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経済政策で占う民主党の政権担当能力

2008年11月26日 フォーサイト
「財源問題」で叩かれる民主党だが、そちらの方は全くの絵空事でもない。だが致命的な欠点は、自民党と同じく金融政策にある。
 最近の米国金融危機をみると、世界恐慌に突入するのではないか、といった悪い予感を、多くの人は抱くだろう。ニューヨーク株式市場は猛烈な下げとなり、十月十日、ダウ平均は八四五一ドルと五年前の水準になった。
 たしかに米国にとって、一九三〇年代の大恐慌以来の出来事であることは間違いない。米国株式市場の先行きに対する投資家の不安心理を示す指標として知られるシカゴ・オプション取引所(CBOE)のボラティリティー指数(VIX)は、平常時には二〇から三〇であるが、一時七二・四四まで上昇した。連日の“最高値”更新であり、十日の終値も七二・三一だった。金融危機が欧州へ拡大する動きを見せ、世界同時株安になるとの予想からだった。
 そうした中で、東京市場の下げも激しい。十日、日経平均は下げ幅一時千円を超し、八二七六円まで下落した。
 こうした市場の混乱をよそに、永田町は政治駆け引きに忙しい。国会冒頭解散が公然と語られる中、多くの衆議院議員は臨戦態勢に入ったが、ここに来て早期解散は遠のきつつある。
 しかし、一寸先は闇が政治の鉄則。早期解散が遠のいたと首相周辺が流すほど、実は抜き打ち解散もありうる。今国会中での解散の可能性は依然として高い。
 いずれにしても、このような経済的困難な状況で政策論議をすれば、圧倒的に与党が有利である。与党が打ち出す対策を野党が批判すれば、政策の中身にかかわらず、野党の方が国民から批判を受ける可能性が高いからだ。
 ただし、現在の与党が提案している緊急総合対策に基づく補正予算については、金融政策が欠如しており、仮に実施しても円高を誘発して、結果としてほとんど効果がないだろう。第二次補正という話もでているが、金融政策が抜け落ちている状況が変わらない限り、結果は同じだ。

埋蔵金活用は合格点だが

 一方、民主党の政策はどうなのか。
 今国会の衆議院における所信表明演説と代表質問は、どちらが与党なのか野党なのかわからないやり取りだった。麻生太郎首相が「質問」をして、民主党の小沢一郎代表が「所信」を表明したからだ。
 小沢代表は、その「所信」で、五つの重点政策の財源を「埋蔵金」の活用や税のむだ遣いの削減などで捻出するとした。民主党は、四年間五十六兆円の財源の工程表までもっている。1.埋蔵金の活用・政府資産の計画売却で十七兆円、2.予算厳格査定・補助金削減・人件費カットで二十六兆円、3.租税特別措置の見直しなどで十三兆円――などとしている。
 まず、1.であるが、当然埋蔵金は有限なので、衆議院の任期最大限の四年間を設定した上での話であろうが、これは可能な数字だ。民主党は、毎年三・五兆円程度の剰余金を出し、一・六兆円を一般会計に繰り入れている外国為替資金特別会計(外貨準備)にも着目している。日本の外貨準備が先進国の中では突出して大きいことや、その残高を減らしてFB(政府短期証券)を償還しても、かなり「おつり」がきて財源が捻出できることも、理解しているようだ。
 次に2.や3.であるが、これは、ちょっと努力が必要である。特に、公務員人件費については、給与法を改正する必要があり、公務員労組をバックとする民主党の決意がどの程度なのかが問われる。
 給与法は、戦後GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)でさえ手をつけられなかった“怪物”である。はたして民主党がどこまでメスを入れられるか。単に、国家公務員を地方公務員に転換し、人件費をつけかえるだけでは、本当の意味でのリストラにならない。
 代表質問で言及されていない部分では、とんでもない話がある。金融政策はマクロ経済政策の中心であるが、民主党の多数派は、景気対策のために金利を上げるのだという。実際に有力幹部の一人は、テレビで堂々と公言している。金利を上げて金利所得を増やして消費拡大というロジックだが、資金を借りる中小企業などの立場をすっかり忘れている。
 資金を借りる人と持っている人を比べると、借りる人は借りてまで何かをしようとする強い意欲を持っている人であり、経済に対するパワーは資金を持っている人より大きい。だから金利を下げれば景気が上向くし、金利を上げれば景気は悪くなる。これは高校生レベルの常識だ。そうした常識もないのかと指摘をすると、民主党の某有力幹部は、預金金利だけを引き上げ、貸出金利は据え置くといい出した。
 いつから日本は、金利規制の国になったのか。こんな基本的なことがわからないようでは、政権担当能力は危うい。民主党政権になって、本当に金利を引き上げたら、日本は間違いなく沈没する。

日銀総裁の「ミス連発」

 金融政策では最近、日銀がひどい失策をした。日銀総裁人事では、ねじれ国会の事情もあって、結果的に民主党主導で白川方明氏が総裁になったが、その白川氏がミスを犯したのだから、民主党の政権担当能力にも大きな疑問符がついたことになる。
 十月八日に同時利下げを実施・発表したのは、欧米六中央銀行のほか、中国、アラブ首長国連邦、香港、クウェートだ。その前日の七日、日銀は政策決定会合で金利据え置きを決めていた。
 翌八日、日銀は利下げではなく、利下げへの「支持」を表明した。あるテレビでは、「支持」を「支援」と報道して、あわてて訂正した。それほど日銀が利下げに加わらなかったことはおかしな出来事なのだ。マスコミの一部にも、「日本が加わらなかったことで市場からは主要七カ国(G7)の足並みの乱れを指摘する声が出る」という論調もある。
 すでに低金利で、日銀には金利引き下げの余地がないという意見もあるが、ゼロ金利、量的緩和で実質マイナス金利にできることは、すでに過去の実績がある。日本だけが金融緩和しないので、相対的に日本の金利は割高になり、円高圧力がかかり続ける。
 このため、優良株といわれる輸出関連株は下がり、日本の株式市場は大きなダメージを受けている。八日、日経平均が九五三円も下がったのは、日銀が世界同時利下げに加わらなかったからだ。
 実は、日本経済の景気が悪いのは、サブプライム問題の影響ではなく、二〇〇六年から〇七年にかけての金融引き締めが原因である。〇六年三月、日銀は量的緩和政策を解除し、〇六年七月、〇七年二月、誘導金利をそれぞれ〇・二五%ずつ引き上げた。
 定量分析をしても、〇六年中頃から景気後退の予兆がみえ、〇七年に確実になった今回の景気下降をよく説明している。ちなみに、〇六年初頭の日経平均は一六一一一円、米国ダウ平均は一〇七一七ドルだったが、その後、日本の金融引き締めとともに二つの数字の差は縮まり、今年十月八日、ついに日経平均九二〇三円、ダウ平均九二五八ドルと逆転してしまった。
 サブプライム問題で直撃弾を受けていない日本の景気がよくないのは、日銀の政策ミスがあったためで、〇六年からの金融引き締めの担当者は現総裁の白川氏である。〇六年の時に続いて、今回もミスをしたわけだ。
 現在の金融不安に対しては、まず各国は適切なマクロ経済政策を打つ必要がある。おそらく金融政策と財政政策のフル出動であろう。その上で、不良債権問題解消のためには、公的資金による資本注入が必要だ。
 米国は、かつての日本を反面教師として迅速に対応しているが、ほとんど不良債権がない日本で、日銀のミスによる不況が進行しているのだ。
 株価が下がると、金融機関の体力を消耗させ、健全な金融機関でさえ、問題がでてくるかもしれない。こうした状況でなすべきことは、一刻も早い景気回復のはずである。それなのに、日銀が協調利下げを拒否したことで、日本株は異常な下げに見舞われている。
 白川総裁が「(現在の金利)〇・五%を死守せよ」と言ったという噂があるが、もしそうであれば、とんでもない話だ。自分の面子を守り、国民政策をないがしろにするのでは、何のための中央銀行であろう。
 もっといえば、日本には世界的に評価された政策がある。九〇年代からの日本の金融危機に対する政策ではない。世界銀行の研究でも示されたが、あのケースは、世界数十カ国で観察された金融危機のうち、最も処理に時間がかかったワースト・パフォーマンスである。だから、日本のようにはなってはいけないという他山の石でしかない。
 高く評価されている政策は、昭和恐慌で高橋是清蔵相が行なった日銀による国債買い入れである。さらに、その一方で、政府に新規国債を発行させれば、政府の財源調達にもなる。その財源で減税や社会保険料免除を行なえば、金融緩和措置と財政出動の合わせ技で強力な景気浮揚策となる。これは、昔から知られているヘリコプター・マネー政策である。
 つまり、日銀が国債を買い入れると同時に日銀券を発行すると、紙幣の製造原価を除いた発行価額の九九・八%程度の発行差益を二十五兆円程度得ることができる。この差益を、減税や社会保険料免除にあてれば、直接国民の懐をあたためて、総需要を創出することができる。景気の良かった〇五年度のマネーベース水準にするとすれば、通貨発行増として二十五兆円はひねり出せる。
 もちろん、緊急時のみに採るべき“劇薬的”政策であるが、発行差益を財源とするので、実質的に赤字国債発行ではなく、二〇一一年度の財政再建目標とも矛盾しない。本当に対策を講じるつもりなら、ここまで考えておいたほうがいいが、はたして与党や民主党はどうするつもりなのか。
筆者:東洋大学教授・高橋洋一 Takahashi Yoichi
フォーサイト2008年11月号より
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。

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