「娘を嫁に出す気持ち」。総社市内のある鉄工所の社長が、加工した製品を出荷する際の心境をこう表現した。
製品とは新幹線の車台などに使われる金属製の大きな部品。指定の位置に穴を開けたり、別の部品を取り付けたりする。誤差は髪の毛の十分の一以下。完ぺきに仕上げた製品は、社長にとって芸術の域に達し、手放したくないというわけだ。
二十年ほど前、父親から継いだ鉄工所を技術集団に育て上げた。売上高は二十億円に迫り、30%という経常利益率が高い競争力を示す。社員は約六十人。職人かたぎの社長の指導は厳しいが、鍛え抜かれた技術者の年収は、三十代で一千万円を超すという。
勢いのある会社だけに、悩みを聞いて驚いた。「新入社員が採用できない」。そして「君たちマスコミにも責任がある」と続けられた。
鉄工所は「汚い、きつい、危険」の3K職場の代表例として取り上げられ、不況といえば、鉄工所の映像が流される―。イメージダウンし、就職先として敬遠されているというのだ。
就職戦線はここ数年、学生の売り手市場で地元中小零細企業は求人難が続く。来年以降は、金融危機を背景に大手が採用数を絞ることが予想される。学生は不利だが、中小企業にとっては優秀な学生を獲得できるチャンスである。
地元には先の鉄工所のように世界的な技術を持った企業が数多くある。学生は華やかなイメージのいい大企業に関心を寄せがちだが、日本経済を陰で支える地元の優良企業にも目を向けてもらいたい。
(編集委員・上原誠一)