中の歩行、地図はぼろぼろだし、周りは見えないし、冷たいし、やっぱり雨は嬉しくない。 【KM記】
「御神籤に 喜怒哀楽の 初参り」 利
=約8キロ=
1月8日(土)午前10時(担当 A班)
森下文化センター3階第1研修室集合→第8回定時総会→清洲橋→松島神社→水天宮→茶ノ木神社→小網神社→椙森神社→宝田恵比寿神社→末広神社→笠間稲荷神社→浜町亭本店(午餐会)解散
写真は、弁財天を祀っている水天宮の賑わい
◎第351回[総会と日本橋七福神めぐり] =約8キロ=
1月8日(土)午前10時、森下文化センター3階第1研修室に集合したのは、新人お二人を含めて57人。
M.Nさんの司会、H.W副会長の開会の辞で第8回定時総会を開催。会長の挨拶の後、昨年度の活動報告、収支報告、監査報告を終え、次に本年度の活動計画案、予算案の承認を受けた。
続いて昨年第4四半期皆勤賞7人、50回を皆勤した4人に皆勤賞を贈呈。また年25回以上出席した53人に記念品、下見を担当した51人にお礼を差し上げた。ここで、会員の皆さんから会長夫妻に折畳みステッキが贈られ、両者感激していた。
最後にC.Hさん作詞作曲のGNPウォーキング讃歌をアレンジしたH.Wさんから曲譜を紹介、無事、総会は終了した。
高森公園でY.Tさんの体操をした後、いよいよ本年最初のウォーキングを開始。小名木川沿いを歩き、万年橋、清洲橋を渡り、まず、松島神社(大黒天)、水天宮(弁財天)を巡る。
続いて茶ノ木神社(布袋尊)、小網神社(福禄寿、弁財天)を巡り、堀留児童公園で小休止。今度は椙森神社(恵比寿神)、宝田恵比寿神社(恵比寿神)を巡り、三光稲荷に立寄る。
最後に末広神社(毘沙門天)、笠間稲荷神社(寿老人)と巡り、七福神ならぬ九福神(弁財天が二つ、恵比寿神が二つ)と余禄一社と回り、明治座裏の浜町亭本店に到着。
2階に上がり午餐会を開催。当会顧問のUさんも参加して、それぞれが選んだメニューは9品目。和気藹々のうちに舌鼓を打ち、今年の例会完遂を誓って解散した。
「災を断ち 七福願う 福詣」 利
12月25日(土)午前10時=約8キロ=
十思公園(日比谷線小伝馬町駅4番出口徒歩1分、JR馬喰町駅、都営新宿線馬喰横山町駅2番出口徒歩6分)集合→人形町通→金座通→明治座→清洲橋→清澄公園(休憩)→深川江戸資料館→木場公園→木場親水公園→富岡八幡宮解散
12月25日(土)午前10時、十思公園に集合したのは、何と50人。この中には今年ウォーキング12週間を卒業したばかりのお二人も参加した。丸7年350回目の本日、予報に反して雲一つ無い快晴。GNPの偉業をお天道様はまるで称えているような日和。
この中で、打合せと体操をした後スタート。
人形町通をしばらく直進し、銀座通ならぬ金座通に入る。久松町で清洲橋通に入り、明治座を左手に見ながらあやめ橋地下道をくぐり清洲橋を渡り、清澄公園で休憩。
この間、天気がよく普通なら日陰を求めて歩くところだが、今日は風が冷たく、日向を求めて歩いてしまった。師走例会最後の日はやはり、冬を実感しながらのウォーキングといえる。
ここからは、全員勝手知った江東区内の道路。自由自在にコースを決めることができるようで、B班、C班は、何か企んでいるようなので、A班は意地でもコースどおり歩こうと決意したが、本心はどこかで省略したいような気持だった。
今度は深川江戸資料館通を東京現代美術館前まで歩き、右折して木場公園に入る。木場公園では何か大掛かりな工事が進行中。オペラの仮小屋らしきものが作られ、来春3月に公演があるらしい。
木場公園大橋を渡らずに仙台堀川公園を西進。四つ目通をくぐり、葛西橋通をくぐりUターン。横十間川親水公園に入る。工事中のため、今度は四つ目通をくぐることが出来ず、一般道で四つ目通を横断して平住橋、豊木橋を渡り、再び木場公園の南側に入る。
木場公園では広場の芝生の中を堂々と気持よく横断して三つ目通を横断歩道で渡り、高速道路下を歩く。鶴歩橋を渡り、八幡橋をくぐり、横門から富岡八幡宮に入り、伊能忠敬像前に到着。途中を少々省略したC班、B班の順ですでに到着しており、ラストがA班。それでも全員揃い、H.W副会長の音頭で三三七拍子。今年一年を締め、大団円を向かえた。
◎第349回[品川から丸の内] =約8キロ=
12月18日(土)午前10時
品川駅港南口集合→芝浦中央公園→高浜公園→新芝運河→新芝橋→香取橋→東芝→東京ガス→イタリア庭園(休憩)→汐留→新橋→日比谷→東京国際フォーラム解散
◎第349回[品川から丸の内] =約8キロ=
12月18日(土)午前10時、品川駅港南口に集合したのは、49人。どういうものか、10月9日の台風襲来で順延した以来、土曜日は天候に恵まれ、順調に例会が続いている。それでも流石に日陰にいるよりも日向を求めて屯する季節になってきた。下の広場に下りて打合せと体操。
様変わりした港南口はオフィスビルの林立だ。その中を歩く我々は上から見ると蟻の群像に見えるかもしれない。芝浦中央公園は芝浦水処理センターの上に建造されている。かすかに悪臭はするが、ほとんど分からない。その中を通り抜け、小さな高浜公園を抜けると新芝運河の入口。
運河沿いの左側は住宅ビル、右側はほとんど産業ビル。この運河もかつては水運の用を成していたのだろうが、今は見る影もなくビルの谷間をひっそりと流れているようだ。それでも都会の喧騒を離れ、歩きやすい。オレンジの藻塩橋を越え、新芝橋で運河の右側に出て香取橋で再び左側を歩く。途中、横笛を吹く少女を挟んでデブッチョのサキソフォン奏者とかっこいいトランペット奏者という小さな楽隊に出会うが、これが何と銅像! 戯れに少女と肩を組んでみた。
旧海岸通を少し歩き、芝浦一丁目からシーバンスの庭園に入り、トイレ休憩。音楽を奏でる石柱の道やガラス屋根で温室になっているような建物の中では樹木が育っていた。東芝ビルの庭園を通り、浜松町駅に出る通路を通り、今度は東京ガスの庭園に入り、江戸時代に建造された石垣の復元に出会った。当時の石組みの素晴らしさは現在の技術でもよく分からない微妙なバランス感覚があったようだ。
旧芝離宮恩賜庭園を囲むように歩いて、イタリア庭園に到着。休憩した。セミヌードの大理石像=写真=が約10体ほど配置され、花壇とともに白っぽい姿になっているが、出来たばかりらしく、未だ周囲にマッチしていない。
ツインパークス、日本テレビ、カレッタ汐留と地上に繋いだ道を歩いたが、途中道を間違え、行き止まりになると地上に降りてまた上がる。そうなると方向感覚が鈍り、どこがどこなのか、さっぱり分からなくなるが、それでも何とか新橋駅にたどり着き、第一ホテル前からビルの庭園の中に入りこんだ。
「冬暖か 海風阻む ビルの群れ」 利
日比谷通りを少し歩き、帝国ホテルを過ぎて日比谷映画街に入る。相変わらずの雑踏だが、意外にアベックの姿が少なく、幼児を連れて歩いているのが男性で、周りに母親らしきものがいない。すでに役割が変化し始めたのだろうか。
「光の見つめる日本」を今年のテーマにルミナリエの最終準備に入っている丸の内仲通=写真=を悠々と歩き、鍛冶橋通から東京国際フォーラムに入り、体操をして解散した。ビックサイトで開催されているバーゲンを目的としたA班はさっさと歩き丸の内からバスに乗り、C班は汐留で解散したようだ。
12月11日(土)午前10時=約12キロ=
ひばりヶ丘(西武池袋線)駅集合→又六石仏群→尉殿神社(打合せ体操)→如意輪寺→東禅寺→宝晃院→宝樹院→榎ノ木通→伏見稲荷通→東伏見稲荷→武蔵関公園(休憩)→若宮神社→成蹊けやき並木(体操)→吉祥寺駅解散
◎第348回[保谷の古社寺巡り] =約12キロ=
12月11日(土)午前10時、ひばりヶ丘駅構内に集合したのは、41人。雲一つない小春日和の中を出発。途中、又六石仏群を見て、尉殿神社で打合せと体操。
梅のシーズンにはさぞかし見ものと想像される境内を持つ如意輪寺、続いて東禅寺。宝晃院は山門をくぐるとか細い鐘の音がなり驚かされる。今度は幼稚園も併せ持つ宝樹院に入る。
今日はB班の後ろを歩いたせいか、道筋が判然としないまま、ノンビリ歩いてしまった。その上、カメラを忘れたので川上博道さんに撮影を委託。いよいよ印象が薄い。
西武新宿線の踏切を渡り、ただだだっ広いだけの千駄山公園に入る。何にもない広っぱでほとんど人がいないと不思議に豊かな公園に見える。東伏見公園の脇を通り、横門から東伏見稲荷に入る。社殿の裏っ側は、お稲荷さんの群像。一体いくつあるのだろうか。数え切れないほどのお狐様に食傷して裏道に出て正門から豪勢な東伏見神社の拝殿に向って手を合わせる。細い木の階段を下って石神井川を渡り、くねくねした道を通って武蔵関公園で休憩。紅葉と黄葉が青空の下でくっきりと池に映え、一幅の絵のようだ。若干名、ここで解散し、残りは天祖若宮八幡宮に向う。小さな神社だが落ち着いた雰囲気。鳥居から手を合わせただけで、美しい銀杏並木に彩られた青梅街道を越え、成蹊けやき並木通に入る。大木が並び圧倒される道筋は何時来てもいい雰囲気だ。成蹊学園正門前で、個々自由にクーリング体操。昭和通を通り吉祥寺駅に向うが、駅前の賑わいは銀座に引けを取らないほどだ。ちょうどお昼時、数人ずつのグループが一つ消え、二つ消え、しているうちにいつの間にか二人になり、珈琲を飲んで帰宅した。
12月4日(土)午前10時 =約11キロ=
三ノ輪児童遊園(日比谷線三ノ輪駅3番出口徒歩2分)集合→浄閑寺→総合スポーツセンター→荒川区役所→荒川公園→荒川自然公園(休憩)→天王公園→荒川ふるさと文化館→素盞雄神社→千住大橋→千住仲町→柳原千草園(休憩)→荒川堤防(体操)→旭町商店街→北千住駅解散
◎第347回[三ノ輪・荒川・千住] =約11キロ=
12月4日(土)午前10時、三ノ輪児童遊園に集合したのは、44人。三ノ輪駅の出口が明治通と日光街道の四つ角に面し、方向感覚を失うらしく、迷いながら到着した方が数人出た。新年総会後の午餐会メニューの注文などの打合せ及び体操をした後、スタート。
江戸五色不動の一つ、目黄不動尊を通り、投げ込み寺といわれる浄閑寺を横目にみながら日光街道に出る。常磐線をくぐり、公春院、真正寺、円通寺を通り、千住間道に入る。右手に総合スポーツセンターを見ながら都電荒川線の踏切を渡り、明治通から荒川公園に入る。
この公園は荒川区役所と一体となり、徒渉池もあり、銀杏や紅葉が映えている。再び都電荒川線を渡り、汚水処理場の階上を利用した荒川自然公園で休憩した。人工的に作り上げた公園を自然公園というのも変な感じだか、池があり、彫刻、木道があり、湿地帯まで作られているとこれが建造物の屋上とはもう考えられないほど区民の憩いの場として定着している。
「荒川や 都電懐かし 冬の薔薇」 利
隅田川遊歩道を歩き、中央に大滝まである天王公園の中を通り、荒川ふるさと文化館横から素盞雄神社に入る。非常にきれいな境内になっているが、歴史は古く、平安時代795年に鎮座したといわれ、平成7年、御鎮座1200年祭に際し全面改築されたもの。芭蕉碑も彫りなおされ、「行くはるや烏啼き魚の目は泪」と、はっきり読み取れる。
千住大橋を渡り、旧日光街道を通る。ここはかつての「やっちゃば」あった場所。屋号を記した看板がそのままの姿で飾られているが、ほとんど代替わりしているらしい。
千住仲町から墨堤通を歩き、向い合せにある牛田駅と京成関屋駅の間を通り抜け柳原千草園に入る。ここは区立公園だが、彫刻が置かれ、桜の品種が22種類もあり、10月桜が紅葉の中で咲き揃い、奇異な感じを受けたが、それだけ地元の方が慈しみ育てているようだ。いつの間にか2万歩近く歩き、お昼も過ぎたので、ここで体操をして荒川堤防を省略することに衆議一決。そのまま北千住駅に向い解散した。
11月27日(土)午前10時 =約12キロ=
北越谷駅(東武伊勢崎線)集合→北越谷第4公園(体操)→元荒川緑道→桜堤通→大沢橋→越谷御殿跡→建長元年板碑→葛西用水中土手→瓦曽根堰→大聖寺→花田苑(弁当)→新方川緑道→逆川緑の道→キャンベルタウン公園(小休止)→北越谷駅解散
写真は越谷市花田苑の紅葉
◎第346回[水郷の町の魅力を探る] =約12キロ=
11月27日(土)午前10時、北越谷駅に集合したのは36人。雲一つない快晴で小春日和の中、北越谷第4公園で、打合せと体操。まず元荒川緑道を歩く。続いて桜堤通。桜の古木が整然と並木になって続く。花見頃には、さぞかし人出が多く賑いに満ちていると想像されるが、今はほとんど人がいなく、偶にランニングで体を鍛える人に出会う程度で歩きやすい。
大沢橋で左岸から右岸に移り、越谷御殿跡に着く。ここは江戸時代に徳川幕府の御殿があったが、1657年江戸の大火で江戸城が焼失したため、急遽、この御殿を江戸に移築したとのこと。当時の面影は全然分からない。しばらく行くと建長元年(1249)板碑があった。塔婆の一種で板石塔婆とも言われるそうだ。
宮前橋から葛西用水中土手に入る。左に元荒川、右に逆川(葛西用水)が流れ、中洲のようになっているが、整備が行き届き広々とした市民の広場となっているようだ。ここで休憩。いきなり裸足になったメンバー、何をするのか不審に思ったところ「裸足で歩く道」があり、そこを歓声を挙げて歩き始めた。若々しい好奇心! 素晴らしい光景だった。
しらこばと橋は瓦曽根堰にかかっている。この堰、幾多の変遷を経て現在の姿になっているが、水利と災害の歴史とも見られ、その時代、時代の英知と苦難がこめられている。
しばらく右岸を歩き大聖寺に入る。ここには市の天然記念物になっている「タブノキ」がある。幹回り4メートル、樹高8メートルというまるでボテロのようなデブッチョの木。樹齢500年といわれ、幹の中は空洞だけど意気盛ん。「霊の木」から転化したとも言われ、神木にされることが多いそうだ。
不動橋を渡り、一般道を歩き、花田苑に入る。一見、由緒ある庭園のようだが、平成に入って完成した越谷市の回遊式池泉庭園。紅葉に映えた池には鯉が泳ぎ、その鯉にはプラチナ黄金、丹頂紅白、ドイツ紅白、山吹黄金など変わった名前がつけられている。
「小春日の 苑は寂として 鯉泳ぐ」 利
この庭園で弁当を開き、食後は能楽堂に入り、畳の感触とぴかぴかに光った板の間の美しさを堪能した。ここで数人が退散したが、残ったメンバーで新方川緑道に出る。
ここにも桜並木が続くが、冬空の中ではまるで枯れ木の並木。定使野橋から逆川緑の道に出る。キャンベルタウン公園で小休止。この公園も手入が行届き、子供連れの市民が無邪気に遊んでいる。
初めて歩いた越谷市だが、元荒川の水利を巧みに利用し、美しくて市民の役に立つ街づくりに勤しんでいるように感じられる。東大沢橋を渡り、スタートした北越谷駅に到着し解散した。
11月20日(土)午前10時=約13キロ=
柳瀬川駅西口(東武東上線)集合→柳瀬川堤防→普光明寺→野火止公園→睡足軒の森(弁当)→平林寺(見学休憩)→史跡公園→黒目川→東久留米駅東口解散
◎第345回[古刹平林寺と野火止用水] =約13キロ=
11月20日(土)午前10時、柳瀬川駅西口に集合したのは40人。昨日まで降り続いた雨が嘘のように雲一つなく晴れ渡っている。駅前広場で打合せと体操。近所の人が何事かと我が会報を1部欲しいと言ってきたので差し上げた。柳瀬川の堤防はところどころに水溜りがあって歩きにくいが、ほこりは立たず、水量の多い川の流れは澄み切って水鳥が我物顔に餌を漁っている。途中、自動車道を2箇所、無事横断した後、畑道に入り、普光明寺に到着。西暦806年に創建された真言宗の古刹。紺碧の青空の下、境内は冴え渡っていた=写真左下=。川越街道を少し通り、野火止公園で小休止。10分ほどの間に全員到着。昼食場所に予定していた睡足軒の森に入るが、ここは案外狭く、弁当を開く場所がない。そこで急遽、平林寺に入って紅葉の下で弁当を開くことにした。時は正に小春日和! 最盛期に入った紅葉=写真=は太陽に映えて絶妙の冴えを見せている。ここは南北朝時代に岩槻市に建立されたもので、江戸時代に入り、松平家が現在の野火止に移したとのこと。広大な境内は武蔵野の面影を今に残している。
「智恵伊豆の 墓に寄りそふ 櫨紅葉」 利
野火止用水本多緑道を辿り、史跡公園、西堀公園を通り、何の加工も加えず、自然のままに保護している金山森の広場に入る。住宅地の中に忽然と広がるベンチもなくトイレもない広場を見ていると、返ってそこに作為が感じられるから不思議だ。黒目川縁をしばらく歩き、東久留米市東部図書館前で久し振りにUさんに逢う。今住んでいるところが直ぐ近くとのこと。贅沢にも太極拳のオーソリティーに体操の指揮をしていただき、身も心も快くほぐれて気持よくなって、東久留米駅東口で解散した。
11月13日(土)午前10時(JR01023)
JR信濃町駅集合→聖徳記念絵画館→いちょう並木→乃木神社→一つ木通→迎賓館前(若葉東公園休憩)→弁慶堀→策の池→新宿歴史博物館→四谷駅解散
◎第344回[東京百景 信濃町・四谷] =約10キロ=
11月13日(土)午前10時、JR信濃町駅に集合したのは、46人。受付を済ませた後、聖徳記念絵画館前の木陰で、打合せと体操。本日、来年の例会計画案のコース図を各担当者に配布。担当場所の確認と下見予定日などの日取りなど各自早速、検討していた。
神宮外苑前のいちょう並木は未だ青々としていて黄金色に輝くのは半月ぐらい先と見込まれる。続いて外苑東通を歩き、乃木神社に到着。殉死した乃木希典夫妻が祭られているが、人が神になる日本特有の宗教心がある。
赤坂小学校前でクランク状に左右に曲がり、三分坂で左折、日本コロンビア前で右折、しばらく直進して一つ木通に入る。今ではTBSが有名だが、江戸時代から商店が集まり、赤坂の中心的な商店街になっている。弁慶堀を渡り、清水谷公園で休憩。すっかり色付いてきた公園で汗を冷やし、水を飲み、トイレを済ますと活気が再び漲り、歩き始めは快調だ。
迎賓館前の若葉東公園横から四ッ谷駅に向う眺めは結構美しい。この公園は別名「三角公園」と呼ばれ、迎賓館と調和した形でデザインされ、広場の中央にはギリシア風の列柱が立ち、味のある風景だ。
ここから一寸した階段を上がり須賀神社を参拝し、於岩稲荷を眺め、策の池、新宿歴史博物館を通り、三栄通を通ってゴールに到着するのがコースだが、この階段に辟易して直接、新宿通に出た不心得者もいた。
いずれにしても全員無事にゴールの四谷駅に到着。記念バッジをいただき解散。三々五々、それぞれ食事場所に向った。
11月6日(土)午前7時10分東武浅草発乗車→9:49龍王峡到着→ウォーキング→川治温泉(入湯)→15:24川治温泉発→18:04浅草駅到着解散
◎第343回B[龍王峡と川治温泉] =約10キロ=
11月6日(土)午前7時10分東武浅草発に乗車したのは21人。全員座席を確保。曇った空を心配しながら定刻9時49分龍王峡に到着。10時スタート。
駅前の入口から入った途端、満開(?)の紅葉に囲まれ、歓声を上げる。虹見の滝の水量は豪勢! はるか遠くからでも飛沫を浴びるような錯覚に囚われる。若干のアップダウンを繰り返しながら鬼怒川の右側を歩き、途中、黒ずんだ気持の悪い底なし沼を眺め、むささび橋を渡りむささび茶屋でトイレ休憩。ここからの眺めは上流側も下流側も息を飲むほどの景観。紅葉の鮮やかさと白い岩場、それにコバルト色の水流が見事にマッチしている。
今度は鬼怒川の右側を歩く。こちらは絶壁にわずかな遊歩道。下を見ても上を見ても絶壁! 出来たばかりの手すりがあって安心して歩けるが、若し無いと相当なスリルを味わうことになる。大観、五光岩、兎はね、かめ穴と谷に創られた自然の造形美には心を打たれる。急激に曲がりくねった白岩半島を辿り、河原で弁当を開く。
今度は川治第二発電所を見下ろしながら浜子橋を渡り、本当は下の河原の遊歩道を歩くところを上に上がり第1トンネル、第2トンネル、第3トンネルとくぐってしまった。幸い車の通行はなく声の反響と暗さを楽しみながら歩けた。目の前に川治温泉駅が見え、ゴールに近づいたと喜んでいたが、ここからが案外遠い。直線的な道を辿りアジサイ公園を抜け、黄金橋を渡ったところが「薬師の湯」。川治温泉岩風呂だ。
女湯と男湯があって男湯に飛び込むが何と対岸からは丸見え。ゆったりゆっくり入っていると対岸にいつの間にか女湯を終えたGNP一行がこちらに手を振っているではないか。すっかり目を楽しませてしまった。
2時40分川治湯元駅に到着、3時24分発の電車に乗るにはずいぶん早いと思ったが、その後、続々と帰京客がやってきて、早く着いたのが正解。全員無事座席を確保して睡眠自由、談話自由の中で、無事帰京できた。
11月6日(土)午前10時 (JR01022)
JR我孫子駅集合→旧我孫子宿脇本陣跡→白樺文学館→手賀沼公園→手賀沼親水広場→鳥の博物館→水生植物園→天王台駅解散
◎第343回A[手賀沼の野鳥と親しむ] =約8キロ=
11月6日、JR我孫子駅に集合したのは21人(W12協力者等を含む)。曇り空の中、駅前を出発。イトーヨーカドーを過ぎ、我孫子宿本陣跡を眺め、左折して高台に上がり、大河のような手賀沼を望む。志賀直哉邸跡、白樺文学館と進み、信号を渡るとそこは手賀沼公園。テントが並び、あったかい甘酒をご馳走になる。広場でちょっと体操。丁度ジャパンバードフェスティバル開催中で、スタンプラリーもあり、各ブースは大賑わいだった。
「小春空 肩に鸚鵡の 湖畔かな」 利
大正デモクラシーの文士達の紹介をした文学の広場を過ぎ、湖畔に沿って舗装された遊歩道と土の土手道が続く。手賀沼大橋をくぐると沼の中に噴水が上がり、岸辺には大小たくさんの鳥達がのんびり遊んでいた。
親水広場のテントでは鳥に関する展示が軒並みに並ぶ。水の館、鳥の博物館、水生植物園、長い藤棚、区画割した家庭菜園と過ぎて、岸辺から離れる。後はひたすら天王台駅への坂道を登る。途中、単線の成田線を越えた。
あまり寄り道しなかったグループは、12時にゴール。そのまま帰路についた。終わり頃になって、太陽が顔を出した。
10月30日(土)午前10時
調布市郷土博物館(京王多摩川駅徒歩5分)集合→若宮八幡神社→西光寺→近藤勇生家跡→龍源寺→国立天文台→深大寺→神代植物公園解散
◎第342回[近藤勇の故郷に出陣] =約10キロ=
10月30日(土)午前10時、調布市郷土博物館に集合したのは、42人。生憎の雨天で室内で打合せ。新潟中越地震の義捐金を募ったところ、他ですでに寄付をされた方を除いてほとんどの方が応募=別稿参照=。雨のため体操を省略して出発した。
若宮八幡神社に向う。この神社は近藤勇の氏神様。戦勝祈願したといわれている。続いて西調布駅を越え、西光寺に入る。山門の左側に勇の坐像が置かれ、境内には十一面観世音菩薩像が柔和なお顔で立っていらっしゃったが、よく見ると頭髪の部分に十面のお顔。不思議な雰囲気だ。
『秋雨に 濡れる「勇」の 貌険し』 利
旧甲州街道をしばらく歩き、右折して歩幅が十分ある歩きやすい歩道橋を渡ると、そこは味の素スタジアム。調布飛行場の南端に建設されたサッカー場だ。この下で休憩。スタートで出来なかった体操もここでする。
巨大な飛行場跡にこの公式サッカー場や少年サッカー場、同野球場など運動設備が西側に出来、東側は養護学校や福祉施設が出来、その真中に直線的な広い道路が出来ている。その北端は武蔵野の森公園。未だ建設途上だが広々としている。
高台に上ると現在の調布飛行場が見える。セスナ機やヘリコプターの基地になっているようだ。各都道府県の石が展示されていたが、東京の石は何とこの地で採取された石だった。
人見街道と野川公園の入口が交差するところに近藤勇生家跡があり、その少し先が菩提寺になっている龍源寺だった。ここにも勇の胸像があったが、この顔は神経質そうで頬骨が出っ張り怖い顔をしている。
野川を越え細くて木段になった道を辿り畦道を歩き、国立天文台の裏門に入る。大木が古色蒼然と林立し、一見別世界に入り、時間が止まったような敷地内。受付を済ませて東大の学生から案内を受ける。第一赤道儀室、アインシュタイン塔、大赤道儀室と案内されたが、いずれも現役から引退した80年から70年ぐらい前に建造されたものだ。木造の屋根だったり、錘の原理を利用して動かすものであったり、今では想像のつかないカラクリの原理が働いている。林内の注意事項に「蚊、蜂、蛇などに注意」とあり、いかに世間離れしているか、よく分かる。
雨が激しくなり、正門からわき道に入り、造園栽培をしている生産緑地の中を抜けて神代植物公園正門前に出て、ここで解散した。
10月23日(土)午前10時 (JR01020)
目黒駅中央改札口集合→大圓寺→目黒不動尊龍泉寺→むさし小山パルム→サンモールえばら・なかのぶスキップロード→戸越銀座→ゲートシティー大崎→御殿山ヒルズ→品川駅解散
◎第341回[東京百景 目黒・品川] =約10キロ=
10月23日(土)午前10時、目黒駅中央改札口に集合したのは、41人(W12協力者2人を含む)。受付を済ませた後、大圓寺で打合せ。折りしもお寺では葬儀が行われている模様で、人が多いので体操を省略。
目黒川を渡り目黒不動尊龍泉寺に向う。ここは再々行っているので、中には入らず、そのまま歩く。武蔵小山駅の手前で東急目蒲線の踏切を渡り、むさし小山パルムに入る。ここは全長747メートルのアーケードに覆われた商店街。独自の割賦販売やポイントサービスで活性化を図っているせいか、活気に満ちている。
続いてサンモールえばら・なかのぶスキップロードに入る。都内ではここだけといわれる「ねぶたパレード」は有名。
荏原中延駅、中延駅、戸越公園駅と縦横に走る東急線沿線の踏切を渡り、戸越銀座に入る。全国で銀座を名乗る商店街は300もあるといわれるが、ここが最初とのこと。関東大震災で被災した銀座のレンガを商店街に移設して名付けたそうだから伝統が違う。
JR山手線を大崎陸橋で渡り、ゲートシティー大崎の公園で休憩。7つの副都心の一つとして建設された複合都市。この中にオフィス、住宅、ショップ、レストラン、それにエンターテインメントを持つといわれるが、どうも馴染めない雰囲気だ。
居木橋を渡り今度は御殿山ヒルズ。敷地内には日本庭園があって、この地には江戸時代以前の室町時代、大田道灌の館があったことから御殿山と言われている。東海道線を陸橋で越え、八つ山通を少し歩き、途中、屋形船や釣り舟が屯する掘割を眺め、品川セントラルガーデンに入る。ほとんど完成しているガーデンは旧国鉄の貨物ヤードがあった場所。ホテルや超高層マンションもある新オフィス街に変貌している。全く別世界に入ったような錯覚にとらわれながら階段を上がり品川駅に到着。記念バッジをいただき解散した。
=約10キロ=
10月16日(土)午前10時 恵比寿公園(日比谷線恵比寿駅4番出口徒歩1分)集合→鍋島松涛公園→駒場公園(小休止)→駒場野公園→世田谷公園(休憩)→中目黒ゲートタウン→田道公園→恵比寿ガーデンプレイス解散
◎第340回[目黒世田谷公園巡り] =約10キロ=
10月16日(土)午前10時、恵比寿公園に集合したのは、47人(W12協力者を含む)。いつの間にか半袖では寒さを感じる絶好のウォーキング季節になっている。
打合せと体操の後、スタート。旧山手通を歩く。途中「JA」というマークのついた瀟洒な建物があり、農協が何をするのだろうと興味を持ったが、何と「Jun Ashida」の略。もっともこっちの方が先についたマークのようだ。
鍋島藩の藩邸があった鍋島松涛公園に着く。左回りに池を巡る。水が溜まってゆっくり動く水車は水が溜まるまでは動かない。時が止まったような雰囲気に速足で歩く自分の姿がそぐわない感じを受けた。
今度は駒場公園に入り、小休止。旧前田公爵邸の佇まいは何時見てもどっしり落ち着いている。芝生広場では幼稚園の運動会が開催中。園内の南側はうっそうとした林に囲まれ、都会とは思えない雰囲気を歩く。続いて駒場野公園に入る。小さな田圃ではもう稲刈りが済んだのか整地を始めていた。園内では竹箒を持った中学生が公園の掃除。当り前のような行為が新鮮に見える。
世田谷の道路は一寸脇に入ると道が真っ直ぐではなく微妙にゆがんでいる。油断をしていると方向感覚が分からなくなる。気をつけながら玉川通に出て何とか世田谷公園に到着。ここで休憩した。大きな公園である。噴水が面白い。上に上がるだけでなく、真横にも水が噴出している。まるで手が何本もあるように見える。それに機関車が走る交通公園や冒険の出来そうな小屋があって子供たちには面白そうだ。
ここで正午を過ぎていたので、ゴールまで歩くと1時を越えそうに思える。そこで急遽、ゴールを中目黒ゲートタウンに変更。蛇崩下橋を渡り、東横線のガードをくぐり中目黒商店街を通り中目黒ゲートタウンに到着。
ここで整理体操をして解散した。
10月11日(月)午前10時=約10キロ=
見沼通船堀公園(武蔵野線東浦和駅徒歩3分)集合→見沼通船堀→見沼用水路→見沼氷川公園(休憩)→氷川女体神社→総持院→見沼自然公園→見沼くらしっく館解散
写真は見沼くらしっく館で行われた旧坂東家の茅葺屋根差し替え作業
◎第339回[東浦和見沼田んぼ巡り] =約10キロ=
10月11日(月)午前10時、見沼通船堀公園に集合したのは32人。本来の実施日は9日だったが、当日、台風21号が関東地方に来襲したため、本日に順延したもの。雨模様だったが、集合時間には何とか雨は落ちていない。打合せの後、体操のつもりが突発的に会長とS.Kさんの誕生祝。花火が打ち上げられ、皆で「ハッピーバースデー」を合唱。会長とS.Kさん、感激して打ち震えていた。
公園を通り見沼通船堀を歩く。
「そこかしこ 枯れ葉はく音 通船堀」 利
この堀は国指定の史跡。今から270年前に出来たわが国最古の閘門式運河で、東西の代用水路と芝川を結び3メートルの水位差を調節して船を通したという。その船が当時の差配、鈴木家に2分の1に縮尺されて展示されていた。舟偏に帯と書いて「ひらた」と読む「ひらた船」。この船で江戸との間で交易が行われたという。
続いて見沼代用水西縁を歩く。見沼は、昔、自然の沼だったが、17世紀初め、灌漑用溜井になり、その溜井が干拓され田圃になったそうである。この水田を潤すために利根川から水を引いたものが見沼代用水で西縁と東縁があり、総延長62キロという広大なもの。当時の人知の素晴らしさを垣間見ることができる。
案山子のモニュメントと「案山子の歌」が飾られている見沼氷川公園に入り、思わず、「案山子の歌」の合唱。美声に周りの人が驚いていた。しばらく休憩して氷川女体神社を見学。「女体」を探したが、見当たらなかった。
芝川を越える見沼大橋を渡り、トラスト竹林を眺め、総持院に入る。ウォーキング姿(?)の遍照法師の銅像が祀られ、近親感を持つ。
今度は東縁を歩く。自動車道でない右側を無理して通ってみるが、あまり人が通らないせいか、草木が身体に障る。ほうほうの体で見沼自然公園に到着。弁当を開く。水溜りでわざわざ靴を濡らしはしゃぐ幼児を微笑ましく眺め、蚊と蜂の襲来を避けながらお握りをほお張り空腹を癒す。締切橋を渡り見沼くらしっく館に到着。
ちょうどこの日、10年に1度の旧坂東家住宅の屋根替えの公開日。茅葺の屋根の全面取替えは50年に一度といわれているが、その間に傷んだ部分の差し替えが行われる。この伝統技術を持った職人は少なくなっており、後継者問題は深刻になっているとのこと。約1ヶ月かかるといわれる差し替え作業=写真=の一端をしばらく眺めていたが、根気を必要とし、替えるものと替えないものをその場その場で判断する手作業は一種の芸術といっても差し支えないようだ。
こんな素晴らしいものを見学した後、庭で整理体操を行い、1時38分のバスに乗り込み、大宮駅に出て解散した。
10月2日(土)午前10時=約12キロ=
和田堀公園(西武池袋線石神井公園駅南口徒歩5分)集合→石神井公園→石神井川→西武新宿線武蔵関駅→武蔵関公園(小休止)→吉祥寺橋→善福寺公園(休憩・弁当)→善福寺川→JR西荻窪駅解散
◎第338回[武蔵野の湧水池めぐり] =約12キロ=
10月2日(土)午前10時前、石神井公園駅の構内で土休券の受け渡し。何となくヤミ切符売りをしているみたいで、ダフ屋になった心境。他の乗降客から見ると不思議な光景だろう。
和田堀公園に集合したのは41人。妙なことに公園前の交差点標識は「南田中団地公園前」とあり、余所者にはわかり難い。打合せと体操をした後、石神井公園に向う。
この公園は石神井池と三宝寺池を囲む細長い公園だが、板道などの遊歩道が完備され、しっとりと落ち着いた公園だ。いたるところにキャンバスを広げ画筆を振るう画家が秋の風情を我が物にしようと頑張っている。水際にはモップのような形をしている大柄なススキが秋を深めている。
「武蔵野の 面影偲ばす 大尾花 」 利
一周した後、石神井城跡、氷川神社(境内では赤米の稲穂が稔っていた)を眺め、石神井川縁を歩き、西武新宿線武蔵関駅横を踏切で渡り、武蔵関公園に到着。
この公園も細長いひょうたん型の富士見池を囲んでいる。ここで小休止。水鳥が我物顔で池面を泳ぎ回り、紅葉直前の樹木は最後の緑を惜しんでいる。
今度は千川上水を辿り、吉祥寺橋から畑道に入り、若干、道に迷いながら善福寺公園に到着。休憩を兼ねて弁当を開いた。天気晴朗。10月に入った途端、稔りを一気に噴出したような季節になってきた。
善福寺川を辿り、関根橋で右折。JR西荻窪駅北口で解散。三々五々、帰途についた。
9月25日(土)午前10時=約12キロ=
湯島聖堂大成殿前(JR御茶ノ水駅聖橋口徒歩2分)集合→山の上ホテル→日大経済学部→靖国神社→塙保己一→東郷公園→帯坂→外堀公園(休憩)→須賀公園→お岩稲荷→笹寺→成覚寺→花園公園→花園神社→アイランドタワー→京王プラザホテル→東京都庁解散
写真は靖国神社正面
◎第337回[湯島聖堂・都庁前] =約12キロ=
9月25日(土)午前10時、湯島聖堂大成殿前に集合したのは、43人。今にも雨が落ちそうな中で、大成殿の庇の下で打ち合わせと体操をした後、スタート。
孔子像を改めて眺めながら正門から外堀通に出て御茶ノ水橋を渡って瀟洒な山の上ホテル正面に出た。何事だろうとホテルの警備員が身構えるのを無視して錦華公園に入る。
高低の激しい公園は案外人が少ない。明大附属中高で左折。ほぼ一直線で靖国通の裏道を通って靖国神社に入り、参拝小休止。何時来ても小奇麗な境内は手入が行届いている。
裏門から出て靖国通を横断して塙保己一和学講談所跡で右折。木標一つしか今はないが、1746~1821の人。幼くして失明し総検校にもなったとのこと。和漢の学に通暁し、明治以後の国史、国文学研究に大きな影響を及ぼしたそうである。
途中、東郷公園を素通し、右手に案外緩やかで短い帯坂を眺めながら外堀公園で休憩。本来、雨の予報だったので、ここで中断する予定だったが、生憎、雨は降らない。2,3人抜けたが、このまま続行することにして新宿通を直行した。
須賀公園は省略して、途中の水かけお岩地蔵でお化けにならないよう水をかけて祈るメンバーも居た。新宿3丁目で右折。花園神社に入る。日頃は骨董市などで賑うが、本日は閑散としていた。神社門前にある花園万頭が有名。ここが本店である。
ここから靖国通を通って大ガード下を潜り抜け、エルタワー前の歩道橋を渡り、都庁都民の広場に到着、簡単な整理体操をして解散した。
9月23日(木)午前10時
(JR No.01016)=約9キロ=
JR阿佐ヶ谷駅集合→馬橋公園→福蔵院→井草川遊歩道→妙正寺公園→阿佐ヶ谷駅解散
◎番外[文士が愛した阿佐ヶ谷を歩く] =約9キロ=
9月23日(木)午前10時、JR阿佐ヶ谷駅に集合したのは17人。世尊院、神明宮と見学して馬橋公園に入り、蓮華寺も見学。中杉通を少し通って若草通から妙正寺川縁を歩き福蔵院を見学。銀杏稲荷公園で休憩。子供のためのアスレチックに4,5人で挑戦。鉄棒では思うように足が上がらず、意識と行動の乖離に愕然とする。
続いて普通では入れない荻窪園芸卸売市場を見学。色とりどりの季節の花が名前を付けて陳列され、興味深々。今度は緑一杯の井草川遊歩道を歩き、妙正寺公園に入る。見事な樹木が林立し、オゾンが一杯。小休止した後、日大二高通、松山通を歩き、ゴールの阿佐ヶ谷駅で解散。阿佐ヶ谷パールセンターなどで三々五々昼食を頂き、帰宅の途についた。
9月18日(土)午前10時
(JR No.01015)=約10キロ=
JR武蔵野線南流山駅集合→流山総合運動公園→流山市立博物館→近藤勇陣屋跡→一茶双樹記念館→光明院→流山寺→南流山駅解散
◎第336回[近藤勇の足跡をたどる]=約10キロ=
9月18日(土)午前10時、JR武蔵野線南流山駅に集合したのは、真夏日にもかかわらず43人。東福寺裏の塚の腰台公園で打合せと体操をした後、スタート。総武流山電鉄の踏切を越え、鰭ヶ崎三本松古墳の看板だけ見て直進。中交差点で右折。流山総合運動公園まで日陰も少なく黙々と歩くが、暑さがひどい。見るに見かねた某女がリュックを持ってくれる。その後、また直線道路。やっとの思いで流山市立博物館に到着。ここで休憩。頭から水をかぶって汗を拭き、水分を摂ってやっと落ち着く。軽い熱中症になったようだ。近藤勇陣屋跡では地元の人が総出で湯茶の接待や出店をやっていた=写真=。一茶双樹記念館、光明院、流山寺と名所旧跡が続くが、こんなに暑いと好奇心の働く余地もなく、ひたすらゴール目指して歩きつづける。スタートの南流山駅に到着。冷麦茶の接待で人心地がつき、記念バッチを頂き解散、食事に向った。
9月11日 6:56東京発はやて1号集合→11:04八戸着→(バス)石ヶ戸→(ウォーキング)子ノ口→16:30(遊覧船)十和田湖一周→十和田グランドホテル泊
12日 十和田湖散策→14:00(バス)発→17:25田沢湖着→ファミリーオ田沢湖泊
13日 湖畔散策→田沢湖遊覧船→田沢湖駅→(バス)角館→ウォーキング→19:48角館発こまち30号→23:08東京着
◎第335回A[奥入瀬渓流と二湖物語]
9月11日 6時56分東京発はやて1号に参加者18人全員集合。10時4分八戸着。駅にはホテルバスが出迎え、駅前で車中の弁当を各々調達してバスに乗り込む。途中の黄金色に稔った稲穂を眺め、石ヶ戸で下車。荷物はそのままホテルに向った。ここから奥入瀬渓流ウォーキングを開始。遊歩道は整備され、平坦で歩きやすい。台風が残した倒木もきれいに片付けてあった。急流になったり、穏やかな流れになったりする渓谷の水は清く澄んでいて底まで良く見える。途中、トリカブトの群生がところどころにあり、紫色の花は可憐だが、これが猛毒だとのこと。名前のついた滝や流れ、それに小さな島。子ノ口に15時に着く。16時30発を予定していたが交渉して15時30分の遊覧船に乗り十和田湖周遊。休屋で下船。乙女の像と十和田神社の見学。有志は占場まで登った。18時十和田グランドホテルに入り、夜は「津軽南部民謡ショー」と「GNP花火大会」
12日6時起床、十和田湖散策。9時30分バスで瞰湖台に向かい、ここからホテルまでウォーキング。各々で昼食をして14時二湖ニコバスで田沢湖に向かい17時25分到着。ホテルバスで「ファミリーオ田沢湖」に着く。落日を眺め、夕食後、満天の星空の下で花火大会第2夜を挙行した。
13日 は朝食の後、バスで対岸の「たつこ像」見学に出かけ、記念撮影の後、田沢湖遊覧船に乗り、レストハウスまで戻り、ホテルまで湖畔ウォーキング。ハーブガーデンを見学した後、ホテルバスで田沢湖駅まで送ってもらい、路線バスで角館に到着。角館駅に荷物を預け、「むら咲」で昼食。質素な武家飯を食べる。その後、武家屋敷街、檜木内川ウォーキングを実施。15時30分一時解散。各々市内見学、買物、夕食などに時間を潰し、19時48分角館発こまち30号に乗車。車内では各人が提供したお菓子で「お菓子パーティー」。賑やかに騒いで定刻23時8分東京駅到着。全員無事を確かめて帰途についた。
9月11日(土)午前10時 (JR No.01014)=約10キロ=
JR大崎駅北改札口集合→戸越銀座→伊藤博文公墓→ジャーマン通→蘇峰公園→山王会館→天祖神社→大森駅解散
◎ 第335回 B【戸越と馬込文士村を歩く】
(JR No.01014) =約10キロ=
9月11日(土)JR大崎駅・午前10時の出発時間に合わせて、十和田湖組と分かれた東京残留組のGNPの面々が続々と参集し、27人のメンバーとなった。天候も薄曇りで、湿度はあるが秋の気候めいてきているようだ。
10時きっかりに駅を出発し、コース途中の大崎西口公園で恒例のY.Tさん指導のストレッチ体操を行う。
体を十分にほぐして貰い、元気に足取り軽く、本スタートする。今日はフリー歩行としたので数グループで出発。
戸越銀座通り、宮前通りとお祭りの真最中で、太鼓の音・お囃子の音等賑やかな通りを浮かれて歩き、伊藤博文候墓の公園に到着。一休みのグループ、パスして通り過ぎるグループといろいろ。
伊藤博文公墓の近くで庚申塔を見て。
「庚申塔 ひそと咲けり 彼岸花」 利
終点になるJR大森駅のすぐ手前で大きく右折し、ジャーマン通りに入る。割合なだらかな起伏のある坂道で、特別な特徴があるようには思えない。コースのそれたところにある蘇峰公園(徳富蘇峰の居宅跡・記念館)を廻る人もいたようだが、パスして馬込文士村に向かった。
いつ歩いても実に坂が多く、高低がかなりきつい。ここ在住の文士達は何を思い、考えながらこれらの坂を往来していたのか興味を覚える。クネクネ曲がった道・坂・階段を登り降りし、馬込文士村資料展示室のある山王会館に到着。一休みも兼ねて資料展示室を見学する。 山王会館を出、もう一息と闇坂(くらやみさか)を一気に下り、JR大森駅に到着。記念のバッジを貰い帰る。 【T.C記】
9月4日(土)午前10時 (JR No.01013)=約8キロ=
JR馬喰町駅西口集合→甘酒横丁→銀座発祥の地碑→八丁堀の与力・同心組屋敷跡→歌舞伎座→烏森神社→汐留エリア→新橋駅解散
◎第334回 [時代劇の八丁堀、最先端の汐留を歩く]
(JR No.01013)=約8キロ=
9月4日(土)午前10時、JR馬喰町駅西口に集合したのは、48人。地下構内は蒸し暑く、じっとしていても汗が出る。上に出て通りで打合せと体操。他の参加者が好奇の目で眺めていたが、最近では皆さん気にしない。馬喰町、バクロウチョウと書いても字が出てこなく苦労していたが、フリガナを見ると「バクロチョウ」。こうすると一発で出てくる。
甘酒横丁に向う道、折角の緑道がプツプツ切れていて歩けない。歩くことを想定しないで作っているんだろうか。そのためか、青テント族が蔓延っている。名前の甘酒、どこで飲めるのか、気になったが、現在ではなく、名前だけが残り、鯛焼き屋などの老舗は残っている。日本橋川を鎧橋で渡り、茅場町を通り、八丁堀に入る。八丁堀は、江戸時代の与力・同心組屋敷が設けられた場所だが、今ではその面影はなく、説明版が京華スクエアの前にあるだけだ。桜橋、新金橋、新富橋と渡り、三吉橋で右折。中央通まで出て松屋で再び戻ってくるコースになっているが、一部の不心得者が昭和通の手前から左折して後ろを振り返ると、まるで蜘蛛の糸のように後から後からついて来る。おかげで休憩場所の祝橋公園に一番乗り。汗を拭い、頂いた「アミノバリュー」を一息で飲んでしまう。その後、続々後続隊がやってきて、最後に先行隊が到着した。
晴海通で左折。歌舞伎座、昭和通、中央通と横断、有楽町数寄屋橋まで直進。ここから左折して銀座コリドー通を通り、新幸橋で右折。内幸町で左折。西新橋でまた左折、新橋駅前のSL広場に到着。ゴールまで今にも雨が降りそうだったが、振られずに済んだ。雑踏でごった返す駅の中で記念バッチを頂き、解散した。
8月28日(土) 午後5時=約8キロ=
不忍池水上音楽堂前(千代田線湯島駅1番出口徒歩3分)集合→弁天堂→上野公園→寛永寺→夕やけだんだん→谷中銀座→根津神社→旧岩崎邸→湯島天神解散
◎第333回[夕涼み上野・谷根千・本郷] =約8キロ=
8月28日(土) 午後5時、不忍池水上音楽堂前に集合したのは、36人。折悪しく小雨が降っていたが、樹木の下に立つと濡れないぐらいの雨。打合せと体操をした後、弁天堂に向って不忍池の辺を歩く。池の水が全然見えなくなるほど蓮の葉が生い茂り、巨大な葉っぱに隠れてところどころに見える蓮の花が可憐だ=写真=。
「蓮の実の 弾けんとして 茎沈む」 利
ところが、小道を挟んだだけのボート池には蓮が一本も生えていない。不思議な対象に目を丸くしながら弁天堂を越え、清水観音堂から坂道を通り上野公園に入る。東京博物館の前で左折、奏楽堂前で右折。寛永寺前を通り、言問通で左折、上野桜木で右折。直線的に歩いて、閉まっている朝倉彫塑館を過ぎ、日暮里駅前の道で左折、夕やけだんだんを下りる。生憎、夕焼けは見えず、谷中銀座の賑わいを楽しみながら突き当たりで左折。
根津神社に入る。境内が広く、入り方で方角がはっきりしない。迷いながら東大農学部正門前で休憩。
今度は文字通り暗闇に近づき、有名な暗闇坂を下る。下り切ったところにクリスマスツリーのような建物があった。看板を見ると「ソフィテル東京」というホテル。見ている分には楽しめるが、宿泊するとなると何だかおっかない感じ。宙に浮いている床はどうも馴染めない。
右折すると無縁坂。左側にある旧岩崎邸の石垣は立派だ。中に入ってみたかったが、時間が過ぎている。周りを囲むように歩いて春日通を横断、湯島天神に入った。あたりはすっかり暗くなり、神殿のライトアップが映えている。
ここで整理体操をして解散した。
8月7日(土) 午後5時=約7キロ=
神谷堀公園(南北線王子神谷駅3番出口徒歩5分)集合→新神谷橋→鹿浜橋→岩淵水門→新荒川大橋→赤羽ゴルフ倶楽部→浮間公園解散→いたばし・戸田橋花火大会(自由参加)
写真は、東京・浮間ヶ池の夜景
◎第331回[夕涼みいたばし・戸田橋花火大会]
8月7日(土) 午後5時、神谷堀公園に集合したのは、ゲスト1人を入れて29人。灼熱の都内も夕方になると直射日光にさらされず、涼しさを感じる。打合せと体操をした後、スタート。
かみそり堤防のままの隅田川を新神谷橋で渡り、環七通を少し通り、鹿浜橋で荒川堤防に上る。夕方の堤防は風が涼しく昼間の暑さが嘘のように快い。岩淵水門まで一気に歩くが、天気が崩れ始め、堤防で小休止している間にポツリポツリと雨が落ちてきた。雨具を用意するほどでもなく、そのまま歩き始めるが、結構降り始めたので折り畳み傘を差す。
この程度の雨なら花火大会は中止にならないだろうと思いながら、新荒川大橋の下まで来たが、ここから中断して赤羽駅に向うものが出てきた。後から聞くとC班のほとんど、B班の大半がここで解散したようだ。赤羽ゴルフ倶楽部の脇を通り始める頃になると浴衣姿の花火客に会い始める。中にはこの辺から見学するつもりなのかシートを敷き詰めているところもあり、雨に濡れて痛ましいような気がするが、流石に真夏。雨に濡れることがそんなに悲しくない。
ところが浮間公園に近づくとほとんど堤防が濡れていない。人込も激しくなった。堤防の上で解散することにして、いたばし・戸田橋花火大会に参加するものは、後続組を待つことにする。結果的には花火見学に行ったものは10人ぐらいだろうか。浮間舟渡駅前で腹ごしらえをして戸田橋の橋下から見学する。
雨に濡れないのは助かったが、音が凄い。橋桁に音が当り、反響するらしい。それに風下であったせいか、爆発の煙が漂い折角の花火が半円形にしか見えない。赤、青、黄色など七色に輝く花火。夜空に煌く華麗な花火が今度はまたたく間に消えて煙だけ残る儚さ。50万近くの人が夜空を見上げて歓声を上げる。8時45分終了。
大勢の帰り客に釣られてどんどん歩くが駅に出ない。何時の間にか回りには帰り客が居なくなった。よく考えると地元客が大半だった。駅に向かう客ではなかったようだ。おかげで歩数が3万歩近くなってたどり着いた駅は板橋本町だった。=約7キロ+13キロ=
7月31日(土) 午後5時=約7キロ=
有栖川宮記念公園(日比谷線広尾駅1番出口徒歩3分)集合→ニューサンノーホテル→天現寺→広尾公園→散歩どーり→祥雲寺→プライムスクエア(休憩)→広尾高前→渋谷氷川神社→国学院大前→皇宮警察宿舎→広尾三→東京女学院前→日赤医療センター→広尾北公園(休憩)→堀田坂→大横町坂→六本木ヒルズ→毛利庭園解散
写真は、東京・六本木のシンボルマーク
◎第330回[夕涼み広尾・六本木] =約7キロ=
7月31日(土) 午後5時、有栖川宮記念公園に集合したのは、42人。この公園は、港区立の中で一番大きく約6.7ヘクタールの面積をもつ。南部美濃守下屋敷跡の回遊式庭園で、大名庭園の面影を残す園内には野鳥も多く、梅、桜、水蓮、蛍、紅葉と四季折々の自然が楽しめる。敷地内には都立中央図書館がある。公園をV字型に挟む木下坂、南部坂はともに大名屋敷があったところから名がついたもの。木陰の下で打合せと体操をした後、スタート。
明治通まで南下して右折。外苑西通との交差点天現寺橋にある巨大な正方形の歩道橋を渡る。すぐに右折して細長い広尾公園の中を歩き、団地に突き当たり、脇にある私道を直進。「散歩どーり」と言われている賑やかで瀟洒な広尾商店街へ入る。突き当たったあと、東江寺、香林寺、霊泉院、祥雲寺が折り重なるように連なっている路地。ここを通り抜け、プライムスクエアの噴水のあるパブリックスペースで休憩。ビル風のおかげと言うべきか、この時間になると涼しい。
M.Nさんの出身校、広尾高前を通り、国学院大前で右折。右側に常陸宮邸が横たわり続いて皇宮警察宿舎になっているようだ。東4丁目で右折、広尾3丁目で左折。日赤医療センターに突き当たる。東京女学院前を通り、右折して広尾北公園で2回目の休憩。
堀田坂を下り、外苑西通を横断、大横町坂を上ると、別天地、六本木ヒルズに到着。ビルには入らず毛利庭園で解散。
園内の池では2組のカルガモ一家が我が物顔に泳ぎ回り、聞くところによると、7月に雛が産まれることは珍しく、今年は居座りを決めたらしく3代にわたって定住している。
「六本木 軽鴨親子 自然体」 利
この毛利庭園には、もう一つ変わった生き物が泳いでいる。それは、「宇宙めだか」。かつて宇宙飛行士、向井千秋さんが宇宙に連れて行ったメダカの子孫がここに放流されている。毛利衛さんが、同姓の誼でここに決めたようだが、その他、他の流れがなく、地球種との交配をしないで、純粋宇宙種の交配を目指しているとのこと。壮大な研究がこんなところで行われているとは知らなかった。
帰途、不思議なマークにつられて、写真にしたが、このマーク、他にも見られて、よく考えると「六本木」のシンボルマークのようだった。
7月24日(土)午後5時=約7キロ=
昭和館(東西線九段下駅2番出口徒歩1分)集合→田安門→北の丸公園→イギリス大使館→平河天満宮→議長公邸→山王日枝神社(休憩)→議員会館→特許庁→日比谷公園解散
山王日枝神社へ入る山王稲荷坂は、びっしり立ち並んだ赤鳥居に囲まれた石段だ。
◎第329回[夕涼み九段下・永田町・霞ヶ関]=約7キロ=
7月24日(土)午後5時、まだカンカン照りの日差しを避けて昭和館2階の屋外ロビーに集合したのはゲストのお孫さん二人を含めて49人。快い風が吹き、まるで生きていることを謳歌するように蝉の声が激しい。
「夕蝉の どっと攻め込む 昭和館」 利
打合せと体操をした後、田安門から北の丸公園に入る。武道館前から西側の千鳥ヶ渕の遊歩道に向う。短い距離だが、一寸した起伏があり、落ち葉を踏みしめる感覚はなかなか乙なものだ。
国立近代美術工芸館前から再び千鳥ヶ渕の堤防を歩く。土道が歩くには最適だと認識しながら内堀通を横断しイギリス大使館の裏道を歩く。新宿通を横断して途中で右折。銅鳥居、力石、狛犬で有名な平河天満宮にお参り。裏門から出て月坂を下り、平河町で青山通を横断。広大な庭園を持つ議長公邸の裏道を歩き日比谷高校の裏門前に出る。右折すると急坂の新坂。通称「遅刻坂」といわれるそうだが、日比谷高生にとっては実感のこもった名称だ。
悪名高かったホテルニュージャパンの跡地はプルデンシャルタワーに様変わり。一旦外堀通に出てから再び山王稲荷坂に挑戦。びっしり立ち並んだ赤鳥居で異様な赤さに映えた石段をうんうん言いながら上る。やっと山王日枝神社の境内に着いて参拝を兼ねて休憩する。
神殿の脇に山王の神使「御神猿」が控えていた。これは古くから魔が去る「まさる」と呼ばれ、厄除・魔除の信仰を受け、また農業の守護神とする信仰が強く、俗に「さるまさる」といい、繁殖の獣として人々に愛され、犬と共に分娩の軽き安産の神としても信仰されている。この「まさる」に向ってじーっと手を合わせるうら若き女性の姿が印象に残った。
突然、神殿の中からドーンと太鼓の音。びっくりして時計を見ると午後6時。閉門の合図らしい。
正門から出て山王坂を上り、第1議員会館横で右折。特許庁横で左折。虎ノ門でまた左折。財務省と外務省の間を右折。直進して日比谷公園に入り、大噴水前で体操をして解散した。
7月17日(土)午後5時=約7キロ=
清澄公園(大江戸線清澄白河駅A3番出口徒歩2分)集合→隅田川テラス→永代橋→南高橋→聖路加ガーデン→勝鬨橋→トリトンスクエア(休憩)→日本ユニシス→キャナルワーフタワーズ→越中島→富岡八幡宮解散
東京・豊洲橋の袂キャナルワーフタワーズのデッキから一面に見渡せる豊洲貯木場
7月17日(土)午後5時、清澄公園に集合したのは47人。打合せと体操をした後、スタート。
清洲橋東詰から隅田川テラスに入り、永代橋から対岸に移った。道路橋としては都内最古の鉄橋と言われる南高橋で亀島川を越え、再び隅田川テラスを歩く。
隅田川に歓声をあげながら屋形船の進んで行くのを見て。
大川に 「乾杯」残し すずみぶね納涼船 利
佃大橋をくぐり巨大な聖路加ガーデンを右に見ながら勝鬨橋で、上がる。橋の袂で「勝鬨橋をあげる会」青空写真・資料展を開催していたが、本当に上がる勝鬨橋を眺めたいものだ。昭和45年以来上がっていないと言われるので、もう35年にもなるんだ。この勝鬨橋から上流を眺める風景、ロンドンのテームズ川、パリのセーヌ川にも負けない美しいものだと思うが如何だろう。
朝潮運河を動く歩道で渡りトリトンスクエアに到着。ここで休憩した。トリトンスクエアの屋上庭園も5年経ち、すっかり落ち着きを見せ、樹木が定着して住民の憩いの場所になっている。
春海橋を渡ると日本ユニシス。立派な歩道橋がついているが、地上を歩く方が5分の1ぐらいで道路を横断できる。車が通ってなかったので、そっちを選ぶ。
右側の元IHI工場跡地の建築現場、何ができるのか、よく見ると芝浦工業大学とのこと。江東区にもついに私立大学ができる。豊洲橋の手前でキャナルワーフタワーズの庭園に入る。一番奥はデッキになっていて豊洲貯木場が一面に見渡せる。木が一本も浮いていないので、何だか変。小休止しながら浮いている木を想像してみる。昼の余熱がさめず、風も吹かず、今夜も熱帯夜の気配。
豊洲橋を渡り、都立三商を眺めながら越中島通から調練橋、関口橋、巴橋と渡り、永代通りで右に曲がって富岡八幡宮で解散する予定だったが、うっかり左に曲がったため、深川不動に着いてしまい、ここでA班は解散。
まともに歩いたB班は富岡八幡宮で解散し、C班は中央大橋から門前仲町に出て解散した。
7月15日、鳩待峠の休憩所。ここで帰りにカメラを置き忘れてテンヤワンヤ。でも、ちゃんと戻ってきて一安心。この写真は全部置き忘れたカメラに入っていたもの。
こんなところに川上さんちの川があるなんて知らなかった。清らかで澄み切った川の流れ。
アザミの花が木道の際に咲いていた。細枝の先に重そうに花だけつけていると、何だか枝が可哀想。
尾瀬ヶ原は一面湿原。ところどころに池があるが、そこに浮かぶヒツジグサ。睡蓮の一種だそうだが、白い花が可憐だった。
尾瀬の名物、ニッコウキスゲ。じもとのひとによれば、今年は不作で、ところどころに少ししかさいていなかった。
牛首の標識。ここまで山の鼻から2.2キロ。鳩待峠から山の鼻まで3.3キロ。往復11キロが本日の予定だったが、うっかり標識を見逃して竜宮まで歩いてしまったので、往復4.4キロ余分に歩いてしまった。
牛首からの帰り道、女子中学生の一行に出会った。100人ぐらいの団体で「こんにちは」の繰り返しで声がかれてしまった。
7月10日(土)午前10時=約11キロ=
上野駅集合→かっぱ橋道具街通→浅草寺→待乳山聖天(休憩)→見返り柳→浄閑寺→日暮里駅解散
写真は、待乳山聖天で何やら会議をしているお地蔵様たち。
◎第327回[上野・浅草・日暮里] =約8キロ=
7月10日(土)午前10時、東京文化会館前に集合したのは、46人。新入会員、Hさんを紹介した後、打合せと体操。
もう梅雨は明けたと思われるほど日差しはきつい中を歩き始める。かっぱ橋道具街通を通り、言問通から浅草寺に入る。境内ではちょうど「ほうずき市」が開催され、人出が激しく賑やかな雰囲気の中で売り込みの声が喧騒を極めている。
植木市や金魚掬い、それに屋台も出ていて夏の風物詩だ。冷やかしも兼ねて小休止。
つづいて言問通を歩き始めたところ、路上に行き倒れを見つける。抱き起こして頭を冷やしたり、風を当てたりしながら救急車を呼ぶ。パトカーを見つけ、止まってもらう。幸い、命には別状はないようだが、とんだハプニングで約20分間、足止めになったが、GNPメンバーの機敏な働きに警官も感謝していた。
隅田公園の中に入らず、待乳山聖天で休憩。境内ではお地蔵様が雁首そろえて何やら会議中=写真=。どうも本日の選挙結果を予測中のようだった。
「よだれかけ ほうずきの如 地蔵群」 太
見返り柳をみて、新装なった一葉記念館を横目に見ながら、ひたすら歩くが、暑さがたまらない。このままではGNPメンバーといえども行き倒れになりそうなので、三ノ輪で解散し、後の予定を省略した。
7月3日(土)午前10時=約6キロ=
木場公園ミドリアム集合→横十間川親水公園→猿江恩賜公園→竪川河川敷公園→亀戸緑道公園→亀戸東口ガード下→三国志(11時30分必着・半年記念昼食会)解散
写真は亀戸・羽亀公園から臨んだカメリア・ホール
◎第326回「半年記念・区内公園巡りと昼食会」=約6キロ=
7月3日(土)午前10時、木場公園ミドリアムに集合したのは、38人。ミドリアムの中で打合せと第2・四半期皆勤者13人に対し、細く長く続けたいと「讃岐ソーメン」を記念品として差し上げた。その後、玄関前で体操。梅雨どきなのにどういうわけか例会日は快晴。
恵まれた環境の中で仙台堀川公園に入る。勝手知った親水公園だが、何時来ても長閑で潤いのある公園。釣り人が居り、子供たちが屯し、家族連れが遊んでいる。鴨ものんびり泳ぎ、アジサイもまだ残っている。すずめ、鳩、烏がそれぞれ我が物顔に戯れ、珍しいことに鼠まで泳いでいた。
豊砂橋から左にカーブして横十間川親水公園に入る。この辺でカワセミによくお目にかかるが、今日は見当たらない。クローバー橋近く、今度は半裸の男性が甲羅干し。陽に直接焼くのはよくないわよ、などと陰口を利きながら通り過ぎる。
「梅雨晴れ間 中洲にトドの 裸体干し」 利
猿江恩賜公園横を通り過ぎ、竪川河川敷公園に入る。高速道路のおかげで日陰に恵まれ、風が快い。明治通を潜り抜けてから上に上がり、亀戸緑道公園で時間調整のため、小休止。サンストリート横のためか、人通りが多い。
京葉通を横断して亀戸東口ガード下を潜り抜け左折して、 B1班が設営した「三国志」に定刻11時30分に到着。途中から三々五々合流した会員を含めて52人になり、恒例の半年記念昼食会に参加。安価ではあったがお店の心をこめたサービスで豊かな午餐会になり、和気藹々のうちに終了した。午後1時、有志約20人が亀戸文化センター会議室に集合して「浜名湖花博ツアー」と「O夫人踊り発表会」のビデオ映写会を開催し、午後3時半、解散した。
6月26日(土)午前10時=約9キロ=
(日曜寺(都営三田線板橋本町駅A3出口徒歩5分)集合→縁切り榎→東板橋公園→板谷公園→音無こぶし緑地→飛鳥山公園(休憩・第1次解散)→名主の滝公園→十条野鳥の森緑地解散
写真は、夾竹桃の咲き誇る石神井川遊歩道を歩くGNP一行
◎第325回「板橋・王子・十条」=約9キロ=
6月26日(土)午前10時、日曜寺に集合したのは、41人。「日曜子」と名付けようとして周囲の反対によって「曜子」とした親がいると聞いているが、その親、もしこのお寺の存在を知っていれば、多分押し切れたことだろうに!
打合せと体操をした後、スタート。中山道を横断して縁切り榎に到着したが、ここで願をかけるメンバーは一人も居なく一安心。板橋なのに実はコンクリートで出来ている板橋を渡り、石神井川に入る。ここからは遊歩道が河口まで続き、いろんな樹木が生い茂り、木陰が続き歩きやすい。
途中、一見、柳とは見えない未央柳(ビヨウヤナギ)に出会うが、そのたおやかなこと、「玄宗皇帝がびよう柳を見て楊貴妃を偲んだ」という故事があるそうだ。
「楊貴妃の 面影宿す 未央柳」 利
加賀橋を越えたあたりで、今度は真っ赤な夾竹桃に出会う。季節的には少し早い気もするが、今年はどういうわけか、樹木の開花が1ヶ月近く早い。温暖化現象を敏感に植物は感じ取っているのかもしれない。
くぬぎ緑地、もみじ緑地、さくら緑地と歩き、音無橋から飛鳥山公園に入り休憩。ここで第1次解散をして残り20人で名主の滝公園に向う。
男滝では結構な水量が流れ、小さいながらマイナスイオンが溢れ、つかの間であったが胸一杯に吸い込み、活気を取り戻した。
小休止をした後、十条野鳥の森緑地に向うが、途中、急坂があり石段を上るが、大したこともないのに息が切れる。やっとの思いで、十条野鳥の森緑地に到着。ここで体操をしていた時に、サイレンを鳴らして消防車が目の前で停車、ホースを出し始めたのに驚く。何事かと体操どころではなかったが、自動車のオーバーヒートだけのようで、一安心。
帰路につき始め、篠原演芸場前で役者が出て呼び込みをしているのに出会い、早速、当演芸場のスター小桜顕さんと記念撮影。一寸した余禄に満悦して東十条駅から帰宅した。
6月19日(土)午前10時=約9キロ=
(JR駅からハイキングNo.01011)
JR常磐線北小金駅集合→東漸寺→ユーカリ交通公園→小金原公園→本土寺→北小金駅解散
写真は本土寺境内で満開になった華麗な紫陽花の花。
◎第324回「本土寺のあじさいを楽しむ」=約9キロ=
(JR駅からハイキングNo.01011)
6月19日(土)午前10時、JR常磐線北小金駅に集合したのはゲスト2人を含め47人。駅構内からも紫陽花の乱舞が見られ、梅雨の晴れ間、幸先がいい。
東漸寺で打合せと体操。紫陽花らしい濃紫のしっかりした紫陽花に迎えられ、広大な境内は落ち着いていて涼風が吹き、何時までも居たい気持だが、まだスタートしたばかりだ。
ユーカリ交通公園に立寄るのは省略して小金原公園で小休止。周りを小金原団地に囲まれ、市民のオアシスになっていることがよく分かる。
何となく市街地を歩くが、住宅の庭には必ずと言っていいほど紫陽花が植わっている。日向に出ると暑い。少しでも日陰を求めて右側を歩いたり、左側を歩いたりしながら根木内城址に着く。何にもないただの広っぱだったが、空掘や土塁が残り、かつては居城があったことを忍ばせる。
常磐線を歩道橋で渡り、本土寺に向う。
「花の寺」として親しまれる本土寺。今は紫陽花の真っ盛り。参拝料400円を支払って中に入る。ことしの紫陽花、夏の来かたが早かったのか、すでに変色したものもあったが、紫だけでなく赤、黄色、青、真っ白もあり、またガクアジサイなど紫陽花と思えないアジサイなどこんなに種類が多いとは考えていなかった。
園内には花菖蒲なども咲き揃い、今はほとんど新緑の紅葉が秋には紅葉色に染まって目を楽しませてくれそうだ。混雑する参道には植木や花、野菜の店も多かった。
「あじさい寺 善男善女 絶え間なく」 利
北小金駅前に出て黄色いリボンを返してバッジをいただき解散した。
6月12日(土)午前10時=約10キロ=
(JR駅からハイキングNo.01010)
JR山手線恵比寿駅集合→恵比寿ガーデンプレイス→白金プラチナ通→有栖川宮記念公園→六本木ヒルズ→麻布十番商店街→東京タワー→田町駅解散
◎第323回B「東京百景ウォーク恵比寿から田町」
6月12日(土)午前10時JR山手線恵比寿駅に集合したのは12人。天候は予想に反して晴れ。但し、蒸し暑さは相当なもの。それぞれ申し込みと同時にアミノバリュー1本と地図を受け取りスタートしたのは10時15分。先日見たばかりのボテロの肥満体を横目に見ながら進む。白金プラチナ通りに入ると、天気が良くなったので、所謂「シロガネーゼ」の姿が早々にみられる。
「梅雨晴間 シロガネーゼは 街を練る」 利
日吉坂上の近くにある緑の多い八芳園の入り口で小休止をする。明治学院角から北の方向、桜田通りに入り古川橋、一の橋までの間は道路両側に高層マンション、高層ビル群が数多く工事中である。都会は地上と地下へ際限なく伸びていってる感じで、余りにも人工的な乾いた街の印象である。一の橋から三田三丁目を経由してJR田町駅に12時ジャストに到着。黄色いリボンを返しバッジを貰う。
駅近くのレストランで食事をし、解散した。
6月12日(土)午前7時=約15キロ=
上野公園駐車場(JR上野駅上野公園口徒歩2分)集合→7:30出発→浜名湖花博(自由見物約4時間)→浜松(休憩・買物20分)→21:00上野到着(予定)解散
写真は、会場に設置されたモネの描いた睡蓮の池
◎第323回A「浜名湖花博ツアー」
6月12日(土)午前7時、上野公園駐車場に集合したのは、27人。4台のうちの1号車縦3列29人乗りのトイレ付デラックスバスに乗り込んだ一行、部外者は2人だけという好条件。まるで貸切のような状況で7時30分出発。途中、富士川SAで休憩。休憩直後、2号車が故障との連絡があり、途中停車。1号車には補助座席がないため、2号車の面々は3号車、4号車に分乗。何とか浜名湖に11時40分到着。記念撮影をして花博に入場した。
中では自由行動として各自で約4時間の見物を行うこととした。
場内では、花曇に恵まれ、快適で、自然の造形、何故にこんなに変化して美しいのか? 闘争と自然の破壊に明け暮れる人間の醜さをつくづく感じる。
15時40分、4時間の見物に堪能してバスに乗り込み、帰途につき浜松で買物休憩約20分。途中、富士川と海老名のサービスエリアでトイレ休憩。上野着を全員東京駅が便利ということで特別に東京駅丸の内に到着してもらい、予定より30分早く20時30分解散した。梅雨の晴れ間を縫うようにして実施した浜名湖花博ツアー、数々の幸運に恵まれ、雨具を使うこともなく、バスに疲れることもなく、機転の利いたバス運転手の好判断で快適な一日を過ごすことが出来たのは、日頃のGNPメンバーの精進の賜物であった。
6月5日(土)午前10時=約9キロ=
JR中央線武蔵小金井駅改札口集合→上の原公園(打合せ、体操)→けやき通→ナンジャモンジャ通→玉川上水→国分寺街道→殿ヶ谷戸庭園(休憩)→お鷹の道→武蔵国分寺→武蔵国分尼寺跡→旧鎌倉街道→西国分寺駅解散
写真は、蛍道ともなったお鷹の道の清冽な水の流れ。
◎第322回「武蔵小金井から西国分寺」=約9キロ=
6月5日(土)午前10時、JR中央線武蔵小金井駅改札口に集合したのは、45人。駅前を通って上の原公園で打合せと体操をした後、二手に分かれて出発した。
A班を中心としたグループは、けやき通、ナンジャモンジャ通を歩いて、玉川上水に出る。玉川上水緑道は、緑が一杯。きつい日差しも何のその、爽やかな風にそよぎ、快い汗を流す。
喜平橋から国分寺街道に入るが、こちらは一転自動車道。歩道は完備されているが、交通が激しく排気ガスが厳しい。途中、横道に入ってみるが、ここはどうも私有地の樹木園。いろんな種類の樹木の苗が整然と植え付けられ、目を楽しませてくれる。突き当たって出られなくなるのかと心配したが、何とか出口があり助かった。
中央線ガード下をくぐり右折して、殿ヶ谷戸庭園に到着したが、B,C班はまだ到着していない。
B,C班を中心としたグループは、出発直後北と南に分かれ、JR踏切を渡って小金井市役所を通り右折、車の多い道を国分寺方面へ。まもなく滄浪泉園に到着、入場券を買っていると、C班も到着し、一緒に見学する。うっそうとした木陰は別世界。「はけ」特有の崖を活かした深山のような園内には、湧水の池がある。東屋のそばに「水琴窟」があり、水をかけると地下の水甕からすずやかな音色が聞こえてくる。
青果市場から左折して三楽坂を下ると、貫井神社に到着、社殿脇の湧水の流れに手を浸けてつかの間の涼をとる。再びはけの道を歩き殿ヶ谷戸庭園に到着。
今度は、合同して小さな「ふどうばし」で野川を渡り、お鷹の道に入る。地元の地道な努力で、蛍が戻り、今では蛍道ともなったお鷹の道は清冽な水が涸れることなく流れている。
「鷹の道 流れる湧水 蛍道」 利
真姿の池で小休止。採れ立ての野菜が道端で直売され、大根、人参、蕗などに人気が涌き、数人の人が購入したようだ。万葉園になっている武蔵国分寺ではところ嫌わず立て札が立ち、花や草木が生えていたが、区別がつかず、知識の浅さが露呈してしまった。武蔵国分尼寺跡による予定であったが、道を間違え、そのまま国分寺街道を北進。ゴールの西国分寺駅前で体操をして解散した。
5月29日(土)午前10時=約9キロ=
四季の庭(大江戸線国立競技場駅A2番出口徒歩1分)集合→鳩森八幡神社→明治神宮北参道入口→神宮橋→渋谷公会堂→青山学院→西麻布→有栖川宮記念公園→恵比寿橋→恵比寿ガーデンプレイス解散
写真は恵比寿ガーデンプレイスで展示されているボテロ野外彫刻展の一つ。人間の豊満さに圧倒される。
◎第321回「千駄ヶ谷から恵比寿」=約9キロ=
5月29日(土)午前10時、国立競技場中央門前に集合したのは、40人。打合せと体操をした後、スタート。
四季の庭と名づけられている遊歩道を通り、フリーマーケットでごった返している明治公園を横目で眺めながら、鳩森八幡神社に向い、手を合わせる。続いて明治通を渡り、山手線のガードをくぐり、明治神宮北参道入口から明治神宮に入る。
参道の玉砂利は歩きにくく文字通り「ジャリジャリ」と音を立てて歩く響きは大行進をしているようで、参詣客が振り返っていく。南参道を通り、神宮橋で右折。国立代々木競技場脇を歩き、信号で左折。
NHKホールを横目に見ながら渋谷公会堂の交差点で左折。電力館前で山手線のガードをくぐり、青山通に向う。だらだらとした緩やかな上り坂だが、直線的で意外に疲れる。やっとこどもの城に着いて、ここで休憩。
正面の広場に岡本太郎作の「子供の樹」が奇抜でなかなかユニークだ。南青山の細い路地をくねくね歩くが、住宅地と瀟洒なブティックが混在して、こんなところで商売になるのか不思議な雰囲気。
六本木通を西麻布で横断して笄公園を通り抜け、有栖川宮記念公園で小休止。園内には各国の大使館が近いせいか、普段着姿の外国人が家族連れで新緑を楽しんだり、釣りに興じたりしていた。
「公園に 蛇も加わる 釣り日和」 利
外苑西通を横断して聖心女子大の裏門に出た後、恵比寿橋を渡り、ビール坂を上る。もう少しでゴールという手前の坂は堪える。やっとの思いで恵比寿麦酒記念館前に到着。
恵比寿ガーデンプレイスのボテロ野外彫刻の前で整理体操を実施して解散。20体近くある豊満なボテロ像を三々五々、不思議な思いを込めて見学した後、帰路についた。
5月22日(土)午前10時=約10キロ=
常盤橋公園 (東西線日本橋駅A1番出口徒歩4分)集合→一石橋(まいご石)→中央通→鍛冶橋通→丸の内仲通→日比谷公園→国会前庭→半蔵濠→千鳥ヶ渕戦没者墓苑→九段下→清水門→北の丸公園→北桔橋門→皇居東御苑→大手門→和田倉噴水公園解散
千鳥ヶ渕戦没者墓苑は時ならぬ菊花が供えられ、静かに手を合わせ祈りを捧げた。
◎第320回[丸の内・皇居・八重洲]=約10キロ=
雨模様で今にも雨が降りそうな5月22日(土)午前10時、常盤橋公園に集合したのは48人。よく橋を見ると名前は「常磐橋」となっている。これは、金葉集にある「……東路の常磐のはしにかかる藤波」から採ったものといわれている。ところがすぐ下流に架かった橋は「常盤橋」と違っている。
打合せと体操をした後、出発。一石橋の袂にある「満よひ子の志るべ」石。江戸時代の社会制度を示すもので、歌舞伎の「白浪五人男」にも繋がる面白い話ができるが、これはまたの機会にする。
竹久夢二ゆかりの地ということで「宵待草」の歌碑を眺め、中央通、鍛冶橋通を通り、丸の内仲通に入る。ここは歳末のミレナリオで有名だが、日頃の土曜日は静かで、通りには様々な彫刻と花壇で飾られ優雅な雰囲気を醸し出している。
続いて日比谷公園に入り、咲き誇る薔薇を眺めながら横断して、今度は国会前庭に入る。和式庭園と洋式庭園に分けられ、なかなかのものだが、機動隊が屯し、人はほとんど居ない。ここで休憩。トイレがきれいだ。
半蔵濠を右に見ながら歩き、千鳥ヶ渕戦没者墓苑に到着。時ならぬ菊花に飾られた墓苑に手を合わせる。墓苑の横に咲いている「カルミヤ」の花が可憐だ。
九段下の昭和館を通り、清水門から北の丸公園に入る。清水門はほとんど人が通らないのか、草生した幅広い石段で、江戸城時代の雰囲気がそのまま残っているようだ。公園内を一周する予定だったが、天気が悪いため、直接、北桔橋門に向い、皇居東御苑に入る。広々とした園内では、つつじの花が緑濃い芝生に映え、鮮やかだ。
「大手門 くぐるや目に映ゆ 山法師」 利
大手門から外に出て和田倉噴水公園に到着。すでに到着していたC班と合同で体操をしているうちにB班も到着。全員揃って解散した。
5月15日(土)午前10時=約9キロ=
代々木公園原宿門(千代田線明治神宮前駅1番出口徒歩3分)集合→代々木公園一周→竹下口→コンゴ大使館→東郷神社(休憩)→原宿通→青山通→カントリーハーベスト→青山霊園→六本木トンネル→六本木西公園解散
◎319回[代々木公園と青山霊園]=約9キロ=
5月15日(土)午前10時、代々木公園原宿門に集合したのは、37人。天気予報では曇り空のはずだったが、実際には快晴。空を見上げると高く高く鰯雲のような巻雲。高度900メートル付近にできる小さな氷の結晶からできる雲とのこと。爽やかな絶好のウォーキング日和だ。歩道橋の上から見えるコクド本社ビルの窓ガラスに映る景色が何とも言えないほど美しく、国立競技場の建物がじかで見るよりきれいだから不思議だった。
打合せと体操をしてスタート。代々木公園を一周する。広々とした公園の北側は鳥の楽園になっているようだが、ほとんどは烏の棲家。人間様よりのうのうと屯している。
雑踏の激しい竹下通を迂回して、東郷神社に入る。折りしも境内には時ならぬ赤絨毯が玉砂利の上に敷かれ、結婚式が開かれるようだ。休憩を利用して、早速見学しようとしたが、なかなかやってこない。業を煮やして歩き始めたところ、階段下に新郎新婦の行列がやってきたのは幸運。皆で祝福の言葉をかけ、にこやかな新婦の笑顔に満足したが、女性群には新郎の爽やかさが気に入ったようだ。
住宅地の路地のような原宿通を通り抜け、青山通を少し歩き、カントリーハーベストの中を通り抜け、青山霊園に入る。予定では霊園内をうろうろするところだったが、省略して六本木トンネルをくぐり、ゴールの六本木西公園に向う。
冠木門のある和風の公園でかつてはどこかのお屋敷跡。小さいながらも落ち着いた雰囲気をもっている。珍しくABC3班のほとんどが集結して整理体操を実施して解散した。
5月8日(土)午前10時=約10キロ=
木場公園ミドリアム前集合→福富川公園→清澄公園→芭蕉庵史跡展望庭園→浜町公園(小休止)→甘酒横丁→人形町→三越前→COREDO日本橋→京橋→銀座4丁目→日比谷公園(休憩)→皇居前広場→和田倉噴水公園解散
◎第318回「浜町、日本橋、日比谷」
木場公園木場ミドリアムに集合。野草園や、ガーデンを見学する。近場のせいか、出席数47人。Y.T.さんから浜名湖花博の話を聞いて、体操して出発。
三つ目通から福富川公園に入り、資料館通を歩き、清澄庭園に到着。新緑に彩られ落ち着いた佇まいの庭園の中に入るのは省略して清澄公園を選ぶ。
「春の暮れ 庚申塔は 寂として」 利
万年橋から隅田川に出て、芭蕉さんをチラッと見上げ、暑さもほどほどで、涼風も吹くテラスを気持ちよく歩く。新大橋を渡ってまた中央区側のテラスに出たが、青テントが並ぶ。スロープを上がって浜町公園で小休止。大勢のボランティアがアクロバットのような彫刻の下で花壇の植え付け中。見る間に花いっぱいになる。
明治座横を通り甘酒横丁へ。人形町で、長い行列を取材中の舞の海に出会う。小舟町、江戸橋、日本橋から銀座通りへ。雑踏の中をはぐれないように進む。
途中、資生堂資料館を探してちょっと寄り道する。吊り下げられた植木鉢の植物に触ると前方のスクリーンの植物が生長するそうなので、競って触ったら、スクリーンの植物全部がグングン伸びて、自分がどの植物を触っているのか分からない状態。2階に上がり、発売された化粧品の展示などを見学した。
A班は、この雑踏を忌避して永代通りを西進して丸の内仲通を歩き日比谷公園を散策。園内は今を盛りと薔薇が咲き乱れ、ポピーも満開だった。
B班は寄り道をしたので、日比谷公園を省略して急遽、帝国ホテル前を通り、日比谷花壇を右折して日比谷通りを解散地へ急ぐ。和田倉噴水公園にはC班、A班、B班の順に到着。それぞれ、食事に向かった。
5月1日(土)午前10時=約10キロ=
竹早公園(丸の内線茗荷谷駅徒歩3分)集合→極楽水跡→慈照院→真珠院→伝通院→細川邸跡→金井直詩料館→白山神社→円乗寺→礫川公園(休憩)→北野神社(牛天神)→隆慶橋→小日向神社→林泉寺解散
「北野神社」別称「牛天神」。牛は菅原道真の身代わりと言われ、大切にされ愛されている。
GNP
◎第317回【茗荷谷・白山裏道歩き】=約10キロ=
5月1日(土)午前10時、竹早公園に集合したのは、44人。打合せと体操をした後、スタート。
播磨坂を少し歩いてから裏道を歩き始め、極楽水跡を通り、慈照院に到着。ここには舞姿が彫られている珍しいお墓があり、日本舞踊を道楽にした方のものとか。真珠院、伝通院を眺めながら善光寺付近に来ると右側の建物に巨大な猫の顔が描かれてあった。眼光鋭くまるで活きているように見えるから不思議だ。この辺になってくるとどこをどう歩いているのか、分からないまま細川邸跡に出て金井直詩料館の横を通り、白山通に出る。信号で白山通を渡り、白山神社の階段を上り、円乗寺に入る。可愛らしい六地蔵にお目にかかった後、八百屋お七の墓に参る。
新坂を上がり、春日に出る手前で菊坂に入り樋口一葉の旧居跡に立寄る。風情のあるこの地域に再開発が始まるらしく地元の反対運動が起こっている。
再び白山通を越え、文京シビックセンター前から礫川公園に入り、休憩した。A班、B班、C班ばらばらに歩いたようなのだが、奇妙なことにほとんど同時にこの公園にたどり着く。
富坂上から南下して北野神社に入る。ここは牛天神として有名で、牛は菅原道真の身代わりとして大切にされ、社殿の両側にのどかなやさしい顔の牛が寝そべっていた。
「聖五月 ねまり牛の 肌光る」 利
隆慶橋、白鳥橋、石切橋と高速道路脇を歩いて小日向神社に向うが、服部坂が厳しい。営団地下鉄いや今は東京メトロの小石川車両場の地下道をくぐり、ゴールの林泉寺を目指す。
林泉寺を解散場所にしていたが、小さな階段を上る意欲も失せて拓殖大学の正門前で整理体操を実施して解散した。
4月24日(土)午前10時、湯島聖堂に集合したのは、50人。日頃静かな大成殿前の広場、あまりの騒がしさに孔子様も目を覚ましたかもしれない。打合せと体操をした後、向えの神田明神に正門から入る。境内を通り抜け、裏門の急な階段を下りて、春日通を歩いて「おりがみ会館」に入って見学。色とりどりの折り紙作品と紙のオンパレード。ちょうど館長のK.kさんが在席。速成研修会を開いていただいた。滑らかな口調はまるで落語を聞いているような気分。聞きほれているうちに手品のように作品が出来上がっていく。折り紙は手だけで作るもので、机の上で作るものではないことなど、今までの常識を打ち破ってくれた。続いて湯島天神に正門から入って横門から出て行き急な階段を避けて女坂を下る。不忍池の辺を通り、根津に向うが人込みが激しい。何事かと気をつけてみると今日は「根津つつじ祭り」の中日。続々と詰め掛ける善男善女の人出で根津神社境内は満杯。その上満開のつつじは華麗そのもの。
「春深し 聖堂は厳 根津は華美」 利
旧白山通、不忍通を通り、何となくうらぶれた占春園を歩き、教育の森公園で休憩。折から「駅からハイキング」の一行が同じくここで休憩していて元GNPの某夫妻と奇遇。元気な姿に一安心した。春日通を直進、礫川公園に到着。「レキセン」と難しく呼んでいるが、実は「礫」は「ツブテ」のこと。つぶては「小石」のこと。つまり「小石川」の異称である。ハンカチの木などを鑑賞してここで解散した。
4月17日(土)午前10時=約10キロ=
都立大学駅集合→中根公園(打合せ、体操)→すずめのお宿緑地公園→円融寺→清水池公園→サレジオ教会→碑文谷公園(休憩)→学芸大学駅→教育会館郷土資料館→油面遺跡→祐天寺→目黒区役所(中目黒駅徒歩5分)解散
◎第315回【都立大学から中目黒】=約10キロ=
4月17日(土)午前10時、都立大学駅の構内に集合したのは、41人、3班に分かれて、中根公園まで歩き、ここで打合せと体操をする。天気は真夏日とまではなかったが、夏日といわれる25度を超える5月中旬の気候。汗を覚悟で歩き始める。先ず、清水窪弁財天に到着、7つもあるお願い事ができる祠ではたいていの悩み事は解決されそうだ。
続いてすずめのお宿緑地公園。竹林では筍が旬を越えて大きくなっている。何だかそのままにしていることの方がもったいないような気分になる。
「すずめ宿 竹の子すくすく 天を突く」 利
今度は円融寺。正面に立つ優美な「釈迦堂」は室町時代に建築されたという都区内最古の木造建築とのこと。碑文谷黒仁王さんとして親しまれたといわれる仁王門に安置されている仁王様、ガラス越しに見える姿はなかなか恐い。
清水池公園を横に見てサレジオ通の桜はすっかり葉桜。懺悔することがある人はどうぞサレジオ教会に立寄ってくださいと声をかけたが、誰も立寄らない。皆さんの日常、清く健やかで逞しいことがよく分かる。
碑文谷公園で休憩。チューリップ、サクラソウ、スイートアリッサム、デイジー、パンジーなど鮮やかな原色で色とりどりの草花が植え付けられ=写真=目を楽しませてくれる。池の中はいろんな水鳥が屯し、正に春爛漫。
一部の方は、ここで解散して学芸大学駅から帰宅したようだ。ここを通り越し、油面公園に向かう。この辺一帯が菜の花畑になって灯油を生産し、寺社に納めていたため、租税が免除されていたとのこと。油免とされていたので、これが転じて「油面」となったとのこと。その便(ヨスガ)のためか、公園の端っこに菜の花畑が設(シツラ)えてあった。
祐天寺の境内を素通りして閉まっている巨大な目黒区役所を眺めながらゴールの中目黒GTプラザに向い、ここで解散した。GTの意味、「ゲートタウン」とのこと。横文字でしかも頭文字だけの言葉が氾濫し、困ったことだ。
(東京新聞主催)
4月10日(土)午前9時30分=約11キロ=
鐘の広場(JRまたは東横線横浜駅徒歩3分そごう2階)集合→新高島駅→みなとみらい→日本丸メモリアルパーク→赤レンガパーク→山下公園→港の見える丘公園→元町→中華街(昼食)→馬車道→桜木町駅前そごう横浜店解散
写真は横浜赤レンガパークの見事なイベント
4月10日(土)午前9時30分、横浜そごうの鐘の広場に集合したのは、39人。東京新聞の今回の募集では1,000人とのことだったが、当日参加者を含めて1,900人になったとか。
絶好のウォーキング日和に恵まれ、広場は満杯。これでは団体では歩けないとの考えで、簡単な打合せの後、現地解散。小グループに分かれてスタート。
約10人は大軍団行進のわずらわしさを避け、反対回りをする。新高島駅までは大軍団の対岸を歩き、馬車道まで直線的に大通りを通る。ここで右折、馬車道を歩き横浜公園に出る。園内ではチューリップが満開。赤、白、黄色といわれるが、そんなものでなく、黒っぽいのやら桃色、橙、交じり合った色などホントにチューリップなの(?)って言いたくなるものまで鮮やかな色彩の競演だった。
続いて横浜中華街の中。肉まんを齧りたかったが、皆さんわき目も振らず歩くので、しぶしぶついて行く。外人墓地の脇、元町公園を通り抜けたところで、正規のルートを歩く先頭グループに会い、ちょうど中間地点。先頭グループと遜色ないスピードで歩いたことになる。
港の見える丘公園で休憩。ここでは続々と参加者に出会う。正規のコースを歩いているGNPメンバーにも出会う。
チェックポイント、マリンタワーの下でチェックを受け抽選で「Guide Dog Angel」をもらい、そこで出会ったGNP数人と中華街に戻り、昼食。
元軌道だった臨港線プロムナードを歩き、赤レンガパークに到着。2周年記念ということでパンジーが一杯=写真=。新港サークルウォークという名の珍しい円形の歩道橋を渡り、汽車道を歩き、若いカップルが屯する日本丸メモリアルパークを通り抜ける。
みなとみらいにある横浜ランドマークタワーのゲートをくぐり、グランモール公園を通り抜け、ゴールのそごう横浜店の屋上に到着。景品の「アクエリアス」と完歩証をいただき解散した。
4月3日(土)午前10時=約9キロ=
若葉東公園(JRまたは丸の内線四ッ谷駅徒歩3分迎賓館正門前)集合→新宿歴史博物館→消防博物館→野口英世記念館→多武峯神社→四谷大木戸跡の碑→花園公園→花園神社→雷電神社→新宿御苑(花見の宴)解散
新宿御苑で咲き誇る[長州緋桜」
◎第313回【四谷から新宿】=約9キロ=
4月3日(土)午前10時、快晴で絶好の花見日和に恵まれ若葉東公園迎賓館正門前)に集合したのは何と47人。東側、旧真田濠に咲く桜が満開で花霞になっているのを堪能しながら打合せと体操。
四谷駅前を抜け、しんみち通で左折、三栄通から右折して新宿歴史博物館前に出るが、素通りして消防博物館に入る。昔の馬牽き蒸気ポンプや江戸八百ハ町の消防組織、それに超近代的な消防ヘリコプターや巨大な梯子自動車などが展示され、興味深々。
ここを出てから今度は野口英世記念館の見学。本物の記念館は猪苗代湖にあるのだが、ここは記念会本部とのこと。野口英世博士を物心ともに支援した××さんが自分の家を提供してこの記念館を作ったそうだ。狭いところだが、当時、博士が使ったメスやハサミなどの手術用具、博士の書簡などが展示されてあった。
続いて多武峯(トウノミネ)神社に立寄る。ここは内藤家の氏神でかつて徳川家から馬が駈ける範囲を領地にしていいと言われ、馬で駈けその馬が命を失った地点とされ、駿馬塚が祀られている。今の新宿御苑は内藤家の屋敷跡である。
時間が足らなくなり、四谷大木戸跡の碑、花園公園、花園神社、雷電神社を省略して新宿御苑の新宿門に11時30分、再集合して45人で団体入場。入口は花見客で大混雑。これでは中に入っても弁当も開けないかと戦戦恐恐だったが、中は広くそんなことはなかった。
先ず、中心地にある「チョウシュウヒザクラ」=写真=を見学。たった一本の木だが、貫禄十分。朱色に近い満開の緋桜はあたりを睥睨していた。
中の池にかかる橋を渡り、千駄ヶ谷門に近い桜園地で各人が持ってきたシートを広げ有志で花見の宴を開く。酒類を持ち込むのは厳禁との規定を守って、水筒で乾杯したが、実際には缶ビールなども園内で販売され、他の花見客は結構盛り上がっていた。
ここで流れ解散したあと、団子を求めて新宿界隈に繰り出した者や園内そぞろ歩きのついでに温室に入ったものなど、うららかな春の半日をエンジョイした。
3月27日(土)午前10時=約10キロ=
猿江恩賜公園(都営新宿線住吉駅A3出口徒歩3分)集合→大横川→木場公園→仙台堀川→清澄公園(休憩)→清洲橋→隅田川大橋→永代橋→臨海公園→大横川→東富橋→古石場親水公園→牡丹町公園解散。
江東区清澄公園で咲く満開の桜
3月27日(土)午前10時、昨夜の悪天候はどこか別の世界のことのような好天気に恵まれ、猿江恩賜公園に集合したのは、43人。打合せと体操をした後、勝手知った江東区内の桜見に出かけた。
先ず、大横川沿道、チラホラとは咲いているが、満開には程遠い。続いて木場公園。こちらも桜の面影が未だない。仙台堀川に入ってやっと花らしい桜に出会う。不思議なことに日当たりのいい北岸より日当たりの悪い南岸の方が勢いがある。樹木の大きさによるものだろうか。
清澄公園に入り、ここで若干の休憩。数は少なかったが、満開の桜=写真=をやっと見つけた。それに雪柳が満開。ピンクと純白の競い合いは見事だった。今度は清洲橋の袂から隅田川テラスに入り、うららかな流れを辿る。
隅田川大橋、永代橋をくぐり、相生橋と中央大橋が見渡せる頃、珍しく木材の筏流しに出会った。約200メートルぐらいに繋いだ材木筏が緩やかに動く姿は正に春爛漫。
隅田川と別れて永代公園に入ると桜草に囲まれた休憩所がこじんまりと設置され、目の保養になる。小さな臨海公園を眺め、大横川緑道を通る。この出入口、自転車も通さないつもりか、細くなっているが、肥満体には通りにくそうだ。しかし、健康体のGNP一行、誰一人遮断されることはない。
東富橋で折り返し、今度は古石場川親水公園をのんびり歩き、牡丹町公園で解散した。
なお、有志で南砂まで電車に乗り砂町水処理センターの「桜まつり」に参加したが、桜は蕾。ちょうど開通式のあった清砂大橋の渡り初めをして、西葛西から帰宅した。
3月20日(土)午前10時=約10キロ=
兵庫島公園(二子玉川駅西口徒歩5分)集合→行善寺→法徳寺→五島美術館→覚願寺→善養寺→六所神社→野毛図書室→野毛大塚古墳→等々力渓谷→御岳山古墳→伝乗寺→宇佐神社→九品仏(解散)→自由ヶ丘駅
等々力渓谷にある等々力不動で花に囲まれていた観音様。
◎第311回【二子玉川から自由ヶ丘】=約10キロ=
3月20日(土)午前10時、二子玉川駅構内に集合したのは、35人。当初は、兵庫島公園に集合する予定であったが、生憎の雨で急遽変更したもの。簡単な打合せだけで体操は省略。
そそくさと西口から出発したが、C班は東口からスタートして始めから方向を変えたようだ。傘を差して歩くと周りの景色はほとんど見れない。じぐざく歩いているうちに田園都市線を跨ぐ歩道橋を渡り、行善寺に到着。芸術的に見える猫塚を見る。続いて筆塚のある法徳寺を眺め、今度は五島美術館。雨でなければ美術館の庭に入りたかったが、省略して、覚願寺も省略。
おもいはせの道を通り、善養寺に入る。ここはどういうものか石像の動物が山ほどあり、どれを見ても由緒があるように見えるが、意味はよく分からない。ここでB班に合流。六所神社を眺め、すでに到着していたC班に替わって野毛図書室で休憩。トイレをあらかじめ借りていたのだが、こんなに大勢押しかけるとは思ってもいなかったようだ。休憩の後、野毛大塚古墳に入る。埴輪らしきものに守られた古墳は公園になっている。
団地の中を通り階段を下りると等々力渓谷。だんだん整備が行届いてきたせいか、自然の姿が薄れてきているようだ。等々力不動では花に囲まれた観音様がお出まし。御岳山古墳、丸子川、伝乗寺、宇佐神社と回り、再びおもいはせの道を歩き九品仏駅の踏切りを越え、浄真寺の境内に入る。
九品仏は下品3佛、上品3佛、中品3佛の総称だ。どういう違いがあるのかよく知らないが、ほの暗い屋内で頭の色が青く見えるのが印象的だった。ここで解散したが、今にも雨が霙になりそうな天候で寒さに震えてしまった。
3月13日(土)午前10時=約10キロ=
天祖神社(JR大森駅前西口徒歩3分)集合→富岡美術館→龍子記念館→池上本門寺→池上会館(休憩)→呑川遊歩道→京急蒲田駅解散
◎第310回【大森から本門寺】=約10キロ=
3月13日(土)午前10時、天祖神社に集合したのは、49人。
急でないほうの石段には文士村のレリーフが飾られ、往年の賑わいを示していた。境内で打合せと体操をした後、くねくねとした路地を右に曲がったり左に曲がったりしながら、階段を下りると環七通。
ここを横断歩道で渡り、大倉山公園の横を通り、臼田坂を下り、龍子記念館に出る。ここから潮見坂に入り、なだらかな坂道を上り、やがて下りに入る。下り切ったところが本門寺公園。池の辺にある弁財天を眺めながら公園の中を上り、墓地を過ぎると新装なった五重塔が見え、池上本門寺正面に到着。ここでしばらく休憩して、今度は池上会館の屋上に上る。
ここは展望台になって遥か彼方まで見渡すことが出来、すっかり春めいた景色は鮮やかだった。加藤清正が寄進したといわれる96段の階段を下りずに会館のエレベーターを使うと一瞬のうちに下に到着。何だかお寺に悪いような気もするが、これも区の施設。気兼ねなく使える。
直進するとすぐに呑川遊歩道に突き当たり、ここを下る。かみそり堤防のままの呑川沿道、あまり潤いはないが、ほとんど車が通らないのが取柄。JR東海道線をくぐり、御成橋で商店街に入りこじんまりした蒲田八幡神社に到着。ここで解散した。
3月6日(土)午前10時=約10キロ=
キャロットタワー26階(東急田園都市線三軒茶屋駅前徒歩3分)集合→教学院(目青不動尊)[体操]→烏山川緑道→松陰神社→豪徳寺→世田谷八幡宮→羽根木公園(弁当、休憩)→北沢川緑道→淡島神社→森厳寺→北沢八幡神社解散→下北沢駅
森厳寺境内に存在する樹齢600年と推定される大銀杏。徳川家康も同じように眺めたことでしょう。
◎第309回【三軒茶屋から豪徳寺】=約10キロ=
3月6日(土)午前10時、キャロットタワー26階に集合したのは、43人。天候はよく、眺望はよく利くが、生憎、富士山は見えない。気温が上がりすぎて遠くはもやが出ているようだ。教学院(目青不動尊)で打合せと体操。久し振りにTさんのきびきびした声に全員活発に応じる。
整備された烏山川緑道を歩き、松陰神社に出る。境内には松下村塾を模した建物か保存され、明治維新の偉人たちが学んだ姿を髣髴させる。改造中の若林公園を抜け、再び烏山川緑道を歩き、世田谷城址公園に入る。
当時の起伏をそのまま残したような公園で、こじんまりしているが、何時までも遊んで居たいような雰囲気がある。続いて広大な豪徳寺境内に入り、ここで若干の休憩。猫が何となく大きな顔をして屯していたが、何とここにはお猫様の像が4体も並んでいた。多分かつてお猫さまの恩恵を受けたことがあるのだろう。
東急世田谷線を越えて世田谷八幡宮の境内を通り抜け、再び世田谷線と小田急線を越え、北沢川緑道に入る。梅ヶ丘で羽根木公園に向い、弁当を開く。梅見のはずだったが、すでに満開の時期は過ぎ、梅祭りも終わっていたが、人出は結構あった。
小田急線を再び越え、北沢川緑道に再び入り、環七通を越え、代沢小学校から左折。淡島神社をチラッと見て森厳寺に入る。ここには樹齢600年といわれる銀杏の古木=写真=が悠然と立ち並んでいる。徳川家にも親しい寺といわれているので、この銀杏、家康の目にも触れたのかもしれない。幹を触り、命の息吹を感じてみた。
北沢八幡神社の境内で体操をして解散した。
(JR駅からハイキングNo.01034)
2月28日(土)午前10時=約11キロ=
JR中野駅集合→桃園川緑道→パールセンター・すずらん通→大田黒公園→光明院(萩寺)→西荻窪アンティーク街→西荻窪駅解散
◎第308回B【中野駅から西荻窪駅】
(JR駅からハイキングNo.01034)
2月28日(土)午前10時、JR中野駅北口に集合したのは14名。好天に恵まれたためか各自受付をするが大変な混雑。しばらくお休みをされていた徳江さんが元気で参加されたのに体操が出来る場も見当がつかず、定刻となったところで各自のペースでゴールまで歩きましょう、ということで夫々出発。
梅、沈丁花の香りの中の桃園川緑道、阿佐ヶ谷駅前から青梅街道まで続く、ゆっくりゆっくりと見て歩きたいパールセンター。NHKのラジオから流れていた[話の泉]で名前だけは耳にしていた懐かしい邸主の大田黒公園。ここの庭の芝生で陽を浴びながらゆっくりと休憩。
中央線のガードをくぐって荻窪の地名の発祥となったという光明院へ。荻窪八幡神社で参拝、鳥居前の杉並会館はちょっと一休みには最適。最後は西荻窪アンティーク街のお店を目で追いながら、ゴールの西荻窪駅北口へ。
途中、会の人の姿は殆ど見ることもなく、ラストを歩いてきたので、全員無事に到着したものと思い、バッチとハズレくじの飴一つを頂き、午後1時40分頃解散。
翌朝、参加者のお一人から、ゴールでほぼ全員の姿を見かけました、との連絡を頂き、ホッと! これで、ほんとうに無事終了。 【川上幸子記】
2月28日(土)午前7時30分=約10キロ=
竹芝客船ターミナル集合→8:10出航→9:55大島到着→(バス)→10:50三原山頂口→三原神社→噴火口一周お鉢めぐり→13:00三原山頂口→(バス)→大島公園→(バス)→15:25大島出航→17:10竹芝到着
◎第308回A【伊豆大島椿まつり日帰りウォーキング】
2月28日(土)午前7時30分、竹芝客船ターミナルに集合したのは39人。手続きを済ませ定刻8時10分、超高速ジェット船「セブンアイランド虹」に乗船、出航した。この船、時速80キロで正に海上を飛行する感じ、スムーズで快適な乗り心地は波のゆれを感じさせず、9時55分、大島岡田港到着。
「あしたばおにぎり」と「海洋湧昇水」をいただき、路線バスで三原山頂口に向う。
私の知っている三原山はオリンピックの年の昭和39年。40年前になる。昭和61年の大噴火で様相がずいぶん変わってしまった。黒々と固まっている溶岩を眺めながら三原神社に到着。あの激しい噴火にもかかわらず、この神社、ほとんど奇跡的に被害に遭わなかったとのこと。不思議な神域のおかげだろうか。地図で見ると容易そうな噴火口一周お鉢めぐりに向う。ところが、結構なのぼり道で息が切れる。頂上から見える噴火口。今でもところどころから蒸気が噴出し、いつでも爆発して見せるぞと、意気込んでいるように感じられるから自然は凄い。
ぎりぎりの時間で13時発のバスに間に合い大島公園で下車。つばき祭で賑うこの公園。アンコ姿に身を包んだ島の姐さん方の出迎えを受ける。椿の盛りは過ぎたといわれているが、開花期が長いせいか、色とりどりの椿が鮮やかに咲き揃い、ついでに純白の大島桜も満開になっていた。
アンコ踊りまで堪能してバスに乗り込み、岡田港に到着。お土産に大島椿の苗をいただき、15時25分大島を出航、定刻17時10分に竹芝桟橋に到着。解散した。=約12キロ=
2月21日(土)午前10時=約10キロ=
高田馬場駅前集合→日本点字図書館→諏訪神社(体操、打合せ)→面影橋→新江戸川公園(休憩)→鉄砲坂→富士見坂→火の見櫓の鐘→のぞき坂(東京一の急坂)→近衛伯爵家の木→目白庭園(無料)解散
◎第307回【高田馬場から目白】=約10キロ=
2月21日(土)午前10時、高田馬場駅前に集合したのは、46人。連続5回のぐるっとパスを利用した例会が終わり、いよいよ本格的に会員が企画した例会が始まり、本日はその第1回目。
日本点字図書館の脇を通り、左折して諏訪神社で体操。諏訪公園にも寄った後、早稲田通りを越え、小さな路地を歩いた。今度は明治通を越え、戸塚市場を覗く。続いて天祖神社の敷地を囲むように歩いて早稲田通を越え、面影橋を渡ってから神田川沿いに歩く。新江戸川公園に入り、ここで休憩。
松の木の雪釣りがされていたが、どうも形だけのよう。枝に積もる雪の重みを支えるために釣っているはずの縄が枝に結わえていない。梅は満開、こぶしの蕾も膨らみ始めている。気温が高いせいか春の陽気。背中に汗がたまり、上着を脱ぐ。
今度は目白通を越え、鉄砲坂を下る。たまたまショッピング・カートに頼りながら上ってくる老婆に会い、坂道を上下する苦労を垣間見る。続いて三丁目坂を上り、日本女子大に突き当たり左折。再び目白通に入り、また左折して富士見坂を下り南蔵院で右折、宿坂通で火の見櫓の鐘を見て三度、目白通に出て、今度はのぞき坂を下る。
この坂、東京一の急坂と言われ、なるほど雪でも降ろうものならそのままでは歩けないような45度近い坂だった。明治通を少し歩き、歩道橋で対岸に出て学習院大学の横道を通り、山手線をくぐり、右折して急坂を上り、道の中央に鎮座している古木が近衛伯爵家の木。
四度、目白通を渡り、西武池袋線の手前で右折。教訓が所狭しと書いてある不思議なガレージを眺めてゴールの目白庭園に入る。こじんまりとした区立庭園=写真=であったが、手入がよく、中央に池が配置され、六角浮き見堂、滝、築山、滝見台、芝生、中の島が配置され、赤鳥庵では茶の湯の練習がされ、優雅な雰囲気。紅梅、白梅が頃よく咲き揃い、しばらく縁台に座り込み、汗の引くのを楽しみ、解散した。
2月14日(土)午前9時30分の開館を待って大半の会員が科学技術館に入場。実際に触ったり、動かしたり出来る展示物にだんだん興に乗り、子供になった気分。ことにパソコンを使った遊びには熱中。「いないいないばあ」では、「ばあ」ならぬ「じい」まで本気になって写真を写したりして時間の経つのを忘れてしまった。
定刻午前10時、入口前に集合したのは、48人。打合せと体操をした後、東京国立近代美術館工芸館に向う。近衛師団司令部庁舎が展示場に改装された赤煉瓦造りの重厚な建物。
中にある工芸品よりも建物のほうに興味があった。
続いて東京国立近代美術館に入るが、ここの絵画、彫刻などは数が多く、一見の価値があった。ことに禁断のりんごを齧ってうち萎れているのか、それとも喜び震えているのか、微妙な裸婦像に見入ってしまった。
今度は北桔梗門から皇居東御苑に入って散策。天気に恵まれ、春の陽気。梅が膨らみ、松の緑も活き活きとしはじめ、うららかな気分。
大手門から出て永代通りを歩き中央通で右折。その角にあった東急百貨店が様変わり、巨大なメリルリンチビルに変貌。外資系の圧力の象徴のような風景だった。
鍛冶橋通に面した東京国立近代美術館フィルムセンターで古きよき時代のスチール写真を拝見。上原謙にも新人時代があったことを知り、わが身の老いを感じる。
今度は東京フォーラムに移った相田みつを美術館を見学。普通の人、普通のことを愛した相田みつをさんの作品が超現代的な建物の中で豪華にきらびやかに飾られ展示されているが、どこかちぐはぐさを感じ、作品の素朴さと矛盾を感じながら、空腹に耐え兼ねて外に出て食事をした。
5週にわたって実施したぐるっとパス巡り、GNPの皆さん、大半が25館以上制覇、例会に休んだ方も他の日に巡り無駄にした人はほとんどなかったようだ。
なお、当日は新宿の明治安田生命ホールで生活習慣病予防の最前線をテーマに独立行政法人国立健康・栄養研究所の第5回一般公開セミナーが開催され、若干遅れて駆けつけたが、満員の盛況で入場できず、涙を呑んで引揚げた。
2004年2月7日「ぐるっとパス」を使って葛西臨海水族館、ダイノソアファクトリー、船の科学館、日本科学未来館を巡って歩いた記録。
2月7日(土)午前9時30分の開門を待って、大半の会員が葛西臨海水族館に入場。約30分間、見学。大水槽の中のマグロの群遊が人気。ただし美味しそうという感想。それに太刀魚、本当に刀のようになって立っている。ペンギンの赤ちゃんも可愛いが、おなかがあんなに膨れているとは思わなかった。まるでふぐ! それとも肥満体なのか?
10時、玄関前に集合したのは、48人。打合せと体操をした後、メーンメンバーは歩いて新木場まで行くことにしたが、京葉線葛西臨海公園駅から新木場に電車で向うもの、バスで向うものと分かれて林原自然科学博物館ダイノソアファクトリーに向う。
ここは恐竜の館。化石が展示され、そこから想像される実物大の模型が素晴らしい。この見学でお昼時間になり、昼食。
その後、船の科学館に入る。北朝鮮の拿捕船の展示があったが、弾跡の生々しさに目を背けてしまった。船内の展示は駆け足で見学。屋上まで登り、係留されている宗谷と羊蹄丸を俯瞰=写真=。
青空に映えて美しい。羊蹄丸の中ではかつての青函連絡船、青森港の風景が展示され、青空市場の模様や駅舎の様子などが当時のまま再現されていた。
それから日本科学未来館に向うが、この頃になると体のほうがくたくた。思わず1階に飾ってある理想的な木造住宅の縁側に腰掛けて休憩した。
帰りは無料巡回バスに乗り、デックスで下車、昭和30年代の台場1丁目商店街と本物の香港を模した小香港を歩いてみた。本日の歩数23,000歩。博物館巡りは意外にきついものだった。
2004年1月31日「ぐるっとパス」を使って、国立科学博物館附属自然教育園、東京都庭園美術館、目黒区美術館、東京都写真美術館を巡って歩いた記録。
1月31日(土)午前9時過ぎ、国立科学博物館附属自然教育園に到着したが、すでに数人の方が集合、中に入り、散策路を歩く。まず目立ったのが「スダジイ」。「スダジイ」があるなら「スダバア」があってもいいよね、などと駄洒落を飛ばしながら歩く。300年、400年と年代を経た樹木も散在し、貫禄がついている。天候に恵まれ、冷たい風も何のその、別天地に入り込んだような気分。ただし、この別天地、烏にとっても大変な天国らしく、我が物顔に飛び回り、我が世の春を謳歌しているようだ。
定刻10時、集合したのは47人、打合せと体操をした後、お隣の東京都庭園美術館に入る。ここは朝香宮の旧居跡。もう70年経っている洋館だが、びくともしない佇まい。当時集められた美術品や日常の家具、食器など素晴らしいものが飾られていた。庭園も広く、瀟洒な建物と合致して美しい。日頃、ちまちました生活を送っているものには、何ともいえない豊かな気分にさせてくれる。
つづいて目黒通を通り、目黒駅を越え、目黒川沿いに入って目黒区美術館に到着。ここは本日無料。区内の幼稚園、小学校、中学校の作品が展示されてあった。久し振りに眺める子供達の作品、なかなかのものである。こういうものを見ていると、今、学校が荒れているという実情はどこ吹く風のような気にさせられる。特に中学生の作品はすでに1級のものとさえ感じるほど完成されたもので、その感性は大人以上のものになっている。
今度は目黒川を越え、複雑に微妙に折れ曲がって起伏のある道を迷い迷い恵比寿ガーデンプレイスに向う。やっとの思いで、東京都写真美術館に到着。美術館前で、自由解散とした後、各自で入場した。ところが、ぐるっとパスでは地下1階にしか入れないといわれて、行ってみると写真には関係のないゲームセンターのような雰囲気。2階に上がっても特別展とのことで別料金。ただし、ロビーには黒柳徹子さんがユニセフ大使として戦乱のアフリカなどの子供との触れ合いの写真が出ていた。悲惨な現状が写真で見ると生々しく、彼女の活躍に尊敬の念を覚えた。
そのまま帰ろうとしたのだが、3階は見られるよとの情報があり、3階に上がる。ここでは中島健蔵さんが撮った写真と中島さんの足跡を示す写真が飾られ、なかなかのものだった。とくに日中友好の集いでの600人ぐらいの記念写真には目を見張った。一人一人がはっきり見える巻物状の写真。どういう撮影方法か、簡単な説明を受けたが、具体的な技法は理解できなかった。
ガーデンプレイスで食事をした後、帰宅した。
2004年1月24日、「ぐるっとパス」で朝倉彫塑館、国立博物館、旧東京音楽学校奏楽堂、国立科学博物館、国立静養美術館、下町風俗資料館、恩賜上野動物園を巡って歩いた記録。
◎第303回【ぐるっとパス上野エリア】
1月24日(土)晴、集合場所は「朝倉彫塑館」10時。「朝倉彫塑館」が9時30分開館だから集合前に見学するようにとのことだったので、前にもGNPで見学したことがあるが、折角の「ぐるっとパス」があるのだから開館と同時に見学させて貰おうと早目に家を出た。
9時25分に「彫塑館」の前に着くともう何人かの人が着て居られた。9時30分定刻に開館、同時に中に入り見学、前にも思ったことであるが、吟味された材木、設計された広い屋敷の掃除、手入れの維持管理、個人の持ち物だったら大変でしょうね。もっとも大変だから(登録有形文化財)となされたのですよね。
それにしても今度の大戦で燃えなくて良かったわね、と。
時間に成り「館」の前に47人が集合。K子さんの話では、会長はダックスクラブ15周年パーティー出席のため、今日は来ないとのこと。連絡事項のお話の後、各班毎に出発。直ぐに「国立博物館」に着き中に入るが、今日は7ヶ所も見学予定。じっくり見る時間はないのでサッと(それでも30分は掛かる)見て次の「旧東京音楽学校奏楽堂」へ廻る。
ここは前から中に入って見たいと思っていた処なので楽しみにしていたのに「本日は演奏会の為休館」とのこと。ガッカリするも仕方がない。また各自で見るということで、次に国立科学博物館へ。ここは子供も楽しみながら勉強出来ると親子連れがたくさん来ていたが、何しろ時間が無いからここもサッと見て(45分)、次「国立西洋美術館」。ここも独断と偏見でサッと見たけど時間を見るともう12時近く。そろそろお腹も空いてきたが、食べてからは歩きたくないという意見で次の「下町風俗資料館」へ。サッと見ようということだったが、子供の頃あった物とか記録とかで色々話が弾み、また昔の玩具で遊んでもいいとのことで、すっかり遊んでしまい、出たのは1時過ぎ。これから「恩賜上野動物園」は時間が掛かるから無理。先に昼食をとのことで美味しいラーメン屋さんを紹介され行って見るが行列が出来ている。分店を教えて貰い、行くが、ここも行列。並んで待つ事にした。
食事が終わって、さあ「上野動物園」へと歩き出すも矢張り食事の後は歩きたくない! でも今回見とかなければ1ヶ月終わって25ヶ所にならないと叱咤激励しながら向かう。
動物園では「パンダちゃん」と「ゴリラ」をメーンに見て後はもういいとばかりに出口に向かうも、オットセイの芸に見とれ、白熊の大きさに愕き、象さんが竹箒で体を綺麗にして貰って居るのに微笑み出口に到着(3時半過ぎ)解散となった。
今回、距離は短いが見学個所は1ヶ所だけでもじっくり見れば1日掛かっても見飽きない所ばかり。歩き方も見学歩きで目はショボショボ、足は変に疲れが出たコースだった。
2004年1月17日「ぐるっとバス」を使って江東区中川船番所資料館、東京都現代美術館、江東区深川江戸資料館、江東区芭蕉記念館、江戸東京博物館を巡り歩いた記録。
中川船番所資料館前で体操をするGNP一行
◎第302回【ぐるっとパス両国深川エリア】
1月17日(土)午前10時、江東区中川船番所資料館に集合したのは49人。大半の方は9時半に来場して見学済み。打合せと体操の後、雪のちらつく中を東京都現代美術館に向う。
場内は意外に閑散としていた。続いて江東区深川江戸資料館に入るがちょうど夜景だったので、もっぱら日本手拭の展覧会に見入り、染めの美しさに感嘆した。江東区芭蕉記念館は狭いせいか観客が大勢に見えた。江戸東京博物館の入口で解散。見学は小グループに分かれてしまった。平賀源内展が好評のせいか、観客は満員の盛況。
歩いた距離は2万歩近くになったが、その3分の1が見学。見学の歩行は意外に疲れる。=約11キロ=
2004年1月12日、13日、輪島と金沢市内をウォーキングした記録。
能登金沢一泊ウォ-キング
1月12日午前10時羽田空港を飛び立ち、能登空港に到着。直ちにツアーバスに乗り、奥能登に向ったのは参加者41人中GNP13人。快晴に恵まれ、風は冷たかったが、裏日本に来た雰囲気はなかった。
恋路海岸のロマンスを車中で聞き、見附島で休憩。まるで軍艦のような島。続いて禄剛埼で下車。200度以上に開ける水平線がくっきりと眺められ、地球の丸さが実感できた。
今度は西海岸に出て白米の千枚田を見学。日本人の勤勉さを垣間見る。輪島のホテル高州園に到着。荷解きの暇もなくウォーキング開始。地図を頼りに高台の一本松公園を目指す。途中、とんびにお目にかかり、図体の大きさに比べ可憐な鳴き声が印象的。道の遠回りを惜しんで途中の崖のぼり。お転婆の好きな一行、誰一人拒絶せず登りきる。見晴らしが良く雄大な公園だが、人が居ない。
今度は下り。下りきって市街地に出ると町並みがクラシック。しかし建物は新しい。瓦屋根がまぶしく和風建築の美しさが強調されている。
海岸に出て日本海を眺めながらホテルに向い、夕食。ホテルの料理は一流。こんなに安いツアー料金なのにと心配するほどサービスがいい。温泉も広く気持ちよく温まった。
2日目は前日に比べ天候は一転、霙交じりの雨、雪、それに雹まで降っている中を朝市に出かける。天候の悪さに日頃のお店の4分の1ぐらいしか出ていないとのこと。もう冷かす気にもならず、早々とバスに戻った人も多かった。
こういう天候の中で荒々しい日本海の白波が素晴らしい。なぎさドライブウエイとなっている海岸は、遠浅で岩場があるせいか、遠く先のほうから逆巻くように白波が押し寄せ、その泡が波の花を咲かせ、飛び散っている姿はぬくぬくとしたバスの中からは楽しいものだが、実生活の中ではうんざりした光景に過ぎない。
金沢駅西口で下車。近江町市場に向う。途中吹き飛ばされそうな風に遭うが、どうもビル風のようだ。昼食に回転寿司や海鮮どんぶりをいただくが、品種の多さや新鮮さ、それに引き締まった味の美味しさに舌鼓を打つ。
いよいよ市内ウォーキング。武家屋敷がそのまま温存され、風情のある佇まいを味わいながら歩く。雪釣りの松が絵に描いたように美しく庭を飾っている。堀割の水が勢いよく流れ、瓦屋根を頂いた土塀は藁筵で保護されている。日常の作業がそのまま観光資源になっているのだから都会人の非日常を反省させられる。ところが一本通りを違えるとそこは香林坊。銀座と見紛うほどの瀟洒な商店街。
犀川大橋を渡って寺町に入り、しっとりとした西茶屋通を歩き、妙立寺に到着。外観は2階建てだが内部は4階7層建ての複雑な構造。隠し階段や落とし穴に興味津々。今でも作りたい構造でカラクリというか工夫の素晴らしさに感嘆した。一名、忍者寺といわれているが忍者には関係なく金沢城の出城の役目を果たしていたとのこと。
犀川大橋に戻り郷土の文人室生犀星にちなんだ「犀星のみち」を歩いて桜橋を渡り、兼六園に向かう。兼六園には時間の関係で入らず、外観だけ眺めて金沢城公園に石川門から入る。広大な城内は地図を見ていても自分がどこにいるかよく分からない。とにかく駅の方向らしき方角に歩き、黒門にたどり着いたが、門が締まって出られない。これから戻ると4時半までに駅に戻れそうにはない。大手掘に嵌る危険性を伴いながら、ままよと竹柵を皆で越える。
快活極まる行動で、その後は遮二無二歩き通して駅で待つツアーバスにやっと定刻到着した。定刻発車したバスは、途中、買い物をするはずだったが、天候不順で飛行機が飛ぶかどうか分からない。そのうち、前便に搭乗できることが判明し、買い物を省略して小松空港に直行。慌しく航空券を頂き、直ちに搭乗。搭乗と同時に出発。何と羽田には予定の時間より、2時間も早く到着。
参加者の面々、帰宅を早くしても、いろいろと計画が狂ってしまうようで、空腹を満たすため、空港のレストランでわいわい言いながら反省会を実施。帰宅時間は定刻になった。
◎1月10日(土)午前10時、江東区文化センター第1研修室に集合したのは54人。受付で今年の例会参考資料として「散歩の達人」のバックナンバーを抽選で配布。また、N氏が差し入れてくれたカレンダーもいただき、第7回GNP総会を開いた。
会長の挨拶の後、事業報告、会計報告、本年度の事業計画、収支予算を検討、全会一致で承認された。なお、C班の班長はIさんにお願いすることにした。
続いてB2班が用意した新年昼食会に入り、席上、平成15年第4四半期の皆勤者7人及び25回以上出席者47人に記念品を贈呈。下見担当者44人に対して若干の交通費補助をした。なお、会員からのプレゼントとしてY副会長から会長に万年筆、M会計にセーターが贈られ、両者感激していた。和気藹々のうちに昼食会を終了。
文化センターの中庭に出て体操をした後、七福神巡りのスタート。富岡八幡宮(恵比寿)、心行寺(福禄寿)、冬木弁天堂(弁財天)、円珠院(大黒天=写真=)、龍光院(毘沙門天)、深川稲荷(布袋)、そして深川神明宮(寿老人)と勝手知った道をわいわい騒ぎながらお参り。平成16年のスタートは切って落とされた。=約7キロ=
2004年1月1日5時30分新木場駅に集合したのは4人。ウォーキングクラブCaVaに合流して若洲に向う。
6時56分、東の空から初日の出。
久し振りに雲に 隠れない旭日を拝み、身の引き締まる思い。今年の幸運とGNPの発展を祈った。なお、帰りには他にご家族を含めて3人の方が参加。合計7人だった。
◎第300回【横十間川と旧中川遊歩道】=約10㌔
12月27日(土)午前10時、久しぶりに古巣の健康センターに集合したのは、47人。300回記念ということで健康センターの門所長が挨拶。
「6年間に300回と偉業を達成。毎年50回、つまり毎週歩いているグループは、現在出来つつある今年のウォーキング12週間の卒業者による会を含めて8団体になるが、その中で、唯一のグループがGNPだ。その上、記録がしっかりして会報を毎週発行している。今後も永くこの記録を伸ばして貰いたい」との言葉。
この後、玄関先で記念撮影。Y副会長の掛け声で体操を行い、直ちにスタート。東陽町から横十間川親水公園に入り、勝手知った公園の中はGNPの庭のようなもの。途中の水辺で可愛らしくてコケティッシュな「カワセミ」を見つけ、わいわい騒ぐが、小枝に泊まったまま身じろぎしない様は気品さえ感じた。
スポーツ会館で休憩するつもりだったが、建物の中に入るには大回りしなくてはならないのが、億劫になってそのまま歩きつづけ、猿江恩賜公園に到着。ここで休憩を取った。
噴水のある池では、ユリカモメやカルガモ、それにオシドリなど数多くの水鳥が軽やかに泳いでいるのが印象的。テニスコートでは若々しく見える連中が白球を、いや最近は黄球を追っていたが、案外、彼らもわれわれを眺めて若々しい連中が楽しく歩いているなと感じているのかも。
つづいて堅川河川敷公園に入り、東進。高速道路下で何となく圧迫されたような殺風景な感じだが、自動車の音はすれど、邪魔をされることなく、数多くの橋はほとんど橋の下が通れるように整備され、歩きやすい。
新六の橋で上に出て一般道を歩き、京葉道路に向う。亀戸6丁目で右折。ほんの少し歩いて、中川新橋の手前で左折。そのまま旧中川遊歩道を歩く。
大きなマンション群に囲まれ、日陰になっているせいか、昨夜来の初雪がそのまま淡雪で残っていた。急に風が冷たく感じるのは視覚のなせる技。慌てて手袋などを出して保温に努めた。
総武線の手前から亀戸中央公園に入り、区の花「サザンカ」の咲き乱れる庭園でしばらく見学。
そのあと公園の中を走る総武線の高架をくぐり、亀戸スポーツセンターの玄関前で解散。
300回記念の例会、無事終了し、それぞれ三々五々、忘年会を兼ねた昼食会に向った。
◎第299回【江東区東部と新砂探検】=約10㌔=
12月20日(土)午前10時、木場公園ミドリアム前に久しぶりに集合したのは、44人。ミドリアムの中に入り、点呼と打合せ。残り1回となった慌しさからか、もう会報は新年度の話題になり、押し詰まってきたことが如実に分かる。体操はミドリアム前の広場でH.Wさんの指揮で行う。
木場公園内の大橋を渡り、慣れ親しんだ仙台掘川公園を辿る。花の広場、出会いの広場を経て左折。馴染みの旧大石家の玄関では注連飾りと門松が飾り付けられ、歳末を感じさせられる。釣堀でトイレ休憩。
清洲橋通を東進、荒川土手に入る。土手全体が荒川砂町水辺公園となり、ここを南下。天気には恵まれたが風が強い。園内では春の花文字のためか盛んに作業員が手入れに余念がない。先がすぐそこに見えるような錯覚を覚えるが、なかなか先端に辿り着かない。やっとついてみると船着場になっているがどうも利用されていない。利用者は釣り人のようだ。
ここから先は堤防を越えなければ行けない。堤防に上がるには幅30センチ、長さ10メートルばかりの道を通るか、約40度の急坂を上るかしか方法がない。道を渡った人3人、坂を登った人4人、計7人だけで砂町地盤沈下観測所まで進む。
さらにその先の突端まで行くが、現在敷地の整備進行中。ダンプカーが山のように砂を積んで右往左往している状況は荒野を耕しているような雰囲気。対岸の荒川河口橋や荒川湾岸橋=グラビア4=が手に取るように見え、ヨットが行き交う風景はまるでこちらが船に乗っているような気分に誘われる。そういう中で一休み。りんごを7人で分け合って食べたが、こういう場所での味は格別だ。
帰りはダンプ道をそのまま歩くが、殺風景。道端には大型ごみが風化し始め、人のあさましさが目に付く。南砂7丁目で左折。まだ通行止めの新しい永代通を通って東京都下水道局に出る予定だったが、某運送会社の敷地に邪魔され、今出来上がりかけている永代通の延長線を通り、そのままゴールの新砂あゆみ公園に向かい、ここで解散。
突端まで行かないグループは高齢者医療センターに入り、中の施設の大きさや広さに驚きながらしっかりここで休憩を取ったようだ。
◎第298回【師走に染まる並木道と銅像めぐり】
12月13日(土)午後1時、東京駅丸の内南口に集合したのは、40人。午前中、東京ビッグサイトのみどり会バーゲンセールに参加した有志は、買い物でリュックはパンパン、その上、手提げ袋まで持っているので、ちょっとウォーキングには不向き。
簡単な打合せの後、出発。まっすぐ丸の内ビルに向かって横断したため、中央口前にあった日本の鉄道の父と呼ばれている井上勝像は遠くから眺めただけで通り過ぎる。広々とした皇居前広場の中を南北朝時代の武将、楠木正成像まで歩き、ここで体操を実施した。
続いて祝田橋を渡り、日比谷公園内を歩く。色とりどりの紅葉が美しい。西幸門前から右折して外務省と財務省の間を通る広い道はイチョウ並木が続き、快晴の青空に映え、目が洗われる。国会正門前を通り、憲政記念館に入った。憲政の神といわれる尾崎行雄像は池の中にあって意外に小さな銅像だった。国会図書館通から右折して青山通に出るが、その間、警備の警官に3度も誰何を受けた。何かが起こるかもしれないけど、ほとんど起こりそうもないことのための警備。通常の神経では耐えられなくなるだろうと同情しながら歩く。
青山通を横断して国立劇場の裏道を通ったが、平河天満宮はうっかり見過ごして麹町1丁目で右折、千鳥ヶ渕に入る。お堀沿いの遊歩道は自動車に煩わされることもなく信号にも遮られず、歩けて気持がいい。九段坂上の手前でトイレ休憩をとった。
靖国通に面して明治時代の陸軍大臣、大山巌像、同じく当時の内務大臣等を歴任した品川弥二郎像が続く。靖国神社に入ると、上野の西郷隆盛像、本日二番目に見た楠木正成像とともに東京の三大銅像の一つ大村益次郎像は巨大だ。
靖国神社の右手に出て、新見附交差点から外濠公園に入る。右手にJR中央線を見下ろしながら木陰の遊歩道をのんびり歩いていると師走の慌しさをしばし忘れさせてくれる。四谷駅手前の遊歩道終点で体操。小春日和に恵まれ、今回も快い疲れに酔いしれた。=約9㌔=
◎第297回【大使館めぐりと外苑イチョウ並木】
12月6日(土)午後1時、有栖川宮記念公園に集合したのは、試歩者お二人を含めて42人。打合せとTさんの体操の後、早速、大使館巡り。
フランス、中国別館、フィンランド、イラン、韓国、パキスタン、アルゼンチン、マダガスカル、カタールと有栖川記念公園の周りを右に左に上に下にぐるぐる歩いていると自分の居場所が分からなくなる。案の定、交番で道を尋ねている一行に似た人が居るなと、近づいてみると我がGNPのグループ。
一緒になって北條坂を下り、笄公園を眺め、今度はルーマニア、ギリシャ、ラオス、中国と回り、平地に降り、狸坂を上る予定だったが、誰も行こうとせず、とうとうオーストラリア大使館は省略して麻布十番温泉にたどり着く。ここを左折して直進すると新天地六本木ヒルズの建物群に遭遇。
まず、ゲートタワー、レジデンスD、そしてテレビ朝日。その先の階段を3階まで上って66プラザ広場の巨大な蜘蛛のアート「ママン」の横で休憩。C,A,Bの順で集まる。
ここから見上げる森タワーは正に怪物。よくもまーこんなものを造ったものだとあきれるほど! 天気がよくて土曜日のせいか人波が激しく、若い人たちのメッカになっているようだが、若干物価が高いようで、お金をあまり落とさないように見える。唯一昔の面影をそのままにしているのが、毛利庭園。紅葉に彩られた狭い空間が妙にきれいに見えるから不思議だ。
高速道路に天井を押さえられたような六本木通を少し歩いて西麻布1丁目の路地を通り、行き止まりに当り引き返そうとしたところ、地元の人が通れるよと教えられ、マンションの駐車場の中に入り込み、表に出ると、目の前が青山霊園。
奇しくもこの日、青山蔡所で凶弾に倒れたイラク大使館の外交官の葬儀が行われたのだが、時間がずれたため、人込みに遭わず、静かな青山墓地を通りながら御冥福を祈った。
青山通を横断するとそこが外苑イチョウ並木。すっかり色付いた銀杏の落ち葉で埋まった歩道はまるで黄金の絨毯。すっかり葉っぱの落ちてしまった銀杏もあり、盛りを過ぎた感じだったが、何時来ても豊かな気持になってしまう。
並木道を越え、突き当たった広場で体操をして解散。スピードを上げて歩いたせいか、快い汗を久しぶりに流した。=約10㌔=
◎第296回【安藤広重江戸百景(鉄砲洲築地門跡)】
朝からしとしとと冷たい雨が降っている11月29日(土)午前10時、完全雨具スタイルでJR新橋駅に集合したのは38人。打合せも満足に行わず、今年初め、被験者として試着したタイツが市販されたことを報告し、購入希望者を募ったところ、15人の希望者があった。
早速、体操もせずに雨の中を歩き始め、中央通を銀座8丁目から5丁目まで歩き、晴海通の雑踏を避け、一つ手前の通りで右折。昭和通から晴海通に入る。外観は古代インド様式といわれる築地本願寺を眺めながら勝鬨橋西で左折、あかつき公園、聖路加国際病院の裏を歩く。ここにも鮮やかなイチョウ並木が続いているが、生憎の雨で傘を差したままではまともに見上げることも出来ない。
佃大橋の立体交差下をくぐり鉄砲洲稲荷神社で右折。南高橋、中央大橋を渡り、佃公園に入る。高層住宅に囲まれた佃2丁目は旧石川島地区。住吉神社、佃小橋に象徴される佃1丁目は、旧佃島地区。見事なほど対照的な町並みがいつのまにか見慣れたようになるから人間の感覚は恐ろしい。
もんじゃ焼きで有名な月島西仲通を直進、勝どき1丁目で再び晴海通に出て、黎明橋に平行して架けられたトリトンブリッジの動く歩道で晴海トリトンに到着。建物の中の2階に上がり休憩。
休憩が終わり1階に下りると、そこでB班、C班が休憩していた。そこから再び合同して歩き始め、春海橋を渡り、日本ユニシス前の大型歩道橋を渡り、豊洲橋を渡り、都立三商前で左折。東京商船大学の横門から地下に入り、JR越中島駅に到着。
バッジと広重の絵葉書「鉄砲洲築地門跡」をいただいて解散した。=約9.3㌔=
◎第295回【光が丘公園から石神井公園】
11月22日(土)午前10時、光が丘公園けやき広場に集合したのは42人。駅からここまでのイチョウ並木、樹齢が100年を超えるといわれるが、実は丸の内にあった都庁前の街路樹とのこと。道理で貫禄があり、黄金色に染まった景観は、天気晴朗の日差しに冴えて思わず歓声を上げてしまった。
打合せと体操の後、家族連れで賑う光が丘公園を4分の1周、笹目通を歩道橋で横断。土支田八幡までの道程、瀟洒な住宅とキャベツ畑が混在する道が続く。古びて静かな土支田八幡様をちょっと拝んで、見過ごしてしまいそうな人一人通れる小径に入り込むと、タイムスリップして別世界に出る。
そこが稲荷山憩いの森。落ち葉で埋まった柔らかな道をくねくねと抜けて、白子川を少し歩いて、今度は清水山憩いの森に入る。湿り気を帯び、気を許すと滑りそうな道を少し下ると幻想的な「鳥楽の池」にたどり着く。水の上に落ち葉が乗り、一見淀んでいるように見えるが、澄み切っている。湧き水である証拠だ。森の中を一周してまた白子川に戻り沿道を歩く。よく見ると白子川も澄んでいる。この辺りの湧水を集めて流れていることと生活廃水が流れ出していないためだろうか。関越道を横切る辺りで大泉ジャンクションの工事中のため、若干道に迷ったが、無事びくに運動場にたどり着き、今度はこじんまりした八の釜憩いの森に入り、通り抜けて東映通に出て元の東映撮影所跡に出来たオズ・スタジオシティで休憩した。
つづいて賑やかな大泉学園駅を歩道橋で渡り、牧野記念庭園に入る。深紅の紅葉が太陽を通してまるでステンドグラスのように美しい。ところがこの紅葉、まるで髭を生やしたように細い糸のようなものをつけているので、ああだこうだと議論してみたが解決がつかず、庭園の人に質問したところ、大王松の枯葉が乗っかったものだとのこと。よく見ると大王松の枯葉、60センチ近くにもなるものがあって、常緑葉が3年ぐらい経つと枯葉になって落ちるとのこと、大王松より低い樹木にあたり嫌わず乗っかっていた。
見学を終え、東京学芸大学大泉分校の横を通りすぎると石神井公園。森に囲まれた三宝寺池には鴨が小鴨を連れて悠然と泳いでいた。板で作られた遊歩道が整備され、色とりどりの紅葉が池の中に作られているように見える。これは池に四囲の紅葉が映えている現象。禁猟区であるためか生き物がのんびりしている。
三宝寺池の付け根で解散。ところが細長い石神井池がまだ横たわり、西武池袋線の石神井公園駅まで相当な距離がある。三々五々、途中で食事をとりながら久しぶりで長い距離を歩いた実感を皆さん、味わったようだ。=約11㌔=
◎第294回【五日市の古寺めぐり】第213回で実施
11月15日(土)午前10時13分、武蔵五日市駅に大半のものが到着したが、すでに着いていたメンバーと合わせて総員36人(健康センター応援者2人を含む)、駅前で打合せを終わり体操をしている最中、目の前のバスが上養沢行と分かって、急遽乗り込むことにした。
当初は、歩いて落合橋まで行き、帰りをバスにする予定を逆にしたもの。満員バスで十里木まで行き、ぞろぞろと下車。落合橋を渡り右に曲がると、いよいよウォーキング。ところがすぐに「こんにゃく一穂」の店が見つかり、みんなでたかる。いきなり大勢に押しかけられたお店、てんやわんやの忙しさ。試食の刺身こんにゃくが出てきた頃は大部分が先行。ゆっくり買い物をしていたものだけが、御馳走に預かった。
淡い紅葉に彩られた秋川渓谷を上から眺め「ひめつるそば」の紅い葉とピンクの花を見ながらゆったりと歩いたが、瞬く間に檜原街道に到着。先行隊は戸倉キャンプ場に入った。はじめは有料だとのことだったが15分ぐらいならどうぞということで、河原まで降りて秋川の流れと紅葉を堪能して沢戸橋に出た。
後発隊は戸倉キャンプ場を省略してすでに到着。一緒になって黒茶屋から河原に降りて弁当を開く。天気がよくて快い日和のためか、他のグループもバーベキューをしたり、弁当を食べていたり、結構賑やかな感じ。
沢戸橋を再び渡り、渡った脇を降りると人だけが通れる小さな橋が二つ。つまり秋川の四辻になっている風情でやっと対岸に出て遊歩道を歩く。岩盤を利用した道になっていて、ところどころに板橋があり、人一人通れるようなか細い通り、岩場が頭の上まで張り出しているところもあって、4、5人の方が、引き返したようだ。一寸したスリルはあったが、すぐに歩きやすい道になって秋川渓谷の清らかな流れを眺めながら快適な歩行になった。
佳月橋、小和田橋の横を通り、しばらく車道を歩き、小和田グランドに入る。この辺になると秋川はすっかり姿を変え、川幅も広くなり、渓谷の味はすっかりなくなっていた。秋川橋を渡り、立体交差になっている下の道を通り、右折して坂道を上りきると、目の前がゴールの五日市駅。
不思議な近さを感じたが、ここで解散。三々五々、帰途についた。=約12㌔=
◎第293回【佐原江戸まちハイキング】
(JR駅からハイキングNo.07013)=約10㌔=
11月8日(土)午前10時過ぎ、JR快速エアポート成田の最後列に乗車した我がメンバーは25人は、列車を改造したような香取駅前で受付を団体で済ました。仮設トイレも出来て普段は駅員も居ないであろう駅前は時ならぬウォーカーの群れで大賑わい。
奥能登一泊旅行の呼びかけなどの打合せ後、体操して薄曇の空の下、早速出発。係りの人から山道に誘導され神道山古墳へ登る。小高い丘の上から利根川が望め、広々とゆったりした景色をチラッと眺め、湿って滑りそうな坂を下る。香取という交差点の角に香取という表札の家、当り前のような不思議な感覚。うっそうとした大木や祠や石塔が道端に続き、現代からい つのまにか自分が消えて江戸時代に戻っていた。
香取神宮へ奥から入ったようで、菊人形や七五三の可愛い姿が溢れていた。表参道のお店を冷やかしながら進み、地図を頼りに広い車道を行く。案内の人からわき道に導かれ、子供の頃遊んだような田んぼと雑木林の境目をひたすら歩く。広い車道に戻り鳥居をくぐり左折。石段を登ると観福寺。本堂では般若心経が唱えられていた。その奥にウォーカーの鑑、伊能忠敬の墓があり、しばし見とれる。熱いお茶の接待を受け、休憩。
お腹もすいてきたのでまた歩き始める。広い小学校の横を過ぎ、蔵か工場のような建物の手前を右へ曲がると急に目前に掘割があり、江戸の街が拡がった。早速、伊能忠敬記念館を見学。キョロキョロすると対岸に伊能忠敬旧宅が見えたので橋を渡ったが、ただいま閉鎖中。通りすがった船頭姿のお姐さんがこの間の竜巻で壊れたと教えてくれた。忠敬橋を過ぎ、松たか子の映画のセットに使われたという正上穀蔵を見学し、ぐるりと回って水郷佐原山車会館も見学。山車の巨大さに驚く。八坂神社を抜けてバス通りに出て昼食。
忠敬茶屋で絵葉書をもらい、三菱館をのぞき、休憩所になっている「きめら」駐車場で焼き餅と焼き芋をぱくつく。またバス通りに出て東薫酒造で美味しい甘酒を試飲し、法界寺を右折、忠敬像を見物して一路佐原駅へ。駅のちょっと手前で案内の人に誘導され、「まゆ」ショッピングセンター駐車場へ。ここがゴールで、佐原名産のサツマイモ2本が景品。抽選でお菓子などを戴き、至れり尽せりの地元の歓待に感激して解散。佐原駅から各々帰京した。
◎第292回【神田川遊歩道と蘆花恒春園】
11月1日(土)午前10時、京王線下高井戸駅北口から北へ5分ほど歩いたひまわり公園に集合したのは44人(健康センター応援者を含む)。打合せと体操をした後、永福橋から神田川遊歩道を歩く。
ほとんどがレンガ道となっているが、近所の人の使い込みが激しいせいか、意外に歩きやすく、歩く人、走る人、犬の散歩など、それに自転車がよく通る。塚山公園で休憩。ここは古墳の跡らしい。
やがて100㍍近くもありそうな背の高い杉並清掃工場の煙突がだんだん近づき目の前に見えるようになるとそこが高井戸駅。ここで神田川を離れ、中の橋交差点まで環八通をしばらく歩き、右折して高速道下を通る。
今度は玉川上水脇をしばらく歩き、岩崎橋で左折。岩崎通信機工場横の松葉通から寺町通に入る。玄照寺、幸竜寺など一体幾つぐらい寺があるのだろうか。関東大震災後、都心から移ってきた寺町とのこと。
烏山区民センターでトイレ休憩。千歳烏山駅の目の前にあるため、人通りがさかんでずいぶん賑やかだ。踏切を渡って一路、蘆花恒春園に向かう。
ここは「不如帰」で有名な徳富蘆花の旧宅。当時のまま保存され、武蔵野の面影が残り、当時の生活が偲ばれる。この他、開放公園、児童公園、花の丘などが回りに広がり、ゆったりした気分になれる。ここで、三々五々、お弁当を開く。午後1時近く、環八口に再集合。
環八を歩道橋で渡り、赤堤通に出た後、左に大宅壮一文庫を眺め、右に広大な松沢病院を眺め、ゴールの八幡山駅に到着、解散した。予定では約11㌔の道のりだったが、実際には2万歩近く歩いていた。
◎第291回【猿わか町よるの景】
(JR駅からハイキングNo.01021)=約12㌔=
10月25日(土)午前10時、JR上野駅パンダ橋口に集合したのは、38人。上野駅の屋上にある上野公園側と台東区役所側とを跨ぐ幅広い橋が「パンダ橋」。この上で打合せと体操。この日、10月7日に逝去された長村隆一郎さんの遺稿集「新たな友と出会う春」を全員に配布。故人を偲ぶ縁とした。
昭和通を歩道橋で横断、上野警察署、台東区役所を抜け、突き当りを右折して東上野6丁目で左折、言問通まで街中の道は意外に殺風景。歩くことに専念し、言問通を少し歩き、合羽橋道具街通りに入る。
この付け根に台東区の生涯学習センターがあり、「鬼平犯科帳」で有名な池波正太郎記念館がこの中に開設されている。合羽橋で右折、国際通りを横断して雷門から浅草寺に入りここで休憩。
折りしも江戸開府400年記念行事の一環として歌舞伎の平成中村座や屋台店が並ぶ浅草奥山風景など当時の風俗そのままで再現されていたのを冷やかして歩く。ついついつられてお団子やお呪いサイコロを買ってしまうのもご愛嬌。
とうとう肝心の猿若町は広重の絵葉書だけにして飛ばしてしまい、ひさご通から鷲神社に向かう。ここで売られる「熊手」はもともと農具として売っていたものが「かきこむ」縁起物として商売繁盛の象徴となったものとか。
昭和通、金杉通を越えて言問通に入り寛永寺を横目に見ながら谷中6丁目を越えてから左折し不忍池に向かう。不忍池には蓮の葉が生い茂りもう鴨がびっしり。いったいどのくらい居るのだろうか。
よく行った湯島天神には上がらずに春日通を通ってアメヤ横丁に入る。あまりの雑踏に辟易してしまい、横丁を離れ山手線の右側に出て上野駅に向かい駅前の歩道橋を大きく歩き、スタートと同じパンダ橋上のゴール地点に到着。記念のバッチをいただき体操をして解散した。
番外[800万本のコスモスと東洋一の水管橋鑑賞]
10月19日(日)午前10時、JR吹上駅に参集したGNP有志12人は、雲ひとつない絶好の秋晴れの中=グラビア3=、コスモス祭りとエンジングライダーの飛び方を見て楽しんだ。
◎第290回【行徳野鳥観察と寺町散歩】 =約10㌔=
10月18日(土)午前10時、西友裏水のある広場(地下鉄東西線浦安駅徒歩2分)に集合したのは、47人。
打合せと体操の後、少々どぶくさい猫実川の沿道を通り、右折して市街地を通り抜け、今度はきれいに整備された境川の沿道を歩く。
市民祭りで賑う浦安郷土博物館に到着。約30分、見学時間を取った。かつて漁村であった浦安の姿が展示され、当時の家屋=グラビア3=やベカ舟が現物のまま展示され、結構郷愁を誘う。
再び珍しく直角に曲がった猫実川の沿道を歩き、野鳥の楽園に到着。野鳥観察舎横の広場でお弁当を開く。福栄公園、行徳駅前公園を通り抜け行徳駅前に着き、ここで若干名解散。
旧江戸川まで直進。今度は堤防沿いに歩き、200年前に建造された常夜灯を見る。これは一種の道標ならぬ川標。江戸川が当時の重要な交通機関であったことを示している。
江戸川水閘門の手前で川を離れ、徳願寺を見学。本堂でお寺のいわれなどの説明を受け、なかなかの名刹であることを知った。閻魔大王像も本堂に安置されていたので舌を抜かれないうちにと早々に引き上げたが、ここには丸山応挙の幽霊の絵や宮本武蔵の書なども保存されている。
その後、東西線妙典駅で解散した。
◎第289回【和と洋を感じるロマンチック横浜】
(JR駅からハイキング No.02007)=約12㌔=
10月11日(土)午前10時、JR根岸線山手駅に集合したのは、36人。駅前の混雑を避け、根岸森林公園にある馬の博物館正門に再集合。約一人、こんな短い道で迷った人が居た。打合せと徳江さんの準備体操を行ったあと出発。
山元商店街を抜け、瀟洒な洋館が続き日本離れした町並みを進む。元町公園を通り、外人墓地を眺め、港の見える丘公園に到着。再三中に入ったことがあるので、公園を掠め、山下公園に急ぎ、ここで休憩した。
園内では世界各国が屋台を出して特色のある飲食物を提供していた。大勢の客が訪れ盛況。こういう屋台の食べ物だとアメリカやイギリス、フランスのものには特色があまり見えず、アフリカや南米、アジアの食べ物に食指が沸く。中には50センチを超えるようなホットドッグを買った人も居たようだが、中に挟まっているソーセージ、そのまま一本なのかどうか確かめたかったが、ままならず見送った。
船員が撮った写真展もあったが、国際色豊かでなかなかよく出来た作品だった。山下公園から赤レンガ倉庫までの道、すっかり様変わりして昔の貨車線が開港の道になって歩きやすい。赤レンガ倉庫も改造され、瀟洒な店舗になっていた。
いつもは汽車道を通っていたが今回は有名な馬車道を通って関内駅を通り越し伊勢崎町に入る。今は亡き青江美奈の伊勢崎ブルースの歌碑があり、しばしハミングの真似事。ここから右折して野毛山公園に向かうが何と傾斜角度35度と言われる急坂。こんなところに住んでいると殺されてしまうと勝手なことを言いながら喘いで上った。続いて伊勢山皇大神宮の威容が見えたが、中に入る元気もなく外から手を合わせただけで通り過ぎ、下ったところに横浜能楽堂が見え、そこから左折した場所が受付の掃部山公園。
体調が悪かったせいか足が棒になりくたくただった。ここで解散することになり、しばらく休憩。急坂を下り、JR桜木町駅に到着、帰京した。
◎第288回【立会川追跡と戸越銀座】=約10㌔=
10月4日(土)午前10時、東京工業大学の構内、講堂前の広場に集合したのは41人(健康センター応援者を含む)。遠目に見ると大学生と見まがうほど若々しく元気でさわやかなGNP一行。大学生が見守る中で、打合せと体操を実施して威風堂々正門から出発。
大岡山駅を通り抜け、北口商店街を北進。途中、清水窪弁財天に立ち寄る。ここには、いろんな神様が7体ほど祀られ、地元の人達が丁寧に世話をしているようで、古びているにもかかわらず埃一つ落ちていない。
環七通りを越えてすずめのお宿緑地公園で休憩。竹林=グラビア3=がまるですずめのお宿、そこに250年経ったといわれる農家が移築されている。囲炉裏があり、竈がある建物は、黒光りしている大黒柱がよく似合う。湯茶の接待を受け、くつろいだ気持になって、今度は碑文谷八幡宮の境内に入る。
続いて立会川跡をなぞった立会川緑道を歩く。この緑道、途中から自動車道になり、その名も立会道路と「川」の字がつかなくなる所が面白い。
西小山駅を越え、旗の台駅を越え、旗ヶ岡八幡神社の境内を通り、荏原町駅の踏切を渡る。渡った後、すぐに左折して西進。ゆたか商店街に突き当たるまでまっすぐ進む。ここでまた左折して商店街を闊歩して戸越公園まで一気に歩く。
戸越公園は元熊本藩細川家の下屋敷。起伏をうまく利用して築山や池が程よく配置され、湧水が今でも続いているのか水が澄んでいて泳ぐ鯉や鮒が鮮やかに見える。ただ烏の住処になっているらしく我が物顔に屯しているのが気になった。
ここから少し北進して今度は戸越八幡神社に入る。この界隈、八幡様が鎮守のようで、20日前の下見当日、3箇所とも祭礼。町を挙げて神輿を担ぎ、その賑やかなこと、目を見張ったものだが、一転、今日は静かで、さわやかな天候に恵まれ、相当なスピードで歩いたにもかかわらず、ほとんど汗もかかず、絶好のウォーキング・シーズンの到来を実感した。
珍しく全員がゴールに集合して境内で整理体操をして解散した。
◎第287回【田園調布から立会川】=約13㌔=
9月27日(土)午前10時、久しぶりに西武、京王、小田急、東急、京急5社合同の「東京新発見ウォーク第4区」に参加するため、東横線田園調布駅に38人が集合。各自で受付を済ませ、保存されたクラシックな旧田園調布駅舎をくぐり、再集合地、宝来公園に向かった。途中の住宅地は瀟洒な建物が多く、さすが田園調布という趣。宝来公園で打合せと体操をした後、多摩川台公園に向かう。
ここには、亀甲山古墳など、多摩川沿いに数多くの古墳が存在し、歩きやすい道が続いている。多摩川治水記念碑を過ぎた後、多摩川河川敷を歩くが、ここは木陰がなく、日向に照らされ、汗がだらだら、結構苦しい。沼部配水樋管があるところから住宅地に入り、東横線の踏切を越え、こまごました道を通り、御嶽神社に到着。古びた社殿に歴史を感じながら通り過ぎ、今度は直線に近い道を荏原病院に突き当たるまで歩き、[用水の流れる遊歩道]に来たが、意外にちゃちなものだった。
歩道橋を渡り、まごまごしながら小さな路地に入って洗足池公園に着いて、ここで休憩。日蓮上人がこの「千束池」で休息して傍らの松に袈裟を掛けて足を洗ったと伝えられ、その松が[日蓮上人袈裟掛けの松]と言い、千束池が[洗足池]と称されるようになったとか。ここからまたまた直線的に歩き、大井警察までうんざりするほど長い。途中伊藤町公民館があり、昔は伊藤町と言われていたようだ。しばらく行くと「伊藤博文公墓所」があるところから博文公にちなんだ町名だということが分かった。
大井警察で右折。鹿嶋神社を経て大森貝塚遺跡庭園を左折して桐畑地下道をくぐると鈴ヶ森刑場跡。なんとなく霊気を感じ、思わず手を合わせてしまう。旧東海道をほんのちょっと歩き、路地に入ると、そこがゴールの京急線立会川駅。スタンプ帖に完歩の証しをつけてもらい解散した。
健康食品の正しい情報作り
9月26日(金)13時30分から大手町サンケイプラザ4階ホールで、食品総合研究所と国立健康栄養研究所との共催で公開講演会が開催され、GNP顧問のUさんが3番目に「いわゆる健康食品の正しい情報とは?」と題して演壇に立った。
内容は日中米の健康食品に対する認識の違いとその取組みを紹介しこれからの情報提供のあり方を講演。満員になった聴講者から盛大な拍手を受けた。
◎第286回【川と緑と歴史の舞台鶴見を歩く】
9月20日(土)午前10時、JR鶴見駅に集合したのは、41人。ところが今回の受付は、スタート地点でなく、途中の白幡公園とのこと。コースの半分以上先ということで、恒例の体操や打合せは、受付場所でということで、どんどんスタートしてもらうことにした。
京急線のガードを抜け、鶴見川沿いにある潮鶴橋水際緑道を少し歩き、今度はJR鶴見線を越えると通りの左右は魚屋さんばかり。それにしてはお客さんがあまり居ないようだが、ここは生麦魚河岸通りとのこと。多分一見の客を相手にせず、常得意のすし屋とか料理屋など専門の業者を相手にしているようだ。
この通りは旧東海道筋で、途中に有名な生麦事件発生現場があり、そこに案内板があった。
島津藩の殿様の行列を横切ったイギリス人を藩士が殺傷した事件とのこと。これが薩英戦争の原因らしいが、今でも戦争の原因は意外に単純なことから起こっている。生麦事件の碑も遠回りして眺め、国道15号線を横切り、京急線の踏切と東海道線の歩道橋を越えたが、ほとんど並行した路線、一緒に歩道橋にしてしまえばいいのに、などと事情も知らないで考えてしまう。
ここからの道は歩道がほとんどないのに自動車の通りが激しく歩きにくく、排気ガスが気になる。やっとの思いで白幡公園に到着。受付をしたが、せっかく団体登録をして、一括用意していたバッジや手帳を手違いでほとんどのメンバーが個別に受け取ってしまった。
ここで簡単な打合せをしたが、とうとう体操はしなかった。
続いて坂道を少し上り、東寺尾ふれあいの樹林に入る頃、雨が降り始め、雨具の用意をする。土道を下り入江川せせらぎ緑道を歩き、住宅街に入るが起伏が激しく、上ったり下ったりしながら国道1号線を横切り、小さな道を迷いながら歩いているといきなり総持寺の裏門に出くわし、中に入ると一面墓地に囲まれてしまう。
石原裕次郎のお墓もあるということで、わざわざおまいりに行った仲間も居る。広大な敷地を持つ総持寺は曹洞宗の大本山。鶴見大学も鶴見女子中高校もその学校とのこと。伽藍や本堂の立派なこと、驚くばかりである。
正門を出るとすぐに鶴見駅前の繁華街。食事どころを探しながらゴールのJR鶴見駅に到着。解散した。=約12㌔=。
◎第285回【万葉植物園と自然観察園】
9月13日(土)午前10時、万葉植物園に集合したのは40人。前回実施したのは第85回目だったので、ちょうど4年前になるが、その日を髣髴させるように初秋にもかかわらず30度を超える猛暑。園内の木陰で打合せと体操をした後、スタートした。
炎天下、天満天神宮、礼林寺、駒形大神社と当時をしのびながら歩いてみるが、風景はあまり変わらない。梨園が続き、たわわに実った梨と根元に落ちている梨を涎を垂らしながら眺め、やっと市川動植物園に着いて、木陰に入り、人心地つく。
あまりの暑さに園内で道を2度も間違え、自然観察園に到着したのはA班が一番最後。観賞植物園内で休憩した。
冷房の利いた休憩所があり、そこにGNPメンバーのほとんどが入り込む。当初予定していた東松戸駅までの行程を大幅に省略して第1次解散場所としていた大町駅でウォーキングを終了させ、電車又はバスを利用して帰途についた。
午後2時半、亀戸文化センターに再集合したのは28人。3時から開演した21世紀グリムⅣ「クロー婆と三色すみれ」を観劇した。
内容はグリム童話をアレンジして4話から成り立っているもの。一番興味を持ったのはぐーたらな女房とそれに輪をかけたような母親と二人の姉妹が出てくる話。もしかすると女性からみると理想像なのかも知れない。出演者の熱演がよく分かる2時間を楽しんだ。
◎第284回A【志賀高原と上高地を歩く】
9月6日(土)午前6時30分、眠い目をこすりながら丸の内鍛冶橋駐車場に20人全員集合、乗車手続を済ませ、バスに乗車したが、定刻6時45分になっても遅刻した同乗者が居たため、出発が30分近く遅れた。途中の首都高の渋滞に遭ったが、関越道は順調。藤岡から上信越道に入り、更埴で右折、須坂長野東インターチェンジで高速を降り、志賀高原蓮池に到着したのは11時半。蓮池のレストランで昼食にした。自然保護センターでコース図を求めたところ、当初予定していた「自然探勝コース」は一部不通個所があり、完歩出来ないため、予定を変更。
蓮池を半周してリフトコースを2本分登り、上の小池を眺めながら国道292号線をしばらく歩き、信州大学教育園に到着。資料館に入る。資料館には、志賀高原の自然について解説があり、哺乳類や鳥類の剥製がまるで生きているように展示してあり、しらかんば(白樺)は高度1600㍍まで、それより高くなると「あかかんば」になることを知った。
そこから高山植物を見ながらロックガーデンを下り、今度は長池を眺めて上の広場まで登る。一寸した登山気分を味わいながら奥深い木場湿原に到着。今度は東陽町だよ! などと駄洒落を飛ばしながらまが玉の丘に向かう三叉路まで来たが、時間が不足しそうなので帰路につき、再び上の広場に戻る。ここからは下りばかり、途中、コスモスの花盛りに出会い、志賀高原はすっかり秋。盛秋という語があれば、正にピッタリ。
午後3時近く蓮池に戻り、しばらく休憩した後、バスで宿泊地の北志賀に向かう。途中には点々と林檎園が見られ、真っ赤に熟したりんごがまるで花が咲いたように目を楽しませてくれた。4時半近くホテル竜王に到着。
二日目は、ホテルを午前7時30分出発。須坂中野東インターチェンジから高速道に乗り、今度は長野道で安曇野まで行く。ここで高速道を降り、上高地に向かう。途中、21のトンネルがあり、梓川を縫うようにバスは上る。
大正池に10時35分到着。ここで下車して「梓川回遊コース」に挑むことにする。快晴に恵まれ、雲ひとつない上高地。梓川の清流は塵一つなく透明に静かに流れている。林間コースを辿り田代池から田代橋につく。
ここから見える焼岳。この焼岳の噴火で流れた溶岩で梓川がせき止められ出来上がった池が大正池とのこと。河童橋に向かう道すがら、空いているベンチとテーブルを見つけ、ここで弁当を開く。
穂高連峰が正面に見え、その前面に梓川が流れる絶景。そよ風は涼しくオゾンがいっぱい。約30分の休憩の後、雑踏の河童橋には目もくれず小梨平キャンプ場を通り抜け、明神橋に向かう。なだらかな上り坂だが、大また歩きのウォーキングができる。
明神池にたどり着いたが、池に入るには有料。時間もあまりないため、中に入るのは止めて今度は右岸を歩く。こちらは起伏が激しいため、数多くの板道が作られている。人の流れはこちらの方が圧倒的に多いようで速歩が難しい。途中、水辺で清流に手を入れてみたが、雪解け水のせいか1分も我慢できないほど冷たい。
やっと河童橋に出て牛乳やソフトクリームで喉を冷やし休憩。2時5分、バスに乗り込み、帰京の途についた。
2日間の総歩数約3万歩。よく歩いたような、案外歩いていないような気分だが、楽しい2日間であった。
◎第284回B【日本橋・神田神保町】=約8㌔=
(JR駅からハイキングNo.01016)
9月6日(土)午前10時、東京駅丸の内北口に集合したのは24名。受付が混雑していて、出発したのは10時10分。日本銀行、小伝馬町、神田神保町書店街、錦華公園と信号の多い道を、未だ未だ盛夏の都心、日向は暑いので、日陰を選んで歩く。
最後は73段の男坂を登り、御茶ノ水駅へ休憩なしで到着。GNP会員は11時半に全員到着。無事終了した。
◎第283回【歴史と梨の里、白岡散策】
(JR駅からハイキングNo.04010)
8月30日(土)JR上野駅宇都宮線9時6分発最前列一両目に乗り込んだ我がGNPメンバー。さながら貸切車両のような状態で、会話の弾むことおびただしい。
9時46分、白岡駅に到着、先着していたメンバーを含めて41人、受付を済ませ、駅前の雑踏を避けて、三々五々小久喜久伊豆神社に向かった。地元の人に聞くと、この神社「コクキヒサイズ」と言うそうだが、「クイズ」を解くのに霊験あらたかなんじゃないかな(?)などと勝手な話をしながら横にある「久伊豆公園」で再集合。打合せと体操を実施して再スタートした。
街中の道は歩道がなく車道と一緒でしかも道幅が狭いので歩きにくい。寿楽院、白岡八幡宮を横目で眺めただけで興善寺に到着。ここで、麦茶の接待とみずみずしい梨の差し入れがあった。
続いて黒沼用水の沿道を利用した「水と緑のふれあいロード」を歩くが、コンクリート道で、樹木が少なくあまり風情がない。それでも遊歩道になっているため、車の心配をしないだけ有難い。JR宇都宮線を踏切で越え、獅子博物館前でパンフレットを頂く。獅子舞というと固定的に考えていたが、いろんな種類があることを知り、驚かされた。
今度は東北自動車道をトンネルでくぐると、目の前がふれあいの森公園。白岡町役場と一心同体となったような雰囲気で、ことに野球場の外野席が外野の芝生と共通して若干盛り上がっているだけ。ホームランの判定をどうするのか、要らぬ心配をしながら歩き、しらおか味彩センターで再び麦茶の接待を受け、休憩。
ここでも読み方が気になったが、パンフレットに「AJISAI」とあり、解決。農協の販売所で梨や野菜などの農作物の即売をしていたが、レジの設置が不十分で長蛇の行列。試食の梨をつまんだだけで、ふれあい広場の芝生で座り込む。目の前に池があったが、これが実は「古代蓮の池」とのこと。花が咲いていない姿では「蓮の池」とは思っても見なかった。
休憩のあと白岡駅までのんびりと歩き、駅前にあった彫刻を眺め、出発時と同じ駅前に到着。食事するお店や喫茶店も見つからず、梨のアイスクリームとシャーベットを買って、プラットホームのベンチで食べ、汗を冷やした。
晴れた一日だったが風があり、さわやかな気候。すっかり秋の気配を感じて本日の例会、無事、終了した。=約8㌔=
◎第283回 【トトロの森ハイキング】=約9㌔
(西武鉄道主催第4回親子で歩こう)
お盆休みあけの久し振りのウォーキング! 8月23日(土)9時前、高田馬場駅のホームが集合場所(?)と思われるくらい賑やかな顔がそろった。みんな座ることが出来て西武球場前駅に到着。C班の人達がもう先に来ていて、出迎えてくれる。早速、コースの地図とレンゲショウマの写真のあるウチワを頂き、39人全員で準備体操をして出発した。
歩き始めから暑くて、暑くて、ウチワが大活躍。日陰を探して歩く。トトロの森3号地に入るとさすがに森というだけあって涼しい山道が続く。しかし、いたる所いつの雨の置きみやげかと思われるほど滑りやすく、グシャグシャした道が延々と続き、悩まされる。慎重に足もとを確かめながら歩く。
歩く先々で出会う親子づれの小さい子達は楽しく歩けたかしら?と思ったりしているうちにいつの間にかトトロの森1号地を過ぎてしまい、藤森稲荷神社に到着。小休止する。気を取り直してまた歩き出す。森を下って行くと高い土手が見え始めた。
狭山湖堰堤はコンクリートの固まりで、いかにも新しい。幅は10㍍近くもあり、長さも1㌔近くもあったこの道は、太陽が頭上でカンカンと照りつけ、塗ってきた日焼け止めクリームも汗で流れてしまった。左側を見ると今歩いて来た道が切り取ったかのようにはっきりと見え、右側は狭山湖が満々と水をたたえ波ひとつ立てず、熱気を吸い込むように涼しげに青く静まりかえっていた。湖を囲む山々は美しく、水はとてもきれい。この満水の湖が私達都民の飲み水かと思うと安心した。
堰堤も過ぎ、ウチワで扇ぎながらせっせと歩き続ける。この暑さ、参る人もいるだろうと想像したが、案の定、仲間の一人が足を痙攣させてリタイア。後で聞くと大したことはなかったとのこと。
スタートの西武球場駅前に直進できる多摩湖橋にたどり着いたが、迷わずゴールを目指して単調な遊園地西駅まで3㌔のサイクリングロードを選ぶ。しかしゴールは意外に遠く、時々来るサイクリング車に避けてもらい、おしゃべりしながらようやく歩き終えた。若干近道をしたらしいC班と休憩も取らず歩き通したA班は、とっくに到着して解散したようで、影も形も見えなかった。
ミニタオルと西武遊園地入場券を頂き、早速遊園地内のレストランで一息ついた。
◎第281回【御岳山ロックガーデン】=約10㌔
8月9日(土)に実施する予定であった御嶽歩き。当日、台風10号の来襲が予想され、その前日、久しぶりに電話連絡網を使って、10日に延期指令をした。
台風一過の翌10日、JR新宿駅8:19発ホリデー快速おくたま3号に乗車したのは26人。定刻9:33に御嶽駅到着。バスに乗ってケーブル下まで行きケーブルカーとリフトを使って展望台まで上がる。ここから歩き始め、御岳ビジターセンターを通り、きつい坂道と階段を上がり標高929メートルの武蔵御嶽神社にたどり着く。
ここから下って長尾平で弁当を開く。台風のせいで、ロックガーデンは増水しているという情報と、いや大丈夫通れるよ、現に靴が少し濡れたけど歩いてきたよという情報が錯綜。とりあえず七代ノ滝は省略して天狗岩まで行って見ようということになり、天狗岩に向かう。
天狗岩で小休止中、ぞろぞろとロックガーデンから戻ってくるウォーカーを見かけ、有志で行こうとなり、約半数の12人が岩場に向かう。確かに増水していて日頃は足場になっている岩場のほとんどが冠水している。濡れるのを我慢して歩く。水が冷たい。風が快い。じーっとしていると寒気がするほど気温が下がっている。やっとの思いで綾広ノ滝に到着。
本日の水量は誠に豊か。日頃の4倍ぐらいの勢いで溢れている景観=グラビア2=はマイナスイオンがいっぱい。
天高くそびえる天狗の腰掛け杉が、みすぼらしく見えるほどだった。
ここから再び御岳山駅に向かい、もう一度リフトに乗り、展望台までのぼり、今度は御岳山にだけ群生しているといわれるレンゲショウマ見学。可憐な白い花を咲かせるレンゲショウマ。まるで作り物のような自然の造形。そんな姿を堪能しながらのんびりと三度び御岳山駅に到着。
ここから全員でケーブルに乗り、ケーブル下からバスに乗り、御嶽駅に到着。駅前でしばらく屯して帰京した。
◎第280回【夕涼み佃・月島・晴海】=約8㌔=
(下見担当 柴田伊 小川 長沢 一ノ瀬)
8月2日(土)午後5時、深川公園に集合したのは、44人。梅雨明けのこの日、空は久しぶりに快晴。打合せと体操をした後、スタート。
門前仲町の雑踏を過ぎて石島橋から黒船橋までの緑道、人っ子一人居ない。清澄通りの右側を通り、相生橋で中の島公園に入り、橋を潜り抜け、今度は左側を歩く。
橋を越えてから左に曲がり海水館跡の碑にたどり着く。島崎藤村をはじめ明治の文人が利用したという海水館。その面影はもう何もないが、堤防の空き地には近所の人が様々な花を咲かせ、当時の文人を偲んでいる風情。朝潮大橋の橋桁をくぐり月島児童公園までの道、狭い路地が交錯して長屋が続く。それぞれ改造したり、増築したりしているが、戦災に遭わなかったせいか、昔の佇まいが残ったままだった。
ここで左折して朝潮橋を渡り、晴海地区に入るが、急に建物が立派になる。ことに月島第三小学校の素晴らしいこと、まるでお城のような校舎で普通に見るとこれが小学校だとは全然見えない。
晴海通りを渡り、春海橋公園に入る。500メートルぐらいの緑道だが、樹木が生い茂り、おが屑が土に戻ったようなふかふかした歩きやすい道になっている。この公園を抜けると晴海埠頭。倉庫街が続くが何となく寂れている。それに可動式防潮堤が珍しく、原理がどうなっているのか、実際に動いたことがあるのか、そんなことを気にしながら歩いていると、またたくまに晴海客船ターミナルに到着。中に入ってトイレ小休止。
10分ほど休憩して外に出るとB班がすでに晴海埠頭公園に到着しており、一緒になって朝潮富士見展望台に上る。この展望台、土台はお台場の石で造られたとのこと。重厚な切石は100年たってもびくともしないことがよく分かる。
通行禁止になっている舗道を我が物顔に歩いて、車止めを潜り抜けると、真新しいほっとプラザはるみの施設が、ごみ処理のための馬鹿でかい煙突を背景に建っている。先回りをしていたC班に出会い、中に入り屋上庭園で休憩。まだ出来たばかりで、庭園としての様にはなっていないが、プールがあり、レストランがあり、ジムがあり、至れり尽せりの施設だ。
ここから今年4月完成した人道橋、朝潮小橋を渡り、対岸の勝どきに出た。ここには広大な空き地があり、これを利用したテレビ局のセットが建造されていた。裏から見ると単なる骨組みだけだが、それが表から見ると旧満州の新京市に化けているようだ。大道具係りの傑作なのだろうか。
新島橋を渡り、晴海通りの勝鬨橋手前、月島第2児童公園に到着して簡単な整理体操をした後、本年度夕涼みウォーク第2弾が無事終了した。
◎第279回【スポーツ・アート・文京の町浦和散策】
久しぶりにJR駅からハイキングに参加した7月26日(土)は朝から雨模様。完全武装して家を出発したが、集合場所の浦和駅に着いた頃、雨は完全に上がり、青空さえ見えた午前10時、集合したのは36人。浦和駅前で各自受付を済ませスタートした。
京浜東北線のガードを通り抜け、静かな住宅地を通り、藤右衛門川通りに出た。多分昔は川が流れていたのだろう。緩やかなカーブを描いて駒場スタジアムまで街路樹が並び歩きやすい。
駒場スタジアムの木陰で徳江さんの指揮で体操。ここは浦和レッズのホームスタジアム。すっかり整備されている。ここでアクエリアスの差し入れ。紙コップでのどを潤す。
青少年宇宙科学館は玄関だけ見て通り越し、氷川神社を横目に眺めながら再び京浜東北線のガードをくぐる。うらわ美術館も建物だけ眺め、玉蔵院に入る予定だったが、通り抜けられないと思い込んでワシントンホテルの手前で右折。埼玉県庁の中を通る。
県立文書館や埼玉弁護士会館など重厚で貫禄のある建物は見るだけでも不思議に豊かな気持になる。やがて別所沼公園。杉の木立が素晴らしい。そこここにキャンバスを広げ絵筆をふるっている人が多かったが、創作意欲に駆られる風景だ。
ここでヤクルト400と定規のプレゼントを受ける。小休止した後、桜並木の続く花と緑の散歩道を歩き、調神社に入る。「調」と書いて「ツキ」と読むそうで、地元では「つきのみや」として親しまれ、月待信仰や「ツキ」に結びついているそうだ。道理で狛犬の代わりに兎の石像が置いてあった。
ここから左折して小さな店の並ぶ路地を抜けるとそこがゴールの浦和駅。先着1000名までのプレゼント「淡麗グリーンラベル135ml缶」に全員有りつき無事解散した。=約9㌔=
◎第278回【夕涼み鉄道橋と日本橋銀座】=約8㌔
ことし初めての夕涼みウォーク、雨が心配されたが、絶好の薄曇。7月19日(土)午後5時、秋葉原駅前電気街口右側広場に集合したのは、何と49人。
人通りの多い駅前でも一際目立つ存在、簡単な打合せのあと、徳江さんの指揮で体操を始めると通行人が好奇の目で眺めていた。
雑踏を極める電気街を右に左に身を交わしながら、昌平橋架道橋にかかるとうそのように人込みがなくなる。明治37年に築造された重厚な鉄道橋が今も現役で中央線を支えている。
交通博物館に飾られている弁慶号を外から眺め、神田駅の高架下に出る。ここも煉瓦造り、ほとんどが車庫として活用されているようだが、よく見ると贅沢の極みとも思えてくるから不思議だ。
閑散さと混雑さが交互に訪れる駅前高架下に沿って歩き、江戸見附の石垣が残る常盤橋公園は青テント族が屯し、雰囲気がよくない。常盤橋、一石橋を渡り、今度は天下の日本橋を渡り、続いて江戸橋を渡る。つまり日本橋川をジグザグに通り抜けたことになるが、川が淀んでいるせいか、悪臭が気になる。
坂本町公園を横目に眺めながら左に曲がり新大橋通りを渡り、桜川屋上庭園で休憩。敬老館や女性センターが入っているビルの屋上が庭園になっている。造築されて10年ぐらいになるだろうか。初めはちゃちなもので、こんな施設、趣味の問題だと軽蔑したものだが、今では緑も濃くなり落ち着いた雰囲気。都会の喧騒の中で一つの潤いのようなものになっている。
廻船の守護神とされている鉄砲洲稲荷には人っ子一人いない静かな佇まい、ちょっとだけ手を合わせ、新大橋通りに出る予定が曲がり方を間違え、再び桜川屋上庭園の前に出てしまい、そのまま鍛冶橋通りに入って左折。通りを直進して彈正橋を渡り、様相を変え高層ビルが林立する鍛冶橋交差点を通り、JRの高架下を抜けると、そこはゴールの東京国際フォーラム。
薄明かりが残る広場で整理体操をして解散した。
◎第277回A【さきたま緑道と古代蓮の里】
早朝には雨があり、少しは涼しいのかと期待した7月12日(土)午前6時47分、JR上野駅に集合したのは32人(うち2人は次の7:16乗車)、最前列に固まって乗車。行田駅からシャトルバスまたは市内循環バスに乗って古代蓮の里に到着。
雨どころか燦燦と降り注ぐ陽に輝いて満開に咲いた蓮の花を見学した。約2000年の時空を種子として眠った挙句、花開いた古代蓮。その生命力の豊かさに粛然とさせられる。古代蓮会館に入場して研究員の講話を聞いた後、炎天下の中、雨傘を日傘に代えて農道と埼玉ふるさと歩道を歩く。途中「ころり地蔵」があり、まるでGNPの守り本尊のような気になり、手を合わす。さきたま古墳公園に到着。
将軍山古墳に入り、中を見学。復元された当時の模様を見ると権力の大きさと生活の一部を垣間見ることができ、馬の存在が結構大きなウエイトを占めていたようだ。本館の展示品も見学した後、「さんぽ道」で昼食。680円の定食にしては、ボリュームのある中身に堪能。
ここからバスで帰る一部の人を除いて再び歩く。浅間塚古墳の上に建立された小さな前玉神社、今にも崩れそうな周りを恐々通り、中の山古墳、奥の山古墳を巡り、さきたま緑道に出る。
この緑道、いろいろな彫刻が数多く設置され、歩行者の目を楽しませてくれる。17号線の下が壁画のトンネルになっており、風が抜けて意外に涼しい。ここで小休止して水分補給と汗拭き。木陰が続くがところどころで切れる。切れた瞬間、陽にさらされ苦しくなる。ことに陸橋の上、たぶん気温は50度を超えていたような気がする。
やっとの思いで、ゴールのJR北鴻巣駅に到着して解散した。=約10㌔
唐木恵子さん講演会
◎第277回B【唐木恵子さんの健康講演会】
7月12日(土)午後1時30分から江東区健康センター4階研修室で健康講演会が開かれ、唐木恵子さんが「つれづれウォーキング日記」というタイトルで講話があった。この会にGNPメンバー7人が出席した。
◎第276回【半年記念ランチバイキング】
(下見担当 岡田 長沢 小川 森田 早川)
7月5日(土)午前10時、旧安田庭園に集合したのは51人(バイキングだけの参加者を含む)、横網町公園のひまわり広場で記念撮影をした後、打合せと体操。北斎通りから大横川親水公園を歩き、菊花橋からはそのまま道路を南下した。新大橋通り、小名木川、清洲橋通りを横断。東京現代美術館から木場公園に入り、ここで小休止。
まもなくB班一行がわき目も振らず通り過ぎて行った。水遊びの子供たちで賑う木場親水公園を歩き、舟木橋を潜り抜け、B班と一緒にデイナイスホテル東京に到着。
すでに到着していたC班と合流して定刻11時半、ビッグママでランチバイキングに入った。会費1,000円としては豪勢な内容。健啖家揃いのGNPメンバー47人、十分に堪能して12時30分解散。こんなに早く終わってもいいの? というメンバーも居て、それぞれ腹ごなしに近所を歩き、喫茶店に入ったり、どうも帰宅はいつものとおりになった方も多いようである。=約6㌔=
◎第275回【江戸城外濠を歩く】=約8㌔=
6月28日(土)10時、飯田橋駅前に集合したのは38人。朝から生憎の雨だったが、誰からも中止の問合せもなく、実施せざるを得ない。ラムラの通路で打合せを行い、体操も徳江さんにお願いし、簡単に行ってそそくさと傘を差し雨具をつけて出発。
牛込橋まではJR中央線の右側を歩き、その後は左側の外濠公園を歩く。今度は市谷橋で右側を歩く。四谷見附橋からは左側。ジグザグと外濠を右左と歩くが、遊歩道が整備され、雨が降っていてもほとんど水溜りができていない。本当はそのまま弁慶堀に入りたかったが、通行禁止でホテルニューオータニを囲むように歩き、きれいに整備された清水谷公園で休憩。
小降りではあったが、雨の日の休憩はつらい。雨宿りができるところはトイレの前だけ。後は傘を差したまま立って休む。鳥はあの細い足で枝に止まって平気だが、人間はそうは行かない。
清水谷公園、階段を上がるとたちまちうっそうとした山道がある。都会の中で一瞬、タイムスリップしたような錯覚にとらわれ、300年ぐらい前の風景に見える。ところがまた一瞬、コンクリートで固められた人工の滝にぶっつかり高層の紀尾井ビルを見上げてたちまち現代に戻る。
そして、国立劇場、最高裁判所と現代の粋を集めた建物を眺め、広大な国会図書館には、日本の全ての文献が集まっている。国会議事堂を眺めながら憲政記念館に入る。中には何が入っているのか確認もせずに今度は国会前庭を通り抜け、内堀通りから桜田門に入り、皇居前広場を歩く。
通常は歩きにくい玉砂利の広場、雨のせいか、気にならずにさくさくと歩ける。土曜日なのに人が少ない。これも雨のせいか、何となくGNPの独占コースのようで、要所要所の警備もGNPを守ってくれているようで気持がいい。
和田倉門前に到着してここで解散。コンディションの悪い天候であったが、本日のコース、バラエティーに富み、わが国の中枢を眺めることのできる素晴らしいものと改めて認識できた。
◎第274回【ゆりかもめを歩く】=約11㌔=
6月21日(土)午前9時、地下2階とは思えないカレッタ汐留カレッタプラザ「亀の噴水」前に集合したのは、47人。新橋駅から初めて歩くと、今どこを歩いているのか、東西南北どちらに向いているのか、さっぱり分からないまま表示や案内図を見ながら探すが、その案内図の名称が新しいものばかりで見当がつかない。とにかく恐る恐る直進して空の見える広場につくとそこが亀の広場。まさにコンクリートジャングルの中に出来た広場。ビル風のせいか意外に涼しい。
打合せをした後、体操をするため、石段を登り燦燦と日の当たる広場まで出たが、この階段、どういうわけかハードだった。徳江さんの指揮のもと体操をした後、旧芝離宮恩賜庭園に向かい、入園。
江戸最古の大名庭園と言われ、浜離宮庭園に比べると約6分の1とこじんまりしたものだか、どこに居ても庭園全体が見渡せ、手入れも行き届いている。案内の方の説明を受けて庭内を一周。アジサイが今を盛りとばかり華やかに咲き誇っていた。
今度は竹芝埠頭に向かう。いつのまにか埠頭がきれいになり、船に乗り込む様子はまるで空港のようになっている。乗降口が船の2階に横付けされ、待合室から直接乗り込めるようなスタイルになっている。埠頭のはずれで新婚カップルに出会う。みんなで祝福の拍手をしたところ、花嫁さん、ぽっと頬を赤らめ、こちらまで見とれてしまった。
ここからレインボーブリッジまでほとんど直線だが、直接、太陽にさらされ、木陰も建物陰もほとんどなく、日射病にならないか心配した。かつて有料だったレインボーブリッジ遊歩道、現在は無料になっている。自動車道に平行した遊歩道、相変わらず騒音と排気ガスに辟易した。途中、休憩所があったはずと期待していたが、現在閉鎖。これでは歩く人間はますます少なくなってしまう。本気で遊歩道を作っていない証拠だ。
やっとお台場海浜公園に到着して休憩場所を探すが、木陰らしいところがなかなかない。浜辺ではもう水着姿が出ていて、外人の水着、ティーバックっていうのかな、ちょっとした目の保養にはなった。しかし、うだる暑さのほうが強く、台場一丁目のコーナーにあった木陰で休憩して、水を補給して、いざというところで解散指令。
潮風公園、船の科学館に2,3の方が向かい、4,5の方はビッグサイトに向かい、後の大半はその近所でお茶をしたり、食事をしたり、まったく真夏のようなウォーキングになってしまった。
◎第273回【井の頭、深大寺】=約11㌔=
6月14日(土)午前10時、井の頭恩賜公園野外ステージ前に集合したのは、43人。雨にはならなかったがむし暑い中で、打合せをした後、徳江さんの指揮で体操、体をほぐしてからスタートした。
三鷹の森ジブリ美術館を探して園内を右往左往。井の頭公園が広大なことを実感する。裏から見つけた美術館、思ったより小さかったが、屋上から天空の城ラピュタのロボット兵が見下ろしていた。
そこから吉祥寺通りを南下。自動車の通行量が多く、段差のある歩道は狭く、排気ガスをまともに浴び、歩きにくいことおびただしい。やっとの思いで東八道路に出て右折。広い車線で交通量も多いが、街路樹が二重に生い茂り、木陰がよく出来ていて歩きやすい。南に東大や国土交通省の施設が並ぶ。
航空宇宙技研の交差点で左折、三鷹通りを少し歩いて、諏訪神社前から小道に入り、緑の相談所横の土道を行き、相談所内も少し歩く。
やっと神代植物公園正門に到着、団体で入園。園内で休憩と見学と昼食。薔薇と紫陽花が真っ盛りで、たくさんの人が楽しんでいた。木陰では微風が快く吹き、汗を鎮めてくれた。
今度は深大寺門前に再集合して深大寺に参拝。続いて前回は省略した水生植物園を見学する。菖蒲が花盛りで、池では雛鳥4羽を引き連れたカルガモのほほえましい姿にお目にかかる。通り抜ける道はなさそうなので一周してコースに戻る。
ここを出てからの道筋は暑さのせいもあってか地図を見てもさっぱり頭が働かず、どうしたものかと迷っていると「歴史と文化の散歩道標識」が見つかり、この標識に従って歩くことにする。今度は景色もあまり見ずにもっぱら標識探し。左折したり右折したりしているうちに、土の境内に木々が高く茂る涼しい布多天神社に到着。ほっとひと心地つく。
ここで整理体操をして人員を再点呼したところ、28人の土休券希望者がいたため、土休券を手配して皆さんに交付してから解散した。
◎第272回[小岩菖蒲園から矢切の渡し]
6月7日(土)午前10時、薄曇りの涼しい空の下、あやめの花が満開の小岩菖蒲園に40人が集合。JR小岩駅からは結構な距離で、着くまでに一汗かく。平成10年第23回で実施したコースだけど、記憶がずいぶん薄れていて心もとない。
菖蒲を鑑賞してから10時30分歩き始める。江戸川を下り、市川橋を渡り、土手から、水上スキーを眺めながら川を遡る。入り口が変わっていたが、里見公園は芝生や噴水やバラ園などが出来ていてずいぶんきれいになっていた。トイレ休憩しているとCが到着、一緒にちょっと休む。
地図と記憶を頼りにじゅん菜池公園を目指す。交番があったので尋ねると目の前がそこだった。ここもずいぶんきれいで違う場所のよう。池に向かって進むと向うに一塊の団体と黄色の旗が見えた。「アッ、いたーッ」。先着のAグループを見つけて歓声を上げる。何故だか拍手で迎えられ、怪訝に思っていたら、Aは里見公園に行かなかったそうだ。
遊歩道も木々も池もきれいに整備され、前回とはまったく趣が違う。じゅん菜が見つからなかったが、最後の湿地帯のようなところが栽培地だったらしい。公園を出ようとすると先行組が見えなくなった。住居表示を探しながらとにかく進む。国府台と下矢切の境目あたりで心細くなり、車に乗り込もうとする若い男性に矢切の渡しを聞くと、丁寧に教えてくれた。四辻を左折、信号を渡る。店らしくない八百屋で作業中のおばさんに矢切神社を教えてもらい、やっと、合流できた。
ここからは道なりに進む。野菊の墓公園に上り、歩道橋を渡って文学碑を訪ねる。階段を下り、坂を下って江戸川ラインハイキングコースを歩く。田んぼのあぜ道が、きれいになっていた。キャベツ畑や葱畑がひろがる。土手を登って、やっと川が見えた。土手の上の穴が開いた石は川の一里塚だそう。土手を下りて矢切の渡し場まで歩く。
ひなびた様子は以前のまま。モーターボートがエンジンを停止して横切っていった。向う岸からゆったりと渡し舟が戻ってきた。結構大勢の乗客、「1回じゃ無理だわね」とか言いながら上がっていった。一人100円ずつ手に持って舟に乗る。わがGNP含め30人ほどが乗船。乗り切れない人は次の便を待つ。
川の水深は約6メートル程だそう。途中立ち上がった人がいてざわめく。さわやかな川風に吹かれ、時間が止まったような一瞬のような時が過ぎ、対岸に着く。こちらにも大勢の人が並んでいた。
解散場所の柴又公園にはCがすでに到着していた。体操して解散。柴又駅は1時間に3本しか電車が来ないことを改めて知る。今日ウォーカーがいっぱいだったのは国府台駅のウォーキング大会のため。
6月1日から3日間、壱岐対馬に旅してみた。初日、福岡空港から対馬行の飛行機に乗る。瞬く間に対馬上空に到着、上空から見る対馬はまるでマリモの塊。ポコポコ新緑に彩られた島々が見え、空港がどこか分からない。
近づいて始めて分かったが、山を削り落とし約60メートルの高台に空港があり、あたかも空母の上に着陸するようなスリルを味わった。島々と見えたマリモ、実はすべて数知れない半島になっていて陸続きとのこと。
したがって沿岸の延長距離は縦に80キロしかないのに600キロ以上になり回遊は出来ないそうである。森林地帯が9割を占め、4%ほどが耕作面積。魏志倭人伝に「土地は山険しく森林多く道は禽鹿の径の如し」とあるが、その風景は今も変わっていない。いろんな秘話を聞いたが、韓国との因縁話、釜山までわずか49.5キロというのだから厳しい時代が連綿と続いていることは今でも変わらない。
翌日は昼から壱岐に高速船で向かった。この島は何から何まで対馬と対照的。まるで大皿を裏返して置いたような島で、高低差がほとんどなく耕作面積は8割近くという農業中心の島。そのため、人間関係の機微に優しく豊かだそうである。
両島は緊密な関係にあるかと想像していたが、さにあらず。仲が悪いようである。現に両方のガイドさん、福岡や長崎には再々行っているが、相手の島には一度も行ったことがないそうである。
夜は蛍見学。4万匹も発生したと言われる蛍の光、何だかもの悲しい風情だったが、この光では本は読めない。
面白い話が1つあった。国道382号線は対馬の北端から南端まで縦走しているが、この国道、壱岐でも南北を縦貫し、はるか佐賀県の呼子まで続いていてそこからも先に続いている。つまり国道が海上を走っていることになるのだろうか。不思議なことだが、国道にはこんな風に分断されているものがあることを初めて知った。
天気に恵まれた3日間、快い疲れとともにいい体験が出来た。 [T.M. 記]
◎第271回【城下町佐倉をめぐる】
5月31日(土)午前10時11分、JR佐倉駅に集合したのは、18人。時ならぬ台風襲来のため、出席者が少ない。もう降り始めていたので、改札口前の駅構内で簡単な打合せ。体操も省略して雨具の重装備。傘を差して外に出る。
駅前の大通りは広く歩道もしっかりしていて様々な彫刻が10メートル毎に立ち並んでいて目を楽しませてくれる。高崎川を渡り右折して立派な市役所沿いに左折してすぐに右折するともうちょっとした山道になる。登りきったところに旧堀田邸さくら庭園が広がっている。中に入ってみたかったが、雨に濡れた靴の脱着が面倒くさく誰も入ろうとしない。そこでそのまま歩き、佐倉順天堂記念館に向かう。
順天堂大学発祥の地、江戸時代にすでに手術をマスターしたと言われ、当時の手術器具が陳列されていたが、痛そう!
雨がますます激しくなる。旧成田街道の道筋を歩くが、酒屋さんや雑貨屋さんがまるで時が止まっているような佇まいを見せてそのまま店開きをしている。歩道らしきものは溝蓋の上。歩きにくく、いつ割れるかもしれないと要らぬ心配をしながら水溜りを避けて歩くのは大変だ。
歴史生活資料館があったので、雨宿りをかねて入り込む。人懐こい係の人に釣られて、ついお弁当を取る場所の相談をしたところ、早速電話をしてくれ、おはやし館の2階に広間があり、使えると紹介を受けた。
何の関係もない我々のことを心配してくれ、その世話まで買ってくる人情味の豊かさ、もう都会では失われたものがここでは残っている。早速、言葉に甘え、おはやし館に向かう。ここでも親切にしてもらえ、雨に濡れてうっとうしくなっている一同を快く迎えてくれる。約1時間、弁当を広げ持ち合わせたお互いのお菓子などをつまみ、身も心も温かくなって一歩外に出たところ、風までいつのまにか激しくなり、傘の骨がひっくり返るような状態。
これではもう歩けないと判断し、佐倉市立美術館、麻賀多神社、武家屋敷、佐倉城址公園、姥が池を省略して直接京成佐倉駅に向かい、ここで解散した=約8㌔=。
◎第270回【加治丘陵と狭山茶のふるさと】
5月24日(土)10時過ぎ、仏子駅南口に集合したのは、ゲストを入れて37人。ゲストの中沢さん、地元にお住まいとのことで、早速、案内役をお願いして出発。旧サイクリングコース入口にある小公園で打合せと体操。
その後、痛みの激しいアスファルトのコースを歩き始めるが、ママチャリでは到底運転できないほどアップダウンの激しい道。自転車には1台もお目にかからなかった。それだけに新芽、若葉の林間コースは気持ちよく歩ける。アップは苦しいが、ダウンは楽だ。ただし、全体で登っていくわけだからダウンがあると必ず上りがあることになる。
途中、展望台への近道があって、誘惑に駆られたが、我慢してみると案の定下り。上りが待ち構えているのが見え見えだった。頂上近く愛宕神社があった。愛宕神社は山の神様、必ず高いところにあるそうで、ほどなく桜山展望台に到着。
展望台は5階建で階段の登りはきつかったが、頂上からの眺めは360度の展望。ここで若干の休憩。本来なら富士山も眺望できるはずだが、薄曇の天候で靄がかかり、見えない。
続いて今度は緩やかな下り。豊泉寺の瀟洒な庭を覗き、入口には虚空蔵菩薩が可愛く眠っていた。いよいよ一面茶畑の中を歩く。茶っきり娘がたむろしている様子を想像していたが、人っ子一人いない茶畑が続く。よく見ると茶畑の畝にレールが敷いてある。機械作業で茶摘みがほとんど行われるようだ。
大きくていろんな設備のある茶業公園を思い浮かべていたが、何にもなくてちっちゃな丘の上に柵があるだけの公園。満杯になってお弁当を開く。堆肥の臭いも茶の香りに混じって漂ってくる雰囲気。わいわい騒ぎながら昼食を終えた後、茶畑の中に入って歩いてみた。フカフカの畝は足を埋めてしまいそうだが、なかなか乙なもの。
日本一の道標でしばらくたたずみ、後は一直線で駅を目指したが、途中、ゲストの中沢さんに紹介されたお茶屋さんに立ち寄り、新茶を物色した。時ならぬ30人余りのお客さんに押しかけられ、お茶屋さん、家族総出でてんてこ舞い。それでも新茶のサービスに茶飴までサービスしてもらい、料金は1割引。
お互いにほくほくして帰りを急ぎ、仏子駅で三々五々解散した。 =約11㌔=
第269回【谷津バラ園と谷津干潟】=約11㌔=
5月17日(土)10時、JR京葉線南船橋駅改札前で集合、高速道路下を通る歩道橋を渡り、谷津干潟に到着。干潟を右手に見ながら、谷津公園に入る。若干遅れる人の分も合わせ、団体入場券を買い、谷津バラ園を見学。
バラ園のバラは、今がまっ盛り、赤、紫、黄色、ピンク、白、それに青、三原色の色をさまざまに組み合わせた花の色はまさに豊満=グラビア2=。20日前の下見では一片もなかったこの美しさが、たった20日で実現する自然の脅威に目を見張る。園外に出て、打合せと体操。それに来週の土休券を配って、総勢39人、改めてウォーキングを開始。
谷津干潟は引き潮のせいか野鳥の姿はほとんど見えない。干潟を離れて今度は秋津公園に入る。ここは各種の運動施設が充実しているようで、若い人の出入りが激しい。つづいて香澄公園に入り、ジャブジャブ池のほとりでお弁当を開く。
つい30年前まではたぶん海の中。それが埋め立てが進み、湾岸道路が出来、住宅地が出来、そして6キロ以上の長い緑道が作られ、樹木が生い茂り、池や川が出来、自然が生まれている。何だか奇妙な感慨にふけりたくなるが、そんなことを忘れて初夏のさわやかな気候の中で快適に歩く。
浜田川に突き当たり、やっと緑道と別れたが、今度は浜田川の両岸が公園になり、出来上がったばかりの若々しい芝生を歩き、幕張地区に出る。一番突端にロッテ球場が大きく立ちはだかり、球場を右手に見ながら幕張海浜公園に入る。
浜側が歩けるのかどうか、気にしながら通行禁止を無視して海辺に出てみる。遊泳禁止になっている浜辺はそんなにごみもない砂浜がきれいに続く。ただ、砂浜を歩くのはきつそうなので、雑草に覆われた砂地の堤防の上を歩いてみる。右側に砂浜と海を眺め、左側は松林が続いている。夏場では木陰がなく大変な場所。しかし今日は、湿度は高かったようだが、気温が低く、気持がいい。
快い微風を受けながら海辺を離れ、色とりどりの草花で飾られている歩道橋を渡り美浜園に入る。途中、プリンスホテルが経営する日本庭園があったが、中に入らず、そのまま、広大な幕張海浜公園を横断して海浜幕張駅前に出て解散した。
◎第268回B【江戸風情溢れる街 谷中根津千駄木】
(JR駅からハイキングNo.01007)
5月10日10時に集合したのは24名。上野公園、寛永寺を通り抜け、入谷鬼子母神、合羽橋道具街を歩き、谷中霊園で休憩。
千駄木では、民家の前で耳かきを頂く。根津神社内を通り、車の少ない道を歩き森鴎外記念館に立ち寄り、最後は下町情緒のある店が並ぶよみせ通り、谷中銀座を通りゴール日暮里駅に13時に到着。
◎第268回A【碓井峠アプトの道旧線ハイキング】
(JR駅からハイキングNo.05002)
5月10日(土)軽井沢一泊組(別記番外編参照)は7時半朝食、9時ホテル出発。ホテルバスの厄介になり、途中、軽井沢駅に荷物を預け、横川駅までオーナー自らの運転で送ってもらった。
駅前で記念品とバッチを貰い、10時4分に到着する日帰り組8人を迎え、総勢20人で『碓氷峠アプトの道旧線のハイキング』に挑戦。
行きは僅かに坂道と思いながらの道も帰りには可也の坂道と実感。この坂を重い車両を数多く連ねて喘ぎながら登った機関車、アプト式でなければ越せなかった難所の碓氷峠、当時、列車で越したトンネルの中で窓から入って来た石炭の煙の匂いと車中の記憶。ウオーキング中、トンネルの中からから見えた新緑の鮮やかな美しさ! 先人の確かな技術と磨かれた感性の豊かさを表現した美しい眼鏡橋、豊かな自然の中の碓氷湖一周散策、お土産買い物等、楽しみながら、横川駅に戻り、ゴール。
横川名物「釜飯」を全員でいただき、日帰り組は14時30分発の臨時電車で、帰京。一泊組は14時55分のバスで軽井沢に向かい、軽井沢17時発の新幹線で帰京した。
番外【初夏の軽井沢ウォーキング】
5月9日(金)東京駅に12名が集合、定刻8時12分に発車したあさま537号に乗車。車内で手持ちのお菓子を分け合い食べ合っているうちに9時26分軽井沢駅に到着。あらかじめお願いしていたホテルバスに乗り込み、峰の茶屋まで送ってもらう。
すがすがしい新緑の中を快適に歩き白糸の滝で小休止。引き続き信濃路遊歩道を進み、竜返しの滝でオゾンをいっぱい浴びる。小瀬パークホテルで休憩し、温泉に入り持参のおにぎりを食べる。都会の喧騒を離れ、桜やりんごの花やいろんな小鳥を眺めて、ゆったりと別世界に浸る。
今度は、自動車もほとんど通らず、人も通らない砂利道の小瀬林道を我が一行、熊除けも兼ねて傍若無人に大声で語り合いながら歩く。うっかり野鳥の森を見過ごしそうになり慌ててバック、森に彷徨い込む。観察小屋に入ってみたが、もう午後で餌付けの小鳥には会えず、シジュウカラのほかに冗談でゴジュウカラがいると言っていたら本当に居て、我々ロクジュウカラを驚かせた。
その後、星野温泉を通過し、中軽井沢駅を越え、イングランドハウス・ウインザーまでの道程、一本道だったが、自動車道を通ったため、意外にきつく疲れた。ホテルはこじんまりした家庭的雰囲気のある佇まい。夕食のフランス料理は本格的でなかなかの味。「ツルベ」が口直しということ、初めて知った。「牛ロースの胡麻風味」に途中で仲間が採取したクレソンがとても合っていた。
夜は塩沢湖のほとりにある塩沢天然温泉までホテルバスで送迎してもらい、本日2度目の温泉に入り、一日の疲れを癒し、快適な眠りについた。お天気に恵まれた今回の軽井沢は2年前の大雨の思い出を塗り替えてお釣りの来るくらい楽しい旅になった。わずか半日の間にも萌黄色から鮮やかな新緑、若草色へと自然の日々の動きが感じられた。
◎第267回【長崎・目白・中野】=約10㌔=
5月3日(土)10時、高田馬場駅前の(ビッグボックス前)広場に44名が集合。この場所は人がたむろしていてもあまり気にならないようだ。軽井沢行の人に切符を渡す。5月に入って日差しもきつさを増し、歩く前から暑い。早々におとめ山公園を目指してあるく。うっそうとした木陰がなんとも気持ちよい。乙女山じゃなくてお留め山だって! 林間広場で打ち合わせとH.Wさんの体操。
急遽、本日のコース変更を提案し、前回(119回実施)は見損なった牡丹を見ようと薬王院へ向かう。満開は過ぎていたが、大輪の花がたくさん咲いていた。ちょっと戻り道を迷い、野鳥の公園を回ってコースに戻り、新目白通りを渡って、目白の森を抜ける
小さな池で子供たちがザリガニを捕っていた。じめじめした暑さにうんざりしながら、山手通りを渡る。豆腐屋さんに挨拶し、ときわ湯を見て岩崎家住宅の生い茂った大木と江戸時代の旧家を眺め、久保田さんの実家を覘き、中野通りへ。通りから見えていた水の塔が隠れたら右に入り込んで水の塔公園。Aの先頭グループがいた。後ろが来ないとかで待っているそう。「先に哲学堂公園に行ってるよ」ということで歩き始める。
哲学堂公園でCとAのほかの人が待っていた。しばらく哲学の林で休憩。下見のときは六賢台に入れて登れたのよと自慢。妙正寺川に架かる観象梁を渡り、新しく出来た梅林を抜け、中野通りに戻る。貫禄たっぷりの桜並木は涼しい木陰を作ってくれる。西武新宿線の踏切を渡り、新井薬師公園を眺め、ひたすら中野駅に向かい、サンプラザに到着。人通りの人目を気にしながら、建物の影で体操して解散。
◎第266回【伊勢原芝桜コース】=約12㌔=
4月26日(土)定刻10時45分、小田急伊勢原駅に集合したのは36人。2年前の前回は肌寒く雨にたたられたが、今回は予報に反し、現地は快晴。気温も暑くもなく寒くもなく絶好のウォーキング日和。
駅から10分ほどの下原公園で打合せと体操。上着を脱いで軽装で渋田川を目指す。「かながわのまちなみ100選」に入っている渋田川芝桜の道は相変わらずのどかな風情。芝桜は峠を越え、わずかになっていたが、それでも可憐な花弁は色彩鮮やかで目を楽しませてくれる。
柔らかいあぜ道を通り、あやめの里に着くが、あやめはまだ苗のままのような状態。堆肥の臭いがやけに鼻につく。
柏木牧場で昼食タイム。ソフトクリームにコロッケ、それにミンチカツに人気が集まり、買うだけでも大変。ところが我がメンバー、用意よろしく保冷袋を持ち、新鮮なお肉や野菜まで買い物をしてリュックにギューギューと詰め込んでいた。門前では薄紫に輝き香り豊かなライラックに送られ、再び渋田川を辿り、小田急を越えて太田道灌の墓(首塚)に着く。道灌がこんな形で暗殺されなければ、関東の状態はずいぶん変わっていて、もしかすると徳川時代もなく、日本の近代化がもっと早かったかもしれないと、1400年代に世界を見つめていた道灌にしばし思いをはせてみた。
そのあと、おりしもお祭りのような賑わいを見せるJA伊勢原のフリーマーケットの会場で解散。新茶の試飲会も開かれ、おいしいお茶をご馳走になって、思わず新茶を購入。足柄茶を抱えて帰途についた。
Cグループは、JA伊勢原に立ち寄らず、直接伊勢原駅に到着したようだ。
◎第265回【羽村堰とチューリップまつり】
(JR駅からハイキングNo.03004)=約8㌔=
4月19日(土)午前9時33分、JR福生駅着のホリデー快速にほとんどの人が乗車していたが、先着組も入れて42人が参加。受付の不手際で、福生駅前は大混雑。折角事前に申し込んでも並んでもう一度、名前と番号を書かされるとは思ってもいなかった。
10分ほど歩いて玉川上水の辺にある加美上水公園で再集合。打合せと体操をした。体操には他の参加者も4,5人、一緒に身体を動かしていた。
玉川上水の水は澄んでいて豊富。新緑の樹木に囲まれ、気持のいい道筋で、羽村堰まで瞬く間に着いた。この上水を造り上げた玉川兄弟の像が建っていたが、300年以上も前にたった2年半で切り開いたといわれ、その偉業は今の建設技術でも不可能といわれるほどすごいものだ。本日の特別イベントで普段は通れない羽村堰の上を歩くことができた。
根搦み前水田はチューリップの花園だった。[咲いた、咲いた、チューリップの花が、赤、白、黄色……]そのものにあたり一面、チューリップばかりの景観は素晴らしく、その中で、気球の試乗会が良く似合っていた。
一峰院で休憩。多摩川沿いの阿蘇神社は由来が古いようだが、九州の阿蘇と関係があるのかどうかよく分からなかった。グリーントリム公園を通り過ぎて小作駅に到着。歩数は18,000歩に達していたので、実質10キロ以上は歩いたようだ。
玉川兄弟像のメタルとJR車輌バッジをもらった後、地元の人がやっている抽選会の抽選に1000円分があたり、キンツバやうどんを獲得。いい気分で解散した。
◎第264回【昭和記念公園】No.189実施済
4月12日(土)午後10時、てっきり雨と思っていたら降っていない。何とか昼までもってほしいと祈りながら、昭和記念公園、西立川口ゲート前に集合。30人以上が団体割引の扱いなので心配していたら、ぎりぎりの電車で揃い、38人集まる。280円を集金して入園。園内をぐるぐる散策し、AとCは日本庭園に入ったので、Bは展望台で待つ。前回は秋でコスモスがあふれていた畑が今は茶色の土。一角に黄色い菜の花畑が広がっていた。新緑の中に桜や水仙、ポピー、やしおつつじなど、いろんな花が春を謳歌していた。
全員揃って楽しい昼食。出発しようとするとパラッパラッと降り始めたので、玉川上水口をやめて砂川口ゲートから出る。工事中だったこもれびの里やこもれびの池がほぼ完成し、入口に、無料休憩所やサイクリングセンターができていた。
五日市街道を横切り、金毘羅橋から玉川上水に出る。他のウォーカーと挨拶を交わしながら、土の道を快適に歩く。千手橋を過ぎて、多摩都市モノレールの高架が見えるとゴールの玉川上水駅。徳江さんの体操をして解散。
雨も大したことなく、暑くもなく寒くもなく、気持いいウォーキングだった。=約10キロ=
◎第263回B【山梨市桃源郷とフルーツ公園】
(JR駅からハイキングNo.03001)=約8㌔=
4月6日(日)、前日の春の嵐が嘘のような良い天気になり、GNP有志5人、山梨市駅をスタート。
すぐ桃畑の中を歩く。蕾はふっくらともう後ほんの少しで開花といった風情。
途中で剪定した桃の枝束を頂く。
笛吹川沿いに土手に出ると、ぐるりと360゜山がくっきり見えて、この地が盆地であることがわかる。連なる山々の上から前日の新雪を被った真っ白な富士山がのぞいている。
土手の下には桃色の絨毯とはいかなかったが、この山並と広々とした景色は、私たちを清々しい気持にさせてくれた。
万葉の森から丘を上りフルーツ公園でゴール。買い求めた山梨特産「ほうとう」も美味しく、頂いた桃の花は今、我が家で満開に咲いています。
◎第263回A【都内花見の名所めぐり】=約13㌔
4月6日(日)午前10時、木場公園ミドリアム室内に集合したのは30人(中途参加も含む)。打合せの後、戸外で体操。勝手知った大横川、横十間川の見事な桜並木を歩き、猿江恩賜公園に入った。都営住吉駅で500円の一日乗車券を皆で買占め、九段下で下車。
大変な人出の中をまず靖国神社で東京開花日の基準桜を見た後、千鳥ヶ淵の雑踏を避けて内堀通を通って北の丸公園を目指す。途中、飛島建設ビルが10階を開放して千鳥ヶ淵、北の丸公園の桜を一望できる行事が行なわれていたので、上に上がる。熱々の桜湯までご馳走になり、いい気持で北の丸公園に入った。
折角、担いできたワイン、栓抜きを忘れて花見酒にならない。何のことはない、重荷を背負って歩き通す羽目になる。田安門から外に出て九段下から再乗車。馬喰横山で浅草線東日本橋に乗換、終点の西馬込に向う。
ちょうど馬込文士村大桜まつりに出くわし、大変な人出に巻き込まれる。それぞれの町会が工夫を凝らした桜の下の阿波踊り行列。お囃子に乗ってこちらまで浮かれた足取りになってしまう。川端龍子記念館がお祭で無料解放していたので、中に入り、芸術鑑賞で心を洗う。文士村を半周して西馬込に戻り再々乗車。大門で大江戸線に乗換、月島で下車。佃公園に向う。 満開の桜を堪能しながら門仲に向い、黒船橋の辺で解散。
完歩したのは何と9人。天候に恵まれ、前夜来の雨で埃も立たず絶好の花見めぐりで、歩数は23000歩に達し、都営線に乗った料金は780円分。案外、使わなかった。
◎第262回【目黒不動・林試の森】=約8キロ=
3月29日(土)午後1時、東急目黒駅中央口に集合したのは、38人。曇り空で風が冷たく、TECO PLAZAに避難。待ち合わせ場所に使う。
定刻、行人坂を下り、目黒川に出て左折。四分咲きの桜が見事。市場橋を渡り、山手通を横断、かむろ坂を少し上り、右折して小さな公園で体操。
蛸薬師で有名な成就院前で右折、五百羅漢寺に着く。もともとこの五百羅漢様、江東区にあったものだが、度重なる天災地変に遭い、明治4年に現地に来たもの。当初は、536体あったものが、現在は305体の像が残っているそうである。
裏道をグチャグチャ歩き、いったん山手通りに出て大鳥神社に入って、左折。目黒寄生虫館横でまた左折、途中で右に曲がって目黒競馬場名残の道に出る。当時の第4コーナーであろうか、弧の形をした道であった。
目黒不動尊に裏から入ると目の前に大日如来と本堂。普通階段を上ってたどり着くのに、何だか楽をした気分。階段を下りると境内に見事な桜の出迎え。鮮やかなピンクの色が印象的だ。東門から林試の森公園に入り、左側の散策路を歩いて出会いの広場に向い、ここで休憩した。
北門から出て狭苦しい羅漢寺川緑道を通り小山台公園を抜け、品川用水跡を通り、清水池公園も通り抜け、わびしい碑文谷鬼子母神を見て、広大な円融寺に到着。都内最古の木造建築、釈迦堂は貫禄十分、室町時代に造られたというからすごい。それに仁王様、ちょうど逆光になっていて見難かったが、恐ろしい顔の中に威厳があり、よく見ているとなかなか柔和にも見えるから見る人の心の反映かもしれない。
桜並木を堪能しながらサレジオ教会の中に入る。ロマネスク様式の教会内、荘厳な雰囲気がよく出ていた。マロニエ並木のサレジオ通を通り、目黒通を横断、東横線をくぐると、立会川の水源池といわれる碑文谷公園に到着。ここで解散した。
◎第261回【雑司ヶ谷みち・鬼子母神】
3月22日(土)午前10時、戸山公園に集合したのはゲストを入れて43人。今にも雨が降りそうな曇天で、そそくさと体操を行ない、出発。
瀟洒な学習院女子大の古めかしく錆びた校門を眺めながら諏訪通を横断。すぐに路地に入り、右に曲がり、左に、また右に、そして左に曲がり突き当たると水稲荷神社。そこを右に曲がり、南口から甘泉園公園に入る。左に池を見ながら半回りして庭門から出て都電荒川線を横断、中之橋で神田川を渡る。
階段もある日無坂を上り、目白台2丁目交差点から裏道を通り旧雑司ヶ谷道を歩き、鬼子母神を横目に見て明治通を横断、旧長崎道を歩く。おそらく山手線唯一と思われる長崎道踏切で、案の定待たされる。埼京線と山手線がひっきりなしに上下線ともに走っているのだからなかなか開かない。いつのまにかGNP全員が踏切前で屯するような賑やかさ。10分ぐらい待ってやっと開いて全員渡ることが出来た。おかげで大正4年に築造されたといわれるレンガ造りの橋台をじっくり見学できた。
上り屋敷公園で小休止。住宅地からいきなり池袋西口の繁華街に出くわすような思いで、池袋ゆかりの池に着く。これは人工の池で、むかしここにたくさんの池があったので、池袋と名付けたそうだが、何故だか小さな池の上に梟が飾ってあった。「池に梟」で「池袋」。よく出来ました!
大回りして池袋大橋を渡り、水天宮を眺め東口に出る。ちょっと歩き方を変えるだけで何となく池袋の位置関係が見えてくるから不思議だ。南池袋公園からぐにゃぐにゃ曲がりながら都電荒川線を跨ぐと目の前が雑司ヶ谷霊園。
お彼岸の中日ということで霊園の中は人と車でいっぱい。ほとんどの墓に花が供えられ、お線香が燻んでいた。またまたぐにゃぐにゃ下っていくと雑司ヶ谷の鬼子母神が掘り出された鬼子母神にたどり着くが、寂れた佇まいだった。
歩道橋を渡り護国寺を横目に見て、路地の中に入ると、どういうわけか戦前の東京が目の前に現れ、吹上稲荷神社には何と「紀元2,600年」とある。この年が昭和15年(1940年)であること、ほとんどの人がもう知らない。路地があり、井戸があり、階段があり、ぽっかりとタイムスリップしたような錯覚が生れる。そんな階段の一つを上ると目の前が春日通。横断してゴールの大塚公園に到着。軽く徳江さんの号令で体操をして解散した。=約10キロ=
◎第260回【青葉台から世田谷めぐり】
3月15日(土)午前10時、京王沿線ウォーキング第8回、つまり14年度の最終回に京王井の頭線神泉駅に集合したのは48人。折悪しく雨が降り、駅構内はごった返していたので、早く来た人たちには、西郷山公園に先行してもらう。
西郷山で再集合して傘を差したままで簡単な打合せ。歩行支援タイツのアンケートに追加があることを対象者に伝え、用紙を渡す。雨降りのため、体操もせずに出発。菅刈公園もかつて立ち寄ったことがあるため、素通りして目黒川遊歩道に入る。桜並木が続くがまだ桜の気配はない。目黒新橋から柳通りを歩き、蛸薬師で有名な成就院を通り、目黒不動に到着。このお寺、瀧泉寺ということを何べんも行きながら初めて知った。
アカシア門から林試の森公園に入り、北門から出る。この公園には珍しく青テント族がいないようで、管理が行き届いているようだ。
清水稲荷神社を横目に見て目黒通をしばらく歩き、目黒競馬場跡碑から左折、祐天寺に向かい、ここで若干の休憩。休憩場所の徹底を図らなかったため、4,5人しか集まらなかった。
東横線をくぐり抜け、世田谷公園までの道程、結構あった。雨が降っていなければ、この公園も散策に適しているようだが、残念ながらまたの機会にする。ここでの表示にあと50分とあり、エッと驚く。これでは1時近くになると先を急ぐことにする。烏山川緑道を少し歩き〆切地蔵の姿だけチラッと見て横道に入ると、もうそこは駒場野公園。
学生実地研修用の田圃はまだ何の手入れもなく土くれのままの姿。たわわに稔る稲穂を想像しながらゴールの駒場東大前駅前に到着。50分の距離を30分で歩いた。
記念品の「トラベル圧縮袋」と6回踏破賞の「スポーツタオル」をいただいて解散した。
なお、本日の距離、約10キロとあったが、歩数で20,000歩に達し、13キロは十分にあった。
◎第260回【青葉台から世田谷めぐり】
3月15日(土)午前10時、京王沿線ウォーキング第8回、つまり14年度の最終回に京王井の頭線神泉駅に集合したのは48人。折悪しく雨が降り、駅構内はごった返していたので、早く来た人たちには、西郷山公園に先行してもらう。
西郷山で再集合して傘を差したままで簡単な打合せ。歩行支援タイツのアンケートに追加があることを対象者に伝え、用紙を渡す。雨降りのため、体操もせずに出発。菅刈公園もかつて立ち寄ったことがあるため、素通りして目黒川遊歩道に入る。桜並木が続くがまだ桜の気配はない。目黒新橋から柳通りを歩き、蛸薬師で有名な成就院を通り、目黒不動に到着。このお寺、瀧泉寺ということを何べんも行きながら初めて知った。
アカシア門から林試の森公園に入り、北門から出る。この公園には珍しく青テント族がいないようで、管理が行き届いているようだ。
清水稲荷神社を横目に見て目黒通をしばらく歩き、目黒競馬場跡碑から左折、祐天寺に向かい、ここで若干の休憩。休憩場所の徹底を図らなかったため、4,5人しか集まらなかった。
東横線をくぐり抜け、世田谷公園までの道程、結構あった。雨が降っていなければ、この公園も散策に適しているようだが、残念ながらまたの機会にする。ここでの表示にあと50分とあり、エッと驚く。これでは1時近くになると先を急ぐことにする。烏山川緑道を少し歩き〆切地蔵の姿だけチラッと見て横道に入ると、もうそこは駒場野公園。
学生実地研修用の田圃はまだ何の手入れもなく土くれのままの姿。たわわに稔る稲穂を想像しながらゴールの駒場東大前駅前に到着。50分の距離を30分で歩いた。
記念品の「トラベル圧縮袋」と6回踏破賞の「スポーツタオル」をいただいて解散した。
なお、本日の距離、約10キロとあったが、歩数で20,000歩に達し、13キロは十分にあった。
◎第259回【吉野梅郷めぐり】
3月8日8時47分、JR新宿駅で駅員に聞き、ホリデー快速おくたま5号が7番ホームからの発車で、後部は秋川行きだそうで、大騒ぎして奥多摩行きの最後尾に乗車。途中の停車駅で前に移動してきた人もいた。車窓から真っ青な空に真白い富士山がくっきり望めた。昨夜の雨がこちらでは雪だったようで、御岳渓谷の山陰に所々白く残っているのが見えた。
10時7分、御嶽駅に22名が到着。湿った急な階段を慎重に下り、渓谷の川原で打ち合わせ。紅梅白梅の下で徳江さん指導の体操をして、早速、渓谷の道を歩き始める。底まで透き通る流れでは、水鳥がたむろし、カヌーを楽しむ人たちも見られた。工事中で途中から青梅街道を歩き、軍畑大橋をわたる。
先頭グループは川沿いに降りたが、残りは3年前の通り、吉野街道を行く。観梅通りに入り、梅見しながら吉川英治記念館に着く。街道沿いの駐車場に大型バスが止まっていて、(私達より少し上の世代の)人達がごった返していた。まもなく川沿い歩行グループも着き、続いて後のグループも着き、全員が揃ってちょっと休憩する。
今度はお昼の青梅市梅の公園を目指し、のんびり楽しむ人々の間を抜けて進む。前回は無料だったのに、入園料一人200円、団体扱いなしだって。ブツブツ言いながら支払って入園、とりあえずお弁当を開く。きれいに手入れされ、ずいぶん園地も広がっていた。梅の下の福寿草は満開だが、梅の花はもう少しという感じ。食後、丘の頂上まで歩いてみたが、南面の梅は満開。弁当を開いた広場は北面で、ずいぶん季節感が違っていた。
入口に再集合して、日向和田に出るか、青梅まで行くか、みんなでワイワイ相談し、結局青梅に決定。混雑を避けて裏道を進む。
皆さん「ミステリーウォークだ」と楽しそうに続くが、唯一下見をした私は地図を手に、道を探して選ぶのに必死だった。それでも、神明通り、天ヶ瀬通りと、見覚えのある景色が続き、金剛寺へ無事たどり着く。法事が済んだところらしく駐車場に黒服の人が大勢いたが、境内に入りほっと一息。次々に到着して、全員が完歩した。このあたりの梅は、これからというところ。
◎第258回【府中観梅ウォーク】No.159実施分
3月1日(土)10時、京王線府中駅改札前にGNPの面々が続々と集まり39人の参加。当初は大国魂神社で打合せのつもりだったが、駅構内で屯した。混雑しそうなので場所を少し移動して打合せする。
本日は健康センターの坂口さんが参加したので、早速体操を指導してもらう。2年前に実施したコースで、改めて下見をしなかったこともあり、不安だったが、岡田さん、川上さんが率先して旗持ちをしてくれ、大いに心強かった。
早速駅を出て、けやき通りを行く。すると、予報通り、パラッパラッと雨。大国魂神社の入り口で身ごしらえする。Aグループはさっさと行ってしまった。
神社の左脇から出て東京競馬場前の広い道に出る。Cグループと別れ、雨がひどくならないうちにとばかりにスピードを上げたが、仕方なく傘を差してのウォーキングとなる。東門交差点を右折、是政通りを南下、高速道路をくぐって、工事中のところが三ヶ村遊歩道だった。
小さな流れも作られ、きれいになった緑道を歩き、市民健康センターの前を通り、歩道を渡ると、府中郷土の森公園の入り口に到着。とうとう雨は上がらなかった。
ここで帰った人たちもいて、32人が入園、見学。園内は、赤い毛氈の縁台にはビニールがかぶせられ、野点の場所にはテントが張られ、梅見客もちらほらしかいないので、ゆったりと見物できる。雨の中では、紅梅が輝いて見えること=グラビア1=を知った。休憩所で暖かいラーメンを注文し、おにぎりと一緒に食べる。
満開の梅に満足し、12時に再集合して出発。緑道脇の野菜の直売所は本日休業だった。ひたすら府中駅を目指して下河原緑道を北上。旧甲州街道へ右折、大国魂神社前を左折、駅前で流れ解散となる。目の前のドトールに駆け込み暖まる。=約10㌔=
◎第257回【梅見で三渓園と本牧山手めぐり】
肌寒く今にも雨か雪が降りそうな2月22日(土)午前10時、JR根岸線山手駅に集って、三々五々、小公園に向う予定だったが、雨よけのため、そのまま駅構内で揃うのを待ち、打合せ場所に向った。いきなり、階段があり、坂道を上る。これだけで息が切れそうになるが、徳江さんの体操で、落ち着く。
歩きながら人員把握を忘れていたので、一人一人口に出して番号を唱え始めたところ、瞬く間に38人ということが、打てば響くように先頭に戻ってきた。後で聞くと後ろからも数え始めていたらしく、後ろから18と前から20とが合体して把握されたもの。呼吸が合って気持がいい。
貝塚通り、瀟洒な住宅が建ち並び、遠く本牧の海が見渡せる。バルコニーがあって煙突があって中には風見鶏のついた家もある。ところでベランダとバルコニーはどう違うのか。そんなことを議論しながら三渓園に到着。30分ほど庭園見学。
ここは紅梅より白梅が目立つ。どんよりした天気の中ではどうも白梅はさびしく映えない。手入れの行き届いた園内。池と小川のバランスがよく水仙の花が可憐に満開=グラビア1=だった。南門を出るとそこは上海横浜友好園。
湖心亭を中心とした池の周りの佇まいは、まるで上海旅行の再現気分だった。本牧市民公園でD51が飾ってあった。
本牧海浜公園の八聖殿。中には日蓮、親鸞、弘法大師、聖徳太子、釈迦、孔子、ソクラテス、キリストの八聖像が安置されていた。日本人の神仏混淆、どんな聖人でも尊敬できる気質がよく表れている。
広い通りに、大きな建造物が展開しているショッピングセンター「マイカル本牧」を通り過ぎ、急なワシン坂を上がると山手見晴通。ここは、高級住宅地として開けてきたようだが、今では個人で持っている人はどうも少なくなっているようだ。海のほうを見ると竹串を束ねたような形が歩くにつれて形が変わり、何と「ベイブリッジ」と分かる。近代文学館の入口から港の見える丘公園に入り、見晴台で解散。ちらっと途中で雨粒にあったような気もするが、降られないままゴール。
ここから小グループに分かれ中華街に向い、ランチタイム。満腹感を味わい帰路についた。
=約10キロ=
◎第256回【百草園の梅園から七生丘陵を歩く】
2月15日(土)午前10時、[京王沿線ウォーキング第7回]のため、京王線聖蹟桜ヶ丘駅に集合したのは45人。天気に恵まれ、大勢の参加者が駅前にいたので、そそくさと出発。
神南せせらぎ通りを歩き小野神社を横目で眺め、児童公園で打合せをするつもりだったが、先頭グループがうっかり見過ごしてしまい、真明寺で打合せと体操。ところが体操途中で車が入って来たので、中断。中途半端なままで歩き始める。
途中に六地蔵がおいてあったが、素朴な道祖神も一緒にあり、表情が豊か。思わず微笑んでしまった。松蓮寺歴代住職と尼僧の墓を過ぎると百草園。約30人が団体で入場した。まるで3月の陽気のせいか、約800本ある梅の木はもう7分咲き。休憩を取りながら園内を頂上まで見学。白梅より紅梅が目立ち、豊満な香りが漂っていた。
このあとは七生丘陵散策路東コースといわれている素朴な道。アップダウンが続くがそんなに苦しくない。八幡神社、松蓮寺とめぐり百草園自然公園に到着。見晴らしのいいところだが、生憎、富士山は見えなかった。
住宅地が続き、なかなかよさそうだが、坂道が多く、毎日動くには大変だ。結局自動車に頼ることになりそうで、見た目にはいいが、平坦地の江東区に住んでいると移りたくはないような気がする。
階段を下りると目の前が京王線多摩動物公園駅。記念品をいただき解散した。=約8キロ=
◎第255回【川越街道旧道を歩く】=約8キロ=
2月8日(土)午前10時、天祖神社(東武東上線ときわ台駅南口徒歩2分)に集合したのは、41人。打合せと徳江由美さんのてきぱきとした掛け声で体操を実施、硬くなっていた体の筋肉をほぐし、出発。
環七通を横断した後、旧川越街道の下頭橋通商店街を抜け、現川越街道をかすめ、今度はアーケードで覆われたハッピーロード大山を歩く。どういうわけか、道行く人のうち、たいていの人は、まずGNPの旗を見上げ、我々の顔は後で見る。
このハッピーロードも旧川越街道の一部。東武東上線大山駅の踏切を越えると、子易道との追分。追分は道と道との分岐点のことをいう。
旧子易道は、子易神社に向う参詣道ともいえる。ここから右折して、旧小石川道に入り、氷川神社に向う。ここには有名な池袋富士があるが、残念ながら登山禁止。昔の人はこんなちゃちな富士山でも登った気になって信仰を深めたのだろうか。若干休憩。
ここからかつては清流が流れていた谷端川緑道に入り、コンクリートで固められた道を歩き始める。川越街道を歩道橋で渡り、宮下橋で右折。
西武池袋線椎名町から椎名町サンロードを歩き、千早町公園を横目に見て粟島神社にゴールした。最後に到着したBグループ、実は千早町公園で整理体操を済ませてゆっくりやってきたとのこと。
千川駅前のジョナサンでお昼をしたのだが、なんとわがGNPメンバーがいつのまにか20人以上入っていた。
◎第254回【四谷市谷牛込巡り】=約7キロ=
2月1日(土)午前10時、花園公園に集合したのは、50人。ただ花園公園を花園神社と考えた方も居られ、全員が揃ったのはだいぶ遅れた。打合せと体操をした後出発。
新宿通をしばらく歩き、四谷3丁目の交差点近く、ビルに張り付いた水かけお岩地蔵を拝む。ここで外苑東通を少し歩き、四谷警察の裏通りにあるお岩稲荷田宮神社と向い側にあるお岩稲荷を祀っている陽運寺に足を運ぶ。どこがどう違うのか、よく分からないが、お岩さん、田宮家からいびられて殺されたと聞いているが、不思議な気がする。
須賀神社では三十六歌仙の絵が飾られていたが、よく見もせずに通り過ぎた。東福院坂を上り、四谷1丁目交差点からしんみち通を抜け、四ッ谷駅に到着。寒々とした外濠を眺めながら外濠公園で休憩の予定だったが、そのまま歩き通し、牛込中央通に入る。
市谷地区は町名変更がほとんどなかったようで、納戸町、細工町、二十騎町、南山伏町、甲良町、柳町と丁目のない町名を楽しみながら牛込柳町で大久保通に出る。若松町交差点で夏目坂通を下る。下り切ったところに夏目漱石生誕の地碑が建ち、坂名の謂れになっている。
早稲田駅前で一旦解散。昼食タイムとした。
午後1時30分、国立健康栄養研究所第一会議室に再集合。健康セミナー「生活習慣病の予防」を聴講した。
最初に雪印が作ったビデオが上映され、骨の新陳代謝などを理解した。次に岡純先生の「肥満の話」。スライドを使った説明で、肥満の定義から始まり、肥満が及ぼす疾患の話があった。
最後に樋口満先生の「生活習慣病と運動」の講義。これもスライドを使い、運動が及ぼす生活習慣病の改善の実態を説明。体脂肪の燃焼が如何に重要かを具体的に話していただき、3時半に終了した。
◎第253回【東砂ジャガイモ・ウォーキング】
(東砂スポーツセンター主催) =約8キロ=
1月26日(日)午前9時、東砂スポーツセンターに集合したのは43人(うち4人は途中で中断)。当日、東京大学の渡会公治先生もお見えになり、歩行支援タイツを20人の方に支給、第1回目のアンケートを回収した。
受付を済ましたあと、各自持参したミニボトルに生クリームを入れてもらい、体操をした後、4キロコースと8キロコースに分けてスタート。わがGNPは大半が8キロに参加。ミニボトルを手で振りながら清洲橋通り、荒川砂町水辺公園、小名木川水門、大島小松川公園と歩く。
スタートは最後尾だったが、いつのまにか、先頭に追いつき、先頭グループはGNPの面々ばかり。先導者がいて前には行かせてくれない。それでも他の人から前が早すぎると苦情が出ている。いつのまにか、GNPグループはウォーキング速度が通常スタイルよりも速くなっている。これでは汗も出ないまま終ってしまいそうだ。
約20分も待って、大島小松川公園に参加者全員がたどり着く。もみじ橋を渡り、大島少年運動広場、東大島駅、番所橋で右折、仙台堀川公園で休憩。これはジャガイモがまだ蒸かしあがっていないせいだとのこと。200人近く参加した行事。当事者の準備は大変だ。ボトルの中の生クリーム、気がつくと流動物ではなく固形化してきている。なるほどこれがバターかとふたを開けて中を見ると完全にバター化している。不思議な現象だ。
しばらくしてセンターから連絡があったのか、動き始め3分ほどで東砂スポーツセンターにゴール。ゼッケンを返してアッツアッツのジャガイモを一つずつもらう。ベンチや階段に座って、出来上がったばかりのバターをジャガイモに塗って食べはじめる。意外に大きなジャガイモ。たった一つだが、結構腹の足しになる。ジャガイモが主食の一種だと意外なところで納得して解散した。
◎第252回A【上海3泊ウォーク】
1月17日(金)成田9時45分発の全日空機に総勢24人無事乗り込み、快晴無風の中を新設の浦東上海国際空港に定刻12時5分到着。
バスに乗り浦東世紀公園で降り、東方テレビタワーまでウォーキング。茶屋で一休みした後、タワーに上り、上海全体を360度見渡す。下に降りて上海の阿片戦争時代から現代にかけての歴史を模型や写真で展示されているものを見学。そのあと、中心地の中華料理屋で舌鼓。満腹になったあと浦江クルージングと洒落込む。対照的な両岸、片や旧市街の重々しい建物群、片や高層建築の華麗な姿。それぞれライトアップされ、寒風を忘れ1時間余り、船上で佇んでいた。ホテル「ホリディ・イン・ダウンタウン上海」にたどり着いたのは夜9時過ぎ。その後、足裏マッサージに大半のものが出かけ、初日の疲れを癒した。
2日目は予定を変更して3日目に予定していた上海博物館見学。古銭や陶磁器、それに書を見て中国三千年の奥深さを味わった。昼食を食べたあと南京路歩行街をウォーキング。銀座のホコテンよりも人出がすごく、うろうろ歩きになった。またまた豪華な中華料理を夕食にいただいたあと、雑技団見学。素晴らしい演技とマジック。ただただ驚嘆の連続で、まぶたが腫れ上がってしまった。ホテルまでの道、バスは回り道をして夜景を楽しんだ。
3日目は、2日目に予定していた上海郊外周荘にある「故鎮」ウォーク。バスで約1時間半、水郷に恵まれた周荘まで田園風景を楽しむ。故鎮は300年前の町づくりがそのまま残っている。まるでタイムスリップしたような気分。昼食をいただいたあとウォーキング。バスが途中2回も場所を変えるほど歩く距離を伸ばし、現地の添乗員を驚かせてしまった。途中、上海漢方薬科大学に入り、漢方の素材を見学。動物、植物、鉱物何でも薬になる話を聞いた後、脈拍を見るだけの問診や10分間の按摩を体験した。上海中心地に戻り、自由市場見学。生きたままの食材、収穫したばかりの野菜。新鮮そのものである。三度、豪華な中華料理をいただき、またまた満腹。腹ごなしに新天地を歩き、正月間近の上海の最後の夜を楽しむ。
最終日は9時15分、バスに乗り、途中、中心地のホテル前で大型バスに乗り換え、空港に到着。空港内で飲食や買物で現地通貨を使い果たし、定刻13時15分発の全日空機に乗り、成田16時50分無事到着、解散した。今回の海外ウォーキング、Uさんの献身的で情熱的な手配のおかげで、普通では味わえないスケジュールをこなすことが出来、本当にありがたいことだった。
◎第252回B【健康センターからお台場海浜公園】
1月18日10時、ぽかぽか暖かい健康センターに集合したのは30人。上海組24人を合わせると54人になる。
5周年記念の「静電気防止リング」を配ったあと、清々しい外に出て個々に体操。今年初めての本格的ウォーキングは、小春日和の中をお馴染みのしおかぜの散歩道から歩き始める。南開橋、しおかぜ橋、暁橋を渡り左折、潮見駅前のペット可のマンション入口のペット用足洗い場をのぞき、ペットクリニック、ペットサロンを眺め、完成した潮見公園の横を通り、さざなみ橋を渡る。
辰巳の森海浜公園をそのまま進み緑道公園に入る。枝だけの桜並木の芝生の上を歩くとやわらかい。三つ目通りを歩道橋で渡り、辰巳駅の前にある小石のモニュメントは羊か、馬か、いやタツだろうと騒ぎながらプールの横を過ぎ、柵を乗り越えて新辰巳橋を渡る。2本のトミンタワーの横の公園で休憩。都バス深川車庫を横目にして晴海通りを渡り、湾岸線に沿ってお台場へ向かう。工事中のマンション、空き地が続き、ほこりっぽい道をワイワイと歩く。初めての道だったが、汚いし車の音が騒々しく、センタープロムナードとは雲泥の差がある。
お台場海浜公園の信号を渡り、デックス東京ビーチの前で解散。軽く体操してデッキを上がる。エスカレーターで4階に上がったところに、ペンキの刷毛跡が見えるスバル360が停まっていた。そこが台場1丁目商店街、裸電球の暗さに郷愁を感じる。駄菓子屋の隣にひばりや旭のプロマイドも並んでいた。昭和30年代の若者より現代の若者が圧倒的に多くごった返していた。
◎第251回【GNP5周年記念総会および新年会】
(担当 Aグループ)=約5キロ=
平成15年1月11日(土)午後1時30分、それぞれ自宅から歩いて清澄庭園大正記念館に集合したのは、来賓の方も含めて、63人。
MNさんの司会で、先ずHW副会長の開会の辞。続いてTM会長から「5年間250回の活動が出来たのは、来賓各位の支援と会員の協力の賜。今後も一層の支援と協力を賜りたい」との挨拶があった。
引き続き来賓挨拶があり、江東区健康センター事務局長のTHさん、国立健康・栄養研究所のMHさん、ウォーキングダックスクラブのTYさん、ウォークさざんかのMIさんから過分の言葉をいただいた。
続いて議事に入り、1.平成14年度の活動状況、2.平成14年度の収支報告、3.平成15年度の収支予算、平成15年度の活動計画が承認され、平成14年第4四半期の皆勤賞が5人(SKさんを含めると6人)に手渡された。
なお、B1班の班長はTMさんの都合によりSKさんにお願いした。
この後、Uさんの乾杯で新年会に入った。新年会の席上、ダックスクラブのTYさんから会計のKMさんにバラの花束が贈られ感激。平成14年25回以上出席者50人にも記念品が贈呈された。その後、久しぶりに出席したKHさん、ZTさん、ROさん、YYさんから近況報告があった。それにCHさんが作詞した「GNPウォーキング讃歌」の発表がリズムをつけたHWさんとTKさんの歌で行なわれ、会員一同、大きな拍手で歓迎した。
午後3時、YT副会長の閉会の辞で無事、新年会も終了。手際よく、後片付けを終えた後、上海ウォーク説明会をU顧問から受け、来週の海外ウォークの成功を期した。
なお、終了後、大半の人は、清澄庭園の中に入り、散策。手入れの行き届いた園内を満喫した。
◎番外【若洲で初日の出】
2003年1月1日(水)早暁5時、JR新木場駅に集合したのは、たった3人。
天候は悪く雪模様という予測。到底初日の出は拝めないと分かっていたが、それでも雪も雨も降っていないので、出発。
会長は車で来ていたため、若洲海浜公園キャンプ場の駐車場に駐車、お二人、M.NさんとT.Hさんを待つ。思わぬ速さ30分ぐらいで追いつかれてしまい、そのあと恒例の若洲ゴルフリンクスの真ん中辺りで、日の出を待つが、予測どおり東雲は明るさを増しては来るが、来迎は拝めない。
日の出時間6時50分になっても駄目だ。それでもワインで乾杯する予定だったが、コルク抜きを忘れてやむを得ず、水筒に入れたコーヒーで新年に当たってGNPメンバーの健勝と発展を祈り、乾杯する。
その後、駐車場に戻り今度は全員会長の車に便乗して帰途についた。
◎第250回【区内公園巡り=納会=】
第250回区内公園めぐりは年の瀬も押し迫った12月28日、霜柱も立つ木場公園に45人が集合。あまりの冷え込みのため、木場ミドリアムの中で、東砂ジャガイモ:ウォークや、上海ウォークの日程表渡しなどの打ち合わせをした。また、東京大学身体運動科学研究室の渡会公治先生がお見えになり、歩行支援タイツ等の話があった。そのあと、履き心地などのアンケート協力者21人に対し説明書とタイツそれにタオルセットを手渡した。
外に出てU.Tさんの体操をして、H.W副会長の音頭により三三七拍子で今年を納め、早速歩き始める。木場公園大橋を渡った人も下から行った人も仙台堀公園を進む。途中枯れ草が凍っていてびっくりしたが、これは水道管が破裂して噴水となって周りを凍らせたものらしい。氷の張った池には釣り人もいた。
平成橋を渡り旧中川に沿って歩き、信号を渡って江戸川区の小松川グリーンタウンの中を行く。都営東大島駅前にはショッピングセンターと広場があり、子供づれには住みやすそう。高架の下をくぐるとアスレチック遊具の先に荒川まで続く広大な芝生の広場が広がる。以前ちょっとだけ通ったことがあるもみじ大橋を渡り、江東区に戻る。旧中川に新しく虹の大橋が開通、その付け根から竪川河川敷公園に入る。全長2.4キロはさすがにうんざり。パターゴルフもあるが、青テントが並び、男性が襲われたニュースもあり、多少怖い気がする。
横十間川に突き当たると、右へ渡る道もできていた。ちょっと休んでいると、後ろから黄色の旗の団体が来た。なんとAグループの面々だ。小松川公園で休憩したとのこと。われわれBはAを追ってここまで休みなしで歩いてきたわけだ。急に疲れを感じた。そんな私の目の前をAの面々はにこやかに、サァーッと通り過ぎていった。
気持を立て直して後に続く。猿江公園を抜け、新大橋通りを西へ進み、大横川に沿って南下、猿江橋を渡り、もう一度水辺の道を通って新高橋を渡りそのままひたすら南下して現代美術館に到着。もう休館していて中に入れず、公園で体操をして解散した。途中、すでに一周した人が消えてしまったのか、木場公園まで戻ってきたのは約10人だった。
◎第248回【赤穂浪士帰還の道】 =約11㌔=
12月14日(土)午前10時、両国公園に集合したのは45人(ゲスト参加2人を含む)。打合せと体操をした後、久しぶりの記念撮影。
折りしも赤穂浪士討ち入り300年祭の当日、吉良上野介上屋敷跡は人人でいっぱい。人込みを縫うようにして通り抜け、直線的に萬年橋に向う。万年橋から隅田川テラスに入り、穏やかな流れを見ながらしばらく歩き、永代橋で上に上がり今度は鍛冶橋通を歩く。
途中左折して桜川公園で休憩。天気は快晴だが、意外に冷たい気温。スピードを出した歩きだったが、汗を余りかかない。
京橋から中央通りに入り、銀座に出るが、未だ昼前というのに人出がすごい。人にぶっつからないように身体を右左に交しながら歩くスリル、案外気持のいいものだ。瞬く間に新橋のガード下に着くが、相変わらず汚い。
そのまま第一京浜を南下。大門を通り過ぎ、三田を越え、札の辻で歩道橋を渡り、一路、泉岳寺に向う。泉岳寺前は屋台と人出で道が埋まっている。とてもじゃないが泉岳寺には入れそうにない。無理をして入った人から話を聞いたが、墓参りには1時間も待つ行列が出来たとか。そういえば歩いている途中でもこの道筋を物珍しそうに歩いているウォーカーが目立ち、中には京都辺りからやってきたと思えるグループにも出会った。
屋台の陰になっていてよく見えなかった解散場所の泉岳寺前児童遊園、案外人出が少なく、悠々と整理体操をして解散することが出来た。4回目になる定番のコース。今年は一番短い距離で歩いた。
◎第249回【磯子から根岸】 =約12㌔=
12月21日(土)午前10時、京浜急行屏風浦駅に集合したのは、32人。生憎の雨天のため、駅構内で打合せ。カッパや傘で歩き始める。
京急線からそれ両側に崖が迫り、トンネルに入る。出てすぐの信号を左折、看護学校に沿って坂を登り右折。細い土の階段を下りると久良岐公園に入る。雨を避け休憩所で一休みしもう一度雨装束を調える。体操は省略。
久良木能舞台では静かに催し物が行なわれていたが外まで聞こえなかった。笹堀を右折、108段の階段を一気に上る。岡村公園は滑りそうなのでカット。途中歩道に富士山の模様があり、晴れていれば見えるのかなと思った。見晴らしのいい三殿台遺跡はやめ、天神通を進む。四間道路を越え疎開道路を通り、中浜町を過ぎ、磯子橋を渡る。
根岸八幡神社に参拝し、くねくねした石段を登り、米軍の消防署横を通り、根岸森林公園に到着。馬の博物館見学は中止して不動坂を下る。各自それぞれにJR根岸駅に向い解散。
途中迷って根岸八幡神社に寄らず、駅に直行した人もいた。下見のときの赤い紅葉はもう見られず、すっかり冬姿。冷たい冬の雨に身体はぽかぽかしても手足はかじかんで傘すらたためず、辛かったが、駅前の100円ショップでミニすり鉢が買えたので、まぁよかったとするか。
◎第247回【浮間公園、東京大仏、光が丘公園】=約12㌔=
12月7日(土)午前10時、浮間公園に集合するはずだったが、生憎冷たい小雨が降っており、JR埼京線浮間舟渡駅北口の構内で屯したのは、39人。吹きッさらしの通路で打合せと体操をしたあと、スタート。
スタート時点では小雨も止み、何とか傘も差さずに歩けるようになった。20日前の下見時には美しかった紅葉もすっかり落ち葉に覆われた浮間公園は寒々とした冬景色。公園を縦断して荒川土手を遡る。
冷たい風の吹きッさらしだったが、スピードを速めた歩きで徐々に体が温まる。戸田橋、荒川戸田橋緑地とほとんど直線的な土手歩きは、さえぎる信号や道路がないため、快適に歩けるが、連続歩きのため結構疲れる。
笹目橋で左折。西高島平の陸橋を越え、赤塚公園に入るが、ここは、見事な黄葉落葉の絨毯と未だ残る紅葉の鮮やかさで目を洗われる。ちょっとした山道を登り、諏訪神社、竹の子公園と辿る。竹の子公園は小さな公園だが、いろんな竹が植えられ、竹がイネ科であることを知った。
階段を下りると目の前が赤塚溜池公園。この中にある郷土資料館を見学して休憩した。またまた小さな山道を登るとそこが赤塚城址という広場。何にもない広場が反って昔の城跡を偲ぶのに役立つから不思議だ。
不動の滝をチラッと眺めると、滝というより湧き水がしずくのように落ちていただけだった。乗蓮寺の黒光りのする東京大仏は、日本で三番目の大仏で、穏やかな目が印象的だった。松月院を眺め、しのがやと公園に沿って住宅地を歩き、東武東上線、川越街道を越え、赤塚新町三丁目から光が丘公園に入る。
すっかり冬景色になっている公園は寒々としていたが、広大な園内には大樹が生い茂り、紅葉がちらほら点在し、森林浴を楽しめる。どこからでも見える清掃工場の高い煙突を目標にわざわざ遠回りして園内を歩き、練馬区立温室植物園に到着。眼鏡が曇ってしまうような暖かい室内で、温まりながら見学。すっかり人心地になって解散した。
◎第246回【四谷大木戸から新宿花園神社】
(京王沿線ウォーキング第6回)=約10㌔=
11月30日(土)午前10時、京王新線新宿駅の改札口に集合したのは43人(健康センター応援者を含む)。構内のため、体操を省略して簡単な打合せだけでスタート。甲州街道を西へ向い、途中新宿御苑散策路を通った。紅葉や黄葉の美しさは今が盛り、落ち葉はまるで黄金の絨毯。
玉川上水記念碑と四谷大木戸跡を横目に四谷4丁目で右折。外苑西通を外苑橋信号で左折、田宮稲荷神社に向う。ここは四谷怪談の主人公、お岩が祀られてあり、不思議なことにすぐ向い側に於岩稲荷があり、どちらか本家なのか、よく分からない。しばらく行くと、今度は服部半蔵墓がある西念寺。中に入ってちょっと休憩した。
四ッ谷駅前からちょっとした緑道を通り、市谷亀岡八幡宮で本格的休憩。りんごやチョコレート、飴玉など手持ちのものを皆で賞味した。市谷中之町信号で右折。市谷柳町で左折。市谷地区はどういうわけか町名変更の嵐に巻き込まれず、昔のままの町名が残っている。
戸山公園入口から右折して戸山公園に向う遊歩道を通り、箱根山は横目に見ただけで登らずに小泉八雲旧居跡に向う。そのあと、区役所通を直進して四季の道に入るが、新宿の繁華街裏にこんな瀟洒な遊歩道がどうして出来たのか不思議な雰囲気の道。
ほんのちょっとだけ潤った気持になったが、そのあとは靖国通りの雑踏と新宿大ガード下の薄暗さを通り抜け、ゴールの京王新宿駅に到着。記念品に「ひも付きゴミ袋」を、6回目になる人は「タオル」をいただき解散した。
◎第245回【野火止用水と玉川上水緑道】
11月23日(土)午前10時、西武拝島線玉川上水駅に集合したのは42人。折りからJRと西武が共催する『駅からハイキング』と一緒になり、大勢が屯する駅前で打合せと体操。中には外部の人で一緒に体操をした人も二、三いた。
玉川上水をしばらくJR組と歩いて、上水小橋・清流復活の碑を見たあと、GNPは左折して赤レンガの遊歩道、松の木通り歩き、東京都薬用植物園に向う。
今にも雨が降りそうな天気で温室に入ってみたが、中は暖かすぎて眼鏡が曇るぐらい。早々に引き上げて戸外の薬草園を見て回る。時期がよくないせいか、名札だけあって実物がよくわからない。それでも、馬酔木やドイツスズランが有毒植物だというようなことを始めて知った。
西武拝島線のガードをくぐり抜け、野火止用水跡が野火止緑地になって雑木林の輝きが何ともいえないほど華麗だ。ふれあい橋を渡り、名残惜しく右折して神明宮を横目に竹内家の大ケヤキにたどり着く。300年は経っているというケヤキ。近くから見ると頂上がどこか分からないほど黄葉が生い茂り壮観だった。
再び玉川上水に出てJR組と合流。小平中央公園で休憩。公園内の銀杏並木がなかなかのもの。
西武国分寺線の線路沿いに北進。小川駅まで歩き、途中の民家、不思議なことにたわわに実った柿が採り入れされずにほとんど残っていた。無事、小川駅に到着し、解散した。=約9㌔=
◎第244回【三ツ池公園】=約10㌔=
11月16日(土)午前10時30分、七五三で賑わう鶴見神社公園に集合したのは、33人(健康センター応援者を含む)。U.Tさんの指導でストレッチ体操をした後、陸橋を渡りトンネルをくぐり、線路沿いに歩き、佃野公園を横に見て鶴見川の堤防に出た。ここからは直線で見晴らしのいい散歩道。右手に鶴見川を眺め、タマちゃんの出現を期待したが見当たらず、代わってボートの練習風景に出会う。
森永橋を越え、新鶴見橋を越えたところにスポーツ広場が見えたが閑散としていた。いい加減歩き疲れたところで末吉橋を左折。公園北門から三ツ池公園に入り、展望台にのぼり、三ツ池に広がる紅葉を満喫。
ことに上の池と中の池を隔てる橋の上のイチョウが素晴らしい。西門近くの丘の上を通って花の広場に下りて休憩。お弁当を開いた。折から鶴見区中学校の駅伝大会が開催されるらしく中学生が大勢たむろ。若々しい気配は、こちらにまで乗り移った感じ。
曲がりくねって歩く二つ池までの道、何とか迷わずに着いた。今度はアップダウンの激しい獅子ヶ谷市民の森を目指すが、アップダウンを避けて尾根道を通ると何と1時間もかかる道が10分で済んだ。
本格的に獅子ヶ谷市民の森に迷い込むのはまたの機会にして、雑木林の名残がそのまま住宅地に残る不思議な光景を左手に見ながら、奈良ならぬ菊名の法隆寺で黄金一色になった巨大なイチョウの葉を楽しみながら整理体操をして解散。菊名駅でお茶をして帰路についた。
◎第243回【東伏見から吉祥寺まで】=約10㌔=
11月9日(土)午前10時、武蔵関公園に集合したのは41人。大正時代に整備された古い公園で、クヌギや赤松、とちのき、椋木、コナラの自然林のほか、約100種類の樹木が生い茂り、石神井川の遊水地にもなっている細長い池には松の島と芦の島があり、野鳥か我が物顔に飛び交っていた。園内には「円愚」の碑があり、真実という意味があることを始めて知った。
打合せと体操をした後、園内を一周し、東伏見駅前の赤鳥居から次の赤鳥居までくぐり抜け、東伏見稲荷神社に到着。折からの七五三で賑わう神社は、昭和4年、京都の伏見稲荷神社から分祠され創建された比較的新しいもの。伏見通りを直進し、広大な武蔵野中央公園に入って、A班は中央で、B班は入口で、ばらばらに休憩。
中心の広場では、子供達が歓声を上げて遊び、周りの樹木は真っ赤に色づき、正に秋たけなわ。武蔵野陸上競技場の横を通り、成蹊学園から勇壮なケヤキ並木が続く。歩いているだけで、ケヤキの呼気を感じ、胸の中が洗われて行くような気分。
しばらく五日市街道を歩き武蔵野八幡宮に入る。ここでも七五三の祝に盛装した子供達の姿に微笑む。サンロードを歩き、吉祥寺駅構内を通り抜け、雑踏の中を井の頭恩賜公園に到着。
本来は公園内を一周するつもりだったが、快晴であった天候が一転俄かに掻き曇り、雷鳴が轟き始め、ポツリと雨しずくに出くわしたため、急遽、ここで解散することにし、三々五々、食事にしたり、電車に乗ったりした。
◎第242回(A)【日光で史跡探勝と紅葉狩り】
11月2日(土)昨日の雨はどこへやら、快晴の空の下、早起きして東武浅草駅に6時半到着。東武優待乗車証を利用して改札を通る。ホームは次第に混んできて行列ができてきた。
7時10分発日光行快速に乗車、満員ながらGNP一行17人は全員揃って座れ、ほっと一安心する。柳生のあたりで車窓から雪を被った富士山が望めた。
東武日光駅に着くとさすがに寒く、用意した手袋と上着を着る。案内標識と地図を頼りに早速歩き始める。途中ひしやの「幻の羊羹」をお土産に入手、リュックを重くしてメインストリートの坂を上る。神橋は工事中で見られず日光橋を渡る。「世界遺産の碑」から瀬尾神社への道を登り始める。
苔むした石段の脇を小川が流れ、杉の大木が林立し、処々に赤や黄に色づいた木々が点在して錦秋を謳歌しているよう。東照宮美術館、産の宮を過ぎ、林の中の緩やかな石畳の道を登る。「大小べんきんせいの碑」の二又を右に進むと橋に出る。左手に白糸の滝が白く落ち、正面の鳥居からは見上げるような急坂で瀬尾神社はまったく見えない。
降りるのが怖いので下で待つことにする。元気組が降りてくるまで残留組はチョコなど食べながらがつがつ震えていた。二又に戻り右へ進み、行者堂を見て林の中の緩やかな石段を降りる。ぱっと広い道に出て左の二荒山神社に参拝。ちょうど綿帽子の花嫁さんが挙式中だった。西参道を通らず輪王寺を見て右へ曲がり日光奉行所跡を眺めながら少し歩く。
車道は結構渋滞していた。左折して大谷川に下り、含満大谷橋を渡る。撼満ヶ淵の渓谷は透き通った青い水と巨岩と白い水しぶき、両岸は秋色の木々が茂り、大自然の芸術作品だ。慈雲寺は約70体のお地蔵さまが並んで迎えてくれ、今度はUターンした私たちを見送ってくれた。含満大谷橋に戻り、大谷川に沿って下る。ススキの穂が飛んでいるのかと思ったら、ポツポツと白いみぞれだった。
日光橋のたもとで解散し、そば屋組と金谷ホテル組に分かれて昼食をいただき、それぞれ東武日光駅から2時と3時の快速で帰途に着いた。 [K.M 記]
トラさん映画を思う
◎第242回(B)【安藤広重新宿の渡し】=約10㌔=
11月2日(土)午前9時30分、亀有駅、定刻に集まったのは13人。ちょっと寂しい感じだったが、JRに受け付けてもらって、体操もせずに9時40分頃出発する。
亀有の商店街を通り抜け、中川橋を渡って、中川東岸を一旦北上し、5,6分したところからV型に反転して、南下した。しばらく住宅街を歩いた後、最初のお目当て青龍神社に到着する。蓮池の脇の参道を少し行くと小さい祠があった。あまり大きい神社ではない。拍子抜けしたが、それではならじとお参りすることにした。
ここで、また反転して住宅街のあいだを縫って歩いているうち、町名表示で柴又が見えるようになった。トラさんの町に近づいたことになる。柴又帝釈天前の交差点ではGNPグループは、少し曲がり方を間違えたが、ともあれ帝釈天の境内にたどり着くことには成功した。
この境内で参拝して、一休みした。観光スホ゜ットのトラさん記念館、山本亭は素通りして、柴又公園で11時10分頃、早昼を取る。この時分、天気は快晴、しかも日だまりで風も吹かない。江戸川の広々とした見晴らしを存分に楽しんだ。
その後、江戸川堤防道路をトラさんの映画を思い出しながら、JR駅からハイキングの流れに乗ってゆっくり散策気分で歩いた。ただ、この辺りになると、天気はあいかわらず快晴だが、少し風が強くなってきた。また、矢切りの渡しがあったはずだが、今はもう特段のものは残っていない。むしろ、金町浄水場の施設があって、ここに随分お世話になっているのだなと、懐かしい気がした。
金町小学校のあたりで堤防を降り、住宅街を抜けた後、金町商店街を通り抜け、JR金町のゴールに正午頃たどり着いて解散した。 [M.S 記]
(駅からハイキングNo.233) =約10㌔=
10月26日(土)午前9時30分、JR市ヶ谷駅に集合したのは、44人。生憎の雨で、駅構内で打合せをするが、土休券配りや日光行優待券の配付などに手間取り、スタートが10時近くになってしまい、始めから傘を差して歩く。
視界が定かでなくどこを歩いているか、自分でもはっきりしないまま、外堀通りを少し通り、左折して浄瑠璃坂を上がる。牛込北町で右折して大久保通りを箪笥町まで歩き、左折し突き当たりを右へ朝日坂に入る。赤城神社をかすめ、直進して水道町交差点で右折。
突き当たって右折したところまでは、確かにコースどおり歩いたつもりだが、筑土八幡辺りが判然とせず、折からの土砂降りでコース図はびしょびしょになり、自分の居場所がどこか分からず、右往左往。とうとう道行く人に飯田橋駅への方向を確かめる。何ともう神楽坂に入っていた。やっとの思いで飯田橋にたどり着いたときには、雨脚が強くなり、ズボンはぐっしょり、リュックもびしょ濡れのようだ。
誰かの掛声でゴールの四谷まで線路沿いに直進することになり、大賛成。いつもなら気持のいい緑道、小川のように雨水が流れていたが、水漏れのしない靴を履いていることを頼りにどんどん進み、スタートの市ヶ谷駅近辺でいったん本通りに出る。よっぽどここで中止しようと思ったが、意を奮って再び緑道へ向う。こうなると雨など平気になるから不思議だ。
瞬く間にゴールの四ッ谷駅に到着したが、上には上がいるものだ。C班はすでに到着していた。完歩の証に絵葉書をいただき、リュックを開け、着替えを出そうとしたが、中がびしょ濡れ、折角持ってきた防水リュックカバーを着用しなかった報いが出てしまった。
ところがA班の一部、靖国神社、イギリス大使館、紀尾井町通り、豊川稲荷とコースどおり回って歩いた者が居り、流石のGNP、つわものが揃っていた。
◎第240回【馬事公苑と豪徳寺】=約11㌔=
10月19日(土)午前10時、京王桜上水駅に集合して京王ウォーク第5回に参加したのは43人。簡単な打合せをして早速スタート。
八幡神社の境内で体操。密蔵院という名のお寺の前を通るが、何を密蔵しているのか、他愛のない想像をめぐらす。荒玉水道を通り、烏山川緑道に入る。かつて烏山川があったが、今は暗渠になって7㌔近く緑道になっている。
小田急線を越え、桜並木通りを歩き、横に東京農大を見ながら世田谷通りを渡り奥に入ると馬事公苑。ここで休憩。折りしも障害乗馬の大会が開かれ、つかの間であったが、人馬一体の華麗な競技会を見学した。全員揃ったところで、馬糞の臭いに送られて裏門から出て住宅地を歩く。
途中、勝光院に入るが、こじんまりしていて境内の手入れがいいせいか、清楚で美しい。ここを出てすぐ、豪徳寺に着くが、ここは広い。仏殿横にある招福堂では様々の可愛い顔をした招き猫が右手を挙げて私たちを待っていた。
城郭の跡が偲ばれる世田谷城址公園は省略して、再び小田急線を越え、梅園で有名な羽根木公園に入るが、素通りしてゴールの東松原駅に到着。スタンプと「携帯用しみぬき」をもらい解散した。
なお、土休券の関係で14人は追加して迷いながら明大前まで約1キロ距離を伸ばして歩き、20円を節約した。
◎第239回【金沢八景と称名寺】=約9㌔=
10月12日(土)午前9時20分前後、京急品川駅ホーム最前列に集合し、9時22分発の快特に乗車。金沢文庫で普通に乗り換え、金沢八景に定刻到着。早速、歩き始める。琵琶の形をしている琵琶島神社を横目で眺めながら野島公園までの道程、平潟湾に浮かぶ色とりどりのヨットを品定め。野島公園で打合せと体操。後着組もここで追いつく。ゲスト2人をいれて39人が参加。
奥ゆかしい名前を持つ夕照橋を渡り、野島に入り、石段を上る。急な石段で息切れをしながら公園展望台にたどり着くが、360度の展望はなかなかのものだ。追浜、海の公園、八景島、称名寺の森と全てが見渡せる。残念ながら天気が良すぎて富士山が見えない。
若干の休憩後、下に降り、伊藤博文公の別邸を眺め、野島橋を渡り、シーサイドラインの下を歩き海の公園に到着。時間が少し早かったが、お弁当を開く。ウインドサーフィンの花盛り。ぐらぐら動く帆と板一枚の上でどうやって立つのか、そんな談義に花を咲かせながら昼食。
今度は一般道を通って赤門から称名寺仁王門をくぐる。仁王様のお顔、誰かに似ているような、そうでもないような、いい顔をしていらっしゃる。トンネルをくぐり抜け、金沢文庫に入るが、中の見学は省略。称名寺の本堂の中を見ると、何とほこりだらけ。誰も掃除をする人がいないのだろうか。立派な仏像も納まっているだろうに。何だか物悲しい。
庭園の裏に回ると、急に山道。女の子の叫び声が聞こえたので、何事かと尋ねたところ、手をつないで現場まで連れてってくれ、道端に落ちている青虫を見せてくれた。周りが住宅地なのに、ここは称名寺市民の森だ。自然がいっぱい屯している。
まず階段を上がると北條實時公御廟。お墓の前に真新しいお花が捧げられているのが印象的。さび付いた門の鍵がかかっているのに誰かが入ったのだろうか。
土と丸太で作られている山道をやっとの思いでたどり着いた八角堂、実際には六角堂だった。ここから対面に午前中に登った野島展望台が見渡せる。こんな遠い距離を歩いたのかと思うほど遠くに見えるが、間違いなく踏破したもの。何となく気持がいい。ここから先はほとんど下り。落ち葉で固められた山道は滑りそうだが、弾力があって歩きやすい。ほとんどの道をコンクリートやアスファルトにしてしまって現代的とした意味にどうも疑問が湧く。
そういうコンクリート道にたどり着いて城山台公園で整理体操。すっかり現実に戻って金沢文庫駅で解散した。
◎第238回【三ノ輪から入谷、日暮里、上野】=約9㌔=
10月5日(土)午前10時、東盛公園(日比谷線三ノ輪駅徒歩3分)に集合したのは、44人。恒例の打合せをしたあと、徳江さんの指揮で体操。様になっているGNPの姿をゲートボールや軟式野球に興じている人々が物珍しげに眺めていた。
久しぶりに通る一葉記念館、お札になる一葉さんの名声のためか、改装され綺麗だ。吉原遊郭街の今昔を偲んでいる間についつい吉原弁天様を忘れてしまい、戻ってちゃんと見る。福福しい弁天様、本当に若々しく健康な御姿。一緒に歩きましょうよ、と声をかけたくなる雰囲気があった。
そのあと、入谷鬼子母神から先、ぐにゃぐにゃ曲がりながらねぎし三平堂につくが、本日休業という感じで人気がない。日暮里駅は階段を上がって構内を通り抜けるが、階段や坂を下りる気配がないのが不思議だ。朝倉彫塑館にはすでにBグループが到着しており、Cグループはとっくに上野に向っているとのこと。27人で館内に入る。
彫塑館とあるので、単に彫刻の展示があるだけかと思っていたが、彫刻の展示は単なる点景でしかないように思えるほど建物の構造が楽しい。木造数寄屋造りと鉄筋コンクリート造が完全に調和した不思議な建物だ。駆け足でチラッと見て玄関に出て、もう出発という頃になって、もう一度ちゃんと見てみたい欲求が湧いてきた。
水月ホテルの中に入って鴎外荘を見学したが、何となく貧相。朝倉彫塑館の印象が強烈だったためかもしれない。10月に入って秋の深まりを感じてもいいはずだが、今日は無性に暑い。ゴールの上野の噴水公園に到着したときには、くたくたになっていた。
ここで解散、いくばくかの有志で1000円のバイキングを楽しんで、お腹一杯になって帰路につく。
◎第237回【鎌倉街道を歩く第4区】=約10㌔=
9月28日(土)午前10時、私鉄5社共催線路をつなぐ散歩道ということで、東急東横線高島町駅に集合したのは、生憎の雨ということで、出席者は25人。受付を済まし、簡単な打合せをしたあと、体操もせずにいきなりスタート。
直線的なコースで、浅間下信号で左折。洪福寺松原商店街を歩き、保土ヶ谷橋信号から坂道。政子の井戸を見るが、屋根の上にこけが置いてあるように見え、何となくそぐわない。急な坂道で息が切れて上がり切った途端、今度は急な下りの階段。
鎌倉街道をしばらく歩き、井土ヶ谷信号で右折。弘明寺に向う。予定ではコースに入っていた弘明寺公園には雨降りで滑りやすいせいか、省略され、すぐに商店街に入り、大岡川で右折して鎌倉街道旧道をしばらく歩くと、まもなく京急線上大岡駅に到着。スタンプとリゲインをいただいて解散した。
雨降りのウォーキング、一番辛いのは、休憩が出来ないこと。とうとう約2時間、歩き通してしまった。
◎第236回【殿ヶ谷戸庭園と府中の森公園】
9月21日(土)午前10時、殿ヶ谷戸庭園正面入口に集合したのは34人(他に健康センター応援者3人)。おりしも敬老の日週間として60歳以上は入場無料という恩恵に浴し、秋の庭園散策を楽しむ。20分庭園入口に再集合して打合せと体操。
一般道を通り、貫井町4丁目交差点から野川遊歩道に入る。新設間もない小道を歩いた後、貫井神社に参詣。境内には清冽な湧水が流れ、手を入れると気持がいいほど冷たい。
つづいて弁天橋を渡りしばらく住宅地を歩く。僅か20日前の下見の日には酷暑に悩み、途中で放棄したいような日和だったが、今日は涼しく日に照らされても気にならない。一本木公園を越え、府中の森公園に入って休憩。弁当を開く。
広大なこの公園、結構人が入っていたが、少々大きな声をあげても気にならない。府中の森芸術劇場が隣接しており、この建物の中を通り抜けて甲州街道のバイパスと旧道を越え、京王線と京王競馬場線の踏切を渡り八幡道に着く。
この八幡道、僅か500メートルぐらいだが、神社と公園に囲まれたままだったせいか、恐らく1,000年前の面影を残す貴重な道だ。すぐに終わり、左に曲がると正面に東京競馬場が見渡せる。
今日は競馬開催日。警備員がこんなに多くなくてもいいのではないかと思うほど、道々に配置され、GNPの面々のため、交通整理をしていただく。おかげで安全にしかも堂々と歩くことが出来た。
府中街道を少し歩き、中央自動車道をくぐるための地下道を通り抜けると、そこはゴールのサントリー武蔵野ビール工場。あらかじめ予約しておいたためか、笑顔で出迎えてくれた案内嬢も美人ぞろい。気持よく見学したあと、モルツの試飲、汗を流した身体には気持よく喉を潤すことが出来た。
工場のシャトルバスを利用して分倍河原駅に到着。土休券を買って乗車したが、8枚も切符が余ってしまった。そこで新宿駅で、乗車客に売りつけてみる。有志4,5人が協力してくれたおかげで、全部捌け、損害を蒙らなくて済んだ。一人ではなかなか出来ないことが多数だと出来る現象。貴重な体験だった。=約8㌔=
◎第235回【歴史豊な多摩の昔と現代】
(京王ウォーキング第4回に参加)
9月14日(土)、朝の内、サァーッと雨が降ったのでちょっと心配したが、午前10時、京王線南大沢駅に集合したときには雨も上がり大丈夫。受付をして、駅の横の広場で体操。休憩場所を小山白山公園と決めて出発する。
公園のような跨線橋で京王線を渡り、都立大学(らしい)の垣根を右に見て、線路沿いのきれいに整備の行き届いた散策路を歩く。みどりやま公園、たきの広場と進む。うずまき公園は確かに浅いすり鉢の底に向って渦巻きの線があった。
内裏谷戸公園、南大沢養護学校、小山内裏公園緑道、給水所と過ぎ、車道に出る。坂を下って、オートバックスやジョイフルなどの大型店舗がある信号を渡って小山白山公園に到着。
この公園の地下は雨水調整池になっているそうだ。ここで休憩した。曇りで、かいた汗もすぐ引き、いよいよウォーキング最適の季節になってきた。
縄文時代の田端環状積石遺構は気付かずに過ぎてしまった。町田街道から少しそれ、宝泉寺の石段を眺め、また町田街道に出る。不動明王前から左にそれて進み、国道16号線に出る。さすがに交通量が多い。
瑞光寺、香福寺、神明大神宮と過ぎ、JRのガード手前を左、繁華街の中を進み、橋本駅に到着。スケルトンメジャーをいただいて解散した。
自然いっぱいの八王子を、開発と銘打って壊し、自然を真似て自然らしく人が作り上げた公園とマンション群。開発される以前の景色は想像できないが、何故かさびしい気がする。=約9㌔=
◎第234回【お台場・青海・潮風公園】=約8㌔=
9月7日(土)午前10時、有明テニスの森公園正面入口に集合する予定だったが、生憎小雨がぱらついていたので、クラブハウスのロビーに40人が集合。
ロビーの中で、打ち合わせ、来年1月11日、GNP5周年記念パーティーを清澄庭園で行うこと、また「上海ウォーク」をいよいよ実施する予定などを発表した。その後、戸外に出てU.Tさんの指揮でストレッチ体操を行ないスタート。
のぞみ橋を渡って、第三お台場にある台場公園を目指す。一周600メートルぐらいの小さな公園だが、見晴らしはレインボーブリッジを背にお台場、有明、青海の風景が見渡せ、いつ来ても素晴らしい景観だ。いつもとは逆に時計回りで巡ってみたが、最後の部分で水溜りがあり、渡りにくかった。
お台場海浜公園は道があるのにわざわざ砂浜を歩いてみる。雨上がりのため適度な水気があり、砂浜特有ののめり込むような歩きにくさはなく、潮風公園に入る直前まで闊歩できた。潮風公園ではバーベキュー会場が賑やか。かつて猛暑の中で倒れそうになりながらここでバーベキューをやった記憶が甦り、当時の若さを懐かしんだが、もう戻れないのだろうか。
珍しく帆船が停泊中だった船の科学館前。船名は日本丸だった。ここまでは、結構人が居たが、青海北埠頭公園に入ったとたん、人通りが少なくなり、代わって船荷の上げ下ろしに活躍するキリン群の動きがずいぶん活発だ。殆ど海外から到着したコンテナの陸揚げのようだったが、これを見ていると経済の停滞が信じられないような気になった。
人通りの殆どない青海南埠頭公園はいつのまにか落ち着いた感じの優雅なものに変身。もっと利用されてもいいのに、どういうわけかここまで人は足を伸ばさないようだ。
テレコムセンターに向う直前の四つ角でテレビの撮影だろうか、ここには大勢の人が屯していた。この屯を振り切るようにしてウエストプロムナードを通り日本科学未来館に到着、すでに途中を省略して到着していたCグループと一緒にBグループの到着を待ち、ここで解散した。ただ大半の者が、この未来館に入場。中のレストランで食事をしたり、見学をしたりして、館内で楽しんだ。
◎第233回【日本橋・銀座・浜離宮】 =約8㌔=
8月31日(土)午後5時、和田倉噴水公園に集合したのは何と47人。今年最後の夕涼みウォークは盛況裡に始まった。H.Wさんに体操の指揮をしてもらった後、歩き始め、ビルに囲まれた将門首塚を覗く。超近代的な高層ビル街に似合わない雰囲気だが、線香の煙が立ち、大事に守られていることが分かる。
いつのまにか逓信総合博物館は、気にも留めず、通り過ぎたが、日本銀行のバロック基調の威容は流石に目を引く。正門玄関はどちら向きだろうと議論しながら、通り過ぎたが、たぶん皇居側だろうということで落ち着いた。コリント式の列柱で有名な三井本館。ところが「さくら」になったり、「三井住友」になったり、最近の銀行経営に節操がなくなって重厚な建物が軽薄に見えてくるから不思議だ。
日本橋を渡り、後は一直線、中央通りを歩く。人通りはすごかったが、折りしも歩行者天国の時間、車道を闊歩したおかげで歩きやすい。銀座発祥の地碑をちらっと眺め、午後6時に終わるというホコテンに追われるように先を急ぐ。
銀座8丁目に着いたときが、丁度6時。計画では日比谷公園に行く予定だったが、浜離宮庭園がライトアップされ、コスモスが真っ盛りという情報に、急遽、進路を変更して浜離宮に向う。こういう情報、皆敏感なせいか、見物客が意外に多く、わがGNPグループ全員が揃うのを待つために入口で屯していたのが目立つ。わざわざ係員が訪ねてきて団体入場の手筈を助言。スムーズな入場が出来た。
入園した頃はすっかり日も落ち真っ暗になっていたが、ライトアップのおかげで十分歩けた。ただし、コスモスの咲き誇っている姿はよく分かったが、橙色の光のせいか、コスモスの色合いがはっきりしない。せっかくのライトアップだが、コスモスの鮮やかさ、可憐さは、やはり太陽の光で見るべきだと見識を新たにして、本日のウォーキング、無事終了した。
◎第232回【トトロの森 狭山丘陵ハイキング】
8月24日(土)午前10時、西武球場前駅に集合したのは、31人。どういうわけか、酷暑の8月下旬、涼しくて半袖の腕が気持ちいい。
みんな見ている駅前広場でU.Tさんの指揮でストレッチ体操。ものの本に掛声があっても、ほとんどのウォーカー、準備運動もしないでいきなり歩き出している。その上、ほとんどのんびり歩き。こんな中でGNPの面々、いつのまにか平気でストレッチ体操を行い、早足歩きが出来るようになった。
コースはしばらく狭山線の横を歩き、左折してから住宅地の中を行く。不思議なことに田圃がところどころにある。青々とした稲だが、もう実をつけている。ぎっしり詰まって植わっている稲、もう少し隙間があったのではないかなどと想像しても、もう実感がないほど都会に染まっている自分を発見する。
トトロの森3号地を掠め、やがて1号地に入る。少しぬかるんだ道で、ちょっとした坂道にかかると渋滞が始まるが、あんまり気にならずについて歩けたのは涼しいせいか。藤森稲荷神社で休憩する予定だったが、ここまで約30分。誰も疲れている様子もないので、そのまま一気に歩くことにした。
本来なら狭山湖の絶景にたどり着くはずであったが、生憎工事中のため、板塀で遮蔽されその脇に作られた仮歩道を歩く。途中約200メートルほどの上り坂があって、この坂がやけにきつい。お盆休みで一週例会がなかったためだろうか。上りきったところに広場があり、トイレもあったので、休憩。
時おり吹くそよ風が心地よい。梅酢で作った冷水、皆さんにおすそ分けしたが、なかなかの評判。適度な酢と塩分はウォーキングには適しているのかもしれない。
ユネスコ村の駐車場でゴール。参加賞として「スケルトンライト」を貰い、一緒にもらったレストラン獅子の割引券を使って大半の面々が昼食。ここは西武ライオンズが優勝したときに行うビールかけで有名だ。腹満ちた感覚で帰途につく。=約6㌔=
◎第231回【夕涼み増上寺から東京タワー】
8月10日(土)午後5時=約6㌔=
まだ日差しは長く影を残しているが、流石に吹く風は心なしか涼しく感じられる。芝大神宮の石段下に45名が集合。U.Tさんの体操をして早速歩き始める。
芝大門を抜け、増上寺門前を左折。日比谷通りを少し南下、芝公園の円山古墳へ。森の中は薄暗く足許に気をつけて山道を登る。東京タワー下信号を渡り、タワーの根元を回り、飯倉手前を右折。芝給水所公園、オランダ大使館を眺め、芝学園下を左折、突き当りを右に曲がって、トンネル手前の愛宕神社の参道を登る。愛宕神社横のNHK放送博物館前で休憩。ABC全員が揃う。
愛宕神社を抜け、裏道に下り不揃いの石階段を下り、虎ノ門パストラルを左折。屋外のエスカレーターで上り、神谷町緑道に出る。この緑道はテレビ東京や城山タワー、スウェーデン大使館などの裏を抜ける道で、夕暮れのデートコースにおすすめ。
霊南坂の大倉集古館を左折。教会前を下り、左折、アークヒルズに到着。カラヤン広場でナイヤガラのような滝のしぶきを浴びて休憩。涼しくなったところで、また歩き始める。
溜池交差点を渡り、特許庁を過ぎ霞ヶ関ビルを通りぬけ、三年坂を下り桜田通りへ。文部科学省、財務省、外務省と、人気の少ない官庁街を歩く。霞ヶ関1丁目を右折、東京地方裁判所、簡易裁判所など司法機関の溜まり場を通って解散地の日比谷公園噴水広場に7時少し前に到着。軽く体操して解散。夜の暗がりの中へ三々五々消えていった。
◎第230回【夕涼み高輪から大崎ゲートシティー】
=約8㌔=
8月3日(土)午後5時、白金高輪駅の上にある高輪コミュニティーぷらざ広場に集合したのは36人。今年初の夕涼みウォークということで、夕方集合としたのだが、日が落ち始めると流石に涼しくジーッとしていれば汗は出ない。
打合せと簡単なストレッチ体操のあと、早速出発したが、いきなり急な階段を上り、出だしから息切れ。それでも上がりきったところに鎮座している細川邸のシイを見て感慨にふける。400年以上は生きているこのシイの木。忠臣蔵で有名な大石良雄切腹の場面も見ている。そういう生き物と対面している自分達がいかにも矮小に見える。すぐそばにある大石良雄外16人忠烈の碑の佇まいはひっそりと夏草に覆われ、人気もない。くねくねと曲がりくねりながら細道を徘徊して泉岳寺に出るがここは人出が多く、忠烈の碑と対称的だった。
大正時代に建立されたという高輪消防署の望楼。今でも現役だが、当時は東京湾まで見渡せたそうだが、今では高層ビルに囲まれてしまい、ほとんど見えないそうだ。そんな望楼を眺めながら細い路地に入り、東禅寺を通り、高輪公園で休憩するはずであったが、快調に歩いたせいか、まだ30分少々。休憩を省略して先を急ぐ。
ここだけどうして残ったのか、戦前からあったような木造のあばら家が続いていたが、まだ人が住んでいるようだ。マンション住まいの多い中、こういうところに住んでいる人たちが羨ましく裕福に見えるから不思議だ。階段を上がりきるといきなり超近代的な高輪プリンスホテルが見渡せ、対照の妙を感じさせる。
このあと御殿山ガーデンまではほとんど直線的な道筋だが、この道筋にはいわゆるお屋敷跡らしきものが続いている。何となく大企業らしき会社の保養所や別邸になっていて、もう広壮な屋敷は個人では持てない時代になっているようだ。御殿山ガーデンで休憩。ここもどちらかの庭園跡らしく、なかなか立派なのだが、トイレなどが少なく、利用者に対する配慮が少し欠けているようだ。
ここから解散場所のゲートシティー大崎居木橋公園まで10分ほどで到着。皆さん、これでは物足らないようだったので、目黒川遊歩道を通り五反田まで急遽延長。2キロほど距離を伸ばして五反田駅前で解散した。
◎番外【炎天下の上高地】
7月29日(月)から31日(水)の3日間、国立健康栄養研究所の樋口満先生のご好意に甘え、穂高の梟山荘に連泊。有志4人が上高地を楽しんだ。
初日は穂高の美術館めぐりと日本一の生産量を誇る大王わさび農場の見学。
2日目は上高地大正池から河童橋を経て明神池を巡る林間ウォーキング。天気に恵まれ、穂高連峰がくっきり見渡すことが出来、木陰は20度の涼しさという絶好の一日。帝国ホテルでのコーヒーで優雅な気分に浸った。
3日目は梟山荘周辺の散策。有明紬で有名な天蚕センターや毎日温泉に入った町営しゃくなげ荘、ジャンセン美術館を巡り、午前10時に出立。昼過ぎには酷暑の東京に戻った。
◎第229回【神宮前、代々木、新宿】 =約8㌔=
7月27日(土)、JR千駄ヶ谷駅からちょっと迷って集合場所の明治公園に着くと、フリーマーケットで大賑わい。真ん中の大きな木の下に集合する。
参加者42人は、午前10時、打合せとY.Tさんの体操をして猛暑の中を出発。鳩森八幡神社でAグループは元気に富士山に登る。神宮前2丁目、キラー通りを横断し、旧渋谷川歩道をちょっと歩き小さな路地を抜けて明治通りを渡り、東郷神社に入る。
東郷会館の池に鮮やかな花の島が浮かんでいて目を洗われる。東郷神社で小休止し、竹下通りを左、右、左としゃれた街並を進み,教会通りへ鋭角に曲がり、浮世絵の太田記念美術館を眺め表参道に出る。
神宮橋を渡り、代々木公園に入る。照り返しを避け木陰を選んで進む。バラの花が咲いている。先着組に習い、休憩所に寄ってアイスを買って息をつく。水分補給していると先着のAグループはさっさと出発。瞬く間に見えなくなった。
Bグループは旗持ちがバテ気味になってしまったので代々木八幡神社まで歩き、ここで解散。途中の線路沿いにある童謡「春の小川」碑=写真=の前で思わず歌詞を口ずさみ童心に帰る。
Aグループは、馬鹿正直にコースどおり、山手通、初台坂を上り、初台を越え、新国立劇場のロビーで涼み、元気を回復して、都庁の都民広場に到着、ここで解散した。そのあと都庁展望台に上る人や新宿の雑踏を目指す人、そのまま帰宅する人など、瞬く間に人影は消えてしまった。
◎第228回【神楽坂、根津、上野】 =約6㌔=
梅雨が明けた7月20日(土)午前10時、神楽坂の途中にある善国寺に集合したのは40人(外に2人)。猛暑の中で打合せもそこそこに体操も省略してスタート。神楽坂を下って外堀通りで飯田橋を越え、小石川後楽園に団体で入場。園内を見学した。
ここは江戸時代初期に造られた回遊式泉水庭園で、随所に中国の名所の名前をつけた景観が配され、都心にありながら雑踏を忘れることの出来る雰囲気がある。とくに桜、梅、欅、いろは紅葉、松、椎の木、サツキなど、樹木の手入れが行き届き、大樹に育っているため、爽やかな風が吹き抜けると、この暑さでも涼しく感じるから不思議だ。
約40分の散策のあと、本郷、根津を省略して後楽園から春日通を通って上野へ向う予定だったが、Aグループはうっかりそのまま壱岐坂通りを通ってしまい、遠回りして上野に向う。
上野では不忍池に立ち寄ってみたが、何と水面が見えないほど蓮の花の真っ盛り。大輪の蓮の花は太陽に映えてまぶしいほど咲き乱れ、池の中央にある弁天堂の木陰でしばらく休んだが、蓮の花に囲まれ、まるで仏様になったような心境。周りが水に囲まれ、木陰があり、土道だと天然のクーラー現象が生まれ、今日のような酷暑でも汗が引き、涼しく感じるものだ。
予約時間の12時30分に近くなり、ランチバイキングのアサヒ・ビア・エクスプレスに向う。すでに半数近くが集合、39人が揃い、バイキングの開始。いろとりどりの和洋中華何でもありの料理に群がり、約1時間、健啖振りを発揮した。一室借り切りのような形になっていて談論風発。楽しい一時を過ごすことが出来、会費1,000円を十分堪能して解散した。
◎第227回【高田馬場、早稲田、雑司ヶ谷】=約6キロ
7月13日(土)午前10時、戸山公園ジョギング広場に集合したのは41人。地元、国立健康栄養研究所の樋口満先生も駆けつけてくれた。打合せと体操の後、箱根山に向って歩き始める。
久しぶりの箱根山。これで3回目になる。頂上でしゃべる声は麓では丸聞こえとのこと。人の悪口などしゃべっていないので一安心。
続いて箱根山通りから馬場下町を通り、早稲田大学構内に入り演劇博物館を見学。エリザベス王朝のフォーチュン座を模して昭和3年に開館されたという新宿区の文化財。当時、坪内逍遥さんも現存され、先生の古希の祝も兼ねて建造された建物とか。廊下の板がピカピカに磨かれ、歩くと快い軋みの音がして貫禄十分。展示物の中に戦後間もない頃のストリッブ劇場まで触れられ親しみを感じた。
西門から外に出て水稲荷神社に向う。階段を下りて面影橋から宿坂通りに入り、途中、目白の由来となった目白不動を眺め、鬼子母神に到着。
境内にある大イチョウは高さ32.5メートル、樹齢600年といわれ、霊気を感じる大樹。木陰に佇むと強烈な太陽をさえぎってくれ、その涼しさは格別だった。
お盆参りで賑わう雑司ヶ谷霊園の中を縦断して雑司ヶ谷旧宣教師館に入る。明治40年に建築され、取り壊してマンション敷地になるところを地元民が反対して区役所が買い取り、旧資材をなるべくそのまま使って再建築されたもの。
職員の日頃の管理がいいせいか、佇まいはそのまま残り、19世紀後半のアメリカの郊外住宅の特色が見られ、質素な中にも合理的な工夫が随所に感じられる。暖炉の配置、ギロチン窓の仕組、回廊も部屋にした感覚、地下保存庫の冷気、ブルーベリーも実る庭の配置などよく出来ている。
ここから護国寺まで歩くが、日中の日差しは益々強烈になり、熱中症の心配をしなくてはならない状況。護国寺の本堂まで石段が続くがこれを登らない人も多数出てきたので、本日のウォーキング、ここで中断することに決定。解散した。
◎第226回【恵比寿から代官山】
7月6日大雨の予報が外れ、曇り空の涼しい風が吹くありがたい天気になった。駒場野公園のデイキャンプ場は公園特有の青テントもなく、木蔭がいっぱい。ただしカラスは人間と違って我が物顔に住んでいるようだが、良い公園だ。定刻10時から打合せ。樋口先生の別荘を使わせていただく上高地ウォーキングの呼びかけをし、H.Wさん指導の体操をして早速歩き始める。本日の参加者は46名。
先ほど下車した駒場東大前駅を掠め線路に沿って歩き、右折。緩やかに登り、都立駒場高に沿ってくねくね歩き、石段を上って氷川神社に参拝、目黒富士を眺める。目のくらみそうな急な階段を降りて玉川通りから立体交差になって分かりにくい山手通りを右折、菅刈公園へ。去年完成したばかりの広々とした園内には、和室や西郷家ゆかりの展示室があり、復原された大名庭園を眺めてしばし休憩。ちょっと迷ったC班も到着した。
西郷山公園を横目に見て、旧山手通りのハイセンスな町並みを通り、猿楽塚を見物。信号を渡って今度は猿楽古代住居跡を見学。代官山は何時来ても若い人がいっぱいの町だ。代官山アドレスを右に見て東急東横線の踏切を渡る。恵比寿神社を抜けて恵比寿駅へ。駅横で恵比寿像=写真=を眺め、エスカレーターで駅構内に入り、今度は動く歩道に乗ってお馴染みの恵比寿ガーデンプレイスへ。続いてエスカレーターで下に降り建物を抜けて高層マンションの庭のように見える裏手の三田丘の上公園の階段を下り、白金へ向かう。高速の下をくぐると国立自然教育園の森が見える。松岡美術館を過ぎて外苑西通りを右折。プラチナストリートというしゃれた呼び名の通りを進む。目黒通りを渡って左折し、八芳園に到着。園内を見学させてもらおうとすると、今日は結婚式だから駄目だって! がっかりして通過し、明治学院で休憩。イギリスゴシック様式を基とした明治中期のチャペルで結婚式に遭遇。ウェディングドレスに身を包んだ花嫁。いつ見ても微笑ましい。
ラストの網代公園を目指して、桜田通りを一気に北上。12時30分、子供連れや若い人達がたむろする公園へ到着。軽く体操をして解散した。おそばを食べて、麻布十番駅から帰宅。ラストの早歩きと体操で疲れが少し軽くなったような気がした。
◎第225回【半年記念区内公園巡り】=約8㌔=
亀高公園に仙台堀川公園からは直接出入ができなくて、集合場所としては一寸不便。6月29日午前11時、H.Wさん指導で体操。15人が集まったので、それではと歩き始める。曇り空だけど雨は降らず、しっとりと瑞々しい木蔭は気持いい。1時に豊洲公園に着くつもりなので、ゆっくりとと思うが、足の方は勝手に早くなる。
大石家に寄ると、七夕の笹飾りが立ててあったがもう大分茶色になっていた。公園には紫陽花と夾竹桃の花が見られ、無花果や桃の実が膨らんでいる。鬱蒼とした桜並木は夏のコースにうってつけ。仙台堀川に泳いでいるくらげはどこから来たのだろう、とか、岩の上に親鴨と2羽の雛がいるけど他の雛はどうしたのか、とか考えたりして何時もより余所見が多い。
石住橋で一人が合流。わざわざ木場公園大橋に上がって渡り、葛西橋通りで三つ目通りを渡って、木場親水公園に入り一寸休憩。ここで二人合流。屋根のついた休憩所も出来ており、改修工事もほぼ完成かと思ったら、まだ永代通りの手前が工事中で、歩道に上がる。信号を渡り、イトーヨーカドーの高く伸び始めたビル群を横目に、雲雀橋、白妙橋と渡る。工事中のニュートンプレイスの広さに驚き、越中島通りを南下、枝川交差点を右折し、1時5分前、豊洲公園に到着した。
ゆりかもめの大きな白い橋脚が晴海通りまで伸びて来ており、築地市場も移転してくるとか、豊洲はもっと変化しそうだ。軽く体操して豊洲区民館に入る。
3階のホールに上がると、クーラーがひんやりと心地よい。当番のB1班のメンバーにより、机が並べられ、弁当、お茶、バナナが並び、会報、講演の資料配り等とテキパキと手配。受付と集金も当番が要領よく実施した。
会長からH、U両先生と健康センターのMさんの紹介があり、皆でお弁当をいただく。
まず、H先生から基礎代謝の説明があり、ウォーキングを続けているGNPメンバーのデータは抜群にいいようだ。
続いてU先生の話は骨密度。こちらのデータは加齢とともに低下している様子が伺われるが、GNPのデータは、普通に比べ低下の程度が鈍化している。つまり運動の効果は現れているようだ。
このあと、第2四半期の皆勤者8人に対して記念品を贈呈し、無事、半年記念例会は終了した。
◎第224回【東京国際マラソンラスト10キロ】
6月22日(土)午前10時、日比谷公園内バラ園横の四阿に集合したのは40人。早目に来てバラやアジサイの咲き誇っている園内、心字池の鯉を鑑賞するなど、のんびり見学していた人もいた。
天気予報では雨だったのが単なる曇りで気温だけが前日に比べ10度も低いという予報どおりの気候を満喫。打合せと体操をした後、早速、日比谷通りを直進。美土代町で左折。
白山通りに出る予定だったが、うっかり一つ手前で右折。水道橋に出ないで、ひとつ手前の御茶ノ水に出る道を歩いてしまった。おかげで明治大学を彩る「とちのき通り」を歩き、緑が濃くて風格のあるとちのき並木を眺めることが出来た。水道橋の手前から外堀通りに入り、馬券売り場として名高い後楽園イエローボックスで休憩。
馬券も買わずに屯するGNPの面々、血走って馬券を買っている連中の好奇の目にさらされてしまった。そのあと外堀通りを四谷見附まで歩いたが、意外に交通量が激しく、排気ガスにさらされ、あまり気持ちが良くない。反対側の遊歩道を歩けばよかったと反省したが、後の祭り。
市谷八幡町の交差点から四谷見附までの高力坂がマラソンコースの中で魔のだらだら上り坂。歩いていても感じるのだから大変さがよく分かる。四谷見附で右折して新宿通りに入り、四谷3丁目で左折。外苑東通りに出てやっと交通量も少なくなり、やっと落ち着き、国立競技場にたどり着く。
正味10キロのはずだったが、御茶ノ水に出るという大回りをしたため、1キロ程度延びて約11キロのウォーキング。じっとしていると寒くなるような梅雨寒の快さで、無事終了して解散した。
◎第223回【日野市の緑と高幡不動尊の紫陽花】
(京王沿線ウォーキング第3回)=約8㌔=
6月15日(土)午前10時、平山城址公園駅(京王線)に集合したのは35人。コース地図をもらって小雨の中、とりあえずスタート。
京王線のガードをくぐり滝合橋で淺川を渡り、豊田公園に向う。豊田公園で打合せと体操。通常、京王ウオーキングは山坂が多く、滑り易いところに苦労していたので、トレッキングシューズに簡易アイゼンまで用意したが、どうも使う場所はなさそうだ。
ほとんど住宅地の中を通る道筋に公園が付着している。多摩平緑地通りには多摩平第六公園、野鳥の森公園と続き、一歩公園の中を歩くと木屑で整備された路は歩きやすく、オゾンがいっぱい。直射日光にもさらされず、軽やかなそよ風が心地よい。
日野税務署横を通ってふれあい橋で再び淺川を越えるともう高幡不動尊の裏門に出た。高幡不動尊は成田山と大山と並んで関東三大不動の一つとされ、今はアジサイ祭りたけなわ。3万坪といわれる境内には色とりどりのアジサイが今を盛りとばかり咲き誇っていた。
ここからゴールの京王高幡不動駅は目と鼻の先。無事到着してスタンプを貰い、完歩賞の「メジャースプーン」をいただき、解散した。
第222回【江古田から古寺めぐり】=約10㌔=
6月8日(土)有楽町線小竹向原駅4番出口からの道がわかりにくいということで、有志3人に案内に立ってもらう。
午前10時、向原公園に集合したのは、ゲストお一人を含めて44人。半年記念の講演会の出欠を尋ね、Y.Tさん指導の体操後、真夏の暑さを予感して出発。江古田駅前の浅間神社を過ぎ、西武池袋線をくぐる地下道を通る。この地下道を見落とした組は、遮断機の開くのを待って怒涛のように渡る。
線路沿いに「江古田のお稲荷さん」として有名な武蔵野稲荷神社へ参り、千川通りを渡り、北新井公園横を過ぎ目白通りを渡る。薄暗い市杵島神社を眺め、唐澤博物館を見上げて歩いていると、突然山のような人だかりが目に入った。なんと吾がGNPの面々ではないか。そこは山手食糧豊玉倉庫でお菓子の販売をしていて、またたくまにバーゲン会場のようになって奥から社員も出てきた。袋を手に下げたり、リュックを膨らませたりして、何事もなかったように進む。青い北江古田橋で水がちょっぴりしか流れていない江古田川を渡り、北江古田公園に着く。どういうわけか、中野区では「EGOTA」といい、練馬区では「EKODA」という。ここは遊水池になっており、隣接する鬱蒼とした森は昔中野病院があったそうだ。手付かずの林を一寸だけ通り、普通の道に出る。手入れの行き届いている東福寺の境内を抜け、中野区立歴史民族資料館に到着。ここには中野の風土と人々の暮らしをテーマとした展示があり、落ち着いた雰囲気。冷たい水をいただいて休憩、見学した。
沼袋駅の横の踏切を渡り、平和の森公園を抜ける。北野神社に参り、新井薬師公園を抜け、新井薬師の露店で金魚屋をひやかす。薬師銀座を少し通り左折。上高田地域センターを過ぎ左右と進み、宝泉寺を左に入り鄙びた寺町を巡る。正見寺の角の青原寺交番前を直進。東中野ギンザ通りを少し通って左折。やっとみどり公園に到着した。
軽く体操して解散。JR又は大江戸線の東中野駅、東西線落合駅、或いはお昼を食べにとそれぞれに消えていった。
◎第221回【大山周辺】 =約8㌔
6月1日(土)午前8時、小田急線新宿駅発車の小田原行急行に乗車したのは、代々木上原駅で乗車したものも入れて、丁度30人。伊勢原駅に9時1分に到着。バスが5分に発車ということで、そそくさと乗車したが、全員乗ることが出来ず、一部取り残し、 鳥居前バス停の一つ先で下車、歩き始めるが、後発組はそのまま大山ケーブル駅までバスに乗ったので、先発隊は途中で追い越され、「歩くために来たんだから歩くほうがいいよね!」などといいながら、大山宿坊街の階段を上り、大山ケーブル駅で合流。
団体割引を利用してケーブルに乗る。新緑に彩られた大山の見晴らしはケーブルカーからも見渡すことが出来た。阿夫利神社下社で下車、鳥居の前で打合せと体操。お土産屋さんから好奇の目で眺められ、中には一緒に身体を動かしていた店員さんも居た。
しばらくは緩やかな下りで快適な山道だったが、すぐに上りになり、息が切れてくる。上を向くと反って苦しくなるので、黙々と下を向いて歩いてもう止めたくなった頃、タイミングよく見晴台に到着。ここで昼食にする。ここから今来た道を引き返すという約10人の仲間と分かれて、九十九曲を歩く。下りばかりだが、足許はあまり芳しくなく、足の着地地点に注意しながら歩く。前日が雨だったり、天候が悪いとこんなにはうまく歩けないと幸運に感謝しながら歩いたが、それでも普通のアスファルト道に出た頃は膝ががくがくしてしまい、速く歩けない。
クアハウス山小屋の近くでは鱒釣りをしている団体客や幼稚園児の群れが居て賑やか。日向渓谷の流れや滝を見ながら薬師林道に入り、裏から日向薬師に到着。茅葺の本堂は珍しく、境内には樹齢800年といわれる二本杉が貫禄を見せ聳えていた。
小休止をしたあと、日向薬師バス停まで下るが、この参道がなかなか急。これを上るときの苦しさを想像しながら下ったバス停に都合よくバスが待機していてすぐに乗り込み、全員座ったまま伊勢原駅まで行き、ここで解散した。
◎第220回【赤羽から志村城址】=約9㌔=
5月25日(土)午前10時、分かりにくい集合場所のため南北線赤羽岩淵駅3番出口の交差点で案内が立つ。赤羽三公園に集合したのはゲスト1人を含めて45人。小田急の土休券配付や鳴門ウォークの会計報告・集金を済ませ、Y.Tさんの体操後早速歩き始める。宝憧院、JRガート下を過ぎ、赤羽緑道公園の緑陰でほっとする。体育館やお墓を横目に歩いているうちに、赤羽自然観察公園に到着。Aグループが園内を大回りしている間に、Bグループは小さな流れでめだかが泳ぐのを木橋で眺めながら渡り、キャンプ場で合流。出来るだけ手を加えないことを目的にしているそうで、何故か懐かしい風景があった。
善徳寺を過ぎ、桐ヶ丘中央公園を抜け、エントツを目印に左折。龍福寺、小豆沢神社に挨拶して小豆沢公園に入る。途中から裏の坂を下り、総泉寺の崖下にある薬師の泉庭園を抜ける。中山道を登り、志村坂上を過ぎ、志村一里塚の石垣を歩道橋から見下ろし、釣り人がいっぱいの見次公園を回る。常楽院は省略し、志村第三公園を掠め、大きな幼稚園が併設されている熊野神社を抜け、坂を降りて志村城山公園に到着。体操をして解散した。レストラン探しに志村坂上まで戻った人や我慢して志村三丁目から帰った人などさまざま。そろそろ暑さとの戦いが始まる頃になってきた。
◎第219回A【鳴門スリーデーウォーク】
5月16日(木)、総勢16人、羽田空港に集合。12時50分発のJAS175便で出発。定刻14時徳島空港に到着。ホテルバスでルネッサンスリゾートナルトに向う。荷物を置いて、早速、鳴門海峡展望台巡り。お茶園、千畳敷、孫崎、鳴門山と巡って、ホテルのレストラン「海風」で阿波尾鶏海鮮料理の夕食。
翌17日はホテルバスで黒山に向かい、路線バスで大鳴門橋を渡り、南淡ICで下車。大鳴門橋記念館まで歩く。ここで大半の人が人形浄瑠璃を観賞。その後、地元の無料シャトルバスに乗り、「道の駅うずしお」で下車。展望レストランで「びっくり丼」の昼食。再びシャトルバスで福良へ。福良港を10分間見学してシャトルバスで南淡ICまで乗り、今度は路線バスに乗り換え鳴門公園で下車。渦の道を通り、渦潮の真上に到着したのは14時50分。勇壮な渦潮のピークに間に合った。若干の自由時間の間に大塚美術館に入ったメンバーもあり、18時20分「鯛丸」からホテル前までバスが出迎え、乗車して「鳴門鯛活造りコース」の夕食。
千秋楽18日は9時ホテルバスで小鳴門橋バス停まで送ってもらい、路線バスで徳島へ。駅に荷物を預け、早速徳島城址へ向う。その後、眉山にケーブルでのぼり、10分間の展望を楽しんだ後、総本家橋本そば蔵で[阿波御膳]の昼食。徳島駅から路線バスで徳島空港に向かい、15時発JAS174便で帰京。定刻16時10分羽田に到着、全員無事に帰路についた。
◎第219回B【井の頭公園と深大寺を歩く】=約10キロ
5月18日(土)午前10時、京王線井の頭公園駅に集合したのは25人。今朝の天気予報では今日一日雨模様ということだったので集合した人数は、いつもよりいささか少ない。なかには、大きな傘を持参した人もいたようだ。
しかし、スタートの時は雨も上がり非常にラッキー。賑やかにお喋りしながらウォーキングを開始する。井の頭公園を通り抜けて一般道に出ると、道端に「花ぼうし」の花が何本か続き清純な雰囲気をかもし出している。
途中、門構えが特異な「山本有三記念館」を過ぎ、寄席で有名な「井心亭(セイシンテイ)」の向い側には「太宰治」の住居跡があり、見物の人が沢山いる。「禅林寺(松が多くあり「松の窪」とも呼ばれている)」なるお寺が見え、太宰治、森鴎外のお墓があるとの由。
「三鷹は著名な文学者が住んでいた所ですね」と妙に感心して歩いている人もいた。
緑の多い「連雀中央公園」を左に見ながら雨上がりで埃が立たない道を快適に歩く。東八道路をわたり、いよいよ「神代植物公園」へと入る。
雨上がりで新緑が素晴らしく、木の匂い、草の匂いがぷんぷんしている。武蔵野の面影を見ているようだ。「あじさい」は未だ蕾で時期が早い。森林浴をしながら歩き、「深大寺」に到着。早めだが、昼食に「深大寺そば」を食べるメンバーもいた。
「深大寺」を過ぎ、中央高速をくぐり、国道20号線,旧甲州街道を抜けるとしばらくで「京王多摩川駅」のゴールに到着した。スタンプを押し、小判のハンカチを参加賞に貰い解散した。
久しぶりに新緑を満喫し、満足したウォーキングだった。 [T.Y 記]
◎第218回【堀切菖蒲園から西亀有せせらぎ公園】=約9㌔=
5月11日(土)午前10時、袋橋公園(千代田線綾瀬駅徒歩2分)に集合したのは36人。打合せと歯切れのいい徳江さんの体操をした後、出発。
元隅田川は駐輪場になり古隅田川は自然再生地域とのこと。「元」と「古」の違いはよく分からないまま、小菅下水道処理場を利用した小菅東スポーツ公園に到着。狭いながらも日本庭園までも造られ、池には紫色の花が咲いていた。名札を見ると花菖蒲。地元のご老人の憩いの場所になっているようだ。
平和橋通りをしばらく歩き、堀切5丁目で右折すると京成堀切菖蒲園駅。菖蒲七福神が並んで迎えてくれた。堀切菖蒲園まではゆったりした歩道が整備され、沿道の家々では工夫を凝らした植木鉢に色とりどりの花が飾られ、目を楽しませてくれた。
園内で見学休憩。この休憩時間を利用して16日からの鳴門旅行の参加者が集まって打合せを実施。園内の花菖蒲、たった一輪咲いていただけで、盛りはまだ。
落胆しながら小さな路地を通って堀切四季のみちへ出る。街灯がこけし人形風に工夫され、整備された歩道だが、人があまり通らないせいか、所々にこけが生え、滑りやすそうだ。西光寺横を通ってみどりの散歩道を歩き、お花茶屋駅脇を横断して曳舟川親水公園に入る。
直線約3キロの細長い公園には小さな田んぼが作られ、教材用に稲作が出来るようだ。浅い流れには、当時曳かれた小舟や曳いている人、鷹狩の模様などのレプリカが配置され、水遊びも出来そう。途中にバラ園があり、丁度見ごろ。ただ立札があり、このバラを切り取っていく不届き者がいるらしいことを知り、悲しくなる。
上千葉砂原公園でトイレ休憩。道路や信号の交通指導やポニーの乗馬、小動物との交流なども出来るようになっており、子供達が大勢いる。
西亀有せせらぎ公園、藤塚東・西公園、砂原第二公園、下河原公園、交通公園と公園のはしごをしながらゴールも東綾瀬公園。
足立区から葛飾区を半周したような半日。どぶ川や水路が暗渠になって公園や遊歩道になったり、きれいに整備された小川になったり、工夫された環境造りを満喫したウォーキングだった。
◎第217回【石神井川を辿って石神井公園へ】 =約12㌔=
連休の中日、5月4日(土)は爽やかな五月晴れに恵まれ、気温も快適。有楽町線氷川台駅から集合場所の高稲荷公園へ石神井川に沿って歩き始めるが、結構時間がかかる。途中行き止まりのような廃屋にぶつかるが、道が堤防を膨らませて作ってあった。人も住んでいない家屋のために相当な予算超過が生じたようだ。
午前10時、公園で体操をしたあと、早速出発。あまり快適な遊歩道とはいえないが、それでも沿道の家々が丹精を込めて色とりどりの花々を育てているようで、いっせいに咲きそろっている花の名前を探りながら歩けるのは気持がいい。
豊島園の正面を通ったが、流石に人出が多く窓口に行列が出来ていた。無料の向山庭園に入り、しっとりした和風庭園の静かさをちょっぴり味わい、向山公園で休憩。
住宅街を通り抜け、再び石神井川遊歩道を歩く。目白通りが工事中のため、迂回して三度び遊歩道に戻り、西武池袋線の練馬高野台横を通り抜ける。川沿いはテラスで水際を歩け、環八通りは珍しく道の下を通れるようになっていて、横断に苦労しなかった。
山下橋で石神井川を離れ、すぐに和田堀緑道に入るともう石神井池。ボート客も並んでいるほどの盛況。のんびり散策している大人や、水遊びをしている子供達を眺めながら高い木立の中を長い石神井池の横を通り、今度は三宝寺池に向う。左手の小高い丘は石神井城址とのこと。かつての栄華を偲びながら上がってみてまた池に戻るが、この池、井の頭池と善福寺池と並ぶ武蔵野三大湧水池の一つ。
コナラやクヌギなどの雑木林の中の散策路を歩いているとなかなか優雅。キャンバスに向い筆を走らせている人も結構いた。浮見堂から蓮の花も眺められ、野鳥や水鳥に同化したような気持になって初夏の新緑を堪能しながら一周して解散。三々五々、石神井公園駅にむかった。
◎第216回【バラ観賞小石川植物園・日比谷公園】=約11㌔
4月27日(土)午前9時30分、竹早公園に集合したのは45人。簡単な打合せと入念なストレッチ体操をした後、小石川植物園に向う。入口で手続をした後、団体で入場。330円の入場料が220円で済んだ。
園内見学はフリー。100円で地図を買って歩き始める。つつじはほぼ咲き終わり、低く地面に着きそうなふじの花も色が褪せていた。「ハンカチの木」が話題になって木の下に皆がぞろぞろと集まる。高いところに大きな白い花が見えた。地面に落ちていたのをよく見ると2枚のガクと緑色の芯(実は花)。ハンカチのように見えるのはガクだった。可憐なタンポポも道端に咲いていたが、ここのは珍しく在来種。外来種に席巻され今ではほとんど見ることが出来ないそうである。約30分だったが東京のど真ん中に武蔵野の面影をそのまま残した風情が残っているのは貴重だ。
伝通院、慈眼院をみて、こんにゃくえんまに入る。塩爺ならぬ塩地蔵があり、見る影もない塩の塊になっていたが、患部の塩を取り、自分の患部に当てると治るそうである。よっぽど頭部を取ろうとしたが、とりあえずの患部は膝。少し真似事をしたが、見る見るうちに痛みが治まり、歩き易くなった(?)。
東京ドームの近くで躓いて転んだ人もいたようだが、経過は良好。いずれにしても転ぶのはよくない。足許には十分気をつけよう。小石川橋を渡り、九段北1丁目を右折して田安門から北の丸公園に入る。
今まであまり奥へ入ったことはなかったが、回り道をして高台にあがると丁度千鳥ヶ淵の対岸にあたり、抜群の風景。桜時にもう一度来てみたい。北桔橋門から皇居東御苑に入り、自由見学。何時入っても落ち着いた雰囲気で、別世界に紛れ込んだような気分。新緑の若々しさが木々にみなぎり、道行く人もそぞろ歩き。流石にウォーキング気分を押えて散策。
大手門から出て皇居前の砂利道は思い切って早歩き。ジャリジャリと音が出るのでスピード感を味わう。またたくまにゴールの日比谷公園に到着。バラの盛大な出迎えを期待していたが、ここ2,3日の冷え込みが利いたのか、ニ分咲きというところ。ポピーがけしの花の一種などということを教えられ、初歩的なことに感心した。涼しさのせいか、結構歩いたにもかかわらず、汗もほとんどかかず、無事終了、解散した。
◎第215回【羊山公園と芦ヶ久保果樹公園村訪問】
4月20日(土)、高田馬場から乗り換え乗り換え、約2時間かけて午前11時4分、西武秩父駅に到着した。もう先着組がいた。本日の参加者は44人。駅前で打合せと体操をして出発。下見もしないで簡単な地図を頼りに歩き始め、早速、まっすぐ行くところを右に曲がってしまい、少し遠回りして牧水の滝にでる。案内板に導かれて西武線をくぐり、羊山公園の芝桜を求めて歩く。うんざりし始めた頃、前方で歓声が揚がる。ピンク色が見え、目的の芝桜が一面に広がった。早速座り込んで芝桜を観賞しながら、昼食にありつく。白や赤のじゅうたんが丹精こめて育てられているのには感心したが、その香りにはちょっと閉口。
コースを短縮して、牧水の滝から直接法長寺に向う。姿の池を右にまわり、横瀬駅を過ぎ、明智寺に参り、7番の法長寺を過ぎ、迷いながら6番のト雲寺に着く。
ここからはハイキングコース。どこまで続くか分からないけれど戻るわけにもいかず、上るしかない、と、延々と山道を登る。声も出なくなった頃、上からの声に釣られて上り切ると、ぱっと視界が開け、涼風が吹き抜けた。やっと人心地つく。牧場で数人が仕事していた。「高原パーク横瀬」を確認して、あしがくぼ果樹公園村を目指す。車が通れる林道を少し行くと「→芦ヶ久保駅」の案内があったので、それに従い細い道に入る。まもなくすごい下り坂になり、小川を渡り、また上ると、突然緑色の大仏が出現。ここはどこと戸惑っていると、電車の音が聞こえた。もう、駅の近くまで来ていたわけだ。とにかく駅に向う。これまたすごい下りで、靴の先が詰まって痛い。それならと後ろ向きに下りてみたらこれがいい感じ。ふくらはぎが伸びてストレッチしているよう。
果樹公園等への案内板を振り返り、また下る。白ひげ神社に着くと、駅は川むこうの高いところにあった。横瀬川を渡り、また急階段を上って、やっと芦ヶ久保駅に到着。大きな案内図で「風の道」という別の道で下りて来たことを知った。途中でアイスクリームを食べてきたグループがいて、羨ましがっている人もいた。特急電車は満席で、ほとんど急行で帰った。Cグループは横瀬駅から特急に乗ったとか。花と新緑と涼風の秩父ハイキングだった。=約12㌔=
◎第214回【多摩の公園とポンポコ山の桜を見る】
(第1回京王沿線ウォーキング)=約8㌔=
4月13日(土)午前9時30分、京王線聖蹟桜ヶ丘駅に集合したのは、45人。第1回目ということで、住所と名前を登録。早速歩き始め、多摩川の支流、淺川の川辺に広がる一宮公園で、打合せと体操。
公園の中では整然と赤、黄、青と原色そのまま咲き誇るチューリップが見事。ただどういうわけか茎が短く、何だか短足の感じ。これは今年の異常気候で花だけは早く開いてしまったが、茎の成長が追いつかなかったせいかもしれない。
まだ完成して3年ほどの府中四谷橋、一見、ハープを思わせるたくさんのワイヤーで吊るされた橋で見た目にも美しく感じる。ここから左折して一般道に入り、京王線のガードをくぐり、宝蔵橋から大栗川の川辺を歩く。新緑に映えた川辺は雑草といえども活き活きしており、気持がいい。
桜並木が続き、平年なら丁度見ごろの時期なのに今年は完全に葉桜。2週間も早くなった今年の季節感。確かにどこかおかしい。階段を上がった先が大塚公園。ここで休憩。
東中野公園を通り抜け、いよいよポンポコ山に入るが、ここは唐木田の道というのが正式名称らしい。今は府中ゴルフ場にへばりついて出来ているように見えるが、古くは生活道路として使用されていたようだ。
坂道には階段が整備され、歩きやすいように見えるが、上り切ってこれで下りだと安心していると今度はまた上りの階段。それが「見晴らしの広場」「寺の入の湧き水」「展望台」「カブトムシの森」「砦山」「お花見広場」「尾根の道」「百本シダレ」「ヤエザクラの原っぱ」と続くので、足のほうがいい加減に嫌がってしまう。横に一般道が続くだけに、たった1.8キロの道程なのに疲れが出てどんどん先頭から離されてしまった。
やっと別所公園にたどり着き、せせらぎ緑道に出たときには、その疲れも安らぎ、ゴールの京王堀ノ内駅に到着、スタンプカード入れとしおりを貰い解散した。
◎第213回【五日市の古寺めぐり】=約12㌔=
4月6日(土)午前11時、久しぶりの自主企画で、JR武蔵五日市駅に集合したのは37人。駅前で体操をした後、スタート。
檜原街道をしばらく歩き、右折。この右折をトップグループは間違えてしまい引き返したため、Bグループと一緒に歩いて「あきる野市」の謂れとなった阿伎留神社に到着。平安時代の文献にも載っている古社でなかなかの風情がある。
石段で下って小和田橋で秋川を渡り、広徳寺に向う。桜並木はすっかり葉桜に変わりもう初夏の様相。江戸時代のままといわれる重厚な山門をくぐると目の前に2本の銀杏の大木、圧倒される佇まいだ。本堂裏手のタラヨウの老木も貫禄があり、茅葺の庫裏の北にはカヤの大木があり、この大木を眺めながら広場でお弁当を開く。
ここから下って佳月橋を渡り、五日市憲法の碑、開光院を見る予定であったが、Aグループは会長のせいで道を間違え、遠回りして五日市郷土館に直接到着。屋根裏で蚕を飼ってたといわれる古民家を見学。時ならぬ大勢の見学者に係の人は大童で説明をしてくれた。
裏道を歩いて3度目の秋川越えは西秋川橋。戸倉で左折して野崎酒造の蔵を横目に見て右折して大桜通りに入り、しばらく急坂を上り、光巌寺に到着した。
目的は根回り5メートルあまりといわれる白山桜。満開に咲き誇る山桜は、一本の木としては壮観である。約400年間、脈々と毎年花を咲かせていたと考えると落ち着きを失ってしまうぐらい見つめてしまった。
光巌寺からすぐ隣のように見える三嶋神社、実はいったん下って石段を100段余り上がらなくてはならない。辟易して階段下で休憩していた人もいたが、上ってみると古めかしい社が二つ建ち並び、杉の小枝が風に折れたのか境内に折り重なるように落ちている様、周りに人気がないだけ深閑としていい雰囲気だ。
ここから普光寺に行く積りだったが、時間が少し遅くなったので、檜原街道に戻り、街道を直進。小中野にある有名な黒茶屋でコーヒータイム。1時間近く歓談をしたあと、歩いて武蔵五日市駅にゴール。解散した。
◎第212回【桜並木の散歩道】
(JR駅からハイキングNO.37)=約8㌔=
3月30日(土)午前9時30分、JR目白駅に集合したのは47人。受付を済まして地図とリボンをいただいて早速出発したが、何か物足らない。
原因はうっかりした会長がリュックを取り違えて会報の入っていないほうを担いできたためだ。おかげで会長、何の役にも立たなくて重いだけの重荷を背負って歩くことになった。まるで人生を背負っているような気分。
会報を配布しないまま、目白通りを歩き、明治通りを渡り、宿坂通りに入り、神田川に辿り着く。ここからしばらく神田川遊歩道の桜並木を楽しむが、もうほとんど葉桜になり、新江戸川公園で打合せと体操。園内は完全に新緑の候。瑞々しく若々しい緑が鮮やかだった。
江戸川橋までそぞろ歩きで江戸川公園を縦断し、ここで右折、神田川に別れを告げて地蔵通り商店街に入る。水道町で右折、赤城坂を上り、赤城神社で形だけ拝み、神楽坂上から下まで神楽坂を下り、牛込橋を渡る。
このたもとに古色蒼然とした石垣があったが、これは、江戸城外郭門の一つ、牛込見附の一部とのこと。早稲田通りをしばらく歩き、田安門で右折して靖国神社に入る。例年だとお花見の真っ最中、人込みで動けなくなるような時期のはずだが、今年はもう落ち着いた雰囲気。花見客の姿はほとんどなく、出店の活気はすでに影を潜めていた。外堀公園を少し歩いてゴールの市ヶ谷駅に到着、解散した。ツツジやシャガも咲いて若緑も輝き、初夏のようだった。
◎第211回A【お鷹の道と下河原緑道】
(JR駅からハイキングNO.14)=約11キロ=
3月23日午前9時30分、JR国分寺に35人が集合。前日までの温かさに比べいささか寒い朝。午後の予定があるので、皆さんより一足先に出発した。駅からしばらく住宅街を歩いていると、「お鷹の道入口」という案内板がかかっていて、これからいよいよウォーキンク゛本番という感じがしてきた。「お鷹の道」は尾張徳川侯のお鷹場があったために、この名がついたとのこと。脇には奇麗な水が流れ、「蛍のいる川」という看板があった。昔、わたしが幼かった頃は蛍なんかどこにでもいたのになあと、豊かになった現在ではあるけど、失ったものも少なくないことをちょっぴり考えた。それはともかく、小川は両脇が白木の杭で作られている。普通の川がコンクリートで固められているのに比べなかなか風情がある。
「お鷹の道」をしばらく行くと右に入る道があり、これが「真姿の池」に行く道。そこには崖があり、崖下から滾々と水が湧いている。ポリタンクに水を汲んでいる人もいた。飲めるのなら飲んでみようとしたが、「生水は飲まないで下さい」とあった。
「お鷹の道」の終点に現在の国分寺がある。そこから少し行くと国分寺七重塔の遺跡があった。とすると、この間はすべて昔の国分寺の敷地という事になり、在りし日の国分寺はさぞかし広大なものだったろうと思う。
国分寺遺跡から府中市民球場までの間には府中刑務所の高い塀が続く。そんな周辺にもけっこう民家やマンションが建っている。「どんな気持でそういう所に住んでいるのかな」と、少し不思議な気がした。また、球場までの道には満開の桜が続いていた。この辺りでGNPのA班に抜かれた。
球場を過ぎると下河原緑道に入る。「緑道」の説明を読むと、これは昔のJRの線路跡とのこと。普通の緑道は河川を暗渠化した跡だから、この下河原緑道はきわめて珍しい例だ。そのせいか、緑道の両脇に普通の道が並行していた。
緑道が終わると「いこいの森」に着く。11時10分頃だったが、ここを過ぎると食事をするところがなさそうなので、公園の中でお弁当をひろげた。しかし、寒い。雨は降っていないが、天気予報と違って、お天気にはならない。ここで用意のチョッキを着込むことにした。
弁当を終えて、後は終点へ一直線。ゴールはサントリー工場の中にあり、ビールが振る舞われたそうだが、アルコールには関心がないので、サントリー工場前は素通りして、府中本町駅へ向かった。
ところが、終点でちょっと道に迷う。私の前を駅からウォークの目印をつけた人が歩いているので、その人の後をついて行くと、着いたところは予定にない大国魂神社。どうも別のグループらしい。お陰で一つ余分に見たことになる。手近な人に府中本町駅に行く道を聞いて、駅にたどり着いたのはちょうど12時頃だった。
本日を総括すると、桜は見事だったが、意外に寒かったという事になろうか。 (M.S記)
面影残る旧取手本陣
◎第211回B【水戸街道 将門伝説を訪ねて】
(JR駅からハイキングNO.35)=約8㌔=
3月24日(日)午前9時30分、JR取手駅東口に集合したのは4人。のんびりムードで光明寺、金門酒造、取手緑地運動公園、旧取手宿本陣、長禅寺、田中酒造と歩き、取手駅にゴールしたのは11時半。一般道が多く、しかも歩道がないため、自動車が通るたびに小さくなったりして、あまり満足したコースではなかった。わずかに旧取手本陣に昔の面影が残っていた。記念メダルを貰い、食事をして解散した。
◎第210回B【原宿青山都心流自然散歩】=約8キロ
3月16日(土)午前10時、千駄ヶ谷駅に集まったのはB班4名、C班3名(他のGNPの方はすでにスタートされたらしい)。
文字通りの春うららのウォーキング日和、スタートも30分遅いせいか混雑もない。国立能楽堂の後側の住宅街を通って、すぐ鳩森八幡神社。ここは枝垂れ桜が見事! この道はGNPで新宿御苑へ行った時の「いつか来た道」を反対に歩いているのだと気づく。
都営霞ヶ丘団地、国学院校舎、青山熊野神社と大きい建物があるのに、狭くて古い落ちついた道である。ブラジル大使館を過ぎたら外苑西通りを歩道橋で渡って、ここもいつか来た道、旧渋谷川遊歩道を歩く。狭い道に面白味が一杯でキョロキョロ!
コンクリートの割れ目に可憐なスミレ。摩訶不思議な面白おかしい変った建物。何故かわからないけど道端にズラーッと並んで座している若者。古い家並の中に突然の高層マンション建設と建設反対の看板etc.
表参道に出てハナエモリビルを右折。骨董通りを通り抜け、左折して岡本太郎記念館へ。庭に多数の巨大な岡本芸術が展示してある。どれも何だか童子の可愛らしさを感じて、庭だけで満足。本日の一番である。青山霊園の桜は残念ながらまだまだ莟が硬い。
青山いちょう並木は緑陰や黄金色の並木とは想像も出来ない風景だった。ただ濃い茶色でゴツゴツと荒々しい巨木が真っ直ぐに鋭く天を突いている様子に息をのんだ。この裸の大木に早く若葉の柔らかい衣をきせたいもの。
外苑を右にまわって、紅枝垂れ桜の下を信濃町駅へ。
ゆっくりと2時間位の楽しいウォーキングだった。 (T.M記)
◎第210回A【長沼からめじろ台花探し】
(第8回京王沿線ウォーキング)=約11㌔=
3月16日(土)午前9時30分、京王線長沼駅に集合したのは29名。受付でそれぞれコースマップを貰った。前日の初夏のような陽気とは変り、気温がぐーんと下がり、寒いくらいだった。駅の周辺には適当な場所がないため、コースの約1キロ先の長沼公園へ向かった。程なく雑木林の中の登り道に入ったが、何時も平坦な道を歩き慣れている者にとっては、一寸歩き辛くなってきたため、急遽変更し、坂道途中の適当な場所でウォーミングアップをして出発した。
20分程行くと、山道も終わり、野猿街道沿いを歩き、打越弁天を参拝。その後、北野天満宮を通り閑静な住宅街を抜け、八王子医療刑務所前の信号を左折し、片倉城跡公園で小休止。園内にはカタクリの花がいっぱい咲いていた。湯殿川の風原橋を渡り、稲荷神社前を通り、北野街道へ出ると遥か前方に雪を冠った富士山が眺められた。
少し行くと街道沿い右手に入った所に小さな牧場があり、磯沼ミルクファミリーパークと称し、牛乳で創ったアイスクリームやヨーグルト等を販売していた。童心に返り、皆でアイスクリームを食べながら歩いた。最後の名所、五重の塔や全国一の達磨像がある雲龍寺、ここを見学した人達もいた。
12時、解散場所のめじろ台駅に到着。今日のウォーキングは、いきなり山道に入ったが、ウグイスの鳴き声を聞き、水が温んだ湯殿川ではたくさんの鯉が泳ぎ、家々の庭には白い辛夷の花、鮮やかな黄色の連翹等、色とりどりの花が咲き、春を満喫。絶好のウォーキング日和だった。 (H.W記)
◎第209回【高円寺・阿佐ヶ谷 うららか春散歩】
3月9日午前9時30分、JR高円寺駅に集合。余り長い間駅にたむろするのは迷惑なので、蚕糸の森公園で落ち合うことにして、そそくさと高円寺駅を後にする。
「高円寺」というお寺に突き当たって右折、桃園川緑道に出て左に進む。排気ガス一杯の環7を南下して青梅街道を渡り、蚕糸の森公園に到着。M.Nさんに後着組のため入口で旗を持って待ってもらった。Bグループの到着を待って打合せとY.Tさんの先導で体操を済ませた。そこへCグループの大半が反対側から揃って到着。地下鉄で来たとか。本日の出席者は43人となった。
再び環7を南下して妙法寺信号を渡り、何度か行ったことがある堀之内斎場を左折。五日市街道に出てまた青梅街道を歩く。ルック商店街を抜けてまた桃園川緑道を通り、旧馬橋で緑道を離れる。ここで女の子に声をかけられ、びっくり。よく聞くと「駅からハイキング」の企画者、「散歩の達人」も発行している交通新聞社の担当者だった。団体で疾風のように歩くGNP一行の姿が前々から気になっていたとのこと。名前だけ名乗り上げ、そそくさと歩き始め、馬橋稲荷神社へ。中央線をくぐり阿佐ヶ谷駅の手前を右に折れ神明宮を左、すぐ中杉通りに出て左折、杉並区役所を過ぎ南阿佐ヶ谷駅前を右折。ごみごみした青梅街道を進む。
荻窪体育館で休憩中のCグループと会い、お菓子を貰って先を急ぐ。Aグループは横目だけで見て通り過ぎた太田黒公園にBグループのほとんどは立寄ったとのこと。
杉並区が太田黒元雄氏の遺族から寄付を受け、昭和56年に屋敷跡を日本庭園として開園したもの。立ち寄った人の話によると、イチョウ並木、数奇屋造りの茶室、昭和8年に建てられたレンガ色の洋館の仕事部屋などが保存されており、冬枯れの木立の中に柔かな緑が芽吹き、大きな鯉が泳ぐ池となだらかな芝生。NHKの「話の泉」でしか知らなかったけどすごい家に住んでおられたんだとびっくりしたそうである。
閑静な住宅地から角を一つ曲がると賑やかな荻窪駅南口に到着。階段を降りてスタンプとバッジを貰って解散。もくれんも桜も咲いていて、4月に入ったような陽気。今日は結構汗をかいた。
◎第208回【品川宿 旧東海道を歩く】=約8㌔=
3月2日(土)午前9時30分、JR品川駅中央改札口集合したのは、予定して申し込んだ48人にピッタリ。受付を済まして早速、高輪口から歩き始める。
鉄道を跨ぐ新八つ山橋を渡り、北品川交差点で左折して旧東海道に入り、品川本陣跡といわれる聖跡公園で打合せと体操を実施した。
その後、街道を離れ、富士塚の残っている品川神社に立ち寄り、子供の森公園から目黒川沿いに再び東に向かい荏原神社から旧東海道に入る。ほんのちょっと歩いて再び右折して高村智恵子終焉の地へ。碑には「レモンの詩」が刻まれ、その前にレモンが3篭供えられているのが印象的だった。
大井町駅に向う直前、ゼームス坂上で左折、三度び、旧東海道に入り、品川区内最古の寺院といわれる品川寺を眺めながら歩く。ここでも街道はほんのちょっとだけ歩いただけで三度び右折。仙台坂トンネルの上に出て左折して大井公園で休憩。
ここには土佐藩15代藩主山内容堂の墓があるそうだが、現在閉鎖中で中には入れなかった。休憩の後、そのまま第一京浜を南下するが、車が多く排気ガスをまともに受けながら歩くのは気持よくない。
立会橋で右折。ふれあい通りに入り、南大井4、5で右折。大井水神公園をチラッと眺め、加島神社前で右折、品川歴史館前に出た。品川宿の復元模型などがあるこの歴史館、以前の例会で入った覚えがあるので、省略して池上通りを北進。無事、大井町駅にゴールして、記念バッジとスタンプを貰い解散した。
スタンプ帳、すでに20回に達しそうな会員も出てきて疎かに出来なくなったようだ。
◎第207回【渋谷から新宿梅探し】
(第7回京王沿線ウォーキング)=約10㌔=
2月23日(土)午前9時30分、京王井の頭線渋谷駅に集合したのは、44人。受付を済まし、早速、道玄坂の雑踏を通り抜け、狭い道をたどり何回か入ったことのある鍋島松涛公園で打合せと体操。Y.Tさんの先導はだんだん堂に入り、目に見えて体が軽くなる。
何となくローソンが目印で右に曲がったり左に曲がったりしているうちに広大な都立代々木公園に辿り着き、真紅の梅と白梅が対照を成して真っ盛り。思わず香りを味わい幸せな気分になる。続いていつも清掃の行き届いている玉砂利の道を踏みしめ、明治神宮参拝。横から抜けると閑静な大木に囲まれ、何時歩いても気持のいい神宮の森を歩き参宮橋口から外に出て、日本画家の菱田春草終焉の地、小学唱歌「春の小川」などの作詞で有名な高野辰之住居跡を巡るため寄り道をしながら甲州街道に着く。
そのちょっと前にある箒銀杏、葉のない今頃の姿、正に箒を逆さに立てかけたような異様だった。甲州街道を渡り、新宿中央公園横を歩き、何故か公園内を通らなかったが、後で聞くと爆弾騒ぎがあって危険があってはとの主催者の判断だったようだ。京王プラザ横をわざわざ通り、京王新宿駅にゴール。
参加賞としてビニールシートを頂き、6回参加した人には色鮮やかなバンダナを頂き、ちょっとした余禄に顔をほころばせて解散した。
ピンクと白の花霞み
◎第207回B【湯河原梅林探索ウォーク】=約11㌔=
湯河原幕山公園ウォークは、コースはみかん畑の坂道コースでしたが、見晴らしも良く花が色々咲いていて、桜も咲いていました。車も余り通らないので気持ち良く歩けます。幕山公園近くでGNPのS.Hさん御夫妻とすれ違い挨拶を交わしました。
公園に着くと人人で溢れていましたが、梅の花は満開で下の方から見上げると山の裾野から中腹にかけてピンクと白の花霞でとても綺麗です。ここで一休みと昼食にして持参のお握りとインスタントコーヒーを入れてゆっくり梅花見としゃれ込みました。
戻りコースの道には所々農家の無人店が出してあって蜜柑や八朔、黄金蜜柑(見た目は金柑より少し大きくレモン色で味はシークァーサ-のように爽やかな酸味と甘み)や野菜等が出ていて、私も静岡菜と書かれていましたが、私の田舎では折菜と言っている菜の花、残り3束しか無かったのを全部買い占めて、其れから取りたて里芋を1袋を買いました。(重いのもなんのその・・・)
ゴールに着いたのは1時50分過ぎ、ここも人でごった返していましたが、スタンプを押してもらい、参加賞のバッジを貰い、去年のスタンプ帳のスタンプ7個の賞品を貰いました。
会場は地元の商店街の出店が立ち並びお土産の鯵の干物、カマスの干物を買い、普段は1,500円するという一日温泉がJRちー旅参加の人は500円で入れるというので温泉に浸かって帰る事にしました。
温泉も人で一杯でしたが、でもまあ温泉です。疲れが取れました。結構楽しんで来ました。
(M.N記)
◎第206回A【ファミリーウォークIN幕張】
(第2回Japanドラッグストアショー イベント)
2月16日(土)午前9時、幕張メッセ・ドラッグストアショー受付横に集合したのは14人。ガムやスポーツドリンクの差し入れを受け、コース図を貰い、ネイチャーウォーク15キロコースに参加した。
この日は天候に恵まれ、雲ひとつ探すことが出来ないほどの快晴。コースは単純で幕張海浜公園まで東進。そこから北上して高速道路をくぐってすぐ今度は西進、谷津干潟までほとんど直進。自然観察センター前で休憩した。
途中折角の公園もあったが中に入らず、コンクリート道を歩き風情がない。それでも中学生の全校マラソンの一群に会い、若くて溌剌としたものや、もう自分の身体を持て余し歩くように走っている連中に将来の姿を垣間見たりして結構楽しかった。
帰りは高速道路とJRをくぐりぬけたあと、自動車の走る大通りを東進、幕張メッセまでただただ直進。
ゴールに到着してドラッグストアショーの紙袋を頂き、ほとんど全員が中に入り、いろんなショーを見ながら景品を頂いたり、スタンプラリーに参加して賞品をもらったり、いろんな余禄に恵まれ、いい気持になって帰途についた。
梅ほころぶ各寺の庭
◎第206回B【新宿の歴史発見ウォーク】=約8㌔=
2月16日、9時30分、真冬にしては暖かい日和りに恵まれて四ツ谷駅に集まったのは、思いがけず34名も。スタート後四ツ谷見附の碑付近でH.Wさんの指導で体操の後出発。
三栄通りを通って新宿歴史博物館に向かう。そそくさと見学後、津の守坂を経て甲州街道を横断、狭い道を車に気を使いながら歩くが、寺の多いのに気が付く。各寺に梅がほころびていて、梅林とはまた異なる風情があり春の気配が感じられる。
とりわけ、法恩寺のしだれ紅梅は見事で、漂う梅の香りが心地よい。須賀神社を通って、お岩さんを弔ったという陽雲寺を訪れ、大きなお岩さんの石碑に手を合わせる。
四ツ谷怪談を演じた俳優の名を刻んだ石碑が並ぶ隣接するお岩稲荷から、再三甲州街道を横切り、笹寺という名のある長善寺を経て外苑西通りに出ると新宿御苑が目の前に。御苑の縁りに沿って歩き「内藤新宿」由来の高遠藩内藤家所縁の太宗寺に立ち寄る。暫時、新宿の歴史を偲んだ後、新宿新南口にたどりつき解散する。 (K.S記)
◎第205回B【おばあちゃんの原宿 巣鴨を歩く】
(JR駅からハイキングNO.30)
2月9日(土)、A.M10時、N.Tさんと一緒に受付を済ませてJR巣鴨駅よりアーケードを通りとげぬき地蔵に向け歩き始めた。歩行距離7.5kmと少ないので気分的に楽である。
途中、アーケードの中、洋品店、薬屋、八百屋さんと軒を並べ、物価の安さにびっくり。何mも歩かないうちに足を止め、つい買物をしてしまう。「これでは先が思いやられるわね」と言いながら……。
再び歩き始め、やっとのことで、とげぬき地蔵に到着した。とても賑わっている。お地蔵様のご本尊を体の治したい部分と同じところを洗うと、病のトゲが抜けるとされているそうだ。
そこより巣鴨庚申塚、そして近藤勇の墓を通り、板橋駅に出る。板橋駅から遊歩道を気分よく歩き、仲宿商店街に出る。巣鴨と違い少々おすましで整然とした街並を歩く。GNPで数回歩いた石神井川を横断する。縁切り榎前に出る。この榎に祈ると男女の縁が切れると言われているが、「縁は切りたくないわね」とお互いに言いながら早々に通り抜ける。
そこを右に折れ、かの有名な帝京中、高校の前を通り過ぎ、細い道を抜ける。細い道なのに車がよく通る。抜け道なのかもしれない。すぐに455線に出て、最終地点、JR十条駅に到着。スタンプ、メダルを頂き帰路についた。
風は少し冷たかったけど、快適な日和だった。
[K.T 記]
◎第204回【妙正寺池から善福寺池】=約11㌔=
2月2日(土)午後1時、井草森公園に集合したのは、ゲストお一人を入れて46人。曇天の予想が外れ、快適なウォーキング日和。体操を十分に実施してから出発。
西武新宿線井荻駅西側にある可愛い踏切を渡って遊歩道に入る。かつて川が流れていたのであろうか。曲がりくねった小道はコンクリート敷きだが、自転車も通さないようにしているためか、歩きやすい。ところどころで梅もほころび、もう春の気配を感じる。またたくまに妙正寺公園に着くが、陽気のせいか、子供連れの人出が多く、活気に満ちて池の中には鴨が屯していた。
裏門から妙正寺に入り表門から出る。しばらく直線になった道路を歩くが、途中に梅園があり、ことに紅梅が見事に開花していた。荻窪病院前で右折、突き当たりに観泉寺があるが、ここは今川家の菩提寺。そういえばここは今川町。なかなかの格式だ。
しばらく行くと今度はどんぐり山児童遊園。思ったより小さい公園だ。レンガ敷きの遊歩道を通り、都立杉並工業高校に突き当たり青梅街道を渡ると井草八幡宮。ヒノキやケヤキ、それにクスノキなど大木に覆われ、なかなかの風情。道に迷いそうになったが、無事、善福寺公園に到着。ここで休憩した。
10分後、東京女子大学横を通り、善福寺川を渡り、住宅地の中を通り、荻窪八幡神社の裏口から中に入ったが、ここは小さい神社。チラッと見ただけで、環八通りを歩道橋で渡り、到着したところが杉並公会堂。ここで整理体操をした後、解散した。
◎第201回【東大島から亀戸天神、錦糸町】
2002年1月12日(土)午後1時30分、B2班によって準備の整った東大島文化センターに集合したのは55人。まず総会を実施、開会の挨拶に引き続き、昨年の行事結果報告。この行事の下見に参加した44人の方にささやかなプレゼント(マツモトキヨシプリペードカード)を贈った。ついで収支報告、監査報告を行った後、本年度の役員及び予算案の承認を受け、本年度の行事予定を発表した。
続いて国立健康栄養研究所からの依頼事項について該当者に連絡し、総会は無事終了し、GNP5年目のスタートを切った。
文化センターの前庭で久しぶりにU先生の掛け声でストレッチ体操を行って身も軽々、勢いよく丸八通りを亀戸中央公園目指して歩く。公園の南端では区の花「さざんか」が満開、色とりどりの山茶花は冬空を和ませてくれる。
恒例の七福神コースは香取神社、普門院、亀戸天神社だけにして亀戸天神で休憩。亀も戻っている亀戸天神。梅もちらほら、わずかに昔の風情が戻ってきた。そのあと大横川親水公園を通り、アルカタワーズ錦糸町を横目に見ながら錦糸町駅前に到着、ここで解散した=約7㌔=。
◎番外【若洲で初日の出】=約11㌔=
2002年1月1日(火)午前5時30分、JR新木場駅に集合したのは意外に少なく8人。天気予報によると今年の初日の出は曇り空とのことで敬遠されたのが響く。
真っ暗な中を若洲海浜公園に向かって歩くが、車が案外多い。ゴルフ場横に出た頃には車は数珠繋ぎ。わがグループの歩行速度よりも遅くなっている。通常ならゴルフ場から現場に向かうところだったが、時間があったので突端まで歩くことにする。
歩いて向かっているのはどうも我々だけのようだ。車で来た者達は若者ばかり。初日の出見物とは案外健全な連中かもしれない。皆さん静かだ。突端にはすでにたくさんの人たちが屯していたが、いつもの場所まで先を急ぐ。
6時50分、すっかり明るくなってきたが、東の空は雲が深く、水鳥も静かだ。
日の出の前兆、雲が橙色に輝き始めたが、それにも増して雲が深くなる。凝視している間に顔を出すかと期待したが、うまく行かないうちに日の出予定時間を過ぎてしまった。
用意したお酒で祝杯をあげ、新年の幸運を皆で祝った。それでも雲の上にあがった太陽が輝きはじめ、もう凝視できない形になったところで歓声を上げ、帰路についた。
思ったよりも今年の元旦、冷たくもなく、寒くもなく穏やかに始り、今年の運勢は小吉と出た。
12月23日午後1時、150回目を記念し、新設されたカメリア・ホール(亀戸文化センター)6階の第1和室で納会。直接納会にだけ出席した人も含めて、本日の出席者は67人。B1グループが世話役となり、弁当や果物、それに亀戸の名物「まめ大福」の調達、部屋の模様替えなど大車輪の活躍。大変スムーズな納会が出来た。
納会では、まず、10月から12月までの例会12回に皆勤されたS.Kさん、M.Kさん、S.Kさん、M.Sさん、T.Hさん、T.Hさん、K.Mさん、T.Mさん、にホッカ座布団を贈呈。続いて年間50回すべてを皆勤されたT.Hさんに朱肉を贈呈した。その後、年間半数(25回)以上出席した会員59人(昨年58人)の方に「反射テープ」を差し上げた。
引き続き、これまでの運営状況を説明し、来年度の例会実施計画、本会員はA,B1,B2,Cの4班とし、新たに準会員及び臨時会員(1回参加200円の会費)の導入、下見補助の支給などを協議した。なお、今年の下見従事者に1回当たり500円程度のパスネット等の支給を決定、総会で贈呈することとした。
2時30分、無事、納会終了。心配された雨予想の天気はうそのように晴れ渡り、正に納会日和。カメリア・ホールの玄関からサザンカの咲きそろう亀戸中央公園に向かい、ここで体操をしたのち、ふれあい橋から亀戸9丁目緑道公園を水鳥の浮かぶ旧中川を眺めながら歩く。中川新橋のたもとから右折して亀戸9丁目交差点を左折,ほとんど真っ直ぐ歩き、わんさか広場でトイレ休憩。今度は中川大橋を渡り、大島小松川公園の芝生を突っ切って平成橋を渡り、真っ直ぐ仙台堀川公園に入る。この公園をどこまでも真っ直ぐ歩き、清洲橋通りを越え、葛西橋通りを越えた先が、終点のジャスコ。出来たばかりの巨大スーパーで解散。クリスマス直前のスーパーは人出でいっぱい。GNPの面々もこの雑踏の中に無事紛れ込み、今年1年のフィナーレを飾った。
12月15日(土)9時、JR新橋駅に集合したのは、49人。ところが今回は、ゴールでのメダル交付はなくスタートでスタンプもメダル交付もしてしまうとのことで、スタートが大混乱。担当者は手を抜いた積りだが、ゴールの出迎えがないということは、ウォーカーに達成感を与えたことにならず、企画としては失敗だ。
早速、御門通りを歩いたが、この「御門」の意味が芝口衛門にあったのをはじめて知った。銀座三原通りを歩いて歌舞伎座に出る予定だったが、一本道筋を間違え、首都高脇を歩き、築地警察で右折。日本文化事始の地とされるあかつき公園で休憩、体操をした。
ここから聖路加病院前を通り、佃大橋西で左折、入船橋を通り、三吉橋に到着。マロニエ通りを歩き、銀座発祥の地を眺め、鍛冶橋通りで左折、直進して東京国際フォーラムから丸の内仲通リを通り有楽町のガード下を抜けゴールの銀恋の碑前まで歩いた。この周りの人出は異常で、行列が出来ていたが、これは宝くじの購入のためらしい。
大半がここで解散したが、約20人の有志は鍛冶橋通りを永代橋まで歩き、永代橋を渡って解散した。
12月8日(土)9時、JR池袋駅に集合したのは48人。集合場所がメトロポリタン口と言われてもその場所が意外に分かりにくい。地下でもなく1階でもなく何と2階にある。
受付を済ませ、階段を降り、ぐちゃぐちゃと右に曲がったり左に曲がったりしながら歩いていると、自分がどこにいるのか、分からなくなる。自由学園を通り過ぎたところに小さな公園があり、そこで体操を実施。たったこれだけのコースでも道に迷った人も出た。このあともクチャクチャと曲がりくねって歩き、やっと立教通りでまっすぐの道に入り、瀟洒な大学校舎や正門を左手に楽しみながら谷端川緑道に着く。
かつての流れが想像できるが、コンクリートで固められた道はかえってわびしい。御嶽橋から右折。御嶽神社、三社神社とこじんまりした神社が続き、池袋の森で休憩するつもりが、左折したため、通り過ぎてしまい、へいわ通りを直進。首都高速に突き当たり右折。歩道橋を渡ったところにある小さな公園で休憩。
今度は人情ふれあい通りを直進して氷川神社に入り、参拝したあと再び谷端川緑道に入る。この川、「ヤバタガワ」と読むとのこと。聞かないと読めない。三の橋、二の橋、一の橋と名前は残っているが、もう橋はなく自転車置き場になっていた。
ゴールの板橋駅でスタンプと記念メダルをいただき、その後、有志で旧中山道、明治通りと歩き池袋駅で解散した=約10㌔=。
◎番外「街路樹の名作を歩く」=約7キロ=
12月9日(日)9時、第1回メトロ沿線ぶらり散歩ということで代々木公園駅明治神宮前駅寄り改札口横の受付に集合したのは11人。内9人は前日も出席していた。
代々木公園で軽く体操。何時歩いてもこの公園は気持よく、真っ赤な紅葉がまだ所々に残り目に染みる。神宮橋から表参道けやき並木、青山霊園さくら並木、神宮外苑いちょう並木と落ち着いて豪華な風情のある並木道を歩いていると、雲ひとつない初冬の陽気のせいか、心が豊かになって気持がいい。
聖徳記念絵画館から神宮球場横を通り、スタジアム通りを歩き、青山通りを横断。ゴールの青山メトロ会館で可愛らしい記念ハンカチをいただいて解散した。
12月1日(土)午後1時、牡丹町公園に集合したのは、42人(健康センター応援者2人を含む)。久しぶりに江東区内を歩く。
雀橋を渡り、調練橋公園沿いに歩いたあと越中島通りを枝川一丁目交差点まで紅葉を求めてみたが、12月に入ったとたん、枯葉に変身した感じで落葉が多い。豊洲公園からしばらく晴海通りを歩いたあと、東雲橋で左折、東雲公園を通り、有明テニスの森公園まで何となく車が多くあまり風情がない。
テニスの森公園で休憩。ここでCグループは別行動を取り、Aグループの一部が直接ビッグサイトに向かう。残り約20人でのぞみばしを渡りお台場海浜公園を通るが、相変わらずアベックのメッカ。目のやり場に迷いながらしっかり眺める。
潮風公園、青海埠頭公園を省略してフジテレビ前からウエストプロムナードに入り、センタープロムナードを通り、東京ビッグサイトで解散。三々五々、バーゲンセールの会場に向かった。
◎第197回B【恵比寿・広尾・麻布】=約7㌔=
12月2日(日)午前9時、JR恵比寿駅西口に集合したのは全員で17名。そのうち10人は前日にも出席した。
内親王様の誕生を祝ってか、飾り付けのある聖心女子大学正門を見ながら広尾商店街から有栖川宮記念公園横を通る。狸坂を上り大黒坂を下り、麻布十番商店街に出たあとまた、戻るような感じで今度は暗闇坂を上り、一本松坂、青木坂を下り、恵比寿橋から左折して、恵比寿ガーデンプレイスに入り、恵比寿駅東口でゴール。
スタンプと記念メダルをいただいた後、またガーデンプレイスに戻り、恵比寿麦酒記念館でビールのサービスを受け、ほろ酔い気分で帰路についた。
◎第196回【上野・本郷・湯島の秋】
(JR東日本企画)=約8㌔=
11月24日(土)9時、JR上野駅3階浅草口に集合したのは49人。雲ひとつない絶好のウォーキング日和に恵まれ、コンコースで体操する姿は人通りが多いためかよく目立つ。
上野公園に入ってから体操をすればよかったと歩きながら感じたが、それは後の祭り。公園から不忍池にかけて相変わらずの人出だが、快晴に映えた色とりどりの紅葉は桜のシーズンと違って落ち着いた雰囲気で楽しめた。
不忍池を出てからは暗闇坂を上り言問通りに出て本郷通りで左折。東大正門まで東大構内の紅葉を左手に眺めながら歩く。正門前から右折して小さな坂を下り新坂にある啄木ゆかりの下宿、太栄館の古びた佇まいを愛でながら、今度は菊坂を上る。
前に見たことのある樋口一葉旧居跡、宮沢賢治旧居跡は位置だけ確認して春日通りを西進、湯島天神で休憩した。梅ばかりと思っていた湯島天神、この季節になるとモミジ、カエデなど結構色とりどりの紅葉が陽光に映え、菊も並んでいて明るい。
このあと、神田明神、湯島聖堂をそそくさと通り過ぎ、瞬く間にゴールの御茶ノ水駅に着き、スタンプとメタルを貰い解散。正味歩いたのは1時間少々、どうも距離は7キロ足らずのようで、物足らない思いを抱きながら帰路についたが、中には買い物や美味しいものを食べに新宿界隈まで足を伸ばした連中もいたようだ。
◎第195回[井の頭から吉祥寺紅葉ウォーク]
(京王沿線ウォーク第6回)=約10キロ=
11月17日(土)9時30分、井の頭線井の頭公園駅前に集合したのは45人(健康センター応援者を含む)。絶好の秋晴れの中、受付を済まし、駅前の雑踏の中で体操をして、早速出発。
まず都立井の頭恩賜公園に入る。井の頭池の池面に映える紅葉は本物と渾然一体となって思わず池の中に入りそうな雰囲気。歩道橋を渡ってからしばらく瀟洒な高級住宅地を歩き、成蹊学園前の信号を越えると有名なケヤキ並木道に入る。頃よく黄金色に輝くケヤキの姿は壮観。歩いているこちらまで黄金色に染まってしまうような豊かな気分にさせられる。青葉小路を歩いて立野公園で小休止。そのあと千川上水遊歩道を歩くが人一人ぐらいの細い道、追い越しもままにならず、つい車道を歩いてしまう。
「ほら、旗を持ってるだろ。あいつらウォーキングのプロなんだよ。ぜんぜん早いだろ!」などと知ったかぶりで話し声が聞こえる。井草八幡宮で右折して都立善福寺公園に向かい、ここで再度休憩。
ここでも紅葉は今が見ごろ。落ち着いた雰囲気の中でさまざまな色彩を堪能した。ここから後は、八幡神社、四軒寺などを横目に住宅地と商店街を通って、ゴールの吉祥寺駅まで歩きとおし、スタンプと記念品のクリアケースをもらって正午前に解散した。
(京王沿線ウォーク第6回)=約10㌔=
11月17日(土)9時30分、井の頭線井の頭駅に集合したのは45人(健康センター応援者を含む)。絶好の秋晴れの中、受付を済まし、駅前の雑踏の中で体操をして、早速出発。
◎第194回【多摩川のせせらぎウォーキング】
(JR東日本横浜支社企画)=約11㌔=
11月10日(土)9時、前日からの冷たい雨が降り続く中、南武線武蔵中原駅に集合したのは17名(京急参加者を含む)。コース地図とアンケート用紙を受け取り、早速、傘を差して歩き始
める。
一般の参加者もさすがに少ない。狭い道路、車に気を使いながらぞろぞろと進む。二ヶ領用水を渡って府中街道を越え西明寺の信号を左折、一寸お参りして、右に回ると等々力緑地。周りの景色は多分きれいなのだろうが、傘を差しているとよく見えない。
赤い矢印に沿って進むと多摩川の土手に出た。ハト、カラス、スズメ、それにウミネコも、えさを探しているのか、雨の中でも飛び回っていた。野生の生き物は自分の力で自分の食べ物を調達しなければ生きていけないんだ、人間はダメだな、とつくづく考えてしまう。
立冬を過ぎるとさすがに冬。汗もかかず、傘を持つ手がかじかんでくる。土手を吹く風は結構強く、傘を押えながら、踏ん張って歩く。カッパ姿で走っているモノ好きもいた。
第三京浜、東急線、国道246の下をくぐり、平瀬川が流れ込む地点の道路の下で小休止。JRのお兄さんがひっそり寒そうに案内していた。
吐く息は白く、温まっていた身体はすぐに冷えてきた。全員揃ったので早々に出発。何だかわからない土手の上を歩き、府中街道を越えると二ヶ領用水久地円筒分水。用水に沿っていくと街らしくなり久地駅の案内板があった。右の方へ進み、階段を上り下りして南武線を渡り、桜並木の水路沿いをいくとやっと宿河原駅に到着。
仮設テントの中でバッジとスタンプを押してもらい、アンケートに答えて指圧器を貰って解散した。少し汗ばんだ下着が冷たい。風邪引かぬよう、ちゃんと冬支度をしてこなくてはいけないなと反省。
◎第193回【いたばし歩け歩け大会】
11月3日(土)8時30分、板橋区立第一中校庭に集合したのは44人(健康センター応援2人を含む)。主催者板橋区教育委員会の挨拶を聞き、音楽にあわせたストレッチ体操をした後、スタンプラリーに参加。コースには目印もなく、先導者もいないので、頂いたコースマップと首っ引きで歩く。
川越街道を越え、大谷口北町集会所で第一のチェックポイント。環七を越え上板橋体育館がAコース5キロのゴール。ここでトイレ休憩。
再び川越街道を越え、東上線の踏切を渡り、西台三丁目公園が第3のチェックポイント。水車公園辺りで道に迷いながらそれでも何とかBコース10キロのゴール赤塚体育館に到着。ここで大半の人が解散したが、Aグループの有志、数名は18キロコースの小豆沢体育館を目指して歩いていった。
帰途の途中、東京大仏見物に出かけたところ、先行したはずのAグループ、食事に出かけるCグループにも出会い、不思議な大仏交差点だった。
◎第192回【港ヨコハマの今昔を訪ねる】
(JR東日本横浜支社企画)=約8㌔=
10月27日(土)9時近く、JR根岸線根岸駅で地図だけ貰って受付の「馬の博物館」に向かって三々五々歩き始める。途中、白滝不動尊に登る道がちょっとした急な階段。それでも万里の長城に比べると月とすっぽん。一汗かいたが、大したこともなく登り切り、馬の博物館に到着。
ここで受付を済ましたのは34人。スタンプを貰い、バッジも貰って芝生に入り、恒例のストレッチ体操を衆人環視の中で全員で実施。一緒にやっている人もいた。最近では人に見られることも気にならなくなった。
折角の博物館だったが中に入らず、ポニーセンターを巡り、モーガン広場に向かうが、元根岸競馬場の跡ということでお城のような佇まいがそのまま残り、しっとりと落ち着いた公園になっている。
住宅地を通り、押しボタン式の信号をしばらく押さないで待っていたため、渋滞を起こしたりしながら山手公園に到着。すぐ横に有名な横浜外人墓地のなだらかな傾斜が見えたが、右折して港の見える丘公園に入る。
ここには神奈川近代文学館や大仏次郎記念館があるが立ち寄らず、公園を縦断して陸橋を渡り、横浜人形の家を横目に見ながら山下公園に入る。氷川丸を見ながらここで休憩。天気に恵まれ、快晴の中で心地よい浜風に身を任せ、汗が静まるのを待った。
県庁や横浜税関など公共の建物を眺めながら橋を渡り、かつての倉庫街、赤レンガパークを横目に見ながら左折して新装なった板張りの汽車道に入る。レールをそのままに板敷きにした遊歩道は歩き易く気持がいい。よこはまコスモワールドやランドマークタワーの景観をここから見ていると何だか外国に来たような雰囲気。
瞬く間にゴールの根岸線桜木町駅に到着したが、人混みがすごく、単に[ご苦労様]の幕だけに迎えられ、何となく締まらない解散となってしまった。
GNP有志しまなみ海道を制覇
GNP常連のM.Kさん、M.Nさん、T.Hさん、E,Yさんの4人、今週はお休みでしたが、実はお忍びでしまなみ海道に出かけていました。ヒッチハイクまがいでしまなみ海道を制覇し、自転車で40キロも遊覧して宿の人に心配をかけたりしたようです。素朴で親切な人々に囲まれ楽しい3日間、青春されて来られたと聞いています。
◎第191回【お鷹の道すすき見コース】
(第5回京王沿線ウォーク)
10月20日(土)9時30分、京王府中駅に集合したのは43人(健康センター応援者を含む)。初めて集合時間の始りから集まってみたが、受付の人だかりはすでに激しく、長い行列ができていた。20分ぐらいかかって出発。
馬場大門の素晴らしいケヤキ並木は、野鳥の絶好の暮らし場所らしく、百舌やヒヨドリの鳴き声もけたたましかった。寿中央公園で打合せと体操。ウォーキングの前後にはよくストレッチ体操をするべきだと物の本には書いてあるが、実際のウォーカーで実施している人は意外に少ない。
北府中公園を通り抜けると府中刑務所の高い塀が続く。中の様子はどうなの? って聞いてみたが、流石に周りには答えてくれる人はいない。
武蔵野線をくぐり国分寺尼寺跡に着く。造成中らしく、いまはただだだっ広い広場という感じで面影も見えない。黒鐘公園もその跡地の一つと見られ、横の土の道は鎌倉古道とか。「いざ鎌倉!」と駆けつける兵どもの足音を夢想してみるが、どうもはっきりしない。
陸橋を渡り、いよいよ本日の目玉、国分寺薬師堂に上から入り、階段を下りて楼門に出た。目の前に国分寺本堂があり、万葉植物園が併設されていた。ここで暫時休憩。珍しくAグループが散策気分で最終到着。今日は婆グループだと自嘲していた。
音に聞こえたお鷹の道は小さなせせらぎに沿っていた。その源泉といわれる真姿の池湧水池を見てきたが、透明な湧き水、思わず手で掬い口にあててみたが、冷たくて味がいい。そのそばにあった採れたて青果の直売店には人がたかり、周りのススキはすでに秋の深さを示していた。
東八道路を少し歩いた後、東京農工大学の正門前を通り、府中公園にたどり着く。何か行事があるらしくテントの準備や屋台が出ていたので、中を通ってみたが、午後から始まるとのこと、特に興味のある話もなかったので、そのままゴールの府中駅に向かい、記念品に靴用乾燥剤「パワフルドライ」を頂き、正午前、解散した=約10㌔=。
◎第190回【上野・日本橋下町の近代建築を訪ねて】
(JR東日本・西武共同企画)=約10㌔=
10月13日(土)10時、すっかり雰囲気が変わってなんと3階にある上野駅浅草口に集合したのは48人(京急ウォーク参加者も含む)。受付を済まし、公園口にも通じている路上で恒例のストレッチ体操を衆人環視の中で行ってから出発。
旧下谷小学校を横目に関東大震災直後に出来た同潤会アパートは稲荷町にあるが、地下鉄稲荷町の駅舎も貫禄がある。対面にある永寿病院は今でも患者がいつも大勢詰め掛けている下町一の人気病院。
しばらく歩いていると、いわゆる看板建築の家並み。不燃建築にするため、木造建築に銅板を貼ったといわれており、今では銅板から緑青が噴き出し貫禄十分。
蔵前橋を渡り、横網公園、安田庭園を巡り、国技館を横目に両国に出る。芥川龍之介文学碑と吉良邸跡との関りを考えているうちにもう新大橋。橋を渡ったところがすっかりきれいになった浜町公園。ここで休憩。
続いて浜町緑道、甘酒横丁を通り、東京穀物商品取引所を横目に鎧橋を渡り、日本経済を牛耳る東京証券取引所の玄関に出る。今度は日本橋を渡り三越本店、三井本館、そして日本銀行本館と古色蒼然たる明治大正時代の建物が立ち並ぶ中を見上げて歩く。
古いほうのうらぶれた常盤橋を渡り、大手町に出て新築の高層ビルにとんがり屋根の英国風の外壁を貼り付けて当時を偲んでいる東京銀行協会、コリント式の列柱や軒下の飾りなど古典主義の外観は日本建築の最高傑作といわれている明治生命館をわざわざ遠回りして眺める。重厚な金属の飾り細工物も鈍く光っていた。
ゴールの東京駅丸の内に到着したが、この丸の内駅舎が赤煉瓦建築の代表的名建築物である。不思議なことに何時見てもどこから見ても「あ、東京駅だ」と感じる。ところが八重洲口側だと、東京駅という文字を見てはじめて分かる。
記念品を貰って後続隊をしばらく待って解散した。
◎第189回【国営昭和記念公園】=約10㌔=
10月7日(日)10時、昭和記念公園南口ゲート入口前に集合したのは49人(ウォーキング12週間応援者を含む)。第3四半期の皆勤者9名に対する記念品(ハイテクたわし)を贈呈したあと、衆人環視の中、体操を行い、無料の園内に入った。
「水鳥の池」を少し眺めて園内を縦断している残堀川を渡るメイン橋「ふれあい橋」を渡り「ふれあい広場」を縦断、立川口を見てUターン。カナールに沿って銀杏並木が整然と立ち並ぶ「かたらいの道」はまだ青々としたイチョウにたわわに実った銀杏がついたまま。色づく季節の美しさを髣髴させてくれる。もとへ戻り、今度は「水鳥の池」の中の「木橋」を渡って香り豊かな「ハーブ園」に入る。
つづいて「うのはな橋」を渡り、「みんなの原っぱ」に着く。大勢の人たちがいろんなイベントをいろんな形で賑やかにやっていたが、肝心のコスモス畑、手前側はほとんど花がついていない。広場の北側に着いてやっとコスモスにお目にかかるが、まだ満開とは言えない感じ。
今度は「日本庭園」に入ってみる。戦後になって作られたものらしいが、落ち着きのある風情は、池と庭と建物がうまく調和しているせいだろうか。ことに何も置かない芝生の美しさが清楚で気持ちがいい。庭園を出て裏側の水なし渓谷のちょっとした岩登りをすると簡単に展望台に着く。
展望台から眺めた園内の広さは広大だ。北側のコスモス畑は満開。赤、黄、ピンク、紫、白と色とりどりのコスモスの迷路。花弁が意外に大きい。展望台横の芝生で弁当を開く。このあと、「こもれびの丘」を歩き、玉川上水口ゲートから残堀川に出る。
工事中とのことで川の水はほとんどなく正に残堀風景。緑道という名のレンガ道。桜並木がつづき、約1キロ、上宿橋で玉川上水と交差する。玉川上水は満々と水をたたえているにもかかわらず、残堀川はチョロチョロ流れているだけ。不思議な光景だが、別名、上水橋となっている上宿橋にからくりがあるようだ。
ここからは玉川上水緑道。土の道で適当に腐葉土に覆われ歩きやすい。金毘羅橋、千手小橋を越え、急に開けると頭上にモノレールの高架橋。ここがモノレールと西武線が合体した玉川上水駅だ。駅前広場で整理体操をした後、エスカレーターで駅に向かい解散した。
◎第188回【調布から東府中菊見ウォーク】
9月29日(土)10時、調布駅に集合したのは予定していた人数を超え、44人。大勢の参加申込者が屯する駅前広場でわがGNPメンバーがストレッチ体操を始めると一斉に注目し始め、中には一緒になって体操をする人もちらほら。京王線を地下でくぐり抜け、北口から布田天神社を横目に御塔坂橋まで市街地を歩き、ここからは野川遊歩道。
遊歩道は野川に沿って歩きやすくなっているが、川の中の草むらの道も歩ける。そこで草むらの道を歩いてみるが、人一人しか通れない感じで、わがGNPのスピードではすぐに前の人に追いついてしまう。追い抜きは道なき草むらの中だ。穴があいていたり、水がぬかるんでいるか、皆目見当がつかないところをもう思い込みだけで歩いてみたが、別に事故には遭わず、靴とズボンのすそが汚れたぐらいだった。本日の目玉は菊見のはずだが、菊は見当たらず、代わりに初々しいススキの穂があちこちに見られ、夕暮れ時だとさぞしんみりするだろうと秋の深まりをこんなところで感じているうちに都立野川公園に到着。
ここで小休止。今度は運転免許試験場の裏手にある都立武蔵野公園を通り、多磨霊園の佇まいを眺めながら都立浅間山公園に入る。ここは山というだけあって適度のアップダウンがあって普通のウォーキングシューズだと足が滑りそうだ。下に降りると、すぐに都立府中の森公園。
ここはいろんなグランドが揃っていて公園というより運動場という雰囲気。それでもここかしこに芝生があり、木陰が揃っている。その一つに入り込んで、お弁当を開く。お弁当時間になると皆さん、お菓子や果物、それにおかずまで、どこからとなく湧いてきて楽しい一刻になる。
満腹感に浸るともうウォーキングのペースが崩れ、脇見をしたり、喫茶店を探したりしながらのんびり歩いてゴールの東府中駅に到着。記念品のシャープペンシルを頂いて解散した=約10㌔=。
◎第187回B【浅草・上野ウォーク】
9月22日(土)10時、浅草寺に集合したのは20名。有志の差し入れの焼きたてのパンを頂いた後、軽く体操をして出発。最初は少し寒い感じがしたが、しばらく歩くと、気持ち良くなった。
隅田川の水辺を歩き、鳥越神社で小休憩。
おかず横丁、佐竹商店街、上野公園、かっぱ橋を通り、全員ほとんど一緒にゴールに到着。記念品のタオルを頂いて解散=約10㌔=。
主催者から頂いた商店街の2割引券を利用して、おそばを食べて帰宅した。 [M.N 記]
◎第187回A【湘南平と大磯】=約10㌔=
9月22日(土)10時、寒気の南下とかで大磯駅で降りると寒いほど。皆ガツガツしながらそそくさと出発する。先発した2人を含めて25人が集合。
国道1号線から旧東海道松並木に入る。化粧坂を登り、歴史のある高来神社の参道を通り、境内で体操。早速、裏手の山道に入る。山道はよく整備され、急坂には必ず丸太で土止めが作られ階段状になっている。もっとも幅が狭いため渋滞が始まる。
高度約800メートル。女坂を通ったが、それでもかなりきつい。高麗山に着くとそこからはなだらかな尾根道。相模湾の眺望が開け、やがて白花もちらほら混じる彼岸花の群生地。寂しいはずの彼岸花もこれだけ群生すると華やかだ。ここから下り、急に動かなくなるような超渋滞。原因は約3メートル足らずの隘路。恐がってなかなか降りない人が一人でもいると詰まってしまう。三叉の道で登りを選ぶと湘南平。
くだりを選んだ人もいたが、湘南平に向かい、ここで昼食。展望が360度開け、テレビ塔が巨大。
お弁当を済ませ、下るが、瞬く間に大磯駅。横を通り抜けて島崎藤村旧宅で小休止。旧東海道の松並木を眺めながら松涛庵、滄浪閣などかつての明治長老の別宅が軒並みあった場所を通り、こよろぎの浜に出る。約500メートルほど歩きにくい砂浜を踏みしめ再び旧東海道に出て、今度は、小さな流れを渡り門をくぐって鴫立庵に立ち寄る。
日本三大俳諧道場の一つといわれ、庭園には俳句の石碑が所狭しとばかり立ち並び、和風の建物は落ち着きを示している。ここを出るとすぐにゴール。記念のバッジを貰い解散。大磯駅から帰途についた。
◎第186回【品川宿・東海七福神めぐり】
9月15日、梅雨のような蒸し暑さの中、品川駅高輪口に集合したのは46名。会長は健康センターの12週間講座開講式に出席で不在。29日の京王線の切符や、コース地図、通行手形などを配り、10時出発。
帰りの京急土休券の購入などで2つになったグループは、八つ山橋手前の信号を渡って早速旧東海道に入る。赤い矢印に従って右折し、第一京浜に出る。通りの向こうに小高い森が見え、品川神社(大黒天)の石段を上下するウォーカーが見えた。
「どうする? 渡る?」とグチャグチャいいながら結局信号を渡らず、皆で左に曲がる。細い道をくにゃくにゃ曲がって養願寺(布袋)に挨拶し、また旧東海道に戻る。一心寺(寿老人)を過ぎ、山手通りを越え、品川橋の手前を右折、荏原神社(恵比寿)を眺め、鎮守橋を渡る。
しばらく歩いて品川寺(毘沙門天)に着くと、先行グループが出発するところだった。銀杏の木の下はつぶれた銀杏なのか鼻をつくにおいがした。後発隊もちょっと休んで出発。
日差しが弱くなりパラパラッときて、うだっていた皆は「ワァー気持いい!」と元気になる。
立会川を越え、天祖諏訪神社(福禄寿)に挨拶し、次の信号を左折、しながわ区民公園に入る。少年達が森の中のきれいな芝生で野球をしていた。勝島運河を埋め立ててできたものだと思うが、落ち着いた公園だ。
鈴ヶ森橋のトンネルをくぐり、「勝島の海」という池に出る。品川水族館への道を逆に進み第一京浜に出る。
大森海岸駅前の歩道橋は渡らず、次の歩道橋を渡る。なんで遠回りするのかと思ったら磐井神社(弁財天)があった。
ここの銀杏の下には実が落ちてない。「雄株かな」とか言ってる間に歩道橋を渡るとそこはもう京急大森海岸駅。
通行手形を渡して景品のバッジとちらしを貰う。大半がここでゴール。引き続きJR大森駅まで歩く。12時、きれいなビルの2階の改札に到着したが、こちらには、出迎えの人も、机も幟も、何もなかった。
そのまま京浜東北線快速に乗って帰宅した=9キロ=。
◎第185回B【築地・月島 下町グルメ散歩】
9月9日(日)10時、新橋駅に集合したのは19人。昨日とダブルで来た人は4人。受付を済まして歩き始めるとすぐに浜離宮。
4人の65歳以上はただ。残りの15人では団体になれないので、現場で急遽募集したところ8人が加わり、23人になり団体にして300円の入場料を240円にして入場した。
園内は黄花コスモスの最盛期。今を盛りと群生していた。それに彼岸花。こちらは芝生の中にポツンポツンと咲いて寂しそう。
30分ほど散策したあと、築地市場、本願寺、勝鬨橋、月島商店街、佃の住吉神社、相生橋と後は知った道をただ歩き、越中島駅にゴールした。
昨日よりも距離は短かったのに、蒸し暑く疲れは激しかった=約5キロ=。
◎第185回A【浦賀から汐入】=約18キロ=
9月8日(土)10時、京急線浦賀駅に集合したのは、30人。天気に恵まれ日差しは強いが、風は意外に涼しい。受付を済ませ、早速歩き始める。
浦賀の渡しを横目に見た後、海岸線に出る。多々良浜から山道に入り上り坂。登りきったところにトンネルがあり、見晴台に抜けることが出来たが、省略して小休止。
そこから下り道で観音崎灯台に到着したが、なんと見学は有料とのこと。お金を出してみることもないということで、どんどん下り、また海岸線に出る。京急観音崎ホテルの前で先行グループが休憩、お弁当を開き始めていたので、予定の海辺つり公園まで行かず、昼食タイムにした。
もっともこちらは弁当を途中で買うつもりだったので、北海道土産の生チョコと引き換えにおすそ分けにおにぎりを頂く。
食事を済まして走水海岸を釣り人の視線を浴びながら歩いたが、ここの防波堤、ニュースによると11日の台風で決壊したそうで団地の4階まで波しぶきが飛んできたとのこと。他人事でない話だ。
ここから明日のコースを考えてリタイヤ。馬堀海岸駅で乗車する予定だったが、緑道が京急大津まで続いていることを知り、ゆったり歩いてみる。色々な樹木と草花がびっしり。ここを盛りと鳴き続けるツクツクボウシ。気持のいい1キロあまりの緑道だった。大半のメンバーは海のつり公園、三笠公園とめぐり、ゴールの汐入駅まで歩いたようだが、久しぶりの長距離、結構疲れ果てたと聞いている。
◎第184回【恵比寿と代官山今昔散歩】
予報に反し、さわやかな秋晴れの9月1日(土)10時、山手線恵比寿駅の西口に集合したのは当初の申込45人を超えて50人。地図と記念バッチを配った後、直ちに出発。
くねくねとした道で、もう一つ分かりにくいコース表示は頼りにせずに、地図をたどって歩く。八幡通りに出る階段を上がり、代官山に入る路地にたどり着いて、やっと落ち着いて歩けるようになった。
小さな代官山公園で打合せと体操をする。
東横線に沿って代官山駅まで歩くが、途中代官山アドレスという巨大な住宅群が出現、異様なほどの高層建物で雰囲気が違ってきている。
駒沢通りを越えて昔ながらの閑静な小道を通り、鎮座している可愛い庚申塔を横目に拝み、急坂の別所坂を下って目黒川に着く。目黒川の水かさは先日の台風がうそのように少なく、何故か潮溜まりの香りまでして、水鳥も少ない水を求めて寂しそうだった。
中里橋から目黒川を離れ、目黒清掃工場横の緩衝緑地を通り抜け、またまた急坂の茶屋坂と新茶屋坂を今度は上る。上りきった後、昔は三田用水が流れていたという道をたどり、日の丸自動車学校の横を入る。JR山手線と埼京線を跨ぐ大丸跨線橋は、途中から継ぎ合わせたような形。渡りきって小さな三田丘の上公園に続くビュータワーの間を抜け、プラタナス通りに出ると、もうそこは恵比寿ガーデンプレイス。階段を下りて恵比寿麦酒記念館の正面入口前で解散。
そのまま、ほとんど全員が吸い込まれるように記念館に入り、サービスの恵比寿麦酒で喉を潤し、心地よく帰途に着いた=約7㌔=。
◎第183回【夕涼み石神井川】
たった1週空けただけだったが、何となく久しぶりにお互いに顔を合わせた気持になって旧交を温める雰囲気になった8月25日17時、常盤台公園に集合したのは41人。
台風一過、さわやかな夏空といいたいところだが、風がなく蒸し暑い。
打合せと体操の後、早速歩き始め、中板橋駅入口交差点で環七を横断、向屋敷橋から石神井川に入り、川下に向かう。車は通らないが水はけのためか斜めに傾いた道は意外に歩きにくい。中根橋を通り過ぎ、つり池公園を回遊するつもりであったが、もう閉門され、入れない。
瞬く間に中山道に突き当たり、右折して氷川神社に入り、手を軽く合わせ、参道に入る手前、狛犬がいるはずの石塔になんとヘルメットが置いてあった。狛犬とヘルメットとの関係、気にはなったが、解明するわけにもならず、そのまま参道を歩き、左折して歩道橋を渡り、中山道を横断、再び、石神井川緑道を歩き、石造の板橋を眺め、そのまま加賀公園まで直進。
途中、東板橋公園、板谷公園を忠実にたどったBグループを加賀公園で待つ。
やがてたどり着いたB,Cグループを確認して出発。かつての石神井川の曲がりくねった川筋を髣髴させる音無こぶし緑地、音無もみじ緑地、音無さくら緑地をたどり、無事、音無親水公園に到着したが、川べりには閉園のため、降りることは出来ず、石畳の上で解散した=約8㌔=。
◎第182回【夕涼み六本木界隈】
久しぶりに雨模様の8月11日17時、六本木西公園に集合したのは、45人。もとどこかの屋敷跡らしく20人は雨宿りが出来そうな屋根つきの門構え、その上、池庭もそのまま利用しているような風情で樹木の茂りも枝葉がしっかりしていてしっとりとした感じの落ち着いた公園だ。
体操をしたあと、傘を差して歩き始め、桧町公園に着く。ここは長州藩中屋敷跡と聞くが、広くて大きい。特に池の作りがよく、板道で池の中心まで歩けるようになっている。そこから坂道を上って赤坂氷川神社で手を合わせ、氷川公園、一ツ木公園と巡るが、いずれもどこかの屋敷跡のようだ。
この辺で雨も止み傘をすぼめて急坂の三分坂を登り、円通寺坂を省略(Bグループはちゃんとコースどおり歩く)してTBS放送センターの構内道路を突っ切ってみる。タレント連中に会えるかと期待していたが、あいにく閑散とした佇まい。ほとんど人にも会わず、赤坂レンガの道に出る。
「この辺、坂が多いわね」「だって、この辺、赤坂って言うんでしょ」そんな会話を聞きながら、アークヒルズのカラヤン広場に到着、休憩した。ここは建物の2階だが、ツインタワーの中間にあり、時間によって水量の変わる人工の滝やからくり時計もあり、広場には自由に座れる椅子が置いてあり、休憩には最適だ。冷房が効いているわけでもないのにビル風は心地よく汗にまみれた身体を癒してくれる。
15分近く一休みしたあと道源寺坂を省略して遠くから見ても目立つ法輪形の屋根を持つ霊友会の横を通り、外苑東通りを右折。厳しい警備をしているように見えるロシヤ大使館の前を通り、郵便局にしては広すぎるような立派な麻布郵便局前の横断歩道を渡り狸穴坂を下る。何の施設かぴんとこないが、廃墟に近いロシヤ大使館のコンクリート造の建造物を見上げながら狭い路地を右左右と歩き、狸穴公園に着く。ここも多分どこかの屋敷跡らしいが、こじんまりした公園だ。
高速道路環状線に出たところで直進してきたCグループと一緒に横断して麻布十番に到着。可憐な「赤い靴きみちゃん像」の建つパティオ十番公園で解散した=約7㌔=。
◎第181回【夕涼み江戸川土手散策】
8月4日(土)17時、小岩駅改札口前に集合する予定であったが、花火見物に来るお客さんでごった返す改札口を避けて北口の[交通安全の母子像]前に集まったのは43人。定刻、そそくさと歩き始め、直線で結構長いフラワーロードの終点近くで下小岩親水公園に入り、南小岩7丁目南児童遊園で打合せと体操をした。
単なる裏道のような下小岩親水公園を柴又街道まで歩き右折して千葉街道を渡り、そのあと左折して善養寺に向かうが、善養寺は花火客を恐れて残念ながら閉門。期待していた影向の松を見損なってしまった。お寺の裏手がもう江戸川土手。ここで花火見物に向かう面々と上下に別れて、ウォーキングメンバーは上流に向かう。
もうこの辺にも花火客がたむろするビニールシートが敷かれ、浴衣姿の家族連れやアベックがどしどし押し寄せている。花火客と反対方向に向かう異様なGNP。好奇の目を振り切るように土手を歩くが、適度の風と湿気のない河原は意外に快適で歩き易く、小岩菖蒲園まで一気に歩き、ここで休憩。昼間の暑さがうそのような涼しさだった。
ここから先は土手の上を対岸のうっそうとした里美公園を眺めながらなお2キロ近く歩き、上小岩親水公園にたどり着く。小さな滝から始まる人工的な水路が出来ていて周りの住宅地とすっかりマッチしていて歩き易く、水路には優雅な鯉が悠々と泳いでいる。
京成本線まで約1キロ。踏切を渡って今度は仲よし小みちに入る。どういうわけか親水公園では心地よく吹いていたそよ風がここでは吹いていない。水路がないせいだろうか。蔵前橋通りにすぐたどり着き、しばらく歩くともうスタート地点の小岩駅の北口だ。19時一寸前、花火客があふれ始め、北口でさえ、スタート時に比べ様相が変わっていた。解散した後、早々に帰路についた=約8㌔=。
来年はこのコースを反対に回り、そのまま皆で花火見物に向かうことを考えてもいいようだ。
◎第180回【夕涼み皇居一周】
7月28日(土)18時、九段下に新しく出来た昭和館2階広場に集合したのは47人。外からそのまま入れる広場は建物の2階部分という不思議な空間で、風の通りもよく涼しくて静か。それていて声の通りもよく、集合場所として絶好だった。
葉桜に囲まれた千鳥ヶ淵から千鳥ヶ淵公園にかけて、この時間になると人通りやランニングする人も少なく、快適に歩く。またたくまに三宅坂に到着。三宅坂から桜田門にかけてお堀の斜面が赤茶けてはげている姿が気になる。水不足が影響して緑が枯れたのか、それとも雑草駆除のため薬を撒いたせいなのか、いずれにしても異様な光景だった。
桜田門から皇居外苑に入るが、人がほとんどいない外苑も何だか不思議。さくさくとわがGNPの面々が踏みしめる玉砂利の音だけが響いてくる。何だか歩行禁止区域を独占しているような気分。警備のお巡りさんが相当気にしている様子が手に取るようにわかる。桔梗門脇で休憩。ここから若干名解散。
そのあと、大手門横を通り、竹橋を渡り、北の丸公園に入る。日がほとんど暮れ、暗くなった公園内は、わき道は通行禁止。照明が本道にしかついていない。武道館前を通り過ぎ、スタートの昭和館で解散。どういうわけか、秋に近い気温に恵まれ、汗らしい汗もかかず本日の夕涼みウォーク大成功の巻だった。=約8㌔=
◎第179回【夕涼み隅田川河畔巡り】
7月21日(土)18時、まだ暑さが残る牡丹町公園に集合したのは53人。流石に灼熱の日中とは違い、すっと吹く風にほっと一息。清澄通りに出て歩道橋を渡り、商船大学の明治丸をチラッと見て中ノ島公園に下りる。
ちょうど満潮になっていて、水辺の遊歩道は水が打ち寄せて一部水没していた。水がひたひたの飛び石を慎重に渡り、越中島テラスに出る。
ここからはなじみのコース。ゆさゆさゆれる橋を渡り、永代橋から隅田川テラスに入る。隅田川大橋、万年橋、清洲橋、そして新大橋手前で上にあがりトイレ休み。青テントを避け、新大橋を渡って一般道を歩き、中洲あたりからまたテラスへ戻る。清洲橋、下が通れるようになった隅田川大橋、一寸上がって豊海橋、そしてまた永代橋をくぐり、中央大橋を渡る。
にょきにょきと立ち並ぶ高層ビル群の姿は外国旅行をしているよう。橋のたもとの一画が何も出来てなかったがどうなるのかなと考えながら下をくぐって佃公園で休憩。
住吉神社を抜けて佃小橋を渡り、月島の西仲通商店街を通る。もんじゃ焼き屋のいたるところで若者達が並んで待っている姿を見る。とにかく賑やかで活気があり、あちこちから香ばしい香り匂って来る。腹の虫が鳴きはじめたが、空気だけ吸って清澄通りの信号を渡る。今回のコースで唯一の信号だ。
朝潮運河にかかる晴月橋を渡り、子供づれやアベックで賑わうトリトンスクエアに到着。エスカレーターで上がって花のテラスで、ギリシャ神話の海神トリトン像を見物し、階段を下りて、水のテラスでもぐらたたきのような噴水と戯れる子供を見ながら、体操して解散した。
動く歩道橋に乗って勝どきへ向かう人、食事をする人、大江戸線に乗る人、バスに乗る人と、三々五々、夕闇にまぎれ、瞬く間に消えていった。
◎第178回【トトロの森を歩こう】
炎天下の7月14日(土)10時30分、東村山駅に集合したのは約30人、体操会場の弁天池公園に早速向かったが、先着組がすでに10人あまりたむろしていて参加者はゲストも入れて44人だった。体操をした後、菖蒲で有名な北山公園に向かうが、もう菖蒲はすっかり終わってしまい、見る影もない。
茅葺屋根の民家園に立ち寄ってしばし見学してみたが、もうこの頃にはすっかり汗まみれ。酷暑の先行きが危ぶまれる。西武線の踏切を越えると目の前が八国山緑地。森の中に入るが、木陰はあっても風が吹かない森の中はやはり暑い。池の水もほとんど枯れ、今年の梅雨が空梅雨だったことがよく分かる。
尾根道まで登り、やっとそよ風の恩恵を受ける。それもつかの間、住宅地を通り、祭礼準備中の氏子達の間をすり抜け、50段ほどの石段が長ったらしいと思える階段をあえぎながら鳩峰八幡神社に到着。水道の水を見つけ、先を争ってタッチ、顔を洗ったり、タオルを濡らしたりして、やっと人心地。すぐ隣にある久米鎮座水天宮のだるまさんを眺めながらトトロの森2号地に入る。中を見物する余裕も失せて、看板だけ眺め先を急ぐ。しばらく住宅地を歩いて今度は西武ゴルフ場の裏側に出てコンクリート道を歩くが、猛暑が襲い、あえぎあえぎ、荒幡富士にやっと到着。もう歩く気力も失い、へたりこむ。ここでも水道の蛇口が神様のように見え、皆さんの人気者。ほとんど出しっぱなしで使ったため、溜まり場から水を溢れさせてしまった。それでも元気な人はいるもので1合目から9合目まで揃っている荒幡富士を登頂、頂上からの360度の景観を楽しんでいた。この市民の森で昼食。やっと人心地ついてから、住宅地を下り、下山口駅に到着。あとのトトロの森1号地、3号地はまたの機会ということにして、解散した。
暑い盛りのウォーキング。先を急ぐのではなくせっかく到着した森の中をゆっくり探索する余裕を持つべきだったと反省した。=約7㌔=
◎第177回【田園調布と等々力渓谷】
(西武・東急合同ウォーク「水辺を歩こう」)
今年の梅雨はどうも怠け者らしく雨がほとんど降らないまま。この日も予報では雨だったが、晴天の7月7日10時00分、多摩川駅に集合したのは45人。受付を済まし、早速、多摩川台公園の入口で準備体操を行った後、歩き始めた。この公園はかつての古墳群らしく、判別できるものだけでも八つぐらいあるようだ。木々の茂みは深く、この灼熱のときに涼しさを呼び起こし歩きやすい。
宝来公園は人工のせせらぎのようだが、湧水を利用しているせいか、澄み切っている。かもの親子ものんびり泳ぎまわり、何となくのどか。まもなく田園調布駅に到着。中世ヨーロッパの民家をモデルにした駅舎といわれるがなかなかの風情。駅前から環八までの道筋、見事な銀杏並木が立ち並び、日差しを和らげてくれる。高級住宅地と程よくマッチングしていた。
環八を少し歩いて尾山台駅に向かい、ここから大井町線沿いの小道を歩き等々力駅で踏切を越え、てっきり等々力渓谷に入るものと思っていたが、なんと入口が工事中のために入れない。とぼとぼと環八までまた歩いてやっと等々力渓谷に入るが、環八を直進したCグループはすでに先着。ここで小休止。そのあと多摩川の河原に入り、北上。日差しは強かったが、結構さわやかな風が吹き、そんなに辛くない。途中で昔懐かしいアイスキャンデー屋さんが自転車で通りかかり、その音につられて2,3の人が買い求め、ぱくつく。まもなくゴールの二子玉川駅に到着。
完歩賞のペットポトル用のストラップを頂き解散。昔の玉川遊園地であったねこたま公園でお弁当を済ませ、そのあと帰途についた。=約9キロ=
◎第176回【半年記念講演会及び昼食会】
(Aグループ担当)=約8㌔=
6月30日(土)9時30分、東陽区民館4階ホールに集合したのはゲストの方を入れて61人。早速、『運動と健康』というテーマで国立健康・栄養研究所室長の樋口満先生の講演を拝聴した。健康増進、生活習慣病予防のためには大筋群を使い、持続的でリズミカルな有酸素運動をする必要があるそうだ。その運動にはウォーキング、ランニング、スイミングなどいろいろあるが、特にウォーキングはだれにでもできるスポーツ。ただし、歩き方によっては必ずしも有効な有酸素運動にはならないようだ。先日の実験で、わがGNPのデータは月1回程度ののんびりしたウォーキンググループのデータよりも有酸素性能力が15%も高かったそうだ。
楽しむこと、明るいこと、豊かなこと、そして内容は若干ハードなこと。そういう指標に今のところ、わがGNPは理想的に活動できているようだ。そのあと、第2四半期皆勤者に記念品を贈呈して、ウォーキング開始。木場公園、仙台堀川公園、横十間川親水公園、猿江恩賜公園と、勝手知った区内の公園群をそそくさと歩き、東武マリオットに到着。11:30からランチバイキングを楽しんで13:30解散した。
◎第175回【玉川上水から祖師谷公園】
(私鉄五社企画武蔵野の路第2区)=約10㌔=
6月24日(日)10時、井の頭公園駅に集合したのは40人。受付を済まし、井の頭公園入口で体操を実施、若干、他の参加者も一緒になって体操の輪に加わっていた。
公園の木々は今や深緑。枝にさえぎられた涼しさは格別だ。広大な公園を抜けると、今度は玉川上水遊歩道。この遊歩道には木屑が道にばら撒かれ、柔らかい感触で歩き易い。宮下橋から玉川上水を離れてしばらく住宅街を歩き、続いて仙川遊歩道に入る。
ここはかみそり堤防のふちを歩くという感じで、コンクリート道。それでも首の長い鷺やツバメの群れが目を楽しませてくれる。日照りはないのだが、だんだん気温があがり、蒸し暑くなってくる。風もほとんどなく、ひたすら歩く身には意外に辛い。
やっと甲州街道を渡り、京王線は、トンネルで潜り抜け、給田公園に到着。ここでお弁当休憩。やっと足を投げ出すことが出来、そよ風も吹き始め、人心地になる。Cグループは神出鬼没。追い抜けども追い抜けども姿を前に見せ、まるで蜃気楼。
横から出てきた黒い雲に追われるように立ち上がり、また仙川遊歩道の続きを歩く。広大で樹木の大きい祖師谷公園を突き抜け、知っていればここで食事をしたのに、と愚痴っても後の祭り。食事をしているウォーカーに垂涎の眼を寄せながら歩き続け、一度歩いたことのある成城学園にたどり着くが、桜木はすっかり葉桜。
小田急線を潜り抜け、すぐに右折。ひたすら自動車道を歩くが、ここまで来ると体中、汗まみれ。もう考える気力もなくなってくる。喜多見不動がどこにあるかを探る気にもならないうちに通り過ぎ、やっとゴールの喜多見駅に到着。完歩のスタンプを押してもらい、副賞のリゲイン、あっという間に飲み干し、解散。
コーヒー屋に入り、洗面所で着替えたが、今日ほど気持のいい着替えはなかった。真夏のウォーキング。水分と着替えは絶対条件。下手をするとこういう曇り空でも熱射病に罹ってしまうかもしれない。
5月19日朝、家を出たのは一寸早かったが、小田原駅に着いて直ぐにかなりきつい坂道を10分程行った所に受付があって駅からハイキングのバッジとコース表をもらい出発。そこからは余り車の通らない緑の続くだらだら坂を登って行くと自性院、そこから少し歩くと水神杜があり、ここは涌き水を取り込んで虹鱒等の養殖所となっていて、釣り堀にもなっているのを見て、また、傾斜のある道を行くと蜜柑畑沿いの道になった。
この辺りは山の中腹位になるのか見晴らしも良く遠くに海や山が、新緑がとても清々しく、また蜜柑の花の香りが微かに匂いとても気持良く歩ける。登ったら下りるで、だらだら坂を下り白田川沿いの道に出て暫く歩いて白田川親水公園に着いた。ここで金目鯛のお味噌汁、冷茶のサービスがあったので、そこで昼食にした。川沿いの風がとても心地良くお味噌汁も美味しい。
ゆっくり休みを取って歩き出すと、じきにフェニックス並木道が見え始め、並木道を左手側に見て通り過ぎると、それからは右手側は片瀬海岸。海は水が綺麗で少し波立っていてサーフィンを楽しむ若者達が見える。海沿いの道を長~く歩くが、景色が良いので気持良く歩けた。ゴールの熱川ほっとぱーくに着くと、伊豆熱川駅の駅長さん、旅館組合の人達に出迎えられ、タオルとチー旅のバッジを貰い、これもサービスの足湯に靴を脱いで足を入れてウオーキングで疲れた足をマッサージしたりして遊び、ゆっくりとくつろいだ。=後略=M.N記
◎第174回【平山城址公園から紫陽花めぐり】
(第3回京王季節の花めぐり)=約10㌔=
6月16日(土)10時、平山城址公園駅に集合したのは52人。久しぶりにCグループは全員揃った。
受付を済まし、早速歩き始める。前夜来の雨で道はぬかるみ、前途が思いやられる。宗印寺から都立平山城址公園までの道筋は細く、一人ずつしか通れないため、渋滞を起こし、しばしば立ち止まってしまう。ここで体操。
多摩テックの外周をやっと通り抜けたと思うと今度は多摩動物園の外周を通ることになる。バス道に出るが、コースは山道のほう。階段を上りきり、そこから先が難所。道幅は結構あるのだが、ぬかるみの中での坂道は歩ける状態ではない。
木柵につかまったり、脇の草の中に入ったりして何とか歩いたが、最後のあぜ道から本道に入るところで、とうとう滑って仰向けに倒れてしまった。幸いリュックの厚さと腰に巻きつけたヤッケのおかげで、身体的な傷はなかったが、首筋が若干鞭打ち症。仲間の助けを借りてしばらく休んだだけで歩くことが出来た。
猿だろうか、けたたましい悲鳴が聞こえ、何やら闘争をしているらしいが、金網が張り巡らされ、その上、ちょうど目の位置辺りは目隠しがつけられて中の様子がよく分からない。動物を見たいなら入場料を払って、という意味があるのかもしれないが、動物にとっても気味の悪い人間の目が気になるのかもしれない。
南平丘陵公園の入口で昼食。リュックについた泥は無残。これでは電車に乗せてもらえそうにない。鳥と緑の国際センターを横目に見ながら鹿島台公園にたどりつく。ここから先は高幡不動尊の境内で紫陽花の名所。どこに紫陽花があるのかと疑いながら歩いたが、88の地蔵尊とともに同居する色とりどりの紫陽花は雨上がりのお日様に照らされて見事なできばえ。迷路のような遊歩道は人込みで混雑を極めていた。
やっと下界に降りた感じで高幡不動尊の洗面所でリュックとお尻の泥を洗い流し、無事ゴールの高幡不動駅に到着。完歩記念品をもらい、解散した。
◎第173回A【三浦海岸から浦賀まで】
(第3回京急三浦半島リレーウォーク)
6月9日(土)10時、京急三浦海岸駅に集合したのは29人(他にJR衣笠参加者6人)。記念のタオルと生若布をいただき、早速、歩き始める。中味はほとんど初日の出コースの逆コース。
三浦海岸は右側の見晴らしは大変結構なのだが、自動車道をほとんど歩き、歩道が狭く、歩きにくい。法蔵院を横目に若山牧水夫婦歌碑から浜辺に入る。野比海岸は遊歩道が整備され、ところどころある木道は歩き易い。くりはま花の国は広大な公園だった。東側入口から入り、坂道を上る。いろんな花は咲き乱れているが、木陰がなかなか見つからない。
とうとう頂上までたどり着くが、ここには巨大なゴジラ像があり、遊園設備も揃っている。ここで休憩。三々五々、お弁当を食べる。
そのあと、西側を下り、メイン入口から出る。ペリー記念碑公園を過ぎ長瀬に近づいたころには炎天下の気温は多分30度を超えるような状態。だんだんスピードが落ち、先行組から遅れていく。残り2キロぐらいのところで、約3人、とうとうタクシーに乗ってしまった。
先行組が活発に歩いている姿を見つけながら「浦賀の渡し」の説明を運転手さんから聞くという不遜な姿で浦賀駅に到着。皆さんの到着を待って解散した。=約15㌔=
渋滞が続く幅狭い道
◎第173回B【三浦半島の自然と衣笠山】
(第3回JRウォーキングイベント)
6月9日10時、自動車道の多い三浦半島巡りを避けて久里浜駅でGNP一行から離れた6人、JR主催コースの衣笠駅に向かう。
衣笠駅を出発して、しょうぶ園を過ぎると大楠山ハイキングコースに入る。前夜の雨のためか、ぬかるんだ細い山道と急な階段が始まる。道幅が狭くて追い抜けず、渋滞が続く。偶にある下りも足元が悪く、滑りやすいが、周囲は緑いっぱいの林の中で気持がいい。先が詰まっていて歩くより立ち止まっている時間が長く、かえって疲れる。
大楠山ゴルフ場まで来ると、往復路になるため、長い列と混雑で登る気力も失せてしまい、きれいな緑の芝生のゴルフ場近くで昼食をいただく。古い鉄の橋や衣笠城址のある衣笠山へ向かう道は歩き易く快調に進む。衣笠山展望台まではまた急な階段が続く。展望塔に登ると遥かにランドマークやベイブリッジが望め、浦賀を歩くGNP一行も見えた(見えるわけない!)。
衣笠神社を過ぎると後は町中を下っていく。ゴールの衣笠駅近く、商店街の方が冷たいウーロン茶を振舞ってくれ、美味しくいただく。牛肉や魚、マグロのかまの照り焼きなど、夕飯のおかずを買って帰路についた。=約13キロ= (M.O記)
◎第172回【葛西臨海公園】
6月2日13時、南砂三丁目公園に集合したのはゲスト3人を入れて56人。体操をした後スタート。
ジャスコの脇を通り抜け、結構車が通っている葛西橋を渡.る。東西線の南側に工事中の橋脚が望めた。葛西橋東詰交差点で左折して船堀街道を南下。ここまでは今年に入って初めての真夏日と言われる暑さの中で、結構辛いものがあったが、わかくさ公園からは緑も多く、木陰ではそよ風が吹き快適なコース。
あんずの里を過ぎ、右折して新長島川親水公園を歩くころには大観覧車も目の前に見えるような近さに見えたが、ここから結構長い。葛西かもめ橋を渡り、エスカレーターに乗り、臨海球技場に到着。ここで休憩した。
若者たちもたむろして記念写真をとっていたので、つい声をかけ、シャッターを切ることにしたが、これも! これも! ということで何と8台のカメラを頼まれてしまった。最近では焼き増しをして皆に配るということではなく、個人個人のカメラに収めるということらしい。デジタルカメラ時代の新しい風潮を垣間見た感じ。Bグループをしばらく待っていたが、来ないので連絡をとったところ、何と休憩を省略してもう大観覧車前に到着しているとのこと。
そそくさと歩き始め、葛西臨海公園に入り、芝生広場で合流。その後、汐風の広場を通り、葛西渚橋を渡り、西なぎさに入る。休日の真夏日のせいか、人出が多く、もう海の中に入って大勢の人が遊んでいる。なぎさの中を西の突端まで有志で歩いてみたが、思ったより距離があり、突端は人工の岩場。右も左も海でまるで船に乗ったような雰囲気を感じる。
帰りは浜辺を通ったが、スカイ・カイト(?)というのだろうか。4人一組になって華麗な凧の群舞。掛け声もろとも4人が両手に持った凧糸の操作をしていた。鳥類園を省略して、再度、大観覧車前に到着して解散。約10キロ。
豪華なバスで大沼に向かう
5月24日、午前5時2分木場で乗車。営団・都営・京急と乗り継いで、5時40分に羽田空港に到着。始発できたのに空港はもう人がいっぱいだった。朝のコーヒーとサンドを買う。M.KさんS.Tさんが世話役をしてくれ搭乗券とビッグホリデーのグッズを受け取る。参加者18人揃って搭乗。定刻に離陸し、ちょっと揺れたが無事函館空港に着陸。
曇り空だが雨は降ってない。8時30分早速北都バスで大沼公園に向かう。このバス、大変豪華でゆったりしている。座席は一人掛けで3列。椅子の間隔も広く、トイレまでついている。もっともこのトイレ、実際には使えなかった。北海道は初めてで、どちらに向かっているのかさっぱり。だんだん緑の多い景色になる。芝桜、八重桜、藤、リラ、つつじ、バラ、と春から初夏の花が一斉に目に入る。われわれの他には数人しか乗っていなかったが、それで満席のバスは歓声を上げて走る。9時40分、大沼公園に到着。
くねくねと迷路のような大沼小沼の周囲をウォーキング。山つつじ、タンポポ、そして色々な名前の分からない可憐な花たちが咲き乱れ、しっとりとした緑の中を賑やかに歩く。ひと昔前は駒が岳が見晴らせる広大な湿原だったとか。残念ながら曇り空のため、駒が岳が見えない。
戦いの跡を感じない五稜郭
JRの大沼駅まで歩き1両の電車に乗り函館駅へ。市電とバスのツーデイパスを買って五稜郭へ。タワーから見下ろす五稜郭、幕末の戦いの跡はほとんど感じられず、わずかに五角形の掘割がそのよすがとなっていた。下に降りて今度は堤の上を松や桜を眺めながら一周する。
函館バスで湯川団地入口下車、トラピスチヌ修道院まで坂を上り、塵一つ落ちていない清楚な庭を見学させてもらう。またバスで湯倉神社前で降り、徒歩で宿舎の湯の川グランドホテルに17時15分着。各部屋へ落ち着く。18時夕食。慌しく女性16人、下からは頂上が見えない函館山を目指して上るが、案の定、頂上は雲の中。それでも懇切なバスガイドの説明を受け、二合目からの眺めは絶景。バスもわざわざ止まって,その素晴らしい夜景を見せてくれた。
本州最北端の大間崎に立つ
25日、6時50分集合し、函館駅前の朝市で朝食。9時、七飯(ななえ)フェリーターミナルから出航。津軽海峡の景観を期待したが、靄に包まれ、見えるのは海ばかり。10時40分大間到着。NHKの「私の太陽」のロケ地を大間崎灯台を目指してウォーキング。人懐っこい一本釣りの家のおじいさんに会った。うみねこの歓迎を受け本州最北端の地、大間崎に立つ。眼前の灯台は小さな島にあった。
昼は本場のまぐろ丼をいただく。そそくさとバスに乗り、佐井へ。佐井アルサスから定期観光船に乗る。
自然が作った仏像群仏が浦
大町桂月が感激して歌に詠んだという仏が浦の景観は、人知の及ばない大自然の偉大さに圧倒された。自然石の仏像が立ち並ぶ仏が浦には海流に乗ってあらゆるものが打ち上げられるという。仏の世界に浸り、そして猛スピードの観光船に堪能して下船。バスで大間フェリーターミナルに向かう。乗継時間が4分しかないとバスの運転手さんに話をすると何とこのバス、路線を離れてフェリーに横付けしてくれる。私どもしか乗ってはいなかったが、この機転、都会では味わえない人情だ。フェリーもまたわれわれ一行の特別区画を設けて歓迎してくれ、乗船が遅れても出航を待ってくれるという特別待遇。おかげで無事函館へ帰る。
今夜は昨日ちゃんと見えなかった函館山の夜景を見ようということで有志11人が再挑戦。小雨がパラッと来たが山は大丈夫、「宝石を散りばめた」と言う形容がぴったりの景色に満足して下山。電車を降りると雨。近回りをしようと川沿いを歩き始めたが、途中から足元も見えない暗さになり、草が生えっぱなしの路。それでも無理して歩いていると川の交差点につき、橋もなく左に曲がり橋へ出る。結局、若干遠回りしてホテルに戻ったことになった。
ハリストス実はキリストだ
26日、7時、朝食後、荷物の整理。手回り品以外は宅急便で纏めて送る。バスと市電を乗り継いで終点の谷地頭下車、降りしきる雨の中、石川啄木の墓を過ぎ、有名な立待岬に立つ。晴れていれば海峡越しに、下北半島、津軽半島、渡島半島と見渡せるだろうなと想像する。碧血碑を見学し、函館山の中腹を回る。函館山は、昔は軍の要塞で一般人は入れなかったとか。雨にけぶる木々は瑞々しく排気ガスがほとんどないせいか、空気まで澄んでいるように感じる。
函館山に登る登山バスで2回も通った二十間坂に出て、聖ヨハネ教会、カトリック元町教会と眺め、ハリストス聖教会を見学する。牧師の話でハリストスはキリストとのこと。言葉をカナにすると違ったものになること、「ゲーテ」でも知っていたが、キリストの言い方もこんなに変わることを初めて知った。変わった形の十字架は足を乗せる台だと知った。函館の鹿鳴館と思える[旧函館区公会堂]、「旧イギリス領事館」を見学して12時半、自由行動。
幹事の細やかな配慮に感謝
各々あちらこちらに散る。坂を下りず横に歩き散策。人通りも少なく車もほとんど来ない一見うらぶれた佇まいと瀟洒な洋館が同居する山手地区を見ながら函館ドック電停に着く。停留所前の小さなおすし屋さんに入るが、量も多く、美味しくて安いお寿司。ちょっとした感激だった。市電で函館駅に戻り、百貨店で長袖シャツを買う。そのあとコーヒーを飲んで時間を潰し、朝市を抜けて摩周丸の周囲を散歩。青函連絡船のレールの残骸に昔の姿を想う。16時10分、集合場所に向かっているとチラチラと大袋を下げた人達を見かける。我々の仲間だ。16時30分、北都バスで函館空港に向かう。夕食は弁当を買って飛行機の中で食べる。18時40分函館空港発、19時55分羽田着。今回のツアーを企画し、細かい配慮をしていただいたM.Kさん、S.Tさんに感謝の拍手を送って全員無事解散した。
[K.M記]
一人当り実費内訳
宿泊航空運賃26,378円 交通費9.620円 入場料等1.310円
その他土産等 692円 計38,000円
◎第171回B【善福寺川を下る】
5月26日(土)13時、曇り空の上石神井駅前児童遊園に集合したのは31名。
仙川上水緑道を抜け、車に注意しながら、善福寺公園に入る。センダンの花がきれいに咲いている。下の池では、白とピンクの睡蓮の花が咲き、葉の上を小さな雛(名前不明)が2,3羽歩いている。あまりの可愛さに歩くの忘れて見とれる。
善福寺川の民家の横の単調な道を川の鯉や民家の花を見ながら歩き、関根文化公園で休憩。
再び同じ道を歩き続け善福寺緑地公園で休憩。C班は荻窪橋で別行動のため別れる。これよりA,B班20人一緒に、緑が多く気持の良い公園の中を歩き和田堀公園へ行き解散する。 [M.N 記]
◎第170回【南大沢から花菖蒲めぐり】
雲ひとつない快晴の5月19日(土)10時、南大沢駅に集合したのは40人。受付を済まし、コース地図をもらって出発。赤石公園近くの路地で体操。函館組の簡単な打合せをした。
そのあと、大平公園を通って清水入緑地入口から遊歩道に入り、木漏れ日の中を快適に歩く。信号のある自動車路を渡り、今度は階段を上り、坂道を下って長池見附橋をくぐり、長池公園に到着。振り返ってみた見附橋、どこかで見た橋だと不思議な思いでいたところ、何とこの橋、四谷見附にかかっていた橋を移設したものと判明。懐かしい思いをした。
せせらぎ通りを優雅に歩いた後、再び階段を上がり、蓮生寺公園、九兵衛坂公園、秋葉台公園と公園のはしご。ここから下って京王線に突き当たり、右折して中沢池公園に到着。ここで昼食。
日向の暑さはもう夏だが、木陰の涼しさはまだ春という感じ。すっかり汗も引き、気力を充実させ、中沢池を巡るが、肝心の花菖蒲、どこにも見当たらない。菖蒲池はカラカラになっている。残念ながら蓮の花も見当たらない。花には恵まれなかったが、新緑の丘陵地帯。適度に風もあり、木陰もあり、遊歩道の整備もよく整い、歩きやすく、またたくまにゴールの京王多摩センター駅に到着。参加賞の歯間衛生セットをいただき、解散した=約10㌔=。
◎第169回【三崎口から三浦海岸まで】
京急三浦半島リレーウォークの第2回目は5月12日。京急三崎口駅に集合したのは、ゲストを入れて38人。受付を済まし、体操をした後、歩き始める。ただただ歩いていたため、あまり途中の模様が思い出せないが、またたくまに小網代の海岸に到着。まさかと思えるような瀟洒なマンションが目立つが、ここから上り坂。油壷の方には向かわず、三浦湾から三崎港に向かう。三崎公園から目の前に城ヶ島が見え、城ヶ島大橋も見渡せたが、橋までが長い。
やっとの思いで橋を渡り、城ヶ島公園で昼食。日差しは厳しいがさわやかな風が涼しい。休憩後、磯辺に下りて岩場や砂浜を歩き、城ヶ島灯台も見るが、でこぼこしていて足元が大変だ。おかげで作ったことのないマメが足の指に出来る。城ヶ島を一周して橋のたもとで有名な白秋の歌碑を眺める。[雨は降る降る……]快晴の城ヶ島では、その風情が味わえない。再び橋を渡りバス道を歩く。宮川公園を越えて左折するところを、そのまま直進して毘沙門湾に迷い込んだものもいた。艱難辛苦、山道を越えてバス道にたどり着き、そこからバスに乗ってやっと三浦海岸駅に到着した話や、初めからいきなりバスに乗り、城ヶ島で優雅にマグロに舌鼓を打ったものも居ると聞くが、それでも大半の人たちは公称20キロ、実質26キロぐらいあるコースを無事踏破した。
◎第168回【東久留米湧水めぐり】
ゴールデンウイークの後半、子供の日の5月5日は絶好のウォーキング日和。午後1時、東久留米西口中央公園に集合したのは49人。打合せと体操をした後、早速、歩き始めすぐに落合川に入る。流れが異常なほど透明。湧水から流れているとすぐ分かる。
程なく、竹林公園に到着。青々とした竹林の根元には筍が顔を出し、すでに青竹になりはじめたものもある。竹と竹の触れ合う音はどういうものか優雅な日本の原形。わびを感じるが、これも一つの先入観だろうか。
再び落合川沿いに歩くが、川と戯れている親子連れが多く、のどかな風景。南沢緑地保全地域は湧水地区。どこから伝わってくるのか、染み出てくる湧き水は自然の恵み。腐葉土が適当に柔らかく、足に負担がかからない。
古びた氷川神社とコンクリート造の多聞寺は対照的。その後は自動車道を曲橋まで歩くが、歩道が狭く、あまり面白くない。比較的大きな大円寺は平地にあったが、子の神社は小高い丘の上。村の鎮守さま風でお社も古びていて懐かしい感じ。
その並びにある小山台遺跡公園で休憩をとるが、ここは縄文時代の人の住処。何もないが新緑の木陰でさわやかな風に吹かれていると、何千年もの昔にタイムスリップした気持ちになり、当時と同じように水を飲むが、皆さんのリュックからはまるで魔法にかかったように飴やお菓子、果物まで次から次と湧き出てくる。汗も引き、少し冷えた気分になったころ歩き始め、下田橋から今度は黒目川を下る。
大橋の欄干から鯉の滝登りならぬ川上りを眺める。膨らんだおなかを抱え、必死に上る2尾の鯉。たぶん夫婦の鯉が産卵地を求めてやってきたのだろう。麗しくもつらい作業だ。
Cグループはここから東久留米駅に向かったが、他のグループはコースどおり東久留米市スポーツセンターのある黒目川と落合川の合流点まで歩き、再び落合川を上り、スタート地点の東久留米西口中央公園まで歩き通し、無事、約10キロの回遊コースを制覇した。
◎第167回【相模川・水郷散策】
(第1回JR横浜支社ちー旅ウォーク)
快晴に恵まれた4月28日、折角JRが企画したウォーキングだが、新宿から往復で1,900円かかるというので、小田急と京王(土休券利用で半額以下)を利用することとして、新宿または代々木上原で小田急に乗る。しかも相武台前で下車。集合地、相武台下駅まで約2キロの道を歩く。そのお蔭で260円節約。100メートル13円の価値だ。
広大な座間米軍キャンプ地を垣間見ながら相武台下までたどり着くが、ここでは地図だけの配付。受付は三段の滝展望広場とのこと。ちょっと水をさされたような気分になって相模川左岸用水路を北上。用水路の水量の豊かさは並大抵でなく溢れるように流れていた。
三段の滝を確かめて橋を渡りやっと受付場所に着く。ここで先着組と合流。伊豆熱川の飴とバッジをいただく。川沿いに相模川散策路が出来ていたが、ここは木の茂みも大きく、沿道にはライラック、つつじ、コデマリ、スミレなどが咲き誇り、快適なウォーク。
途中からUターンするようにして崖下に下り、川土手に向かうが、ここから土手を通る道がよく見通せ、ぐんぐん追い抜いている面々がいた。よく見ると我がGNPのメンバー。見ているとなかなかの壮観だった。
高田橋をくぐると、目の前に表れてきたのは、鯉幟。近づけば近づくほどその数に圧倒され、尋ねてみると何と1,200本。この鯉幟を眺めながらお弁当を開くことにした。
そのあと、田名八幡宮を通り、相模川ふれあい科学館前の広場に入り、坂道を上り、横浜水道みち緑道を歩く。緑道とは名のみで小規模な産廃処理場と豚小屋のメッカ。異様な臭いと砂埃で辟易しながらゴール番田駅に到着。ここから初めてJRを利用、橋本まで190円を使い、橋本から京王線で帰路についた。総歩行約19㌔=(48人参加)
◎第166回【伊勢原芝桜コース】
朝からどんより曇った4月21日、11時近く小田急伊勢原駅に集合したのは50人。5分ほどの下原公園まで皆で歩き到着。おりしもゲートボール中のご老人方の視線を浴びながら、ここで打合せと体操。今にも降りそうで手が悴みそうな冷たさ。そそくさと歩き始め、渋田川に向かう。
渋田川の芝桜、期待に違わぬ可憐さと美しさ、色とりどりの組み合わせは絨毯を敷き詰めたような色合いを見せ、川岸の左側だけにあるため、対照の妙を見せ、よけいに引き立っていた。この道を右折してあやめの里に向かうがまだあやめは咲いていない。すぐに柏木牧場に到着。その頃には小雨らしきものになってきたが、場内にテントとテーブルがあり、昼食には便利。
弁当を広げたが、臭いと冷たさに辟易。ミンチかつやコロッケ、ジャガイモなど温かいものを買い、おかずの追加。ところが折角来たのだからと寒さも何のそのソフトクリームやアイスクリームを食べる人も居り、驚く。約40分休憩して出発したが、仄かに匂う香りに惹かれて振り返るとライラックの花。思わず近寄って香りをかいでみる。どういうものか幸せな気分になって歩き始める。
渋田川に再び沿って歩くが、川土手の藪の中では既に藤の花が華麗に咲いていた。太田道灌の墓に着く。道灌の出身地がこの辺だと知ってしばし彼の足跡をしのぶ。もし彼が暗殺されなかったら関東の趣も日本の姿も相当変わったものになったことと思う。約600年前の出来事。ここからあぜ道らしき道をたどっていきなり現代に戻ったような気分でJA伊勢原に到着。
野菜や果物、ことに筍や蕗に人気が集まり、皆さん貪欲に買い物。ここで解散し、小田急伊勢原駅から帰路についた。=約10キロ=
◎第164回【馬事公苑、砧公園桜めぐり】
天気予報では悪天となっていたが、何の何の素晴らしい快晴に恵まれ、半袖姿でも平気な4月7日(土)13時、稲荷森稲荷神社(小田急千歳船橋駅徒歩3分)に集合したのは55人。第1四半期の皆勤者9人に記念品を贈呈した後、スタート。
満開の桜並木が続く桜丘の道をたどり馬事公苑に向かう。Cグループは馬事公苑をはしおり、直接、世田谷美術館に向かい、砧公園で休憩。砧公園は今を盛りとばかり、桜が咲き誇り、大勢の花見客がところ嫌わず宴に興じていた。そういう中を闊歩したGNPの面々。花見客の注目を集めてしまい、少々気恥ずかしい。
ゆったりとした大蔵運動公園を通りすぎた後、団地の中を通り、仙川にたどり着く。
仙川の川面は花筏がびっしり。緩やかに流れる花びらの様子を筏とした先達の語感に頷く。両岸に立ち並ぶ桜並木は東宝撮影所が育てたものか、それとも以前からあったものか、いずれにしても壮観である。満喫しながら成城に入ったが、ここがまた素晴らしい桜並木。豪勢な住宅街とほどよくマッチし、折りからの桜祭りか、車は通行止めになりフリーマーケットに人だかりが激しい。
閑静な住宅街が一変した賑わいを見せ、その人混みを掻き分け、成城学園前駅に到着し、ここで解散した。
◎第163回【大岡川桜並木コース】=約7㌔=
春真っ盛りと思われた3月31日(土)、何と朝起きてみると雪混じりの小雨。2,3電話がかかってきたが、実行指令。
午前10時、桜木町駅に着いたが、外はやはり小雨。桜木町バスターミナルを集合場所としていたが、急遽変更して寒さに震えながら構内で集まる。それでも集合時間には34人の参加があり、体操もせずに直ちに出発。
桜川橋を渡ると大岡川。ひたすら傘を差したまま川筋を歩く。日の出町、黄金町までの間は桜の木も若く、これで桜見ならわざわざここまで来ることもないと考えていたが、太田橋を過ぎた辺りから見事な桜並木になってきた。結構な古木もあるらしく100年近い寿命の木の幹からは直接花が咲き、不思議な光景だ。
蒔田公園からは大岡川プロムナード。両岸から張り出した桜花は見事な絶景を見せ、零度近い気候にもかかわらず、私どもの目を楽しませてくれた。
またたくまに弘明寺(グミョウジ)の4月20日に開通式が予定されているアーケード商店街に入り、弘明寺の脇を通り、京急弘明寺駅のエスカレーターを利用して線路を跨ぎ、木製の急な階段を上り、弘明寺公園の見晴台に登る。折角の見晴しも雨天のため、遠目が利かず、霞みがかった桜だけが美しく映えていた。
荒天のため、ここで全員解散、弘明寺駅から帰途についた。
◎第162回【江戸川葛西コース】
快晴の3月24日(土)午後1時、西葛西駅南出口徒歩3分にある子供の広場に集合したのは、何と56人。四国巡りのお裾分け「坊ちゃん団子」の数56本と全く一致。遠慮された1本を除き、完全に消化。この1本、おかげで娘の口に入ることができた。
江戸川区球場を左手に見ながら並行している清新町緑道と新長島親水公園を通り、A,Bグループが向かった新左近川マリーナ、新左近川親水公園を省略したCグループは、直接、葛西親水四季の道へ入る。遊歩道の桜は開花寸前、蕾の膨らみは今にもはちきれそう。環七通りを越え、千種児童遊園、旧江戸川土手と巡るのは、ここでもA,Bグループに任せる。
Cグループは遊歩道の終点から左折して二之江神社に直接向かい、休憩地、古川けやき公園に一番乗り。続いてAグループが現れ、最後にBグループが到着した。
その後、くねくねして楽しい古川親水公園を全員で軽やかに歩行。新川橋から三角橋と歩道のない道を自動車に気をつけながら、宇喜田さくら公園に到着。ここではもう桜はほとんど満開、花びらの落ちていない開花風景を満喫して行船公園にたどり着く。
広大な行船公園の噴水では、もう水浴びをしている子供達にも会い、目を見張る。変化に富んだ江戸川区の公園群、江東区と違った意味で充実していた。そのあと、整理体操をして解散した=約10㌔=。
◎第165回【花の富浦ハイキング】
会長の紹介で3月18日の「花の富浦ハイキング」に初参加し、会員となりました。土曜日のウオーキングが生活のリズムの重要な一部となり、毎回楽しみにしています。
簡単に自己紹介をします。
家族は4人で東陽町から5分のマンションに住んでから18年になります。仕事は会長と同業者です。企業戦士という言葉もふさわしいぐらいなぜか仕事を重視し働いてきました。
7年前ぐらいにNHK文化センターで気功を習い、深い呼吸をすることが得意となりました。緑の木の下で深呼吸をすることは至福の時と感じます。私の加入している健保から配賦された本「東京ウォーキング」を見ながら緑を中心に一人で歩いていました。一人は継続がたいへんです。GNPの会員になることができ、ウォーキングが毎週実行でき、会長始め皆様に感謝しています。
では(新逗子から三崎口まで)京急三浦半島のリレーウォークについてレポートを……=29人参加=。
東陽町出発のグループで、ホームに8時20分に集合。今回は21キロということで参加者はいつもより少なく3人。京急線の品川に、20分早く着き、コースの地図を遅ればせながらじっくり見る。金沢文庫で乗り換えて新逗子に10時に着きここまで約1.5時間。
いよいよ21キロウォーキングの出発。
心踊る。私はずっとS.Kさんのスピードに合わせて歩く。このスピードは、Bグループの時速6キロの速さだろうか。それは私にとってかなりの頑張りが必要。しかし、GNPに参加してからのこの速歩のリズムが、体のリズムになり、日常生活に躍動を作りだしている。
花の木公園で休憩し、色とりどりのつつじを楽しみ、湘南国際村に向かう。湘南国際村は山頂にあり景色も空気もよく、芸術村を作ろうとしていることを納得。
ここで持参のお弁当を食べ休憩。
ここからはしばらく気分が上々のハイキングコース。次に海岸におり秋谷立石公園の砂浜を歩き、寄せては返す波を横目に観賞し、再度山の方に登り、十二所、淡島神社に着く。この辺から急斜面を登ったり下ったりの繰返し。ここで大体14キロぐらい。
ここから平地になり、大通りにそっての平坦な歩き。どっしりとした太い桜並木通りもあったが、頻繁に走っていた車の排気ガスには残念無念。また風もかなり強くなり帽子を手で押さえる。湘南国際村でお弁当を食べてから、休憩がないことも疲労を増幅。
バスに乗ろうとしたが、「あと2キロだよ」という声に励まされ完歩。Aグループはコース通り長浜海岸も回ったと聞くが、そこはちょっと省略してしまった。
4時15分ごろに三崎口駅に着き、4時36分発の青砥行きに乗り帰宅。2回目のリレーウォークは三崎口から三浦海岸まで。城ヶ崎まわりで、抜群のウォーキング環境が予測され楽しみ。
T.N記
手作り桜餅のご馳走
天気予報では60%の降雨確率と言われた3月18日(日)若さを誇る我がGNP一行にとってまさにその通りの切符「青春18きっぷ」を使って富浦に向かう。蘇我でゲストを含めて総員37人全員が結集。10時にJR東日本主催「南房総岬めぐり」のスタート地点、内房線「富浦駅」に集合、記念のバッチをもらい、駅前で体操をした後、スタートした。
里見公園を通り、逢島隧道をくぐり法華崎遊歩道を省略して逢島に着く。平坦な原岡海岸と多田良海岸を歩き、富浦漁港に着くがここから若干の上り。上りきったところがレストハウス。ここで豚汁のサービスを受け、弁当を開く。ゲストの一人沖縄で会ったH.Dさんが徹夜して作った桜餅のご馳走があり、舌鼓を皆で打った。東京湾の入口になる大房岬はどうも江戸時代から戦前まで要塞であったようで、いろんな施設の残滓が残っている。見晴のいい展望台からは遠く三浦半島まで見えるはずだが、雲が立ちこめて遠くまで見えない。しかし空から雨雲はすっかり影を潜め、太陽が顔を出してきた。そのあとひたすら歩きつづけ、崖観音に到着。ここでは元気のよしあしがはっきり出てしまい、元気な人は上まで上がり、ちょっと疲れた人には下で一休み。ここからゴール地点、枇杷倶楽部に向かうが、途中の菜の花畑、すっかり満開で強烈な花の香りに反って鼻炎症が直ってしまった感じ。ゴールでロベリアをいただき、枇杷茶を飲み、のどを潤したあと、割引券で枇杷ソフトクリームをほほばる。花倶楽部行は省略して14時12分発の特急列車に青春18きっぷでどういうわけか乗れた。秘密は君津まで普通列車扱いとのこと。決して違法なことをしたわけではなく、心地よく居眠りをしながら無事、帰途についた。=約13㌔=
足には優しい土の道
3月10日(土)10時、東武線利用組、JR利用組とに分かれて、東武野田線「大宮公園駅」に集合したのは50人。駅前で受付を済まし、体操をして出発。街中を歩くと、庭付の家に盆栽が並び、さすが盆栽町。紅梅白梅がそこここに咲き誇っていた。
盆栽四季の家では着付教室を開催中。畑の中を歩き、見沼代用水に沿って北上。見晴公園をチラッと眺め、川島橋を渡り広大な市民の森に到着。ここでは野菜や果物、それに盆栽の即売会が開かれ、大勢の人がたかっていたので、こちらも入りこんで中を通る。リスの家を覗きたかったが先を急いでしまった。神明下橋を渡り、今度は芝川沿いに下る。この道はコンクリートでなく草の生えた道。土の道がこんなに足に優しいものだと歩き始めてから理解できた。石橋を渡るのに約200メートルも先の信号まで往復させられ、ちょっと不便を感じながら大和田公園に入り、小休止。この辺一帯の芝川流域でかつて氾濫を起こし、水害などあったのだろうか。公園を含めて巨大な遊水施設となっているようだ。大宮第二公園を通り、水車小屋を横目に見て県営球場の脇を通り、ガードレールの歩道を数珠繋ぎに歩き、氷川神社の参道に入る。結婚式や赤ちゃんのお宮参りなどで賑わう境内を通って氷川神社に参拝。裏手はもう木立の多い大宮公園で、ボート池のほとりで弁当を開く。春を感じる日差しで犬もお昼寝、梅も満開。おかずのやりとりをしながら屋外での食事も苦にならない。県立博物館を通りすぎるとゴールの東武大宮公園駅へすぐに到着。ちょっと物足りない感じで記念品のスケールをもらい、午後1時、無事解散した=約9㌔=。
梅下で雛祭りの茶会=約10㌔=
3月3日(土)13時、大国魂神社に集合したのは、52人。打合せと体操をしたのち、府中競馬場の外郭を一周するようにして歩く。途中、馬霊塔を見るが巨大な塔の中に数々の名馬が眠っているのだろう。三ヶ村遊歩道から二ヶ村緑道にかけての道は良く整備され、歩きやすい。瞬く間に郷土の森公園に到着して、ここで自由解散。園内に全員入場して散策する。旧家が集められ、なかなかの風情。ちょうど梅園も真っ盛り、豊満な紅梅と可憐な白梅が程よく配置され、真赤な毛氈の上でお茶の会。今日は雛祭りだった。そのあと、有名な博多のお菓子屋さんや野菜の青空市を冷やかしたりしながら、有志20人ほどコース通り、新田川緑道を歩き、分倍河原古戦場碑を見て鎌倉街道を通り、新田義貞像を眺め、府中駅に到着。帰路についた。
自然の逞しさ感じる
当初予定していた2月24日(土)は朝から冷たい雨が降っていたので、急遽、翌日に順延することとして、電話連絡をまわす。
翌25日は冷たい日ではあったが、朝から快晴。11時、国営武蔵丘陵森林公園駅に集合したのは36人(その他、先行参加等3人計39人)。東武東上線森林公園駅から公園南口まで続く遊歩道の入口で体操をした後、武蔵丘陵森林公園まで約3キロの道程を歩き、団体で入園した。(入園料280円。余り20円分はGNP会計にストック。)入った途端、霧吹のように噴水を浴び、驚く。
花木園に着き、暖かい日差しを浴びて紅梅、白梅の下でお弁当を開く。一電車遅れタクシーで乗りつけた人もいた。真紅の梅、黄色い福寿草も見頃でゆったりした時間を過ごした。俄かに雲がかかって寒くなったので、それではと、早速ウォーキング。起伏のある早春の園内を颯爽と歩く。赤い色で根っこの生え始めたどんぐりを見て自然のたくましさを感じる。とても広くて行けないところが随分あった。園内バスを有効に利用し、遠くまで出掛けたグループもいる。
南口に再集合し、駅へ。戻ってきた順にC、B、Aと次々と出発。やっと本格的なウォーキングとなり、3㌔の道に心地よい汗を流す。全員が打ち揃って当駅始発に乗車できた。 =約10㌔=
国立健康・栄養研究所の測定に参加
3月1日夜から、国立健康・栄養研究所に10人の方が一泊し、翌2日、基礎代謝、体脂肪率などを最新の機器を使って測定。参加者は事前に、健康・生活活動状況のことや、3日分の食事記録などを詳細に記入し、樋口満先生の「生活習慣病の予防を目的としたデータ収集」に協力した。
紅梅と清楚な白梅を
2月18日(日)正午、ティアラこうとう前の広場に集合したのは53人。大宮公園申込の葉書交付などで、時間がかかり、出発したのは12時20分。
余り歩かない日本庭園側の猿江恩賜公園を一周し、新大橋通を潜り抜け、改めて猿江恩賜公園に入り、半周して清水橋から竪川河川敷に出る。この河川敷は上が高速道路になり、まるで屋根付き緑道。途中には江東区唯一の有名な葡萄園も眺められ、収穫期の大変さを想像しながら中之橋北詰から左折。青少年センターの横を通り、京葉道路を亀戸7丁目で横断し、亀戸中央公園で休憩。そろそろあんずの頃と想像していたが、まだ固い蕾のままだった。亀戸水神駅を通りぬけ、水神様に手を合わせ、蔵前橋通を歩道橋で渡り、香取神社へ。ここから裏道を通り、亀戸天神に横から入る。まず紅梅が目につき、続いて清楚な白梅が改装なった池の周りに7分咲き。これまで木造であった太鼓橋がコンクリート造りになり、藤棚が高くなり、何となく風情が感じられなかったのは、何時ものどかに動き回っている亀の姿が改修工事のため見ることが出来なかった所為かもしれない。ここからふたたび蔵前橋通りを渡り亀戸2丁目公団住宅の広場で体操をして解散した=約8㌔=。
そのあと30人の会員がカメリアプラザに入場。「かめいどらぼ2001 絵とことばでつづる本所七不思議」をカメリアホールで観劇。宮部みゆきが描く不思議なミステリーゾーンに切り絵の微妙な陰影と押し殺したような朗読の力で引き寄せられていった。
海水の透明さに驚く
2月17日(土)急遽実施したためか、参加者は6人だけだったが、10時京急浦賀駅に集合。受付を済まし直ちに出発。防衛大学正門前までは登り。ここから海まで下って馬掘海岸防波堤沿いに海と富士山を見つつ海岸線を歩く。眼前の猿島を眺め海辺つり公園で休憩。トンボの王国、うみかぜ公園、ハイド・ミュージアムとめぐる。足下の海水の透明さに驚く。 三笠公園で戦艦三笠に入り、ここで昼食。そのあと、どぶ板通を歩き、ゴール横須賀駅に無事到着。天候に恵まれ、整備の行き届いた横須賀の公園群を快く歩くことが出来、京急逸見駅から帰途についた。約13㌔。
純白の富士と相模湾
2月10日(土)午前8時21分、東京駅発小田原行に乗車したのは34人。国府津駅に9:26到着。地図をもらい人ごみの中の駅前で体操をした後、直ちに出発。
菅原神社にはすぐ着いたが、横目で眺めただけで、国府津曽我丘陵ウォーキングコースに入る。幅の狭い農道ということだが、ほとんどがコンクリート道。こうして歩くものにとっては土道がいいのだが、実際に荷車を引いたり自転車に乗る場合はコンクリートの方が楽なことは間違いない。所々にある農道完成記念碑を見ながら感じる。急坂を上り、少し下りたところが展望園地らしいのだが、ちゃんと見つからず、道端で小休止。背中に純白の富士を背負い、前面に相模湾の絶景が見られ、丸で一幅の絵画。天候に恵まれ、無風の状態。コートも脱ぎ、セーターも脱ぎ、スポーツシャツ姿で歩ける。ほとんどの家が約300坪の屋敷風になっていて庭には梅が咲いている。二宮尊徳遺髪塚を過ぎた後、くねくねした道が続いてやっと、宗我神社にたどり着く。ここは曽我氏の氏神とのことだが何故か宗我となっている。しばらく行くと下曽我駅。ここでは梅祭りということで屋台や露店がたむろし、人出も多く賑やかだ。線路脇をたどり原梅林に到着。ここで先行グループと一緒になり、見頃の梅の下で持参したお握りなどで昼食。その後、剣沢川の川筋にしたがって駿河湾まで直進。浜辺では波打ち際まで近 寄って打ち寄せる波を避けながら濡れた砂浜を気持よく歩く。ゴールもそのまま浜辺。7回の完歩者には全員にステンレス製のミニ・ポットとマグカップ2個をいただき、他に数人の方には折り畳みチェアが当る。浜辺で歓談したり、駅前の喫茶店で一休みしたりして全員無事、国府津駅から帰途についた。=約13㌔=
鬼子母神で豆を頂く
2月3日(土)午後1時、節分会で賑わう穴八幡神社に集合したのは陽気のよさにつられてか、何と59人。久しぶりに見えたUさんの指導で念入りなストレッチ体操。おかげで少々筋をおかしくした人もいたようだ。
そのまま、国立健康栄養研究所に向かい、笑顔のM.H先生に玄関で迎えられた。白亜の研究所は戸締りが厳重。警備の守衛さんの許しを得て所内に入る。鰻の寝床のような廊下を経て和室でスライドに基づくM,H先生の講話があり、その後所内見学。
プールやバドミントンのための体育館も完備し、1,000万円もする体脂肪計も見せてもらい、健康や栄養のための基礎研究が地道に続けられていることを初めて知った。
そのあとM.H先生の先導でウォーキング。早稲田大学から甘泉園公園を通り面影橋を渡る。南蔵院で右折、新江戸川公園で10分休憩。
続いて久しぶりに椿山荘の庭園を見学、ついでに花嫁にも会い、豊かな気持になったところで江戸川公園で紅白の早梅に出会いますます気持をよくする。江戸川橋から左折して目白通りを直進、高田1丁目で右折、鬼子母神に入る。
ちょうど豆まきの最中。先を争っていただく豆。GNPのメンバー2,3人にもありつく。早速開いて一粒ずつでも福をいただこうと皆で分け合う。
ここから瀟洒な雑司ヶ谷旧宣教師館の庭を通り、雑司ヶ谷霊園を抜け、南池袋公園で解散した。=約10キロ=
雪の中沖縄に向かう
雪の降りしきる1月27日(土)早暁、JR、都営、営団の1番電車に乗って午前6時2分、羽田空港に19人が集合。航空機に積もった雪下しのため約1時間遅延して沖縄に向かう。沖縄空港には40分遅れで到着。直ちにバスでホテルに向かう。ホテルに大きな荷物を預け、バスターミナルから玉泉洞に向かう。市内バスも市外バスも回数券は15%引であることが判明。細かく利用することにし、先発隊に依頼。先発隊は玉泉洞の半額券も手に入れてくれた。
手を入れすぎ玉泉洞
玉泉洞ではまずレストランで食事。食事の後、洞に入る。東洋第二と言われる鍾乳洞の規模は大したものだが、手を入れすぎた感があり、道も広くなり歩きやすくなっていた。ここからバスで平和祈念堂に向かう。広大な敷地の中に祈念堂、資料館、各都道府県が集う摩文仁ガ丘平和祈念公園、黎明の塔と歩いた後、ひめゆりの塔までバス道を歩く。途中、あっけにとられて我々を見とれていた老婦人が足を踏み外して転倒するハプニングもあり、みんなで助け起こす。
姫百合之塔で合掌し
姫百合之塔は、乙女の命を次々に投げ出したと言われる洞穴の前に建ち、絶え間ないお線香の煙と花束の前で思わず、合掌した。資料館の中で微笑む少女たちは世が世なら70過ぎの老婆。悲しい戦争の残滓だ。つくづく人間のあさましさを感じる。ここからバスで那覇に向かい、食事をして初日、約20,000歩を歩き無事終了。
中日はバス観光旅行
中日の28日、ホテルまん前の那覇交通観光バス乗り場から8時30分出発。途中二つのホテルに立ち寄り、琉球村に向かう。ハブとマングースの戦いが売り物かと思っていたが、禁止となり、ハブの素早さに感嘆。続いて万座毛の断崖の怖さを味わう。象の鼻にそっくりの断崖をバックに記念写真。次に立ち寄ったのは海洋博公園。素晴らしいイルカショーを観賞しながらお弁当。砂浜の白さと海水の透明さ。本土では味わえない美しさだ。パイン園は季節外れのためか、土産物だけ目立つ。
沖縄料理10品を頂く
東南植物楽園は二つの公園から成り立ち、この季節でも赤、黄、青など色とりどりの南方系の花が溢れる。ただ気になったのがそこはかとなく漂う田舎香水の香り。いつのまにか我慢出来なくなっている自分の姿がいまいましい。コザのショッピングセンターに立ち寄った後、國際通りで全員降車。
10時間の観光を終わり、晩餐会に向かう。「月ぬ美しゃ」というお店。沖縄料理10品。豆腐が上手に使われ、くらげの酢の物と思って食べた後聞くと、「豚の耳」とのこと。始めに聞いていれば手をつけなかったはずだった。中日の歩行、約18,000歩。バスの中ではほとんど居眠りをしていたはずなのに疲労困憊。歩くより居眠りが疲労を呼ぶことを知ったのが中日の収穫。
波之上宮で雨避け願
千秋楽の29日、8時30分、ロビーに荷物を置いて出発。福州園横の空地で沖縄初めてのストレッチ体操。中国風に作り上げてある福州園の庭園と建物はこじんまりしているが、本格的。ここから由緒ある波之上宮に向かい、「60%の降雨確率の本日、他はどうでもいいからGNPの歩く道だけには雨を降らさないように」と、厚かましいお願い。ところが、この願い、すっかり聞き入れていただき、とうとう昼からはお天道様まで笑顔を私どもに見せてくれた。もうこれでは神様に背を向けては寝られなくなってしまった。
観光船で海中を散歩
公園、港湾を巡って、とまりんで水中観光船「トムソーヤ」に乗り込んだ。荒天のため、堤防内で珊瑚礁を見る。ハッチが閉められ、船室が沈み出し、一瞬、潜水艦の心境。このままハッチが開かないとどうなるのだろうと不安に駆られるが、豊かな色彩に満ちた魚群を見つけて海中見物に熱中。珊瑚礁の美しさは湾内のためか、余り伺えなかったが、瞬く間の30分。もう引き返すのかと船上に出たが、風に当っても平気。この暖かさは本土では想像できない。
息が切れる石畳道で
泊港から首里目指してウォーキング。途中、崇元寺石門を見る。この寺の消失が戦災によるものと聞き、悲しくなる。金城町の石畳道、下から上る。急な坂で息が切れるが、頃合のところに金城村屋があり、ここで休憩。続いて守礼門まで一気に歩き、空腹に耐え、家庭料理で有名な富久屋に入る。予約も入れず19人も入った富久屋はてんてこ舞い。GNP有志はここでも俄かウエイトレスに変身。お茶の接待から料理の運び役などテキパキとお手伝い。無事昼食にありつく。
赤が似合う首里城址
首里城の中は赤が似合う雰囲気。当時の栄華が伺え、着物や宝飾品がきらびやかだ。首里城公園から國際通りまでバス。15時過ぎ、ここからつかの間のフリータイムとし、18時30分まで買い物やコーヒーを楽しみ、ホテルに戻る。荷物を受け取り、バスで空港へ。定刻20時、無事航空機は羽田目指して飛び立つ。3日間の沖縄ウォーク、楽しく愉快にたっぷりと味わった。千秋楽の歩行、約27,000歩。3日間総計歩数、約65,000歩。
◎第153回【大江戸線北回り】
1月20日(土)午後1時、森下公園に集合したのは55人。今にも雪が降りそうな寒々とした天候の中で、準備体操をした後、出発。
馴染みの森下駅から清澄通を歩き、江戸博の前にある両国駅を通過。春日通に入り、厩橋を渡り江戸通を越え、蔵前駅、新御徒町駅を通過。お馴染みの多慶屋辺りから人通りが激しく、上野御徒町駅までピーク、人込みを縫うように歩く。
湯島天神の梅がもう僅かに開いているのに感嘆しながら、本郷3丁目駅、巨大な文京区役所シビックセンター見上げながら、春日駅を通過。後楽園の歩道橋を渡り、後楽公園で休憩。
Bグループの到着を待って出発。飯田橋駅から大久保通に入り、牛込神楽坂駅を過ぎた神楽坂上交差点で足留めに遭い、何事かと目を皿のようにして見ていると、何と皇太子妃雅子様のお通り。約2メートルぐらいの超接近。思わず皆で歓声を上げるとにっこり微笑んだ笑顔は素敵。おかげで皇太子様が一緒だったかどうか定かではない。
興奮収まらないまま、牛込柳町駅を越え、若松町交差点で迷いそうになったが、無事左折。若松河田駅を発見して一安心。あとは職安通を直進。東新宿駅を横目にみて北新宿百人町で左折。新宿西口駅を確認して、西口の巨大ビルの中を縫うように歩き、都庁前駅にある都庁広場に到着。整理体操をしてから解散した。
来週の沖縄組は都庁展望室に上り、打ち合わせ。終了して戸外に出ると霙が降り始め、雪模様。ウォーキング中には降らなかった天佑に感謝しながら家路についた=約14㌔=。
◎第152回【荒川、日光街道】
1月13日(土)午後1時、東日暮里1丁目公園に集合したのは51人。体操をした後、正庭通を直進、明治通りを渡る。この渡り方が問題で、うっかり歩道橋を渡らずに横断歩道を渡ったAグループ、信号待ち3回。この違いで、BにもCにも置いていかれ、最後尾を歩く。
区役所と同居する荒川公園から汚水処理場を利用した荒川自然公園を通り、隅田川を下る。途中、天王公園でトイレ休憩。
そのあと、千住大橋を渡り、すぐ左折、またまた隅田川に突き当たり、今度は剃刀堤防の外側、人のほとんど通らないコンクリートの上を尾竹橋までひたすら歩く。尾竹橋通りを少し歩いて西新井橋手前で荒川土手に入り、土手の上をどんより曇った典型的な冬空の中、虹の広場まで直進、ここで休憩。
止まるとたちまち冷え込みが襲い、5分ほどで歩き始め、サンロードから仲町商店街と直線になっている旧日光街道。まるで江戸時代に戻ったような家並もまだ残っている街道を千住大橋まで歩く。渡りきってからコツ通りに入り、南千住駅を越えて右折。無事、終点の東盛公園に到着。
ちょうど蝶の羽を広げたような約12㌔の周回コースを巡り、久しぶりに本格的に歩いたような快い疲れを残して帰途についた。
◎第151回【総会・日本橋七福神巡り】
平成13年1月6日(土)10時、教育センターで総会を開催。出席者は61名。始めに昨年の下見参加者に対し、パスネットカードなどを交付した後、平成12年分の収支報告、今年の収支予算の承認を受けたのち、昨年の納会で内定した班割り(A.B1.B2.C)、準会員制度の導入を決定した。その後、本年の実施計画については昨年、各グループから提出されたコース計画に基づき、下見の必要なものは下見を実施し、その他、公共機関が実施する大会に参加するなど弾力的な運営にすることを決定し、総会を終了した。
広場で記念写真を撮影した後、体操を行い、いよいよ21世紀最初のウォーキング。まず洲崎緑道公園にを通り、三つ目通りを渡り、古石場親水公園に入る。ここから永代通りに出て永代橋を渡り茅場町交差点で右折。ここから日本橋七福神巡りの開始。まず小網神社(福禄寿)、続いて茶ノ木神社(布袋)に立ち寄ったが、神様、お留守で、次の水天宮(弁財天)で遊んでらっしゃるとのこと。水天宮の人出は流石のもの。賑わっていたので、早々に松島神社(大黒天)に向かう。続いて末広神社(毘沙門天)から笠間稲荷神社(寿老人)と巡り、少し離れている椙森神社、宝田神社(いずれも恵比寿)と無事七福神ならぬ八福神を巡り終え、十恩公園で解散した。=約8㌔=
12月23日午後1時、150回目を記念し、新設されたカメリア・ホール(亀戸文化センター)6階の第1和室で納会。直接納会にだけ出席した人も含めて、本日の出席者は67人。B1グループが世話役となり、弁当や果物、それに亀戸の名物「まめ大福」の調達、部屋の模様替えなど大車輪の活躍。大変スムーズな納会が出来た。
納会では、まず、10月から12月までの例会12回に皆勤されたS.Kさん、M.Kさん、S.Kさん、M.Sさん、T.Hさん、T.Hさん、K.Mさん、T.Mさん、にホッカ座布団を贈呈。続いて年間50回すべてを皆勤されたT.Hさんに朱肉を贈呈した。その後、年間半数(25回)以上出席した会員59人(昨年58人)の方に「反射テープ」を差し上げた。
引き続き、これまでの運営状況を説明し、来年度の例会実施計画、本会員はA,B1,B2,Cの4班とし、新たに準会員及び臨時会員(1回参加200円の会費)の導入、下見補助の支給などを協議した。なお、今年の下見従事者に1回当たり500円程度のパスネット等の支給を決定、総会で贈呈することとした。
2時30分、無事、納会終了。心配された雨予想の天気はうそのように晴れ渡り、正に納会日和。カメリア・ホールの玄関からサザンカの咲きそろう亀戸中央公園に向かい、ここで体操をしたのち、ふれあい橋から亀戸9丁目緑道公園を水鳥の浮かぶ旧中川を眺めながら歩く。中川新橋のたもとから右折して亀戸9丁目交差点を左折,ほとんど真っ直ぐ歩き、わんさか広場でトイレ休憩。今度は中川大橋を渡り、大島小松川公園の芝生を突っ切って平成橋を渡り、真っ直ぐ仙台堀川公園に入る。この公園をどこまでも真っ直ぐ歩き、清洲橋通りを越え、葛西橋通りを越えた先が、終点のジャスコ。出来たばかりの巨大スーパーで解散。クリスマス直前のスーパーは人出でいっぱい。GNPの面々もこの雑踏の中に無事紛れ込み、今年1年のフィナーレを飾った。
快晴の12月16日(土)10時前にJR鶴見駅に集合したのは43人。JR東日本横浜支所主催の小さな旅第6回目のコースは約14キロ。駅前では受付がなく地図だけもらい、ストレッチ体操を簡単にした後、歩き始める。
三ッ池公園までの道程は若干の坂がある程度の住宅地。三ッ池公園は文字通り、上の池、下の池、中の池と三つの池があり、水鳥が静かに泳ぎ、なかなかの風情。ここまでで軽く考えていたが、急坂に入った途端、なかなかのアップダウン。せせらぎの小径に入って獅子ヶ谷横溝屋敷で休憩してほっとしたのもつかの間、熊野神社市民の森はもうハイキングコース。
普通のウォーキングシューズでは滑りそうな雰囲気。熊野神社にたどりつき、横目で眺め大倉山駅を越えると今度は大倉山公園。寒桜が散りはじめ、梅林はまだ蕾にもなっていない。
悪戦苦闘してやっと太尾堤緑道に入り、その後は快適な鶴見川中流散歩道を軽快に歩く。と、急に球形の近代的な建造物が見え始め、なんだなんだと騒ぎ始め近づいてみると、これが横浜国際総合競技場。2002年のワールドカップ決勝戦の舞台になるそうだ。ゴールのJR小机駅のすぐそば。
小さな小さな無人駅であった小机駅がビルになり驚く。ここで完歩のスタンプと記念品をもらい解散。駅前で遅い昼食にありつき、やっと人心地。帰路についた。
12月9日(土)正午、快晴の両国公園に集合したのは53人。四十七士より6人多かったが、記念写真でときの声をあげ出発した。
出店で賑わう吉良上野介上屋敷跡はもう人出でいっぱい。人出を掻き分け、回向院裏を通る。ここから直接、萬年橋に向かう予定がうっかりAグループは隅田川べりに出たのが運の尽き、一の橋で迂回。その上にまた隅田川べりに入ったため、萬年橋でまた迂回。この遅れで、BグループにもCグループにも遅れをとり、永代橋から手を振られ、南高橋を渡り、鉄砲洲公園で休憩していたBグループにやっと追いつく。
小休止の後、明石町の浅野内匠頭邸跡をチラッと眺め、銀座晴海通りの雑踏を直進。日比谷公園の手前で左折。新橋4丁目にある浅野内匠頭終焉の地を通り、芝公園で2回目の休憩。
その後も日比谷通りをただただ直進、三田駅から第一京浜に入り、泉岳寺まで、今回は坂道を通らずに単純に歩いた。泉岳寺前の児童遊園で整理体操をした後、3年間の大願成就を泉岳寺に報告して解散した=約14㌔=。
12月2日(土)午後1時30分、久しぶりに健康センターに集合したのは51人。ウォーキング12週間最終回の後塵を受けて,準備ストレッチをした後、出発した。
受講者のリクエストコースを若干変更して、まず洲崎川緑道公園を通り,新しく開店した巨大なイトーヨーカドー木場店の様子に目を丸くしながら三つ目通りを南下。高齢者在宅介護支援センターらん花園を過ぎ,汐枝橋手前を左折してしおかぜ橋にいつもと違う方向から入り,後はリクエストコースと同じ。暁橋、漣橋と渡り、辰巳の森海浜公園でトイレ休憩。
辰巳の森緑道公園を通り,桜橋を渡って晴海通りを越え,一路、東京ビッグサイトを目指し、何故か先を歩いていたCグループに追いつき、一緒にビッグサイトに到着。Bグループは東雲で一つ早く右折したため,長い直線距離を歩くことになりうんざりしながら10分後に到着し、ここで解散した。
ビッグサイトではおりしもバーゲン開設中。大半の方がバーゲン会場に入り,冷やかしを兼ねて食べたり、買ったり、見たりしながら帰路についた。
GNP初の海外ウォーク、「万里の長城ウォーク」は11月26日午後6時,定刻通り北京に向かって出発。一行14人(総員37人)、9時(現地時間)に北京に到着、ホテルで一泊。
翌27日朝8時バスで八達嶺万里の長城へ向かう。約4キロの道程だが約2,000段の階段と石畳の道。想像よりも険しい難所。約8,000歩で踏破出来たが2時間半かかる。快晴に恵まれ,うねりくねった長城の姿と寒々とした山並みの佇まいが美しく調和し、世界遺産の一つであることに納得した。
午後は香山公園。ロープウェイで一気に580メートルの山頂香炉峯まで上がる。香炉峯からは北京の市街地が一望できたが,排気ガスに妨げられ霞みがかっていた。帰り、一行中6人は石段で歩き降りたが、他はロープウェイ。始めのうちは快適。しかし後になると膝が笑い始め,下り着いたところでは、よろよろになってしまった。
28日は市内見学。天安門広場と故宮を見学。前日と違って曇り空の中、気温は氷点下。壮大な広場と建物群は流石という感じ。
午後はその故宮の4倍の広さを持つ天壇公園を散策。不思議なことに両日とも歩数は16,000歩強。2日間で33,000歩、歩いた。
最終日29日は午前5時起床。午後1時(日本時間)に成田に到着。全員無事帰京した。ホテル,添乗員に恵まれ,快適な4日間の旅を終えた。
11月25日はJRちーたび第5回の【鎌倉の海山めぐり】に参加。久しぶりに好天に恵まれ、午前10時、横須賀線鎌倉駅に39名が集合。受付場所の鶴岡八幡宮へ向かう。地図とバッチを貰い、軽く体操をして出発。去年まで鎌倉ウォークの先導をされていたAさんがGNPの激励がてら、同行してくれた。
横須賀線の扇が谷の踏切を怒涛のように渡り、寿福寺、英勝寺を横目に見て源氏山公園への化粧坂を登る。尾根伝いの大仏ハイキングコースは、木の根や石や落ち葉がいっぱいで快適な道だったが、途中からすごい渋滞になった。ジグザグの急な坂をやっと降りたと思ったら、また、すごく急で長い石段登り。上りきった貯水池脇の広場で大勢の人(実は会長も)が休憩していた。心臓がバクバクしたが、休憩予定の極楽寺までがんばる。アスファルトの下り坂をトコトコ下りると黄色い旗が見えた。Aグループの皆さんだった。「会長は?」と聞かれ、エーッと驚く。知らない内に追い越したらしい。
極楽寺を覗いて稲村ヶ崎へ向かう。浜辺でABが揃った。少し休んで由比ヶ浜へ。何か工事中で、トンネルが出来ていた。滑川橋手前を左折して若宮大路を北上。勘違いして、ゴールの鎌倉駅を通り過ぎ,段葛を歩いていた時、会長の携帯電話が呼び戻してくれた。駅のロータリーを大回りして、待ってくれていた皆に、やっと会えて解散した。
11月19日(日)午前10時、東京モノレール大井競馬場駅前の運河沿いに集合したのは38人。肌寒い薄曇の一日であったが、歩くには快適。
かもめ橋を渡り、京浜運河緑道公園を他のウォーカーをどんどん追い越して歩く。大井北埠頭橋を渡り、今度は旧東海道に入り、南馬場で左折、子供の森公園で休憩をとった。
ここから後は坂道の連続。居木橋交差点から右折、いよいよ各国大使館巡り。御殿山の坂を上り、ミャンマー大使館前を左折、御殿山ガーデンを抜け、八つ山坂を下り、ソニー本社前の歩道橋を渡り、急坂を上る。ブルネイ、ポーランド大使館を通り、高輪台から泉岳寺へ。泉岳寺から伊皿子坂を上り魚籃坂を下り、四の橋交差点を右折、イラン、フィンランド、中国、ドイツ各大使館を眺め、有栖川宮記念公園で小休止。公園の紅葉は最盛期。
カタール、アルゼンチン、オーストリア大使館を眺め、麻布十番の賑やかな繁華街を歩く。ちょうど空腹を覚えるころ、餃子や回転焼の臭いに誘われ挫折しそうになったが、周りの励ましに促され、やっとの思いでゴールの芝公園駅前に到着。
おりしも東京国際女子マラソンの始まる直前、小旗を振って沿道の観客が大勢いたが、まるでGNP一行を歓迎しているような雰囲気に気分をよくして解散した。=約13キロ=
11月11日(土)午後1時、白山公園に集合したのは49人(ウォーキング12週間応援者及びゲストを含む)。
雲一つない冬晴れの中、N.Nさんの掛け声のもと準備体操を終え、白山神社から浄心寺坂、お七坂と坂道を下り、身禄富士を横目に見て根津神社に入る。お稲荷さんを祭っている数多くの赤鳥居に頭をぶっつけないように潜り抜け、紅葉を楽しむ。異人坂を下り、岡倉天心記念公園で休憩。
六角堂を形どったトイレが印象的。入り組んだ路地を抜けて有名な夕焼けだんだんを上る。彰義隊を匿ったといわれる経王寺の山門には今でも銃弾の跡が残っていた。
日暮里駅(Cグループの大半はここで解散)を抜け、駄菓子卸屋さんが密集している横丁を通る。続いて繊維問屋街を歩き、カンカン森通に出る。カンカンは茹蛸になることではなく、神々の森の意とのこと。続いて庶民でごった返す荒川仲町商店街を通り、尾竹橋通を越え、コリアンマーケットを横目で確認。新三河島駅から花の木公園に到着。整理体操をして解散した。=約10㌔=
天気予報では雨天確実の11月5日(日)、案に相違して快晴、午前11時、本川越駅前に集合したのは46人。
受付を済まして早速歩き始め、中院、日枝神社、仙波東照宮を巡って喜多院で休憩。記念写真を撮影した後、豊満な菊華展を見学。三芳野神社、川越城本丸御殿、川越市立博物館を通った後、前半組と後半組に分かれて百丈で昼食。
昼食後は、三々五々、別々に時の鐘、菓子屋横丁、蓮馨寺などを散策。晩秋の小江戸川越を心行くまで楽しんだ=6キロ=。
番外 大江戸線北巡り
11月3日、大江戸線新駅お披露目散歩の応募に落選。腹癒せに午前10時、新宿駅に7人が集合。
新宿西口、東新宿、若松河田、牛込柳町、牛込神楽坂、飯田橋と新駅を探索。後楽公園でしばし休憩の後、春日、本郷三丁目、上野御徒町、新御徒町、蔵前、両国と再び新駅の探索。無事森下駅まで到着。
前回と合わせて大江戸線を一周できた。
=12キロ=。
10月29日(日)は生憎の雨、午前9時、明治神宮外苑絵画館前に集合したのは33人。8,500人の応募があり、そのうち3,000人が当選したようだ。
主催者の挨拶があった後、簡単なストレッチ体操をして午前10時スタート。我がGNPの面々、先頭グループを颯爽と歩く。もっとも傘を差しての歩みで周りの景色はよく見えない。青山3丁目を越え、青山霊園横を通り、根津美術館前から一路明治神宮を目指す。
おりしも明治神宮80周年の記念大祭が開かれ、神輿の行列をどん尻から先頭まで一気に抜き去り、神宮には先に入り、混雑を免れた。明治神宮内の参道は玉砂利の道。ウォーキングシューズでは歩きにくいこと夥しいが、それでも大木が織り成す緑の茂みは一種の森林浴。大都会の中で稀有の体験になる。
神宮を出て千駄ヶ谷駅前からスタート地点の絵画館横に出てよっぽどゴールとしたかったが、我慢して明治記念館、赤坂御所、迎賓館正面と次々に抜ける。そこから本日のスポンサー、ハウス食品本社前を通って清水谷公園でペットボトルの水をいただく。弁慶橋を渡って青山通りを歩き、青々とした銀杏並木のトンネルをくぐって、ゴールの絵画館前に到着。
完歩賞とハウス製品7品目が入った赤い袋を獲得。約15キロのウォーキング、無事終了した。
番外 高川山を征服
10月28日(土)午前8時22分、東京駅に集合したAグループ有志の6人、大月の一つ先、初狩まで電車に乗り、標高976メートルの高川山に登った。
もやってはいたが、360度の視界は素晴らしく、富士山もくっきり眺めることが出来た。帰りは反対側、富士急の田野倉に出た。
途中、廃校となった小学校跡に入り明治大正時代の雰囲気を味わい、「あっこ」という喫茶店では「あっこ」ならぬ叔父様が経営。「あっこ」さんの所在を尋ねたところ、「あっこ」は「あそこ」という意味だそうで大笑い。
和気藹々のうちに16時30分には東京駅に帰着した。
10月22日(日)午前10時、都庁前の都民広場に40人が集合。これは来る12年12月12日の都営大江戸線全線開通を記念して都交通局主催で実施された都庁前からから森下まで、約16㌔の「大江戸線街めぐりウォーク」。
都民広場で受付を済ませ軽く体操をした後、10時25分出発。甲州街道を新宿駅南口で右折、サザンテラスへ。ここでは何か撮影が行われており、その人だかりを見ながら歩く。代々木駅を過ぎ、千駄ヶ谷の国立競技場駅を過ぎて右にカーブ。久しぶりの外苑イチョウ並木は青々としてこれもなかなかの風情。青山通りで左折し青山一丁目で第一のチェック。
赤坂郵便局で右折して、六本木、麻布十番、赤羽橋をたどり、芝公園で5分間の休憩。貿易センタービルにも繋がっている大門が第2のチェックポイント。
浜離宮庭園前にある汐留を過ぎ、第3のチェックは築地市場。ところがこのポイント、国立がんセンター側にあり、右側から左側へ広い市場前の通りを渡らなければならない。その仕事は先頭グループに任せ、後続隊はそのまま、すいすい勝鬨橋を渡り、勝どき、月島から門前仲町へ向かう。
このへんになると地元ということで、地図も見ないで平気で歩ける。やっと追いついたチェックポインター達、ここでも対岸に渡り、赤札堂前で最後のチェック。
新装なった清澄庭園前の清澄白河はトイレも瀟洒。トイレ休憩を若干取った後、森下駅に向かう。入口から地下に入るが、降りれども降りれども駅に着かないという感じ、深い階段はエスカレーターが動いていない状況では結構不便。
それでも簡易定期入れの景品を獲得し満足して解散した。
久しぶりに午後スタートとした10月14日の午後1時過ぎ、都電三ノ輪駅は人波が激しくなったが、ほとんどGNPの面々。荒川遊園まで約20分の乗車だが、のどかな乗降が続く都電風景を楽しんだ。あらかわ遊園入口に集合したのは47人。秋晴れの絶好のウォーキング日和の中で体操をしてスタート。
Aグループは例の如くうっかりして白山神社を飛ばして石神井川の河口に向かう。船堀緑地が旧河口とのこと。昔の様子を探りながら地蔵堂を横目に東豊島公園に入る。U字型に曲がった隅田川に沿って歩くが堤防沿いで隅田川は見えない。小さな鉄階段を降りて隅田川を離れ、清光寺をチラッと眺めて王子5丁目公園で休憩。
ここから王子神谷駅を通りぬけて東十条駅構内を通りぬけ、右手にある本屋のビルに入り階段を降りて下の道に出るという離れ業で馬坂名残の階段を上る。そのあとバックして十条富士に登り、あっという間に下って有名な篠原演芸場を看板だけ見て小さな野鳥の森緑地も見学して、無事、名主の滝公園に到着。
先に到着していたCグループ。5分後に到着したBグループと全員そろっての整理体操は、久しぶり。ここで解散した。=約11キロ=
10月7日(土)午後2時、森下公園に集合したのは48人。久しぶりの区内出発で、ここまで歩いて来られた方も多く、さわやかな秋晴れの中、第3四半期の皆勤者、T.Hさんを称えてから歩き始めた。
Aグループは新大橋を渡って中央区側を通るはずであったのをうっかり手前から曲がってしまい、計画通り歩いたB、Cグループと隅田川を挟んでエールを交わしながら歩いた。清洲橋の下をくぐり、永代橋で対岸に出て再び中央大橋を渡って佃に入る。佃島のリバーパークが完成し、水辺をぐるーっと巡り、佃小橋を渡って再び隅田川へ。堤防に描かれた自然の芸術、つたの類がまるで大木の茂りをキャンパスに人工的に描いたように茂っている。対岸の堤防は煉瓦造り、所々にある水門や窓が不思議だ。
水辺をいったん離れて今度は月島川のみどりの散歩道を歩く。途中、団地の中を通って勝鬨橋を渡り、今度は隅田川を北上。堤防にあった水門や窓はすべてイミテーション。聖路加ガーデンでやっと休憩。
リバーパークで小休止したBグループが10分後に到着したのと同時にAグループは出発。佃大橋をくぐり亀島川にかかる南高橋と高橋を渡り、新大橋通りへ。鎧(ヨロイ)橋を渡り、今度は日本橋川に沿って歩く。日本銀行発祥の地碑を眺め、左折して隅田川大橋を渡る。
亀掘公園に到着したときには勝鬨橋を省略して佃大橋を渡ったCグループはすでに到着していた。体操をして解散。約20分後Bグループも無事到着した。
さわやかな秋晴れに恵まれた9月30日午前10時、大崎ニューシティの広場に集合したのは50人。
H.Wさんの掛け声で軽やかな準備体操をした後、小関歩道橋を渡り、小関通りからソニー横の公園を階段で上がり、ミャンマー大使館の旗だけ見てモーリタニヤ大使館の前に出る。続いて大きなユーゴスラビア大使館を眺め、八つ山坂でウクライナ大使館横を通って人一人しか通らない階段を上る。この大都会でまさかと思えるような草ぼうぼうの道でびっくりする。
ブルネイ、ポーランド両大使館を眺めた後、大きなロシア通商代表部通りすぎ、桜田通りを渡り、池田山公園で休憩。落ち着いた公園で佇まいは最高だった。
インドネシア、タイ、コロンビア、マラウイと4つの大使館を通り、目黒駅(Cグループ解散)から行人坂を下る。大鳥神社前の交差点を越えて十七が坂をハアハア言いながら上り、中目黒緑地公園の下り階段でほっとしたのもつかの間、なべころ坂の急坂で息が上がる。その後は意外に平坦で、祐天寺に無事入る。
軽く体操をした後、ここで解散。祐天寺駅に向かうもの、中目黒駅に向かうものに分かれて帰路についた=10キロ=。
9月23日(土)早朝、JR直通組と小田急利用者と分かれて真鶴駅に向かう。生憎の雨模様、伊豆方面はどういうものか雨に恵まれる。真鶴到着は小田急組が時刻表を読み違え、一電車遅れる。午前10時30分荒井城址公園で受付を済ませ出発。
いきなり下り道で、尻掛海岸に向かう。その頃から小雨とはいえ、傘か合羽など雨具が必要になり、まわりの景色を見るのは難しくなる。真鶴サボテンランドの見学は省略して、小休止。
中川一政美術館も横目で見ただけで先を急ぐ。お林遊歩道、森林浴遊歩道、番場浦遊歩道、潮騒遊歩道とお天気のいい日ならさぞいい眺めと思いながら、足元に気をつけ歩く。真鶴岬で長い行列に並んで味噌汁の大判振舞いにありついたので、三ツ石を見ながら一緒にお握りをぱくつく。
砂利道や土砂道をしばらく歩き、琴ヶ浜は道と浜辺が一緒になったような感じだった。雨が降り続くなか、貴船神社への寄り道は止めて真鶴港に着くが、ここでも足を止めず、一路、真鶴駅を目指した。曲がりくねった車道で登りばかり。それでも1時前には真鶴駅に到着。
着いた途端、雨は土砂降りになり、1時過ぎに到着した方々はびしょ濡れの解散になってしまった。参加29人=約10キロ=。
9月16日(土)午前10時、八広駅に集合したのは59人。ほとんどの方は錦糸町から都バス一日乗車券でお見えになったが、集合場所が建設途上であったため騒音が激しく移動して路上で打合せ。
可愛い幼稚園の集団が通りすぎたりして落ち着かないまま、小林人形資料館に向かう。小さな民家であったが、中の展示物は由緒のあるものが多く見物に熱が入った。全員一度というわけにもならず、三つに分けたため、間延びした進行になった。
東向島駅までジグザグの古い通りを歩き、ユートリヤ(すみだ生涯学習センター)で休憩した。そのあと京成曳舟駅から東向島3丁目、4丁目と相変わらずジグザグの裏道を通過。ライター博物館は場所だけ確認して業平橋駅、本所吾妻橋駅を横目に駒形橋で隅田川にたどり着く。
ここからはひたすら高速道路下の日陰道を直進、蔵前橋の下を抜け、旧安田庭園に到着、到着順番は何故か、Cグループ、Bグループ、Aグループとなり、全員で体操をして解散した。
両国界隈は本場所中ということで、大変な賑わい、浴衣がけの相撲取りにもおおぜいお目にかかった。
9月9日(土)午前10時、この日も残暑厳しく呑川本流緑道入口に集合した48人。到着したときからすでに汗だく。
中根公園で体操して岡田家長屋門を横目に眺め、呑川本流緑道に入り、東工大のキャンパスを両側に見て緑ヶ丘駅を地下道でくぐり、弁太橋から九品仏川緑道に入る。幸い木蔭が続き、日陰の風はさわやか。
自由が丘駅を通りすぎ、わずかであったが、木材で作った小道があり、歩きやすい。等々力6丁目で一般道に入り、等々力5丁目で右折、深沢公園で休憩した。中の橋で再び呑川本流緑道をたどり、下石橋まで歩く。ここで第1次解散としたが、日照りが激しく、ほとんどの方が離脱。
氷川神社に参詣した後、北野神社を横目に見て天神橋から呑川柿の木坂支流緑道に入る。川の流れが小さかったせいか、幅が狭くちょこまかしているが、手入れが行き届き、近隣の人達の心遣いが見える。東根公園で小休止。
駒沢大学駅までは一般道。真昼の太陽に辟易しながら駅までたどり着いたのは7人。ここで解散した。=約12㌔=
9月2日(土)午前10時、東大農学部の中にある朱舜水記念碑前に集合したのは44人。5回続いた夕涼みウォークから久しぶりの日中ウォーク。
雲一つない快晴に恵まれたが、それだけに暑さは格別。日陰を選んで、日本医大前、鴎外記念図書館前などを歩いたが、照り返しの厳しさはたまらないものがあり、狸坂を下り、与楽寺坂を上るころには限界に近づき、田端公園等を省略して田端文士村記念館に直接向かい、ここで休憩した。冷房の効いた館内でしばらく涼んでいるうちにウォーキング意欲が急速にしぼんでしまい、ここで中断することにした。
なお、Cグループなど半数近い方々は道灌山下から北上した先頭グループと反対に南下して、よみせ通、へび道などの蛇行する旧谷田川跡を通り、不忍池弁天堂まで完歩して解散した。
夜のニュースによると本年最高の気温であったとのこと。苦渋の決断はそんなに間違っていなかったようであった。=約4キロ=
この夏最後の夕涼みウォークは、8月26日(土)午後5時 、丸の内線新中野駅徒歩1分の杉山公園に47名が集合。体操して都庁を目指して出発した。
青梅街道から細い路地に入り、鍋横商店街をかすめ、旧本郷道を歩く。中野新橋で二子山部屋を見て、十貫坂で中野通りを抜け、中野富士見町へ。神田川を渡り営団地下鉄中野検車区を横目に見て左の坂を上がり旧雑色道を通る。お祭り真っ最中の栄町公園で休憩。
浴衣姿の多い中でウォーキングスタイルは異様に見えたようだ。これまた大賑わいの川島通り商店街をひんしゅくを買いながら通過。ほとんど真っ暗の新宿中央公園を抜け、都庁第1庁舎の展望室に到着。東京の夜景をパノラマで見学。ここで解散した。=約9㌔=
潮風公園はすでに何回か訪れたが、今年4回目の夕涼みウォークもここを通る。8月19日、午後6時、お台場のウエストパークブリッジに集合したのは50人。フジテレビ前で体操をした後、センタープロムナードを通り、巨大な観覧車に感嘆しながらパレットタウンに入る。
風の吹かないパレットタウンはビルの中に、もう一つ空もある世界があるような雰囲気。瀟洒な店があり、噴水があり、広場まであって、夕暮れに近づいた空はだんだん赤みを帯び、やがて青くなっていく様を示している。これがすべて映像だから驚く。通り抜けのできる出口を探したが、結局見つからず、入った場所まで戻り、青海1丁目の交差点を左折、青海中央埠頭公園を通り抜け、誰一人他の人がいない青海南埠頭公園で休憩した。
公園の続く青海地区も、この頃にはすっかり暗くなり、いつのまにか日暮れの早さが感じられる季節、もう秋。虫の音も今を盛りとばかり賑わっている。船の科学館を横目に東八潮緑道公園、潮風公園と歩き、一昨年の炎天下のバーベキューを思い出した。終点のお台場海浜公園に近づくに連れてアベックが目立ち始め、目のやり場に困ってくる。それでも潮風の涼しさは抜群。
園内の樹木もすっかり定着し、木立を吹きぬける風は汗に濡れた体に心地いい。水上バス乗り場でCグループに遭遇。無事を確認して解散場所に到着。まもなく到着したBグループと一緒に整理体操をして解散した。=約8㌔=
8月12日は例会としてはお盆休み。番外編として京王電鉄主催の「夏の高尾山」に参加。京王線新宿駅に集まったのは15名。内14人は土休券を利用したので新宿-高尾山口往復530円で済んだ。
上りは稲荷山コース。傾斜は意外にきつくなく歩きやすい。途中にある見晴らしから見える新宿副都心、まるですぐ近くのようだ。山頂手前から一丁平まで1.3㌔程度だったが、結構きつかった。一丁平で休憩。
折り返して高尾山頂で昼食。100段ほどの階段で息が切れてしまった。山頂の四阿は日陰でそよぐ風はもう秋風。汗にまみれた肌に心地よかった。
帰路の2号路は土道で歩きやすかったが、なぜか途中で1号路に戻るコース。コンクリート道の下りは意外に歩きにくく膝がガクガク。ゴール近くの氷屋でかき氷を食べ人心地つく。
ゴールでスタンプを貰いペットボトル1本の参加賞をいただき、無事終了した。約20,000歩、歩いたが距離は約8㌔とのこと。山道の歩幅はずいぶん短くなるものだ。
8月5日(土)午後6時、「君の名は」で有名な「忘却とは忘れ去ることなり」と当たり前のことを書いてある数寄屋橋の碑前に集合したのは43人。
早速、銀座の練り歩き。並木通りを南に、西五番街を北に、金春通りを南に、銀座中央通りは北にとジグザグ行進。松阪屋から東にみゆき通りを通り、新大橋通を渡り築地場外市場の中を往復、波除稲荷神社で小休止。すし塚、海老塚、魚塚など魚河岸らしい塚が奉納され、ほほえましい。晴海通を渡って築地川公園で休憩。
この頃には日も暮れ、薄闇に包まれる。中央区役所前にある三吉橋は珍しい三又。願掛けの橋として有名だが、この橋は一つではなく二つと数えることになっているそうだ。昭和通りを渡るころにはすっかり暗くなり、銀座の夜景が冴えてくる。歌舞伎座を横目にガス灯通を少々歩き、中央通から左折、外堀通へ出て数寄屋橋までの3回目の夕涼み周回ウォーク。無事終了した。=約7㌔=
7月29日(土)、夕涼み第2弾は六本木・愛宕・芝コース。六本木駅前の日産ビル前に午後6時、集合したのは52人。とりあえず笄(こうがい)公園まで歩き、ここで体操。
坂道が多く、紺屋坂、狐坂、狸坂、大黒坂、七面坂とアップダウンを繰り返しながら歩き、麻布十番に着く。ここで外苑東通りを渡り、鳥居坂、於多福坂、丹波坂、寄席坂、なだれ坂と坂が続く。その間、どこからでも東京タワーがかいま見え、直進したい誘惑に駆られる。現にCグループはあとから出発したはずだが、いつのまにか前方に見え、追い越したはずなのにまた、前方に現れるという不思議な現象が続く。
ホテルオークラ別館を横目に大倉集古館で休憩するつもりであったが、門が閉まり入れない。このへんに来ると暗くなり始め、愛宕神社の階段を見上げて芝公園に向かう。芝公園もぐるりと一周するつもりであったが、芝公園3の交差点から直接、東京タワーに向かった。Bグループは芝公園を抜け、増上寺の手前を右折。客の少ないプリンスホテルのビアガーデンを横目に通行人をすり抜け、最後に東京タワーに到着。タワー前の人ごみの中で一緒に整理体操をして解散。
汗まみれにはなったが、太陽光線に直接照らされることなく、夜風は結構涼しく感じられた。=約8㌔=
7月22日(土)午後6時、今年初めての夕涼みコースとして外濠公園に集合したのは40人(途中から合流した人も含む)。体操をして6時15分出発。
市谷駅までの遊歩道はまだ太陽の余熱も残り、汗いっぱい。真赤な太陽がビルの隙間に次第に落ちていくのを眺めながら歩く。四谷駅から旧真田濠までの遊歩道ではさすがにさわやかな風も吹き始め、それでいてまだ回りの景色は十分に見える雰囲気。弁慶橋遊歩道に入る予定であったが工事中のため閉鎖されていたので、ホテルニューオオタニの庭園に入りこみ、そのまま手入れの行き届いた庭の散策としゃれ、ホテルの裏からロビーに出て正面玄関から外に出るという離れ業で弁慶橋に到着。青山通りに並ぶ広大な衆議院議長、参議院議長公邸を羨ましく眺めながら通りすぎ、永田町駅に出て国会正門に向かう。
サミット開催中のためか、ことのほか警備中の警官が多く、私達を興味深く観察しているようだった。ようやく日も暮れ始め、議事堂のライトアップがかすかに映え始めていた。大蔵省と外務省の間の並木道は木の茂みも豊かで昼でも暗い道。そろそろ闇が近づいた雰囲気。ところが厚生省前に出るとまだ明るさが残り、法務省前に来ても、桜田門を曲がってもまだ明るく、ここで国会を省略したCグループと合流。日比谷公園で休憩。10分ぐらい休んで出発するとタイミングよく清水谷公園で小休止したBグループと合流。そのまま皇居前を歩き、ライトアップされた東京駅の美しさに感嘆しながら和田倉噴水公園に到着。
珍しく全員で整理体操ができ、そのあと三々五々、様々に様子を変える噴水のライトアップに歓声の声をあげたり、水の出方を探求したりしながら無事夕涼みウォーク8キロの初日を終了した。
7月20日(土)午前10時、JR市川駅改札前に集合。京葉線の信号機故障とかで5分遅刻した会長を追いたて、総勢18名、そろって歩き始める。
京葉道路を渡り、「万葉の小道」を万葉集の歌を見ながら通り、手児奈聖堂を覗く。弘法寺の石段を上がって境内の木蔭で体操しもう汗びっしょりになる。
懐かしい感じのアパートを抜け、里見公園分園を通って江戸川土手に出る。鬱蒼とした里見公園を過ぎ、江戸川土手の草むらを抜け、市川ポンプ場に出る。アスファルトの照り返しが、時折通り過ぎる雲の陰に入るとほっと一瞬救われる。北総公団線の鉄橋の下で一休み。
あまりの暑さにコースを変更することにし、矢切の渡しで渡しに乗り、柴又公園に直行。11時半、エレベーターや階段で下に降り、寅さん記念館前の無料休憩所で一息入れて解散した。
=約7キロ=
7月15日(土)午前10時 、木場公園ミドリアム前に47人が集合。
木場公園を抜け、大横川を北上し、大横川親水公園を歩く。業平橋から北十間川に平行した浅草通りを通り、柳島橋を右折、横十間川に沿ってうるおいの木かげ道路を南下し、猿江恩賜公園に寄る。ここで休憩し、第1次解散とする。
クローバー橋、横十間川親水公園を通って木場公園へ到着した時には、人数が3分の1くらいになっていた。木蔭を選んで歩きたい真夏の暑さだった。=約13キロ=
梅雨の真っ只中で予報も雨模様だったが、快晴の7月1日(土)午前10時 、Cグループの皆さんによって準備万端整った東陽区民館4階ホールに71名が集合。(内2名は直接有明に集合)。
まず第2四半期13回分の皆勤者6名に記念品を贈呈。健康センターのWさんから励ましの言葉とこれからの発展を期待した挨拶があり、続いて久しぶりに顔を見せたU先生から国際的にもこれからの活躍が期待され、手始めに中国を歩くことの提案があり、具体的に検討することとした。そのほか若干の懇談を行った後、洲崎緑道公園で記念写真。有明に向かってウォーキング。
南海橋、しおかぜ橋、暁橋、漣橋とお馴染みの橋を渡るが、日差しが暑く汗がだらだら、辰巳の森海浜公園で小休止した。続いて辰巳の森緑道公園を通り、辰巳桜橋を渡り、晴海通りを東雲1丁目で横断し、有明貯木場を眺める。有明コロシアムまでの直線コースは木蔭が少なく、ゴールのホテルが目に見えているだけに遠く感じてしまう。やっとコロシアムに到着、時間調整のため、ここの日陰で休憩。13時10分前、コロシアムブリッジを渡り、東京ベイ有明ワシントンホテルに到着。
全員でランチバイキングをいただく。なかなかバラエティーのある料理とデザート、それに飲み物も豊富で、しっかり歩いてきた一同にとって十分堪能した食事。満腹感に満足して三々五々解散した。
梅雨の晴れ間を期待したが、6月25日(日)はやはり無理。それでもそんなに激しいものではなかったが、集合地、東横線多摩川園駅に午前10時 集合したのは20人であった。
早速手続きを済ませて、歩き始めたが傘を片手に泥濘を踏みしめて歩くため、靴は汚れるは、はねは上がるは、からだは濡れるはで散々の目にあったが、それでも厳しい日差しを浴びるよりも助かったのかもしれない。多摩川台公園を横目で眺め、第三京浜新多摩川大橋、二子橋、新二子橋をくぐり、東名高速多摩川橋の下で休憩。立ったままおにぎりなどをいただく。
そのあと、ひたすら歩きつづけ、小田急線和泉多摩川駅に意外に早く到着。12キロの道程であったが、正味2時間足らずで歩いてしまった。
6月17日(土)午前8時30分、新宿駅南口に10人近くが集合、京王新線8時42分発橋本行に乗車、都営から乗り継いだ20人近くと合流。橋本駅からJR相模線に乗り、原当麻駅に到着した。(予定の列車に乗り損ねた人もいて、後発隊も合わせて)総員43名、手続きを済ませ10時15分出発した。 =約15㌔=(JR東日本主催ちーたび第3回)
梅雨の中休みというか、湿気たっぷりで、時折吹く風がうれしい。人の流れをすり抜けて、当麻山公園の紫陽花を横目に眺め、当麻山無量光寺の入口を横切り相模線を跨線橋で渡る。
あざみがや交差点から横浜水道みち緑道へ。県立相模原公園の菖蒲を眺め噴水広場に出る。まっすぐ広がる池と花壇を抜け、花時計から市立相模原麻溝公園に繋がる。また水道みちに戻る。おもちゃの汽車とくねくねレールが面白い。消防署から左に曲がり双葉町へ。「森林の中の遊歩道」に入る頃、ポツリと来た。木もれびの森で休憩、傘を差してお弁当を食べる。
合流する予定だったC班はもう少し先の林の中で休憩していた。相模原中央緑地を通りぬけ、木もれび通りをひたすら歩く。傘を差しての直線コースにちょっとうんざりする。淵野辺公園前を過ぎ、右折。16号線を渡り鹿沼公園に着く。物産展が開かれていて、入口のテントで相模原市のマップと花の種を貰い、ゴールと勘違いしたが、気を取り直して歩き、横浜線淵野辺駅へ到着。販売コーナーあたりで姿が消えた皆を待つが、なかなか来ないし雨も強くなったので先に解散。「お疲れ様でした」と駅の人が迎えてくれた。
予報通り雨模様の6月10日(土)午前8時、木場公園に予定した25人全員集合。バスが途中の混雑のため10分ほど遅れて到着したが、無事乗車。途中から雨が降り始め、前途が思いやられたが、塩原に近づくにつれて止んできた。塩原郷土資料館で下車、10時半からのからくり時計を見学。結構面白い趣向であった。
硫黄の匂いが立ち込める塩原新湯温泉に12時前に到着。すぐに塩原自然研究路に入った。富士山は避けてヨシ沼を通る平坦な道を選んだため、ほとんど下りばかり。大沼公園で昼食。霧が出始め視界が悪くなり、気温も下がっている。軽装の身で万一のことも考えられるため、本道ばかり通り、一路、小太郎ヶ淵を目指した。途中の標識も完備され、迷うことなく目的地に到着。
草団子を口にしてしばし休憩。後は妙雲寺を見学し、箒川遊歩道を遡り、逆杉まで歩く。1,000年にもなるといわれる杉の大木、さすがに貫禄があり一見の価値があった。源三窟も見学してホテル深山荘に5時前に到着した。
翌11日は8時半、小雨の降る中、バスで日本一長いといわれるもみじ谷大吊橋に行き、渡る。ついでに回顧のつり橋も渡り、回顧滝見学。その後、大網温泉までバスで戻り、そこから塩原渓谷遊歩道を歩く。
箒川ダムの上を歩いていたとき、カモシカ1頭に出会う。ちょうどこちらが金網の中にいたため、カモシカの方が珍しがって眺めていたような錯覚にとらわれる。露天風呂、不動の湯には雨なのに人がいた。それに岩の湯にある赤いつり橋は結構ゆれてスリル満点。天皇の間記念公園はタイミングよく無料で見学できた。
ここからビジターセンターまでの遊歩道は短いがよく整備され快適。雄大な天狗岩の景観を眺めながらビジターセンターに予定より早く11時半に到着。約1時間ここで休憩。バスで塩原ターミナルまで戻り、くいものや花水木で昼食。ビフテキに舌鼓を打った。
14時30分JRバスで東京に向かい、17時30分、東京駅に到着。コーヒーを飲んで解散した=約20キロ=。
6月10日(土)午後1時、今にも降り出しそうな空の下、蚕糸の森公園に31人が集合しました。Tさん先導の体操とS.Yさんの旗持ちで出発しました。
桃園川って、川はどこにあるの? っていうくらい川は見えないのです。なんと、歩いている下に流れているとのこと。幅3メートルくらいの緑道には左右に人家が密集し、その家の人が植えたものかどうかわかりませんが、花、草木が、特にいろんな種類、色の紫陽花が梅雨空の下でとてもきれいでした。
途中、宮前公園で10分休憩しまして、もう終点なの? というくらい体力に余裕を残して雨にも降られず、せせらぎの里に到着しました。空とはうらはらの気持のいい紫陽花見物でした。
=約7㌔= [Y.T 記]
6月3日(土)午後1時、目黒川の歴史や役割を展示した川の資料館を三々五々見学した後、広場に集合。体操をした後、目黒川に注ぎ込む蛇崩川の水を眺められたのは最初だけ。あとはすべて蓋をされ緑道となっている。延々と続く緑道は、よく整備され、いろんな花が植栽され、手入れが行き届いている。
駒繋神社にほんのちょっと寄り、また緑道に戻る。丸山公園、小泉公園を経て、親和橋で緑道を離れ、駒沢緑泉公園で休憩した。
玉川通りを越えて駒沢公園に入る。この公園は雄大で樹木も大きくうっそうとした佇まい。歩いていて気持がいい。サイクリングロードを、四人乗り二人こぎ自転車を借りて親子で乗っている人もいた。
うっそうとした大木の林の中に、豪農であった三田家が開放されていたので、見学。間取りの多さに掃除の大変さを想像、羨ましさはあっても、ここに嫁に来る気は皆さんなさそうだった。
駒八通をまっすぐ歩いて九品仏浄真寺に来たが、例の事件のためか自由に境内に入る雰囲気がなく、殺伐とした感じだった。九品仏駅をチラッと見て、等々力通を歩く。東急大井町線と東横線の踏切を越え、樹木でうす暗い奥沢神社へ到着。AB一緒に体操して解散し、東急東横線自由が丘駅に向かった=約13㌔=。
今日のコースは結構長かったが、風もありうす陽で快適なウォークだった。参加53名。
5月28日、朝からの雨も8時ごろには上がり、京急空港線天空橋駅で受付を済ませる。昨年の参加者は名前を言うだけでカードが貰えた。駅は地下で出□の周りは道路以外何もな<、広々とした向こうに羽田空港の飛行機が見え、海の香りもした。参加した10名、そろって10時、出発。
海老取川を天空橋で渡り左ヘ。遊歩道を歩き、弁天橋と赤い鳥居を横に見て多摩川に出る。滑走路の導入灯が桟橋のように見えた。堤防に水門があり、その内側は船溜まりだ。強風のため帽子を手に持って多摩川の堤防を歩き大師橋を<ぐる。六郷橋、京急、JR線を越えたら勝鬨橋のような丸い形の橋が見えてきた。あれほ多摩川大橋だ。近いじゃないかと思っていたらこれがえんえんと遠かった。日差しも強<なって皆の顔は真赤だ。
橋の下で10分ほど休んで出発する。多摩川自転車道にそって、ガス橋、新幹線、丸子橋とただひたすら歩<。多摩川園の緑の丘が見えたころ、駅員さんの「もう少しですよ。がんばって<ださい」の励ましにつられて、無事、東横線多摩川園駅に12時30分到着した。リゲインを貰って解散。
中目黒までの土休券を買って、次回の分も合わせて皆で分けた。木陰のない14キロは結構きつかった。
天気予報では台風まがいの荒天、行楽は控えた方がいいという5月28日(日)、午前7時25分の東京駅には予定していた26人のうち11人しか集合しなかった。鎌倉武道館についてから3人の方が駆けつけ、14人になりやっと過半数を超えた。今年の記念品ほ夕オル。染色したばかりなので色落ちに注意とのこと。それにジユース類3本、女性にはシルキーパフが配られた。悪路ということで予定された天園ハイキングコースは省略され体操をした後、出発した。
ことしは方針が変わつたせいか、案内板等は一切なく、旗を持った先導者についてい<という形。先導者は40人もいるということだったが、我がGNPは全員第一班について歩いたので、と<に支障はなかつた。ところが、他の班では肝心のリーダーが道に迷ったり、コースが分からなかつたり、準備不足が目立った。それにペースが遅<、時速4キロ足らず、心拍数はぜんぜん上昇しない歩き。
六国見山、錬倉宮、浄明寺緑地でお弁当。そのあと大町と無事通り抜け、鎌倉体育館にゴールしたのは12時55分。
例年に比べ約1時間遅<なつたが、とうとう雨は一切降らず、適当な風があり、日陰もあり、まずまずのウォーキングであった。=約15キ□=
5月20日、朝からの雨降りにもめげず、午後1時、有栖川宮記念公園に50名が集合。
細い路地を抜け、外苑西通を渡りしっとりして高級感あふれる広尾ガーデンヒルズの並木を通り左折。六本木通は地下道で渡って骨董通へ。有名デザイナーの店を横目に見て青山通を左へ。こどもの城から右には入り、キャットストリート(旧渋谷川歩道)、青山キラー通と歩く。
この頃には雨足が徐々に強くなり、A,Bグループが回った神宮外苑をCグループはショートカット。外苑前で青山通に出たら、Bの解散した数人と会った。そこからは有志ということで10人ほどで青葉公園まで行ったが、他の班の誰も見あたらないのでCも解散した。後で聞いたら、AもBも青山1丁目あたりで中止したとのこと。
青山一丁目のコーヒー屋には、我がGNPの面々、大勢雨宿りしていた。
歩行距離は結局、7キロ程度だった。青山霊園、根津美術館はまた今度。
今にも雨が降りそうな5月13日(土)午後1時、戸山公園に集合した頃には小雨が降り始めた。そそくさと体操をして、傘を差して歩き始める。
ところが箱根山に到着した頃、雨は上がり、傘はしまった。早大正門を眺め、神田川に突き当たり、江戸川公園で階段を登り、椿山荘の正面に出てから胸突坂を下りて再び神田川を通り、新江戸川公園に入って休憩した。
そのあと、面影橋から新目白通をしばらく通って右折。学習院下からおとめ山公園に出た。不思議な金網があったが、これは蛍の飼育室とのこと。水辺のしっとりした公園だった。
坂道を下り、落合野鳥の公園を横目に薬王院に入り、牡丹を楽しむつもりだったが、もうすっかり刈り取られてしまい、面影も見当たらなかったのは残念だった。
一の坂、二の坂、三の坂、四の坂と上ったり下ったりしながらやっと林芙美子記念館に到着。解散した=約11㌔=。
ゴールデンウィークもそろそろ終わりに近づいた5月6日、天候は曇り。久しぶりに区内の深川公園に午後1時、集合したのは61人。体操をした後、まず佐賀町の食糧ビルに向かう。ここはかつて正米取引所として栄えた場所、今でも中庭を持つ瀟洒な佇まいは美しい。
永代橋を渡り、ひたすら大手町まで永代通を歩く。平日は日本一交通量が多いといわれているが、連休の土曜日、ほとんど排気ガスも感じられない。皇居前広場で小休止。
新緑に映える松は瑞々しい。二重橋談義に花を咲かせながら桜田門をくぐり、国会前庭の日本庭園で休憩。つい一月前まで華やかさを誇っていた桜木はすっかりさわやかな緑一色。
三宅坂から千鳥ヶ淵公園に入り、靖国神社は省略してと考えていたところ、何と北の丸公園も省略してしまい、目の前に北桔橋門。ここからもう一度、北の丸公園に戻る気力も失せて皇居東御苑に入場。本丸址や松の廊下址を散策して大手門で解散した。
B班は千鳥が淵のボートを眺めながら田安門から北の丸公園に入る。武道館前で並んでいる大勢の厚底、ガングロ系の中高生の間をすり抜け、颯爽と北桔橋門へ向かった=約11㌔=。
4月29日は、JR東日本主催ちーたび第2回多摩の自然歩道ウォークに参加。小田急やJRで南武線宿河原駅に43人が集合。面倒な受付を済ませて約15キロ、新緑が輝く晴天の下、10時30分、出発した。
小川沿いに歩き、川崎市緑化センターを横目にみて、商店街や梨園を抜け、山道を登り、等覚院の満開のつつじにしばし感激に浸る。山を下り、また上って生田緑地の日本民家園で白川郷の家を眺め、桝形山展望台に到着。休憩した人もいたが、先頭はもう出たと聞き、そそくさと周りを見て、また歩き出す。住宅街に下りて、小田急の踏切りを渡り左折。
東生田遊歩道の休憩所でお昼にするつもりが、行き過ぎてしまって、浄水場を過ぎたすごい上り坂の上の公園でやっと食事した。軽く体操してまた歩き出す。寺尾台のきつい階段をフーフー言って上り、団地を過ぎ、真っ白に輝くはなみずきの並木に歓声。スーパーマーケットを過ぎ、西菅公園を抜け、川崎市フルーツパークを横目にみて多摩自然遊歩道に入る。竹林でたけのこを見たり、尾根道をアップダウンしながら、急坂を下り小川を渡る。薬師堂(Aグループは入る)へはまた登るらしいのでカット。やっとJR稲田堤駅へ2時にたどり着いた。記念のビニール袋をもらって解散。京王線で帰宅。
山道や階段が多く、結構厳しいコースだったが、すがすがしく澄んだ空の下、若葉といろんな花が咲きそろい、素敵な一日だった。
4月22日(土)午後1時、代々木小公園に集合したのは60人。快晴に恵まれもう初夏の陽気の中、体操をした後、春の小川記念碑を眺め、大使館巡り。
小田急を渡りブラジル、ブルガリア大使館。代々木八幡で竪穴住居を見て、ベトナム、クロアチア、ニュージーランド、モンゴル、マンション2階のジブチ、コートジボアール、トルコ文化庁のエキゾチックな塔、ウガンダと、各大使館を曲がりくねった町並みに、時々、道を間違えながら歩き、北沢公園に到着。ここで休憩した。
そのあと、東北沢駅を越え、三角橋で右折。松陰学園、教会、北沢タウンホールを見て、若者がいっぱいの一番街を通り、成徳学園前を左折、旧鎌倉街道をしばらく歩き、左折して森巌寺に入る。ここには樹齢600年といわれる銀杏の名木があり、貫禄たっぷり。江戸時代以前も知っている銀杏から見ると、我が一行、どのように映ったのだろうか。
隣の北沢八幡神社で整理体操をして解散。三々五々、若者の町、下北沢を散策。活気に満ちた界隈は私どものようなおじさん、おばさんも結構同化吸収してくれるような雰囲気があり、お茶を飲んだり、買い物をしたりして、半日の疲れを癒した。
あいにくの雨模様だったが、4月15日(土)午前7時30分、予定していた26人全員が新宿駅から小田急ロマンスカーに乗車。一路小田原へ向かう。小田原からJRに乗り換え、伊東へ。伊東からバスで集合地富戸駅へ。大変スムーズな乗換えで10時35分到着。ところが受付で戸惑っているうちにお二人がどうも居ない。しばらく待ったが、先発したらしく見当たらず、最後の11時になって歩き始めた。
いきなり急坂を下る感じで、富戸漁港へ。雨が本降りになり、合羽や傘の雨具で武装。ぼら納屋のトイレを横目に海の吊橋まで一気に歩く。高い所にあり下を覗くと結構恐怖心もあるが、意外に堅牢な吊橋で、少々の揺れではびくともしなかった。真っ白な門脇灯台の威容を見て、八重桜の並木道を通ったが、ここは瀟洒な別荘が建ち並び、優雅な雰囲気。城ヶ崎海岸駅にちゃんと向かった人はジュースがもらえたそうだが、うっかりソメイヨシノの桜並木へそのまま進んだ。伊豆海洋公園に到着。サーフィン広場に入って雨宿りしながら弁当を開く。後続隊を待ったが、待てど暮らせどやってこない。(後から聞くと公園に寄らず、そのまま蓮着寺に向かったとのこと。)
約30分休憩して表示に釣られてもう一つの「海の吊橋」に向かったのが運のつき、結構面白い崖道を下がったり上ったり、途中、30メートルぐらい真下まで見通せる洞穴に遭遇したりしてやっと近づいた海の吊橋。ところが左横に自動車道が見えるではないか。灯台もどうも見た覚えがある。なんと、門脇灯台だ。雨の中、艱難辛苦して元に戻ってしまった。もう一度、桜並木や崖道を通る元気も無く、自動車道をとぼとぼと海洋公園に戻る。蓮着寺前の炊き出しで鍋底の味噌汁をいただくが、もう一番ラスト。何時に出たのか、と聞かれて恥を掻く。
急いで自然研究路に入るが、アップダウンがきつい。晴れていればさぞかし気持のいい道で、途中の景色も絶景のはずとの思いはあっても、ただただ歩きつづける。周りの人は、あんなに急いで、きっと電車の時間が決まっているんだ、と話していた。「いがいが根」も「とよ」もただチラッと見ただけで通りすぎる。やっと本物の第2の海の吊橋にたどり着く。渡ってすぐまた引き返すとのこと。どうも悪天候でコースを少し変更したようだ。あとは一般道をたどって伊豆高原駅にゴール。
とうとう最後まで雨は上がらなかった。ここから直接伊豆急電車で帰る人。一泊してゆっくりされる方。そして半数の13人はバスを乗り継ぎ、伊東駅へ。伊東駅からJRで熱海。熱海で乗り継ぎ小田原へ。小田原から18時発のロマンスカーに乗るが、グリーン車を借り切った状態で新宿に19時10分到着。ラーメンが冷えた体に大変な贅沢に思え、満足してそれぞれ帰途についた。
晴れた日にぜひもう一度挑戦してみたい気分である。
お釈迦様の誕生日、4月8日(土)、桜まつりでごった返す錦糸公園に集合したのは63人。満開の桜はここだけでなく猿江恩賜公園も素晴らしいという声を受けて午後1時、予定を変更してまず猿江公園に向かう。
約2キロの遠回りだ。そのおかげで真っ盛りの桜を堪能。いよいよ相撲部屋巡りに入る=括弧書きは親方の現役時代の関取名=。
友綱(魁輝)、安治川(旭富士)、宮城野(廣川)、花籠(大寿山)、間垣部屋(二代目若乃花)と巡り、北斎通に出て野見宿彌神社に立ち寄る。ここには石碑に歴代横綱の名が彫り込まれ、赤字は生存者だ。物故された横綱を偲び、そうでない横綱に思いを馳せ、つかの間の相撲通になる。
続いてちょっと回って八角(北勝海)、北斎生誕地から清澄通を通り二所ノ関(金剛)、竪川を越えて左折して二十山(北天佑)、また戻って三保ヶ関(増位山)と回り、桐の博物館で小休止。いきなり大勢の会員が入場したため博物館には迷惑をかけたようだ。
そのあと馬車道を通り大島(旭国)、出羽海(鷲羽山)、井筒(逆鉾)、春日野(栃ノ海)とくねくねと曲がり、両国駅近くの立浪(旭豊)と巡り、もう一つ陸奥(霧島)部屋も眺めて旧安田庭園に到着。ここで休憩した。広大な庭園の佇まいは意外に静か。
東京都復興記念館の横に再集合してから片男波(玉ノ富士)、若松(朝潮)、九重(千代の富士)と両国界隈にある19の各部屋をとうとう全部見て回り、タキナミグラス博物館に到着。華麗なガラス細工を見学。ここで若干の方は解散したが、出発地点の錦糸公園まで回遊して解散した。
=約13㌔=
陽春の4月1日午後1時、東盛公園に集合したのは58人。体操をして歩き出す。
一葉記念館、飛不動、弁財天を通りぬけ、入谷鬼子母神にお参りし、小野照崎神社の風格ある小さな富士山を眺める。根岸界隈の昔ながらの家並みに感嘆しながら、円光寺を覗き、鶯谷駅手前を曲がり、元三島神社の桜と石段を仰ぎ、言問通りを右へ。凌雲橋で山手線を越え、寛永寺霊園のお墓の群像を眺め、寛永寺で休憩。
そのあとコースを変更して、言問通りをひたすら歩く。根津駅を過ぎ、弥生坂を登って左折。東大の狭間の暗闇坂を下り、奇妙な形のホテルの脇を通り、不忍池に到着。ABCがうまく合流し、水上音楽堂前で解散した。
咲き初めた桜に見とれながら、露天が立ち並び、ごった返す花見客を掻き分けて、帰途についた。
快晴の3月25日(土)午後1時、田端駅北口ふれあい橋に集合したのは52人。
広大な田端操車場の狭間の道を通り、道端の馬頭観音に挨拶。不似合いにカラフルな尾久構内架道橋という地下道をくぐり尾久駅に到着。駅名ではOKU、道路表示では0GU。どちらが正しいのだろうか。
西尾久8丁目から梶原まで都電通りを歩き、そのあと路地をくねくねと通って贅沢にもエレベーターで昇降するさわやか橋に到着。橋上では操車場の全容が見渡せる。車坂跨線橋を渡り、上中里駅沿いにある飛鳥の小道を通って七社神社に着く。箒目の目立つ境内。歩いて目を乱すことに気兼ねしながら小休止。
小気味のいい名のゲーテの小径を歩きゲーテ記念館に着いたが、残念ながら休館中。滝野川公園で休憩。
平塚神社、無量寺に参り、旧古河庭園の外を回って、本郷通りを越え、休憩地の六義園にC-B-Aの順に到着。団体で入場し見学した。林の小道を歩き、沢を渡り、藤代峠に登り、池を回る。ぽっぽっと咲いている桜に歓声があがる。この庭で昔の人はのどかに和歌を詠んでいたのだろうか。それにしても大層な物を造ったものだと感心する。一部の方はここで解散。休憩後、再度出発。
駒込富士に登山し、駒込名主屋敷を覗きこみ、天祖神社を抜け、むじな坂をくだり、不忍通り、道灌山通りを歩いて、歩道橋を登り、無事、西日暮里公園へ34人が到着、体操して解散した。
3月18日(土)は、4月中旬の陽気で暖かく、絶好のウォーキング日和になった。
足取りも軽く江戸川公園へ行くと、卒業式を終えた中学生らしい集団で、かなり混み合っていた。桜の花も春の輝きを秘めて、出番を待っているようだ。
今日のコースは坂道の連続とのことで、皆、それぞれに心の準備をしてきた様子で、公園を後にした。地蔵通りの商店街は春の日差しに誘われて歩く人達で、にぎやかだ。人々の傍らを春風のようにすり抜けた我々は、同潤会アパートを横目に相生坂を経て神楽坂へと向かう。肉まんが有名な「五十番」の角を曲がり、細い路地を探検気分で抜け、市ヶ谷方面へ出た。ここからは、近代的なビルや、印刷・出版関係の建物、自衛隊の駐屯地などがしばらく続く。
亀岡八幡宮での休憩の時、B班C班も一緒になった。C班はここで解散したようだが、A,B班はお寺の多い薬王寺町、原町を通り、出発してすぐに通った水道町の交差点を横切って小日向公園での眺望を楽しみ、深光寺にある滝沢馬琴のお墓の前で解散となった。狭い地域の中、伝統の残る町、活気のある生活の場、産業の街、そして防衛施設と、東京の多面性を再認識したウォーキングだった。=参加57人,12キロ= [Y.N 記]
3月11日、今日は早出だ。肌寒いし、空模様もちょっと心配。品川バスターミナルに9時20分に着く。まだ人は少ない。40分になると混み合ってきた。GNPは47人。
10時7分、人ごみに交じって出発。右側の歩道は人波でいっぱいなので左側の歩道に移る。札の辻橋を越えモノレールをくぐり、高速の下を渡って左折。職安の前を右折すると、目の前でレインボーブリッジのループ橋が海の上を回っていた。車から見るのと大違い、デッカイ。遊歩道の手前で並び、団体で入場する。北と南のエレベーターで展望室に上がる。順番待ちでずいぶんとかかった(A班は階段を登ったそうな)。橋の上は風が冷たく、車の排気ガスと轟音がすごかった。眼下にみえる第六台場に桜が咲いているのかと思ってよく見ると、木々が白骨のようになっていたのだ。以前、浜離宮の木が鵜の糞のため白く枯れた話と同じだろう。
砂浜の向こうに派手なビルが立ち並ぶ。第三台場史跡公園を見下ろすとまもなく出口。白い砂浜が広がる。トイレで休んでまた歩きはじめる。初めて通るテレポートブリッジへの階段には、四角い鳥居のようなモニュメントが並んでいた。あとは定番コースで、出合い橋、ウェストプロムナード、テレコムセンター、青海埠頭公園、船の科学館と歩いた。ゆりかもめにそって台場駅へ回り、歩道を渡って階段を上り、ホテル前に12時10分到着。すでにC班は着いていた。完歩賞はペンシルと缶コーヒー。コーヒーで一息ついていると、ちゃんと潮風公園を回ってきたA班がさっそうと到着。
皆で体操して解散した。ホテルの優待券もあったが、高いので止め、フジテレビの下で軽食にありつく。=約14キロ= [K.M 記]
◎番外【歩け歩け大会とパルシティまつり】
3月12日(日)の「歩け歩け大会」、残念ながら雨天のため中止。代わりに東陽小学校体育館で「カローリング大会」が開かれた。出席者は全体で20人。
そのあと、「パルシティーまつり」に参加。我がGNPメンバーも大いに頑張っていて、いろんな役割を分担していた。抽選会では2等賞を取ったものが2人もいたとか。それにスタンプラリーに参加したり、パル計量クイズで1ミリ違いに当たったりして、賞品をいただいた人が多かった。
◎第109回【本郷、小石川】
3月4日(土)は、薄日の差す朝にもかかわらず午後から本格的な雨模様との天気予報。12キロの予定コースが終了するまで雨が降らないようにと願いながら元町公園に到着した。本日のコースは、坂、階段が多いため準備運動は入念に。本郷、湯島、小石川は幼いころからの馴染みの地域なので、暖かい空を眺め心軽く出発した。
壱岐坂を降りると正面には後楽園遊園地。絶叫マシンの垂直降下にびっくりしながら春日町の交差点を渡り、くねくね曲がった路地を抜け、本郷3丁目、妻恋坂を下り、実盛坂の段々を登るとC班とばったり。一緒にA班の待つ湯島天神に向かった。梅が満開、人出も多く賑わっていた。その時、空から大粒の雨がポツリポツリ。あと1時間待ってほしかったのだが、ついに傘を差すことに。
上野公園に到着する頃には、もう本振りの雨。3分の2の方々が上野から帰る。急に見失ったA班を探すように足早に歩き、東大、白山通りまで進んだが、降り止まぬ雨にB班も春日駅で解散。有志だけで小石川を歩き、最終地、竹早公園に到着。A班は見当たらず、たった7人の淋しいゴールとなった。後で聞くとA班は上野公園、東大を省略して本郷3丁目で解散したとのこと。道理で見失ったはずだ。
あいにくの天候であったが、週毎に春の訪れも感じられ、ますます楽しみな土曜日となっている。
=参加57人= [M.N記]
◎第107回【北沢川追跡から目黒川】
2月19日(土)12時半ごろ羽根木公園に着く。公園の下では焼きいも屋の車に人が群がり、美味しそうだったので、つい私も買ってしまい、ほほばりながら公園を一周。美味しかった。
ほぼ満開の梅の下、集合場所にはすでに大半の方がお見えになり、梅見で一杯ならぬお弁当を広げ楽しんでおられた。軽く体操をした後、クレソンの自生する代沢せせらぎ公園を経て池尻大橋までC班の先頭で旗を持って歩く。
その後はH.Iさんにバトンタッチして、都会の中にしては美しい目黒川に感心しながら中目黒まで歩き、C班は解散。少々歩き足りない私は独りで目黒を目指そうと考えているとき、後ろからアニメの世界で見る粉塵を撒き散らして同じリズムで突進してくる軍団に遭遇した。
西郷山公園を回遊してきたA班だった。とっさに付いて歩こうとしたが、速いの速くないのって、見る見るうちに離されてしまい、また独りぼっち。そこで後続のB班に合流しようと待っていたが、B班にも振られてしまい、最後まで歩く気力も萎えて恵比寿でリタイヤした。
思えば昨年の半分は膝痛で歩けなく、会長の言によると「痛いから歩かないで直ればいいが、歩かないとますます歩けなくなる」とのこと。ついつい自分を甘やかして庇ってしまう私でしたが、こうして歩ける幸せを噛み締める一日でした。
[H.M記]
なお、A班B班の大半は、三田用水跡と茶屋坂の清水碑を見た後、田道公園に到着。整理体操をしたあと、目黒方面、恵比寿方面に分かれて解散した=参加70人、約12キロ=。
◎第108回【鷹取山と田浦路ウォーク】
2月26日、JR東日本、京浜急行共同企画の「鷹取山と田浦路ウォーク」に参加。快速特急三崎口行にそれぞれの駅から乗車した。日本橋より所要時間53分。ダベリながらの時間は短く、金沢八景まであっという間で、乗り換えにあわてて飛降り、追浜に9時53分に着いた。追浜では大勢の歩け隊でごったがえし。迷子にならないよう注意しながら鷹取山公園に向かう。あいにくどんよりとした曇り日であったが、歩くには絶好の良い気温になった。
鷹取山公園に到着し休憩。岩山を楔で登ろうとしている人や展望台に行く人など、様々な休憩であったが、じっとしていると肌寒くなりブルッと身震いを感じ、上着を羽織る。11時に出発し田浦梅林を目指す。切り通しのような岩間を通り森林道へ向かう。15分くらい杉林の中を通り過ぎて行くと歩きがだんだん遅くなり、ついには止まってしまった。余り険しくないのに止まるのが不思議と思いながら渋滞をがまんして歩く。2ヶ所の急な下り坂が原因のようだ。普通の道路になって急にスピードが増し、サッサッと歩きながら左前方に1本の梅を見た時は「あら! きれい!」の声がだれともなくもれた。
その後16号線を過ぎ、田浦梅林の近くの坂はやっとの思いで登り、念願の田浦梅園に着いた。ここで昼食。寒さの中で、香りに包まれ、梅花を見ながらの熱いコーヒーは最高の気分。梅林を1時に出発し、田浦緑地展望台を見学。ぱっと広がった空間、それに芝生、梅、水仙が私の心をなごませてくれた。
その後は坂を急ピッチで下り、また登りの繰り返しで40分後に塚山公園に辿り着く。ここで休憩。早く着いた人と、ゆっくり楽しみながら歩いた人との時間調整も出来、ほぼ全員が集合。最後の歩きを楽しみながら安針塚駅に到着。ここで解散。なお4名くらいの人はJR田浦駅へ向かったとのこと。
帰途も快速特急に乗り、向い合わせの椅子に団体で座ることが出来、旅行気分のウォーキングになった。 =参加45人= [K.O 記]
◎第106回【明治神宮から駒場まで】
2月12日、快晴に恵まれて明治神宮北門前に午後1時、58人が集合。会長より鷹取山参加に関する説明の後、軽い準備体操。
A班より順次出発。C班はM.Nさんの先導のもと西参道を通り明治神宮本殿に参拝。原宿口より代々木公園に入り渋谷口まで直進(他班は恋人達の森など回遊)。春めいた陽光に誘われて多くの人々が集いフリーマーケットや楽器を演奏する若者……、本当に浮き立つような賑わいの中を歩く。
NHKスタジオパーク前を通過、公園通り、スペイン通り、東急文化村側を歩くが、あまりの混雑に仲間を見失いそうな不安を感じた。
途中、松濤美術館を見学。2時25分出発、山手通りを駒場公園に向かう。2時55分公園に到着。紅梅、白梅が満開に咲き誇り、芝生では子供たちが遊びに興じるのどかな風景の中で軽い体操の後、解散。
各自、旧加賀藩前田家屋敷に上がり大名の華麗な生活を偲び、また本邸であった洋館の建物の豪華さに感嘆。今は近代文学館として使用され、展示されている明治、大正、昭和の著名な文学者の生原稿、初版本、消息を伝える新聞雑誌の記事等、興味深く拝見。見学後、代々木上原まで歩き、いつもとは一味違う満足した気分で家路についた。
=約12キロ= [M.G 記]
◎第105回【幡ヶ谷玉川上水追跡神田川】
2月5日、心配していた空模様も快晴に恵まれ、時間に余裕を持って家を出る。営団地下鉄で新宿駅下車。歩きながら眺めると、新宿西口近辺および浄水場跡の高層近代建築に時代の流れを感じる。笹塚駅まで歩き、集合時間午後1時より早目に着いたが、すでに5人ほど到着、同僚の話に溶け込み仲間に入る。
昨年第99回目に初参加して以来6回目を迎えて感無量な気持でいっぱい。1時15分、駅を後に十号通り商店街を通る。この道路は砂町銀座通りと錯覚を起こすような店並び。まもなく幡ヶ谷第二公園に到着。
会長から108回目の具体的な参加方法の説明、Y.Yさんのリードで準備体操があった後、出発。六号坂通りから不動通商店街を通る。この商店街は十号通りと違う落ち着いた町並み。目の前に急に明るく総ガラス張りの高層ビルが見える。山手通りで右折。ロッテ本社、オペラシティー、対岸にはNTT本社ビルと高層ビルが立ち並ぶ。甲州街道を横断、玉川上水緑道に入る。約350年前の飲料水の源とは! 歴史の流れに感傷する。代田橋駅までの静寂な環境に武蔵野村を思い出す。代田橋駅前で第1次解散。
続いて第2目標に進む途中、玉川上水路公園で休憩。その後、神田川に沿って進む。山の手特有の高台を流れる神田川は沿道より水面が5メートルほど下にあり、当時の工事の苦労が偲ばれる。近辺の住宅は静かな佇まい。充実した環境整備の一端と思われる。目的地、中野富士見町駅で無事解散=参加67人=。私の足幅71センチで16,900歩、約12キロを2時間25分で歩き、充実した1日であった。 [S.K 記]
◎第104回【隅田川七福神】
ここ二,三日、寒い日が続いたが、1月29日(土)は快晴に恵まれた。午後1時、つばき公園に集合して久しぶりに参加されたU先生の指導による準備体操をする。
多聞寺を横目にして、防災地区になっている東白髭公園に入る。大寒に入っているというのに暖かく気持ちのよい風を受けながら快調に進む。高さの同じ高層ビルがよこにずーっと続き、その脇が野球場、テニスコート、公園になっていて広いのに驚きながら白髭神社、向島百花園に行く。
百花園の中は春の七草(せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ)の本物が飾られていた。早咲きの桜、梅、福寿草、水仙等々、春がそこまで来ていると季節感を味わいながら百花園を後にして、長命寺、弘福寺、三囲神社と参拝したが、さすがに1月も終わりなので、お参りしている人は少なかった。
C班は隅田公園で解散する。A、B班は浅草橋駅、柳橋、浜町公園に向かう。
今年に入って四つの七福神、全部で30もの神様を巡ったので、GNPの会員の皆様、きっとよい年になるでしょう。 [F.N 記]
=参加62人=
◎第103回【池上七福神】
1月22日、蒲田で軽くお腹に入れて池上五公園に12時45分着。もう十数人集まっていた。参加56人。
池上線の踏切を越えて南下。曹禅寺をまわり、微妙庵をのぞき、第二京浜の池上警察署前から六郷用水跡をちょっと通り、狭い石段の奥の馬頭観音堂に交代でお参りする。呑川を越えて厳定院に立ち寄り、大坊坂の石段を登る。本門寺裏の紅葉坂を下り上り、修復中の五重塔をかすめて本門寺大堂に参拝。正面の石段を下りて本成院へ。呑川に沿って妙見堂の急な石段をフーフー言って上り、裏の別の階段を下りて養源寺へ。これで七福神巡りは完了。
やっとウォーキングが始まる。柔心地蔵、庚申塔を過ぎ左へ。桜の花が貴船坂の二階建てより高く咲いていた。下見の時より花が多い。梅田小を過ぎたら浅草線の西馬込駅だ。第二京浜を渡り馬込西公園で休憩。休むと寒くなる。
猿坂をくにゃくにゃと歩き「上池上橋」から流れに沿って歩き、洗足池駅へ。歩道橋に上ると眼前に大きな洗足池が拡がった。西岸をぐるりと巡って白馬の像を見て解散地点の広場に着き体操。A班は雪が谷八幡を回って約10分後に到着。
今日は起伏の多いコース。北千束駅のホームでガツガツ震えて電車を待った。やけに冷え込む。
=約12㌔=
◎第102回【浅草七福神】
1月15日(土)午後1時、JR上野駅浅草口陸橋の上に集合したのはゲストも入れて66人。早速、松葉公園まで歩いてここで体操。
まず矢先稲荷神社で福禄寿を拝み、人混みの中を国際通りから雷門をくぐり、浅草寺に到着。大黒天に会い、浅草神社(恵比寿)に立ち寄る。続いて待乳山聖天で毘沙門天を拝み、今戸神社で福禄寿に会う。
ここからA班、B班は吉原神社(弁財天)、鷲神社(寿老人)に向かうが、C班は直接、不動院(布袋)に向かう。有名な吉原は今でも健在らしく、呼び込みの連中が昼間から角角に立っている。さすがにグループで歩く我々には声をかけられなかった。吉原公園で小休止。
少々うっとうしい道を不動院まで歩き、鄙びた感じの布袋様を見た後、すぐ近くの石浜神社(寿老人)に到着。ここで解散した。
本日はC班がまず到着。20分後にA班が、その20分後にB班が到着。解散が三つに分かれ、帰途も明治通からのバス組と地下鉄南千住駅組になった=約12㌔=。
◎第101回【深川七福神=総会=】
薄曇りの1月8日(土)午後1時、本年最初の例会は、恒例により、深川七福神巡り。
深川公園に集合し、簡単に体操。直ちに富岡八幡宮(恵比寿)、心行寺(福禄寿)、冬木弁天(弁財天)、円珠院(大黒天)、龍光院(毘沙門天)、深川稲荷(布袋)、深川神明宮(寿老人)と巡った。まだ松の内のせいか、参拝客も大勢いたが、わがGNP、あれよあれよという間に疾風のように追い越し、50分足らずで巡り終わる。その後高橋商店街、小名木川遊歩道、大横川遊歩道を通り小松橋区民館に到着。早速、総会に入った。
総会の出席者は70名。昨年の収支報告、今年の収支予算の承認を受けたのち、昨年の納会で内定した役員を決定。年会費5,000円とすることとした。
その後、本年の実施計画に基づき、各班別に下見担当者の選考に移り、取り敢えず、118回目(5月6日)までの担当者が決まった。なお、下見費用については原則として各自負担とするが、交通費が一人当たりほぼ1,000円を超えるときは、会から補助することを提案、全員の承認を得た。
また、24人の方から会へ寄贈があり、合計48,000円の雑収入を本年の収入に加えた。
午後4時、無事総会は終了。今年の会の発展を期待して、全員帰途についた。
番外 若洲で初日の出
元旦6時、新木場駅に集合、番外編として若洲海浜公園で、2000年代初の日の出を拝んだ。気温が高かったせいか、快晴にも拘わらず、地平線上に雲が湧き、ぴかっと光る初日の出ではなかったが、だいだい色に光る太陽はまん丸になるまで見ることが出来、思わず太陽の大きさに歓声を上げた。
その後、それぞれが持参した杯で祝杯を挙げ、2000年代の到来を祝い、合わせてGNPの発展を祈った。参加者21人。=約9㎞=
12月25日午後1時、サザンカの咲きそろう亀戸中央公園に集合。体操をしたのち、直ちに出発、丸八通りから京葉通りに入り、歩道橋を渡り、亀戸緑道公園、大島緑道公園を歩く。ここは元都電が通っていた跡地だ。進開橋を渡った後、小名木川駅前に到着、かつては貨物列車の最大基地として活躍していたが、トラック運送に押されて今はさびれているが、なかなかの規模。天井が低くて背の高い人はかがまないと通れないような貨物線のガード下を通り抜け、南砂緑道公園に入る。歩道橋で永代通りを渡り、東陽町から洲崎川緑道公園を歩き、終点東陽区民館に到着。
100回目を記念し、区民館で納会。直接納会にだけ出席した人も含めて、本日の出席者は76人。用意していたケーキの数も足らなく、大慌てで再調達。久しぶりに出席したTさんに大変お世話になった。
納会では、まず、10月から12月までの例会13回に皆勤されたH.Iさん、S.Kさん、M.Kさん、M.Sさん、Y.Tさん、T.Hさんに記念品を贈呈。続いて年間50回すべてを皆勤されたT.Hさんに甲子園に初出場した城東高校の記念テレカを贈呈した。その後、年間半数(25回)以上出席した会員58人(昨年35人)の方に「白の手袋」を差し上げた。
引き続き、これまでの運営状況を説明し、来年度の例会実施計画、レベル別を加味した班別の再編成、班長の推薦、会費の改定などを協議した。
会費 年額 5,000円(中途入会 月額500円)
12月18日(土)午後1時 =約13㌔=
初めての大崎駅に降りて先ず目を見張ったのは、都心から同じような距離でもこうも違うかとも思われる瀟洒な建物と雰囲気に、江東区の下町の砂町の住人としては、お上りさんの気分である。ニューシティ広場でいつものようにH.Wさんを煩わして体操の後、出発。
今日はBグループで完歩をと意気込んで歩き始めたが、ゲートシティを抜け出す回転ドアというのか回転する出口で手間取っているうちに、待ってくれてると思ったBグループがもう見えず、仕方なく残された数人でCグループを待ち合流する。[居木橋]から目黒川沿いに五反田方面に向う。途中「ややこしい名前だな」と言いながら[ややま橋]を横切り亀の甲の飾りのある[亀の甲橋]を渡り右岸へ、目黒雅叙園を横目で見ながら進み、まだ若い桜の並木が続く道を春の季節にはさぞや美しいことと想像しながら歩く。[目黒新橋]からまた左岸へ出、目黒区民センターで小休止。
元気の出たところで遥か前方に旗の見えるBグループを懸命に追い続けるが、[南部橋]を右に曲がった所で見失う。H.Wさん、M.Sさんと三人で西郷山公園を目指すが到着してみると全員出発した後で休まず急ぎCグループに追いつく。その後の経路は定かではないが、恵比寿駅沿いに歩いてようやくガーデンプレスにたどり着き解散となる。近くのホテルのイルミネーションやクリスマスの飾りつけを見て楽しみ、帰途に着く。
=出席人員56人= [K.S 記]
12月11日午後1時、泉岳寺にこれ以上出来ない若造りで参加。
銅像前の集合写真は顔だけ収まりスタート。
聖坂から義塾までは下りだけに軽やかに進み、東京タワー下の通称もみじ谷に踏み入り感激あり。大木の下に隠れていた紅葉の老木が、大木の葉が落ちたあとの冬日の中で、この師走に真紅に燃え盛っており、小滝の水しぶきもあり、落葉のクッションも心地よく、素敵なかくれ小道である。
愛宕神社の急な石段をのぼると、古式ゆかしい神前結婚式が挙式中で、耳目の保養も出来た。
あとの銀座通りのジグザグ行進は距離以上に疲れる。
築地に出ると姿変らぬ聖ロカ病院の教会塔が目に入る。23年前、私が九死に一生を得て感謝の祈りをし、その後、父と姉二人の回復の奇蹟を祈ったが、通じなかった頃が思い出され、センチになるスポットである。
ここからはワンマンウォークで隅田川沿いを歩き、永代橋でメンバー30名余りを見たのもつかの間、前年に比べ極端に少ない12~3名を追って両国まで完歩。待っていていただいた5名と、森下でようやくコーヒーブレイクして解散。久しぶりの始末記となる。 [T.H 記]
=参加者51名=
12月4日(土)午後1時=約13㌔=
家を出たら財布を忘れていたことに気付き、これじゃー電車にも乗れないとあわてて取りに走り、ダッシュで駅へ。大汗をかいてしまう。
青山一丁目駅で外に出たら、なんと涼しい風が……。集合場所では、見事な銀杏並木のあざやかな黄色が目を奪う。
Y.Yさんのリードで体操をする。銀杏並木の落ち葉を踏みしめながら出発。
日本青年館、鳩森神社の富士塚に登り、国立能楽堂を経て新宿御苑へ。御苑内は景色を見ながらすこしゆっくり歩く。ところがいたるところ、工事中のロープが張り廻らされてあり、「なんだ、これは!」という感じだ。
バラ花壇を見に行ったり、芝生広場のユリノキを見に行ったりとそれぞれ分かれて歩く。素晴らしくきれいに色づいた銀杏の大木を見上げたり、ギンナンが落ちていないかと、下を見て歩いたりする。赤ちゃんの手より小さい真紅なもみじ葉がいくえにも重なり合い、太陽の光で透き通って、見えたのには、感動した。変わった屋根の形をした台湾閣もおもしろいと思った。
日本庭園で休憩。
再び歩き始め、花園神社の銀杏の木のか細さにビルの谷間の宿命を見た感じがした。花園公園を過ぎ、四谷大木戸跡を右に見て四谷駅に向かう。四谷駅でここから帰る人たちと手を振って別れ、さらに歩き進み、清水谷公園に到着。
会長の音頭でストレッチをして解散。
ウォーキング日和の初冬の半日、お疲れさまでした。=出席58人= 「Y.C 記」
11月27日(土)午後1時、 東京国際フォーラムに集合。早めに来てフォーラムの7階まで上がり、ブリッジ・ウォークを楽しんだ方もいた。いつもの通り、ストレッチを行い、出発。
丸の内仲通りを経て、出光美術館、帝劇を横目に日比谷交差点を渡る。外苑のお堀と黄色に染まった銀杏の中を楠木正成像を経て日比谷公園に入り、また見事な銀杏並木に歓声を上げながら歩く。日比谷シャンテのゴジラ像に「思ったより小さいわね!」と言いながらJRをくぐり、線路沿いにコリドー街を通る。コリド-の由来は狐狸道とか。どんな狐や狸かしら?
新橋駅手前、昭和通を2丁目交差点で左折し、藤原秀郷が勧請したと伝えられる古い烏森神社でチョッピリ手を合わせ、桜田公園で休憩。
第一京浜を直進後、左折し新銭座架道橋という天井の低い何とも気持ちの悪いガードをくぐり、浜松町方向に向かう。芝商高前信号を渡り、左手高速道路下は車の往来が激しいので、右手浜離宮の深い緑を見ながら、浜離宮正門前の解散地へ到着。
先を歩いていたAグループがすでに到着していたのはよく分かるが、不思議にもCグループもすでに到着していた。 [S.K 記]
=約11㌔、出席48人=
11月20日12時10分、神田公園に到着。今日はちょっと喉が痛くて寒気がする。早すぎたなと思っていると、もうT.Hさんが、しばらくしてM.Sさんも。35分になったら会長に続いて下見をしたH.I、F.I、M.O、S.Sさんがにぎやかに到着した。1か月前の下見だったので記憶が薄れていてちょっと心配だ。1時になると、Kご夫妻を含め52名が集合。H.Wさんのリードで体操し、出発した。
棟割り多角形家屋を眺め、北上して料理屋街を回り、また淡路町を抜け、鎌倉橋を往復。美土代町から錦町河岸を渡り、ぐるっと回って神田警察から靖国通りへ。小川町の交差点でC班と合流した。ニコライ堂を見上げて日販ビルのテラスで休憩。吹き抜ける風が心地よい。寒気など吹っ飛んでしまっていた。
池田坂を下り太田姫神社をすり抜け、駿河台下を渡り南下。あみだくじのようにうろうろ歩いて岩波ホールの横を過ぎ、一橋中の紅葉したツタに感嘆し、共立女子中を回ってまた北上。またC班と合流して靖国通りから、左に入り高齢者センター前の周恩来の碑を眺め、日大法学部を過ぎ、JRのガードに沿って歩く。
東京歯科大病院から白山通りを越え、皀木坂を登って女坂を過ぎ、男坂の急階段を下りる。建長寺のすごい経験がものをいってか、平気の平左。神田女学院をぐるりと回って錦華公園へ到着。1ヶ所間違え1ヶ所カット。でも無事、完歩できた。 終わった途端、方向音痴になってしまい、みんなのあとについて、何でも飲み放題で150円というカラオケをやっている珈琲屋に入って一息入れた。 [K.M 記]
11月13日(土)午前10時(参加34人)
=約15㌔=
久しぶりに鎌倉路を歩くと思うと胸が躍る気がした。北鎌倉駅に到着。まず受付を済ませ、いろいろなパンフレット、マップなどを手に、いざ出発。
明月院に入るはずが建長寺方向に歩き出す。境内へ入るやいなやその荘厳さを感じさせる。境内をしばしめぐり小休止。寺内を横目に見ながら前方の登る階段を見て驚きと凄さを感じた。秋の鎌倉路を行くなんてロマンチックなことを思っている場合ではない。階段は狭く、行き交う人の多い中、カラス天狗様に見守られながらひたすら登る。それにしても急勾配である。これもウォーキングには違いないだろうが、ひょっとしたらミニ登山にも似たコースではないか。
ハァーハァーしながら411段の階段を上りきり、ようやく見晴台まで到着。見晴台からの眺めは素晴らしく180度の眺めだ。その中でちょっぴり頭を覗かせた富士山は心を和ませた。つかの間の休息をとり、いよいよ天園ハイキングコースに入っていく。アップダウンの続く山道をしばし歩く。
それにしても人の多さに驚く。特に子供たちの多さ。今日は休校日とのこと。歩いては立ち止まりの連続でなかなか前に進めない。我がGNPのメンバーとしては少々物足りなさを感じさせた。いざ十王岩を目指してまだまだ登り降りの連続だ。紅葉の間からこぼれ日が顔を照らす。また時折吹くそよ風が汗の頬を撫で通り過ぎていく。実に気持のいいものだ。ここが十王岩なのか、目の前がサーッと広がる。
汗を拭いながら喉を潤す人、子供たちと一緒に弁当を広げる親子連れ、実にのどかな風景だ。今までのあの登り降りの激しさなどどこ吹く風だ。峠の茶屋はまもなくのはず。
ようやく到着である。先に到着した人たちはもう各々お昼を摂っていた。一緒に歩いてきた人たちの話を聞くと峠の茶屋から右方向、瑞泉寺の方へ降りるとのこと。では自分もその方向へと思い、8人の列に連なることにする。行き交う人々にコンニチハの言葉をかけながら鎌倉市街地に降りていく。ここで秋の鎌倉路のウォーキングは終わり。夕陽を背にしながら優しい自然の偉大さを感じながら帰路につく。
[I.S 記]
なお、本隊は、横浜自然観察の森を通り、金沢自然公園の中にあるののはな館で小休止。その後、能見堂跡を見て六国峠出口から京急金沢文庫駅まで向かい、ここで解散した。
11月6日(土)午後1時 (参加52人)
=約10㌔=
"しまった! 困ったなー。帽子を忘れてきた。天気予報は曇りだけど薄日が射してきたよ…、どうしよう…、戻る時間はないし…、まあいいかあ…、ショウガナイ"と、思いながら電車に乗って集合場所の品川駅東西自由通路に向かう。集合場所に着くと、いつもより早かった(ラララ…)。
時間になり体操場所の聖蹟公園に向かう。品川駅を西口、品川プリンスホテル側に出て、八つ山橋を渡り、北品川から旧東海道に入る。この通りが思ったより長く古そうなお寺が二,三あったが、前を通り過ぎただけ。聖蹟公園で会長から今日のウォーキングなどの話、Y.Yさん指導の準備体操の後、3班になり歩き出す。太陽の日射しが薄雲を通して照りつける。仕方がないのでバンダナでマスクをし、頭にはタオルの姉さんかぶり。"アアア…、ちょっと恥ずかしいけど、えい! ままよ!"といつものように歩く。
鮫洲公園から八潮橋を渡り大井埠頭緑道公園に入る。この辺りの公園は出来て10年ほどと聞いたが、道は腐葉土の層が厚く、歩くと膝、足首、足の裏、腰のクッションの当たりが柔らかく自然の優しさを感じた。なぎさの森の管理事務所では野鳥観察で望遠鏡を覗かせてもらい、川鵜、ゆりかもめ、鴨などを間近に見る。大井埠頭中央海浜公園では、椚、楢、樫などの木が多いのか、どんぐりの実がたくさん通りの道の上にも落ちていた。Y.Yさんは『どんぐりの小道』と名付けたとか。
「東京港野鳥公園のネイチャーセンターではトビハゼがピョン、ピョンと跳ねてとってもかわいいよ! それから小さい小さい蟹が岩の隙間からいっぱい出てきたと思うと、アッという間に居なくなるのよ。面白いよ!」と聞いていて楽しみにしていたのに、潮が満ちていて、どちらも見られずガッカリ…、アーア。とはいうものの今日も楽しくウォーキングをさせていただきました。ありがとうございます。感謝。 [M.N 記]
10月30日(土)JR新宿駅より奥多摩駅まで約1時間半「ホリデー快速おくたま3号」にゆられて到着。駅から西東京バスに乗り込んだ。バスの窓から少し色づき始めた紅葉の木々を眺めながら奥多摩湖に着いた。水と緑のふれあい館を見学し、湖畔で早昼食を摂り、歩き始めた。
急な坂道が続いたが、一息ついて多摩湖を眺め降ろしたとき、水と木々と風の清やかさにほっとした。ハイキング気分を満喫しながら足を進めていくと急な斜面に、白菜、大根、ネギが植えられ、ユズや柿が手の届くところにたわわに実り、立派な蔵のある家の前には芋がらや豆が干してあった。途中の美しい吊り橋はスリル満点。小河内ダム建設のための機材運搬用の線路跡や、馬頭観音が未だ微かに残っているなど、歴史を感じた。
途中、青梅街道からバスにしたり、街道を歩いたり、むかし道を最後まで歩き通したり、3グループが駅で合流し、全員同じ快速で帰路についた。参加者はゲストを入れて30人(含む健康センター応援者)。 [N.T 記]
10月27日(水)午前7時発の新幹線「あさま503号」に乗車したのは男性3人女性18人計21人の有志。車中のにぎやかな会話を楽しむ間に8時18分には軽井沢に到着。軽井沢は雨。雨の中を峰の茶屋まで路線バスに乗り込む。物好きはGNPだけだったのか、貸し切り状態。途中一人だけ乗車したが、この方も峰の茶屋で下車。
雨の中、信濃自然歩道をまず、白糸の滝目指して歩いた。気をつけて歩く足許は落葉が色とりどり。晴れた日ならさぞかし遠目に浅間山の雄姿と鮮やかな紅葉が見られるものと想像して黙々と歩いた。雨のためか白糸の滝の勢いは強く、豪快な景観。その後、竜返しの滝まで、アップダウンをものともせず歩き、パークホテルで昼食。
バス時間をはずしてしまい、一行のうち、13人は旧三笠ホテルに向かって歩く。バス組も到着。三笠ホテルの中をを見学してから雲場池に向かう。途中の道は水路と化し、足の踏み場はほとんど水の中。ことに雲場池の入り口は激流となって道の水が入り込んでいる。その激流を飛び越えて雲場池の畔を歩き、紅葉を偲びながら軽井沢駅に向かい、16時26分の新幹線で帰路についた。
翌日は快晴。雨の予報に本来は思い切って1日順延すべきであったと、辛くも楽しかった一日を反省した。
10月23日(土)午前10時、東横線多摩川園駅に集合して受付を済ませ、各自屈伸運動をして出発。秋晴れの中、たくさんの人がすでに歩き出している川原では、野球やサッカーに興じる人、釣りをする人、絵を描く人等、様々に休日を楽しんでいた。気温が高く、強い日射しの中でも風は爽やかでススキや背高あわだち草、コスモスなどを眺めながら気持ちよく歩いた。
六郷橋下で休憩。ここからは「私を捜さないで」ということで、各々出発。大師橋を渡ってから川崎市側の土手を上流に戻るように歩き、京急川崎大師駅に到着。スタンプを押してもらい、一緒にゴールした12人ほどで解散した。一部の方はその後、川崎大師に参拝。お土産を買ったり食事をしたりして帰路についた。=約14㌔=
本日の出席者26人(含む健康センター応援者)。
[M.O記]
10月16日(土)午後2時、甘泉園公園へ集合。東西線早稲田駅からの道筋が難しく、若干迷われた方もいた。参加者は53人(健康センター応援者を含む)。体操をしたあと、始点の都電早稲田駅を確かめてから面影橋まで都電に沿って歩き、ここから右折して、旧鎌倉街道を通る。緩やかな坂を上り目白不動尊を眺め、鬼子母神駅へ。参拝は省略して雑司ヶ谷霊園の横をすり抜け、東池袋四丁目で少し膨らみ、向原で都電と合流、大塚駅前まで行く。ここから電車道を離れ、商店街を通り、庚申塚を越えて旧中山道を渡り、西ヶ原四丁目からしばらく住宅街の中。滝野川から飛鳥山までは電車道に沿った細い道を歩く。陸橋を渡り、直接、飛鳥山公園に到着して休憩にする。
王子から帰宅した組。王子駅から都電に乗車して荒川七丁目で下車した組、三ノ輪に向かう組も出た。王子からはほとんど電車道に沿った道を歩き、梶原、荒川遊園地前、町屋駅前まで続く。荒川七丁目から荒川自然公園に入って2度目の休憩。
Aグループの到着時刻が4時40分を越え、5時の閉園時刻ぎりぎりになってしまう。終点三ノ輪駅に到着したのは5時30分近くになった。ここで解散したが、出発時間の判断を誤り、最後まで完歩した人は少なく、乱れてしまった。今後の反省材料としたい。=約15㌔=
10月9日(土)9時57分の東京発青梅特快に次々と乗り合わせて八高線箱根ヶ崎駅下車、狭山池公園に集合したのは38名(含む健康センター応援者)。「火災発生」を報じる有線放送を聞きながらそわそわと体操し、狭山遺跡を出発。
残堀川に沿って歩く。工事中の残堀川は飛び石で対岸に渡れるところも作ってあった。青梅街道、新青梅街道を越え、富士塚大橋を過ぎて、残堀川から野山北公園自転車道にはいる。栗やドングリがいっぱいの山王森公園を通り、第三老人福祉館から左に曲がり、歴史民族資料館で休憩。
室内は暑苦しいため、裏側の広場でお弁当を食べる。そのあと人と自転車だけしか通れない珍しい横田トンネル、赤堀トンネル、御岳トンネルと三つのトンネルを抜け、番太池に到着。この池を回って、くにゃくにゃと急坂の山道を登り、多摩湖自転車道にはいる。村山中央病院の前を過ぎ、鹿島台から村山貯水池へ曲がる。
多摩湖の向こうに取水塔を眺め、西武ライオンズ球場を間近に見上げて、西武山口線の電車を見ながら西武園ゴルフ場の横を通り、西武園遊園地駅で解散した=約15㌔=。
10月2日(土)正午、久しぶりに健康センターに集合したのは50人(含む健康センター応援者)。当日は来年のコース設定の基本にする「山手・下町散歩」を配布。次に第3四半期の皆勤者8人の方に記念品を差し上げ、体操をしたあと、定番の区内公園巡り。
東陽橋を越え、東陽4丁目交差点を渡り、横十間川親水公園から仙台堀川公園を抜け、豊住公園を省略して木場公園に向かった。木場公園ではこの日、木製品の展示会が催され、ここで休憩。
福富川公園から木場親水公園を通り、古石場親水公園で解散した=約6㌔=。
なお、17人の方が古石場文化センターで開かれた古石場亭で深川噺を中心とした落語鑑賞会に参加し、「ハ、ハ!」と大笑いをして、第88回目を大いに祝福してきた。
9月25日(土)午前10時、小田急線和泉多摩川駅に集合したのは38人(含む健康センター応援者)。天気は予想に反して快晴。西武・京王・小田急・東急・京急主催の「多摩川リバーサイドウォーク3」に参加した約4,000人のウォーカーに混じって出発。
木立のない多摩川河川敷をひたすら歩き、東名高速多摩川橋をくぐり、新二子橋をくぐったすぐの兵庫島公園で休憩。
汗だくの体にはちょっとした木陰がうれしかった。ここで二、三人の方がリタイヤ。残りのメンバーは勇を鼓して出発。二子橋、第三京浜新多摩川大橋の下を通り、多摩川台公園を横目に、無事、東横線多摩川園駅に到着したが、皆さん、若干、熱射病気味。あとで聞くと当日は9月にもかかわらず30度を超えた真夏日。約12㌔を2時間足らずで踏破したGNPの力は相当なものだった。
9月18日(土)午前10時、およそ200種の万葉植物を見ることが出来る静かな万葉植物園に集合したのは51人(含む健康センター応援者)。薄曇りで気温も低く絶好のウォーキング日和。園内で簡単にストレッチして早速歩き始める。
歩道のない少々危険な道をたどり、天満天神宮を横目に、礼林寺の階段を上る。このへんからは車がほとんど通らない道になり歩きやすい。今度は駒形大神社の階段。境内の景色は古びて閑か。ここからは田舎道という感じでたわわに実った梨園や野菜畑を眺め、市川動植物園に着く。
大町自然公園は大きな沼地に作られたもので、歩道が完備。歩き易さにつられて、いつのまにか、自然観察園をすっ飛ばしてしまった先頭グループ。また引き返したため、最後に観賞植物園に到着してしまった。ここで休憩。
園内の見学をしてから出発。大町駅を越えて広大な八柱霊園を通り抜け、新八柱駅で解散した。=約12㌔=
9月11日(土)午前10時、上野公園西郷銅像前に集合したのはゲストお一人を入れて56人。薄曇りの絶好のウォーキング日和。体操をした後、早速、上野公園内の摺鉢山(22㍍)と大仏山(22㍍)に登る。上野公園を出たあとは芸大横を通り、谷中霊園の中に入って日暮里駅の横に出た。そのあとは線路沿いに高台を歩き、諏方神社で参拝。すぐに西日暮里公園に到着、休憩した。
この公園は、新堀山(21㍍)と道灌山(22㍍、)を合わせたもので、新堀山の名前から日暮里の地名が出来たそうである。西日暮里からもひたすら京浜東北線沿いに歩き、田端、上中里と越える。この間、2駅、密かに乗車したグループもあったが、船山(24㍍)辺りで合流。飛鳥山(24㍍)に入り、西斜面の遊歩道から王子駅の構内を通って音無親水公園に到着。音無川に少しだけ降りて、王子神社から亀山(25㍍)に至る。亀山は王子稲荷の裏手にあって狐の穴跡が今でもあった。この頃になると薄曇りであった天気もカンカン照り。暑さに参りかけたが、名主の滝公園の樹木と滝の流れで、すっかり回復。のんびりと見学して解散した。=約10㌔=
9月4日(土)午前10時、みだりにたむろしてはいけない公団金町駅前団地広場に集合したのは40人。早速、体操をしてから葛西神社に向かう。その後、江戸川堤防の上を歩き、東金町5丁目から水産試験場跡にはいり、オニバス見学。このハスの花は朝早く開花するだけで9時頃には閉花。大変な恥ずかしがり屋のようだ。それでも他の蓮の花は咲きそろい、大輪のはすは正に仏様の座り場所という感じ。それに金魚の養殖も見学でき、その品種の多さに驚いた。水元大橋を渡り、伝五郎の松のほとりで若干の休憩。
ここから広大な水元公園巡りが始まる。メタセコイアの森、水生植物園、水元かわせみの里と、一気に歩き、明治43年建造の大場川閘門橋にたどり着く。煉瓦造りの堅牢な橋のたたずまい、90年の時空を感じさせない美しさである。帰途はポプラ並木に沿って自由広場、冒険広場と通り、再び伝五郎の松へ。ここで持参したおにぎりなどで食事。
珍しく涼しいウォーキングを楽しみ、香取神社を横目に見て南蔵院でしばられ地蔵を拝み、東水元公園を通り、集合場所の公団金町駅前団地広場で解散した。=約14㌔=
8月28日(土)午前10時、鬱蒼とした筑土八幡神社の境内に集合したのは50人。体操をしたあと、一度寄ったことのある白銀公園に入る。ここが御殿山(26㍍)。山としての雰囲気はもうなくなっているが、赤城神社を通って神田川のほとりまで、階段や坂道を下ることで、高台であることはよく分かる。神田川に沿って歩き江戸川公園に入る。江戸川公園の休憩所も階段を上り、約20㍍ぐらいの高さの場所にある。無料で椿山荘に入れることが分かり、椿山(28㍍)で休憩。
庭の手入れは万全。その上、花嫁姿まで拝見。ちょっとした目の保養になる。新江戸川公園の中にはいることは省略して、川筋を上り山吹の里碑を眺め、面影橋を渡り、甘泉園公園に入る。都心らしくない落ち着いたたたずまいを見せる公園を通り抜け、堀部安兵衛の碑を見る。その後、穴八幡神社で小休止。
顔がほとんどすり切れてしまっているお地蔵様をさすり、頭が良くなることを祈ってみる。早稲田大学の前を通り、いよいよ目的地は戸山公園の中だ。道は通じていたが、道なき道を選びよじ登ってみる。箱根山(44.6㍍)に到着。どういうわけか、たどり着いた方々は異口同音。「山だ」と声を発し、頂上でいつまでも佇む。折しも正午のチャイムが鳴り響き、我々の初登頂を祝福してくれる。
ここで解散したが、高田馬場駅までの道案内、明治通りに出るはずが大久保通りに出てしまい、大幅な遠回りになってしまった。=約12㌔=
8月21日(土)午後5時、有明テニスの森公園クラブハウス前に集合したのは47人。体操をしたあと、テニスコートを囲んでいる木立の下を一周してコロシアムブリッジを渡り、センタープロムナードを歩き、夢の大橋、であい橋を越え、ウエストプロムナードへ。意外に人通りが少なく、風もさわやか。テレコムセンターを正面に見て突き当たって左折。続いて右折。センターの裏手にある青海南埠頭公園に到着して休憩。
続いて巨大なキリン群(クレーン)に感嘆しながら青海北埠頭公園でサンセットを味合う。夕陽の沈む光景、いつ見ても悲しくも美しい。青函連絡船であった羊蹄丸、南極観測で活躍した宗谷を横目に眺め、東八潮緑道公園、昨年のバーベキュー会場、潮風公園を通り抜け、お台場海浜公園に入る。ここはいつの間にかアベックのメッカ。アベックでなく疾風のように歩く我がクラブは正に異邦人の様相。Aグループは明かりのない台場史跡公園を巡ってから、お台場レインボー公園に到着したが、他のグループはほとんど史跡公園を省略して目的地に到着。解散した。=約10㌔=
8月7日(土)の早朝6時、木場公園(木場ミドリアム前)に早く集まっていたのは、珍しく男性群がほとんど。結局、39人中12人が男性。5分の1の構成割合に比べ、3分の1近くが集合出来たことは、朝の役割分担が女性に偏っているせいかもしれない。歩き慣れた仙台堀川親水公園を快適に歩き、平成橋を越え、風の広場を通り抜け、中川大橋を渡り、新装なったわんさか広場で休憩。そのあと、これも新しくできたスポーツ広場から建設途中の小松川地区へも二つの橋を使って歩く。新六の橋から竪川河川敷公園に入り、見事甲子園に出場した城東高校の横を通り、清水橋から横十間川に入る。横十間川親水公園を通り抜け、出発地木場公園に到着したときには、汗びっしょり。約9㌔と予測していたが、たっぷり12㌔は歩いたようだ。
7月31日(土)午前10時、西久保公園(JR三鷹駅徒歩10分)に集合したのは36人。Y.Yさんのかけ声で体操。ほんの少し玉川上水を歩き、グリーンパークに右折。井の頭通りに出て左折、しばらく境浄水場横を通って、関町5丁目で多摩湖自転車道に入る。ここから先は全くの一直線。多摩湖からの水を境浄水場に送る水道の上に造られた道である。ほとんど樹木が立ち並び、木陰になるところが多く、この暑い最中、自転車を楽しむ人、散歩を楽しむ人、それにウォーカーにも結構出会う。途中、花小金井駅横で休憩。
全員揃ったところで、小平ふるさと村に向かう。このふるさと村には昔の郵便局、200年前の旧家などが移築され、その上、300年以上前の民家などが建築されているのを見学。小平駅で解散した。
ここから有志28人が電車で武蔵大和駅まで行き、狭山自然公園で雄大な多摩湖を眺め、その後、木陰で弁当を広げた。=約7㌔=
7月24日(土)午前10時、方南町駅のホーム上に集合したのは40人。前回、大雨の中を辿り帰った道を逆行して善福寺川につき、そのまま済美公園に入って体操。雨宿りした杉並郷土資料館を横に見て、木陰の多い和田堀公園を快適に歩く。宮下橋を越え、大宮八幡宮の森はショートカット。川沿いに進み、天王橋を過ぎ、善福寺川緑地公園で休憩した(Cグループはここから荻窪駅に向かい解散)。
ここから先はこれまでと打って変わり、日陰の少ない細い川沿いの道になり、環八、JR中央線の下とひたすら我慢して歩き、その上、Aグループは二次休憩場所の関根文化公園をうっかり通りすぎてしまい、そこで小休止したBグループとハンデが付いてしまった。善福寺川を占領している小学校までの間、苦行が続く。時たま、川面に浮かぶかもの親子連れ、鯉の群に目をやって何とか心を和ませながら、やっとの思いで善福寺池の下の池にたどり着く。
正午になると陽差しはますます厳しくなり、善福寺池の湧水も早々に見て、炎天下、空腹をこらえながら、やっとこさっとこ吉祥寺駅に到着。真夏の日中は、長い距離は無理と実感する。=約12㌔=
7月17日(土)午前10時、新宿中央公園、水の広場に集合したのは49人。Y.T新副会長の挨拶の後、H.Wさんのかけ声で体操。成子坂、蜀江坂と狭い道を大久保通りまで歩く。この蜀江坂は平将門の弟将頼の蜀江錦の袖が切り落とされた場所とのこと。その後、神田川遊歩道を少し歩き、JR東中野駅を横目に見ながら山手通を渡り、商店街に入る。この辺りは寺町といわれるほどお寺の多い場所だが、どこにも立ち寄らず、一路、哲学堂を目指す。妙正寺川にたどり着くと目と鼻の先が哲学堂。木立の多いこの公園で休憩。
ここには六賢台や四聖堂など哲学的雰囲気を醸す建造物が所狭しと点在し、しばしの哲学にひたる。その後、新井薬師に参拝。大木になった桜並木の中野通りを歩き、早稲田通りを右へ。団体で道路を清掃中の中学生に感心しながら囲町公園に到着。体操をして解散した。=約9㌔=
7月10日(土)午前10時、清瀬駅北口(西武池袋線)に集合したのは43人。すがすがしい梅雨の晴れ間、大木に育ったけやき通りを通り、清瀬市郷土博物館に入場して約20分間、農機具や写真展を見学。
その後、しばらく農道を歩き、氷川神社に到着、ここでH.Wさんのかけ声で体操。いよいよ清瀬中里緑地保全地域に入り、人一人通るのもやっとの
垣根と垣根の間の道や、鬱蒼とした雑木林に沿った空堀川沿いの道、まだ道になっていない工事中の小川の縁、農家の縁先の庭の中、農道などを右往左往しながら清瀬金山緑地公園に到着。ここで休憩した。
Cグループの一部はここから清瀬駅へ向かうことにしたが、他は清瀬御殿山緑地保全地域に向かう。この頃になると日差しが強くなり、木陰のない一般道や農道では歩き辛く、雑木林や並木道に入るとほっとするという繰り返し、長命寺で2度目の休憩。時折吹く風に一息つく。
ここからBグループの一部は清瀬駅に向かい、他は屋敷林や畑道を楽しみながらコースをたどり、志木街道を清瀬駅に向かって戻る。途中、水天宮で整理体操をする。
ケヤキ通りに入ったところで採れたてのトウモロコシやジャガイモ、枝豆の露店があり、皆さん、買い物をして清瀬駅で解散した。
=約12㌔=
雨降りの7月3日(土)午前10時、富岡区民館に集合したのは65人。
U先生の講演の表題は「健康と運動」。最新のデータに基づく実証的な話で楽しかった。とくに息を止めてする運動と息を止めないでする運動との違い。それが血液に関係し、皮膚の色にも影響する話は興味深かった。
講演会終了後、簡単な軽食を食べながらの懇談会。半年間のあれこれに話の花が咲いた。途中、第2クール、4月から6月までの皆勤者8人を発表、記念品を差し上げた。
終了後、近隣ウォークを実施する予定であったが、雨足が強く、中止。正午、ここで解散した。
番外でリバーサイドウォーク
京王・小田急等が主催する「多摩川リバーサイド・ウォーク」の第2回目が7月4日(日)に京王線「聖蹟桜ヶ丘」駅から小田急線「和泉多摩川」駅まで約13㌔のコースで行われたが、GNPの番外編として11人が参加した。
当日は予報に反して、快晴。木陰のほとんどない多摩川べりを約4,000人の参加者に混じってウォーキング。まるでアリの行列のようなウォーカーの人並みが続く。
途中、橋の下で2度ほど休憩を持ったが、結構、強行軍で、目的地「和泉多摩川駅」に到着したときは、やっとの思いだった。
梅雨シーズン、6月26日(土)も小雨降る中午前9時、京成電鉄本社前に集合したのは43人。都営、京成、京急主催のウォーキング大会に便乗、1,000人規模の一員となった。
当日は江東ケーブルテレビの取材もあり、慌ただしい中、大横川親水河川公園、竪川第一公園を経て猿江恩賜公園で暫時、休憩した。このころには雨もすっかり上がり、傘はリュックの中にしまわれた。そのあと、横十間川河川敷、小名木川クローバー橋、横十間川親水公園、仙台堀川公園、木場公園と、通り慣れた江東区内のウォーキングコースをたどり、清澄公園に予定より早く到着して休憩。続いて隅田川テラス、萬年橋、一之橋と通り、隅田公園を眺めながら一路、言問橋を目指して歩く。言問橋を渡り切ると、もう浅草寺は目と鼻の先、瞬く間に到着。
完歩の証としてサンバイザーを全員受け取り、江東ケーブルテレビのカメラに向かって鬨の声をあげ解散した。=約15㌔=
なお、当日のコース案内は要所要所に張り紙がしてあり、ほとんど迷うことなく完歩が出来、主催者の気配りがよく感じられた。
うっとうしい梅雨空の中、6月19日(土)午前10時、JR「目黒」駅西口に集合したのは48人。人通りでごった返し、小雨も降っていたので、早々に出発、太鼓橋のたもとで連絡事項を伝達、体操も省略してウォーキングを開始した。傘を差しての歩行は、あまり楽しくないが、それでも風がなく、温度も低いため、意外に歩きやすく、新橋、大鳥神社、林試の森公園、朝日地蔵堂、立会川緑道と、そそくさと通り過ぎ、すずめのお宿公園に到着。保存されている古い農家で休憩した。
約250年は経ているという農家では竈の火が焚かれ、煙が目にしみたが、黒光りのする大黒柱や広い土間の広さに目を見張る。その後、都立大学駅で約半数の方が解散。残りの人たちは、東光寺、太鼓坂、宝来公園、多摩川台公園、多摩川園駅を通り過ぎ、鯉や鮒が泳ぐ六郷用水を眺めながら沼部駅(東急目蒲線)に到着。
簡単な整理体操をして解散した。=約13㌔=
梅雨中にもかかわらず快晴の6月12日(土)午後1時、臨海公園に60人が集合。
久しぶりに参加したU顧問の指導による準備体操を実施し、出発した。隅田川テラスをとおり、永代橋、隅田川大橋をくぐり、清洲橋で上に出る。
清洲橋から対岸、中央区側のテラスを通り、新大橋をくぐり抜け、両国橋で上に上がり、また墨田区側のテラスを歩く。
真夏に近い日差しの中で、木陰のないテラス道に音を上げ、とうとう蔵前橋から先は木陰の多い一般道を通り、厩橋、駒形橋、吾妻橋を越え、隅田公園に到着して休憩する。
休憩後も日差しの強いテラスは敬遠して木陰の多い墨堤通りを歩き、長命寺から向島百花園に直接向かい、園内を彩る夏の花を堪能して解散した。=約9㌔=
6月5日(土)2組に分かれて実施。
まず、神田川散策組は午後1時、JR・東西線高田馬場駅広場(平和の女神像)に24人が集合。瀧澤橋、新堀橋、せせらぎ橋、久保前橋、小滝橋、亀齢橋、南小滝橋、大東橋、万亀橋、新開橋、柏橋、末広橋、伏見橋、栄橋と神田川沿いに青梅街道近くまで歩く。ここから同じコースを引き返えして集合場所の高田馬場駅広場に戻り、ここで解散した。=約6㌔=
一方、箱根一泊ウォーク組は、小田急線新宿駅午前7時30分発の相模3号に乗車したのは34人。車中でホテルの部屋割りを済ませ、9時に箱根湯本駅に到着。直ちにウォーキング開始、天成園で玉簾の滝を見ながら体操。ここからバス組と歩行組に分かれ、須雲川まで。須雲川から全員畑宿まで石畳の旧街道を歩く。畑宿から見晴茶屋までバス組はバスで、歩行組は195段の階段に音を上げながら歩き、ここで昼食。ここから甘酒茶屋、元箱根まで全員で歩く。元箱根では若干の時間があり、美術館を覗いたり、コーヒーを飲んだりしながら遊ぶ。その後、海賊船に乗り、芦ノ湖を縦断、桃源台に向かい、16時30分、箱根レイクホテルに到着。温泉で疲れをいやした。
二日目は、バイキング形式の朝食を済ませ、9時、出発。湖尻水門から芦ノ湖西岸を歩く。歩行者専用の道は、自動車の通行がなく、信号がなく、しばらくの砂利道を過ぎると木の根が縦横に張り出している細道。左側の芦ノ湖はどこまでも静かで波穏やか。見晴らしの利く場所では湖水を渡って吹くそよ風がさわやか。汗ばんだ体には心地よかった。途中、湖水の浜辺では水を触り、木陰では木の肌を触り、2度ばかり休憩して英気を養う。箱根町には予定通り、12時過ぎに到着。
初日に1人、二日目に2人、ちょっとした転倒事故があったが、いずれもみんなの素早い機転で大事に至らず、無事終了。ベコニア園で珍しい種類に大喜び、温泉で汗を流して、箱根湯本17時13分発のスーパー箱根に乗車、新宿で解散した。=約25㌔=
薄曇りで微風の吹く5月29日(土)午後1時、井の頭恩賜公園野外ステージ前に60人が集合した。
園内では絶好の日和とあって、散策を楽しむ大勢の人がたむろする中、ストレッチ体操をした後、2班に分かれて出発。美人しか入れないといわれる弁財天に有資格者全員が参詣、万助橋から玉川上水の緑道を歩き、三鷹駅前に出た。
駅前の雑踏を通り抜けた後は、ひたすら三鷹通りを南進。禅林寺、三鷹市役所、航空宇宙技術研究所などを眺めながら、諏訪神社前で右折。木立の深い小道を楽しみながら緑の相談所を通り抜け、神代植物公園に到着した。
園内で休憩、バラ園では約200種5,000本といわれるバラは今を盛りと満開。あでやかな美しさと豊富な色合いに見とれきってしまった。ここで一部の人は解散。
残りの人は改めて午後3時公園内深大寺門で集合。深大寺の賑わいを通り抜けた後、坂道を上り池上院から下り、後楽園SCの前を通り、右折して布多天神社に到着。
整理体操をした後、解散し、京王線調布駅に向かった。=約10㌔=
5月23日(日)午前7時25分、東京駅に集合、横須賀線で大船に向かう。大船に到着は8時13分、歩いて鎌倉武道館に向かった一行は予定より若干少なく30人。ジュースやバンダナなどの配給を受け9時から開会式。勢いがよくテンポの速い体操にとまどいながら9時30分先頭グループで2班に分かれてスタート。第1ポイントの鎌倉中央公園に向かう。ここまでは順調にほとんど全員、先頭グループで到着したが、急にスピードが上がり、少しずつ離れ始めた。第2ポイントの笛田公園、棟方版画美術館を横目で眺め、第3ポイントの七里ヶ浜水質浄化センターまでは上り下りが激しく、しかも道が判然としなくて、迷いながら歩く。そのあと海岸線まで出る道もいろんな道があり、コース通り歩かなかった組もだいぶあったようだ。海岸線の途中、稲村が崎公園が第4ポイント。ここで昼食を開いた組もあったが、ほとんど、そのまま第5ポイントの光明寺に向かう。ここまでの海岸線、水着で遊ぶ若者を羨ましく眺めてのウォーキングはまさに足が棒になる状態。光明寺から先のコースはほとんどのものが程度の差はあれ、適当にカットしながら最終地点、鎌倉体育館にゴール。わがGNPはトップグループに10名近く入り、全員が600人中200番までに到着したようだ。=約18㌔=
5月15日(土)午後1時、東武伊勢崎線大師前駅に集合したのは58人。広いホームの上で体操して出発。西新井大師境内を通り抜け、栗原立体交差西口を右折し、徳寿院の前を通り、東武伊勢崎線を栗六陸橋で渡り、六月3丁目の炎天寺や六月町公園を横目で眺め北上、商店街を通って、竹の塚駅南の踏切りを通過し、伊興町前沼で右折。伊興町白幡で左折、寺の並ぶ保木間堀親水水路を通り伊興遺跡公園で休憩した。Cグループは、はんの木橋から直接、西新井大師に向かった。他のグループは、はんの木橋を右折、新緑に彩られた見沼代親水公園を、ザリガニ取りや、一つ二つ咲き始めたあやめに見とれたりしながらくねくねと歩き、埼玉県境の毛長川緑道を通り首都高道の下を左折。足立流通センター北で左折し、広大な流通施設を眺めて舎人公園に到着。2度目の休憩をした。雨がパラッと来たので、そそくさと出発。高圧線下の緑地帯と車道とを交互に歩き快適とは言えなかったが、皿沼公園、谷在家公園と通り抜けて左折。真っ直ぐ歩いて西新井一丁目で右折、西新井大師に無事到着した。ぼたんの花を眺め、人気の少なくなった境内で体操。解散後、門前町で草団子などを楽しんだ。=約13㌔=
5月8日(土)午後1時、JR田端駅北口ふれあい橋の上に集合したのは60人。通り道であるため、直ちに出発。A及びBグループは東覚寺、大竜寺を経て、旧古河庭園まで急ぐ。一方、Cグループは直進して先に到着。全員一斉に中に入る。手入れの行き届いた園内は新緑に映え、憩いの場所として絶好。約20分程度の短い見学であったが十分に堪能し、ここで体操をした後、本格的にウォーキング。
飛鳥山公園を足早に通り過ぎ、音無橋から石神井川に入る。途中、音無さくら緑地、加賀公園横を通り、旧中山道板橋前の石神井緑道で休憩。ここでCグループは解散。
A及びBグループは、一途に石神井川を溯り、新板橋、中板橋、上板橋、台橋等を経て、広大な城北中央公園に到着した頃は流石に大抵の方がへとへとだった。板橋までの道筋は木々の重なりが見事で、正に緑のトンネル。天候もよく快適なウォーキングが出来た。=約15㌔=
5月1日(土)午後1時、五月晴れの臨海公園に集合したのは60人。久しぶりに参加したU顧問のかけ声で準備体操を行い出発。越中島公園から相生橋を渡り、リバーシティー21のなかを通り、住吉神社を通り抜けたり、横目で見たりしながら佃大橋を渡った。明石町側の隅田川テラスを歩き、勝鬨橋を渡ってすぐ右折、川向こうに築地市場を眺めて歩く。その後、浜前橋をわたり、清澄通りを豊海水産埠頭の突端まで歩き、右に回って豊海運動公園で小休止。ここにはCグループは来なかった。
新島橋、黎明橋を渡り、荒れ果てた晴海国際展示場跡を横目に見ながら晴海客船ターミナルに到着。最上階まで上がり快晴の東京湾を見渡す。ここまで約10㌔。
一昨日の今日であったため、若干オーバーワークの様子。例会としてはここで終了し、有志11名だけで牡丹町公園を目指す。一方、Cグループは豊海、晴海を省略して牡丹町公園に向かったため、先に到着。牡丹園のあでやかな牡丹の競演を堪能して解散した。=約14㌔=
当初4月24日に予定していたが、当日、雨天のため、29日急遽実施し、33名の出席があった。虹の広場は雨は降っていないが、気温が低く、じっとしているとふるえるほどの冷たさ。そそくさと体操を実施してから荒川の河原をただたださかのぼる。千住新橋、西新井橋、扇大橋、江北橋とくぐり抜ける。信号が一つもなく、右左、右左と足を動かすだけの動作が続く。荒川土手停留所の近くで若干止まり、間もなく鹿浜橋をくぐり、岩淵水門に到着。水門公園で休憩する。
荒川と隅田川の交点。もっとももともとの荒川が隅田川で、ここから下流の荒川は作られた荒川とのこと。一寸ややこしいがなかなかの景観である。若干の方がここで解散。水門から浮間公園まで新河岸川と荒川を交互に見ながら、それに赤羽ゴルフの下手なゴルファーの姿を眺めながら浮間公園の桜草圃場に到着。この日までしか開いていない圃場の桜草は見事で、可憐なそれでいて華やかに咲き誇る桜草に心の和みを覚えながら解散した。=約14㌔=
4月17日(土)午後1時、市ヶ谷の東郷公園に集合したのは59人。久しぶりに風もなく薄曇りの好天気。体操の後、靖国神社に向かう。日頃あまり通らない神社の裏を通り正面から東京大神宮へ。そこから飯田橋駅北口の牛込橋を渡り、神楽坂にはいる。神楽坂界隈はまるで迷路で、毘沙門天で折り返し、料亭街の石畳を急ぎ足で通り抜け、行き止まりのような細い道を抜けて白銀公園で休憩。
赤城神社を越えて象の滑り台の公園を通り、神楽坂を逆に戻って光照寺へ。ここで全員が奇しくも合流。今度は一団となって袖摺坂を上り、矢来能楽堂を眺めて牛込中央通りを南下。大日本印刷の歩道を通り、自衛隊市ヶ谷駐屯地の犬の壁画を横目に見て、市ヶ谷八幡宮へ。JRから見える急階段を恐る恐る下り、外堀通りを市ヶ谷田町で左折。グニャグニャと坂を登って逢坂を下り、新見附橋を渡って外濠公園へ。ABC各グループ入り乱れて到着し体操して解散した。=約10㌔=
今にも雨の降りそうな4月10日(土)午後1時、豊洲公園に集合したのはゲストも含めて46人。体操をした後、ガスの科学館目指して歩く。
この中では2班に分かれて館内見学。ガス器具の安全装置やガスの生成方法、冷熱実験、それに圧力のかけ方などの説明と実験を見せてもらった。最後に展望室に上がり東京湾、江東区などの遠景を楽しむ予定であったが、そのころには雨が降り始めよく見えなかった。
帰りは科学館のバスで豊洲駅まで送ってもらい、本日の例会は終了。残念ながら辰巳の森緑道公園の花見は中止した。=約3㌔=
花曇りの4月3日(土)午後1時、飯田橋外濠公園に集合したのは何と66人。GNP例会での最多記録となった。多くの花見客でごった返す外濠公園では体操もままならず、M.Oさんの先導でそのまま出発。市ヶ谷駅前から四谷駅前まで満開の桜の下を若葉東公園まで闊歩。ここで休憩。
Cグループは解散。その後千日坂、青山1丁目と赤坂東宮御所の周囲を歩き、サントリー美術館前で解散。=約8㌔=
天気予報で午後からは雨といわれていたが、午前中の晴れ間も見えた曇り空を信用して3月27日(土)、西船橋駅に集合したのは何と52名。
ところが出発時間の午後1時には予報通り雨が降り始めた。とりあえず行田公園まで歩いたが、雨は降り止まず、橋の下で雨宿りをしながら準備体操と整理体操を行い、公園を半周して西船橋に帰ることとし、駅前で解散した。2週続きの雨での中途中断だった。=約7㌔=
3月20日(土)はあいにくの雨、それでも東高円寺駅に集合したのは29人に達し、出口で屈伸だけ簡単に行い出発。
せっかくの蚕糸の森公園も横に見ただけでひたすら歩く。そのため、Aグループはコースを少し多めに歩いて、富士高校に近い富士見橋まで来てしまい、まともに歩いたCグループが先に普門館に到着。その後も環七横断に歩道橋を使ったグループ、横断歩道を使ったグループなどで前後が入り乱れ、改めて善福寺川に着く。
そのころになると雨足が強くなり、風も出てきてほとんどの人が下半身びしょぬれの状態。傘が風に煽られ逆さになったり、とても歩ける状態ではなく、急遽、杉並区郷土博物館に立ち寄り、ここで解散することにした。
ところがここで5人ほど到着がなく心配したが、携帯電話で連絡がとれ、環七の横断歩道で信号待ちをしている間に先行者から外れてしまい、善福寺川が見つからず、永福町に向かっていることが判明。そのまま永福町で解散してもらった。
博物館で解散したグループは方南町まで歩いて戻りそこから帰途についた。=約7㌔=
3月13日午後1時。懸念された雨も降らず、南砂3丁目公園に54名が集合。久しぶりに参加したM.Oさんの指導で体操をしてから出発。東西線沿いに歩き、堤防を越えて荒川に作られた細長い砂町、荒川水辺公園を通り、大島・小松川公園で休憩。
中川大橋を渡った先が工事中のためくにゃくにゃ歩き、番所橋を渡る。仙台堀川公園では、大石家を横目で眺め、白い梅や赤い寒避桜に春の到来を感じる。南砂緑道公園を通り、東陽橋からの潮風の散歩道で真っ盛りの白モクレンに迎えられて、健康センターに到着。逆回りした馴染みのコース、なぜか新鮮に感じられた。解散後、1階のロビーで、「ウォーキング12週間」のビデオ(No,16にセット)をみんなで見た。=10㌔=
好天の3月6日(土)JR中央線青梅特快に東京駅、御茶ノ水駅、中野駅から乗車した会員はゲスト1人を含め、47人。青梅まで1車両をほとんど独占したような具合。御嶽駅到着は10時45分。すぐ多摩川に降り、御嶽渓谷遊歩道の広場で体操をしてから川に沿って歩く。吉川英治記念館を見学した。その後、梅の公園までの道筋、梅郷の名に恥じず梅が普通の民家の庭にも咲き、心和む風景。梅の公園は未だ3分咲きという程度であったが、全山梅ばかりという風情、観梅客も多く、全員一緒には弁当も食べられなかった。
ここでCグループは解散。
A,Bグループは和田橋を渡り旧青梅街道を通り、青梅の謂われと言われる金剛寺まで、疲れもいとわず歩き続け到着。整理体操をして解散した。 =約12㌔=
朝方は雨があり、しかも冷たい日であった2月27日(土)、集合時間の午後1時にはすっかり晴れ上がり、しかも気温はどんどん上昇。絶好のウォーキング日和となった。
栗山公園に集合したのは40人。H.Wさんの号令に従って体操をした後、はけの道を求めて武蔵野公園沿いの野川の中を歩き、滄浪泉園に到着して、休憩した。
ここからCグループは直接小金井公園を目指したが、A,Bグループは、東京学芸大学のキャンパスを巡ってから茜屋橋に入り、玉川上水を歩いて小金井公園に到着、解散した。=約11㌔=
快晴の2月20日(土)、午後1時、渋谷駅忠犬ハチ公前に集合したのは何と63人。雑踏を極める渋谷駅前を更に混雑に導き始めたので、早々に歩き始め、Bunkamuraの横を通り、鍋島松濤公園で点呼、Uさんの指導で準備体操、それに花粉症対策の指圧法を学んだ。
その後、近代文学博物館に立ち寄る予定だったが、Uさんの提案で東京大学駒場キャンパスの中を巡り、駒場野公園で小休止。続いて〆切地蔵をちょっと覗き、長く続く烏山川緑道を歩く。松陰橋の近所でCグループは羽根木公園に直接向かったが、A、Bグループはそのまま品川橋まで行き、右折して豪徳寺、世田谷八幡宮の中を通り、ユリの木公園から北沢川緑道に入り、羽根木公園に到着した。羽根木公園の梅の木は約650本、ほとんど満開で、その華やかさに全員が歓声を上げた。観梅者も大勢。その中で整理体操を行い、無事、解散した。=11㌔=
冷たい風は吹いていたが快晴の2月13日午後1時、東京文化会館前に57人が集合。H.Wさんの掛け声でしっかり準備体操した上、出発。両大師橋を渡り、入谷鬼子母神、鷲神社で軽く参拝、一葉記念館で休憩した。樋口一葉の流麗な筆跡に感嘆。約20分の見学を終え、三ノ輪橋に向かった。途中、小塚原回向院を眺め、千住大橋を渡り、千住宿本陣跡にたどり着いたが、小さな石碑があるだけで当時の面影は見当たらない。ここでC班16名が解散。他のA班、B班は、そのまま、日の出町緑地に向かい荒川土手を快適に歩き、堀切を通り、東白髭公園で整理体操を行った後、水神大橋を渡り、南千住駅で解散した。=約12㌔=
穏やかなウォーキング日和の2月6日午後1時渋谷駅忠犬ハチ公前に59人が集合。公園通りを通って国立体育館横まで行く予定だったが、有数の人込みの中でバラバラに到着。U先生の指導で体操し、原宿に向かった。表参道の右側を歩いて青山通りを横断し、青山霊園へ。珍しいことに霊園の真ん中に信号があり、そこを右折。霊園を出て曲がりくねった道を歩いて乃木公園に到着し休憩。
乃木神社、乃木邸の佇まいをしばし散策した。そのあと赤坂通り、一ツ木通り、そして日枝神社を右に、日比谷高校を左に見ながら山王坂を通り、国会議事堂を半周して日本水準原点がある国会前庭に到着。
ここでは先客が有り、ウォーキング講習中の様子。GNPは体操して解散した。=約9㌔=
快晴の1月30日(土)午後1時、57人が牡丹町公園に集合。準備体操をした後、新装なった相生橋を渡り、朝潮大橋、春海橋を通り豊洲公園で小休止。
その後、東雲橋を渡り、東京ビックサイトで休憩。全員そろったところで、宮殿のような階段を上り下りして有明西埠頭公園、水の広場公園を通り、水の科学館に到着。このたび新会員となった東大のSさん指導による整理体操を実施して終了(約9㎞)。その後、全員水の科学館に入り、見学。水の重要性をゲーム感覚で会得した。
1月23日午後1時、池袋シンボルタワーサンシャイン脇の東池袋中央公園に51名集合。柔軟体操後、三四郎池目指し出発。高速道路下の入り組んだ交差点を抜け、程なく町の喧噪も薄れた雑司ヶ谷の寺町に入り、鬼子母神参拝。都電沿線を歩み、広大な雑司ヶ谷霊園を抜け、護国寺の屋根を左手に眺め、音羽の文教地区を進み、小石川の教育の森公園で小休止。
しゃれた洋風、和風の遊歩道を通り、間もなく「こんにゃくえんま」で先発組、しんがり組が合流し参拝。予定より少し距離を伸ばし東大農学部の方へ回り、本郷3丁目より三四郎池へ全員無事到着した。
約2時間、11㌔の行程で、当日は天候もよく絶好のウォーキング日和であった。(H.W 記)
1月16日午後1時、新装なった東西自由通路のある品川駅中央改札口前に集合したのは58人。品川インターシティーの通路だけでも1㌔近く歩いて東八つ山公園に到着。U先生の指導で体操。
まず品川宿本陣跡で当時の大名行列を偲び、いよいよ旧東海道を歩く。途中、品川はなぞの霊園という不思議な看板にびっくりしながら浜川橋の先から右折、品川歴史館まで直進。館内に入り休憩した。館内には大森貝塚で発掘された遺跡のレプリカや品川宿の模型があり、なかなかのもの。
ここから大森駅前を通り、右折して馬込文士村を散策したが、本門寺公園までの道は狭く、ほとんど一列になって歩いた。本門寺五重塔は解体修理中で影も形もなくがっかり、それでも壮大な本門寺の威容にしばらく感嘆。
ここで体操をして解散した。(約12㎞)
1月9日(土)正午、猿江恩賜公園に集合したのはU先生はじめ何と63人。奇しくも前年設立総会時と同じ人員だった。正月晴れの絶好のウォーキング日和に恵まれ、亀戸天満宮、龍眼寺(布袋尊)、天祖神社(福禄寿)、普門院(毘沙門天)、香取神社(恵比寿神、大黒神)、東覚寺(弁財天)、常光寺(寿老人)と順調に亀戸七福神を巡り、江東区民センターに無事到着した。
総会は午後2時、区民センター7階第5会議室で班別に席について開催。1周年記念特集号に基づき、会計担当から収支報告があり、その後、班別に懇談。今後の例会について活発な意見の交換があり、盛況裡に終了した。
なお、U先生から東京大学大学院医学系研究科の心身医学を専攻しているSさんの紹介があり、ウォーキングが及ぼすストレスとの関係についてのアンケートに対する協力依頼がSさんからあったので、全面的に協力することとした。
元旦5時、新木場に集まり、番外編として若洲海浜公園で初日の出を拝んだ。天気晴朗波静か、日の出直前、五十羽近くの水鳥が太陽に向かって飛び立った瞬間、黄金色の点がぴかっと光って見る見るうちに巨大な円になっていく様、思わずみんなで万歳三唱をした。参加者15人。(約9㎞)
とうとう今年最後の例会は50回目、12月26日(土)午後1時、健康センターに集合、定番の「区内公園巡り」を実施。久しぶりに見えたU先生のストレッチ準備体操。体も十分温まり、おおむね3班に分かれて出発。洲崎神社を通って舟木橋をくぐり、木場親水公園へ。亀久橋をくぐり福富川公園を通り、三つ目通りを渡り、木場公園に入り、ここで休憩。そのあと豊住公園、仙台堀川公園、横十間川親水公園と勝手知ったる公園をすいすい通り抜け、出発地点健康センターに到着したのは14時30分。予定より30分も早く、この1年の成果が如実に発揮された。15時30分から健康センター4階会議室で「納会」を開き、25回以上出席した35名の方に記念品を贈呈、絶大な拍手で祝福した。そのあと出席した会員61名の方全員がそれぞれの感想や今後の決意を表明、賑やかで和やかな納会もS.Yさんの見事な中締めの音頭で締め、無事終了した。一年間、皆様、ご苦労様でした。(参加者61名。約9㎞)
12月19日(土)は「砂町、古川、一之江」ということで、南砂3丁目公園から一之江名主屋敷まで約12㎞を歩くことにした。当日参加したのは43人。もっとも、いつもと違って正午集合であったため、時間を間違えた方も居られ、途中から来られた方もあった。富賀岡八幡宮で簡単にお参り、葛西橋を渡る頃には、先頭グループと少し離れ始め、江戸川平成庭園を省略したグループもあり、休憩を宇喜田東公園で実施したグループ、古川親水公園で実施したグループなどがあり、今回はコースが複雑であったためか、途中の行程は一致しなかった。しかし、明和橋を渡って目的の一之江名主屋敷には全員無事到着。屋敷の中に上げてもらい、畳の上で、案内の方から由来を聞く。220年ぐらいの歴史を持つ屋敷は江戸時代初期の建築様式とのこと。質素な中でも当時の名主の役割と権限にしばしの思いを馳せ、意義ある見学であった。 (参加者43名。約12㎞)
12月12日(土)は「赤穂浪士帰還の足跡」ということで、両国から高輪泉岳寺まで歩くことにした。当日参集したのは47士ならぬ41士、もっとも江東テレビが取材で3名、やみで参加された方が3名。奇しくも47人になったのは何かの因縁であろうか。勝海舟の生誕地両国公園から吉良上野介上屋敷跡、回向院、芭蕉庵跡、赤穂義士休息の地を辿り永代橋を渡る。鉄砲洲公園で一休み。続いて浅野内匠頭屋敷跡を通り、新橋4丁目の同終焉の地を確かめ、増上寺で中休み。ここから芝にある水野監物邸跡を通り、最終目的地、泉岳寺に着いたのは午後4時前、何と休憩も入れて2時間半で走破ならぬ歩破した。(参加者41名。約14㎞)
12月5日(土)は、あいにくの雨。それでも染井吉野桜記念公園には13人の方が集合。早速、雨具を用意して歩き始める。まず染井霊園を通り抜け、17号線を歩道橋で渡り、いよいよ、旧中山道。すぐ「とげ抜き地蔵」に到着。諸々のとげを抜き取ってから、今度は近藤勇の墓に向かう。維新の凄まじさを偲びながら次の目的地「板橋」へ。石神井川にかかる橋、今はコンクリート造りだが、もともと板の橋だったようだ。橋を渡ってしばらく行くと「縁きり榎」。思ったよりこじんまりした榎で、これではなかなか宿縁は切れそうにはなさそうだ。板橋本町に着き、目の前にある喫茶店に飛び込んで本日のウォーキング終了。石神井川はまたの機会とした。(参加者13名。約7㎞)
11月28日(土)は有栖川宮記念公園に午後1時集合。当日は快晴であったが、風が強く砂埃が舞い上がる中、H.Sさんのお友達3人、K.Hさんのお友達1人を含む43人が参集。大使館巡りを開始した。この日、中国から国賓が見えているため、警官が四つ角という四つ角で警備。マルで私たちのウォーキングが無事に済むように警戒しているような雰囲気で、自動車の通行も少なく我が物顔に坂を上がったり下がったり、その都度、各国の大使館が眺められ、バーチャル・エトランゼの気分。フランス、ドイツ、ノルウェー、スイス、フィンランド、イラン、韓国、パキスタン、アルゼンチン、マダガスカル、カタールと周り、笄公園で休憩。後半は、ルーマニア、ギリシャ、ラオス、中国、オーストラリア、シンガポールと周り、六本木公園に無事到着した。(参加者43名。約10㎞)
11月21日(土)は健康センターに午後1時集合。第10回生と一緒にウォーキング12週間の最長距離、若洲海浜公園に向かう。この日は11月下旬にしては快晴で風邪も泣く絶好のウォーキング日和。懐かしい潮風の散歩道を通り、明治通りへ。夢の島大橋を渡り、夢の島緑道公園までは直線的に進み、左折して公園に入った。高速湾岸線京葉線をくぐり抜け、東京ヘリポート横の公園で休憩。今度は若洲橋を渡り、いよいよ若洲海浜公園に入る。直線で2.5kmはあるサイクリングロードは意外に長く感じられ、葛西臨海公園、ディズニーランド、それに遠く房総の山まで見える景色に慰められながらひたすらウォーキング。曲がりきったところでの小休止に息を吹き返したような心地。そのあと若洲橋のたもとで解散。総勢150名近いウォーキングは壮観であった。(GNP参加者31名。約13㎞)
11月14日(土)は小春日和の午後1時、高幡不動尊に27名集合し、五重塔の前で体操して出発。高幡不動裏手の林に入った途端、急な登りでびっくり。お地蔵様を見ながら高幡城址を下り、団地を通って、多摩動物公園へ行くモノレールの下をくぐり、川崎街道を歩いて右折。また急な坂を上がり、静かな百草台自然公園で休憩。少し紅葉した桜並木を通り、三角点公園を右折して、百草園の横を通り、カリフラワーや葱の畑を抜け、六地蔵を横に見、牛小屋を覗き、雑木林の小道を抜け、大きなマンションの脇を抜け、とろとろ下りていくと、いつの間にか百草園駅に到着していた。「ここまで来て百草園を見ていかないの?」という声があり、希望者でまた百草園へ。今回最高の急坂を「年取ってからじゃ無理ね」といいながら登り、起伏の多い園内を散策した。畑の道を行かず迷って別の道をとったグループもあり、それぞれの道で帰宅した。「山登りだったら、そう書いて!」との注文もあった。(参加者27名。約7㎞)
11月7日(土)は、明治神宮を中心とした外苑巡り。当日は立冬前日、肌寒く今にも雨が降りそうな空模様であったが、午後1時、原宿駅横の神宮橋に集合。橋の上で体操し、明治神宮に入る。七五三で賑わう参道を通り拝殿。砂利道に足を取られながら余り人の通らない神宮裏の宝物殿前を歩き、参宮橋門から青少年センター前を通り代々木公園へ。代々木公園の噴水前で休憩した後、原宿門を出て駅前を通り、竹下通りの雑踏を早足で通り抜け、明治通りをほんのちょっと歩き、表参道に入って古色蒼然とした同潤会アパートを横目に眺めて青山通りにたどり着く。いよいよ待望の外苑銀杏並木に近づいたが、黄金色には少々季節が早く、中年のごま塩という感じ。聖徳記念絵画館前に無事到着。(参加者35名。約10㎞)
10月31日(土)は、新宿南口から西口にかけての副都心巡り。当日は快晴。午後1時、新宿新南口に集合し、雑踏極める新南口を早々に引き揚げ、タカシマヤタイムズスクエアを通り、小さな公園に到着。久しぶりに参加したU先生の指導のもとストレッチ体操をしたあと、甲州街道を跨ぐ橋を渡り、西口駅前の雑踏をかき分け青梅街道まで直進。そこから左折して、今度は安田ビル、野村ビルなどの高層ビルをかき分け、新宿中央公園で休憩。中央公園から十二社通り、山手通りを越えて東京オペラシティーに到着。新国立劇場とともにその威容に感嘆。その後、甲州街道を通り、途中で左折、都庁へ向かい、都庁45階展望室で解散した。(参加者40名。約7㎞)
10月24日早朝7時、参加予定20名全員東京駅集合。こだま東京出発、三島経由修善寺定刻着でウォーキングクラブGNP初めての1泊2日延べ33km山路歩き始まる。初日曇り時々雨のハンディを天が与えたので、計画の2日目分を河津七滝から逆に上がることで決行。25日は、快晴の中、若者が驚く中級ハイキングコースを一団となって助け助けられながらチームワークよろしくなごやかに達成でき、万年アンカーマンの僕は十分すぎる大満足感を味わった。素晴らしい仲間友達との一期一会。スナップを撮ったつもりで15連句で綴り、五十路六十路(失礼、四十路の方も居られました)の花も実もある我等が益々幸多かれと祈念して詠み、報告とする。(T.H記)(参加者20名。約25㎞)
10月24日(土)の第41回は2派に分かれて実施。残留組はウォーキング12週間の第7回に合流。小雨降る中で決行され、健康センターでストレッチをしてから出発。まもなく雨が強くなり、傘を差したり閉じたりしながらの行軍だった。途中、雨模様の隅田川風情を満喫し、無事、解散地点の越中島プールに到着。(Y.U記)(出席者10名。約8㎞)
10月17日(土)は台風襲来前の雨の中、午後2時、JRお茶の水聖橋口に27名集合。雨なので直接、文京シビックセンターへ向かう予定で出発。聖橋を渡って階段を下りたところで、せめて湯島聖堂へと正門から入る。境内では書画や太極拳をしている方々を拝見し、脇から出ると目と鼻の先が工事中の神田明神。ついでに神田明神も通り、清水坂下へ。ここまで来たのだからと右折して、だらだらと長い清水坂を上がって、これまた工事中の湯島天神へお参り。裏手の急な石段を降りて春日通へ。雨足が強くなりそうな気配にやっと、一路、文京シビックセンターへ。25階の展望台に上がって、小雨に煙る後楽園遊園地や小石川植物園などを眺め、解散。そのあと、ケーキと飲物を楽しんだ方もいた。傘、合羽での雨中行軍、なかなか大変だった。(参加者27名。歩行距離約3㎞)
10月10日(土)、体育の日、第39回は「江東マリンウォーキング」に38名が参加した。江東区スポーツ会館に集合し、江東区スポーツフェアの開会式に出席。区長挨拶、ラジオ体操第一、そして明治小学校のマーチングバンドを見て、聞いて出発。Aコースは速さに応じて4班に分かれ、我々は、1~3班に入ってスポーツ会館を後にした。横十間川親水公園を経て健康センターで休憩。暁橋を越えたところで先頭グループを見ると、GNPの旗を先頭にほぼ全員がGNP会員だった。辰巳海浜公園から夢の島マリーナまでウォーキング。夢の島マリンフェスティバル会場で、一応、解散したが、ほとんどが、遊覧船乗船クルーズに参加。辰巳からレインボーブリッジを回り、午後2時過ぎに夢の島に戻った。マリーナ会場では、マリーナを中心会場として、マリンスポーツ、レクリエーションが開催されており、それぞれ楽しんだ。(Y.U記) (参加者38名。約6㎞)
第38回は目黒・林試の森公園コース。10月3日(土)、晴天の下、午後1時集合。集合場所の日比谷公園大噴水前は「国際協力フェスティバル」の真っ最中。急遽、林の中に変更した。久しぶりに見えたUさん指導で体操し、日比谷公園を出発。日比谷通りをひたすら歩き、芝公園の中にある小高い芝丸山古墳で休憩。地下鉄南北線工事中の桜田通りを慶応大学を越えて右折、清正公前から目黒通りに入った。国立自然教育園前で小休止。今にも降りだしそうな天気に足を速め、目黒不動尊に参拝、すぐ林試の森公園・出合いの広場へ到着。体操して解散。13キロ近く歩いたが、ほとんどの方は疲れた様子もなく、9ヶ月の成果が出てきたようだった。(参加者37名。約11㎞)
9月26日(土)は健康センターの講座、ウォーキング12週間の第3回に同行した。午後2時、健康センターに集合し、1年後輩の受講生の皆さんと一緒に体操し、4班に分かれて出発。木場公園、清澄公園、深川公園と馴染みの約5キロコースを歩く。第2グループで歩いた人たちも、いつの間にか第1グループに追いつき、1年間の成果が歴然と見え、距離も何となく物足りなく感じた人が多かったようだ。深川公園解散。(参加者30名。約5㎞)
9月19日(土)はTさん企画の「玉川上水緑道を歩く」。各々、JRや西武線を利用して、午後2時、西武国分寺線鷹の台駅そばの小平中央公園に集合。お友達を含めて参加者36名。前日までの雨で足元が心配だったが、からりと晴れ上がった空の下、少々の水溜りも気にせず、初秋の緑道を快適にウォーキング。小平中央公園で体操、久右衛門橋、鎌倉橋、小松橋、小平橋、喜平橋、小桜橋、茜屋橋、小金井橋と玉川上水に沿って下り、小金井公園の江戸東京たてもの園前で解散。小金井公園では「お月見会」が行われるらしく、お団子や焼鳥などの屋台が出ていて、結構賑わっていた。(参加者36名。約7㎞)
第35回は勝どき、浜離宮恩賜庭園。9月12日(土)午前10時、東京水辺ラインの発着所にもなっている越中島公園に40名が集合。Uさんのリードで体操して、相生橋を渡り、月島西仲通りを歩き、勝鬨橋を渡って隅田川テラスへ出て聖路加ガーデンを抜け、あかつき公園で休憩。グループが、それぞれ工夫して、ほぼ同時に到着した。築地川公園を通り、築地本願寺で寺院と親鸞聖人の立像を拝見し、場外市場を横目に見て、浜離宮恩賜庭園へ団体で入園。手入れされた園内を一周して解散し、持参の弁当で昼食。新橋、築地方面へ食事に出向いたグループもあり。「ツクツクホウシ」も鳴いて園内は秋のすがすがしい風が吹いていた。(参加者40名。約7㎞)
第34回は「水天宮・浜町界隈」。9月5日(土)午前10時、さわやかなウォーキング日和、深川公園に45名が集合。H.Yさんリードで体操して出発。高速道路に沿って隅田川大橋を渡り、箱崎のシティーエアーターミナルを過ぎて水天宮へ。続いて松島神社、茶の木神社、小網神社を見て日本橋川に沿って中央通で左折。永代通りを通って迷子石(一石橋)の横を通り、常磐公園で休憩。常盤橋を渡り、日本銀行本店を見て、出世稲荷、岩代稲荷、椙森神社から身延別院、伝馬町処刑場跡の大安楽痔に参り、薬研堀不動院へ。日本橋中学にある歩道橋を渡って隅田川テラスへ出て、浜町公園で解散。グループによっては小網神社、出世稲荷、岩代稲荷を見そこなった方も出た。(参加者45名。約9㎞)
8月29日(土)は、大雨による洪水や台風のニュースで心配だったが、湿度が高く薄日が指す中、午前10時、夢の島熱帯植物園前に28名が集合し、夢の島熱帯植物園見学へ。蒸し暑いジャングルで「冬に来るといいね」と言いながら熱帯の植物を眺め、食虫植物を見たり、クイズを楽しんだりして、豆たっぷり辛くなくておいしい「本場インドカレー」をちょっぴり試食した。11時から、Oさんの指導で体操してウォーキング開始。夢の島運動場を回って夢の島緑道公園を通り、湾岸道路を渡って南下。東千石橋を回って新木場埠頭公園で休憩。パラパラ降り始めていた雨がものすごくなり、新木場駅で解散した。ずぶ濡れでおつかれ様。(参加者28名。約6㎞)
8月22日(土)は「高尾山ハイキング」。午前9時8分新宿駅発京王線高尾山口駅行きに新宿、笹塚で乗車。初めて高尾山に登る人、子供時代に登った人など、最近登った人は数人で、車中はにぎやかであった。終点の「高尾山口駅」で下車。「清滝駅」まで歩き、団体で高尾登山ケーブル(470→420円)に乗って「高尾山駅」に到着。傾斜がきつくて座っていても傾いている感じだった。駅前で、H.Yさんのリードで体操し、山頂目指して出発。1号路を通り、飯綱(いづな)権現の石段を登って1時間足らずで高尾山頂へ。曇り空で見晴らしは利かなかったが、ひんやりした風に汗を忘れた。早めの昼食を済ませ12時半下山開始。急勾配の階段下り、沢づたいの「飛び石」コースは、足がガクガクして大変だった。琵琶滝で法螺貝と白装束の修験道の修行を拝見し、あとは舗装路で清滝駅前を抜け、高尾山口駅そばの広場で体操して解散。お友達二人を含めて32名が参加した。(参加者32名。約6㎞)
8月8日(土)、横浜は桜木町駅前に10時集合。動く歩道の脇を歩いて、ランドマークタワーからみなとみらい大通り、けやき通りを歩き、国際大通りのパシフィコ横浜前で右折、国際橋で工事中の新港へ抜け、赤レンガ倉庫や廃墟のような建物を眺めて、横浜税関の西門へ出た。歴史的な風情の神奈川県庁、開港資料館を見て山下公園へ。水の守護神の立つ花壇で休憩。大桟橋や氷川丸、マリンタワーを見て、せかいの広場から長い歩道橋で「人形の家」の脇を抜け、港の見える丘公園へ。鬱蒼とした樹木の中の石段を登って、頂上の展望台で港を眺めた。一旦、解散したあと、神奈川近代文学館をぐるりと回り、大佛次郎記念館の前を抜け、横浜外人墓地を周りから見て、元町通りを通り、朱雀門から中華街へ。揚州飯店で安くておいしい中華ランチを食べ、解散。(参加者36名。約6㎞)
第30回は「皇居半周・北の丸公園」。8月1日(土)午前10時、湿度が充満した暗い空の下、皇居前の和田倉噴水公園に集合。Y.Yさんのリードで体操して出発。桜田門をくぐり、お濠端を半蔵門へと歩き千鳥が渕公園で休憩。そこを右に曲がって苔むした木立ちの中を慎重に歩き、国立近代美術工芸館の前の橋を渡って北の丸公園へ。北上して武道館前、田安門を通り靖国通りに出て九段下を右折。千代田区役所を過ぎ、澱んだ清水濠に何か大きな黒いものが泳いでいるのを眺めながら、東西線竹橋駅前に到着。体操して解散。壱降ってもおかしくない空模様であったが、今回も、実施できた。(参加者32名。約5㎞)
番外 新東京丸で港クルーズ
8月4日(火)は「東京港クルーズ」に参加。古石場文化センターの講座「東京港探訪~みなとまち江東再発見」の見学会に便乗。竹芝小型船ターミナルロビーに集合し、午後1時半、新東京丸に乗船し、冷房が効いて三方が見渡せる船内会議室で、東京湾内1時間半、の施設見学をした。途中から雨になり、視界が悪くてちょっと残念。(参加者17名)
7月25日(土)は「等々力渓谷を歩こう」ということで、早朝の雨にもめげず、九品仏浄真寺に、37名が集合。10時までに境内の九体の仏様やサギソウ園を見学し、Uさんのリードで体操して出発。瀟洒な邸宅を横目にして歩き、等々力駅を越えて、ゴルフ橋から急な螺旋階段を下りて、等々力渓谷に入った。「急がないで!足の裏全面を地に付けて!」とお互いに声を掛け合って、渓谷の濡れて滑りそうな道を歩く。不動滝から石段を登り、等々力不動境内で休憩。今度は一般道に出て大塚古墳の小高い墳墓を見て、五島美術館へ。解散後、有志28名が入館し、五島氏が収集した国宝級の壺と広い庭園を見学した。等々力から東京駅まで1時間余り、200円の都バスの旅をした人も。(参加者37名。約5㎞)
7月19日(土)は「隅田川、小名木川、大横川の水辺の散歩道」を歩く会。午前10時、木場公園の木場ミドリアム前に集合。Uさんのリードで体操して出発。葛西橋通りを通り永代橋から佐賀町側の隅田川テラスへ。万年橋を渡ってまたテラスを歩き、新大橋の手前で休憩。新大橋通りに出て右に折れて万年橋北で左折。高橋から小名木川水辺の散歩道を通り、扇橋から大横川水辺の散歩道へ。大栄橋から木場公園へ戻り体操して解散。久しぶりの勝手知ったる江東区という訳でか、各自、自由にショートカットし、ちゃんとコース通り歩いた第1グループが最後に到着した。歩き始めにパラパラッと小雨が降ったが、あとは大丈夫だった。(参加者38名。約9㎞)
7月11日(土)は梅雨前線の南下で少し過ごしやすくなり、午前10時、江東区役所前の木立の中に集合。井住橋から横十間川ぞいに仙台堀川公園に入り、小名木川べりを右に番所橋を渡ったグループ、左に丸八橋を渡ったグループ、それぞれ、堅川河川敷公園に入って休憩。高速道路の下の日陰を歩いて、横十間川親水公園に出て本村橋から猿江公園に入って解散。一方、堅川河川敷まで出ずに、途中ショートカットして萩橋で解散したグループもあった。(参加者26名。約9㎞)
番外 越後湯沢里山歩き
7月17日(金)は、雨の中、午前7時49分に上越新幹線東京駅を出るときは、ずぶ濡れ覚悟だったが、トンネルを出ると湯沢は「快晴」。明るい日差しに歓声。宮下先生主催の講座「里山あるき」の最終回に5名が参加し、ガーラ湯沢からゴンドラに乗って標高800mへ。エーデルワイスコースからGALA峠。そこから高低差150mの急なゲレンデを登って標高1,200mの高津倉山頂で昼食。今度はその急坂をジグザグで下降。いろんな野草を見ながらスキーコースを下り、途中から林に入り、立ち並ブナの大木に圧倒されて休憩。ゴンドラ山頂駅から下り、温泉で汗を流し、さっぱりして帰京した。(参加者5名。約15㎞)
第26回は「潮風公園でバーベキュー」。7月4日(土)午前10時、この日、東京は真夏日。炎天下の中にも関わらず、潮風公園バーベキュー広場に参集された会員は32名。U先生はご夫妻で参加された。1月10日に発足して以来、雪道で中止した1月17日以外はどういう訳か天候に恵まれ、毎週実施することが出来、無事半年を経過できたことを記念して、バーベキュー大会を開いたもの。歩く方は会場からお台場海浜公園へ。途中、自由の女神が鎮座する場所で記念撮影、浜辺では水着姿の若者が自由にたむろしているのを、横目でうらやましく眺め、突き当りまで歩く。帰りは車道に沿って歩道を歩いたが、照り返しの強さに辟易して途中から松林へ入り込み、木陰を求めながら歩き、会場へ帰った。約5キロ。今までのうち最短の距離であったが、噴き出した汗の量は最高であった。11時過ぎ、いよいよ大会の開始だ。会員の方々の協力で、お肉類、野菜類、飲物類が持ち込まれ、そのほか炭や手袋、それにイカ、エビなどが有志から差し入れられ、炭火コンロなど4基のグリル、テーブル、包丁、まな板などをレンタル。各自が持参した敷物を敷き、準備万端整ったところで、まず火付け、これがなかなか日常ではやりつけていないので大変だったが、多士済々の我がメンバー、たちまち近くの小枝を集め、難なく火がつき、あとは料理。焼き肉に野菜焼き、それに焼きそば、イカにエビ、野趣豊なものが出来、ビールで乾杯、童心に帰ったような気持ちで舌鼓を打った。ただあまりの暑さにうだるような感覚、長居をすると人間バーベキューの出来上がりでは洒落にもならないので、13時30分、Uさんの発案で小中大の手拍子で中締め。後片付けも手際よく、無事解散した。なお、4月から6月までの3ヶ月間、皆勤された方は、S.KさんとS.Yさんのお二人であった。(参加者32名。約5㎞)
「谷中界隈を歩こう」と、6月27日(土)午前10時、山手線田端駅北口の「ふれあい橋」に集合。晴天の中、田端駅前を出発し、石垣に続く商店街を通って谷田橋交差点で左折、鈴木医院を左折してお風呂屋さんを右折。道灌山通りを越えて谷中銀座を左に折れて「夕やけだんだん」を上がり日暮里駅前に出て、線路沿いの坂を登り、谷中霊園に入って涼しい木陰で休憩。長谷川一夫の墓にもお目にかかった。「休みすぎると歩けなくなる」と催促されて、また日差しの中へ。言問通りを越え、芸大と寛永寺の間を抜けて、霊園の横を通って上野公園へ入り、不忍池へ下って弁天堂で解散。解散後、バーベキュー大会の実行委員、有志が集まって、肉や野菜、飲物等の分担を決めた。(参加者38名。約6㎞)
6月20日(土)は、夏らしい暑さの中、午前11時に東西線西葛西駅駅前の子供の広場に集合し、Y.Yさんのリードで体操して出発。まだ新しい新長島川親水公園を南下して新左近橋から新左近川沿いを回遊し、新左近橋の下をくぐって、マリーナのヨットを見て、船堀街道から荒川堤防へ出て葛西臨海公園に入り、クリスタルビューで解散。本日は予定に比べ途中をショートカット、約5キロに縮まった。食後、鳥類園を回った人もあり。今後もその日の暑さによって弾力的に距離を短縮する予定。(参加者36名。約5㎞)
6月13日(土)は、江戸川河川敷の小岩菖蒲園へ10時に集合。3班のYさんのリードで体操し、今にも振り出しそうな空の下、矢切の渡しへ向かって出発した。市川橋を渡って千葉県市川市国府台に入り、広々とした江戸川の土手を通って深い樹々の里見城址公園へ。そのあと各グループ様々のコースをとってじゅん菜池公園で休憩。池に沿って進み、下矢切から矢切神社の前を通って野菊の墓文学碑へ。伊藤左千夫の詩碑を見て坂を下り、葱やキャベツ畑の中の「野菊の小道」を通って江戸川の土手に上り、矢切の渡しに到着。33人が小さな渡し舟で一緒に緊張しながら柴又側へ到着。フーテンの寅さん(どこかのツアーの役者らしい)がいてびっくりした。河川敷の菖蒲園の脇で体操して解散。本降りになり始めた雨の中、柴又帝釈天あたりで各自、昼食、買物など。おかしなことに、出発から最後の体操までずっと同行した女性がいたそうな…。(参加者33名。約8㎞)
5月30日(土)は、レインボーブリッジを歩こうと、午前9時、有明スポーツセンター前に集合。遅刻した人もいて30分ほど遅れて出発した。総勢35名でレインボーブリッジを往復。第三台場史跡公園を「号令の訓練」を見ながら一周して、お台場海浜公園の遊歩道を歩き、「自由の女神」のそばで小休止。そのまま都立潮風公園へ入り潮風橋を渡り、船の科学館の広~いテラスでは、軍艦のような船を眺めた。宗谷の方へ曲がり、羊蹄丸の横を通って、客船ターミナルを通り抜け、青海埠頭北公園へ。青海埠頭南公園の和風庭園では菖蒲や紫陽花に、また、ウェストプロムナードでは一面に咲き乱れたお花畑に見とれて、フジテレビ脇に到着。ちょっと小雨に降られたが、雑踏と信号がなく快適に歩けた。解散後それぞれ昼食。(参加者35名。約9㎞)
5月24日(土)は鎌倉市主催の「歩け!鎌倉」に25名+1名(健康センターAさん)が参加。総武快速に乗り込み、大船駅から集合場所の鎌倉武道館へ向かった。開会式、体操、そして9時30分曇り空の中を出発。GNPは健脚コースAグループで、先導の地元A隊長に続く。崖を切り抜いたような切り通し。苔むした石段。由緒あるお寺や神社。落葉を踏みしめ、這うように登ったり、滑り落ちないように恐々と下ったりした古道。さすがに鎌倉は起伏に富んでいて、いつもと違い結構苦戦した面々もいたようす。ゴールの鎌倉体育館へは、先導者が12時3分到着。我がGNPは、T.Hさんが同5分、続いてH.Yさんがゴール。13時37分には全員が到着。その後、雨も本降りになった。(参加者26名。約15㎞)
5月17日(土)は、歩行者天国を歩こうと、午後1時、銀座8丁目博品館前に集合。朝までの雨も上り、涼しい曇り空の下、1丁目まで銀座通りの真中を歩き、「まだ休まなくていいよ」という声は無視して、予定通り日本橋で休憩。周りの人の中に「あれが新聞に出ていたウォーキングクラブGNPだ」と話している人がいたとの報告もあった。読売新聞の読者かな??引続き中央通りを歩き、また、秋葉原の歩行者天国を一塊りで颯爽と歩き、上野の西郷さんの前へ到着。大勢人がいる中で、軽く体操して解散。あと、各自、浅草廻り、上野公園などへ分かれていった。(参加者38名。約6㎞)
第18回、5月10日(土)は、没後180年ということで開催された「伊能忠敬測量練習の道」ウォーク&歩測大会に参加した。他の参加者達が出発したあと、10時10分、GNPの面々は、旗手のM.Kさん、道に詳しいS.Yさんを頭に、江戸東京博物館を出て清澄通りを南下。蔵前橋通りを渡るときにはもう参加者の先頭を歩いていた。深川2丁目の歩道で「歩測」し、忠敬隠居跡の石碑を見て富岡八幡で休憩。他の参加者の速い人たちが一緒に行動した。芭蕉庵跡から隅田川のテラスを通り、両国橋を「歩測」しながら渡り、江戸通を吾妻橋へ。空腹を我慢して「歩測」し、12時25分、江戸東京博物館へ到着。完歩賞もなく、みんなで両国駅前のビヤガーデンで昼食して解散。(参加者20名。約11㎞)
5月4日(月・休日)は、R.Tさん、H.Iさん発案による「大多喜へれんげを見に行く」会に10名が参加。大多喜城を見学してから、小さな豆のついたレンゲの花の中で昼食。大多喜から養老渓谷まで20キロあまり、藤や桐の花、筍やゼンマイを見つけ、鶯や蛙の声を聞きながら、透明な肌寒い空気の中を闊歩した。「私、自信がついた」と喜ぶ人も。(参加者10名。約20㎞)
第17回、5月2日(土)は久しぶりに健康センターに集合。午後1時、風雨ともに荒れるという天気予報のなかを「亀戸天神・藤の花見」へ出発。4月15日開通の「東陽橋」をぐるっと回って渡り、北上して横十間川親水公園を通って猿江恩賜公園で休憩。新大橋通りを通って菊川橋から未完成のテラスを歩き大横川親水河川公園へ。横川橋の手前から上がって栗原橋のテラスを通り、北十間川沿いの浅草通りを通り、明治通りを南下。香取神社で体操して解散し、各々亀戸天神へ向かった。今年は天候のせいか、藤の花は盛りを過ぎていたが、ウォーキング中は雨に遭わず、気持ちよく歩けた。当日は、骨密度検査の最終申込み、5月24日(日)鎌倉ウォークの申込みと、4月30日読売新聞に掲載された名橋回遊のスナップ写真や、4月26日ハートフルウォークの集合写真の申込みなど、てんやわんやの忙しさ。それに新しく3人の方が入会された。(参加者49名。約10㎞)
第16回は、甲州街道一番目の宿場「内藤新宿」開設三百年記念事業の一つ、新宿御苑を目指して甲州街道を歩く催し「平成の甲州街道ハートフルウォーク大会]に参加。4月26日午前8時、日比谷公園にれの木広場に約二千人が集合。開会挨拶のあと体操して霧雨の中を出発。公園を新橋方面へ。いなごの大群のような人波で、まともに歩けなかったが、昭和通りからはいつものペースに戻った。永代通りで曲がり、日本橋をちょっと往復して、皇居前へ。二重橋前で休憩して、半蔵門で左折、新宿通りを新宿御苑へ。我がクラブの速い人たちはトップグループで会場に到着した。約14キロの道のりで、「歩けたじゃない!」と自画自賛して喜んでいる人もいた。新宿御苑では、長野県高遠町から「24時間飛脚駅伝」や「子供騎馬行列」が到着し、多彩なイベントが行われ、いろんな物産店が並び紙芝居や植木の配布などもあった。前日の暑さに比べ、肌寒いくらい涼しくて歩くのにはとても楽だった。(参加者37名。約14㎞)
第15回、4月18日(土)は、天気予報に反して薄曇りの絶好のコンディション。1班のTさんの企画による「隅田川遊歩道回遊と名橋見学」。当日は、読売新聞社の方が同行して取材。午後1時、永代橋のたもとに集合して、Uさん指導で体操し、まず日本橋川の川口にかかる豊海橋を渡って中央区側のテラスを歩き、隅田川大橋、清洲橋、新大橋まで。両国橋で橋の上を歩き、今度は墨田区側のテラスを通り北上。蔵前橋、厩橋、駒形橋、吾妻橋、言問橋、そして桜橋で休憩。日頃は何気なく眺めていた橋が、それぞれ個性を持ち、ずいぶん違っていることを目の当りに確認した。休憩後、白髭橋に向かい、橋の上を渡って信号を左折、一般道から隅田公園に入って、吾妻橋の手前で解散。出席者は39プラス1(新聞記者)名。ハンサムな若い記者の最後までの参加があって、皆さん、殊のほか楽しそうであった。(参加者39名。約10㎞)
第14回ウォーキングは、4月11日、U夫妻が担当され、4班が企画し実施した。午後1時、7月上旬に匹敵する暑さの中、南砂3丁目公園に集合。東大のOさん指導の体操のあと、荒川右岸を上流に向かって歩く。河川敷に入ると間もなく花文字が目に入り、水辺では、釣りをしている方々もちらほら。しかし残念ながら獲物を釣り上げている姿は見かけない。大島・小松川公園で日陰をさがして休憩。荒川土手では、まだ桜が残り、花見やバーベキューをしている人々がのどかに点在。日差しの強いこの日、橋の下の日陰がほっとする一瞬だった。平井大橋からは、蔵前通り、江東新橋を渡って亀戸中央公園の桜の花びらの舞う中、解散場所の亀戸スポーツセンター脇に無事到着。真夏に近い陽気の中で日陰も少なく、汗びっしょりのウォークであった。参加者41名。(参加者47名。約10㎞)
第13回、4月8日は、岩崎元郎先生の講演会に参加。ウォーキング、山登り、ハイキングはそれぞれ違うもので、特に、山登りは、歩幅は狭く、ゆっくりだそうだ。(参加者8名。0㎞)
4月4日(土)は12回目、ワンクール終了を記念して、ウォーキングの後、懇談会を開いた。桜の花も真っ盛り、花見客の溢れる南砂緑道公園を通り抜け、仙台堀川公園、横十間川親水公園と散策。スポーツ会館で休憩してUターン。先頭グループは予定通りのコースで戻ったが、他は遅れないようにと、仙台堀川公園から、健康センターに直行した。センターの会議室は、葛西海浜公園の昼食時よりもすし詰めで、みな譲り合って何とか座り、ジュースで乾杯。初回から毎回出席したH.Iさん、R.Oさん、Y.Tさんの3人が会長から紹介されると、いっせいに拍手。欠席が1回の人は11人だった。お菓子を食べながらわいわい、にぎやかに歓談。夏に向かって、ウォーキングの時間帯を変えて、午前中や、早朝にしようという意見も出た。Uさんから「骨密度検査」についての話があり、前回(昨年9月実施)検査を受けていない人もぜひ受けてほしいということだった。早速、予約する人も。解散後、ゆっくり、のんびり、花見を楽しまれた人もおられたようだ。(参加者46名。約7㎞)
3月28日(土)は初夏のような暖かさで、汗びっしょりになって歩いた。Uさん指導で体操し、健康センターを出発。三つ目通りを歩道橋で渡り、舟木橋から降りて木場親水公園を通り、仙台堀川水辺の散歩道、亀久橋、福富川公園、木場公園で休憩。あと豊住公園、仙台堀川公園、横十間川親水公園とまさに公園ずくし。福富川公園、水道局ぞいの横十間川など、河川改良計画の初期に作られた公園は、樹木も大きく、歳月を経て区民に愛されている趣があり、落ちつきを見せていた。桜はまだまだという感じ。江東区役所で解散。[2班企画](参加者39名。約7㎞)
ウォーキングの例会も、春分の日の3月21日(土)で10回目になった。午前11時、健康センター集合。Uさんの「でんでん太鼓]体操をして、弁当持参で葛西海浜公園へ。コースを一部変更し、3月15日に開通したばかりの「しおかぜ橋」を渡り、東西線深川工場と汐浜運河を跨ぐ。暁橋からウッディランドの前を抜け、砂潮橋、明治通り、そして夢の島緑道公園で休憩。長い荒川河口橋で江戸川区に入り、ぐるぐる歩道を降りて車道(船堀街道)を横断し、荒川の土手に出た。荒川沿いの遊歩道を通り葛西臨海公園へ到着。曇り空のこの日、汐風の広場は風も冷たく寒く、とても戸外では食事がとれず、海上バス待合所に変更。手作りの「おはぎ」やおかず、漬物、あめ、果物などが回ってきて、にぎやかにお昼をいただいた。食後、水上バス、二階バス、JR京葉線、水族館見学、と三々五々思い思いに解散。(参加者37名。約9㎞)
3月14日(土)はホワイトデー。Uさんの新バージョン「ヘンシーン体操」を楽しんで、春一番の強い南風が吹く晴天の下、健康センターを出発。古石場親水公園を通り、越中島プール横で休憩。相生橋を渡り月島駅前で右に折れて佃大橋を渡り、川岸のテラスを歩く。南高橋から中央大橋際までは一般道だったが、隅田川の岸辺の道は信号も雑踏もなく、隅田川を眺めながらマイペースで歩けて快適なコースであった。真中のグループが新川のダイヤビルあたりのとき、先頭グループはもう対岸の永代を歩いており、手を挙げてエールの交換をした。越中島公園で解散。昼間は太陽の光が痛いほどだったが、夜はまたまた冷え込んだ。[5班企画](参加者35名。約8㎞)
3月7日(土)は「亀戸天神」へ。参加者47名。健康センターを出て新砂橋から明治通り、仙台堀川、横十間川親水公園を通り、スポーツ会館前で休憩。クローバー橋を渡って水辺を通り、堅川から普通の道へ出て北上。天神橋から右折して亀戸天神へ到着した。時折巻き上げる春の嵐で、体ごと飛ばされそうになったが、亀戸天神の梅は真っ青な空に白やピンクや真紅に鮮やかに映えて[春]を謳歌していた。Oさん指導で体操して解散。また「さざんか」の皆さんと一緒になったが、コースは両国だったようだ。(参加者47名。約7㎞)
2月28日(土)は、第7回、3班企画の「隅田公園桜橋」。薄曇りの空の下、猿江恩賜公園に集合。Uさんの指導で体操し、公園を一周して、大門通りから墨田区の大横川親水公園に入り、業平橋手前で休憩。隅田川にかかる桜橋を渡って隅田公園の川岸を歩く。途中、川を下る船の波で岸壁に打ち寄せるしぶきを浴びたり、「一人じゃ通れないね」といいながらシートや廃材のテント群を横目で見たり。吾妻橋を渡り、アサヒビールの金色の炎の下に到着した。体操して解散。名物の「いもきん」を買って帰った人もいたようだ。(参加者45名。約7㎞)
4班企画の「北砂・大島地区一周」は、2月21日(土)、朝まで残っていた雨も上がり実施。「ウォークさざんか」の先輩方と一緒になり、同じく午後1時集合だったので、我々は少し遅れて出発した。途中、東大島あたりでさざんかのみなさんとすれちがい、お互いに手を振って交歓。休憩の大島小松川公園から第2グループがちょっと違うコースをとったが、長い堅川河川敷公園を通り、ちゃんと猿江公園に到着した。薄日が差していた出発時に比べて、解散時の風は肌を切るように冷たく、参加者の帰りが心配であった。(参加者45名。約9㎞)
2月14日(土)、暖かな春の陽を浴びて、午後1時、健康センターを出発。新田、雲雀、汐枝、暁、漣橋を渡って、辰巳の森海浜公園で小休止。辰巳国際水泳場、辰巳緑道公園、辰巳桜橋を渡って東雲水辺公園で解散。みんな汗びっしょりだった。有楽町線辰巳駅や都バス深川車庫へ向かった人と、自宅まで歩いた人といろいろ……。夏に向かって集合時間を変えたらどうか、到着時間に差があるのでグループ以外の人と話ができない、などの声が出ていた。(参加者42名。約7㎞)
2月7日(土)午後1時、パレスホテル脇に集合。東大のOさんの指導で体操して、速さのグループで出発。穏やかな日差しに、お濠の水鳥や、芽吹き始めた木々を眺めて颯爽とウォーキング。「長野オリンピックの入場式見るのを我慢して出てきたよ」という人もおられた。また、駅伝が行われていて、タスキをかけた走者にご迷惑をかけたのかも……。(参加者52名。約6㎞)
1月31日(土)午後1時、健康センターに集合。東大のUさんの指導で体操して出発。夢の島マリーナで小休止した後、南下して若洲海浜公園へ。“春の海ひねもすのたりのたりかな”と思わず口から出てくるようなうららかな空の下、凪いだ海の向うに「海ぼたる」も見えて、海沿いの遊歩道は、たいへん心地よいコースだった。キャンプ場で解散し、バスで帰る。「今度は材料を持って来てキャンプしようよ」という声も。健脚の方々は、若洲海浜公園入口のクラブハウスや自宅まで歩いて帰った人もいた。(参加者45名。約11㎞)
前週1月17日は雪道のため中止になり、24日(土)が第2回。午後1時、快晴のなか、健康センターのトレーナーの指導でストレッチ体操をしてから、速さによる三つのグループに分かれて歩く。仙台堀川公園では、赤い梅の花に喜びの声が上り、風は冷たくても心地よい荒川砂町水辺公園を通って、南砂3丁目公園でグループ毎に解散。先頭のグループから約40分後にラストのグループが到着した。(参加者46名。約10㎞)
[ウォーキング12週間]閉講後、健康センターの呼びかけで集まった人達で、平成10年1月10日(土曜日)午後1時、古石場文化センターに於いて、自主グループ「ウォーキングクラブGNP」の第1回総会が行われた。会員数79名。出席者数63名。健康センターのKさん、東京大学のU先生も参加していただき、にぎやかに議事が進められ、規約案が承認された。
◎ 名称 ウォーキングクラブGNP
◎ 役員 会長 T.M
副会長 H.Y
R.T
幹 事 K.H
Y.U
M.N
会 計 K.M
◎ 会費 年額 4,000円。中途入会はつきわり350円で計算。会費の集金は、原則として銀行振り込みとする。
第1回ウォーキングは深川七福神巡り、1月10日総会終了後、Kさんの指導でストレッチ体操をして、会長に続き班ごとに出発。雪道のなか怪我人もなくなごやかに行進。雪解けでグチャグチャの八名川公園で体操してから、深川神明宮に参拝してそのまま解散。(参加者63名。約6㎞)
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