半年間、計9回にわたる産婦人科救急医療対策協議会で検討された結果、新体制が、いよいよ10月1日から始まりました。
ま〜結局、産婦人科医会の提言は無視され、札幌市の当初のプランがほぼそのまま実行されるようです。なんだか、リアル市民と医療現場を対象にした壮大な社会実験の様相を呈してきた印象です。
病院紹介など対応 産科夜間救急 電話相談を開始
札幌市産婦人科医会が夜間の重軽症患者を診る二次救急体制から九月末で撤退したことに伴い、助産師による市の産婦人科救急相談電話が一日夜、スタートした。
相談電話では、午後七時から午前七時まで市の夜間急病センターに助産師二人が常駐し、市民からの電話を受ける。軽症者には電話で翌日の受診を促したり、センターにいる内科医の受診を勧める。重症者は市が協力を依頼している六病院から受け入れ可能な病院を紹介。受け入れ先が見つからない場合はほかの病院を探す。
初日は二日午前零時までに四件の相談が寄せられた。うち一件は協力病院を探して紹介、一件はかかりつけ医にかかるよう勧めた。残る二件は「腹痛の薬を飲んでいいか」との相談で、電話での応対だけで済んだ。
病院勤務歴十八年の助産師の一人は「病院でも電話相談を受けているので落ち着いて対応できました。ただ、病院と違って医師にすぐ確認できないので緊張します」と話していた。
市は十二月までは助産師二人で対応。来年一-三月は産婦人科医も常駐させ、結果を検証して来年度以降の体制を決める。
相談電話は(電)011・622・3299。
(2008年10月2日 北海道新聞)
この新体制、ほとんど広報も周知もされてないのに、初日に4件も相談があったんですねえ。札幌市のHPを見ても、目立つ扱いではありませんし、新聞広告等もTVのスポットCMなんかもありません。よほど注意深い方たちだったのかなと、感心してしまいました。
新体制がどんななのか、文章だけでは解りにくいかもしれませんので、第8回協議会資料からチャート図を引用してみます。
病院名とか細かいところは最終案と若干違ってますが、全体の流れはほぼ同じです。
(第8回 札幌市産婦人科救急医療対策協議会 資料より)*転載不可
一見、よく出来た体制に見えるかもしれませんが、問題アリアリです。あとで触れます。
北海道新聞のまとめ記事も、なかなかよく書かれてます。
来月からの札幌市産科救急軽症患者は相談電話で 重症ならば病院紹介
札幌市産婦人科医会が二次救急体制から撤退し、十月から半年間は暫定的に市内の六病院が個別に救急患者を受け入れることになった。来月一日のスタートを前に、課題を整理した。(青木美希)
札幌市では夜間の救急重軽症患者は医会の当番病院が引き受けていた。十月からは、市は急いで受診する必要がない軽症患者はおもに相談電話で対応、重症患者は市が病院を紹介する。
相談電話(☎622・3299)は市夜間急病センターで午後七時から午前七時まで実施。十~十二月は助産師二人が常駐して市民からの相談に応じる。助産師が受診の必要があると判断すれば、患者にセンターに来てもらい、センター内にいる内科医が簡単な診察や検査をする。重症を判断した場合には病院を紹介する。
来月一月~三月はセンターに産婦人科医も常駐し、相談や検査を行う。診察も担うかどうかは市の対策協議会で検討する。
相談窓口で重症と診断された患者や、救急搬送の患者は六病院で受け入れる。「受け入れ可能な場合に受け入れる」としているのは五病院、受け入れ先が見つからなかった場合は最終的に別の一病院が拠点病院として受け入れるとしている。
医会はセンターに軽症患者を診る産婦人科医を常駐させることを求めてきたが、市は財政難や必要性が不明であることを理由に断り、撤退に至った。今回の体制は、医会として担うものではなく、市が個別に交渉してきた結果だ。
医会側が指摘するのは「患者が拠点病院に集中してしまい、すぐに受け入れきれなくなる」との懸念だ。
また、市が目指していた重篤患者を診る三次救急病院の強化も見通しが立たない。市の案では三次病院をさらに三病院増やす予定だったが、「未受診妊婦を受け入れざるを得なくなる可能性がある」などと断られている。
この体制についてはさらに医会側は「助産師が電話で病状を判断するのは無理」「内科医に産婦人科の診察は難しいだろう」としている。
(2008年9月20日 北海道新聞)
ただし、肝腎のところが抜けています。それは、「なぜ、札幌市は、産婦人科医会の要望を最後まで拒んだのか」というところです。上記の記事も、以前の記事も、「財政難」を理由に挙げていますが、私は怪しいもんだと感じます。というのも、議事録上、財政面での突っ込んだ議論が交わされた気配がありません。
わずかに、
- 看護師or助産師の相談窓口設置 2千万円
- 医師+看護師or助産師による相談、振り分け 4千万円
- 医師+看護師or助産師による一次救急診療 9千万円
ほかにも、「他の診療科に対して公平を欠く」という理由も別の記事で挙げられています。議事録にも「産婦人科医の急病センター常駐を認めると、他の診療科医会が、同じ体制を要求してくるかもしれない」云々とあります。
もしそうならば、産婦人科医を常駐させることに不満があるか、他科の医会の意見を聴いてから議論するべきです。しかし、議事録上、そうした確認をした様子はありません。協議会に参加していない、発言機会のない他科医会を勝手に持ち出して公平論、平等論を展開するというのは、好ましくありません。
という訳で、私は、公式な理由の「財政難」も「不公平論」も信じてません。
じゃあ、本当の理由って何でしょう?
以下は、記事や議事録を読んでの勝手な推量です。(ですので、あまり真に受けないようにしてくださいね。)
報道記事では、医会と市の対立点が、まるで、急病センターへの配置が「産婦人科医」がいいか「看護師・助産師」にするかの違いだけのように思えるかもしれません。
しかし、これまでの経過を見ると、産婦人科医会の要望の本質は「産婦人科救急の一次救急と二次救急の分離」です。「急病センターへ産婦人科医を常駐させて一次救急診療」というのは、あくまで、その具体策に過ぎません。
ですから、急病センターへの産婦人科医常駐が財政上困難なら、札幌市は、それ以外の方法で、一次と二次救急を分離する対案を示してもよかったはずです。しかし、してません。
それは、札幌市が「必要ない」と判断したのが、「急病センターへの医師常駐」などという実装面での問題ではなく、「一次と二次医療の分離」という救急医療体制の根幹部分だからなんだと思います。
産婦人科医会は、最初から一貫して、一次・二次救急の分離を要望してきました。
理由は明白です。輪番参加病院が減少するなか、一次も二次も混然とした救急患者受け入れが、日中の通常診療に加えて救急医療も行わなくてはならない医療スタッフの心身へ過重な負荷となり、限界に達しつつあるからです。医療スタッフは簡単には増やせませんから、救急医療を維持するために、一次と二次救急医療を分離するしか打つ手がない、というギリギリの選択なのです。少なくとも産婦人科医会は他の解を見つけられなかったのでしょうし、私も、思いつきません。
しかし、札幌市のプランは、一貫して、一次・二次救急を一体化させてます。なぜ、こうまで分離を拒むのでしょう。
第4回の議事録で、消防署からの委員(消防署も市の組織のひとつ)は、「一次救急患者も二次救急患者も、最初から二次救急病院へ運んだほうが楽」といった趣旨の発言をしてます。
つまり、一次救急患者を急病センターで診ることになると、救急隊は、患者をまず急病センターに搬送し、そこで二次以上と診断されたら、また搬送することになるので、手間が増えるので困る、ということのようです。
本来、協力して救急医療を守るべき消防署幹部からこういう発言があることに、失望を禁じえませんが、これ以外に、札幌市が産婦人科医会の提案を拒む理由が思いつきません。
札幌市は、まず看護師・助産師の電話相談を試行し、その結果を評価の上、必要ならば、医師の配置も考える、と言っていますが、これもかなり疑問です。
というのも、第7回協議会で、市民代表の委員が「半年限定の試行なら、財政負担もそれほどでもないだろうから、医会の提案のように医師を置いての試行をまずしてはどうか。どうして、まず医師抜きでの試行なのか。」といった趣旨の発言をしてましたが、市側は明確な返答ができませんでした。はじめっからそのつもり(医師を置くつもり)がないとしか思えません。(後の中間報告書には、とってつけたような理由が書いてますが)
最終案では、半年の試行期間中の後半3カ月は、産婦人科医を置くようですが、あくまで検査と相談のみで、診療はさせないようです。
また、中間報告書にも、試行中・後に評価・検討すると言っていますが、どういう項目を評価するのか、どういう成績ならどういう判断をするのか、まったく明らかにされていません。これでは、どんな結果でも、いかようにも都合良く解釈できてしまいます。
札幌市が「一次と二次医療の分離」を必要ないと判断したのなら、しかたありませんが、ならば、それ以外の方法で、産婦人科の負荷を減らすことを考える義務があるはずです。
なぜなら、病院は個々の患者の診療には責任を負いますが、救急システムの構築は医療行政の仕事だからです。自治体の財政、救急隊や医療施設のキャパシティを総合的に判断して、無理のない救急体制を実施する主体は、自治体です。
で、先ほどのチャート図ですが、これで産婦人科二次救急病院の負担は軽減されるでしょうか。
まず、患者の入り口ですが、図だと、
これまで通り、患者が病院を直接受診するルートは残りますし、119番でコールされた救急隊が直接搬送するルートも残ります。これらは、一次救急も、これまで通り二次救急病院が診ることになりそうです。
また、二次救急病院の一部が三次救急病院に組み込まれる予定となったので、これまで9施設あった二次救急施設が6施設と、3分の2に減っています。大幅な戦力ダウンです。二次救急崩壊が加速しないといいんですが。
輪番制にかわって、1拠点病院と、5協力病院で、二次救急を受け持つことになっています。
「拠点病院」は、なんと365日いつでも救急を受け入れる、実にスーパーな病院なんだそうです。すごいですねえ。そんな病院があるなら、産婦人科医会が悩む必要なんて無かったですね。いつの間に、札幌市にそんな病院がオープンしたしたんでしょ。全然知りませんでした。燃え尽きないといいんですが。ここがコケると、三次救急病院の負荷が一気に増えます。そういえば、先ほどの記事だと、まだ三次救急候補の病院からは三次施設となることを断られているようですね。まあ、三次救急となると、麻酔科や新生児科の協力が必須ですから、なかなか難しいんでしょう。
なんだか、二次の負荷が軽減されないだけじゃなく、下手すると、三次救急まで一気に崩壊しそうなんですが。
急病センターのスタッフも、すごいスキルが要求されそうです。
まず、電話相談担当の助産師さん。電話だけで病状を的確に判定し、トリアージをする技量が求められます(でないと、二次救急病院の負荷が減りませんものね)。ひょっとして、「受話器をおなかに当ててください」とか指示して、聴診とかするのかなあ。
当直の内科医も、診察と検査に加わるそうですから、産婦人科疾患に精通している必要がありそうです。議事録によると、急病センターの内科常勤医は定員6名のところが2名だけで、不足分は開業医による穴埋めです。今も鋭意募集中ですが、要件に「産婦人科に精通していること」が加わるなら、私なんかは絶対無理ですね。
ちなみに、急病センターで可能な検査ですが、下記の記事を読むと、エコーはないようです。
差婦人科医会二次救急撤退 協力病院で代替確認「中古でいいのでエコー機器を置いて」って、なんか泣きそう。カラードプラーとかハーモニックのないBモードオンリーの中古なら、多分10万円台で買えると思うけど、それすら認めてくれないんだなあ。
札幌市対策協が中間報告
札幌市産婦人科医会が今月末限りで夜間の重軽症患者を診ている二次救急からの撤退を決めた問題で、市の対策協議会が十八日夜開かれ、今後の対応策などを中間報告としてまとめた。
現在、夜間の重軽症患者は同医会の当番病院が診ているが、同医会は医師不足などで「市夜間急病センターに軽症患者を診る体制を整備しない限り、引き受けられない」と要求、市が必要性を認めなかったため、撤退を決めた。
市は十月から半年間を施行期間として、同センターに医師や助産師による相談窓口を設置、軽症患者には主に電話で対応する。十~十二月は助産師二人を置き、一~三月は産婦人科医も置いて電話相談や検査業務も担う。市はこの結果をもとに急病センターに産婦人科医を配置する必要性を検証し、来年四月以降の体制を決める。
協議会では、こうした対応策が確認され、重症患者については市が依頼した協力病院が受け入れることが説明された。一方、産婦人科医からは「産婦人科は命と戦っている。中途半端な試行をせず、急病センターで診察体制をつくるべきだ」「センターに中古でいいので超音波検査ができる機器を置いてほしい」などの要望が市に寄せられた。(青木美希)
(2008年9月19日 北海道新聞)
9月22日の記事からも。
産婦人科医の配置前倒しも 夜間急病センター
札幌市議会厚生委員会は二十三日、市産婦人科医会が二次救急から九月いっっぱいで撤退することに伴う札幌市の対応策について議論し、市は十月から試行する夜間急病センターでの相談窓口に関し、来年一月からとしていた産婦人科医の配置を必要に応じて前倒しする考えを示した。
市は十月から来年三月まで相談窓口を試行し、最初の助産師の計二人が対応し、その後は産婦人科医も置いて相談に応じるとしてきた。
委員会では、市議から「医師がいないと妊産婦も不安。医師は配置も十月から試すべきではないか」といった質問が出され、飯田晃・医療政策担当部長は「一カ月単位で検証するので、速やかに医師が必要な場合は弾力的に対応する」と述べた。
委員会では補正予算案に盛り込まれた対策の費用三千五百二十万六千円を賛成多数で可決した。
(2008年9月22日 北海道新聞)
という訳で、多分に議会答弁っぽいですが、仮に前倒しで配置するとしても「診療も」とは書いてないですね。ただでさえ不足している産婦人科医を、相談だけのために置くのって、すごく無駄っぽい気がしますけど。
なんだか、札幌市批判ばかりになった気がしますが、最後に、札幌市の立場も考えてみましょう。つまり、財政の面から。
議事録によると、札幌市の年間救急医療関連の出費は、
札幌市の救急医療対策費 約2億6千6百万円
夜間急病センター赤字補填 約2億円
で、合計、約4億6千6百万円が費やされています。これは大変な額です。
どれくらいの高額なのか、なかなか実感しづらいと思いますが、札幌市の人口規模、
人口 約190万人
世帯 約87万7千世帯
で考えると、この救急医療関連の出費は、実に、
一人あたり 約245円/年(月20.4円)
1世帯あたり 約531円/年(月44.3円)
にもなります。札幌市民の懐具合を考えれば、これ以上の負担は難しい、と札幌市は考えたのかも知れませんね。
うまくまとめられなくて長文になってしまいました。
さて、この先どうなるのでしょうねえ?
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