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クローズアップ2008:元厚生次官宅・連続襲撃 手口、類似点多く

 さいたま市と東京都中野区で、元厚生事務次官宅が相次いで襲われ、2人が死亡、1人が重傷を負った事件。手口が似通っており、旧厚生省年金局長を務めた点など2人の元次官の経歴にも共通点が多い。年金問題が背景となったテロ事件なのか。

 二つの事件は犯行時間帯、手口などに類似点が多い。

 東京都中野区で、元厚生事務次官、吉原健二さん(76)の妻靖子さん(72)が襲われ重傷を負ったのは18日午後6時半ごろ。さいたま市で元厚生事務次官、山口剛彦さん(66)と妻美知子さん(61)が殺害された事件も、遺体の検視結果や17日の夕刊が郵便受けから取られていたことなどから、犯行時間は17日夜との見方が強い。

 また、いずれも刃物が用いられ、襲われた場所は玄関や玄関先だった。

 中野区の事件では、靖子さんは宅配便を装った男に応対しようと玄関を開けたところを刃物のような物で刺された。現場に凶器は残されておらず、室内の刃物がなくなった形跡もないことから、凶器は持ち込まれた可能性が高い。さいたま市の事件でも、山口さん夫婦は靴を履かないまま玄関内で倒れており、訪問客を装った犯人に襲われたとみられる。この事件でも凶器は見つかっておらず、持ち込まれたとの見方が強い。

 一方、さいたま市の事件では、山口さん方の台所から血痕が見つかったほか、台所にあったバッグが物色されたような形跡もあることから、二つの事件が関連しない可能性も残されている。

 ◇背景、関連なお疑問も

 2人の元次官は経歴に共通点が多く、現役官僚や政治家からは「連続年金テロ」との見方も浮上している。一方で、2人が最近の年金不信の「戦犯」と名指しされていたわけではなく、関連性を疑問視する声もある。

 87~90年にかけて起きた「朝日新聞襲撃事件」のように、従来の連続テロでは犯人側から自らの主張を誇示する犯行声明が出されるケースが少なくない。「昭和天皇には戦争責任がある」と発言した本島等・元長崎市長の銃撃事件(90年)のように著名人の言論を封じようとするケースでも、被害者が狙われた背景が明らかだった。

 これに対し、2人の元次官は年金制度を巡って個人的な批判を浴びていたわけではないといい、「歴代の年金担当者は他にも大勢いる。なぜ2人だけが狙われたのか分からず、連続テロと決めつけるのは早計ではないか」と指摘する関係者もいる。別の関係者は「最近は見知らぬ人物同士がネット上の闇サイトで話し合い、事件を起こすこともある。新しいタイプのテロを想定した方がいいのでは」と分析する。

 ◇年金不信、頂点に

 年金局は厚生労働省内で「年金局モンロー(孤高)主義」と呼ばれ、医療制度を担当する保険局と並んでエリートが集う部局として知られる。しかしこの数年、年金行政に対する国民の不信は頂点に達した感がある。

 04年、社会保険庁職員による芸能人や政治家らの年金記録のぞき見問題が発覚。その後、職員が練習に使うゴルフボール代にまで保険料が流用されていたムダ遣いや国民年金保険料の不正免除の問題などが相次いだ。07年には年金記録漏れ問題が広がりを見せ、08年には年金記録の改ざん問題が明るみに出た。厚労省は「運用の問題で、年金制度は関係ない」(幹部)と言うが、一連の不祥事は、年金制度そのものへの信頼を揺るがせた。

 全国民共通の基礎年金という、現行制度の基盤は85年の年金改革で作り上げられた。吉原氏が年金局長時代、山口氏は年金課長として仕え、ともに85年改革をリードした。日本の公的年金の基本は「負担した者が報われる」社会保険方式だ。しかし、政府・与党は今、低所得の人の給付や保険料を税で補てんする制度改正の検討に入った。燃え広がった国民の年金不信を沈静化するには「不本意だが、これしかない」(厚労省幹部)と追い込まれた末の決断で、年金不信の出口は見えないままだ。

 ◇行政全体に恨みか--田宮栄一・警視庁元捜査1課長の話

 両事件とも刃物が持ち込まれた点から計画性が高く、政府要人に対するテロ事件と見ていい。犯人像は、不祥事、不手際が相次ぐ厚生労働省、社会保険庁の行政に対する不満をぶつけた、役所、行政全体への恨みを持った者と想定される。

 ◇警備の強化が必要--福島章・上智大名誉教授(犯罪心理学)の話

 年金改革によって不利益を被った人物が、象徴的な人物として元次官らを狙った可能性がある。あるいは、現在の年金制度に思想的に否定的な見解を持つ思想団体や組織の関与も否定できず、警察当局は今後、警備体制を強める必要がある。

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 ■吉原健二氏の主な経歴

55. 3 東京大法学部卒業

    4 児童局企画課

56. 6 児童局母子福祉課

58. 4 児童局企画課

59. 5 年金局福祉年金課

60. 4 年金局企画数理室

61.10 大臣官房企画室

64. 9 三重県出向

67. 5 社会局庶務課課長補佐

69. 9 社会局保護課課長補佐

70. 1 大臣秘書官事務取扱

71. 7 医務局指導課長

72. 7 沖縄開発庁出向

74. 6 社会局老人福祉課長

75. 7 医務局整備課長

76.10 環境庁出向

78. 7 年金局企画課長

79. 7 環境庁出向

80. 5 大臣官房審議官(年金担当)

82. 9 公衆衛生局老人保健部長

83. 8 児童家庭局長

84. 6 年金局長

86. 6 社会保険庁長官

88. 6 事務次官

90. 6 辞職

 ■山口剛彦氏の主な経歴

65. 3 東京大法学部卒業

    4 大臣官房人事課

    6 大臣官房総務課

67.10 環境衛生局環境衛生課

70. 7 年金局年金課

71. 7 年金局企画課

72. 4 年金局企画課課長補佐

73. 4 三重県出向

75. 4 保険局保険課課長補佐

76. 7 保険局企画課課長補佐

77. 4 大臣官房総務課課長補佐

   11 大臣官房人事課

      秘書官事務取扱

78.12 大臣官房総務課課長補佐

79. 7 社会局生活課長

81. 8 年金局年金課長

85. 8 薬務局経済課長

86. 6 薬務局企画課長

88. 6 大臣官房会計課長

90. 6 大臣官房審議官

92. 1 同(年金担当兼務)

    7 年金局長

94. 9 官房長

96. 7 保険局長

   11 事務次官

99. 8 辞職、顧問

毎日新聞 2008年11月19日 東京朝刊

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