アンケート御礼イラスト&SS
朝から降っていた雨が、昼過ぎには止んだ。 「柊悟」 手すりから身を乗り出すようにして海の彼方を見つめていた瑠弦が、長い髪を揺らして振り返った。 「向こうの岬よく見えます。木も緑も鮮やかで…とても綺麗ですよ」 辺りは雨に洗われて、どれもみなキラキラと太陽の光を纏わせていた。 「雨上がりだからな。…あの岬には小さい水族館があるんだ。子供の頃、行ったことがある」 身軽にひらりと水たまりを飛び越えてこちらにやって来た瑠弦が、にっこりと微笑んだ。 「水族館にか?」 肩を並べて歩き出すとすぐに、細い指先が俺の手の甲にそっと触れてくる。 「この前、はじめてのお客様にお出ししたお茶を褒めていただけたんです」 アルバイト先の中国茶房での出来事を、瑠弦が楽しそうに話し出す。 「お茶請けの豆腐花もすぐになくなってしまうので、もっとたくさん作ることになりました」 ここでの生活に慣れるために。また一人の人間として自立してゆくために。偶然、隣町の小さな中国茶房での仕事を見つけてきたのは俺だったが、瑠弦は俺の想像以上に生き生きと仕事に励み、店の主人にもすっかり気に入られているようだった。 「今度、俺もそれを食べに行かないとな」 瑠弦がチラと俺を見上げた。 「柊悟は甘いもの、嫌いでしたよね…?」 つい味を想像して渋い顔になった俺を見て、瑠弦がクスクスと笑い出した。 近頃、瑠弦はよく笑うようになった。 今も、すれ違う人々が瑠弦の笑みに誘われたように微笑み、彼の姿をもう一度見ようと振り返る。
―――この笑顔の占有権は俺にあるんだがな。 そんな愚にもつかない言葉を口に出してしまいそうで、グッと唇を引き結ぶ。
「それじゃ、甘くないのを作りますね」 大きな目を瞬いて、瑠弦が澄んだ目で俺を見た。 「行こう、瑠弦」 瑠弦の手をしっかり掴んで、引く。 「…はい」 手を引かれた瑠弦は僅かに頬を染めたものの、嬉しそうに微笑んだ。
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