アンケート御礼イラスト&SS

 

  

    

  

朝から降っていた雨が、昼過ぎには止んだ。
雲間から覗く太陽が暖かな陽射しを降り注ぎ、埠頭に吹く潮風の冷たさを和らげてくれる。

「柊悟」

手すりから身を乗り出すようにして海の彼方を見つめていた瑠弦が、長い髪を揺らして振り返った。

「向こうの岬よく見えます。木も緑も鮮やかで…とても綺麗ですよ」

辺りは雨に洗われて、どれもみなキラキラと太陽の光を纏わせていた。
売店の店先に置かれたテーブルも、木のベンチも。
鉄製の大型コンテナも、港に係留された巨大なタンカーでさえも。

「雨上がりだからな。…あの岬には小さい水族館があるんだ。子供の頃、行ったことがある」
「私も行きたいです」

身軽にひらりと水たまりを飛び越えてこちらにやって来た瑠弦が、にっこりと微笑んだ。

「水族館にか?」
「駄目…ですか」
「いや、構わないが。少し歩くぞ?」
「…はい!構いません」

肩を並べて歩き出すとすぐに、細い指先が俺の手の甲にそっと触れてくる。
時折瑠弦はこうして存在を確かめるように触れてくる。外を歩いているのでなければ手を繋ぐところなのだが、さすがにそれは互いに照れる。
もっとも、隣にいる相手の声に耳を傾け、こうしてゆっくり歩くだけでも構わないのだが。

「この前、はじめてのお客様にお出ししたお茶を褒めていただけたんです」

アルバイト先の中国茶房での出来事を、瑠弦が楽しそうに話し出す。

「お茶請けの豆腐花もすぐになくなってしまうので、もっとたくさん作ることになりました」
「そうか、ますます忙しくなるな」
「ええ。でも働くのは楽しいです」

ここでの生活に慣れるために。また一人の人間として自立してゆくために。偶然、隣町の小さな中国茶房での仕事を見つけてきたのは俺だったが、瑠弦は俺の想像以上に生き生きと仕事に励み、店の主人にもすっかり気に入られているようだった。

「今度、俺もそれを食べに行かないとな」
「あ、でしたら今度家で作りますよ。あれ、でも…」

瑠弦がチラと俺を見上げた。

「柊悟は甘いもの、嫌いでしたよね…?」
「え?あ、ああ…そうか、甘いのか」
「黒蜜をたっぷりかけるんです。ココナッツミルクと小豆とか、胡麻くるみ餡がお好きな方も多いですが」
「………」

つい味を想像して渋い顔になった俺を見て、瑠弦がクスクスと笑い出した。

近頃、瑠弦はよく笑うようになった。
以前のような、どこかに影を秘めた微笑ではなく、心から屈託なく声を上げて笑うのだ。
その明るい笑顔を見ているだけで、俺までいつしか微笑んでいるのに気づく。

今も、すれ違う人々が瑠弦の笑みに誘われたように微笑み、彼の姿をもう一度見ようと振り返る。
楽しげに笑う瑠弦の笑顔は周囲にまで笑みを運ぶのだ。

  

  

―――この笑顔の占有権は俺にあるんだがな。

そんな愚にもつかない言葉を口に出してしまいそうで、グッと唇を引き結ぶ。

 

 

 

「それじゃ、甘くないのを作りますね」
「ああ…いや。たまには甘いのもいいか」
「え?大丈夫ですか?」
「ああ。家に帰ったら、な」
「?…はい」

大きな目を瞬いて、瑠弦が澄んだ目で俺を見た。
今だけ。ほんの一瞬なら構わないだろう。

「行こう、瑠弦」

瑠弦の手をしっかり掴んで、引く。

「…はい」

手を引かれた瑠弦は僅かに頬を染めたものの、嬉しそうに微笑んだ。

     

     

 

 

 

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