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特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 作家・石川好さん

 ◇移民に国を開こう--石川好さん(61)

 「運も実力のうちという言葉があるでしょ」

 石川好さん(61)はひょうひょうとした口調で話し始めた。44代米大統領に選ばれた民主党のバラク・オバマ上院議員のことだ。

 「彼の演説を聞いたけど、極めて慎重だね。持つ者と持たざる者、黒人と白人の間の壁を乗り越えよう、変革しようと言うが、1960年代のようにぶっ壊せとは言わない。『リベラル』とのレッテルを張られることなく選挙戦を終えた。たいしたものだ」

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 40年以上も前の話になる。石川さんは高校卒業後、65年に移民船で米国に渡った。米国が北ベトナムに対する爆撃を開始し、ロサンゼルスのワッツ地区で黒人暴動が発生した年だ。68年には公民権運動の指導者のキング牧師が暗殺されている。若者が性の解放と反戦を求めて行動し、黒人の解放を求める公民権運動が頂点に達した60年代。暴力や麻薬もあふれていた。

 「60年代は、『壊せ』という言葉に共感する時代。間違いなく革命だった。それを担った人たちがリベラルだった」

 そして、ほどなくして揺れ戻しの時代がやってきた。「リベラル」は過激派と同義語になり、「リベラル」のレッテルを張られることは、政治家にとって致命傷となっていった。60年代を体感した石川さんに、オバマ氏を選んだ今の米国はどう映るのか。

 「壊すことが正しいのか、間違いなのか。ベトナム戦争は正しかったのか、間違っていたのか--。オバマ氏はこの問題に触れなかった。だから、オバマ氏の勝利はリベラルの復権では決してない。いま起きていることは革命ではなく、反抗でもない。アメリカ社会は依然として60年代の光と影をひきずっている」

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 けれども、大きく変わったものもあるのではないか。金融危機の原因となったサブプライムローン問題だ。金融機関、不動産ブローカー、家を購入した市民は皆、欲に駆られてギャンブルをした。米国の資本主義はなぜここまでカジノ化したのだろう。

 「米国そのものが国家の介入を嫌がるところ。市場原理が正しい、自由に仕事し税収があがればいい、という考え方が信仰としてあるんだね。でも、政府が規制しなければ資本の暴走が始まるんだ」

 石川さんは冷戦の終結も原因の一つとみている。

 「貿易圏が東西二つあった時代にはこんな危機は起こり得なかった。経済が一極体制だと暴走するということを図らずも見せてくれた」

 民主党が勝利した意味は、米国民が規制緩和と強い者の独り勝ちを望まず、国家の市場への介入、規制を容認しないとやっていけない、と悟ったからだろう。

 「これからは国家の時代が始まる。オバマ氏はニューディール政策(大公共事業)をやるしかない」

 そうなると、財源のない米国はさまざまな局面で日本に「金を出せ」と迫るかもしれない。そんなことに思いを巡らしていると、石川さんは「ついていきます、どこまでも……」と、歌うような口調で話し始めた。

 「日米同盟なんて言葉を使うから、トリックにひっかかる。日本は間違いなく米国の従属国だよ。日米間には本格的に議論できる人的ネットワークすらない。米国に金出せと言われて、はいはいと言うだけ。むしられるよ、また」

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 石川さんは、中国を頻繁に訪れている。

 「中国と日本は世界で一番多くの米国債とドルを保有している。総理が中国に行って、日中で金融危機を救う枠組みを作ろうと提案してもよかったのに。政治のせいだよ。例えば中川昭一財務・金融担当相は中国嫌い。日米にネットワークがないからどうしていいか分からないんだ」

 中国要人は毎日、バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長やポールソン財務長官と電話しているという。

 「日本単独では何を言っても、米国は耳を傾けてくれない。それなのに、日本はアジアとの連携ができていない。いらいらするよ」

 石川さんの言葉の根底にあるのは、保守化する日本という国に対する不信感である。

 「そもそも日本には欧米でいうところの『保守』なんてない。戦後の一時期、日本を席巻した進歩主義は、重苦しい軍国主義の反動にすぎなかった。そしていまの日本はそれに対する反動で生まれた『保守』であり、伝統的な価値観に基づいたものではない」

 安倍晋三元首相は「美しい国」といい、麻生太郎首相は「とてつもない日本」を書いた。何かあれば、政治家は「日本の伝統に帰れ」という。石川さんはあきらめたように言葉をついだ。

 「米国にはこれこそよき米国人という定型がある。例えばオネスト・ジョン。働き者で家族を大切にして、休みには公民館でボランティア活動する、みたいな。英国には紳士淑女という言葉がある。どういう生活をして、いかに行動するかという共通したイメージがある。でも、よき日本人って何? 伝統回帰といってもいつの時代の伝統に帰るわけ? 平安、室町、明治、全く違った国なんだから。日本は風任せ。時代みながら諸外国に反応して生きてきただけなんだ」

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 米国と共に日本も沈んでいくのだろうか。

 石川さんが「米国が地盤沈下しているかどうかは、力の定義による」という。

 例えば、米国は世界一の軍事力を持つ。でも世界中の国がゲリラ戦しかやらない戦略に変えたため、あまり意味を持たなくなった。抑止力にもならないことは北朝鮮とイランを見れば分かる。経済力はうそと分かった。よその国はテレビを作って売る実体経済だが、米国は金融商品というインチキ商品を売っていた。米国が持っていたのは経済力ではなく借金力。それを支えていたのが人的資産だ。

 「米国は大学の実力だけは衰えていない。世界中の人がハーバード大やマサチューセッツ工科大に行きたいと思っている。米国の強さはそれにつきる」

 米国の人口は3億人を超えてなお増え続けている。移民が摩擦熱を出す。そこにエネルギーが発生する。

 その対極にある日本の人口は減少に転じている。

 「新しい血が入らず息切れしている。生物学的だけでなく、社会、政治の指導者たちも同じ血ばかり。醜悪だよね。米国より先に死ぬのは日本だよ」

 だからこそ、日本は時間をかけて移民を受け入れるべきだと石川さんは考えている。看護師にビザを与えるというようなレベルではなく、永住権を与える移民枠を作って年5万人ほど入国させるという構想だ。

 「そうしなければ、今世紀半ばには東京三つ分の人口がいなくなるんだよ。いまの高校生が還暦になるときは毎日が葬式。香典代が一番の出費、『斎場が足りないから1カ月、遺体を冷凍庫に入れておいてください』という時代がそのうち来るよ」【國枝すみれ】

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 ■人物略歴

 ◇いしかわ・よしみ

 作家。1947年、東京・伊豆大島生まれ。高校卒業後、65年から米カリフォルニア州の農園で4年間働く。帰国後、慶応大学に入学し、74年卒業。「ストロベリー・ロード」で89年に大宅賞を受賞。95年新党さきがけより参議院議員選に立候補したが落選。現在は秋田学術振興財団会長などを務める。

毎日新聞 2008年11月14日 東京夕刊

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