これで朝青龍の負の遺産は完済だ。大関取りはファンの印象も大事になる。平成18年秋場所、安馬は小結稀勢の里に立ち合い、思い切って左に変わり、目標を失ってたたらを踏んだところを押し出した。鮮やかな作戦勝ちだった。
■写真で見る■ 安馬は下手投げで白鵬を破り、トップに並んだ
ところが、得意満面で土俵を下りたとき、客席から予想もしなかった冷ややかな声が浴びせられ、思わずその場に凍りついた。「変わらないで、と鋭い声が聞こえたんですよ。みんな、この一番を楽しみに来ている。オレがそれを奪ったんだよね。申し訳なかった。明日、いい相撲を取って謝るしかない。もうこれからは絶対、変わらないよ」と安馬はうつむきながら誓った。
とはいっても、体の細い安馬には、ときには変化も必要悪。安馬はその後もこの奥の手を使い続けてきたが、今場所は完全封印中だ。
安馬にとって、大関取りの環境が整っているとは言い難い。すでに4人も大関がいる上に、同じモンゴル出身のあの問題児、朝青龍にどこか似ていることがハンデになっているのだ。
「正直言って、もうこれ以上、外国人の横綱や大関はいらない。上がっても、観客動員に結びつくわけでもないし。安馬が大関になるためには有無を言わせない成績、よく言われる合格ラインが11勝だとすると、それよりも白鵬を食った上に1つか、2つ、上乗せしないと」とある協会首脳は話している。
変化を封じたのは、この大勢を占める昇進慎重派に余計な材料を与えたくないからだ。この日の相手は大きなヤマ場の白鵬だった。安馬はいつもにも増して真っ向からぶつかり、左、右と差し勝つと右からの下手投げで快勝した。これで優勝争いのトップに並び、勝ち星も2ケタの10勝目。あと1つ勝てば、朝青龍に辟易している昇進慎重派もクビを縦に振らざるを得ない。
「横綱の中に入って失敗したかなと思ったけど、自然に体が動いてくれた。まだ3日ある。最後まで自分の相撲を取り切りたい」と安馬は笑みを噛み殺したが、いよいよニキビだらけの顔が大きくほころぶときがすぐそこに迫ってきた。
【関連記事】
・
白鵬ぶん投げ!安馬トップ並んで初優勝の可能性も
・
4日目の相撲が「無気力」 監察委員会が十両の保志光に注意
・
横綱撃破の安馬、初優勝と大関取りへ大きな一歩
・
新十両の大翔湖、3日連続で物言い 九州場所7日目
・
幕内鶴竜が右ひざを痛め初の休場 幕内の休場者は5人目