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襲撃・狙われた元次官:両事件、指紋残さず 浮かぶ計画性

 元厚生事務次官宅連続襲撃事件で、東京都中野区の吉原健二さん(76)とさいたま市の山口剛彦さん(66)のどちらの玄関ドアにも犯人の指紋が残っていなかったことが、警視庁と埼玉県警の共同捜査本部の調べで分かった。手袋をはめていたか指紋をふき取った可能性がある。吉原さんの妻靖子さん(72)が刺された殺人未遂事件では、刃物や宅配を装った段ボールを用意したうえで持ち帰っており、入念な下見をした疑いが強まっている。双方の事件に綿密な計画性が浮かんできた。

 ■刃物持ち帰る

 両事件とも、宅配業者を装って玄関を開けさせたと見られるが、中野の事件では、服装も作業着の上下を身につけ、野球帽か作業帽のような帽子をかぶっていた。住民から不審に思われないよう工作したとみられる。

 また、双方の事件で鋭利な片刃の刃物が使われたとみられるが、いずれも犯人が持参し現場に残さず持ち帰った。中野の事件で重傷を負った靖子さんは、宅配を装った段ボールを犯人が持っているのを目撃しているが、これも持ち帰っている。

 さらに、両現場では、玄関のインターホンやドアノブに指紋が残されていなかった。中野の現場では指紋をふき取ったような跡もないため、警視庁は手袋をはめていたとの見方を強めている。

 ■夕方の食事時

 犯行時刻はいずれも暗くなった夕方の食事時。家人がいるかどうかは、明かりを見れば分かる。

 山口さんは全国生活協同組合連合会の非常勤理事長で、週1回3時間ほどの出勤。夕方は自宅にいる可能性が高い。吉原さんは事件当時、学生時代のクラス会に出席するため外出中だったが、財団法人や非営利組織(NPO)などの役職は非常勤で自宅にいることが多かった。確実に元次官がいると思って狙ったと考えられる。

 ■ワゴン車

 中野の事件発生7時間前の18日午前11時半ごろ、現場から南東へ約150メートル離れた路上に、黒か紺色のワゴン車が止まっていた。運転席には、四角いつばの野球帽をかぶった男が乗っていた。年齢は30代ぐらい。靖子さんが見た犯人と年齢や帽子が似ている。前日午後1時半ごろにも、黒っぽいワゴン車が同じ道路に止まっていた。

 犯行時刻の18日午後6時半ごろには、この道路でスライドドアが閉まる音がして、車が急発進したのを住民が聞いている。車の待機場所や逃走方法をあらかじめ決めていた可能性もある。捜査幹部は「自宅が一戸建てで防犯カメラもないところを選んだのかもしれない」と話している。

 ◇逃げる靖子さん追い越して逃走

 中野区の吉原靖子さんが刺され重傷を負った事件で、靖子さんは犯人に室内で追いかけ回され、助けを求めて先に屋外に逃げていたことが警視庁の調べで分かった。犯人は決定的なダメージを与えるため、刃物を手に靖子さんを追いかけたが、屋外は目撃される可能性もあるため断念したとみている。

 靖子さんは東隣の民家の前の路上で倒れたため、犯人は靖子さんを追い越す形で逃走。残った足跡などから、犯人は近くの十字路を南東に曲がって逃げていた。

 自宅から約100メートルの足跡が消えた地点で警察犬も感知できなくなったことから、捜査本部は目撃されたワゴン車などに乗り込んで逃走した可能性もあるとみて調べる。

 ■識者に聞く

 ◇異例の「行政テロ」--中央大教授・藤本哲也さん

 元厚生事務次官の自宅を相次いで狙っており、少なくとも、襲撃者には厚生労働行政に不満があることがうかがえる。治安機関ではなく、純粋な行政機関が狙われた事件は極めて異例だ。「行政テロ」とも呼べる新しい類型の犯罪と言える。

 重傷を負った被害者が、襲撃者は30~40歳と証言している。その年代で厚労行政に不満を抱くとすれば、自分の学歴や能力に見合う生活を送れていないと感じている人物なのか。自分の親が年金や後期高齢者医療制度、介護を通じて不利益を被ったとも考えられる。いずれにしろ、自分を取り巻く環境を作った元凶は行政施策にあると考えている確信犯だろう。逮捕されても裁判で不満を公に主張できると思っているのではないか。

 厚労省は薬害や医療、年金で失策が続いた。社会の格差が拡大した時、批判の矛先が向かうのも厚労省だ。ゆがんだ社会構造の変化についていけず、いら立ちを感じている人も増えている。

 犯罪と経済情勢には密接な関係があるといわれる。自分の思想を暴力で表す行為は許されず、厳正に対処すべきだが、こうした事件が起こりうる社会情勢にあることを、国政を担う人たちは認識する必要がある。(ふじもと・てつや=犯罪学専攻)

毎日新聞 2008年11月22日 東京朝刊

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