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こんな理由で人の命を奪ったというのだろうか。憤りとともに、信じがたいとの思いがぬぐえない。
元厚生事務次官の家が相次いで襲われ、3人が殺傷された衝撃的な事件が急展開を見せた。「事務次官を殺した」と言って、軽自動車で警視庁に乗り付けた46歳の男の逮捕である。
襲撃事件は本当にこの男の犯行なのか。断定はされていないが、警察はかかわりが強いとみている。さらに調べを進めるとともに、数本の刃物やスニーカー、段ボール箱など男が持参したものが事件で使われたのか、まず証拠の確認を急いでほしい。
それにしても、少しずつ明らかになってきた男の言動はあまりに突拍子もなく、理解しがたいところがある。
調べの中では「保健所にペットを処分されて腹が立った」といった話をしたようだ。同じような趣旨の文を報道機関にも送ったとみられる。
確かに、男が山口県で過ごした子どものころ、それに近い出来事はあったという。だが、遠い昔の話がなぜ、いまになって噴き出してくるのか。かりにペットがらみの苦情があったとしても、そのとき担当部署に意見を伝えればいいだけのことだ。狙われた元次官とその家族には、直接なんの関係も責任もない話である。
動機ともいえない動機。退任して久しい2人の元次官の住所をわざわざ調べ、宅配便の配達員を装うような計画性。3人を死傷させた結果の重大性と社会に与えた衝撃。いまのところ事件の糸はしっくりとつながらない。
男が襲撃にかかわったとするならば、この糸を捜査によってつなげていかなければならない。
背景をうんぬんするにはまだ材料は不十分である。ただ浮かんでくるのは、男がどうやら社会から孤立し、何かの不満やいらいらを募らせていたとみられることだ。
男は日ごろから、自宅のまわりで「うるさい」といった苦情を繰り返し、トラブルを起こしていたらしい。父親のもとには10年も音信がなかったという。
この事件の背景にあるものは、男の個人的な問題なのか。いまの世の中に広がる閉塞(へいそく)感のような、社会全体の問題もどこかでからんでいるのか。これから注目していかねばならない。世の中の不安を解消するには背景を明らかにすることが不可欠である。
男が警察に出頭した日、犠牲になった山口剛彦さんと妻美知子さんの通夜がいとなまれた。被害にあった人たちと家族の怒りや悔しさにこたえるためにも、警察は全力で事件の解明にあたってもらいたい。
そして、こうした事件を繰り返さないために何ができるのか。そのことを考え続けなければならない。
「あなたは抽選の結果、当裁判所の裁判員候補者名簿に記載されました」
そんな「お知らせ」が、有権者350人に1人の割合で今月末から届く。
くじで選ばれた市民がプロの裁判官と一緒に重大事件を裁く裁判員制度が始まるまであと半年。それに向けた手続きがいよいよ始まる。
陪審制があった戦前の一時期を除いて、一貫してプロが担ってきた日本の裁判が変わろうとしている。政府や裁判所は広報に余念がないが、ここはいつ裁判員にあたるかもしれない素人の立場から、制度の意味を考えたい。
これまでの日本の刑事裁判の姿は、こと細かな証拠調べが延々と続く「精密司法」といわれる。その一方で、法廷での証言よりも捜査段階の取調室での自白調書が重視されがちで、「調書裁判」と批判されてきた。
その結果、過去に4人の死刑囚が再審で無罪になるなど、冤罪の汚点も生んだ。最近も富山で、強姦(ごうかん)事件で有罪の確定した男性が服役したあとに真犯人が分かった。鹿児島では、県議選の買収・被買収の罪で起訴された12人の被告全員が無罪となった。自白偏重の捜査や裁判で人生を踏みにじられた人々の悲劇はあとを絶たない。
刑事裁判を、法廷での証言をめぐるやり取りを中心とした本来の形に改革する必要がある。国民の代表が直接参加し、プロをチェックする裁判員制度はそのためにこそある。
そうはいっても、いざ選ばれると、「荷が重い」と尻込みしてしまいそうだ。そもそも、人を裁くなんてことが自分にできるのか。場合によっては死刑の選択を迫られることは……。
しかし、考えてみれば、素人の私たちに求められているのは、市民の常識を裁判に反映させることだ。生活感覚や社会経験にもとづく意見や疑問を率直に述べればいいのではないか。
ある傷害致死事件の模擬裁判で、裁判員たちは検察側、弁護側いずれの主張にもうなずけなかった。被告の故意を認めない独自の判断をし、裁判官も含めて全員、無罪の結論になった。
本番でも、検察官が描いた事件のすじに納得がいかなければ、無罪を主張すればいい。分からないことや疑問に思ったことは、そのつど尋ねるにかぎる。裁判官や検察官はもちろん、被告や証人、被害者らにも遠慮は無用だ。
裁判官や検察官、弁護士は、素人にも分かるような言葉で話す訓練を重ねている。難解な精神医学用語などもかみ砕いて、本番までにさらに研究を重ねてほしい。
さまざまな不安を抱えたままではあるが、新制度は始まる。
社会全体でも、裁判員に選ばれた市民を支援する態勢がほしい。企業にも、できるところには有給休暇を認めるといった措置を広げてもらいたい。