大阪の市立図書館を巡るボーイズラブ系小説の取り扱い。これらのニュースの発信がセクシュアル・マイノリティーに対する戸惑い払拭の一助となりますようにと僕は祈るような気持です。皆さんはどんな感想を持たれますか。
ボーイズラブ系コミックの表紙より(記者撮影)
今年、夏のこと。大阪府堺市の4つの市立図書館が、市民からの要望を受け、いわゆるBL(ボーイズラブ)系(※)の小説を、一般利用者の誰もが、すぐ手にとって読むことができる開放書架(開架書籍扱い)から、請求しない限り読むことができない閉架書庫へ移動する措置をとったそうです。
【註(※):BL(ボーイズラブ)系とは、概ね10代の若い美少年同士の同性愛を描いたファンタジック〜コミカルな小説やコミック、デジタルゲームなどを指す。いわゆる「腐女子」「オタク系」を自称する、主に女性マニアたちを中心に絶大な人気を博している。】
堺市によると、そもそも市立図書館は市民からのリクエストを受け、これまで約20年間に亘り、BL系小説5499冊(総額にして、約370万円相当)を購入。ただし、その数は所蔵図書全体の1%にも満たないとされています。
BL系小説はもともと、開放書架には置かず、閉架書庫に収めてあったようですが、人気があったために貸出請求が多く、書庫まで取りに行く手間を省く意図から、誰もがすぐ手にとれる開架書籍の扱いをしていたものがあったとのこと。
ところが、図書館を利用した一部の市民から、BL系小説の「挿絵」の中に、全裸の若い男性同士が抱き合っていたり、下半身に顔をうずめるなど、性行為を想起させるものが含まれており、「子どもたちに与える悪影響」を考えると、「市立図書館の所蔵図書として相応しくない」ので、すべて廃棄するか、売却して「もっと、ほかの有益な本を」購入するようにとの、再三に亘る抗議的要望が、電話によって、あるいは図書館窓口で寄せられていました。
市民から要望を受けた市立図書館側は、BL系小説のすべてを閉架書庫に収めた上、18歳未満への貸出を禁止することにしました。幸いにして、まだ、それらの廃棄や売却には至っていないようです。
また、堺市としては「近年、BL系小説の内容が過激になり、配慮が必要であるとして、3年前から収集・購入を控えていたが、(今回の要望を受け)今後は収集・購入を一切しない方針とする(要旨)」との見解を表明しています。果たして、どこまでが本当の話なのでしょう。
実際のところ、一部市民からの要望を受けるまで、堺市は、BL系の表現内容に、ことさら何の問題をも感じてこなかったのではないでしょうか。つまり、「挿絵」が猥褻だと指摘されるなどとは、全く想定していなかったと。
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呉羽真弓・京都府木津川市議会議員ら41名の市区町議会議員(全国)と、「ジェンダー図書排除」究明原告団(代表・上野千鶴子氏)、「女性を議会に・無党派・市民派ネットワーク」(事務局代表・寺町みどり氏)の2団体は、「
堺市立図書館における特定図書排除に関する申し入れ書」を堺市長と堺市教育長に提出。市立図書館から特定図書を排除・廃棄する動きを中止し、すみやかに現状復帰させるよう、強く求めています。
申し入れ書によれば、本件における法的問題点が、次のように指摘されています。
(1)特定の図書を排除することは、憲法で定められた思想・表現の自由など、基本的人権を侵害する行為であり、(禁止されている)検閲にも相当する。
(2)さらに、「住民が公の施設を利用することを拒んではならない」「住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない」などと定めた地方自治法に違反する疑いがあり、住民の一部を不当に差別するものだ。
(3)公立図書館が、法令で定められた「資料収集方針」に従って購入した図書を、一部の人たちの要望により閉架書庫扱いにしたことは恣意的であり、図書館管理者の裁量を逸脱している。
(4)市立図書館側が、問題となったBL系小説には(大阪府条例による)有害図書に相当するものは1冊もないとの態度をとっている一方、今後、18歳未満への貸出を行わないとするのは、「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」で定められた「意見を表明する権利」「表現の自由」「思想・良心・宗教の自由」「干渉又は攻撃に対する保護義務」などに違反している。
(5)性別による差別行為を禁止した「堺市男女平等社会の形成の推進に関する条例」にも違反する。
<要約引用:堺市立図書館における特定図書排除に関する申し入れ書(上述リンク)>
ボーイズラブ系コミックの表紙より(記者撮影)
要するに―――、
○堺市はなぜ、一部の市民だけの要望を容れて、BL系作品の小説を一般利用者から遠ざける判断をしたのですか?
○一部の要望に接した段階で、男性同性愛を扱った作品だと改めて気付き、「そうか、それなら」と、急いで意識的に排除してしまおうとする同調意識が作用したのではありませんか?
○そもそも、慌てて閉架書庫へ格納しなくてはならないほど、毒々しい猥褻さを持った小説(あるいは挿絵)だったのでしょうか? また、猥褻だと判断する基準は、あるのですか?
―――といった、問い掛けを試みていると見ることができそうです。
事がBLという男性同性愛を扱っている作品に関連する問題と判った瞬間、堺市市立図書館の然るべき立場の方たちが、大慌てで、それらBL作品を当面「見えるところから見えないところへ」移動させ、半ば隠してしまおうとの「ことなかれ」「臭いものに蓋をする」主義に傾いた―――と、洞察することができます。
市立図書館は、「こっそり隠してしまえば、それで問題は解決だ」と、高を括っていたようにも感じます。これほどの「騒ぎ」にまで発展するとは、予想していなかったに違いありません。
ところが、一旦こうした前例が成り立ってしまうと、「同性愛的表現は規制しても構わない」「もっと、どんどん規制すべきだ」などの、感情に任せた短絡的な意想が、次から次と、全国へ波及する恐れが生じるのです。
行政サイドには、同性愛〜LGBT〜セクシュアル・マイノリティーに関する情報認識が皆無だったのかも知れません。ひとえに、人権意識の低さを如実に感じる事件です。行政サイドは、デリカシー(他人の心を思い遣る繊細さ)を全く欠いているのではないかと、ゲイである僕の気持ちには暗澹たるものが横たわります。
容認されていたBL系小説の開放書架陳列(誰でも、すぐ手にとって読める開架書籍扱い)から一転、閉架書庫へ放り込んで「見えないものにしてしまおう」と決定された際、これが猥褻か否か、その判断の客観的公正さが、どこまで保たれていたのか、でき得れば第三者のしっかりした検証を求めたいものです。
ボーイズラブ系コミックの表紙より(記者撮影)
僕は、BL系作品を好んで読むことはありません。
BL系作品は、あくまで男性同性愛の当事者ではない、特に女性の作家によって創作される傾向が強く、僕のような「生身のゲイ」から見ると、かなりファンタジックに過ぎ、あくまで空想上の若いゲイ少年たちが織り成す「美しくも儚い純愛」を、極めて幻夢的に描いているように感じてきたからです。
しかし、たとえそうした独特な視点から、ときに偏った男性同性愛的世界観―――読者の好みやイメージ的願望にのみ沿った作品テイスト―――が顕著に見られるとしても、BL系作品は、結局のところ〔男性同性愛=ゲイ〕を表現しており、また、そうすることに基礎目的を置いていることは明らかだろうとの認識を、僕は持っています。
場合によっては、BL系作品と出会った10代のゲイ少年たちが、自分のセクシュアリティーを肯定的に捉えるためのメソッド〜ツールとして、それらBL系作品を有用なものとする可能性だってあるのです。
「子どもたちに与える悪影響」ばかりを心配する親御さんたちに、同性愛に生まれ付いている子どもたちの「心を理解してあげましょう」と、いくら説いたところで、即座に好意的反応が返ってくるとは、残念ながら到底、思えません。
時代精神の変化には、説明に多大な時間を費やす忍耐力、折々に襲う、まるで理解されない虚脱感との闘い、など様々な努力が必要になることは、申すまでもありません。
それでも、めげずにこうしたニュースを積極的に発信することが、ヘテロ・セクシュアル(異性愛者)の皆さんの深層心理に根ざす、同性愛〜LGBT〜セクシュアル・マイノリティーに対する「戸惑い」を払拭して差し上げるための一助となりますように……と、僕の心は、つねに祈るような気持ちで一杯です。
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