元厚生次官らが襲われた連続殺傷事件で、警視庁は「おれが事務次官を殺した」と言って出頭してきた四十六歳の無職の男を銃刀法違反(携帯)の疑いで送検した。男は、さいたま市の元次官山口剛彦さん夫妻殺害や東京都中野区の元次官吉原健二さんの妻に重傷を負わせた二つの事件への関与を認めている。埼玉県警は、殺人容疑で再逮捕する方針だ。
解決へ向けて動きだしたとはいえ、残忍な犯行が社会に与えた不安や衝撃は大きい。出頭男が本当に犯人なのか、警察は慎重に捜査を進め、事件の全容解明を急ぐ必要がある。
難航も予想されていた事件は、警視庁への男の出頭で急展開した。乗って来た車の中の段ボール箱から血だらけのつなぎの作業着が見つかった。このほか血の付いた手袋、スニーカー、吉原さんあての配達伝票が張られた段ボール箱もあった。
警察は、車内で見つかった血の付いたナイフが、遺体の傷とも一致することから連続殺傷事件に使われた凶器とみている。スニーカーの靴底も現場に残る足跡とほぼ一致したという。
警視庁などは吉原さんの妻への殺人未遂容疑で男の自宅を家宅捜索し、パソコンなどを押収し慎重に裏付けを進めているところだ。
元次官二人は、吉原さんが旧厚生省年金局長だった時、亡くなった山口さんが年金課長として支えており、国の年金政策の専門家と目されていた。このため犯行は年金問題など厚生労働行政の責任者を狙った政治的テロとの見方もあった。
しかし、男は動機について「昔、保健所にペットを殺され腹が立った」と供述している。男の父親は、男が小学生のころに飼っていた犬を保健所に連れて行ったことを証言している。
あまりにも昔の話だ。男は「大学の時に厚生省の幹部をやらねばならないと思った」「ほかにも厚労省の次官経験者を狙っていた」とも供述している。恨みの対象が保健所関係者でなく、元次官に向かった理由としては飛躍があり、動機は不可解というしかない。
男は山口県出身で、大学中退後、東京や郷里などで職を転々とし、約十年前から埼玉県に住んでいた。経歴からは元次官との接点もうかがえない。背後関係や協力者などの有無も徹底的に調べてみる必要があるだろう。
被害に遭った人たちは何の落ち度もなかった。どんな理由があろうと、こんな卑劣な暴力が許されるはずがない。捜査当局は、真相を究明することで再発防止につなげねばならない。
昨年一年間に自動車運転過失致死傷などを除く「一般刑法犯」で検挙された六十五歳以上の高齢者は約四万八千人で過去最多となり、一九八八年の五倍に達している。
この二十年で高齢者人口は二倍になったが、それを大幅に上回る増加率だと、今年の「犯罪白書」が警鐘を鳴らしている。
昨年の一般刑法犯の検挙者は約三十六万六千人で、このうち高齢者は13%だった。服役した高齢者も二十年前の六倍を超える千八百八十四人に上る。今後五年で「団塊の世代」が高齢に達する。高齢社会に対応した犯罪対策の充実が求められる。
高齢犯罪者を罪名別にみると、窃盗が65%、横領が22%、暴行4%、傷害2%などの順だ。窃盗のうち82%が万引で、横領の99%が放置自転車などの遺失物等横領といった比較的軽微な犯罪が多い。
犯行動機について東京地検などが調べたところ、男性は「生活困窮」が原因で万引したり、更生できないまま盗みに走る常習者もいた。女性は「盗んだものが欲しかった」が多く、経済不安から「節約」で万引する傾向もみられた。殺人については、被害者の過半数が配偶者や親族で、減収や負債を抱え介護疲れや将来を悲観しての犯行が目立つ。社会から孤立させない施策が必要である。
刑務所などでの受刑者の高齢化も進み、広島刑務所や高松刑務所などが手すりやエレベーターを備えたバリアフリー専用棟の建設に着手している。
出所の際は、健康や生活不安などの問題も抱える。何の援護策もなしに社会に出れば、再び犯罪に手を染めてしまう恐れがある。円滑な社会復帰を進めるため更生保護機関だけではなく、医療機関や社会福祉機関との連携が重要となろう。
(2008年11月25日掲載)