◆講演全文
あんまり長く喋るのも苦手ですので、みなさんの質問をいただきたいと思いますが、ちょっと初めにお話しします。今度私たちが作ったポニョという作品は、実際にスタッフに子どもが生まれまして、その子どもを見ているうちに、その子が最初に観る映画として作ろうと、それを自分たちのモチベーションにしました。
いま、私たちの国は大変に潜在的な不安に満ちている社会でして、私たちの職場の中でもそれは同じです。つまり自分のかわいい子どもたちにどんな未来が待っているのか、ということについて非常に大きな不安を私たちは持っています。それから子どもをどういう風に育てればいいのか、ということについても大きな不安を持っています。
それで、映画を作りながらですね、私たちは(スタジオ)ジブリで働いている人たちのための保育園を作ってしまったんです。地方自治体から補助を貰いますと色々とややこしいことがくっついてきますので、好きなことをやるために全く企業負担でやることにしました。
部屋の中に階段があったり梯子があったり穴が空いていたり、伝統的な日本の畳や床の間や障子が入っているような不思議な建物です。居間には山や大きな石や、いかにもぶつかると痛そうな石の階段や砂の坂道や、それから落っこちそうな池があります。
今年の4月から始まったんですけれども、まあ、子供たちをそこに放つとですね。ハラハラドキドキ、もう鳥肌が立つような恐怖を感じるんですが、じつに子どもたちは環境を利用してですね、敏捷に、転がってもあまり泣きもしないで、池の中に入って遊び、木の実を拾って食べ、這いながら砂の坂道を登り、滑り降り、まあ本当に見事なもんです。
保育園を作った結果、私たちは子どもの未来を不安に思うよりも、子どもたちの持っている能力に感嘆する毎日になりました。
この国に立ち込めている不安や将来に対する悲観的な考え方は、じつは子どもたちにはまったく関係ないことなんですね。つまり、この国が一番やらなければならないことは、内部需要の拡大のときに、橋を作ったり道路を作ったりすることではなく、この子どもたちのための環境を整えることだ、常識的な教育論やそういうものではなくて、日本の政府が言っているようなくだらないことではなくてですね、ナショナリズムからも解放されて、もっと子供たちの能力を信じて、その力を引き出す努力を日本が内部需要の拡大としてやれば、この国はしっかりした国になると、いま確信しています。
実際に子どもたちを取り巻いている環境は、私たちのアニメションも含め、バーチャルなものだらけです。テレビもゲームも、それからメールも携帯も、あるいは漫画も。つまり、私たちがやっている仕事で子どもたちから力を奪い取っているんだと思います。これは僕らが抱えている大きな矛盾でして、その矛盾の中で「では何を創るのか」ということをいつも自分たちに問い続けながら、映画を作っています。
でも、同時に、そういう子ども時代に一本だけ忘れられない映画を持つということも、また子どもたちにとっては幸せな体験なのではないかと思って、この仕事を今後も続けていきたいと思っています。どうもありがとうございました。