東京都杉並区で99年、保育園児の杉野隼三(しゅんぞう)君(当時4歳)がのどに割りばしを刺して死亡した事故を巡り、業務上過失致死罪に問われた医師、根本英樹被告(40)の控訴審判決で、東京高裁は20日、無罪とした1審を支持し、検察側控訴を棄却した。阿部文洋裁判長は「脳の損傷を想定するのは極めて困難だった」と述べ、1審が認めた治療の落ち度を否定した。【伊藤一郎】
隼三君は99年7月、盆踊り会場で転倒。綿あめの割りばしがのどに刺さり、杏林大付属病院(三鷹市)に運ばれた。耳鼻咽喉(いんこう)科の根本医師はのどに薬をつけて家に帰したが、隼三君は翌朝死亡。司法解剖の結果、折れた割りばしの一部が脳に残っていたことが分かった。1審・東京地裁は「脳の損傷を想定すべきなのに軽症と診断した」と根本医師の過失を認めたが、阿部裁判長は「当時の医療水準では、脳の損傷を疑ってCT(コンピューター断層撮影)検査などをすべき注意義務があったとはいえない」と過失を否定した。
さらに「死因は具体的に特定できない」とし、「CT検査をしたとしても救命や延命が確実に可能だったとはいえない」と結論付け、1審と同様に治療と死亡との因果関係を否定した。1審が「根本医師が落ち度を自覚し、隼三君の死後にカルテに加筆した」と指摘した点は言及しなかった。
患者さんに痛々しい死の結果を生じさせ、改めて哀悼の意を申し上げます。本日の判決で過失も否定され、裁判所の判断に感謝します。
主張が認められず遺憾。
「隼三の死が無駄にならないよう、医療に携わる皆様が努力してくださることを願います」。判決後に会見した隼三君の母文栄さん(51)は声を絞り出すように語った。「今回は納得できない結果です。『もう少し丁寧に診察すれば良かった』と言ってもらえれば苦しい闘いはなかった」と悔しさをにじませた。インターネット上には中傷する書き込みもあったといい、父正雄さん(57)は「遺族はクレーマーだという書き込みもあった」と怒りをあらわにした。
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■解説
医師に無罪を言い渡した20日の東京高裁判決は、捜査当局が医療事故の刑事責任を追及することの難しさを改めて示した。専門性の高い医療分野での事故を捜査対象とすることには、医療界の反発も根強い。事故原因を究明し、再発防止策を講じる第三者機関の設立など、医師と患者の双方が納得できる公正なシステムを構築することが急がれる。
現状では医療事故で家族を失ったことに納得できない遺族が真相を知るには、民事訴訟を起こすか、刑事訴追に委ねるしかない。医師側が争えば結論が出るまでに時間がかかり、裁判での真相解明は限界がある。遺族の心理的負担も大きい。
厚生労働省は6月、医療死亡事故の原因究明に当たる第三者機関「医療安全調査委員会」を設置する法案大綱案を公表した。案では、委員会は「標準的な医療から著しく逸脱」した場合などを警察へ通知するとしている。「逸脱」かどうかの判断基準を明確にし、医師と患者の立場を代弁する委員をバランスよく選ぶことにより、実効ある組織をつくることが求められる。
毎日新聞 2008年11月21日 東京朝刊