2008-11-18
■[発達障害]宇治小6殺害事件の再鑑定
再鑑定した精神科医が出廷し、「責任能力がないとまでは言い難い」との見方を示した。
精神科医は「(被告は)アスペルガー障害で、犯行当時は反応性幻覚妄想障害に陥り、剣を持った被害者の像などの幻視があった」と証言。「生徒としての被害者に腹を立てただけでなく、幻覚に影響されたからこそ犯行に至った」と述べた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081111-00000640-san-soci
弁護側の精神鑑定のようなので、この鑑定がそのまま採用されることはないと思われるが、犯行時に現実検討能力を疑問視する鑑定は興味深い。厚労省の研究では、広汎性発達障害の特性によって犯罪が起こることは示されていたが、現実検討能力はあることになっている*1。
反応性幻覚妄想障害というのは、短期精神病性障害(DSM-IV)短期反応性精神病(DSM-III)のことなのかと思ったが、文脈的には症状を示しているように読める。短期精神病性障害の診断基準は1日以上1ヵ月未満なので、1日未満だったということかもしれない。一過性の場合は短期精神病性障害の診断はおろせないようだ。このあたりは詳しくないのでよく分からないが、用語の問題はさておき、犯行時に精神病性症状があったということなのだろう。
*1:市川宏伸による分担研究http://www.autism.or.jp/kenkyuu05/h17-ishii/04.pdf。ここでは医療観察法についての言及もある。
2008-11-02
■[発達障害]「三つの苦しみ」子育ての地獄
「三つの苦しみ」子育ての地獄(AERA 9月29日) http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20080929-00000001-aera-soci
福岡の事件についてのAERAの記事がネットで読めるのでリンク。
文中には「したいことを中断されるとパニックを起こす」「衝動的に激しい行動をすることがある」「家中を走り回り、物を壊す。」などアスペルガー症候群の特性からくる症状と思われる記述が散見されるが、発達障害の特性ということが繰り返される。発達障害を持つ子すべてがこのような状態であったり、発達障害の子供を持つ親すべてがこのような心理状態に陥るという理解が広がったりするのはいいことなのだろうか。例えば、LDの子供を持つ親などは、この事件と自分の家庭が一緒くたにされることを歓迎しているのか、ということなどは気になる。つまり、誤解を生む表現になるのかもしれないが、LDによって子供を殺してもやむを得ない「地獄」のような家庭になっていると見られても構わないのかということである。アスペルガー症候群とLDの子供では家庭として抱える問題は違うので、多くの場合は的はずれな誤解になるはずだし、そういう形で、直接聞いてみたことがないのでどういう受容がされているのかはわからないが、発達障害というくくりでこの事件を語ることにはやはり違和感を感じる。それは、きっとアスペルガー症候群の子供を持つ家庭で家庭内暴力が頻発していることとも関連があって、この障害の特性とこの事件は無関連ではないのではないかと連想をしてしまうからであろう。ちなみに、母親は摂食障害にも陥っていたと記事にはある。
2008-10-31
■[発達障害]河村雄一ほか「豊田市における自閉性障害の発生率」
河村雄一・高橋脩・石井卓・荻原はるみ,2002,「豊田市における自閉性障害の発生率」 『第43回日本児童青年精神医学会抄録集』:160. http://ci.nii.ac.jp/naid/50000669253/
豊田市での自閉性障害の発生率の調査。1.72%という高率を出している。
【対象と方法】あらかじめ自閉性障害の初診時年齢を調査したところ、2歳台後半から3歳台前半に大きなピークがあり、5歳過ぎに初診となるケースは少ないことがわかった。そのため対象を1994年1月生まれ(センター設立時2歳3か月)より1996年12月生まれ(現在5歳)の、出生時に豊田市在住の児童、12589名とした。該当する児童の診療録を参考にするとともに、来所時にあらためて成育歴などを聴取し、初診時の診断をDSM-IVに基づいて検討した。
【結果】児童精神科初診時にDSM-IVによる自閉性障害の診断基準を満たした症例は以下の表に示すとおりである。
患者数 発生率 男/女 高機能(IQ70≦) 重度精神遅滞 94年 71 1.65% 3.73 64.7% 7.0% 95年 56 1.38% 4.09 58.5% 10.7% 96年 90 2.13% 2.00 63.5% 3.3% 合計 217 1.72% 2.88 62.6% 6.5%
学会発表の抄録でもともと1頁の資料。調べた限りはまだ論文としては出されていないようである。
記述量が少ないこともあって、いくつかよくわからないところがある。
第1にDSM-IVの精神遅滞の割合が非常に少ない点である。DSM-IVでの自閉性障害はいわゆる(狭義の)自閉症にあたる。自閉性障害がすべて知的障害を伴う訳ではないがDSMに「たいていの症例では,精神遅滞の診断を伴い」と書いてあるように知的障害を持つ割合は高い*1。この調査では6割以上が高機能群(知的障害がない)となっているので、他の研究との齟齬が著しい。
第2に発生率が非常に高いと言う点である。Chakrabarti(2001)では自閉性障害の有病率は0.168%である。「DSM-IVによる自閉性障害の診断基準を満たした」と資料には書いてあるのだが、DSM-IVを使った調査*2と比較して10倍ほどの値を出しているので、少し多すぎるように思える。ちなみにChakrabarti(2001)では広汎性発達障害全体の有病率は0.626%なので、もしこの調査が広汎性発達障害の調査だと理解しても豊田市のデータは3倍程度大きい値になっている。
DSM-IVに準拠とは書いてあるものの、やはり診断基準について詳しく知りたい。また、精神遅滞を伴う群だけをみても0.643%に上るので、自閉症スペクトラムの範囲を広げて軽度のものを含めた調査という訳ではないようである。対象は出生時に豊田市に在住とあるので、引っ越しによる数字の増加でもなさそうだ。
学会発表の抄録では限界があるので、やはり論文が読みたいところである。
追記:この調査はその後論文にされていたようです。AFCPさんに教えていただきました。ありがとうございます。
- Kawamura Y, Takahashi O, Ishii T., Reevaluating the incidence of pervasive developmental disorders: impact of elevated rates of detection through implementation of an integrated system of screening in Toyota, Japan. Psychiatry Clin Neurosci. 2008 Apr;62(2):152-9.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18412836
この論文のアブストラクトでは自閉性障害から広汎性発達障害に変更されている。これで第一の疑問は解決されるのではないかと思われる。診断基準については、アブストラクトに記載はないので、論文を読んでからの検討か。
2008-10-11
■[発達障害]アスペルガー症候群という用語はもう完全に捨ててしまうべきなのだろうか?
『総説アスペルガー症候群』にあるウィングの論文の締めの部分。アスペルガー症候群の概念が広がるきっかけをつくったウィングが回顧をしている。
本章の初めに述べたことに今一度立ち戻るならば、皮肉な言いかたに聞こえるかもしれないが、1981年の論文で「アスペルガー症候群」という用語を使った者の責任として、この用語が独立した実体として存在することに著者は強く反論する。著者が最初の論文のテーマにこの用語を採用した理由は、ドイツ語でアスペルガーが用いた「自閉的精神病質(autisticpsychopathy)」というレッテルを避けるためであった。ドイツ語では精神病質はパーソナリティ障害を指すが、英語では反社会的精神病質と同義に用いられることが多い。「アスペルガー症候群」という用語は、論を進めるのに十分ふさわしく、その行動パターンの性質について特別な意味を含まない中立的な言葉だと著者は判断したのである。また、アスペルガーが記述した一群の子どもへの理解が深まったのは彼のおかげであるという認識があったからでもある。困ったことに、言葉のレッテルは、造語者の意図などお構いなしにそれ自身の存在を主張するようになるという奇妙な癖がある。もし現在の状況を知った上で著者が最初からやり直すとしたら、このレッテルを採用するであろうか。たぶんそうはしないだろう。しかし、この用語は、自閉症スペクトラム障害という概念を広く普及させるのには役立っている。この用語の代わりに、高機能自閉症や平均以上の認知能力を持つ自閉症などの言葉を用いていたら、こうした結果になったであろうか。おそらくこうはならなかったかもしれない。だが、誰にそんなことがわかるだろうか。「アスペルガー症候群」という用語はもう完全に捨ててしまうべきなのだろうか? 著者には何とも言えない。この用語は今も臨床で用いられているのである。ひとつ明らかなことがある。パンドラの箱を開けた時には、その結果どんなことが起こるかを予想するのは不可能だということである。
- ローナ・ウィング「アスペルガー症候群に関する研究の過去と未来」『総説 アスペルガー症候群』561-581.