「今,日本のIT産業を取り巻く環境は大きく変化しています」と,日本アイ・ビー・エムのグローバル・ビジネス・サービス事業 GID推進の秋澤秀彦氏は,IT産業に大きな変化が起きていると指摘する。秋澤氏が指摘するのは,IT業界の人材難,外資系システムインテグレータの進出,そしてグローバル化の波だ。
日本ではITエンジニアはもはや花形職種ではない。ITエンジニアが不足していると言われながら,なり手は減少している。少子高齢化社会だけでなく,理系のIT業界離れがその背景にあり,IT企業の多くは人材確保に頭を悩ませているのが実状だ。企業活動におけるITの依存度が高まる現状を考えれば,人材不足によってIT化のスピードを落とすことは企業の成長にブレーキをかけることにつながる。
「日本のIT人材が不足する中で,最近はインドや中国などの海外のシステムインテグレータが直接日本に進出してきています。彼らは欧米のユーザー企業との仕事で培ったスキルをベースに言葉の壁を乗り越えようとしているのです。これは日本のIT産業にとっては脅威です」と秋澤氏は語る。
さらに,日本のIT産業に暗い影を落としているのが経済のグローバル化だ。各業界でグローバル化が進む一方で,日本のIT産業のグローバル化は遅れている。開発の一部を海外企業に委託するオフショア開発を行うだけでは,ユーザー企業の海外展開のスピードや業態にはついていけない。
こうした状況の中で存在感を増しているのが,グローバルソーシングである。「グローバルソーシングとは,海外の経営資源を自社に取り込むことです」と秋澤氏が説明するように,ITだけではなく,コールセンター業務や人事・経理業務などのビジネス・プロセス・アウトソーシングをも含めた考え方であり,IBMではこのグローバルソーシングサービスを段階的に進化させてきた。
「グローバルソーシングが始まったのは2000年ごろからで,当初は海外の安価なエンジニアを活用し,海外に開発を委託することから始まりました。いわゆるオフショア開発です」と秋澤氏。その後,GR(Global Resource)と呼ばれるオフショア開発は,海外の開発機能を拠点のひとつとして位置づけて開発プロジェクトを海外で実施するGD(Global Delivery)へと進化してきた。
GD を行う拠点はGDC(Global Delivery Center)と呼ばれ,現在,全世界8カ国20拠点以上を数え,要員も4万人を超えた。インド・中国が中心だが,フィリピン,ベトナム,ブラジル,アルゼンチン,ルーマニア,エジプトに展開し,急速に増強されている。「全世界のIBMが請け負った開発案件をGDC で開発しています。開発機能を持った拠点を世界中に設け,そこのサービスを受けるという発想です」と秋澤氏はGDC の位置づけを語る。
■IBM グローバル・デリバリー・センターの拠点 (クリックで拡大)
国外向けシステム開発に携わる IBM グローバル・デリバリー・センターの拠点は世界8ヵ国に展開されており,要員数は2007年末の約4万人から2008年末には約5万人に拡大する計画となっている。
このGD をさらに一歩進めた考え方が,最近,IBMが推進しているGID(Globally Integrated Delivery)だ。「GID の狙いは,ITの需給の波を世界レベルで調整し,いつでもどこでも最適なソリューションを迅速に提供できるようにすることです」と秋澤氏。そのためには,各GDC のスキルレベルの均一化と,GDC ごとに特色を持ったスキルの強化が必要になるという。「スキルのレベルをそろえるとともに,GDC ごとに得意な業種やスキル分野を強化することで,案件ごとにグローバルに最適な組み合わせを実現することができるのです」とその意義を語る。
IBMにとっての強みは,スキルの均一化とサービスの提供の効率化を図るためのプロセスやメソドロジー,ツール,インフラを持ち,グローバルに展開できる仕組みがあることだ。GID への取り組みは今年から始まったばかりだが,「2010年までにはスキルの均一化,各エリアの特色づくり,全体を統括するメカニズムの確立を完成させ,世界中のユーザーに最適な組み合わせによるメリットをお届けしたい」と秋澤氏は意欲を語る。
このGID への動きは,未来企業のモデルであるGIE(Globally Integrated Enterprise)への取り組みに呼応したものだ。GIE とは「世界にひとつの企業」としての事業運営を行うモデルであり,グローバルに広範囲なコラボレーションを実現し,ビジネス機会に合わせ迅速に経営資源の再配置を行える企業を指す。すでに日本の製造業でもGIE を実現している企業が出現している。
当然,GIE は事業展開のスピードが早い。新しい市場に進出する場合には,求めているスキルやサービスを最適な場所で迅速にそろえようとする。ITについても同じだ。「日本仕様のITは完成度が高く,高付加価値ですが,海外では必ずしもそれが求められているわけではありません。その地域に最適なものを早く取り込むことがグローバルな展開には必要なのです」と秋澤氏。グローバルに均一なスキルレベルを実現し,強いスキル分野やベストプラクティスをすぐに調達できるGID が確立されていれば,そうしたGIE のニーズに応えることができる。
また,GID によって「1対1」の関係ではなく,「多対多」の関係が築けることも大きなメリットだと秋澤氏は指摘する。「グローバル企業が新しい拠点を構築する際にも新たにアライアンスを組む必要はありません。一度アライアンスを組んでいれば,世界中どこでも同じレベルのサービスが提供されることになります」。質の担保されたサービスが,どこでもスピーディーに受けられることがGID のバリューだ。
それでは,GID はドメスティックな企業にとって意味はないかというと,そうではない。秋澤氏によれば「海外のモデルやスキルを持った相手が参入してきたときには,今までの効率性やコスト,スピードでは勝てないかもしれません。その場合,GID が持つ世界中のソリューションの中から最適なものを見つけ出し,提供を受けることができます」という。
「GID は,必要なときに必要なITを調達できる経営ツールです。そこでは,お客様にグローバルを意識させないようにすることが大事です」と秋澤氏は語る。GDC の要員はすべてIBMの社員だ。ユーザー企業にとってGID は,IBMというGIE から提供されるソリューションを,世界中どこでも必要なときに受けられるサービスとして理解しておけばよいのではないだろうか。
■オフショア開発からGIDへ (クリックで拡大)