モラルの崩壊、そしてベニー・モリス
──公然化する「追放」論

Moral decay and Benny Morris
アリ・アブニマー
Ali Abunimah

2004年1月24日
─ナブルス通信 2004.3.30号による─


◇モラルの崩壊、そしてベニー・モリス

「偉大なアメリカ民主主義でさえインディアン[原文ママ]の絶滅なしには達成され得なかった。歴史の道筋でなされた厳しく、残酷な行為が最終的な利益によって全体としては正当化できる場合があるのだ」

このような発言が堂々と掲載される「民主主義」国家の「一流」新聞があることを信じられるだろうか。この発言は今年の1月にイスラエルの新聞「ハアレツ」紙、週末特別版トップ紙面に掲載されたインタビュー記事の一部だ。

発言したのは、イスラエルの歴史家、ベニー・モリス。

かつて、モリスはイスラエルを覆っていた「建国神話」を覆す作業をして、イスラエルの内外で注目を浴びた「ニューヒストリアン」の旗手だった。パレスチナの村々がどのように襲われ、人々が殺され、追い立てられて、400ほどの村が破壊されたのかを実証的に示すことで、建国時に「アラブ人は自ら去っていった」とする「神話」を破壊したのはニューヒストリアンの大きな功績だった *1

今、モリスはこのような追放の課程が必要不可欠だったということを公然と語りだした。そして、パレスチナ人の将来的な追放さえ口にしている。

パレスチナ人の追放──イスラエルでは「移送(Transfer)」と呼ぶ──は右派にとって長年の夢であり続けてきた。いや、右派だけでなく左派にも「最悪の事態になれば、パレスチナ人を追い出すしかない。ユダヤ人が多数派でなければならない」と語る人々がいることをイスラエルの歴史家、イラン・パペは証言している *2

昨年、イラクへの侵攻が始まる前に、イスラエルの平和活動家たちはこの「移送」が行われることを恐れて、新聞広告を出している。「兵士たちよ、『移送』は戦争犯罪だ。そのような命令に従ってはいけない」と。

隔離壁の建設で、土地を取り上げ、生活の糧を奪い取って、生活そのものを破壊していくやりかたで、西岸では「這うような、ゆっくりとした追放 *2」が開始されていると見ることもできる。そのような状況を背景にモリスは「追放」を公然と肯定する意見を述べはじめた。

イスラエル内外に大きな波紋を投げかけたモリスのインタビューは、イスラエル内からも批判の声は数多くあがっている(もちろん、そこに理想を見いだしたという声もある)。

今回、お送りするのは、すでに「追放され」て、米国に在住している離散(ディアスポラ)のパレスチナ人、アリ・アブニマーによるモリス批判である。[ナブルス通信]




モラルの崩壊、そしてベニー・モリス
──公然化する「追放」論
Moral decay and Benny Morris
アリ・アブニマー
Ali Abunimah, The Electronic Intifada,
2004年1月24日



 民族をまるごと駆逐するなんてことが、いつから道徳的に許されるようになったのだろう?今日、イスラエルでそんな質問が出てくること自体、シオニズムの恐ろしい変容を惨めに証明している。イスラエルの歴史家、ベニー・モリスは最近発表した二つのおぞましい文書(一つは英/ザ・ガーディアン紙への解説記事、もうひとつはイスラエル/ハアレツ紙とのインタビュー)で、イスラエルがどんな残虐行為を犯し、それがどんなに人権や法律、品位を汚すものであっても、正当化するのに道を開いた。

 1月9日のハアレツ紙に掲載されたアリ・シャヴィットとのインタビューでモリスはこれまで守ってきた一線を越し、1948年のパレスチナ人の大移住はシオニストの民兵によるあからさまな「追放」の結果であると発言した。それにぞっとするどころか、モリスは「歴史には民族浄化を正当化できる状況があるものだ」と言ってのけた。「ユダヤ人の国は70万人のパレスチナ人を根こそぎ追っ払わなければ誕生しなかっただろう。それは必要だった。パレスチナ人を追放する以外に選択はなかった。後背地を浄化し、国境を浄化し、主要道路やイスラエル人の入植地や入植部隊に発砲する村々を浄化することはさけられなかった。」

 ここで言う「必要」は、パレスチナに人がすでに暮らしていようがおかまいなしに追っ払い、シオニストにはユダヤの国を何が何でもそこに建国できる絶対的で疑いの差し挟めない権利があるという確信の上に成り立っている。

 モリスはこの論点の弱さを分かっていたから、1月14日付けガーディアンの解説記事ではその論点が薄れている。「大局的には、シオニズムがなければパレスチナ難民問題もなかったとするアラブ側の単純な議論を避けることはできない」とモリスは認める。「しかし、それを受け入れてしまえば、パレスチナどころか地球上どこにも、ユダヤ国家は建設されるべきではなかったという見解を受け入れることになる。また、それに対するシオニズムの典型的な反駁、『アラブが戦争を仕掛けなければ、パレスチナ難民問題も生まれなかった』という見解から逃れることができなくなる。それは、難民問題はシオニストではなくアラブ自身が生み出したもので、アラブがイスラエルを猛烈に攻撃しなかったら、こんなことにもならなかったという見解だ」

 モリスは、この問題についてはすでに言及しており、それが純粋な虚構だと知っている。モリスはハアレツ紙のインタビューでも「1948年4月から5月にかけハガナ(国軍の全身)部隊には、村民を根こそぎ追い出し、村を破壊することとはっきり命令が出ている」と最近知ったと言っている。アラブ諸国による介入は1948年5月15日になるまで始まらなかったと言うのに、シオニスト勢力はどうやって、4月やそれ以前にアラブの介入に反撃することができたのだろうか。

 モリスは、イスラエルは1948年に「重大で歴史的な間違い」を犯したと言う。仕事を完遂するにはパレスチナ人をすべて追っ払わなければならなかったと言うのだ。それでは、今日、イスラエル領内、ヨルダン川西岸地区およびガザからパレスチナ人を追っ払うべきかとシャヴィットに尋ねられ、モリスは背筋が凍るような答えを返した。「やるな、と現時点では言います。その加担者になるつもりはありません。現状では、それが道徳的でないし、現実的でもない。国際社会がそれを許さないでしょうし、アラブ世界も許さないでしょう。そんなことをすればユダヤ社会が内部から崩壊するかもしれません。しかし、5年か10年先のこととなると、状況が変わり、黙示的な状況のもとで、パレスチナ人の追放は避けられないのではないかと言うことはできます」

 イスラエルの閣僚が「パレスチナ人放逐」を叫ぶ現状、イスラエルが占領地域でなし崩しにそれを現実化する過程をイデオロギー的に支えているのだから、モリスはすでに抜き差しならない加担者だ。モリスは非人間的な敵をでっちあげ、その追放はイスラエルが仕掛けたものではないとして、民族浄化はひとつのモラルであり、避けられないとしている。

 モリスはハアレツ紙に次にように語っている。「イスラム世界は深い問題を抱えている。イスラム世界はまったく価値観の異なる世界で、人命は西洋と同じ重さをもたない。自由、民主主義、開放、創造はまったく意味をなさない世界だ。イスラム世界に属さないものは餌食にできる世界だ。それが私たちの戦っている人々で、それらの戦士を送り込む社会は道徳的な止揚を持たない。そんな社会は化学兵器、生物兵器、核兵器を手にしたら必ず使用するに決まっているし、可能なら、大量虐殺だってやってのける」モリスはこうして、パレスチナ人を歴史から切り離し、一枚岩のイスラム世界、西洋と係争中のイスラム世界のひとつとして単純化する。イスラエルは西洋的価値観を体現するもので、イスラエルを守るためパレスチナ人の破壊もやむを得ない、モリスは虐殺の後ろめたさをそう言ってやわらげる。歴史家モリスは、こんな論理を駆使して、知識と理解を追求するのが本来の使命のはずの歴史を否認する。

 歴史の文脈で、モリスは難民問題をどう語っているか、ガーディアン紙を見てみよう。モリスはイスラムとユダヤが何世紀にも渡って共存したことを無視し、最近の南アフリカに見られるような紛争後の和解の事例を無視し、難民の復帰や「バイナショナル・ステート(民族共生国家)」の樹立は「広い範囲で混乱や暴力」を生み、ユダヤ人は「イスラム教徒が支配するアラブの権威主義的な国家」のもとで移住を迫られるか、征服されるだけだと結論している。そう言った後で、モリスは「西洋には難民のパレスチナへの帰還を自然で、正当なものだと支持する声が多い。しかし、これらの難民の『帰還の権利』は現在イスラエルで暮らす500万人のユダヤ人の生存の権利、幸せな生活を営む権利と天秤にかけなくてはならない」と問う。「これら500万人の生活の破壊、そうでなくても強制的な移住は……1948年にパレスチナ人を襲った悲劇よりはるかに大きな悲劇を引き起こすのではないか。恒常的な難民状態に置かれているとはいえ、400万人に満たないパレスチナ人の現在置かれている状況より不正な状況を生み出すのではないか」とモリスは問いかける。

 パレスチナ人を「檻」に入れられるべき「野蛮人」だとするモリスのインタビューを読むのは苦痛だ。しかし、それを読んだ後に南アフリカの黒人脚本家ジョン・カニのインタビューを ナショナル・パブリック・ラジオで聞いた *3。カニはそのインタビューで白人の情報将校からひっきりなしに言われたことを回想した。「彼は南アフリカは絶対に変わらないと断言しました。これは神の思し召しであり、神に選ばれた民族はユダヤ人ではなく、白い南ア人なのだと。南アフリカは白人の国で、お前ら黒人には統治能力どころか、人間として解放するだけの脳みそもない、とも聞かされました」それらの経験を回想し、カニは次のように言葉を続けた。「彼があまりに愚かなので、私は笑うしかありませんでした。自由への潮流を止めることはできません。...自由のために戦う人は自由を勝ち取るものです。解放のために戦う人には神が味方します。時勢も味方します。真実も味方します。敵がどんなに強かろうとも、不可避な結末を先延べにするだけで、それは問題になりません」
 
 パレスチナ/イスラエルは、いずれすべての住人のための民主主義国家になる。それは避けることができないものだ。なぜなら、公正を目指し戦う人々が力をあわせ、そうなるように努力するからだ。




※アリ・アブニマーはエレクトロニック・インティファーダの共同設立者。この記事の初出はデイリー・スター紙。

翻訳: リック・タナカ
原文:
http://electronicintifada.net/v2/article2369.shtml

モリスのハアレツ紙インタビュー:
http://www.haaretz.com/hasen/spages/380986.html
(上記で行けない場合は以下に)
http://list.haifa.ac.il/pipermail/alef/2004-January/003909.html
モリスインタビューへのイスラエル内からの批評:
http://www4.alternativenews.org/display.php?id=3478
Genocide hides behind expulsion / Adi Ophir

[編集者註]

*1…イスラエル建国時〜建国後に破壊されたパレスチナの村については、広河隆一氏による『写真記録 消えた村と家族』(日本図書センター刊)に写真と詳しい地図などが掲載されている。

*2…イスラエルの中でシオニズムに反対する立場を貫いている歴史家、イラン・パペが『パレスチナの声 イスラエルの声』(土井敏邦著、岩波書店)の中のインタビューで語った内容による。同書ではパペによる「追放」問題と隔離壁の関係などが詳しく語られている。

*3…ジョン・カニのインタビュー http://freshair.npr.org/day_fa.jhtml?display=day&todayDate=01/12/2004


(編集責任:ナブルス通信

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