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2008-11-20 21:30:11

シアワセのヨガリトリート。ちょっと長め。

テーマ:ブログ


『ヨガリトリート』と聞いて、ずーっとひたすらヨガのプラクティスを


しているものだと思う方もいるみたいですが、


ちゃんと遊んだりもしているのです♪


1923年に発見された11世紀に造られたとされる寺院遺跡の前で、


メイ (真ん中)と、日登美ちゃん (右)と一緒に。


日登美ちゃんは5歳年下だけど、なんと4児の母!驚きです。


こちらの、ゴア・ガジャ見学の後、尊い「聖水」が湧く泉がある


由緒ある寺院『ティルタ・ウンプル寺院』へ移動します。



泉の底を見ると、砂や小石を巻き上げながら、澄んだ水が


こんこんと湧き出ているのが分かります。


隣接する沐浴場も、聖なる泉から水を引いていて、


この沐浴場では今でも、バリ・ヒンドゥー教の祭日などの際、


教徒がお清めのために湧き水を浴びるそうです。




リトリートメンバーも浴びています。






私はこの後、飛行機に乗って帰国しなくてはならなかったので断念。


みんなのカメラマンとして、カメラ4台くらいを駆使し


聖なる瞬間を連写しておりました。







「ヨガのリトリートに参加した」と言うと、


「インストラクター目指してるの?」


「体柔らかくなった?体調良くなった?」


などなど、よく聞かれます。


確かに、こういうとても表面的なことが最初に気になるのでしょうね。


でも、ヨガのプラクティスをする人の中で、一体どれくらいの人が


『からだを柔らかくして、全てのポーズを完璧に美しくできるように


なりたいから続けているの!』


と思って続けているのでしょう?


少なくとも私は、そんなことはちっとも望んでいません。

そして、ヨガを通じて知り合った人の中に、


そういう思いを持って励んでいる人は、やはりいませんでした。


もちろん、できなかったポーズができるようになった時は


とても嬉しいのですが、それが目的ではないのです。







ヨガのプラクティスを通じて、


普段の生活の中ではなかなか感じることのできない、


大きな力(それを多くの人は、「宇宙」や「愛」と言いますが・・・)を


感じようとするのです。


でもそのエネルギーは、「見たり」「触ったり」「味わったり」


することのできない、私たちの五感のレベルを超えたところに


存在するものなのです。







あんまりスケールの大きなことを書いても


「???」だと思うので、これくらいにしますが(^_^;)


私が今回、バリのリトリートで感じた感覚を書きますね。


それは、


「私は、満ちている」


という感覚です。


「満たされている」


という表現とは、ちょっと違うのです。


「満ちている」


のです。


こんな感覚を持ったのは、初めてのことでした。


自分の中から湧き出てくる、愛とエネルギーで


満ちているのかな?


言葉で表現するのはすごく難しいのですが、


この感覚を持ったとき、私の心はとても静かで穏やかで


いたずらに不安を感じることがなくなりました。


言い換えると、


「足りない」


と感じなくなった、とも言えますね。


もしかしたら、これから先の人生で


「足りない」


と思う瞬間がまた来るかもしれない。


でも、今感じている私の心に戻ることができる。


たとえ戻るのに時間がかかっても、もうここにあるのだから


必ず戻ってこられる。


だから、やっぱりこれからはずっと


「満ちている」


のですね。


なんて、幸せなことでしょう。







この感覚を味わった時、


「あ、このことだったんだ」


と思いました。


「あなたは全てを持っている。あなたが今もし何かで


満たされていると思うならば、それは本当は「何か」という


物質で満たされているのではなく、あなたの中に


既に存在するもので、満たされているのだから」


こんな風に言われても、正直言って


ピンとこなかったんです。


でも、


「あ、これ・・・」


と確信したときに、猛烈な幸福感に襲われました。


ゴビとメイにそのことを話した時、本当に嬉しそうに


そのことを祝福してくれた二人。


その後、ゴビからこぼれる言葉に、私は我慢できずに


涙をポロポロ流してしまいました。







人は、「本心だ」と思っている心が偽りだったりするときがあります。


本人も気付かないんですね。


いや、気付こうとしていないのかもしれません。


気付くと面倒だから。


今までのパターン、習慣とは違うことをするとき、


人は少し恐れます。そして安住できる同じ環境を手放したくないと


ギュッとつかもうとします。


実は本心で愛している人ではない人と一緒にいるときもあるのです。


それは、「愛」から一緒にいるのではなく


「恐れ」から一緒にいるのですね。


「恐れ」から生まれたパートナーシップには、「足りない」、つまり


「満たされない」気持ちがつきものです。








実は、「私が」「私を」一番誤解していることだって


あるということなんですよね。


こんな風に思える機会を与えてくれた、全てのものに


感謝します。


バリに行く前と、行った後では、明らかに違う何かが


私の中にあります。


それは、あったかいものです。


写真の笑顔を見ても、それは明白。




何かに気付いたり、新しい一歩を踏み出そうとしたとき、


仲間はとても大切な存在です。


もちろん、導いてくれる存在があればなおのこと。


本でもなんでもいいと思うのですが、


今回の私にとっては、ゴビンダ・カイ でした。



・・・・と、このブログを書いていたら、ゴビからメールが。


感度がよくなると、シンクロしやすくなるというのは


どうやら本当のようですね。





ちなみに、ゴビの後姿かわいいんですよ。



左がゴビ。右は、バリで髪をハートに切ったジャロさん。


(岡山の方なので、「~じゃろ。」とおっしゃるので


そんなあだ名になりました。)






上手く書く自信はなかったけれど、


リナブロリーダーの皆様と、少しでもシェアできればと思って。


最後まで読んでくれて、ありがとう。