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社説

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前空幕長―「言論の自由」のはき違え

 事態の深刻さが、そして何が問われているかが理解できていない。航空自衛隊の田母神(たもがみ)前幕僚長を招いての参院の参考人質疑は、そんな懸念を強く抱かせるものだった。

 田母神氏は「自衛官にも言論の自由がある」「言論統制はおかしい」と繰り返し発言した。自衛隊のトップにまでのぼり詰めた空将が、こんな認識の持ち主だった。

 戦後の日本は、軍部の独走が国を破滅させた過去を反省し、その上に立って平和国家としての歩みを進めてきた。自衛隊という形で再び実力組織を持つことになった際も、厳格な文民統制の下に置くこと、そして旧日本軍とは隔絶された新しい組織とすることが大原則であった。

 憲法9条に違反するという反対論も根強かったなかで、国民の信頼を築いてきたのは、この原則からの逸脱を厳しく戒めてきた自衛官たちの半世紀におよぶ努力の結果である。

 自衛隊のトップにいた人が、こうした基本原則や過去の反省、努力の積み重ねを突き崩しておいて、なお「言論の自由」を言いつのる神経を疑う。

 むろん、自衛官にも言論の自由はある。だが、政府の命令で軍事力を行使する組織の一員である以上、相応の制約が課されるのは当然ではないか。

 航空自衛隊を率い、統幕学校の校長も務めた人物が、政府方針、基本的な対外姿勢と矛盾する歴史認識を公然と発表し、内部の隊員教育までゆがめる「自由」があろうはずがない。

 問題が表面化した後、防衛大学校の五百旗頭(いおきべ)真校長は毎日新聞のコラムでこう書いた。

 「軍人が自らの信念や思い込みに基づいて独自に行動することは……きわめて危険である」「軍人は国民に選ばれた政府の判断に従って行動することが求められる」

 五百旗頭氏は歴史家だ。戦前の歴史を想起しての、怒りを込めた言葉に違いない。

 それにしても、文民統制の主役としての政治の動きがあまりにも鈍い。浜田防衛相は、田母神氏の定年が迫って時間切れになる恐れがあったので懲戒処分を見送ったと述べた。

 田母神氏の行動が処分に相当すると考えるのは当然だ。きちんと処分すべきだった。そうでなければ政府の姿勢が疑われかねない。自民党国防部会では田母神氏擁護論が相次いだという。そうであればなおさら、麻生政権として明確な態度を示さねばならない。麻生首相の認識が聞きたい。

 ほかにも、参院での審議で驚くべき事実が次々と明らかになった。防衛省はなぜ省をあげての調査体制をつくらないのか。政府の腰が重いのなら、国会が国政調査権を発動して乗り出すしかあるまい。

淀川水系ダム―知事の反乱を受け止めよ

 「地域のことは地域で決める」と、関西の知事らが国土交通省のダム計画に「ノー」を突きつけた。

 大阪の橋下徹、京都の山田啓二、滋賀の嘉田由紀子の3知事と三重の副知事が集まり、淀川水系の大戸川(だいどがわ)ダムの建設に反対を表明した。熊本の蒲島郁夫知事が川辺川ダムに反対したのに続く画期的な動きである。

 大戸川ダムは淀川水系の上流、大津市に計画された。治水、利水、発電を担う多目的ダムとして40年前に計画ができた。総事業費は1080億円。だが、水余りで大阪府が利水から撤退するなどし、残る目的は治水だけ。川辺川ダムとそっくりの経緯だ。

 そもそも専門家らでつくる流域委員会が、治水効果が低いとして、ほかの3ダムと合わせ、このダムの建設に「待った」をかけていた。大戸川ダムについての知事らの判断は当然と言えよう。国交省はただちに建設を中止すべきである。

 何より上下流で利害が複雑に絡みあう河川政策で、4府県が足並みをそろえた意義はたいへん大きい。大戸川ダムを造らない場合の洪水対策は、既存ダムを活用するなど知恵を出し合って進めようと合意したのも画期的だ。

 上下流がいがみあえば、国交省が調整に乗り出し差配されてしまう。「だから地方には任せられない」と、分権の流れに水を差されてしまうのだ。

 大型の公共事業が、国交省の出先である近畿地方整備局に実質的に仕切られていることへの反発ものぞく。

 財源の乏しい地方にとって事業の優先順位はそれぞれに違う。学校の耐震化や子育て支援など課題は目白押しだ。なのに、政府が決めたダムのような直轄事業は優先順位を押しのけてやってくる。

 地域の政策の優先順位は、選挙で選ばれた首長が決めることだ。ダム反対を通じて知事は、そう主張している。

 さらに、直轄事業の巨額の負担金は自治体の重い荷物になる。直轄ダムの地方負担は3割だ。国交省による淀川の4ダムの総事業費は約3800億円にのぼる。最大の負担者の大阪府には今後、何百億円もの出費が求められる。5兆円の借金に苦しむ自治体にそんな余裕があるわけがない。

 これらの事業は本来、国会が必要性を判断し、厳選すべきだった。点検を怠り、国と地方の借金を膨らませた国会の責任も重い。

 そういう意味で、民主党が今国会に提出をめざす公共事業改革の3法案は注目される。国交省が進めるすべてのダムを凍結し、2年間かけて必要性をチェックする。100億円以上の公共事業は国会承認を義務づけるなどの内容だ。ぜひ成立させてほしい。

 地方の知事の相次ぐ「反乱」に、今度は国会が応える番だ。

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