大きな曲がり角である。
米国の政権交代に先立って、イラク駐留米軍の撤退期限を定めた安全保障協定がイラク連邦議会で審議される。来年6月までに都市部から撤退し、2011年末までにイラクから完全撤退する--この筋書きがイラク国民の賛同を得られるかどうかが焦点だ。
原則としては外国軍隊の撤退は早いほどいい。オバマ次期大統領は、来年1月の就任から16カ月以内の米軍撤退を公約している。イラク国民の意向にもよるが、米国は「11年末」に縛られず、なるべく早い撤退を考えるべきである。
撤退を急ぐ経済的理由も強まっている。91年の湾岸戦争を指揮した米軍のシュワルツコフ司令官(当時)は「回想録」の中で語った。もしも米軍がクウェート解放後にイラク全土を占領していれば、巨額の駐留経費もあって「タールの穴に落ち込んだ恐竜」同然になっていただろうと。
今の米国が、まさにそうではないか。湾岸戦争から12年後のイラク戦争で、ブッシュ政権は莫大(ばくだい)な戦費を背負った。いまや金融危機の追い打ちもあって、もがき続ける「恐竜」のようにも見える。金融危機の国際的波及を抑える意味でも、米国は「脱イラク」を急がなければならない。
もちろん懸念もある。米軍が撤退すれば武装勢力がイラクに再結集し、また治安が悪化するのではないか、と。だが、そんな心配をすれば、米軍は半永久的に駐留するしかなかろう。イラク戦争開始から5年半余り。米軍駐留がイスラム世界で「占領」とみなされ、対立の火種になっている現実を忘れてはなるまい。
イラクに山積する問題を解決するのは、米国の軍事力ではなく国内各勢力の対話と協調である。近隣諸国の協力も不可欠だ。今のイラク指導部はイランとの関係が深い。他方、米国はそのイランにテロ支援国家のレッテルを張り、核関連施設爆撃の可能性さえちらつかせる--という3国の構図は見直した方がいい。
軍事力が限界に来ているのはアフガニスタンも同じだ。アフガン増派の方針を示したオバマ氏に対し、テロ組織アルカイダの幹部、ザワヒリ容疑者は「イスラム教徒の父祖を持ちながら、イスラム教徒の敵の側に立った」と非難した。
戦火は当分やみそうにないが、アフガン攻撃開始から7年余り。ここでも「タールの中の恐竜」のような米国は真剣に打開策を考えるべきだ。タリバンなど反政府勢力との対話は容易ではないにせよ、永続的和平には幅広い対話の枠組みが必要だ。
ブッシュ大統領はパレスチナ問題の仲介も熱心ではなかったが、「イスラム嫌い」と思われぬよう任期中にイスラム圏との対話に努めてはどうか。それは対話重視のオバマ次期政権にも役立つはずだ。
毎日新聞 2008年11月23日 東京朝刊