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深く考えないで捨てるように書く RSSフィード

2008-11-18

自分が中年女になって気がついた

子どものころ、若かったころ、自分の目に映る母の姿は、なんとも保守的に見えた。

私は本を読むのが大好きだったし、父はよく本を読んでいたけど、母はほとんど読まなかった。読むのは、婦人雑誌料理レシピ本くらい。それも、自分が思春期になるころにはほとんど読まなかった。

私には読書を薦めるようなことを言うので、「お母さんは本読まないの?」と訊くと、「ちょっと読むともう目がチカチカして、頭痛がしちゃう」といつも答えるのだった。

また、母は私に比べると、漢字やちょっと凝った言い回しをあまり知らなかった。テレビのクイズ番組などを見ながら、「あー全然わかんないー、azumyはよく分かるわねぇ」と言っていた。雑学知識も、私のほうがよく知っていた。

母は生まれてから今に至るまで給料をもらう仕事をしたことがなく、ずっと専業主婦だった。何かにつけ「私は分からないわ」「私はダメだわ」「あなたはすごいわねぇ」と言い、「疲れた」「頭が痛い」と言っては休み、家族ハイキングに行けば「私足痛いから、先行って」と泣き言を言い、くたびれたと言って休憩するのだった。

そのころ、私から見て、先取の意識に富み、なんにでも果敢に挑戦するタイプの父と比べて、なんと母は保守的で、小さな人なのだろう、と思っていた。


大人になって、いろいろなことに気がついた。母は、実は、できる人だったのではないか? と。

母から聞いた話で、「高校のころ、自分のクラスは女の子が5人しかいなくて、男の子ばっかりだった」というのがあった。そのときは、へぇ、としか思わなかったが、今から思えば、母はおそらく、数学理科などの選択科目の関係で、そういうクラスに入ったのではないだろうか。母の高校時代といえば、昭和30年代前半。住んでいた地域も都市部ではなく、漁港のある田舎町であった。その当時、女子では高校進学しない子も多かっただろう。

母はその後、短大の食物科に入った。地元ではなく、遠い親戚の家に下宿しつつ通い、栄養士教職資格を取得して卒業した。それを生かすことは全くなかったが、母は、教職をとるためには余分に教職課程の授業をとらなければならず、周囲の友達はみなとらずに遊んでいたので、やめようかと思ったけど結局とった、と言っていたことがあった。

母は、難しい言い回しは知らなくても、数字や理科系の話には全く抵抗がなかった。数理は父が得意だったから母の出番はなかったが、今から思うと、母は実は中身は理系女子だったのでは。そう考えると、いろいろなことが辻褄があう。

母は読書はしなかったけど、手芸工芸からスポーツに至るまで、多種のお稽古ごとをやっていた。それぞれに、そこそこの作品を作っていた。ハイキングでは疲れるらしいが、軟式テニスは大好きだった。結婚前にやっていたものを含め、実際にやったお稽古ごとの種類は十を下らない。

教える要点をまとめるのも上手だった。教えるといっても、家の中で私や妹に教えるだけだが、料理の仕方のポイント家事生活上での要点など、今思えば、短い時間で上手に説明してくれた。おかげで、大して手伝いもしなかった私でも、いつの間にやらずいぶんといろいろなことを知っていた。

実は、母っていろいろなことに果敢に挑戦する、知的で好奇心の強い人だったのか?

そう気づいたのは、本当に、成人して随分たってからなのだった。


さて、私も40歳、胸張って中年女と名乗れる域である。

読書の大好きなはずの私も、最近は本を読むのがつらくなってきた。もともと強い近視なので老眼の影響はまださほどないだろうが、文章を読んでもなかなか頭に入らない。集中して読めば入るが、そうすると今度は途中であれやこれや中断されるのがつらい。特に、物語にはあまり興味がなくなった。昔ならわくわくしながら読んだ物語が、あーそうですか、はいはいそういう展開ね、という感覚になってきた。実用書や軽いエッセイなどばかりになった。

ちょっと気張って出かけると、すぐに体のあちこちが痛くなるようになった。緊張しているうちはいいのだが、家に帰るとどっと疲れが出る。ああ、この様子、昔の母にそっくりだ。旅行やレジャーに行っている間はとっても元気なのだけど、家についた途端、「はぁーー疲れたっ」とがっくりする。

年取るってこういうことなのか、若いころはできていたこと、若いころはどんどんやりたいと思っていたことが、しょぼんと萎んできてしまう。

そして、あのころの母を思い出すのだ。母もそうだったのかな。若いころは才気煥発、夢いっぱいだったが、30代後半〜40代、50代となると、体も頭も萎んできてしまって、いろいろつらかったのかな。更年期障害もあったしな。


さて、母は。

今は60代、2人の子も独立し、今や悠々綽々、あのころよりも元気。最初は「一人で海外旅行なんて行けないわ……誰か一緒に行って」と家族にぼやいてた人が、自分から友達を誘ってツアーへ行ったり。「病気かしら、体調が悪いの」と言いつつ、体操教室に通って元気に体操。飲めるときは酒を楽しみ、居酒屋にも出かける。ちなみに父は全く飲めない。

どうやら、これが本当の母の姿らしい。私たちが若いころ見ていたのは、「母親はこうあるべし」という猫をかぶった母だったのだ。いや、正確には、何か、精神的にたがをはめられた状態だったのだろう。私たちという。

そして、私は。

今は萎んでいても、また膨らめる機会もあるもんだな、じゃあ焦ることもないか、と、日々を過ごしている。

娘たちが自慢げに「これ分かる?」「ねー、これすごいでしょ」と言ってくると、「あーすごいね、ママは分からないなぁ」と返す。

これだ、これだったんだよ! 親って本当に分からないわけじゃなくても、「分からない」って言うんだね!

T・伊藤T・伊藤 2008/11/18 12:38 >親って本当に分からないわけじゃなくても、「分からない」って言う
ここが父親と母親の違いですな。有るかもどうか疑わしい威厳を保つため、父親は「判らない」とは言わない。言いたくないのであります。子供に「お父さん、すごいね。何でも知っているんだね」と言われたくて、即答出来なければネット検索を使い。「さっきの話だが、あれはカクカクシカジカ・・・」
判ります?きっと井村センセも同じですよ?

azumyazumy 2008/11/18 13:04 >T・伊藤さん
おお、そうだ! 父親と母親の違いはありますね。その通り、夫も、私の実父も同様です。「分からない」とは言いません。
しかし、夫は、面倒くさいのか、分からないことがあると、わざわざ調べたりせず、訊いてきた娘をくすぐって誤魔化しています。父ちゃん……威厳どころじゃない。

mike_nmike_n 2008/11/18 13:25 > 本当に分からないわけじゃなくても、「分からない」って言う

これって子どもが小さければ小さいほど、そうですよね(^^
「ここも分からないから教えて?」なんて言うともう、超得意な顔で調べてきて教えてくれます。あれが可愛くて可愛くてw

trshugutrshugu 2008/11/18 15:03 これは良エントリ。

同じ立場になってこそわかることってありますよね。
そして月日が経つごとに後悔の連続ですよ。

azumyazumy 2008/11/18 17:28 id:mike_nさん
コメントありがとうございます。
>これって子どもが小さければ小さいほど、そうですよね(^^
そうですね! 小さな子の「これ自分が見つけたんだよ!」の得意顔、私も大好きです。何度でも「分からないな、教えて」って言いたくなりますね。
こんな顔をしてくれるのも、小学校低学年くらいまでなのかな。上の小1娘は、まだ自作のなぞなぞで自慢げな顔を披露してくれています。

azumyazumy 2008/11/18 17:34 id:trshuguさん
どうもありがとうございます。
若かったころの自分が最大限の想像力を働かせていたら、親の気持ちが分かっただろうかな、と考えると、やっぱり分からなかっただろうな、と思うんです。自分自身が歳をとってやってきた世界は、まさに未知の領域でした。
ということは、これからさらに歳をとっていくと、また新たに分かってくること、発見することだらけなんでしょうね。

tetsuya_mtetsuya_m 2008/11/18 18:40 自分が親になって、初めて親の気持ちがわかるという発見はなぜかとても喜ばしい気持ちになりますね。子を持って知る親の恩って自分で体験してみると、深い諺だなぁと思うようになりました。

知らないと言えないという父親の性質はぼくも持っているようです。

ぽよままぽよまま 2008/11/18 20:52 クイズ番組を子どもと競って見ている私は、まだまだ中年子どもですね^^;)A
良き母を演じるのが恥ずかしいのかも。

azumyazumy 2008/11/18 21:03 id:tetsuya_mさん
コメントをありがとうございます。
「子を持って知る親の恩」とか「親孝行したい時には親はなし」とか、やはり昔から伝わっている言葉は説得力があるものですね。「ああ、そうだったのか!」と気がつくことで、自分自身の親に対する見方や心持ちも変わってきますし、面白くもあり、ありがたくもあるなぁと思います。
>知らないと言えないという父親の性質はぼくも持っているようです。
父親の立場にある人はそういうものなんでしょうかね。mike_nさんへのコメントにも書いているように、私が「分からない」と言ってしまうのは、単純に子どもの得意顔が見たくてつい、という感じで、決して役割分担をしているわけではないのですが。T・伊藤さんやtetsuya_mさんのようなお父さんの立場からのコメントは、なるほど!ととてもためになりました。

azumyazumy 2008/11/18 21:05 >ぽよままさん
中年子ども、いいですね。お子さんと真剣に渡り合うの、とってもいいじゃないですか。
私の場合、いい意味では、子どもの得意顔が見たい、という理由ですが、往々にして(いや、こっちのが多いかも)「真剣に対応するのが面倒くさいから」という理由もあったりしますw 良き母と正反対ですよ!

y_arimy_arim 2008/11/18 21:20 ぼくは母から、理解の埒外として扱われていました。
暴力の対象、夫への憎悪のはけ口でもありました。
いまだに許すことができません。

t_jt_j 2008/11/18 21:56 全然そんな親子じゃないけど、なんだか心が和みました。
有難うございました。

yoshiesteryoshiester 2008/11/18 23:43 年をとると、なんでも肯定的に解釈するようになりますよね

azumyazumy 2008/11/19 07:03 id:y_arimさん
コメントをありがとうございます。
そういう関係の親子も実はまた多いのだろうな、とも思います。あまり表に出てこないだけで。
親と子だとうまくいかないからといって簡単に別れることもいろいろあってできず、かえってひどくつらい思いをするということもあるのでしょうね。

azumyazumy 2008/11/19 07:05 >t_jさん
こちらこそ、コメントをありがとうございます。
なごんでいただけましたか? 実はどっちかというと、この日記は「私ゃ実際中年になったら頭も体もダメになって、つらーい! かーちゃんもつらかったんだなぁ」という愚痴日記だったんです。いや、すみません。

azumyazumy 2008/11/19 07:07 id:yoshiesterさん
コメントありがとうございます。
>年をとると、なんでも肯定的に解釈するようになりますよね
はい、それは実感します。これが「角がとれて丸くなる」ということなのかなと思っています。怒ったり否定したりするエネルギーが枯渇するのかもしれませんが。歳をとると守りに入る、ってのはこのあたりとも関係あるんでしょうね。

azumyazumy 2008/11/19 07:08 スパムコメント1件を削除しました。

なまえなまえ 2008/11/19 08:14 素敵ですね。
母は包み込む存在なのだと思います。
父は引っ張る役目ですかね。

azumyazumy 2008/11/19 08:36 >なまえさん
どうもありがとうございます。
母は包み込む、父は引っ張るというご意見に、なるほどと思いました。自分は、そこまで懐が深くなるには、まだ修行が全然足りませんが。先は長そうです。

mamamama 2008/11/19 09:37 読んでいて涙目になりました
私も30歳後半
大人になって
子供を産んで
育ててみて
わかる事ってあるんですよね

hipsrinokyhipsrinoky 2008/11/19 09:55 むむ、これはコメントをせざるを得ないです。一介の父親ですが、とてもおもしろく読ませていただきました。

r3rr3r 2008/11/19 09:57 いいエントリーという意見に、賛成。深く考えないで捨てるように書く という ファーストラベルに、感心関心。
私は、以前、近いニュアンスのことを、「一般論の陳腐な結論で、お茶をにごすぐらいなら、投げっぱなせ!」と、表現しておりました。

fantasistafantasista 2008/11/19 11:12 azumyさんの日記も、みなさんのコメントもうなずくことばかりです。
「子を持って初めてわかる親の恩」まさにその通りですね。
中年になると若い時に普通にできたことがだんだんできなくなる。
初めはそれが悔しくてじたばた抵抗するんですが、そのうちだんだん諦めるようになる。
本を読んでもなかなか頭に入らず、集中力は続かなくなり、人や物の名前がすぐに出てこない。
自分の親を見て、若い頃バカにしていたのが恥ずかしくなりました。

azumyazumy 2008/11/19 12:39 >mamaさん
コメントありがとうございます。本当に、自分って分からないこと、知らないことだらけなんだなぁ、とこの年になってむしろしみじみ思います。自分がその立場になったとき、意識しないうちに同じことをしていた、というのは、親子だけじゃなくて、他のことでもあるんですよね。

azumyazumy 2008/11/19 12:41 id:hipsrinokyさん
コメントありがとうございます。おもしろく読んでいただけたとのお言葉、本当に嬉しいです。ほんとに、ただなんとなく書いちゃっただけの文章なので、お恥ずかしいですが。

azumyazumy 2008/11/19 12:43 >r3rさん
どうもありがとうございます。ダイアリーのタイトルを褒めていただけたのがさらに嬉しいです。「投げっぱなせ!」いいですね! ここはまさにそんな感じで書いてます。ロストボールしてることも多々ありますが、気にしなーい。

azumyazumy 2008/11/19 12:48 id:fantasistaさん
コメントありがとうございます。
もう、おっしゃる通りです。親を含めた大人を超えて自分が自立していくためには必要な気持ちだったのでしょうが、若いときの自分を思い返すと、なんと生意気で世間知らずなことを考えていたもんだなぁ、とやはり思います。当時の大人たちはそんな様子を見て「若いうちはそれでいいんだよ」って思っていたのかもしれないですね。恥ずかしくはあるんだけど、それも若いときには必要なことだったのかな、とも思うのでした。

kominaokokominaoko 2008/11/19 13:20 「昭和30年代前半に高校生、漁港のある田舎町」って、私の母とよく似ていて驚きました。
母は、もう少し年齢が上ですが、今でも地元では進学校として名の通った公立高校の、男女混合の進学クラスだったらしいです(なんと、つい数日前に初めて聞いた)。
父親(私の祖父)は、「女は勉強せんでええ」ということで、大学進学まではしなかったらしいですが、母親(同祖母)が「勉強できる時に勉強した方がいい」と言っていたそうです。スポーツもよくできる「才媛」だったらしい。でも、高卒後は花嫁修行をして、すぐに結婚、すぐに2児の母。うちは、父が典型的な「働きバチ」で、事実上の母子家庭だったので(笑)、小学校の頃は、よく母に算数を教えてもらいました。本もよく読んでいたし、お稽古事もいろいろやってましたね。
子供に「分からない」と言えるのは、精神的に余裕があるのかもしれません。もうすぐ50歳の私は、クイズ番組を見てマジで答えようとするので、中学生の娘に「ウザイ!」と煙たがられています(^^; まだまだ、欲が深いのかもしれません。ステキな中年女になりたいです。

komakoma 2008/11/19 20:35 こんばんわ。
いつも楽しませてもらっています。

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