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追跡2008

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追跡2008:後絶たぬ地下銀行 「安くて安全」1年半で20億円 /愛知

多くの外国人が集まる名古屋市中区栄の繁華街。02年にはこの地区を拠点にしたイラン人の地下銀行が摘発された
多くの外国人が集まる名古屋市中区栄の繁華街。02年にはこの地区を拠点にしたイラン人の地下銀行が摘発された

 多額の現金を不正に海外送金する地下銀行の摘発が相次いでいる。捜査当局は不法滞在など違法行為を助長する「犯罪インフラ」として警戒を強める。一方、送金制度の改善を求める専門家は「制度の遅れが生み出したひずみ」と指摘する。事件から、外国人労働者が急増する日本社会の「今」が浮かび上がる。【桜井平、鈴木泰広】

 ◇電話で依頼→インドネシアの口座に翌日入金

 今年3月に摘発された事件の端緒は02年夏にさかのぼる。インドネシア国籍の技能実習生の男が、愛知県内の自動車部品工場から突然姿を消した。

 失踪(しっそう)したナナン・ユリスティオノ被告(33)=銀行法違反(無免許営業)の罪で起訴=は当時、3年間の研修・技能実習生期間を終える直前だった。県警は今年2月、ナナン被告を入管法違反(不法残留)容疑で逮捕。ナナン被告の銀行口座を調べると、06年8月から1年半で不特定多数から約20億円もの振り込みが確認された。3月に銀行法違反容疑で再逮捕。知人宅から押収した大量の帳簿や通帳類から「地下銀行」の実態が明らかになった。

 拠点は安城市内の自宅アパート。携帯電話に送金依頼があると、翌日には本国のナナン被告の家族を通じ、依頼人の現地口座に同額の現地通貨が振り込まれた。実際の日本円は日本にいる集金人約10人が仲介し、ナナン被告名義の六つの日本の銀行口座に集約。数百万円たまると本国の銀行に送金していた。

 依頼人から得ていた手数料は1回1000円。一方、インドネシアへの正規の送金でかかる手数料は1回5000~6000円で、まとめて送金すればそれだけ利ざやが増えた。さらに本国でインドネシア・ルピアに両替すると日本国内に比べて2~3ルピア(1ルピアは0・01円相当)割高に両替でき、これらで得た利益は計約3000万円に上るとみている。

 依頼人は31都府県、約650人に及び、大半は不法滞在者とみられる。正規の銀行で送金する場合は窓口で身元確認がある。ナナン被告の地下銀行は「手数料が安くて“安全”」と人気があったという。

 ◇正規滞在者も悪用

 「インドネシアでは1カ月3万円で家族4人が楽に暮らせる。6000円の手数料がどれだけ高いか分かるでしょう」

 岐阜県内の自動車部品下請け工場で働く同国籍の技能実習生の男性(27)が、重い口を開いた。男性は「地下銀行を使ったことがある」と打ち明けた。

 男性の夢は経営者。資金と技術、日本語を習得しようと、現地の審査機関で140倍以上だった競争を突破し、研修生として06年に来日、1年後に労働者扱いとなる技能実習生になった。仕事は車のサスペンションのバネの塗装作業。3交代制で毎日8時間働く。油汚れのひどいものを扱い、重いものを運ぶ「3K仕事」が回ってくる。「仕事がつらくて逃げる仲間もいる」と話す。

 来日して最初に受け取った月給は8万円だった。今も研修・実習生仲間4人でアパートの1部屋に暮らす。「4万~5万円の生活費と家賃などを除くと、送金できるのは月2万円がやっと。正規の送金手数料を払ったら幾らも残らない」と嘆いた。手数料が2000~3500円と安いインドネシアの正規銀行の支店も東京にあるが、送金に3日前後かかるという。

 数カ月分の給料をまとめて送金することも考えた。だが06年5月には古里ジョクジャカルタで大地震があり、07年6月には父親(51)が心筋梗塞(こうそく)で入院。そのつど家族から「早く送金してくれ」と懇願された。

 「手数料1000円で送るよ」。ある日、同じ研修・実習生の先輩から地下銀行を紹介された。手数料の安さや送金の早さから何度か使った。先輩が帰国したため、今は仲間で集約して日本の銀行から送金している。これも銀行法違反にあたる行為だが「手数料が頭割りになるでしょ。悪いことだとは思わない」とまくし立てた後、付け加えた。「捕まる恐れがある不正送金なんか本当はしたくない。せめて手数料を1000円に下げてくれたら」

 男性はナナン被告の名を知っていたが、使ったのは別の地下銀行だった。

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 ◇外国人労働者に高い手数料--送金制度改善が急務

 銀行の海外向け送金の手続きは、国内向けより複雑だ。銀行同士が決済システムで結ばれていないため、送金元と送金先の双方がそれぞれ自分の銀行内にある相手行名義の口座に資金を出し入れする形で1件ずつ決済する。口座がない場合は、双方の銀行と口座を開設し合っている別の銀行を中継する。

 手数料は各行が独自に決めている。3大メガバンクは4000~5500円。送金先銀行や中継銀行の手数料などが上乗せされる場合もある。国内より格段に高いのは「人件費や電信費などがかさむため」(大手行)だ。

 身元確認はテロ資金の送金やマネーロンダリングを防ぐため厳しい。外国人登録証やパスポート、送金の出所を示す給与明細などの提示も求められ、送金目的も問われる。

 金融機関が在日外国人を支援する動きも出ている。静岡県磐田市の磐田信用金庫は07年10月から、日系ブラジル人の口座から提携するブラジルの連邦貯蓄銀行への送金に限り、4500円の手数料を1200円に引き下げた。

 海外の銀行も自国送金に力を入れる。東海地方に3店舗あるブラジル銀行はテレホンバンキングなら手数料1200円。名古屋出張所を持つフィリピン国立銀行も2000円で、現金書留や日本の銀行の現金自動受払機(ATM)で全国から依頼を受ける。

 ただ、日本の銀行が次々と手数料を引き下げる流れは見られない。銀行同士の競争激化で貸出金利率を上げられない中、手数料が貴重な収益源となっている事情もある。

 これに対し元東京入国管理局長の坂中英徳・外国人政策研究所長は「送金を容易にするなど正規滞在の外国人労働者が働きやすい環境を整えることが必要だ」と強調する。

 国際収支統計によると、07年の日本からの労働者送金は4065億円。だが銀行以外に知人への依頼、郵送などもあって国も実態をつかめていない。発展途上国にとって出稼ぎ送金は政府開発援助(ODA)を上回る規模となっており、送金サービスの改善は発展支援ともなる。

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 ◇東海3県警摘発、10年間に10件

 国内で地下銀行が摘発されたのは92年、大阪府警による韓国人グループ逮捕が最初。外国人労働者の急増に伴い、愛知県警だけでも98年以降、少なくとも計6カ国・地域8件の地下銀行を摘発した。

 県警国際捜査課によると、地下銀行の需要が高まったのは、正規の銀行による身元確認で不法滞在がばれるのを恐れる外国人が国内に多数いるからだ。加えて▽ 手数料が低額▽送金額が無制限▽夜間・休日も送金可能▽送金が迅速▽言葉の壁がない--といった理由から、正規の滞在者も悪用するケースがある。

 また02年に摘発したイラン人の地下銀行は、送金の多くが違法薬物の売上金とみられ、犯罪収益の海外送金という地下銀行の目的の一つを典型的に示した事件だった。名古屋・栄の民芸品販売店を拠点に、送金総額は計約15億円とみている。捜査幹部は「地下銀行が違法行為を助長している。厳しく取り締まる必要がある」と強調する。

2008年6月2日

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