建築探偵告知板
このページはとりあえず、建築探偵桜井京介の事件簿シリーズについて説明するためにあります.すでに長くこのシリーズを読み続けている人には、ほとんど当たり前のことです.ただ新しい読者さんからの良く聞かれる質問が最近多いので、そのへんのことをこちらで書いておこうと思います. (篠田真由美)
手紙の書き方 ルールとお願い
いままでもたびたび日記上で、手紙の書き方やマナーというお話をしてきました。こちらからのお願いにはわりとリアルタイムの反応が戻ってきたのですが、しばらく経つと又元の木阿弥、ということが繰り返されてしまうようで、困ったものだなあと感じることがしきりです。そこで告知板に「ルールとお願い」を常時掲載しておくことにしました。「ルール」はぜひ守っていただきたいこと、場合によってはお返事を出せなくなるくらいの決まり事で、「お願い」は出来ればという希望です。
また、これは基本的に篠田への手紙に限ってのローカル・ルールとお考え下さい。決して普遍的なものではありません。かといって別段特殊なお願いではなく、篠田が「当然のマナー」と感ずる事柄ではあるのですが、マナーも時代により、場合により、変化していくものですから、あるものについてはすでに時代遅れな事柄になってしまうかも知れませんが、そこは篠田のわがままとして要求させてもらいます。手紙の用途によっては、常識と非常識が逆転することもあり得ます。そのあたりをお含みいただいて、ご一読願えればと思います。
ルール
その1 宛名書きは所定の出版社郵便番号、住所、会社名、部署名に「気付」をつけて「篠田真由美様」あるいは「篠田真由美先生」。「篠田真由美さん」はNGです。実際におられましたが。まだいないけど「篠田真由美殿」も駄目ですよ。ただし本文中での呼びかけは「篠田さん」でまったくOKです。
その2 差出人住所氏名は郵便番号も含めて正確に、数字など読み間違えがちなものは特にご注意を。それによって返事を出します。郵便番号がないといちいち調べなくてはならなくて、手間がかかります。他のことでもそうですが、書かれる方は1通でもこちらはそうではありません。些細な手間も積もり積もればずいぶんな負担となることを、想像力を持ってご理解下さい。
その3 封筒の口は糊で貼り、出来れば両隅に少し隙間を残すこと。カッターやペーパーナイフを入れて開封出来るようにするためです。時には糊が多すぎて、便箋が貼りついてしまっていることがあります。セロテープやホチキスはNG。ダイレクトメールみたいで美しくないです。それから封筒の閉じ目には、「〆」を書くか、シール、ハンコなどをつけましょう。これは本来「誰も開封していない」というのがわかるようにするためのものです。
その4 内容文面は手書き、ワープロ、いずれもOK。ただし紙の色の濃すぎるもの、文字の薄すぎるもの、書き殴ったような度を超して判読しがたいものは嬉しくありません。また文字を赤やオレンジといった色で書くのは、目が疲れるだけでなくマナー的にNGです。絶交状は赤で書いたと申しますから。
その5 ペーパー頒布などで宛名カードを送られるとき、ご自分の名前に様をつけないで下さい。最近は反対の常識が広まりつつありますが、ここは篠田のローカル・ルールとして「様」抜きでお願いします。
その6 往復葉書で予約受付をする通販はもうやらない予定ですが、止めようと思ったのは往復葉書の返信欄に自分の文面を書いてくる人が複数いたこともあります。こちらで葉書を用意して返信しましたが、そうした方からはなんのご挨拶もありませんでした。
葉書をお送りして2ヶ月もしてから、手紙も無しに小為替を送ってきたケースもあります。当初から締め切りを設定したわけではありませんが、これはあまりにも非常識ではないかと思います。こうしたマナー違反には打つ手がありません。結果的に「二度と通販はやらない」という結論を出しました。
無知や不注意からマナー違反をすることは、誰にとってもあり得るし、仕方のないことだと思います。そのような場合、「すみませんでした」の葉書一枚でもいただけたなら、どんなにか気持ちが済んだことでしょう。長い詫び状を一年後に送るより、急ぎの葉書を一枚一週間で届ける方がマナー違反を回復するには役に立ちます。だんまりしか戻らなければ、悪いとも思っていないのだろうとしか考えられず、こちらもそれなりの対応を考えるしかありませんでした。お心覚えの方、ご一考下さい。
お願い
その1 お便りについては内容はもちろんご自由ですが、最初に「篠田真由美様」と相手の名前を書いてから始め、最後に自分の名前を書く、ワープロなら名前だけは手書きする、というのが一般的なマナーです。また初めてのお便りの方は、簡単に自己紹介をしていただけると読みやすくて有り難いです。そしてこれは純然たるお願いの範疇ですが、誤字の多い手紙というのはやはりどんなに内容が良くても、それが三割引になってしまうからあなたが損をします。出来るだけ面倒がらずに辞書を引く習慣をつけましょう。社会に出てから(社会人の方はもちろんのこと)役に立ちます。
その2 ペーパー頒布で宛名カードを作られるときは、文房具店で「マイタック」という商品名で売られている白地のシールに手書きすると簡便です。それがなければ裏に両面テープをつけるという手もあります。普通のメモ用紙だったりすると糊で貼らないとならないわけで、書かれる方は1通でもこちらはそうではありません。以下同文です。
その3 切手を送られるとき、封筒に1枚2枚直接入れてこられると、行方不明になる場合があります。それから切手1枚の端を(シートの耳ではなく切手そのものを)便箋に張り付けてこられた方がいて、剥がしたら破れそうになりました。これだと使うに使えないわけで、書かれる方は1通でもこちらはそうではありません。以下同文です。
その4 これもお願いと趣味の範囲ですが、「頑張って下さい」というのは、少なくとも肉親でない、面識もないに等しい年長者に向かって使うには慎重になるべきことばです。読者の方にとって篠田はある意味親しい存在かも知れませんが、当方からすれば残念ながらそうではありません。杖を突いて歩く見知らぬ老人に「頑張って下さい」とはいわないでしょう?
「ガンバレ」は便利すぎて思考停止になりがちなことばでもあります。たとえば鬱病の人間には、それが背中を突き飛ばすような響きを持ってしまうことさえある。そして物書きというのは冗談抜きで半分病気のような人間です。あなたのことばは容易く私を感激させ、あるいは傷つけます。ことばとは恐ろしいものです。自分の書き発言することばで人を殺すこともあり得るのだ、ということを忘れてはならないと、これは自戒もこめてのお願いです。
付録/差し入れのルール
イベントでお会いする方、サイン会に来て下さる方から差し入れを頂くことがあります。どうかそうした場合、忘れずにお名前ご住所を添えて下さい。このお願いには「良くも悪くも」の意味があります。「良くも」は出来るだけお礼状を差し上げたいから。「悪くも」は、悲しい話ですがいまの時代には、どこのどなたともわからない方からいただいた飲食物を口にするのはためらわれるからです。
篠田はどちらかといえば品物より、お便りをいただける方が嬉しく感じます。甘党ではないし、紅茶やコーヒーも消費する量は知れているので、食べきれないほどのお菓子や飲みきれないほどのお茶は、正直な話後の処理に頭が痛いのです。
またイベントでも著作にサインは喜んでいたしますので、気軽にお声をおかけ下さい。ただしそれは篠田の著作物に限ります。秋月杏子さんの同人本に篠田のサインを入れるのは、いささか筋違いかと思うのでお断りしています。悪しからずご了承下さい。
今回の同人本、及び通販についての感想
篠田がコピー以外の同人本を作って、イベント販売と通販をしたのが今回で三度目。その結果を踏まえて、いくつかの感想と結論めいたものがある。ただしその結論を先に言ってしまうと、今後同じような形で本を作って売るということはたぶんないだろう、ということになる。「イベントには行けないので通販をしてもらえて嬉しい」というたくさんの感想をいただいているにもかかわらず、だ。ある程度の人数の方を直接相手にすると、どうしてもその中の結果的には少数ではあるのだが、「困った人」に足を引っ張られて、否定的な結論にたどりついてしまう。
印刷200部限定というのは、いかにも少なすぎたかもしれない。だがそれは結局の所作者自身が決めるべきことであって、どこからも不満の出ない答えなどというものはない。内容が特殊なものだから最低限、というのは当初から考えていたことで、それを不公平だ、とは考えないでいただきたい。宝くじの当たりはずれを、不公平だといって非難する人はいないはずなのだから。かといって少部数の増刷ではコストが限りなく高くなる。そして買う人が「高くてもいいです」といわれても、こちらにも常識的な一線というものがある。一冊800円というのは高過ぎも安過ぎもしない妥当な値段設定だと思う。
前回「秘密の本棚」のときは300冊初版で、200,100と二度増刷した。結果として最後の100冊は赤字に近いのだが、それについては納得の上のことだ。最後は往復葉書で人数をカウントしながら販売したが、これが非常にうまくいったので、今回は全面的に往復葉書方式でやってみた。ところが、整理番号を書き忘れる人、往復葉書の返信の方に文面を書く人(これをされると返信が出来ない。結果として50円が無駄)、そして整理番号を差し上げたにもかかわらず申し込みをくれなかった人が4名もいた。番号の書き忘れはカバーできたし、往復葉書の使用ミスはこちらが50円を負担して返事を出した。しかし申し込みをくれないとなると、数のカウントが出来なくなる。120枚のうちの4枚だから決して少ないとはいえない。これでは往復葉書方式をこれ以上拡大するのは無理だろうと考えざるを得ない。
代案はいわゆる同人本取り扱い書店で、通販の代行をしているところに依頼してこれをやってもらうということで、大量の同人本を販売している人は最近ではみなこれを利用しているらしい。だが篠田は同人本の刊行にともなって読者から寄せられる手紙を楽しみにしているので、こうしたサービスを用いることは本末転倒である。その方が本を手に入れたいと思う人にとっては、手軽だし面倒でもないとしてもだ。後は私書箱を利用するなどだが、私書箱というのはそう簡単には借りられないらしいし、郵便振替口座を利用すれば結局手紙の受け取りは不可能になってしまう。
つまりたぶん他の手段はないし、篠田が通販にともなうトラブルに耐えない限りは、通販とともに得られる喜びも得られないということだ。そしていまのところ、マイナスとプラスを秤に掛けて、またこういうことをやるのは辛すぎるな、と思ってしまうわけだ。夏冬のコミケにはまだ当分顔を出すだろうし、友人のスペースで売り子の手伝いもすると思うが、通販をしないというだけでなく、本を作ることはまずないと思う。ひとつには建築探偵のスペースが減ってきて、もしも篠田がスペースを取るとその分ファンの人が落とされてしまう可能性があるからで、それもまた本末転倒以外のなにものでもない。
そんなわけで篠田の同人活動は、終息に向かう可能性が高い。あまり先の見通しがつくタイプではないので、やや曖昧な口調になってしまうが、いまの気分は「本業に精を出しましょう」というところ。数年後に建築探偵シリーズが取りあえずの大尾を迎えたときには、どんなかたちにしろ「建築探偵読本」のようなものを出したいとは思う。商業出版でそれが不可能なら、同人本でやる可能性は無論ある。その場合はそれなりの部数が動くだろうから、代行業者のお世話になるかも知れない。
いまのところはなにもわからないし、なにも決めてはいない。ただ、確かなのは篠田がこれからも小説を書いていくということだけだ。どこでも本を出してくれなくなる日が来たら、それこそネットに広告して百冊単位の本を売るようになるかも知れない。そういう最後の手段として、同人本というのは有り難いものだけれど。
通販でいただいた代金はプールしてあるので、次回建築探偵のための資料本代にさせていただく予定。皆様、本当に有り難うございました。
{2004.06.07『失楽の街』発売日に}
第一章 建築探偵シリーズの構成
建築探偵シリーズは本編15巻で完結します.それぞれ五巻ずつ、第一部、第二部、第三部となります.短編集、番外編はこれに含みませんので、2002年秋現在本編が九巻、番外編が二巻となります.番外編が全部で何巻になるかは、いまのところ不明です.
建築探偵シリーズ本編は、原則として年に一冊の刊行ペースを守ります.番外編はこれからはずれる場合があります.物語はそのままひとつの世界を構成し、その中では時間が経過します.シリーズとしての流れにこだわりたい読者は、第一巻『未明の家』からの通読をお勧めします.ただし、すべての物語は独立した作品となっていて、原則的にミステリのネタバラシはありません.したがってどの順番で読むのも、一部のみを読むのもそれは皆さんの自由です.
また文庫化はこれも一年に一冊ずつ、現在のところ第四巻の『灰色の砦』までが文庫になっています.篠田は文庫化のときに、徹底してテキストに手を入れます.ミステリとしてのプロットは変化しませんが、キャラクターの描写などで書き換え、書き加えが多々あることになります.それはひとつには、シリーズが成長の途上でキャラクター像に多少の変貌が生じるからです.ノベルス版『未明の家』を読むと、桜井京介、蒼、栗山深春のイメージが多少違っています.
さらに、どうしようもなく発生する誤植の問題があります.作者本人はもちろん担当編集者、さらに校閲者が最低二度は原稿を読んでいるのですが、なぜか「こんな馬鹿な!」といいたくなるような事態はほぼ必ず起こってしまうのです.『綺羅の柩』なんて三度目のゲラ(念校といいます、念のため、という意味かしら)も見ましたが、やっぱり誤植は三カ所も発生しました.そんなわけでノベルスの初版を待ちかまえて買ってくださる読者さんには大変申し訳ないのですが、そうした間違いの訂正は二刷り以降ということになってしまいます.かといって「それじゃ誤植の訂正された増刷分を買おう」と皆さんが思われると、初刷りすらはけずに増刷もできない、ということになってしまうんですね.
そんなわけで、テキストとしての完成度は文庫版の方が断然高いです.それと文庫には、篠田からお願いして書いていただく小説家評論家の解説があります.篠田のあとがきもノベルス版と文庫版と両方収録しています.その代わり、文庫でそろえたい人はそれだけ待ってもらわないとなりません.一長一短というわけで、バランスは取れている、つもりなんですが.
お金がないから図書館で済ませる、という読者さん.その場合は必ず希望を図書館に出して、購入してもらうよう働きかけてください.本が売れないと小説家はご飯が食べられません.本が売れないと新刊も出してもらえなくなります.古本屋で買っても作者には一円も入りません.絶版本はしかたありませんが、それ以外の本はできれば新刊書屋で買ってくださいませ.それからこれは篠田だけでなく常識として、作家さんにサインしてもらえるチャンスがあったとき「ブックオフで買ってきました」なんてことはいわないように.もしも真実そうであったとしても、それは黙っておくのが礼儀ってもんです.
既刊シリーズ一覧(年月は初版刊行時)
第一部 1 未明の家 1994.4 講談社ノベルス
2000.1 講談社文庫 解説笠井潔
2 玄い女神(くろいめがみ) 1995.1 講談社ノベルス
2000.7 講談社文庫 解説千街晶之
3 翡翠の城 1995.11 講談社ノベルス
2001.7 講談社文庫 解説倉知淳
4 灰色の砦 1996.7 講談社ノベルス
2002.9 講談社文庫 解説鷹城宏
5 原罪の庭 1997.4 講談社ノベルス
第二部 6 美貌の帳 1998.5 講談社ノベルス
7 仮面の島 2000.4 講談社ノベルス
8 月蝕の窓 2001.8 講談社ノベルス
9 綺羅の柩 2002.8 講談社ノベルス
10 失楽の街 2003 秋以降
番外編 桜闇 1999.4 講談社ノベルス
センティメンタル・ブルー 2001.6 講談社ノベルス
angels 2003.5 講談社ノベルス
第二章 桜井京介の秘密
ええと、「早く次を」といわれるのと同じくらい、いわれて困るのが「桜井京介の秘密を早く教えてください」です.これも聞かれるたびに答えていることですが、「それがわかるのはシリーズが終わるとき」です.別に意地悪でこんなことをいうのじゃないですよ.栗本薫さんの「グイン・サーガ」で、グインの豹頭の秘密がわかるのは最終巻っていうでしょ、あれと同じ.グインは頭が豹なので、あれがなくなったらそれまでのグインとは別のものになっちゃいますよね.京介も彼の秘密が明らかになると、いまの彼ではなくなっちゃうんで、「桜井京介の事件簿」は終わるしかなくなっちゃうわけです.実を言いますと「やっぱり殺すしかないかな」とも思っていたんですよ.でも読者のごく一部に聞いてみただけで、ものすごい勢いで「だめっ」「いやっ」という答えが例外なく返ってきたもんで、作者も考えました.ううむ、篠田本人が死にますといったのより熱烈に、桜井京介の生存は願われているようではありませんか.これを敢えて殺したら、それこそどんな怒りが降りかかってくるかわかりませぬ.
というわけで、どうかご安心ください.彼は最終巻でも死にません.その後を書くかどうかはわかりませんが、彼は生きています.もちろんそれまでの「桜井京介」ではなくなっていますが.というわけで、シリーズが終了する前でも、これから篠田真由美の作品に現れる名前なしの登場人物が、実は京介の後身である、という可能性が大いにあります.年号が出てこない話の、名前は出てこないけどなにやら曰くありげな人物がいたら、彼かも知れません.それだけでなくいままでも、京介の秘密についての手がかりはたくさん散らばしてありますので、もう一度既刊本を読み返して推理してみられるのもよろしいかと思います.篠田の好き嫌いは当然反映されますから、他の作品も読んでみた方がいいですよ.たぶんあたらないだろうけど.
そう、当てられてしまったら正直困りますものね.だから「きっとこれが真相だ」と思った読者さんも、それを言いふらしたりしないであと何年が楽しみに待っていて下さい.
この冬に出す同人本にも、京介の秘密が少しだけ出てきます.もちろん本編しか読まなくても十分楽しめますから、そのへんはご心配無用.じらされるのも楽しみのうち、と思ってくださいな.
12/13書き加え
上記の文章だと、篠田が本当は桜井京介を殺したいのに、読者の熱意に負けて不承不承生かすことにした、みたいに読めてしまいますね.実はそんなことはありません.というか生かす方向で考えたら、その方がやはりいいんだろうな、と思えるようになったのです.死を美化することはいけないとも思いますし、京介が自分の「しようとしていること」をしてしまったら後は死ぬと考えていたら、それは逃避以外のなにものでもありません.もちろん彼は神代先生いわく「あの馬鹿」ですから、死ぬ気でいるのかもしれません.でも、作者がそれを赦したらいけないのです.やつには篠田真由美と篠田の読者をこれだけはらはらさせた責任があります.その責任を果たすためにも、生きていてもらおうじゃありませんか.そして天下の美青年がどんなおやじになっていくか、見せてもらおうじゃありませんか.(読者の皆様、そのときになっておやじ京介なんていやあん、とはいわないように.生きているってことは、老けるってことですぜ・笑)
プロフィール・ 桜井京介
彼の所有する戸籍に拠れば1969年1月静岡県生まれ 両親はすでに死亡とのことで、他の記録はない。しかしこれが果たして事実か否かは疑問である。我々が知る『桜井京介』の経歴は1984年4月、都内私立W高校入学から始まる。当時は神代宗W大教授の自宅に寄宿していた。入学時同校3年に遠山蓮三郎がいた。
1987年高校卒業後、3月から11月まで海外放浪。1988年4月W大第一文学部に入学。その年の11月から大学近くの下宿輝額荘に入居、栗山深春と相知る。
1988年下宿の閉鎖に伴いふたたび神代邸へ。薬師寺家事件の解明に関わり、蒼と三人で同居。
1992年4月大学院へ。これを期に大学近くの下宿赤心館に入居。蒼が神代研究室に出入りするようになる。
1996年院を卒業してフリーターに。
1999年春から、深春の住むマンションに半同居状態。現在に至る。
身長は180センチを超えるが姿勢がやや悪い。やせぎすだが意外に骨格はしっかりしている。屋外活動を好まないせいもあって、肌の色はやたら白い。髪や目の色素もどちらかというと薄いめ。床屋に行くのも嫌いなので、髪はときどき自分ではさみで裾を切っているらしい。神代邸に同居しているときは、神代氏が気が向いたときに縁側で切ってやっていた(切りすぎるので京介は嫌がった)。
目は切れ長でまつげ多く長い。鼻筋は通っているが鼻はそれほど高くない。機嫌が悪いときはことに、目つきがきわめて悪い。人の視線を受けると反射的に相手を睨む癖がある。唇の色はきれいなピンクで、口元は微笑むと温かだがめったにそういうことはない。
用のない人間は黙殺される。用がある場合は意外にマキャベリストで、にっこり笑ってお愛想をいうくらいのことは一応する。もっともそういう無理をすると疲れるので、後の機嫌がめちゃめちゃ悪くなる。そんなときに来合わせた人は災難。
好きな食べ物……食べるとき面倒が無く本を読みながら食べられるもの。例/カロリーメイト。大きすぎないおむすび。
嫌いな食べ物……食べるとき面倒なもの、本を読みながら食べにくいもの。例/殻つきのカニ、納豆(下を向いて食べていると前髪にくっつくから)。
ただし味覚音痴ではないので、うまいまずいはわかる。わかっても、まずいといいながら食べたりする。基本的に用意してもらえばなんでも食べる。仕事が詰まるとすぐ食事を切り捨てる悪癖がある。
嗜好品……酒は自分から進んで呑みたがることはめったにないが、飲ませればザル。顔にはまったく出ない。ただし、注意深く見ればいくらか唇の血色が良くなって、感情の抑制が緩み、それなりに口数が多くなる。彼に言わせれば『灰色の砦』で深春をたまげさせたときもやはり酔っていたそうだ。
コーヒーは中毒に近いが、どんなものでもそれなしにはいられない、というのは嫌なので、ときどきコーヒー断ちをしてみたりするが、蒼にカップを差し出されると、あっさり崩れたりする。煙草は基本的には嫌いだが、吸えなくはない。できないというのも嫌なので、なんでも一通りは試してみたいと思っている。変な意地っ張りである。
性格……自虐的というよりは、自分に対してサディスティック。どう違うかというとマゾヒストは自己愛が強いが、京介には自己愛が徹底して欠けている。意志の力に感情や肉体が従えないのは耐え難いと考えるが、それは自己愛というより自己に対する信頼や愛が乏しいせいだと思われる。そばにいる者にとっては、あまり精神衛生上良くない性格だ。
ただし、彼は自分が思いたがっているほど冷酷無惨でも、傍若無人でもない。真心を込めて懇願されれば、なんだかんだいっても結局手を差し伸べてしまう。そしてトラブルに巻き込まれたあげく、毎度自分の意志の弱さにげんなりするというわけ。そういう場合自分を引き込んだ他人を恨まないのは、彼の性格の数少ない長所だが、遊馬朱鷺のように自分を切り札に使おうとするタイプからはできるだけ身を避ける。
対人関係が苦手だ、と自認。基本的に他人との間に水をためた堀を隔てたい。人を遠ざける武器は無愛想と毒舌。ところがそれにもめげず臆せず堀を飛び越えてくるような相手や、逆にためらわず弱点を晒してみせる相手にはときどき陥落してしまう。彼に対してもっとも積極的だったのは遠山蓮三郎だが、正直なところ彼のようなタイプは苦手なので、堀は渡らせても本丸の扉は決して開けない。蒼のような無力な子供の視線には、進んで扉を開けてしまう。深春はがむしゃらに見えて繊細なので、むげに追い出せない気がする(やはり酔い冷ましのジャスミン・ティが効いたのであろう)。
蒼を我が子のように愛している。神代氏を実の親より遙かに敬愛している。深春を寒いときのこたつのように必要としている。だが意地っ張りの上にひどいへそ曲がりなので、誰にもそんな気持ちは見せたくないと思っている。そんなへその曲がり方の理由は、彼の親と家族との関係から発していることは間違いない。
趣味……日向ぼっこと昼寝。
能力、資格……運転免許はあるがペーパー・ドライバーに近い。ときどき思考が外へさまよい出すので、彼の運転する車には乗らないのが無難である。基礎体力が低いので運動能力については期待できないが、反射神経には優れているようだ。体力を補っているのは気力。ただし気力だけが先行してつっぱると、後で揺り戻しがひどい。
語学はわかっている範囲では、英語とイタリア語。英語はブリティッシュ・イングリッシュ。フランス語は簡単な会話程度。蒼のような直観像記憶はないが、建築研究のために訓練を積んだので、映像的な記憶力に優れている。
推理法……先入観に囚われぬ極めてニュートラルな視点の持ち主なので、他人が見落としがちな細部を拾い集めて隠された構図を再構成することが出来る。その基礎となるのは、上記の映像的な記憶力だろう。
第三章 次号予告
建築探偵番外編『angels 天使たちの長い夜』は5月10日頃発売予定です.
『センティメンタル・ブルー』収録の中編「ベルゼブブ」から繋がる蒼の高校を舞台にした長編です.
ご感想をお待ちしています.
第四章 建築探偵同人本について篠田が考えること
これはいままで篠田と手紙で話したり、篠田が参加した同人本のまえがきを読んでくれたりしている人には自明の話、繰り返しの話になります.だけど新しい読者は増えているはずだから、敢えてもう一度書くことにします.それから、「同人本ってなんだ」と思う人にとっては、ちんぷんかんぷんな、あるいは関係ない話かも知れません.そういう人は読み飛ばしてくれてもかまいません.
もともとはアニメから、そしてマンガ、ゲーム、小説にも広がってきましたが、愛読者がファンブックを作る、作品研究のようなものから、そしてもっとも多いのがパロディでその世界の設定やキャラを借りてマンガや小説を書いて本にする、という活動です.これを「同人本」と呼び、やっている人を「同人」、同人の集まり(ひとりでやってる人も多いですが)をサークル、サークルが集まっての同人本即売会をイベントと呼びます.そのへんの話はすると長くなるので、これ以上深入りはしません.とにかく篠田の建築探偵にもそうしたサークルが存在します.角川で建築探偵のマンガを描いてくれた秋月杏子さんとも、彼女の作った本を通じて知り合いになり、彼女の本に篠田が短編を寄稿する、ということもしばしばありました.
篠田は年齢的にこうしたサークル活動が盛んになった現在より遙かに昔の人間ですが、自分がいまの若者だったらきっと同人をやっていたと思います.もっともその場合、パロディよりはオリジナルをやっていた可能性が高いですが、自分が好きな作品のサイドストーリーを想像する、というようなこともありましたので、もしも惚れるものと出会ったら、パロディ同人をやった可能性も大いにあります.ですから当然、読者のその様な活動を否定するつもりはありません.それは作品を受け入れ楽しむ、ひとつのスタイルだと考えます.
ただ、なにもかも全面的にOKとはいえません.ひとつには現在の同人が、純然と楽しむためだけのものとはいえなくなっている側面があるからです.早い話、人が心血を注いだ作品を本歌取りして、楽しむだけ以上に利益を上げているような同人屋さんもいなくはないですから、その場合「著作権の侵害じゃん」と思うこともあります.もっとも建築探偵の場合、そんな「もうけている」とまでいえるほどの大手はいないようですから、「まあいいか」とも思うのですが.
もうひとつは、「なんで作者に隠すのか」ということ.後ろめたいことを楽しんでいるんじゃないか、という感じの同人さん、いますよね.本気で「著作権侵害しているからやばい」と思ってるようではなくて、ただ「ないしょ」を楽しんでいるようなケース.本気でやばいと思ってるなら、イベントなんか出なさんなよ.「すみません、侵害してますけど、これはお金儲けのためなんかじゃない、ただもう好きだからです」と本当に思うなら、一冊作者に送って一応は仁義を切れよ、と思ったのでした.
でもまあ、いまはそこまではいいません.京介や深春や蒼は私にとっても大切な子供ですから、それを妙な具合にいじくられて、名前しか同じじゃないようなので、しかもあんたこれいくらで売ってるの、といいたいような同人本は、見ない方が精神衛生上いいな、と思ったこともありましたんで.やるなといってもやるんだろうから、勝手に楽しんでちょうだい、私は見ない振りしているわ、という感じですね.
さて、普通の作家さんならそれでいいのですが、篠田の場合ちょっと先がある.篠田は有明にも行くし、秋月さんの本に寄稿するというかたちで、建築探偵のサイドストーリーを書いている.秋月さんのマンガでは、時には京介と深春が**なんかしちゃってる.篠田はそれを肯定するのか、じゃあ作者の本音ではふたりはそういう関係なのか、とまあ、こう聞きたい人もいるでしょう.
順番に行きますが、篠田は自分がイベントに行ったり、秋月さんのサークルで売り子をしたりすることを、隠したこともないし、恥ずかしいことだとも思いません.読者とそこで握手したり、サインしたり、ちょっとおしゃべりしたりするのは、とても楽しい息抜きの時間です.応援してくれる人がいる、と実感できるのは孤独な物書きにとって心強いことです.それから同人本に寄稿する短編は、講談社ノベルスの本編とは少し違った位置づけにあります.本編はみんなのものだけど、同人短編はもう少し個人的なもの.私の楽しみの側面が強い物語.だからこれは基本的に、秋月さんのサークルへのボランティア参加ということで、原稿料は無論もらっていません.
また、秋月さんの同人本は基本的に彼女のドリームによって描かれています.私はそれに同意しているわけではなく、ひとつのパラレルワードとして楽しんでいるのです.もちろん紛らわしい、という非難は甘んじて受けますが、人間は常に黒白だけで決められるものではない.いっぽうに小説家としての篠田真由美がいて、他方にプライベートな人間としての篠田真由美がいて、同人としてイベントに参加するのはその真ん中より少し小説家寄り.本屋のサイン会はもっとずっと小説家寄り.飯食って寝るのはプライベート、でも頭の中はしばしばずっと小説家.そんな感じです.
建築探偵のレギュラーキャラ同士に肉体関係はありません.それは読者ならわかってくれている、と思いたい.あり得たかも知れない別の物語を、紡ぐことは可能です.でもそれをしてしまうと、もう本編には繋がらなくなる.それでもパラレルワールドを楽しむことはできます.それが上手に作られていれば、ですが.私は秋月さんの短編マンガをそういう目で読んでいます.自分でも予想しなかった掘り下げをされていたりして、新しい発見を感じさせてくれるから、そういう意味でも興味深いのです.
わかってくれなきゃ困る、とはいいません.でもそれが私です.気に入らないという人は無理には引き留めません.どうぞ、お帰りはあちらです.聞かれたらいつもこういうことを答えます.私は読者と作品に対するときは、可能な限り誠実でありたいのです.またわからないことや聞きたいことがあったら手紙を下さい.身体が続く限り答えます.それが私の物語を愛してくれる人たちへの、私なりの責任の取り方だと思うから.同人本を作るのはいい、パロディを楽しむのは読者の権利.でも頼むから、紙人形みたいに私のキャラをもてあそばないでね.架空のキャラは切っても血が出ないと思うかもしれないが、私の心からは血が流れるんだ.
第五章 お待たせしました、蒼のプロフィール
通販のお申し込みの中に「京介だけでなく他のキャラのプロフィールも読みたいです」というご希望の手紙が複数ありました。いまは蒼が主人公の番外編のことを考えているので、蒼のから書いてみることにしました。
ただし蒼のプロフィールは、ネタバレしないように気をつけないといけません。それと、どの時点で書くかという問題もあります。直接物語に登場した中で一番小さいときは「ブルー・ハート、ブルー・スカイ」の、1991年、11歳。一番現在は最新長編『綺羅の柩』の中の2000年、22歳。その歳にしてはいくらなんでも言動が幼すぎる、という批判も頂戴しました。はい、母親としてすみませんと頭を下げます。
ただねえ、あなたはそんなにちゃんと大人? と聞いてみたくもなる。外面は一応ちゃんと「大人」していても、おなかの中は案外てんでこらえ性のない子供なんてこと、珍しくもないですよね。人がどういう場面で「子供」になるかといえば、それは絶対甘えられる人の前、に決まってます。誰だって歳不相応の「子供」の顔を、やたらな人に見せたくはない。だってそれは弱みですもんね。弱みを人には見せないよう、コントロールできるのが大人だ、ともいえる。
で、『綺羅』の中で蒼が愚痴をこぼしたのは深春の前ででした。いまの蒼はたぶん、京介の前では愚痴をいえないのです。深春になら甘えてぶちぶちいえます。それは蒼と京介の間に距離が開いてしまった、という意味ではない。深春にだけ頼っている、ということでもない。蒼対京介と蒼対深春では、関係性の性質が違うというだけ。つまり蒼にとっては京介は「父的」な、その人のことを思って頑張りたいと願うような存在であり、深春はそうではなく「母的」な、どんな場合でも赦してくれ受け入れてくれる存在なのです。
蒼は、たとえば大学の友人などの前では、決して愚痴をいったりしないと思います。高校のときよりクールさがはっきりしてきている気がします。蒼は強い子だから、他人に自分の保証を求めたりはしない。もちろんその強さの背後には京介たちがいるわけだけど、とにかく友人に対してはしがみつかないでいられる分、傍目から見ると妙にクール。それでいて決して拒否的ではなく、安心して相談を持ちかけたいタイプに見えているでしょう。
いずれそのへんも書きたいと思いますが、そう、深春や京介に見せる顔と、他人に対してとは全然違うのですよ。深春だから蒼は「京介が女の子と近しいのはちょっと嫌だ」という愚痴を、こぼしてしまったのです。普通なら決して覗き見られない本音というか、その一面を読者はこっそり見ている。それを心に留めて置いて欲しいのです。
正直にいいますが、こういうことは前もって考えてあるわけじゃありません。篠田はいつも、書くことによって考えます。キーボードの上を動く手が、考えているとでもいいますか。だから『綺羅』の「すねる蒼」を書いていたときは、実際、「えー、蒼ったらどうしたの?」という気がしたものでした。だけど、あのときはどうしても蒼がああいうふうにしか動かなかったのです。間違っていたら話が進みません。だから、あれはあれで正しいのだと思います。
いまから高校三年の蒼を書きます。『美貌の帳』の頃の、他の生徒と馴染めない、悩み中から、友人になった翳や峯生のおかげで抜け出してこられた、かなりたくましくなってきた蒼です。つらつら書いてきたおかげで心が決まりました。今回の「蒼のプロフィール」は高校三年生の蒼にインタビューです。質問者は篠田なので、蒼君やはりちょっと澄ましてますね。
「最初に京介のプロフィールで書いたこと聞いておこうね。好きな食べ物嫌いな食べ物」
「食べ物ですか。わりとなんでも平気で食べます。好きなものはね、真夏のかき氷とか。神代先生が前によく、子供のとき好きだったお店に連れていってくれたんです。そこのアイスクリームはさっぱり系で、冬になると昭和焼きって中にあんこの入った丸いのを焼いて店先で売ってて、あつあつのを抱えて帰ると、これがまた美味しくて」
「ははあ。あんたは甘党だ」
「うん。神代先生もお酒のみだけど、さっきの店の黒蜜あんみつとか、ときどき食べたくなるんですって。だからぼくもお相伴してました」
「嫌いな方は?」
「嫌いな食べ物は、特にありません。あ、でも、カップラーメンは……」
「へえ、珍しいね」
「食べ過ぎちゃったから、前に」
「ははあ。ひとり暮らしになって、自炊するのが面倒だったな?」
「えへ。でもいまはちゃんとしてますよ。深春に安くて手間がかからなくて美味しいの、いろいろ教えてもらったから」
「ふうん、たとえばどんなの?」
「電子レンジとオーブンをフルに使うんです。フライパンでベーコンと玉葱をざっと炒めて、レンジで柔らかくしたじゃがいもを入れて、胡椒振ってそのままオーブンで焼くと、ジャーマンポテトの出来上がり、とか。たくさん作って残ったら、今度はコンソメに入れて野菜を足してスープにする」
「ほお、それはうまそうね。──趣味っていったら?」
「うーん。コーヒーを美味しくいれること、かな」
「おや。君はコーヒーに関してはベテランでしょう?」
「まだまだですよー。最近はミルも買ったし、いずれはネル・ドリップに挑戦しようかと思ってます。ただそのたびに困るのは、味見で飲み過ぎると眠れなくなっちゃうこと。神代先生はどっちかっていうと日本茶党だし、京介たちがいないときは学校に持っていって、クラスの子たちに飲んでもらったりします」
「高校生活はどうですか?」
「えー。最初はいろいろきつかったけど、もうだいぶ慣れました。二年しかいられないのが、ちょっと残念な気もします」
「受験勉強は?」
「え、まあ、それなりに」笑って誤魔化してます。
「クラブ活動なんかはやってるの?」
「うちの高校は受験校なんで、あんまり部活は盛んじゃないんです。三年は実質的に抜けちゃうし。ぼくは二年で編入して、最初は全然それどころじゃなくて、そうしたら先生がかまわないからあちこち手伝ってみろって。うん。名前だけ出てきた藤原先生です。見かけは怖いけど、本当はすごく好い先生なんだ。それで、化学部に行って試験管洗いしたり、生物部も覗いたけど解剖は嫌だからパス。園芸部で花壇作りはずいぶんやった。美術や音楽は見学だけ。それから神代先生の毎朝の素振りを見てたから、剣道部もちらっと覗いて。それくらいかなあ」
「でも、友達はできたんだよね」
「はい!」おお、おめめキラキラだ。
「それで、高校に行くようになってから、京介や深春との関係変わった?」
「えっと…… 自分ではよくわかんないです。あんまりみっともないとこ見せて心配させたらまずいなあとは思ってたけど、よく考えてみたら結局深春には、ずいぶんしょうもないこと愚痴ったりしちゃったし。あ、最初の頃は京介にもなんだ。ただ、そういうのってやだなあっていうか、みっともないっていうか、後で自己嫌悪とか、そういう気持ち前は感じなかったかもしれない。なにかあったらふたりにも、神代先生にも平気で甘えてたし、けど、ぼくもういい歳だものね。そういうのってちょっと、良くない、でしょ?」
いい歳って、そんなこといわれたらアタシの立場はどうよ。
「まあもちろん、あんたがそうやってもっとしっかりしたいと思うのは、無理もないだろうけど、そんなにあせんなくていいんだよ」
「神代先生も、深春も、そんなこといってた気がするけど」
「でしょ。おっさんたちはさびしいのよ。もうしばらく甘えてやんなさいって」
「でも京介はいわないよ? だから京介は、ぼくがさっさと自立すればいいと思っているんじゃないかな」
「いやあ。あの馬鹿はやせ我慢大王だから」
「ね、京介の秘密ってなに?」
「えっ」ぎくり。
「そんなこと、あんたにだっていうわけにはいかないでしょーが」
「ずるい」
「睨むなっ」
「だって……」
「ええい、涙ぐむなっ。二十歳前の男が、泣き落としなんかするんじゃないっ」
蒼の事件簿
1991年2月 11歳 木谷奈々江さんの事件 「ブルー・ハート、ブルー・スカイ」
1994年5月 『未明の家』
10月 『玄い女神』
1995年4月〜 『翡翠の城』
1996年4月 私立向陵高校二学年編入
4〜12月 『美貌の帳』
11月 結城翳と知り合う
1997年3月 坂本広尾の事件 「ダイイングメッセージY」
4〜5月 「BEELZEBUB」
8月 『angels』
第六章 その他のキャラのプロフィール
長らくお約束しておりました栗山深春プロフィールをようやくアップします。
1969年3月 山梨県勝沼町の葡萄農家の三男として生まれる。上に兄ふたり姉ひとり。
下に妹や弟がいるらしいが正確 なところは不明ってことで。
1981年 中学1年 母方の叔父(当時大学生)の案内で東京に小劇団見物。
女優狩野都のファンとなる。
1987年 県立高校卒業 東京で浪人生活。夏、母病没。
長兄と対立、以後断絶状態。
1988年4月 私立W大学第一文学部入学。
11月 輝額荘入居、桜井京介と出会う。
1989年4月〜90年1月 初めての海外放浪。帰国後1年間神代邸に居候。
1992年 専攻へ進級。美術学科。
1996年 大学卒業。卒論は『写真における芸術性と事実性』。
1999年春 谷中のマンションで桜井京介と半同居生活。現在に至る。
身長184センチ。体重は公称76キロだが増加傾向にあるものと推測。色浅黒く体毛濃いめ。髪は真っ黒で直毛、固い、量多い。眉が濃くまつげが長く、鼻が高くて彫りが深い顔立ち。肩幅は広く胸は厚く、つまりちゃんとした身なりをさせればけっこう男前である。ただ服装はカジュアル派で京介とともにユニクロ愛用なので、『ちゃんとした身なり』をすることはめったにない。
深春という女性的な名前にコンプレックスを感じた少年時代だが、その名は実は母親がつけてくれたものなので、母の前では断固としてそういうことは口にしなかった。充分な母親孝行をする前に死なれてしまった、という後悔が強い。その反動として昔は強権的であった父親(いまは耄碌して軟化)や長兄(父に似ている)と折り合いが悪い。ただ兄嫁が非常に出来た人なので、彼女の顔を立てて最近は年賀状のやりとりくらいはしているし、母の墓参りもひとりでしている。もっとも年忌で顔を合わせた兄とはまた喧嘩した。
性格……温厚で協調性あり。未知の人間と仲良くなるのも上手い。ただしこれはある程度後天的に彼が身につけた処世術であるといっていい。『灰色の砦』を読めば分かるとおり、素のままの深春はわりと内省的で、孤独を好む部分がある。海外を貧乏旅行する内、現地の人々との交流やトラブルに出会って切り抜けるといった経験を積んで、自己改造してきたもの。天然の性格でないぶん、桜井京介のような一見正反対のタイプともつきあうことができるのだろう。
ただし世話好きで子供好きで動物好きは天然。動物は大きいほど好い。東京暮らしでは可哀想なので犬も猫も飼っていないが、本当をいえば田舎でムツゴロウさんのようにたくさんの動物に囲まれて暮らしたい。
好きな食べ物……嫌いなものがない、といった方が早い。ただし自分で料理する人間なので、無闇と気取った店の外食などは苦手。基本的には技巧を凝らしたフレンチや懐石料理などより、素材の良さがはっきりする素朴な海山の日本料理、イタリアンやトルコ料理が好き。スパイスやハーブを効かせたエスニック系も好み。旅先で食べた美味いものの作り方を調べて、日本で再現するのも好き。
嫌いな食べ物……まずいもの。やたらと高いもの。見てくれだけのおしゃれ料理。外食の場合の、注文しづらい変な名前のついたメニュー。
嗜好品……酒は甘ったるいカクテル以外ならなんでも。限界は試したことがないのでよくわからないが、ゆっくり飲めば際限なく飲める。料理には必ずそれに見合った酒を用意したい方。無論酒だけを飲むのが向いている酒ならこの限りにあらず。煙草は高校のときに少し吸って、浪人のときに止めた。コーヒーは嫌いではないが、本当を言うと中国茶なんかの方が好き。気が向くと中国で買ってきた茶道具を取り出して功夫茶をいれる。いつもはコーヒー党の京介につきあっている。
特技……有り余るほどの体力。寝溜め喰い溜め。体を動かすことは嫌いではないが、いわゆる先輩後輩関係が好きになれないので運動部で活動したことはない。中学生のときから写真部。演劇にも興味を持ったがもっぱら裏方。語学は独学の旅行者会話だが、一応英語とスペイン語。どこの国に行く場合も、こんにちはとありがとうとさようなら、くらいは覚えていく。運転免許は四輪の他二輪の限定解除。
趣味……気ままな旅行。パッケージツアーは深春にとって旅の内に入らない。実はわけあって参加したことがあるが、ストレスが溜まって添乗員と喧嘩した。料理を作って親しい人にふるまうこと。料理で特に好きなのは小麦粉をこねること。パンやうどん、ピザ、餃子の皮などすべて手作りにする。粉をこねる作業は無心になれて気持ちがいい。蕎麦は蘊蓄野郎がたくさんいてうるさいのでもっぱら外で食べる。
読書の趣味……本を読むのは好きだが、どちらかというとノンフィクションや旅行記を好む。若いときは沢木耕太郎の『深夜特急』に痺れたが、いま読むとかなり照れくさい。ミステリはもっぱら翻訳の私立探偵物やハードボイルド。謎解きの本格は面倒くさくて嫌いである。
女性の趣味……自分の考えをきちんと持っていて、なおかつ他人に対して無神経でない人。つき合う人間を支配したがらない人。食べ物の好き嫌いが少ない人。酒が飲めるが酒乱ではない人。出来れば旅が好きな人。おしゃれではなくとも清潔好きで、厚化粧はしないがみだしなみが良くて、笑顔がすてきな人なら申し分ない。(贅沢だね・笑)
モットー……明日があるさ。
やっと書けました。神代宗氏のプロフィールです。次作『失楽の街』は神代さんの視点が登場するので。
1945年5月 東京生まれ。門前仲町で老舗の煎餅屋を営む両親の元に生まれる。ただし東京大空襲で焼け出されたため、出生地は母の実家のある月島で、お産婆さんに取り上げられた。上には姉と兄合わせて四人。長女沙弥、長男静、次男進、次女芹、そして三男宗。次男次女は双子で、ただし芹は早世した。
1950 長姉沙弥、弟静のW大の学友神代清顕と結婚。ただし神代の親からは認められない結婚だった。
1951 母病没。
1953 神代清顕と沙弥夫妻の養子となり、門前仲町から本郷西片町に転居。なかなか山の手の風に馴染まず、なにかというと実家に帰ってしまう子供だった。
1961〜3 中学から剣道を始め、都立高校時代は都大会の常連。同期私立名門高校にライバルがいて、常に決勝で当たるが戦績はほぼ互角。剣筋は対照的で西の龍東の虎、氷の辰野炎の神代と並び称されたが、辰野は医科大に進んであっさり剣道を止め、神代も大学では部活はしなかった。辰野とは神代が大学教授になってから再会、現在もたまには会って酒を飲む仲である(『この貧しき地上に』に登場する辰野伯父はこの人なり)。
1964 W大文学部入学
1969 W大大学院美術史学科入学
1970 白金の美杜邸訪問、門野貴邦と相知る。
1971 大学院修士課程修了、イタリア留学。以後ヴェネツィア大学で博士号を取得後も、日本に戻ることなく研究職を続ける。
1980 養父病死のため一時帰国。姉に責められてかなり堪える。
1983 帰国、W大講師となる。
この12月頃から桜井京介神代宅に居住。
1986 助教授に。
1988 教授に。……(実際はこんなに若くて出世は出来ません・笑)
1994〜5 ヴェネツィア大学に研究留学
身長171センチ、体重不明。口は悪いが見てくれは大変いい。眼鏡は人前ではかけないが、最近は老眼が進んできたので読書のときだけ用いる。気取っていれば「理想の大学教授」。しかしいたって気が短いので、あまり長いこと猫を被ってはいられない。学生に対する面倒見は善いが、講義中の私語とケータイ電話は死んでも許さないのがポリシー。そういう学生をこらしめるために、常日頃からチョーク投げを練習している、というのも神代伝説のひとつである。
日本語は地金の巻き舌口調と、外向きの標準語のバイリンガル。あとはヴェネツィアなまりのイタリア語。英語もそこそこ使うらしい。
服装はわりとトラディッショナルな英国風スーツ、プライヴェートでは和服が好きで、家に戻ると着替えることも多い。
食べ物の好みも基本的には和風で、朝食も健康法である木刀の素振り百回(除二日酔い時)の後は、豆腐とワカメのおみおつけに納豆、おこうこに七分突き米という感じだが、イタリアに行くとカプチーノに甘い菓子パンでも美味しくいただける。しかし日本にいるときはそういうものはいらない。甘い物も決して嫌いではないが、ケーキより豆大福、パフェよりあんみつである。どこかに切り替えボタンがついているらしい。
酒は好き。日本酒、焼酎、ワイン、スピリッツも飲むが、甘いカクテルとどちらかというと苦手。若いときから、呑んで崩れずというより呑むほどに陽気になる「いい酒」。からみ上戸や議論上戸は基本的に好きではない。最近は昔より弱くなった気がして、それを心密かに気にしている。
イタリアに愛人がいる、という噂は、『仮面の島』である程度本当らしいということが明らかになった。女性の好みは面食いではなく、知的で自立し性格もくっきりしたタイプに惹かれる。しかしなぜか娘のような歳の女の子にもてる傾向があり、『翡翠の城』の埴原さやかにはプロポーズされたし、初恋のイタリア人女性と友人の忘れ形見であるアントネッラにも熱烈な思慕を向けられている。