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糸柳和法
殺せ、俺は殺す。

2008年11月16日

ネットカフェ難民にもなれなかった男の末路

ここでは表題の「ネットカフェ難民にもなれなかった男」のことを、仮に荻野光男と呼ぶことにする、この名前は彼の正確な本名とは異なっている。このエントリでは、彼について把握できる限りのことをただ単に書いていくだけであり、このエントリには何の未来も無いし、ただ彼の人生の一端が垣間見えるだけで、救われる者は誰もいない。

1

八月三一日、青葉唯石が渋谷のとあるマクドナルドでイー・モバイルを使ったネットの徘徊をしていたところ、一人の男が話し掛けてきた。男は荻野と名乗り、仕事が無いのでそのパソコンで日雇いのアルバイトの情報を検索させてくれと言う。唯石は面白がって、また人を集めるので翌日に再度ここに来て欲しいと告げるとその場でツイッターやらスカイプやら、様々な経路で人を集め、翌日には十数人が集まった。荻野は吃音がひどく、見知らぬ人に囲まれながら自分の置かれた状況を把握することもできていない様子で、周囲の人間に「その、パソ、パソコンで仕事、その、皆さんみたいにパソコンで、仕事、ないですか」と言う。皆はとりあえず現状を把握しようと質問をするが、荻野は昔自衛隊にいたが逃げただとか、携帯電話は車に轢き潰されただとか、将来投資をやろうと思っているだとか、そういった無関係かつ断片的な情報ばかりを提示していて、話の時系列もよくわからないし、矛盾することも平気で言う、どのような仕事がしたいかもよくわからないし、集まったはいいがみな状況を把握できず、一様に困惑を顔に浮かべていた。

宿が無ければ仕事を探すのも難しいため、まあとりあえず住所は必要なのだろうから、俺は荻野に我が家に住むよう言った。荻野は財布と身に着けている衣服を除き一切の荷物を持っていなかったため皆でカンパをして渋谷を回り安い衣服を揃え、更に秋葉原へ移動し安価なノート型パソコンも一台買い与えた。荻野は買い物の最中になると終始無言で、周囲の人々の行動に何の興味も無さそうな様子、何かの質問をしても口をもごもごさせるばかりで始めの時と違い、回答すらしようとしない。荻野を自分のところで働かせてやろう、というようなことを tmura が言ったのだが、荻野は礼儀としてあるべきあらゆることをすっ飛ばし「じ、時給は時給はその、いくらですか」と言い始め、その対応とその他の言動のあまりの不躾のため仕事の話は無しになった。

荻野は常に自分の存在位置を気にしており、自分が絶対的優位にいなければ耐えられない様子だった。唯石が「人を集めるから明日また来なよ」と提案したのに乗ったのも、駄目人間ばかりが来ると唯石が言ったからだったと後に荻野は主張している。自分よりも上の人間の存在を本能で拒絶する性質の持ち主である。とにかく他人を見下さなければ気が済まないが、異常なほど気弱なのでおぼつかない屁理屈を繰り返すことしかできないし、頭が悪いので屁理屈の整合性は完全に破綻している。周囲は荻野が何を言いたいのか理解できないし、とりあえずこちらを見下してきていることだけはよくわかるので神経に障り、険悪な空気になって荻野自身も余計にパニックになる。まるで話が進まないまま、残った数名と共に荻野が俺の家に来た。

部屋に入ると tmura が荻野に一〇〇〇円を渡して、人の話を記録しておくためにメモ帳とボールペンを、それから飲み物を数本ほど買ってこいと言う。あいつはもうどうなってるんだろうねえ、などと話しながら猫の悪臭のする糸柳家で待つが、荻野は三〇分程が経過しても帰ってこない。金を持って逃げたのだと思った皆が周囲を探して回ったが結局家の近くであっさりと荻野を発見、そのまま連れ戻した。荻野はただの買い物で長い時間に渡り戻らなかったことについて何か言っていたが要領を得ない。皆を待たせたままコンビニで漫画でも読んでいたのかも知れなかったが、荻野が自分の立場を悪くするようなことを認めるわけがないので本当のところは誰にもわからなかった。

荻野の性質は全くどうしようもないということが完全に明らかとなりました、という顔をして皆が帰り支度を始める中、唯石は荻野に買い与えたノート型パソコンにスカイプなどのアカウントを取得、ソフトウェアのインストールなどを済ませた。tmura は自分が金を払ったというのに飲み物を買ってきてくれたという理由で荻野に礼を言い、「長くいてもお前は何もしないだろうから、糸柳の家にいるのは月末までにしろ、期日になれば必ず追い出す」と言って飲み物を飲んでいたが、荻野は黒酢健康飲料などのよくわからないものを購入していたため、tmura は飲みながら咽ていた。

荻野は唯石のインストールしたスカイプで全く状況を把握しない言動を繰り返しており、「ぷー、屁、こいてやった」だの「なんで俺が怒られるの? 君等も大人になればわかるよ」だの非常に増長した、かつよく意味のわからない言動を繰り返し周囲の反感を買っていた。現実においては攻撃的な言動を繰り返す俺に萎縮しているため直接的には見下した言動を取らないが、やはり遠回しに「ボ、僕はウィキペディアという世界的に有名なホームページを見て勉強している」だの「ユーチューブで無料でセ、世界中を知ることができるよ、使った方がいいよ」だの自分の頭は相手よりも優れているといった風な調子でものを言う。とうとう頭に来た俺は初日から荻野に延々と説教をする羽目になったのだが、荻野は俺を完全に無視して「あ、あれえ、僕は、駄目人間ばかりだと言うから来たのに」であるだとか、「み、みんなちゃんとしてて、僕は駄目人間ばっかり来るっていうから来たのに、騙された」であるだとか、そういった繰言を続けて全く話が噛み合わない。服やノート型パソコンまで買い与えてもらったこと、飯を食わせてもらったことについて感謝に通じる言葉は終に出てこなかった。俺は何度か怒鳴るように言動の問題点を言い含めた後、うんざりして台所の床に布団を敷いて寝た。俺がいつも寝ているベッドは荻野にくれてやった。

翌日俺が会社に行きいつものように意欲的、精力的に仕事をこなしているかのように景虎と名乗る上司を欺いてネットのサーフィンをしているところ、突如として電話がなり、出ると果たして不動産屋で、お前の部屋に誰か住んでいるのかだの、物件屋外通路にゴミ袋があふれかえっているだのと不審なことを言う。「知人が東京に来ているから、しばらく泊めているだけなんですよ」と言い訳をし、適当に仕事を済ませて急いで帰ると俺の部屋のある階の通路がゴミ袋であふれかえっていて、enraku や jazzanova など数名もやってきて部屋の奥で荻野と会話をしている。俺はゴミ袋を片端から開けていくが、中には明確にゴミと判断できる紙切れを始めとし、台所用品、風呂用品、きちんと整理してあったはずの年賀状、各種調味料などが詰め込まれていた。荻野は掃除をしたのではなく全てをゴミ袋に詰めただけだった。俺は心底からうんざりして全てのものをゴミとそうでないものに分け、皆が帰ったあとで荻野に、「まあ、掃除してくれたのは助かったわ」と言っておいた。般若の形相で。

その翌日、スカイプのグループチャットに荻野がいないということで急いで帰宅すると、ノート型パソコンだけが放置されており、荻野はいなかった。そのうち帰ってくるだろうと高をくくっていたがまるで帰る様子がなく、翌日になってもそのままだった。荻野は消えてしまったのだと誰もが思ったが、その日の夜になってあっさり帰ってきた。どこに行っていたかは訊かなかった。

数日後、再び不動産屋から「猫がビルの共用通路を徘徊している」と電話がかかってくる。俺の住んでいる階で猫を飼っているのが俺だけだから俺に連絡をしたのだろうが、急いで帰ってみると確かにうちの猫が通路を徘徊しており、何故なら荻野が換気のために玄関を開け放していたからだった。俺は荻野に、不動産屋が大変怒っていたこと、玄関を開け放せば猫が自由闊達に出入りしてしまうことは容易に想像できるはずであること、次にこのようなことがあったら荻野を即座に追い出すこと、様々な可能性を考慮して行動するべきであることなどを説教したが、荻野は終始「えっ、いやっ、俺は、あっ、な、なんでもな、なん、あ」などと、保身のための何かを言おうとして俺が怖くてそれを止める、ということを繰り返して震動していた。

後になってわかることだが、荻野はこれから数日後に親から六万円かそこらの金子を受けていた。荻野が地元にいる同級生に連絡を取り、そこから母親に連絡を取り、どこぞの口座に振り込んでもらっていたらしい。この頃から荻野は頻繁に買い物をするようになり、頻繁に家を空けるようになる。愛知県の出身である荻野が東京に来たのは夢を持ってのことだった。東京で何か大きなことをしたかった、というようなことを頻繁に口にしていた。そして何の努力もせず、対人能力の極端な欠如のために仕事をすることすらできず、それでも何か派手なことをしたいという現実と大きく剥離した空想を実現するために東京にしがみついていた。この頃はそれも半ば諦め、東京近郊の様々な場所を見て周っていたらしい。そのうちに親から貰った金も食い潰していく。

また、荻野は何かの犯罪も行っていたらしく執行猶予期間中であり、保護観察所から監視されている状態だった。tmura がそのことを突き止め、保護観察所と裏で連絡を取っていた。

そして何も起こらないまま約束の九月末がやってきて、荻野はスカイプのグループチャットで皆から「今日出て行く約束なんだから出て行け」と散々に言われて、何も言わないまま出て行った。俺が帰ると荻野の荷物は、買い与えたはずのノート型パソコンだけが残され、他は全て無くなっていた。

しかし翌日の一〇月一日、俺が会社に行っている間に再び荻野が俺の部屋へ戻ってきた。いつものように鍵を閉めていなかったために荻野は俺の部屋でスカイプのグループチャットを始め、再び周囲を見下した発現を繰り返しているうち、周囲から「月末に出て行く約束だっただろうが」「不法侵入だぞ」などと言われ、またも慌てて出て行った。

2

俺は今から約二年前に都立松沢病院の閉鎖病棟に入っていたが、あそこは精神力の足りない者の吐き溜めだった。生得的なものか環境によってねじ曲がったのか、精神の病気になり真っ当な日常生活を送ることができず、周囲の人間か或いは自分を物理的に傷付けて、時には死に至らしめる。俺を含むその患者達は皆、精神の筋力が無いのだと思った。肉体の筋力は目に見えてわかりやすく、筋力のある者が筋力の無い者に対し、俺がこうやって重い荷物を持てるのだからお前も持てるだろう、と言うのは無理を強要しているのだとすぐに理解できる。しかし精神の筋力は皆が平等であるかのように扱われる。仕事をしろ、と言われてもできない場合、精神の筋力が根本的に足りておらず、作業に対する負荷に耐え切れていないのかも知れない。そして精神の筋力が足りない場合と、ただの怠惰とはよほど注意深くなければ見分けることができない。

現実の社会では、いい歳をした人間が精神の筋力を充分に具えていない場合、その多くがただの怠惰として処理され、筋力の増強をしなければならないことを考慮する者は少ない。俺が都立松沢病院の閉鎖病棟にいた頃、その全ての患者は精神の筋力をまるで持ち具えていなかった。そしてそこで一ヶ月を過ごし、多少なり仲良くなった一〇人のうち、四人は社会に適応できず、更には真っ当な生存の維持すらできずに事故か自殺か、死んだ。その四人の遺族はそれぞれ、閉鎖病棟の気狂い達を毛嫌いし、彼等の死に関する詳しい事情を聞かせてくれなかった。精神の筋力を大きく失った人間は、怠惰を通り越してただの狂人であり、会話の可能な人間とすら扱われないからだ。

俺は精神の筋力がまるでないため、強いストレスを感じると死体が往来を徘徊する幻覚が見えて、全く無関係の人間をリビングデッドだと判断して物理的に攻撃してしまうため、その症状を薬で抑えている。荻野は精神の筋力がまるでなかった。だからこそ常に周囲を見下し、馬鹿にした言動を繰り返さなければ自分の精神を維持することすらできなくなっていた。そんな人間はどこの職場でも働くことができないし、周囲の人間は荻野から離れていく。荻野や閉鎖病棟の仲間と違って俺が社会復帰に成功したのは、俺のような狂ったギークを受け入れてくれる特殊な環境があり、その特殊性がよくわかる求人が行われていたからだ。俺が技術を身に着けようと努力していたこと以外、荻野と俺の間に大きな差はない。

都立松沢病院を退院してから、俺はしばらくの間、真っ当な思考能力も、日常を送るだけの精神も持ち具えていなかった。薬の副作用で思考が常に混乱しているため一行の文章を読むことさえできないし、胸に沸く異常な焦燥感、その暴れ狂うような内臓の高ぶりが強烈な苦痛となって朝から晩まで自分を襲うし、寝ることも満足にできず、密閉された空間へ入ると自我を喪失し、狂気が自分を食い潰してしまうような感覚にとらわれて、これほどの苦痛を解決できるのならばいっそ死んだ方が良いとずっと思っていた。

俺が病院の仲間のうち四人のように死んでしまわなかったのは、その時の上司が俺の面倒を見てくれていたからだ。俺は退院後その上司の家に一ヶ月住み、まるで人間とは思えないような異常行動と支離滅裂な発言を繰り返す俺に対し、「お前は元に戻るから、もう少し生きろ」と常に言っていた。内臓の全てが狂って腹の中を動き回るような異常な感覚に襲われて地面でのたうち回っている時には後ろから全身を抱くように締め付けて抑え込んでくれたし、俺が少しでも思考力を恢復して長い言葉を言えるようになる度に「よくなったじゃねえか」と言ってくれた。

荻野には誰もいなかったのだ。そしてそのような者が死んだ前例が、俺には四人もあった。

3

そして一〇月五日になり、皆が徐々に荻野の話題を出さなくなっていた頃、出社せずに夕方まで家にいた俺の家に警察官二人がやってきた。荻野光男が自転車を盗難したため、身元の引き受けをして欲しいという。俺は荻野との関係を、唯石が渋谷のマクドナルドで荻野と出会ったところからざっと話した。警察官は、住所不定の場合そのまま逮捕になってしまうため、身元引き受けをすれば荻野を救うことができると言った。俺はすぐに荻野の身元を引き受けると言った。

荻野を見捨てることは、自分を見捨てるのと同じことだった。この頃からスカイプのグループチャットでは誰もが荻野を見捨てろと言い続けていたが、自分が壊れてしまった時に見捨てられなかったのに、俺が見捨てていい道理は無い。グループチャットでは、何度も荻野を諦めろという周囲と、荻野を見捨てるわけにはいかないという俺の問答が続いていた。

警察署で荻野は、身元を引き受けてくれるはずの俺と全く目を合わせようとしなかったし、パトカーで俺の家へ送ってもらっている最中も警察官から「ボクもちゃんと仕事しないと」となどと言われたことに対して極めて小さな、俺にしか聞こえないような声で「ボクって、何様だよ」などと言っていた。荻野は警察官に対し常に上からものを言い、警察官は手馴れているので軽く流している。頭に来た俺が「いい加減にしろや」と言って荻野の肩を強くどつくと、警察官に「手は出しただめだよ」と言われた。

荻野と共に我が家に戻ってから人を集めたところ、pha とマラが来た。俺と荻野を加えた四人で少し離れたファミレスまで歩いて行き、マラと俺が荻野を説教するような状態が続いた。マラは荻野の問題をただ淡々と指摘し、俺は荻野のような人間は増長させると勝手な行動を取ってまずいと思ったので高圧的に接した。俺は時々、マラが俺をたしなめることを予測して、「もう身元引き受けはやめだ、警察に行くぞ、立て荻野」などというようなことをわざと言って、マラはその度に「まあ糸柳は座れ」と言った。

この段階でやっと、荻野が地元の同級生と連絡が取れること、そこから親へ一度連絡を取ったこと、九月中に親から六万を受け取っていたことを知った。四人はそのままマラの家に行き、マラが「お前はネットカフェでネットでのコミュニケーションをしていると言うが、ネットカフェ添え付けの妙なチャットツールを使って一時的な人間関係しか作らないのなら意味が無い。もっと継続的なコミュニケーションを取るべきだ」というようなことを言って、みんなで荻野の mixi アカウントを作ってやり、mixi 内でネットカフェ難 民向けに仕事を斡旋しているコミュニティに入り、それから仕事で困るだろうからとプリペイド携帯を持たせることにした。

皆で外に出て、あれこれ迷って結局コンビニエンスストアでプリペイド携帯を買い、何故か Marco11 が来て五人になった。俺の住所でプリペイド携帯の契約を済ませ、荻野の同級生に連絡を取るが、荻野の同級生は「もう荻野と関わらないようにしてください、あなた方も面倒になるばかりですよ」というようなことを言っていた。荻野が一度連絡を取っていた荻野の母親の電話番号は既に使われていなかった。荻野は昔からかなりの家庭内暴力を振るっていたらしい。マラは「俺がいない間に荻野を俺の家に置くわけにはいかない」ともっともなことを言って、そのまま俺とマラは出社し、それから荻野は pha と共にどこかへ行き、tmura が合流して、pha と tmura は荻野に一万円ほどの金子を渡してそのままどこかへ荻野を放流した。

その後、荻野は cats などに頻繁に電話をかけ、俺はもう駄目だ、行く場所がない、俺は自衛隊に入る前、地元の問題児を預ける駆け込み寺に世話になっていたので再びそこに戻るなどというようなことを言った。俺は荻野の提示する断片的な情報からその駆け込み寺を突き止め、翌日になってそこへ電話をするが、「荻野君は病気で、入院もしていた。住職である私も常にここにいるわけではないし、情緒の不安定な人間が問題を起こすと対応にも限度がある。まず病院にかかって治すことが重要だ」というようなことを言われ、諦めた。

そして荻野に全く連絡が付かなくなる。

一〇月一七日になって荻野が持っていたはずの携帯電話が静岡の、新幹線では最も富士の樹海に近い駅で一〇月九日に拾得されているという旨の郵便が、俺の家に届いた。俺は昔、富士の樹海に死体探しに行って、首吊りの町工場の社長然とした人間を発見した時のことを思い出していた。荻野は富士の樹海で自殺をしたのかも知れない。俺は樹海近辺の警察など方々に連絡を取るが荻野らしき死人も出ていないし、やはりあそこは死体が見付かりにくいから既に死んで遺体を野犬に食われでもしているのだろうか、と思った。

一〇月も末になり、荻野のことが徐々に忘れられていく中、突如夕方まで家にいたマラのところへ荻野が現れる。

方々から情報を集めた結果、携帯電話を持たせた以降の荻野の足取りは次のようになっていると思われる。

荻野は行くところもなくなってしまい、漫画喫茶に丸一日入り浸るなど散在を尽くした。買い与えてもらっていたノート型パソコンを乱雑に扱っていたため液晶が割れてしまい、新宿区歌舞伎町の漫画喫茶に捨てた。そしてまだ何の努力も伴わない、地に足の着かない夢を追ったのか、新幹線で大阪に向かった。しかし携帯電話に非通知の着信が何度もかかってくることで怖くなり、静岡の辺りの駅で携帯電話を捨てた。大阪で仕事を探そうとするが漫画喫茶で長時間居座ることを続けていたため金が足りなくなって警察に捕まり、そのまま大阪の保護観察所に連れて行かれるが、管轄が違うということで大阪の保護観察所は交通費を出し、名古屋の保護観察所に行くよう言った。名古屋の保護観察所に着いた荻野はしかし金曜の夕方であったため、土日を適当に過ごして月曜に再び来いと言われる。荻野は名古屋の保護観察所から土日の生活をするために受け取った金子で、また東京に来てしまった。

そして一〇月二九日になり、再びマラの家に来た。マラは荻野を部屋に入れ、小池を家に呼び、三人でゲームをやりながら裏で警察に連絡を入れた。荻野は犯罪を行い、保護観察中にも関わらず一切保護観察所に連絡を入れないままあちこちを周る、責任を果たすこともできないただの犯罪者だったからだ。

ゲームの合間に荻野がメモした紙片
ゲームの合間に荻野がメモした紙片。意味のわからない夢が列挙されている。

荻野を警察に引き渡してから二週間以上が経つ。誰もが荻野を見捨てろと言った。しかし同じ基準で言うならば俺も見捨てられてしかるべき存在なのであり、もし俺の精神が再び以前のように破綻してしまった時、周囲の人間は俺を確実に見捨てるのだということがよくわかった。なにしろ俺は荻野と同じで治るとは限らない。俺は随分前から、病院で「治りますよ」と言われなくなっている。俺は見捨てられる。精神の筋力を具えない者は、そうであることを理解されないまま精神の筋力を具えた者の基準で扱われ、病気ではなく、ただの怠惰、無能、終には気狂いとして打ち捨てられていく。

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