http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_656d.html続きを書くつもりはなかったのだが、面白いBlogを見つけたのでちょっと駄文をこねてみたい
中小企業融資で、とりわけわが国特有の問題として指摘されるのが、a)過度の土地担保主義、b)リコースローン、c)経営者個人に対する個人保証の要求、d)公的金融機関に対する過度の依存が挙げられる
以上の問題点に関しては、かなり前にこの日記でも何回か触れたことがあるが改めて簡単に説明したい。
a)の土地担保主義は、債権保全のため担保として不動産を要求するもので、とりわけバブル期の投機資金融資のために乱発されたことが指摘されるが、歴史的に見ると土地銀行に近かった勧銀・拓銀が設立された明治後期にはすでに存在していた問題でもある
b)のリコースローンとは、遡及型融資と一般的に言われるが、債務の弁済が行えないとき担保でカバーできない債務の残額を、遡及的に請求する融資形態である
c)の個人補償とは、債務の弁済が行えないときに備えて、会社財産とは別に経営者個人に対して保証を要求することである。d)の公的金融機関の問題は、中小企業融資に対する公的機関の低利融資が金利市場をゆがめ、民間金融機関の参入を阻害している点である
ただ、こういった問題点の指摘とは別に、こういった問題は日本特有で海外では行われていないという、ちょっと困った指摘が存在する。例えば、「海外では経営者個人が会社債務を保証することは有り得ない」とか「海外では公的金融機関の比重は低い」とか「海外ではほとんどノンリコースローンが当たり前である」といった主張である
a)、b)とc)の問題の要因であるのは根抵当/根保証制度が挙げられる。通常、抵当権はある不動産に対して対になる債務が存在し、債務が消滅すれば抵当権は消滅するし、抵当権を行使して競売が行われれば債務関係はその時点で消滅する(これを付随性と呼ぶ)
例えば、A社がB銀行から設備投資資金として10億円借り入れようとしていると仮定する。B銀行は融資の前提としてA社に担保を要求して、評価額20億円の土地を担保として差し入れるとする。融資が完済されれば、土地に対して設定されていた抵当権は消滅するし、債務の弁済が履行されないときには、抵当権を行使して土地を競売にかけ、やはり抵当権は消滅する
ここで問題になるのは、A社が先ほどの融資を弁済し終わったときに、新たに運転資金5億円の融資を求めたとしよう。B銀行は先ほどの融資で、一旦抵当権を設定した土地に対して、再び抵当権を設定しなおす必要がある。登記費用を考えれば二度手間になってしまうのだ
そこで、わが国で中小企業融資でよく行われるのは、根抵当権の設定を行うことが多い。根抵当権は、付随性が存在しない抵当権のことで、例えばA社とB銀行の関係で言うと、設備投資資金融資の段階で、設定した根抵当に極度額を設定しておき、極度額の範囲内で何度も融資を行うことができる。仮に、極度額が15億円だったとすると、A社が設備投資資金10億円を返済した後に根抵当は抹消されない限り存続し、B銀行は新たな登記を行うことなしに運転資金5億円を融資することができる
もう一つの根保証は、(物的担保である)根抵当の人的担保版である。保証債務も、通常は付随性を持ち、債務関係が消滅すれば当然に保証も消滅する。しかし、根保証契約は債務関係が消滅しても付随性が存在しないので、(限定根保証であれば)極度額の範囲内で何度も借り入れを行うことができる
なぜ中小企業融資で根抵当/根保証制度が多用されるのかは極めて明白である。一つは、融資ボリュームが小さい中小企業融資では、融資の度に一々抵当権設定登記を行ったり、保証契約を締結するのはコスト的に無理だからだ。根抵当/根保証を設定しておいて、極度額の範囲内でクレジットラインのように何度も貸し出しを行えれば、融資コストを抑えることができる。もう一つが、中小企業では必然的に運転資金の問題が良く出るので、短期の融資に便利だからだ。設備投資のように、長期で担保に取れるような融資なら問題がないが、大半の中小企業は設備投資など長期資金とともに、運転資金などの短期資金にも困る場合がある。そこで、根抵当/根保証を行うことで、複数の融資の担保を保全することができる
担保を取っているのに、なぜ経営者個人の保証を求めるのかというと、単純に中小企業の経営者は会社の資産と個人資産の区別が付いていない場合が多いからだ。マルサの女という映画で、個人商店を株式会社化した老夫婦が、店に並べている商品を夕食に出して怒られるシーンがあるが、大なり小なり中小企業では、経営者が会社の金に手をつけている場合が多い(別にこれは刑法上の横領というわけではなく、もっと広い意味もある)。こういった経営実態の場合、会社の財産と個人資産を区別すること自体にあまり意味はないし、保証を求めるのは合理性がある
では、こういった融資形態は海外では行われていないのか? まず、個人保証の問題で言えば、スタートアップ段階の企業は何らかの形で経営者の財産も担保に入れている場合が多い。例えば、株式会社でもLLC/LLPの場合でも、経営者が銀行からローンを借り入れるとき、個人で抵当権を設定する場合はそれほど珍しくない
もう一つのノンリコースローンが一般的であるというのは、確かに海外ではノンリコースローンの融資は盛んである。しかし、大半が不動産を対象とする融資がほとんどで、事業者に対する融資というのはある程度規模が大きくならないとあまりない。ノンリコースローンは、リコースローンと異なり、融資対象の収益性を評価して融資を行うもので、債務の弁済ができないときには、融資対象となった事業のみに担保権を行使して、他の会社財産に遡及しない融資方法である。こういった融資方法は当然、リコースローンと比べて金利が高いし、融資対象の収益性を評価する必要があるから、小口の融資、特に事業そのものの評価が難しい。従って、融資対象は小口ならば不動産(例えばアパートを建ててそこから得られるだろう家賃収入を評価して融資する)などに限定されるし、不動産以外だとボリュームの大きい融資に限定されるわけで、一般の中小企業融資の対象にはなりえないのは当然である
こういった、「海外では経営者個人が会社債務を保証することは有り得ない」とか「海外では公的金融機関の比重は低い」とか「海外ではほとんどノンリコースローンが当たり前である」といった主張は、とりわけベンチャー企業の創生がわが国では極端に低い理由としてよく挙げられる。だから、金融機関(銀行)が悪いのだという議論が生じやすいのだが、ちょっと考えればむちゃくちゃな議論だ。ベンチャー企業に対する融資が難しいのは、収益性評価が難しい上に、担保になりうる基本財産が極端に小さいという問題点がある。だから、シリコンバレーで創業したベンチャー企業は、会社の基本財産をでかくするために、極端に業務をインソースで行う場合が多い。銀行からの借り入れをやりやすくするためだ。しかし、何でもインソースにすれば収益性は低くなるのは当然である。IT系のベンチャーの強みである、小さくはじめるというのが難しくなるわけだ(これに対して日本のIT系ベンチャーはアウトソース好きで、何でも外部化して初期段階ではコアビジネスに特化する傾向がある。成長段階で、日米で逆になってしまうのだが・・・)
ところで、d)の公的金融機関の問題に関しては最近も書いているのだが、これも少し長くなりそうなので別の機会としたい。いつのことになるかわからないが
人的保証 (スコア:1)
海外でも創業者が個人資産を担保にするという話はわかるのですが,日本の場合に問題になるのは人的保証をとる部分ではないかと思います.
私は海外の事情については全く知らないのですが,ほぼ必ず連帯債務者をとるという制度は日本独特だという話を何度か聞いたことがあります.
これもある種の思い込みなのでしょうか?
kaho