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THA BLUE HERB

掲載: 2007/05/31

ソース: 『bounce』誌 287号(2007/5/25)

もう幻想は要らない。研ぎ澄まされた言葉と力強く響くビートは、人それぞれの物語に寄り添う。生きるということは闘いだ──闘いに命を懸けるのは当然だろう!!

文/リョウ 原田

伝わらなきゃ意味がない


 「(デビュー当初のメッセージは)同業者たちにしか、向けてなかった。リスナーはまだ存在していなかった。でもやっぱり、ライヴでいろんな街にいって、いろんなリスナーが僕らを迎えてくれる以上、その人たちが共感できることを歌わないと駄目でしょう、と。いつまでも、自分を大きく見せるようなことばかり言っていても……まあ、それはそれで〈カッコイイな、この人〉って思われることにはなるかもしれないけど、それだけでは、ライヴの最後まではもたない。やっぱり、その人の感情とリンクしないと意味がないし。そういうふうな考え方に変わってきた」(ILL-BOSSTINO、MC)。

 THA BLUE HERBが登場してから2007年で約10年を数える。これまで2枚のオリジナル・アルバムと4枚のCDシングル、10枚のアナログ・シングルで彼らが提示してきたのは〈札幌と東京〉〈アンダーグラウンドとアマチュア〉など……彼らなりのゲームのやり方で〈天下を二分〉し、日本のヒップホップ・マーケットに揺さぶりをかけ、自分たち流の勝ち上がりを具現化するということだった。そしてそのシナリオは、2002年の『SELL OUR SOUL』でひとつの到達点を迎えたのかもしれない。だが、それから5年の間、〈空白〉は感じられなかったはずだ。ILL-BOSSTINOにとってはフランソワKをマスタリングに迎えたHERBEST MOONや、CalmとのJAPANESE SYNCHRO SYSTEMがあり、一方でトラックメイカーのO.N.Oはソロ・アルバムや映画「HEAT-灼熱-」のサントラを手掛け、第3のメンバーであるDJ DYEを正式に迎えての幾多のツアー──それぞれのプロジェクトが充実した成果を出してきたからだ。そこで登場したのが、先行シングル“PHASE 3”を挿んでのニュー・アルバム『LIFE STORY』。本作に対しては、ふたつの興味が沸く。〈時代は変わる〉と歌った彼らがその後の〈時代〉に何を歌うのか? 常にそのトラックを進化させてきたO.N.Oのサウンドがどのような境地に辿り着いたのか?

  「3枚目のアルバム、今回は三度目の正直って俺は思っているんだ。本当に、駆け引きなしで、本当に思ったとおり素直に歌うっていう感じで。日常、人と人の間に起こるような、見過ごされがちな、流されちゃいそうなこと、小さなエピソードにドラマを見い出す。そういうようなことに価値がある、そういうことを歌っていきたくなってきた」(ILL-BOSSTINO)。

  「どこかからフレーズを取ってくるような、いわゆるサンプリング(ネタ)を使った作り方はしてないんだよね。ただ、一音一音作って、メロディーも自分で弾いて、それをどんどんコラージュして作っていくやり方が、BOSSとシンクロするのにもいちばん相応しかった」(O.N.O)。

 アルバムの冒頭を飾る“THE ALERT”は、ヒップホップ・マナーに則って彼らの帰還を高らかに宣言するトラックだ。同曲で始まるタフな前半戦……それはやがて中盤の“ON THE CORNER”を転機に、静かに、メロディアスな展開を見せていく。全体を構成するサウンドは、新訳版“智慧の輪”以降に顕著になったO.N.Oの〈空間処理の実験〉をさらに高度化したものだ。結果としてその言葉は広く〈市井の人〉に向けられ、そのサウンドは今日性を帯びた、鋭くもドラマティックなものとなった。つまりは〈開かれたアルバム〉──中盤に登場する“SUCH A GOOD FEELING”にはそれを象徴するような中納良恵(EGO-WRAPPIN')の吐息が刻まれている。

  「もう、ずっと作り続けているから。音楽を作るのに昔みたいに〈奇跡〉とか〈偶然〉とかでは作ってないんだ。それでもどこかで化学反応が欲しいと思った。あと、世の中は男だけで成り立っているわけじゃなく、やっぱり対極として女の人もいてこその調和だし、リリックの内容を見てもそこに女性のフィーリングが入るのは必然であって。そうなったら自然と良恵ちゃんしかいねえなって」(ILL-BOSSTINO)。
THA BLUE HERBの歩みを収めたドキュメンタリーDVD「THAT'S THE WAY HOPE GOES」(THA BLUE HERB RECORDINGS)
THA BLUE HERBのニュー・アルバム『LIFE STORY』(THA BLUE HERB RECORDINGS)
再始動シングル“PHASE 3”(THA BLUE HERB RECORDINGS)。アルバムとのダブリ曲はナシ!


俺にとってのモチヴェーションは……

 アルバムの最後に控えるトラックの名は“MOTIVATION”。MCとしての初期衝動にふたたび火を点けるような終局、終わりはまた始まりへ繋がっていく、という仕掛けだ。ここではILL-BOSSTINOがMCとして、〈若きライヴァル〉へ、活き活きと、鋭い言葉を投げかける。〈次々現れる/YOUNG MC/すげえ奴にはすげえって言う/たった一人/新宿まで出かけ/通す筋/陰口使わねえのが北の流儀〉──思わず尋ねてしまう。“MOTIVATION”を作らせるモチヴェーションは何だったのか?

  「業界の景気のことは知らんけど、いまは僕らが昔東京へ出てきた頃のような停滞したムードっていうのはなくてね。若い人たちがMCとしてたくさん出てきて、熱いものは凄く感じていたし。それに対して僕はリスペクトしている。若い人たちのエネルギーを受けて、俺自身が前向きになれたっていう部分も大きいんだ。それもMCとしてのモチヴェーションのひとつではある。だけど、それもひとつでしかないというか。俺にとってのモチヴェーションは、自分の家族であったり、自分の人生の発展だったり。そこが凄くあると思うよ」(ILL-BOSSTINO)。

  〈THA BLUE HERBを聴く〉という行為の醍醐味はILL-BOSSTINOの言葉を貪ることだという人もいるかもしれない。しかしながら、その真価はO.N.Oの野心的なトラック(その進化は別項で!)と調和し、DJ DYEのスクラッチと融合する瞬間にこそあると言えるだろう。

  「良い音楽は山ほどあって、そういう音楽を聴いて〈いやー、本当に凄いなあ〉と思うことは多々ある。超一流のミュージシャンもたくさん知っている。けれども、THA BLUE HERBの制作にあたっては、そういう人たちのことを考えることすらない。THA BLUE HERBっていうのは僕らと僕らのオーディエンスの歴史であって、他者との比較じゃねえっていうか。もちろん出た後はいろいろ比較されますよ。でも作っている時は、せいぜい比べるとしたら自分たちの前作ぐらいなもので。凄く静かな心境で、良い曲を粛々と作っていくというか」(ILL-BOSSTINO)。

 確かに良い音楽は世界中の古今、未来にも山ほどあって、私たちは一生の間にそれをどれだけ体験できるのかわからない。時間的制約から考えるに、がんばっても200万曲足らずを浴びて、そのうち一生を共に歩むのは2、3千曲に満たないだろう。ただ、2007年に日本語圏に生き、隔てなく音楽を聴くという姿勢を持った貴方には、THA BLUE HERBの『LIFE STORY』を聴いてもらいたい。その言葉とサウンドは、他ならぬ貴方に向けられているのだから。
EGO-WRAPPIN'の2006年作『ON THE ROCKS!』(Minor Swing/トイズファクトリー)


文/RAW 原田

O.N.Oのトラックと並べて楽しみたい世界の〈音響〉あれこれ

 近年のO.N.Oサウンドの変遷について、テクノやエレクトロニカを通過し電子音を前傾に配した手法が云々……なんて話をしたいわけじゃない。彼はこの10年で起きたデジタル録音規格の高解像度化の波を受けつつ、緻密な空間演出による〈モダンな空気感とグルーヴの表出〉を独自のやり方で行ってきたのである(とあえて断言!)。

 そういう意味で、常々フロアでは「自分のトラックも含めて、曲よりも音の響きを意識している」という彼のトラックが今回の『LIFE STORY』で獲得した空気感は、デトロイト・テクノ界の〈MR.C2C4〉ことカール・クレイグの狂気とも共鳴するし、フランソワKの新ダブ解釈パーティー〈Deep Space〉門下生であるビート・ファーマシーの空間演出と照らしてみても楽しいはず。またビートダウン〜ディスコ・ダブ以降の耳には、空間魔術師マット・エドワーズのレイキッド名義での音像と共振するものを〈効き〉取れるかもしれない(『LIFE STORY』中盤以降の哀愁感には、ボーズ・オブ・カナダに通じるハーモニー愛も)。さらに蛇足ながら、多様な音を吸収した〈北のBボーイ〉の年輪の重ね方として、THA BLUE HERB周辺のサウンド変遷には、マッシヴ・アタックに相通ずるものを感じたりもするのだが……どうでしょう?
カール・クレイグの編集盤『From The Vault Vol. 1』(Planet E)
ビート・ファーマシーの2007年作『Steadfast』(Deep Space Media/Wave)
レイキッドの2006年作『Made In Menorca』(Soul Jazz)
ボーズ・オブ・カナダの2006年作『Trans Canada Highway』(Warp)


マッシヴ・アタックのベスト盤『Collected』(Virgin)

文/出嶌 孝次

それぞれが刻んだ10年の音盤史 その1


1. THA BLUE HERB 『STILLING, STILL DREAMING』 REAL LIFE(1998)
2枚の12インチを経て放った初のアルバム! 〈北〉の勢いをギラギラと表明する“ONCE UPON A LAIF IN SAPPORO”から、メランコリックな“あの夜だけが”まで、鋭敏な感情を剥き出しにした青の時代の結晶だ。



2. 『ONLY FOR THE MINDSTRONG』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2001)
レーベルからの第1弾CDとなったコンピ盤。TBHの代表曲とされることも多い前年のシングル“時代は変わる”を筆頭にエレクトロニカ風の名曲“ANNUI DUB”、O.N.Oの雄弁なインスト・ソロ曲などが粒揃いだ。



3. THA BLUE HERB 『FRONT ACT CD』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2002)
重たい“TRANS SAPPORO EXPRESS”、ファンキーで小気味良い“A SWEET LITTLE DIS”など、ビートの進化ぶりが楽しめる3曲入りのEP。ただ、見事に話題を撒いたのは後者のリリックだったわけで……。



4. THA BLUE HERB 『SELL OUR SOUL』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2002)
最高のフロント・アクトに続いての2作目。O.N.Oのビートが簡素ながらも変則的なものに深化し、BOSSのライミングとズレながら絡むTBH独特のノリはここで確立されたか。“天下二分の計”や大曲“路上”を収録。



5. Shigam 『beauty』 Jar-Beat(2002)
O.N.Oと柴田一郎(ゆらゆら帝国)、asa、SAD-HEROの4人が結成したリズム・オリエンテッドなプロジェクトの初作。妖美なジャケそのままにサイケなビートの交錯が極彩色のトリップを誘う過激なユル盤だ。



6. 刃頭 『The NEWBORN』 Pヴァイン(2002)
ILL-BOSTINOを名乗ったBOSSが名古屋の最狂音術師と邂逅。当時は意外な共演だとされた“野良犬”は、互いに尻尾を振らない獣同士のガチンコなぶつかり合いが格好いい。また聴いてみたい顔合わせだ。



7. O.N.O. 『six month at outside stairs』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2003)
“nanostorm”や“BG072”など先行の12インチ曲を集大成した初のソロ・アルバム。ラップとのタイム感で魅力を発揮するTBH曲とは異なり、豊かなイメージを喚起するビートそのもののオモロさに撃たれる。



8. THA BLUE HERB 『未来は俺等の手の中』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2003)
“未来は僕等の手の中”から引いてきた曲名どおり、当初はブルーハーツのトリビュート盤用に作られたという成り立ちのシングル。ミニマルなトラックが静かに吠える。



9. ラッパ我リヤ 『A.I.R. 4TH』 走馬党/ビクター(2003)
彼らのお家芸たる〈ヤバスギルスキル〉シリーズの〈pt.6〉にBOSSが参戦! 郷に入っては郷に従えってことなのか、執拗にライミングを踏みまくるワードレスリングぶりが頼もしい。

文/出嶌 孝次

それぞれが刻んだ10年の音盤史 その2


10. dj klock 『timing incorrect』 Sublime(2003)
BOSSが言葉を添えた“harmony again”も交えながら、立体感のある独創的なスクラッチでテクノとエレクトロニカ、ヒップホップを繊細に繋いだ初のオフィシャル・ミックスCD。聴いてほしい。



11. HEAT 『Soundtrack』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2004)
武論尊&池上遼一の人気漫画を映画化した「HEAT-灼熱-」のサントラ。主題歌の“MY HEAT”などTBH名義も3曲あるが、実質的にはO.N.Oのソロ作的な趣きだ。ハードボイルドな作品世界を鋭敏なビートで描き出す手腕が光る。



12. HERBEST MOON 『Something We Realized』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2004)
始動から2年、BOSSのソロ・プロジェクトが放った初のフル・アルバムで、大いなるハウス・ミュージックへの愛を漲らせたプレシャスな名作。この後に登場したダブ盤『Dubthing We Realized』も必携!



13. REBEL FAMILIA 『SOLIDARITY』 POSITIVE(2004) 秋本武士とGOTH-TRADの叛逆ダブ家族が同志たちとの〈結束〉を表明したコラボ・アルバム。JUMBO MAATCHやSHING02といった名が並ぶなか、BOSSが先陣を切って“NO MISSION”に登場!



14. DJ QUIETSTORM 『SORAMIRO』 中目黒薬局(2004)
ルーズなダブ風味の“Sleazy Rap”にBOSSが客演。少しユーモラスなビートに合わせて聴かせるヨレ気味のフロウも新鮮だ。〈共通項は今も青コーナー〉、ってカッコイイね!



15. 『ONLY FOR THE MIND STONE LONG』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2005)
全曲が新録の豪華なレーベル・コンピ。O.N.OとHERBEST MOONが各々楽曲を提供し、JUN-GOLDらも引き続き登場。ここに収録の“智慧の輪”と“Road Of The Underground”をもってTBHは活動休止に。



16. THA BLUE HERB 『THE WAY HOPE GOES』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2005)
別掲のDVD『THAT'S THE WAY HOPE GOES』にて披露されている新曲をメインに据えた活動休止中のシングル。カップリング収録された、“路上”と“智慧の輪”それぞれのダブ・ヴァージョンが強力!!



17. JAPANESE SYNCHRO SYSTEM 『THE ELABORATION』 LIFE LINE(2006)
これより6年前にコンピ『響現』収録曲で共演していたBOSSとCalmによるユニットの初アルバム。トンコリ奏者のOKIら参加ミュージシャンたちの調和から生まれた珠玉のダンス・ミュージック集だ。



18. RUMI 『Hell Me WHY??』 POPGROUP(2007)
2005年にアナログ・リリースされたO.N.Oプロデュースの“極楽都市”を収録。どことなくエミネムの自作トラックにも似た感触のビートがブルージーなメロディーセンスを湛えて耳残りする逸曲!!

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