南アジアに伏流する暴力のマグマが、また噴き出した。インドの経済発展を象徴する商業都市ムンバイ。英国植民地時代の古い建物と近代的な高層ビルが共存するこの街で、自動小銃や手投げ弾などを持った武装グループが、高級ホテルやレストランなどを次々に襲った。日本人ビジネスマンも犠牲になった。死者は100人を超えたという。
恐るべきテロである。冷血の所業を許してはならない。ムンバイでは06年にも通勤列車などを狙った同時テロがあり約190人が死亡した。93年には市内13カ所で起きた連続爆破で257人が死亡し、03年にも3件の爆破テロで60人余りが亡くなった。この街でのテロは枚挙にいとまがない。
深刻なのは、一連のテロに隣国パキスタンの影がちらつくことだ。06年の鉄道テロについてインド当局は、パキスタン軍情報機関の主導でイスラム過激派が実行したとみているという。93年と03年のテロも、カシミール地方の分離独立を求めるイスラム過激派の関与が言われている。
カシミールの帰属はインドとパキスタンの紛争の根っこにある問題だ。ヒンズー教(インド)とイスラム教(パキスタン)の対立もあって、両国は核拡散防止条約(NPT)に加わらずに核兵器を持ち、90年代末には核実験を繰り返して核戦争さえ現実味を帯びた。
今回のテロに関して、まずはインドとパキスタンの冷静な対応を求めたい。イスラム過激派とみられる組織が犯行声明を出し、米英人らが人質にされた点では、犯行組織はアルカイダやアフガニスタンの旧支配勢力タリバンに近いように思われる。テロを機に核保有国のインドとパキスタンの対立が強まるのは、彼らの思うつぼだろう。
それにしても南アジア周辺の不穏な情勢には言葉を失う。9月にはパキスタンの首都イスラマバードの高級ホテルで爆破テロが起きた。アフガンでは27日、首都カブールの米大使館近くで自爆テロがあった。ムンバイ・テロとの関係は不明ながら、インドとパキスタン、アフガンの情勢は不気味な「点と線」で結ばれていると見た方がいい。
その意味では米国の「インド重視」政策は問題なしとしない。インドを「世界最大の民主主義国家」と呼ぶブッシュ政権は、米印原子力協定を結び、これを原子力供給国グループ(NSG)に追認させた。NPT非加盟のインドとの核ビジネスを例外的に認める措置を、日本も承認したのである。
だが、米国が「印パ等距離外交」からインドに軸足を移すにつれて、パキスタンとの関係が冷え込み、アフガン情勢の悪化にもつながる傾向は否定できない。インド安定のためにも、米国は「テロとどう戦うか」という問題を関係国と謙虚に問い直す必要がある。
毎日新聞 2008年11月28日 東京朝刊