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【コラム】「ブラジルに挑む日本代表の善戦を祈る」

 慶尚南道巨済に住む会社員がインターネットに書き込みをした。「急に向かいの寮からビックリするような大声が聞こえました。何だろうと思ってテレビをつけると、W杯の日本対オーストラリア戦でオーストラリアがゴールを1本決めたところ。歓声を上げた人たちはオーストラリア人だったのでしょうか?」

 またこの試合を観戦した他のネチズンらもそれぞれの感想を書き込んだ。「試合が始まる前は日本が勝ったらいいのにと思っていた。同じアジア人だから…。ところが実際に日本が先制すると、なぜか不安になった。そして応援の対象が変わった。オーストラリアが同点ゴールを決めて逆転し始めると気持ちが楽になった。なぜだろうか」

 この試合の前、オーストラリア代表のヒディンク監督は「私は大韓民国名誉市民だ。韓国のためにも日本に必ず勝つ」と述べた。ヒディンク監督は言葉も通じない韓国に1年7カ月間滞在した外国人だ。そんな彼が「韓国人は相手が誰であろうと日本が負けることを望んでいる」と察したのだ。

 どうしてそんな言葉が出たのかはテレビ中継を見るだけでも十分、分かる。18日、日本対クロアチア戦の実況アナウンサーたちはクロアチアがシュートのチャンスを逃せば「惜しい」を連発、一方、日本がシュートを放てば「危なかった」とコメントした。そう言いながらコメントが偏っていると感じたのか「日本は韓国と同じアジアのチームだが、心情としてはクロアチアに気持ちが傾く」と注釈をつけた。第1戦の日本対オーストラリア戦ではもっと露骨だった。オーストラリアが試合終盤まで苦戦すると「うちのチームの選手たちはもっと落ち着かなければ」という言い間違いまで飛び出した。

 韓国に6カ月以上滞在する日本人は約30万人。彼らがもし韓国テレビの中継で日本戦を見ていたら、どう思っただろうか。日本がオーストラリアに同点ゴール、逆転ゴールを許したとき、隣人の歓声を聞いたら、どんな気分だろう。ある企業家は日本人の事業パートナーに会ったとき、「2002年W杯の時は一生懸命、韓国を応援したが、韓国人はどうしてこうなんだ」と抗議したそうだ。

 1997年11月1日を振り返ってみよう。その日、ソウル蚕室スタジアムではフランスW杯予選の韓日戦第2回戦が行われた。韓国は韓日戦の第1回戦で2-1の逆転勝ちをした「東京大勝」のおかげですでに本選進出が確定していた。一方、日本は韓国戦を含めあと2試合勝たなければならないという切迫した状況だった。この日、韓国の応援席には「韓日両国ともフランスに行こう」という横断幕が掲げられた。日本が2-0で勝利すると韓国の応援団は「よくやった、日本」と叫んだ。日本のメディアの駐韓国特派員は「過去の両国関係を思うと、想像すらできなかったことが起こった。これは奇跡だ」と興奮した。私たち自身も大人になった自分達の姿に感心した。

 それなのに状況がまた元に戻ってしまったのは日本、特に日本政府の責任が大きい。独島(日本名・竹島)を自国の領土だと言い張り、日本が隣国を苦しめた歴史を否認し、美化したかと思えば、隣国の拒絶反応に耳を傾けようともせず靖国神社参拝を繰り返した。こうした態度に対しては徹底的に追求し、責任を問わなければならない。だからといって日本政府に対する不満をサッカーの試合にまで持ち込んだら、韓国という国をあまりにも石頭で貧弱な国であるかのように見せることになる。大韓民国も今や世界第10位の経済大国ではないか。

 日本のテレビは韓国戦を中継する時、「韓国は日本のライバルだが、アジアを代表して健闘することを祈っている」という言葉で始めたそうだ。果たして腹の中も同じ気持ちなのかはわからない。しかし韓国の実況アナウンサーたちの垢抜けない態度よりは一段上手だというほかない。

 明日未明、日本は世界最強のブラジルの胸を借りて一戦を繰り広げる。私たちも「日本は韓国のライバルだが、アジアを代表して立派に戦うことを祈る」という応援のエールを送れないだろうか。 

金昌均(キム・チャンギュン)論説委員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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