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「大学病院改革は、人事と教育の透明化」

【第39回】 浜田久之さん(長崎大学医学部・歯学部附属病院医師育成キャリア支援室長、准教授)


 医師の国家試験に合格した医学部の卒業生に2年間の研修を義務付ける「新医師臨床研修制度」が始まった2004年度以降、研修医の大学病院離れが進んでいる。厚生労働省によると、同制度が始まる前年の研修医の在籍状況は、「臨床研修病院」が2243人(27.5%)、「大学病院」5923人(72.5%)と、「3対7」の比率だったが、08年度には「臨床研修病院」が4144人(53.6%)、「大学病院」3591人(46.4%)となり、大学病院に残る研修医が過半数を割っている。しかし、それ以上に深刻なのは、2年間の初期臨床研修を終えた研修医の多くが大学に戻って来ないことだ。
 文部科学省によると、「新医師臨床研修制度」が始まった04年度に、全国42か所の大学病院(国立)が受け入れた初期臨床研修医は1952人。ところが、初期研修が終了した06年に受け入れた専門研修医(後期研修医)は、わずか574人だった。文科省高等教育局の担当者は「いったん大学を離れても2年後には戻ってくるだろうと、多くの大学が高をくくっていた」と指摘する。
 担当者によると、大学病院は珍しい病気の治療や専門性の高い医療が中心で、他の病院で既に診断が付いている患者が送られてくるケースが多い。このため、プライマリーケア(基本的な診療能力)を身に付けたいと考える研修医が、大学病院よりも民間の総合病院などを選ぶのは当然の流れだと指摘する。しかし、後期臨床研修の段階になっても大学病院に戻って来ないのはなぜか。医学部卒業後の「初期臨床研修」だけでなく、「後期臨床研修」でも大学病院離れが進んでいるのはなぜか―。
 文科省は08年度から、大学病院が後期研修医を確保できるようにするため、大学病院同士が連携する研修プログラムに助成する「大学病院連携型高度医療人養成推進事業」をスタートさせた。例えば、北大のプログラムには、札幌医科大、旭川医科大、東京慈恵会医科大、弘前大が参加。筑波大のプログラム「東関東・東京高度医療人養成ネットワーク」には、東大、千葉大、東京女子医科大、自治医科大が参加するなど、複数の大学が連携することで、後期臨床研修(専門医研修)の充実を図っている。
 文科省は08年5月9日までに申請があった28件のプログラムについて、医師19人で構成する同省の「選定委員会」で審査し、最終的に19件のプログラムを選定した。この審査に、国立病院機構・長崎医療センターの教育センターで医長を務めていた浜田久之さんもかかわった。
 今回の大学連携事業には、長崎大も参加している。浜田さんは、長崎医療センターで研修医の養成などを担当した08年、「マッチング中間発表」で好成績を収めるなど、その実績が高く評価され、10月から長崎大学医学部・歯学部附属病院の医師育成キャリア支援室長として、主に後期研修医の募集、養成プログラムの策定などを担当している。研修医の養成などに精通している浜田さんに、大学病院の医師確保策や研修制度の在り方、今後の課題などを聞いた。(新井裕充)


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―やはり、医師不足でしょうか。
 ひどいものです。卒業生が初期研修先の病院を決める09年の「マッチング」では、全国111か所の大学病院の中で、マッチング充足率としては87位。実数としては40人で全国40位でした。09年の入局予定者は60人を割る可能性もあり、新研修制度以前の半数まで落ち込みました。長崎県内外の関連病院から各医局が撤退する数も増え続けており、非常に深刻な事態です。
 マッチング低下の原因の一つとして考えられるのは、給与や労働環境などの「待遇」が悪いことでしょう。これは全国の大学病院に共通して言えることで、民間病院の待遇には負けてしまいます。今回の結果も一つの引き金となり、長崎大は学長、病院長、学部長が先頭に立って大学病院改革を進めています。初期・後期研修体制の充実を図るなど、研修医の待遇を改善する方向で進めています。逆風の中にも、みんながまとまっていく感じがするのが救いです。

―大学病院に研修医・後期研修医が集まらないのは、待遇の問題だけでしょうか。
 自分がレベルアップできるプログラムがよく分からないこともあります。研修医はこれまで、先輩の背中を見ながら、何となく一人前になっていくという面がありました。つまり、プログラムの内容が不透明で評価者もいない。
 不透明なのは、プログラムだけではありません。大学医局の人事は、先が読めません。大学の関連病院で院長や医長が退職するとか、勤務医が開業すると、大学は大変です。急きょ、「院長や医長を寄こしてくれ」「医師を派遣してくれ」となる“玉突き人事”ですから、自分がいつ、どこに行かされるか分からない。結婚して安定した生活を求める若い医師らにとって、大学の医局人事は嫌われる存在です。また、ステップアップできる「キャリアパス」がはっきり見えないので、専門志向のある後期研修医にとっても魅力が少ないと言えます。

―医学部の定員を増やせば、医師不足は解消しますか。
 定員を増やしただけでは、医師不足や偏在は絶対になくなりません。これらを解消するには、研修先を選ぶ「マッチング」のシステムを変える必要があります。極論かもしれませんが、例えば長崎大の卒業生のうち、半数しか外に出られないようにマッチングのアルゴリズムを変え、半数の学生が必ず長崎大に残るようにすべきです。そうでもしなければ、地域医療は崩壊してしまう。
 確かに、長崎県内の医師数は全国平均を超えており、数字の上では“医師過剰県”ですが、離島やへき地の医師が少ないことが大きな問題になっています。長崎大はこれまで、多くの医師を離島やへき地に派遣して地域医療を支えてきましたが、もはや限界に来ています。

―先日、厚労省医政局の担当者が「新医師臨床研修制度が地方の医師不足や偏在の引き金になった」と話していました。
 この制度について検討されていた02年、わたしは県内の講演会で「大学病院は死ねということだろうか」と疑問を呈したことがあります。「大学から研修医が去って、偉い先生が点滴や注射をするようになる」と指摘しましたが、その通りになってしまいました。新医師臨床研修制度はつまり、「大学病院は初期研修をするな」ということです。逆にいえば、「後期研修は大学病院」ということでしょう。ところが、大学病院は後期研修のプログラム整備が不十分でした。

―新医師臨床研修制度の創設にかかわった国立病院機構の矢崎義雄理事長は、「後期が駄目だから初期が生きない」と指摘しています。
 患者さんを総合的に診るという「プライマリーケア」を重視する同制度の理念には賛同しますが、さまざまな問題を抱える制度だと思います。一方、5、6年先が見えるような後期研修プログラムを明文化する努力が大学病院には足りませんでした。従って、初期研修の仕組みを変えるだけでは駄目で、同時に後期研修を充実させることが必要です。
 つまり、研修医のキャリアパスを組み立てるシステムが重要になります。当大学では、10月に「医師育成キャリア支援室」を設置して、研修医が専門医になるまでの計画策定、プログラムの修得状況の確認など、一連の流れをサポートする体制の整備に取り組んでいます。

■プライマリーケアは卒前教育で

―研修医のキャリアパスを考える上で、難しい点はありますか。
 卒前教育、初期研修、後期研修の各ステージで、研修医のニーズがそれぞれ違うことです。制度も対応していません。現在、医学部の5、6年生は、国家試験に合格するために“知識詰め込み型”の勉強をしています。そして、卒業したら初期研修でプライマリーケアをやり、後期研修で専門領域の知識や技術を身に付け、専門医の取得に向けて進んでいきます。
 もし、現在の制度を見直すなら、卒後2年間の初期研修を前倒しして、5、6年次の卒前教育でプライマリーケアを学ぶべきではないでしょうか。そして、卒後すぐに専門医研修に入れるようにするのです。研修病院を決める「マッチング」は、カナダのように診療科ごとの定数を設定して、「内科には何人、皮膚科には何人」という仕組みにしたらどうでしょう。カナダでは、志望する診療科を決めないと、卒業後に就職する病院が決まりません。このシステムを導入すべきと考えますが、なかなか難しいところです。

―制度の大幅な変更が必要になりますね。
 プライマリーケアを5、6年次に学ぶためには、知識重視の国家試験を変えなければなりません。そこで、合格までにいくつかの段階を設定してはどうでしょうか。例えば、一次試験は知識、二次は実技、三次は面接にして、臨床能力や人間性などを総合的に試験します。そして、「実技」をプライマリーケアにすれば、5、6年次の学習と国試がうまく対応するのではないでしょうか。
 さらに、国家試験に国民や患者の視点を反映させることも必要です。国民や患者がどのような医師を必要としているのか、そのニーズをきちんと把握して試験問題に反映させる。「こういう医師が欲しい」という多くの声に耳を傾けるのです。

―とても斬新なアイデアですね。そうすると、医師免許の在り方も変える必要がありますか。
 国ではない組織が医師免許を与えるようにしてはどうでしょうか。すべての医師が所属する「専門職団体」をつくり、その団体が試験を実施して医師免許を与える。「内科系」と「外科系」の2つの団体をつくり、弁護士会のように強制加入にして、医師の処分もその団体が行います。法曹界や患者団体などから外部委員を入れ、医療界に自律機能や自浄能力を持たせます。医師免許は、「抜き打ちテスト」による更新制にしてもいいでしょう。
 ただ、このような組織を厚労省がつくると、団体が国の言いなりになる恐れがありますから、あくまでも個人参加の団体として国との対等な距離感を保ちつつ、医師の教育をメーンに、初期研修や後期研修をつかさどる。このような団体がつくれるように医師法などを改正すれば、日本の医療は大きく変わるのではないでしょうか。

■逆風の中にこそ、チャンスがある

―現在の取り組みについて教えてください。
 当大学では、6人の医師と4人の事務職員で構成する「医師育成キャリア支援室」が本格的に稼働しています。各診療科の医局の合意も得て、現在は養成プログラムのホームページやパンフレットの作成に着手しています。文科省の大学連携事業のプログラムで提携している佐賀大との協議も終えました。県と共同の準備委員会も立ち上げ、各方面と連携して進めています。院長も各医局の教授も大変協力的です。
 確かに、地方大学には逆風どころか台風が吹き続けていますが、チャンスでもあると思います。行政や大学、関連病院などが真剣に医学教育に目を向けています。これは、みんながまとまるチャンスだと思っています。

―他大学との差別化をどのように図りますか。
 とにかく、西の大学には研修医が来ないものですから、他の大学にはないプログラムを策定しなければなりません。最近、子どもの心のケアが問題になっていますので、県と大学と民間病院で「小児・精神」の専門プログラムをつくるプロジェクトを始めました。
 また、大学全体で力を入れている感染症については、「国際感染症プログラム」を来年4月から開始する予定です。さらに、長崎県の「離島医療圏組合」や、当大学の「へき地病院再生支援・教育機構」と協力して、地域医療専門の教育プログラムを進め、他大学との差別化を図っていきたいと考えています。

―最後に、今後の課題についてお聞かせください。
 待遇面の調整や連携大学の医局との壁など課題はいくつかありますが、医局の人事を教育重視にして、透明性のある研修プログラムにしたいと考えています。「これを教えるから、これを学んでくれ」といった“学習契約書”を作って、目標管理を徹底します。
 また、医局の人事も教育をメーンに据えて、後期研修医が安心して将来を設計できるように手助けします。さらに、指導医と研修医との飲み会やワークショップ、アンケート調査などを頻繁に実施して、研修医の不満や不安を拾い上げ、改善していきます。このように、人事と教育の透明化を図る取り組みを一歩一歩、着実に進めていくことが大学病院改革だと考えています。まだ赴任して2か月ですが、長崎大は逆風の中、一丸となって変わっていこうという雰囲気になりつつあると感じています。

【略歴】
1995年 大分医科大卒業、長崎大学附属病院内科研修医
96年 大分県立病院内科研修医
97年 長崎労災病院内科医師
98年 国立小浜病院内科医師
99年 (旧)国立長崎中央病院内科(総合診療科)医師 
2004年 厚労省医療技官・国際医療センター並任
06年 トロント大家庭地域医学科フェローシップ取得
07年 国立病院機構・長崎医療センター教育センター医長
08年 現職


更新:2008/11/28 18:43   キャリアブレイン

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