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ここから本文エリア 検証 お産救急(上)2008年11月26日 ◆「最後の砦」が最前線 設備の整った病院が集中する東京で、母子を救う「最後の砦(とりで)」が崩れていた。出産間近で脳出血を起こした2人の妊婦が、重症患者の治療を担う総合周産期母子医療センターや救命救急センターを備えた病院から相次いで「受け入れ不能」とされ、1人が死亡、もう1人が重体になった。今、産科医療の現場で何が起きているのか。再生のかぎはどこにあるのか。急を告げるお産の現場を検証する。 多摩地区で唯一、総合周産期母子医療センターに指定されている杏林大病院(三鷹市新川6丁目)。19日午後、バランス栄養食品で昼食を済ませた橋口和生医師が、外来再開前の短い休憩を割いてセンターを案内してくれた。産科医になって20年余りのベテランだ。 母体・胎児集中治療管理室(MFICU)12床、新生児集中治療管理室(NICU)15床はいずれも満床。副センター長の岩下光利教授(57)は「どちらも6月ごろからほぼ満床が続いている。産科ベッドもずっと満床で他科ベッドを借りている状態」と説明する。9月、調布市の開業医からの搬送要請を断った日も同じだったという。 周産期センターなど都内にある他の拠点施設23カ所の状況が分かる情報端末には×印がずらりと並び、受け入れ可能を示す○印があるのは5、6カ所。NICU、MFICUがそろって空いているセンターはなく、ベッドが空いていても緊急手術に対応できる人手がない。逆に手術はできても空床がない。「搬送依頼を断るときは本当に心が痛む。でも、呼吸装置なしに生きられない赤ちゃんや予断を許さないお母さんを他に移すことはできない」。橋口さんは絞り出すように言った。 ◇ センターは24時間態勢で経過観察が必要な母子を診る。産婦人科医11人と小児科医13人で当直を担い、産婦人科の場合は休日や夜間も2人以上が勤務するため、月に最低6回は当直勤務がつく。ベテランの橋口さんは当直の代わりに緊急呼び出しに応じる「オンコール」が月7回あり、週に1、2度は協力病院の当直に出向く。 勤務の主体はあくまでも杏林大だ。しかし、東京からの当直応援がなければ周産期医療そのものが崩壊してしまう地域がある。橋口さんはこの日、夕方まで杏林大で勤務した後、中核病院が相次いで分娩(ぶん・べん)を中止した神奈川県内の協力病院で当直を務め、そのまま翌日の夕方過ぎまで勤務した。協力病院の当直が月に10〜15回にのぼる若手の場合、埼玉県や群馬県まで出かける医局員もいる。連続勤務時間が30時間を超えることはざらで、休みも月に1、2日だ。 ◇ 杏林大病院のある多摩地域や、都立墨東病院(墨田区)などで受け入れを断られた妊婦が死亡する問題が起きた東部地区は、もともと産科医やNICUといった「医療資源」が絶対的に足りない。両地域は他の区部より若い世帯の転入が多いのに、出生千人当たりの産科医数は全国平均以下の状態だ=図参照。 施設にかかる負担は当然、重くなる。杏林大では昨年、前年より97件も多い921件のお産を扱い、今年もすでに04、05年の年間出産数を超える800件を扱った。うち6割強は高度な治療や手術が必要な難しいケースだ。晩婚化や不妊治療の発達で、高齢出産や多胎妊娠などリスクが高い出産が増えている。 一方で、リスクが低くてもセンターで扱わざるを得ないケースも増えている。「以前なら開業医や地域の中核病院が引き受けてくれた患者が、早期に転送されてくる。受け入れ施設がない以上、制限できない」と岩下教授は話す。 「最後の砦」が、いつのまにか最前線になっていた。総合周産期母子医療センターを備えた墨東病院で、2年前から産科医の退職が相次ぎ、慢性的な要員不足が続いているのも最前線化による過重が背景にある。 【妊婦搬送問題の経過】 妊婦搬送問題が最初に発覚したのは10月22日。都内の妊娠9カ月の女性(36)が10月4日、脳内出血を起こし、江東区のかかりつけの産婦人科医院が都立墨東病院など8病院に受け入れを依頼したが、「空きベッドがない」などとして断られた。女性は約1時間15分後、墨東病院で手術を受けたが3日後に死亡した。 その2週間後にも別のケースが明らかになった。9月23日、調布市内の病院に入院中だった30代の臨月の女性が脳出血を起こし、杏林大病院など6病院から受け入れを断られた。約4時間後に墨東病院で手術を受けたが、意識不明の重体。いずれも赤ちゃんは無事に生まれた。
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