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社説

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飲酒運転―魔の誘い断ち切るために

 酔いが覚めるにつれて、自らの行為の愚かさと罪深さに頭をかきむしっているのではないだろうか。

 警視庁の幹部職員である警視が酒酔い運転の疑いで逮捕された。茨城県内のキャンプ場で催された職場のレクリエーションで飲酒後に乗用車を運転し、他の車に当て逃げしたとされる。

 さらに驚くことがある。

 この警視は、警察署で交通課長を務めるなど主に交通畑を歩いてきた。06年に都庁に派遣された際は、福岡市でおきた飲酒運転による幼児3人死亡事故などを受けて、交通安全対策の責任者として飲酒運転撲滅キャンペーンの先頭に立っていた。

 飲酒運転の怖さと悪質さ。それを熟知しているはずなのに、なぜ悪魔の誘いを振り払えなかったのか。逮捕当時、足元もふらつくほどに酔っていたというから、なにをか言わんやだ。

 警視庁によると、当初は現地に泊まる予定だったが、急用で帰宅することになったという。だれにでも起こりうる状況だが、酒に酔った状態のまま自分で車を運転するという選択はあり得ない。すでに理性が働かないほど泥酔していたということなのか。

 大阪で2件続いたひき逃げ死亡事件も、飲酒運転が呼び水だった。被害者を何キロもひきずって死なせるという、むごたらしい事件が話題になっている最中の、この不祥事である。

 大阪の事件では、いずれの容疑者も酒を飲んでいたから怖くなったという趣旨の供述をしているという。事故現場ですぐに通報すれば助かったかもしれない。にもかかわらず、被害者を引きずりながら逃げ続けた。殺人の疑いで逮捕したり、殺人容疑での立件を検討したりしているのは当然だろう。

 警察庁の06年のまとめでは、ひき逃げ事件の容疑者が逃走する動機は「飲酒運転」が最も多く、全体の2割を占めている。飲酒運転を減らすことが、ひき逃げを少しでも減らすことにつながるともいえる。

 「飲んだら乗るな」のかけ声は、何度繰り返されたことか。

 大阪の事件では、容疑者が過去にも飲酒運転で1年間の免許取り消しや、免許停止処分を受けている。永久に免許を取り上げていれば、尊い命は失われずにすんだのではないか。

 このところ飲酒運転についての厳罰化は進んだ。しかし一連の事件をみると、まだ甘いともいえる。飲酒運転での免許停止期間を長期にしたり、悪質な場合は免許を永久に持たせないようにしたりするぐらいのことを検討してもいいのではないか。

 飲酒を感知すると車のエンジンがかからなくなる装置などの実用化にも、もっと力が注がれていい。

 もはや、かけ声だけではどうにもならない。あらゆる工夫が求められる。

オバマ時代―中東政策への期待と現実

 ブッシュ政権になって以来、中東地域では戦争とテロの日々が続き、強い反米機運が広がった。だが今、次期米大統領になったオバマ氏には好意的な視線が向けられている。

 8年におよぶブッシュ時代の終わり、初のアフリカ系、対話や協調を掲げる政治路線……。さまざまな要因がからみ合ってのことだろう。

 しかし、だからといってオバマ氏の対中東政策が順調に運ぶという保証はまったくない。むしろ現実は逆で、前途を思えば目もくらむような難題ばかりが山積みになっている。

 まず、イラクだ。治安状況は落ち着きを見せているとはいえ、かつての反米勢力に武器や資金を与えて懐柔した結果だ。米軍が撤退すれば、民族・宗教対立が再燃する危険は大きい。来年1月の地方選挙が無事にできるか、早くも危ぶむ見方が強まっている。

 オバマ氏は選挙戦で16カ月以内の米軍撤退を公約した。混乱だけを残して去るわけにはいかない。「出口」にどうたどりつくか、戦争を始める以上に困難な作業に取り組まねばならない。

 アフガニスタンへの兵力増強を主張していたオバマ氏だが、タリバーン掃討を強めれば隣のパキスタン情勢が不穏になりかねない。核兵器を持つ国の不安定化は世界にとって悪夢だ。

 そしてイラン。国連制裁をも無視して、ウラン濃縮に突き進んでいる。警戒を強めるイスラエルがもし空爆に踏み切れば、世界を巻き込む中東危機になる恐れもある。

 そうしたこの地域の不安定さの根底にあるのが、パレスチナ問題だ。ブッシュ大統領は就任以来、イスラエル寄りの姿勢が目立った。それが中東で米国が信頼を失った原因でもあった。

 任期中に和平合意にこぎつけたいとして、今年に入って仲介外交に本腰を入れたが、状況は厳しい。

 ブッシュ政権の中東政策の失敗を踏まえ、オバマ氏は対話と国際協調路線を打ち出している。軍事力だけで中東は抑えられないし、米国にかつての指導力が失われたいま、この地域を安定に導く方法がそれしかないのは間違いない。

 問題は、それを実現するのが極めて難しいことなのだ。

 たとえばイランとの対話をとってみても、イスラエルの不安をどう和らげるか。イラクから撤退すれば、政府を主導するシーア派と近いイランの影響力が増す。すると周辺諸国は緊張せざるを得ない。イランの核計画にストップをかけるにはロシアの協力が欠かせないが、米ロは対立ぶくみにある。

 ガラス細工のような、微妙で複雑な作業が求められる。

 中東の和平も「イエス・ウィ・キャン」でいけるかどうか。オバマ氏が背負う課題はあまりに重い。

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