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臨時 vol 55 小松秀樹氏 緊急投稿 「厚労省「第二次試案」からの行動」

2007年11月22日発行

          虎の門病院 泌尿器科 小松秀樹


 厚労省は07年10月17日に、「診療行為に関連した死亡究明等の在り方に関する試案」いわゆる「第二次試案」を発表した。内容は、検討会の座長で刑法学者前田雅英氏の「法的責任追及に活用」という主張に沿ったものだった。私はかねてより、患者と医療側の軋轢を小さくして、医療制度を崩壊から守ることに目的をおくべきだと訴えてきた。第二次試案の考え方をもとに法律が作られると、日本の医療が混迷に陥ると危惧した。そこで、10月25日、日経メディカルオンライン・MRIC上に「医療の内部に司法を持ち込むことのリスク」(http://mric.tanaka.md/2007/10/27/_vol_45.html#more)と題する文章を発表し、この問題を読み解く考え方を提示した。一気に問題を解決するために多くのことをやろうとすると、弊害が生じたときに取り返しがつかなくなる。死因究明制度の議論だけを行い、当面、医師法21条や、業務上過失致死傷はそのままにしておけばよい。問題があれば、みんなで抗議すればよい。福島県立大野病院産婦人科医逮捕事件を契機に警察・検察も考え方を変えつつある。多段階で、関係者の認識の変化を確認しつつ、時間をかけて解決していくしかない。十数年の歳月をかけるに値する重要な問題である。

 その後、事態は急速に動いた。11月1日自民党の医事紛争処理の在り方検討会が開かれ、この席で、日本医師会、診療行為に関連した死因の調査分析モデル事業運営委員会の三者が第二次試案に賛成した。いずれも、事前に、第二次試案に賛成することを機関決定していた。時間的にみて、医師会・学会の会員に意見を広く聴取することなく、幹部だけで決定したものと推測された。意見を述べたのはこの三者だけだったので、参加した自民党の国会議員は、ほとんどの医師がこの案に賛成していると理解されることになり、座長である大村秀章議員(http://www.ohmura.ne.jp/index.html)は厚労省に任せる旨を表明した。さらにその翌日、日本内科学会と日本外科学会が、連名で第二次試案を高く評価するとの意見書を発表した。このように、来年の通常国会での法案提出に向けて、関係各所の意見を集約するための演出が着々と進んでいるように見えた。実際、知人の自民党議員に厚労省は第二次試案について医療界は全面的に賛成していると説明していた。

 どう考えても上手な演出ではない。私はこれをチャンスと見た。医療に関する根源的な議論を、社会に見える形で展開できるきっかけになるかもしれない。従来、私は、現在の医療危機が、死生観、人が共生するための思想、規範としての法律の意義と限界、経済活動としての医療の位置づけ、民主主義の限界の問題など、社会を支配している基本的な思想の形骸化、単純化、劣化と、それに伴う考え方の分裂、齟齬に起因していると考えてきた。徹底した議論の過程がなければ、制度の議論も成立しないし、無理に制度を作ってもうまく機能しないと主張してきた。

 私は、医療についての根源的な議論を喚起するために、第二次試案に賛成した日本医師会との対立を明確化することを決意した。話がそれるが、これにはもう一つ大きな目的がある。かねてより多くの仲間たちと考えてきた勤務医の団体の創設である。従来、最も厳しい医療を担ってきたのは勤務医だったが、代弁する組織がなかった。第二次試案についても、勤務医の団体があれば、ここまで事態は危機的にならなかったはずである。今回の日本医師会、病院団体、学会の安易な対応は、勤務医を立ち上がらせることになると確信した。勤務医は、指導的立場の医師たちが、苛酷な現場の状況を理解していないことを痛感するに違いない。

 話を戻す。ここでは触れないが、私は、第二次試案の最大の問題点は第1ページの理念部分にあると思っている。届出の義務化、委員会の構成、報告書の扱いなどの具体的部分は、理念から派生した付随的な問題にすぎない。第二次試案は、大きな議論のきっかけになりうる。私と同じような意見を持つ数名のキーパーソンに相談し、同意を得た上で、11月17日、第107回九州医師会医学会の特別講演で、第二次試案に反対を表明し、「日本医師会の大罪」(http://mric.tanaka.md/2007/11/17/_vol_54.html#more)と題する文章を配布した。

 予想通り、医療界に大きな波紋が広がり、いくつかのメディアで取り上げられた。また、日本医師会の中でも第二次試案に公然と反対する人たちが現れて、執行部を批判し始めた。私立医科大学協会の「医学振興」第65号で、獨協医科大学学長の寺野彰氏が第二次試案についての危惧を表明した。全国医学部長・病院長会議の一部メンバーも動き始めた。厚労省第二次試案に対するパブリックコメントが公表され、福岡県医師会を初めとした多くの医療関係者・団体がこの案に反対していることが明らかとなった。これは、検討会の委員が所属する日本医師会や学会のコメントとは対照的であった。

 11月20日、日本医師会から私に会談の申し入れがあった。説明不足があったので、担当理事が説明したいとのことだった。社会に見えるところでの議論は大歓迎なので、口頭での説明ではなく、文書にして公表するよう求めた。

 本日(11月22日)、厚労省の担当者が訪ねてきた。私は、今回の第二次試案の騒動をきっかけに、原点に戻って、総論部分の議論をしましょうと提案した。厚労省の担当者たちの善意と熱意をいささかも疑うものではないが、権力はチェックを怠ると何をし始めるかわからない危ういものであることも間違いない。今回の騒動でこの思いをさらに強くした。

 結論である。現場の医師はこの問題について、意見を表明しなければならない。指導的立場の医師の行動をチェックしなければならない。従来と異なり、我々はインターネットを使える。簡単に多数の人たちと通信できる。多くの若い医師がネットを利用して、横断的な組織を作りつつある。日本の医療の根幹部分を勤務医が支えていることは間違いない。いつまでも弱者と思わずに、自信を持って行動して欲しい。流れは我々にある。

コメント

 なぜいままで勤務医の会がなかったのか不思議でしょうがなかったです。医局が上に存在していたからでしょうか。忙しすぎて会合をもてないからでしょうか。
 勤務医をやめたいという人間が多く、実際法律関係に進んだ友人も多くおります。やる気をもって医療界に入ってきた人間が、やる気をなくして医師を辞めていく姿を何度も目にしていますが、やるせない気分になります。当然医療界全体から見たら損失でしょう。今後是非勤務医の会をたちあげていただきたいと思います。

多くの中核病院が公的病院であるため、公務員という身分の縛りから、自由に発言できなかったのが原因と思います。
階層型の社会の歴史は古く、もはや up-to-date ではありません。ネットワーク型社会の現代では、インターネットを通じて同志が連帯することが簡単にできます。
決して「医療を悪くしても構わない」とは皆さん思っていないのですから、現行の医師会に代わる医師組織ができ、医師の処遇改善、国民の健康増進に役立てたいですね。

 既にロハス・メディカルのブログに投稿した文章だが、こちらにも投稿し皆様の考えを伺いたいと思う。
 小松氏の危機感は、一開業医でしかない私にも痛いほど理解できる。第二次試案がそのまま実施されれば、萎縮医療が更に進行するのは疑いの余地が無い。驚きなのは、日本医師会がこの案に賛成したということで、医師会員である私も全く知らなかった。医師会が医師の利益の代弁者である時代は既に終わっているとは思う。その証左として、医師会への加入率は低下し続けている。
 しかし、一方で小松氏の論中に違和感を覚えるのは、勤務医と開業医の対比である。勤務医の先生方のご苦労は無論理解しているつもりである。しかし全ての勤務医が激務で全ての開業医は安穏としているかのような論は極論である。氏は敢えて議論を分かりやすくするためにそのような議論を展開しているのかもしれないが、産科開業医は当然この試案に重大な影響を受けると思われる。また、我々のような在宅医療の担い手は終末期医療を行うことが多いが、死という微妙な着地点を探るという意味で、その「落とし所」を誤ればトラブルケースになりうるという危険も孕んでいる。
 小松氏の文中には、日本内科学会、日本外科学会も「連名で第二次試案を高く評価するとの意見書を発表した」とある。この二つの組織は、寧ろ勤務医が主体の組織ではないか。問題なのは日本医師会も含むこれら大組織の運営・意思決定過程であって、殊更勤務医と開業医を対比させることに強い違和を感じた次第である。
 一体、勤務医と開業医を分断して医療全体に利があるだろうか。必要なのは、勤務医・開業医の区別無く、現場の医師達の意思を反映する組織であろう。

カナダで2年間臨床フェローとして臨床の仕事に携わってから最近日本に戻って参りました。たった2年間ですが、日本での勤務医を取り巻く環境が劣悪化しているのに本当に驚いてしまいました。勤務医として働いて行くモチベーションがどんどん落ちて辞められる先生方が多いというのも納得がいきます。

勤務医のための会、これは今の日本では必須の団体なんだと思います。残念ながら日本医師会は勤務医が形だけ入っていてあたかも「医師」全体の意向を反映した団体のようですが、現実的には「開業医」のロビー団体として動いているにすぎないといわざるを得ません。
「医師不足」といわれていも、現実には「リスクの高い診療科の勤務医不足」であるわけです。これに対する国の処方箋が医学部定員増や産科小児科の診療報酬改定だけでは現場の勤務医にはなんの改善ももたらすことはありません。

それよりも日夜厳しい診療に明け暮れている上に、沢山の学術雑誌を読み、学会に参加あるいは発表をしている多くの勤務医には、必要経費が認められていません。つまり頑張って勉強をして、学会発表を沢山している勤務医ほど、すべて自腹を切って活動している訳です。これは国際学会での発表でも同じです。海外では税金対策的に学会参加費は高めに設定されていますし、その渡航費にしても莫大なものであります。それを研究費として落とせる場合は別としてたいていは自腹を切っている訳です。
こういう支出を必要経費として認めてもらえるように税制を変えてもらえるだけで、勤務医には「産科小児科の診療報酬改定」なんかよりも遥かに大きな利益をもたらしますし、モチベーションを上げるとまでは行きませんが、下げる原因の一つの解除、にはつながると思うのですが。

私も足立先生の意見に賛成です。今回の試案は開業医の先生にも関わることですし、一緒に問題を解決していくのがベストではないでしょうか。11月9日に小松先生から直接話をお聞きする機会がありましたが、問題の根源は医師会の組織のあり方(勤務医の医師会員に議決権がない、執行部が老齢化しているなど)にあることを力説しておられました。勤務医、開業医を問わず現在の医療現場の危機的状況に懸念をもつすべての心ある医師がインターネットを通じて力を合わせて意見を表出できる組織(もちろん学会は問題外です)を作り上げていく、私自身は小松先生の構想をそのように受け止めました。

第二次試案について、内科学会がすぐに賛同したことに非常に失望しました。ただ、死因究明委員会が出来たとして、その記録の公表を裁判所から求められたときに、拒否することが出来なければ、結局同じことのように思います。根本的に、医療事故における刑事罰の免責と、民事でも賠償額の上限(少なくとも弁護士の利潤にはならない額)を法的に求めなければ、いくらでも抜け道ができてしまいそうな気がします。

地方の中核総合病院で整形外科医長をしている勤務医です。

小松秀樹先生、いつにも増して怒りと闘志を露わにしていますね。他の方々が書いているのと同様、読んでみて危惧したのは「勤務医vs開業医」という仲間割れの構図にならないか、ということですが、小松先生はそんなリスクも承知の上で日本医師会に自浄作用は働かない、と見切り「生ぬるい手段では打開策にならない」と踏み出した一歩なのでしょうね。それだけ事態は切迫しているってことです。

「勤務医医師会」ではなく「現場で働く医師の会」として、勤務医に限らず第一線で働く開業医にも広く参加を呼びかけるのがよいのではないかと思います。それが大きな集団になれば日本医師会は存在自体が無意味なものになってしまうかもしれませんね。そうなったあとは新しい医師の会に魑魅魍魎が現れないか監視する必要があるかもしれません。

私も昨日、医療の質・安全学会で同じシンポジウムのシンポジストという関係で小松秀樹先生から直接お話をお伺いする機会を得ました。ブログへの投稿文そのものの内容を、打ち合わせ室でもシンポジウムの本番でも熱心に語られていました。勤務医と開業医を明確に区別するという点で違和感を持つ方もいらっしゃいますが、今までの組織ではダメで同じ思いを持った者同士の組織が必要ということと理解しています。ただし、こうした行動には、患者団体、メディア、既存組織の出方に注意を払っておくべきと考えています。必ずしも私たちの考え方が、国民のイメージと同じではないと認識してメディア戦略を整えるべきです。メディアが取り上げることが重要なのではなく、どのように取り上げるかです。私たちが厚労省の第二次試案に反対するように、小松先生の主張や、「現場からの医療改革推進協議会」案に対して、危惧を示す人々もいると考えています。彼らの危惧する部分が現実化した場合の損害よりも、現在の案が実現した場合の萎縮医療を始めとして医療崩壊につながる損害の方が、国民にとって圧倒的に大きい問題だということを説明しなくてはなりませんし、自律的行動によりその危惧を軽減する努力が実際に行われていることも示す必要があると考えています。
そのために、どれだけ広範に現場医師を始め医療従事者の共感と協力が得られるかが立ち上がりの大きなポイントです。

大学病院勤務の13年目の内科医です。
勤務医会を作るのには各大学病院の各科の代表と連絡をとることが大事ではないでしょうか?なんだかんだいっても勤務医を供給しているのは大学でしょうから。しかし教授や医局長などではあまり現場の事も理解してない方もいますからもっと現場に居る人間、学位を取得していつでも大学をやめる覚悟ができている人間(10年~15年目ぐらい)に各大学での事務局みたいな事をやってもらうのが良いと思います。しかし大学上層部などにも話を通してもらってからでないとうまく行かないかもしれませんので、そのあたりの段取りは小松先生など著名な人々にやっていただけたらと思います。自分も何とか今の医療環境が良くなるよう協力したいと考えています。

匿名でないとクビになるので匿名で失礼します。難しいことはわかりません。メールをよく読む時間もありません。しかし、勤務医の地位があまりにも低いことは日本の特徴です。アメリカでは専門医なら勤務医でも3000万程の収入があります。夜、呼ばれることもないと思います。日本では800万円ですよ。ばかばかしくて働いていられません。しかも、開業医が手に負えない(決して大学病院の適応でなくても)という理由だけで、診たこともない患者に夜、呼ばれます。アメリカならまず、ホームドクター(かかりつけ医)が対応するものと思います。日本では、このように夜間対応も、難しい症例も、ほとんどすべて大学病院、市中病院が担っているのに、医療収入は開業医の方が多いのです。是非、この間違った状況を打破するために勤務医団体を立ち上げるべきと思います。医療事故は昔は確かに医療側に非がある場合が多かった様ですが、最近はそうでもない様です。日本の医療のハイリスク現場のほとんどを担っている我々の意見が少しも入っていない現在の案は話になりません。

前記匿名さんに同感です。
大学病院や公立大病院の現場の勤務医の先生がたは、高度な医療に携わっており、日夜研鑽しておられます。安月給すぎます。そのうえに法的な縛りもできますと、あまりに無残冷酷な医療システムになります。
ともかく勤務医の大きな団体が至急必要です。早くたちあげていただきたい。いまの日本医師会は公的な(大)病院の勤務医を置き去りにしています。
インターネット上の会員名簿ですと、会費無料にできます。

はじめまして。Next Doctorsの石見と申します。
主催者様のご了解を頂きましたのでご投稿させていただきます。

Next Doctorsは医師医学生限定の質問・回答コミュニティであり、医療現場のリアルな意見が迅速に反映・発信される「鏡」のような存在を目指しております。

今回話題となっているこの「試案」自体に賛成なのか?反対なのか?、Next Doctors内で一問のみのアンケートを実施していきます。そして、その結果を公表することで、集団としての医師の考えを発信していきます。
(出てきた結果に基づいて、ご意見をお持ちの先生同士で意見交換をする場も提供します。)

医師・医学生の皆様、是非ご参加下さい。

ご参加はこちらでお願いします→Next Doctors (画面右上の新規登録ボタン)

(本人認証作業のため、最大で1週間程度必要とします。できる限りお早めのご登録をお願いいたします。)

自分の立場を表明します。小生、卒後25年、眼科開業医です。
小松秀樹先生の医療崩壊を防ぐという情念にはいつも圧倒されます。何時までもこのパワーを持続していただければと思います。日本の医療の精神的支柱であるかのような大きな存在感があります。
ただ、勤務医・開業医と二分して考えるのは少々疑問が残ります。また日本医師会は開業医のみの利害を追及しているわけではないと思います。診療報酬の改定は自己利益ではなく、日本の医療安全を担保するためという目的があることを忘れないでください。
勤務医の先生方と開業医の分断こそもう一つの医療崩壊ではないでしょうか。医師会を分裂させて医療人の力を減殺させてはなりません。
小松秀樹先生のような実力者こそが今日の医師会に求められているはずだと思います。きっと閉塞した日本医師会を打破してもらえるものと期待しております。

41歳、地方の勤務医です。
このまま、何も発言する機会なくいることは、戦争に反対と言わず、戦争を黙認してしまった、過去の先輩のように、罪の意識に苛まれると思うので、発言の機会に恵まれない小生、この場をお借り致します。

厚労省の関与した07年10月17日に、「診療行為に関連した死亡究明等の在り方に関する試案いわゆる「第二次試案」に、反対致します。
あくまで試案であり、医療界全体の意見を反映したものではなく、今後、根本的議論から、再度話し合う事を要請致します。

「現場で働く医師の会」として、勤務医に限らず第一線で働く開業医にも広く参加できる会が理想的に思えますが、立場を明確にし、意志の統一が取り易いという点から、先ずは、勤務医師会でもよろしいかと思います。

 小松先生は、開業医師全体と対立を表明した訳ではなく、あくまで、『医療についての根源的な議論を喚起するために、第二次試案に賛成した日本医師会との対立を明確化。』されました。
日本医師会の中でも第二次試案に反対する人たちが立ち上がり、執行部に異議を表明しております。
 全ての日本医師会会員は、医師会の動向に対し、意見を述べ、日本の医療を揺るがす試案に賛成した、日本医師会の姿勢に賛同しているのか、否かを明確にする必要があります。
執行部が独走した事を認め、謝罪し、執行部入れ替え、いわゆる、世間でいうとろこのリコールが行われれば、日本医師会を建て直し、会員の意思を代弁する本来の団体の意義を取り戻せるかもしれません。不可能であれば、別の団体として、設立せざるをえません。
 小生は、都市部の中規模クラスの市中病院勤務後、日々の医療に疲れ、人としての生活を送りたいと、(落ち着いて、排便がしたい、座って爪を切って見たい程度のささやかな希望が、退職しないと、果たせませんでした。正に、管理職である医師、指導的立場の医師の、現場の状況の無理解痛感して一度勤務医を辞めました。)病院の常勤医を辞職し、知人の要請のままに、しばらく、数箇所の非常勤医をしておりました。
(何故か、勤務先の好意らしく、知らないうちに、医師会B会員だった過去があります。)
 既に諸先生方がマスコミュニュケーションにおいて、事ある毎に代弁して下さっている、医療現場の実態と国民が医療の恩恵を安定して享受するためには、医師を疲弊、孤立させない事、が必須と考えます。
 都市部、地方に係わらず、
生命あるのものは、必ず終わりがくる、という当たり前の事を受け入れない人が、確実に増えました。
進歩した現代医療を持ってしても、救命が困難な事は少なからずあるという、当たり前の事実を受け入れない人。
 法曹界には免責があるが、医療には、刑事罰と言うのは、その場での判断が、即必要になる医療というリスクの高い職業には、不適切かつ不公平と言わざるを得ません。
しかし、医療現場での密室性を疑われたり、医療界に自浄努力が期待出来ないと、不信感を招いてしまった、医療界にも責任があります。
診療行為に関連したあくまで異常時死の可能性があるものの論議としないと、現実問題として、実効性に乏しく、また臨床を担う時間が少なくなり、結果、医療を受ける側にもデメリットとなると思います。
 


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