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【コラム】

筆洗

2008年11月26日

 ♪兎(うさぎ)追いしかの山/小鮒(こぶな)釣りしかの川…。あまりに有名な唱歌『故郷(ふるさと)』(高野辰之作詞・岡野貞一作曲)の歌いだしである。東京都内から静岡県内の小学校に転校した時、地元を流れる狩野川のことを「かの川」だと勘違いした。「かの」の意味を知らぬこともあり、狩野川が故郷の風景にふさわしく思えたのだ▼実際に、モデルとされる風景がないわけではない。「かの山」とは、長野県出身である高野の生家の裏の標高七百メートルほどの里山のことと伝えられている▼人にはそれぞれ、大事にしている故郷の風景があるのだろう。肉親捜しで一時帰国している中国残留孤児の秦永珍さん(73)にとっては、自分が誰かを証明する手だてにもなった▼いとことの対面調査で、山形県出身の「高橋定子」であることが分かった。その際、家の前に広がる海や後方にある林や線路など、記憶にある風景が一致したことも決め手になったという▼暮らしていたのは八歳ごろまで。その後、家族で旧満州(中国東北部)に渡って終戦を迎えた。避難する途中で父母と弟、妹を銃撃で失うなど過酷な体験をしてきたが、幸せだったであろう場所を忘れるはずがない▼二十一日に日帰りで山形県の親族を訪問。子ども時代のことを語り合った後、かの海を見に行った。うれし涙が出てきたという。風景も温かく迎えてくれたのである。

 

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