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政治家の発言の言葉尻をとらえて、いたずらに批判するのは本意ではない。それを十分わきまえた上でも、このところの麻生首相の発言の迷走ぶりは見過ごすわけにはいかない。
一昨日、地方の医師確保の難しさに関連して、首相はこう述べた。「(医師は)社会的常識がかなり欠落している人が多い。価値観なんかが違う」
何を言いたくてこの発言になったのかよく分からないが、これでは過酷な長時間労働に耐えている病院の勤務医や地域医療に携わる医師たちに失礼だろう。
首相の言葉の迷走で思い起こすのは、2兆円もの税金を投入する定額給付金をめぐる発言だ。「全所帯」が対象なのか、一定の所得以下の層が対象なのか。高額所得者に辞退を求めるのか。発言がふらつき、政府与党を巻き込んだ大混乱になった。
こうした重要な政策の方向性が、政府のトップである首相の発言で混迷するのは、「口がすべった」程度の話とは意味がまったく違う。
一昨日から昨日にかけて、首相が掲げた二つの政策方針が、党内の猛反発を受けてあっという間に翻された。
まず、道路特定財源の一般財源化に伴い、1兆円を自治体が自由に使える交付税として配分すると述べたこと。そして、10年度からの郵政会社の株式売却について「凍結した方がいい」と明言したことだ。
自民党の有力道路族議員は「あり得ない。だれも守らない」と公然と語り、党幹部や閣僚から「言葉は大切だ、と申し上げねばならない」などと首相をいさめる声が相次いだ。
小泉元首相流のトップダウンでことを進めようという狙いなのかもしれない。だが、麻生発言をフォローし、実現させようと党幹部や閣僚が動く態勢にもなっていない。
だれが政策づくりを主導しているのか。首相は最高責任者ではないのか。司令塔はどこにあるのか。そんな深刻な疑問を抱かざるを得ない。
自分の人気の源は、華麗な家系らしからぬざっくばらんな語り口にある。首相はそう自信を持っているようだ。「サービス精神が旺盛だから」とも言われる。だが、無思慮に政策を語り散らしてしまっては、首相としての資質に大きな疑問符がつく。
自民党は、2代続けて首相が政権を放り出した後、なおも世論調査などでの「人気」にすがって麻生氏を後継に選んだ。そうした政権延命の手法の行き詰まりを思わせる事態でもある。
国会は会期の終盤を迎えて与野党の対立が深まっているし、来月には予算編成や税制改正などで困難な利害調整が待ち受ける。首相はよほどの覚悟で態勢を立て直さないと、乗り切るのは難しいのではないだろうか。
沖縄本島中部の沖縄市沖に広がり、南西諸島で最大といわれる泡瀬干潟の埋め立てに「待った」がかかった。沖縄県と市による大規模な海浜開発事業への公金の支出が、那覇地裁で差し止められたのだ。
開発が認められた事業への公金支出は行政の裁量とされてきた。それを「無駄」だとして違法とする判決はきわめて珍しい。東海道新幹線に新駅を造るために自治体が計画した借金が差し止められた判例などはあるが、画期的といっていい。他の自治体への影響も大きいはずだ。
事業は干潟を含む約187ヘクタールを埋め立てて、人工島にホテルやビーチ、マリーナなどのリゾート施設を整備するものだ。国と県による埋め立てだけで約490億円。市による海浜開発に約275億円がかかる大型事業である。
沖縄市長選で「推進派」候補を破って当選した東門美津子市長は昨年12月、環境などへの影響を理由に規模縮小の方針を打ち出した。
だが、縮小案の具体的な土地利用計画が示されておらず、経済的に理にかなっていない。公金の支出は無駄な支出を禁じた地方自治法などに違反する。それが裁判所の判断だ。
企業誘致など土地利用の十分な見通しがないまま埋め立てた結果、土地を塩漬けにしてしまった例は数多くあるだろう。無駄になることを見通して、将来の公金支出に歯止めをかけた裁判所の判断は高く評価できる。
計画が持ち上がったのはバブル期の87年。沖縄市が目指す基地に依存しない地域活性化の切り札だった。バブルが崩壊し、進出企業の見通しが立たなくなっても、県は埋め立てを承認し事業は見切り発車した。「走り出したら止まらない」公共事業の典型だ。
泡瀬干潟は、貝や魚などの希少種や絶滅の恐れがある種の宝庫とされる。判決は原告の住民らが問題視した環境への影響にはあまり触れなかったが、観光立県の沖縄にとって、亜熱帯の豊かな生態系こそ一番の財産のはずだ。それを破壊しては元も子もない。
埋め立てについて賛否を問う住民投票条例案は、2度にわたって沖縄市議会で否決された。開発を優先させるか自然を保護するか、住民に意識の変化を確かめる機会を生かさなかった議会の責任も小さくない。
海域にはすでに外周護岸が建設されている。だが、本格的な埋め立て工事は来年1月からだ。いまなら、まだ傷は深くはない。判決を機に、開発計画をいさぎよく断念するべきだ。
熊本の蒲島郁夫知事が川辺川ダムに反対したのに続き、大阪など4府県が淀川水系のダム建設に反対を表明したばかりだ。無駄な巨大公共事業は大胆に見直すべき時代がきたことを、国や自治体の首長は自覚すべきである。