「住吉の長屋」といえば、建築家、安藤忠雄さんの名を世に知らしめた初期の代表作だ。1976年、大阪の下町に完成させた敷地面積13坪(約40平方メートル)の住宅は35歳当時の仕事。安藤さん自ら「創造の原点」と位置づけてきた。今も施主が暮らす伝説の住宅が、「安藤忠雄展」を開催中の東京・乃木坂のビル3、4階にある「ギャラリー・間」で、原寸大で再現された。大胆な企画の狙いは--。【岸桂子】
中庭に面したギャラリーのガラスを外し、中庭を有効活用して奥行き14メートルを確保した。「住吉の長屋」の最大の特徴である中庭には、光や風、時には雨が入ってくる。空の開放感があるせいか、想像していたほど狭いとは感じさせない。「いかに快適か」を重視するのではなく、自然環境と共存し「暮らす」行為そのものを問うた安藤さんの哲学を体感できる。
特徴あるコンクリートブロックは、ベニヤ板で再現。中庭の階段は、コンクリートで造って同様の質感を出した。「本物と同じくらい(の経費が)かかったのでは」と笑う。
展覧会テーマは「挑戦 原点から」。安藤さん自身が原点に立ち返ろうという意図はないという。インタビューは、若い人への苦言から始まった。
「今の20、30代を見てたら『電池入れ直せ!』と思ってしまう。せめて若者の3割が気合を入れて頑張ってほしいと願い、自分の若い時代を見せることにしました」
「独学で建築を学び、事務所を開いたのが28歳。30代は、暗中模索、無我夢中で仕事をしました。同時に、穴が開くほど本を読み、京都・奈良を歩き回りました。13坪で夢を語れるんだから、皆、無我夢中でやれば何とでもなるんです」。口調は次第に熱を帯びる。
もちろん、説教だけが目的ではない。「建築文化を次の世代に伝える」という使命感を抱いている。「60、70年代はいい町、建築をつくろうとする気概を皆が持っていた。今は『ハコは要らん、建築は無駄』と言われてばかり。でも必要な建築はある」と強調する。
その事例として、展覧会では海外で進行中の大型プロジェクトも紹介している。その一つが、イタリア・ベネチアにある15世紀の歴史的建造物を現代美術館にする計画だ。れんがを一つ残らず再利用して都市の記憶を継承しつつ、現代的な空間をつくり出そうとしている。
先月は、これまでの歩みをまとめた自伝『建築家 安藤忠雄』(新潮社)も刊行。大阪の事務所を拠点に国内外を駆け回る超多忙な中、可能な限り東京を訪れてはギャラリートークを行っている。「若さの強みは、失敗してもやり直しがきくこと。形をきれいに仕上げることばかり考えず、哲学を持って」と力強く訴えている。
「安藤忠雄展」は12月20日まで。日・月曜休み。問い合わせはギャラリー・間(電話03・3402・1010)へ。
毎日新聞 2008年11月13日 東京夕刊