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社説

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元次官宅襲撃―社会の敵を許さない

 いったい何ということだ。

 衝撃とともに、激しい憤りと強い危機感を覚える。

 厚生事務次官の経験者とその妻が、埼玉県と東京都の自宅で相次いで殺傷された。自由な社会を不安に陥れる、憎むべき犯罪である。

 9年前に次官を退任した山口剛彦さんが、妻とともに命を奪われた。その惨劇が報じられた日の夕方、今度は社会保険庁長官も歴任し、18年前に退官した吉原健二さん方で、宅配便を装った男に妻が胸などを刺された。

 ともに自宅の玄関で繰り返し刃物を突きたてられている。強い殺意があったとしか思えない。

 犯人も、動機も、背景もまだわからない。だが、官僚の元トップと家族が続けざまに狙われるとは、きわめて異様な事態である。

 問答無用の暴力は、これ以上ない卑劣な犯罪であり、私たちの社会に対する重大な挑戦だ。どんな理由があろうとも、断じて許すわけにはいかない。

 警察は連続テロの可能性もあるとみている。一刻も早く犯人を逮捕し、真相を解明してもらいたい。

 厚生労働省には、緊張と不安が走っている。歴代の次官経験者や幹部らの身辺警戒も始まった。同種の事件が起きないよう万全を期してほしい。

 年金記録や後期高齢者医療の問題など、厚労省はいま厳しい批判の矢面に立たされている。「爆破する」という脅迫電話が庁舎にかかったこともあるほどだ。

 元次官2人の経歴は重なり合っている。いずれも旧厚生省に入り、年金局長、次官と上りつめる中で年金改革に取り組んだ。三重県への出向経験も共通している。そうしたことは事件にかかわりがあるのだろうか。

 二つの事件が本当に結びつくかどうかは、今後の捜査を待たねばならない。犯人は官僚機構や政策への怒りを短絡的にぶつけたのか。それとも個人的な腹いせだったのか。もしも仕事や職場がからんでいるとするなら、退任からかなり年数がたつ元次官らを、なぜ今狙ったのか。警察当局は一つひとつ、慎重に見きわめてほしい。

 その上で気になることがある。事件のあと、インターネット上に「狙われて当然だ」というような書き込みがあった。ごく一部の人だろうが、あまりにも無責任で、背筋が寒くなる。

 過去にも、長崎市長や警察庁長官が撃たれる事件があった。行政や官僚のトップを暴力でねじ伏せようとする行為は、民主主義を脅かすものだ。

 今はけがをした被害者の早い快復を祈るとともに、一刻も早い事件の解決を望む。犯行の連鎖はなんとしても防がなければならないし、厚労省も決してひるんではならない。社会を守るために総力をあげたい。

麻生首相―景気対策まで先送りか

 国会の混迷は深まるばかりだ。

 政府が第2次補正予算案を国会に出さないなら、補給支援特措法と金融機能強化法の改正案の採決に応じない。民主党がそうこぶしを振り上げた。

 対する与党も態度を硬化させている。2次補正はあくまで来年1月の通常国会に出す。2法案の成立を期すため、「60日ルール」での衆院再可決も視野に会期を大幅延長する。真っ向からぶつかろうという構えだ。

 なんとも不毛なにらみ合いである。いくら会期を延長したところで、実質的に政治は足踏みを続ける。まさに「政治空白」である。

 衆院の解散・総選挙を先送りしたい与党、早期解散を求める民主党。福田前政権以来の綱引きが、麻生政権でもそのまま再現してしまった。

 打開するには、やはり早く総選挙をするしかないのだ。国民の信に支えられた政権をつくらない限り、政治の正常化への道は遠い。

 その意味で、この混乱の責任は首相が負わねばならない。一時は就任直後の解散を決意したようなのに、金融危機や与党に勝算が立たないことなどからずるずると決断を先送りしてきた。

 「政局より政策」「解散より景気対策」というのが、先送りのうたい文句だった。ならばそれを実行するのが、国民への最低限の責任というものだ。

 会期を延長するのなら、緊急の経済対策を盛り込んだ2次補正も提出し、成立させるよう努めるのが当然ではないか。与党の方針通りに年明けへ先送りすれば、首相が懸念する「年末の企業の資金繰り難」に間に合わなくなる。それでは筋が通るまい。

 2次補正には、選挙向けのばらまきだと評判の悪い定額給付金など撤回すべきものも混ざっている。一方で、中小企業支援策、雇用の安全網の強化策など急ぐべき政策も数多い。場合によっては野党に妥協し、修正してでも成立を急ぐべきではないのか。

 2次補正を出せば、民主党も審議の引き延ばしは難しくなる。与野党対立が残る金融機能強化法改正案については、迅速な成立を求めたい。

 福田前首相から引き継いだ消費者庁設置法案をはじめ、他の重要法案の審議に充てる時間も出てこよう。

 もちろん首相が嘆くように、法案の採決を急いだかと思えば、拒否に転じたりと対応をくるくる変える民主党の態度は無責任のそしりを免れまい。

 だが、与党も決してほめられたものではない。延長国会で野党の集中砲火を浴びれば、解散に追い込まれかねないと恐れ、急ぐはずの2次補正を先送りするというのだから。

 首相は勇気をもって与党を説得し、堂々と2次補正を出すべきだ。これもずるずる先延ばしでは、ただただ国民の審判を逃げているだけではないか。

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