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グルジア紛争の勃発から1ヶ月あまりが経過、ロシアがグルジアに駐留する同国軍の撤退完了の期限を発表するなど、事態は沈静化の方向にある。一時は米大統領選の選挙戦にも影響を与えた同紛争も、最近では争点として取り上げられることもなくなった。だが、米国にとって同紛争がもたらしたインパクトは決して風化していない。情勢が落ち着いた現在、同紛争が米国の対ロシア政策にどのような変化をもたらしつつあるのかを整理しておきたい。
1.ロシア軍は10月11日までのグルジア領撤退(2地域除く)で基本合意、火種は残る
グルジア紛争の勃発した8月7日から約1カ月後の9月8日、ロシアのメドベージェフ大統領はEU議長国フランスのサルコジ大統領とモスクワで会談、1カ月後にロシア軍を南オセチア自治州とアブハジア自治共和国以外のグルジア領から撤退させることなどで合意した。会談後にメドベージェフ大統領は、10月1日をめどに両地域周辺の緩衝地帯にEUが監視団200人を配置、それから10日後の10月11日までにグルジアに駐留するロシア軍の撤退を完了すると発表した。
しかし9月10日、ロシアはサルコジ大統領がロシア、グルジアそれぞれと合意した文書間の矛盾を指摘した。ロシアによれば、二つの合意とも南オセチア自治州とアブハジア自治共和国の緩衝地帯へのEU監視団の配置という点は一致している。だが、グルジアとは第2フェーズとして両地域への監視団配置を合意した一方、ロシアとの合意では両紛争地域への派遣に一切振れていないという。ロシアは8月26日、南オセチアとアブハジアの独立を承認し、両地域とロシア軍(7,600人)の駐留継続で合意しているだけに、EU監視団の両地域への配置を認めるわけにはいかない。今後、両合意文書の整合性を巡る再調整がどのように進められるか要注意である。
2.ブッシュ政権は、ロシアへの配慮を示しつつ、封じ込めのオプションも残す
紛争勃発から1カ月を経て、勃発前後の米ブッシュ政権の対応など重要なポイントをメディアが報じ始めている。例えばチェイニー副大統領は紛争の勃発直後に「ロシアに対して行動をとらないわけにはいかない」とグルジアのサアカシュビリ大統領に伝えたという。当時のワシントンでも冷戦再会を示唆する米政府高官のコメントが飛び交っていた。しかしその後、EU、特にドイツとイタリアが米ブッシュ政権に慎重な対応を要請、チェイニー副大統領を始めとするタカ派の「対ロシア制裁の実施、ロシアのWTO加盟に拒否権発動」といった強硬路線は後退したとみられる。
例えば、米政府高官のオフレコ発言を集めた9月10日付のNY Timesは、「経済制裁、(ロシアによる)WTO加盟の反対などの一方的な報復措置は、対ロ対立の深刻化を意味する」と米政府の結論を報じている。また、米政府が9月3日に発表したグルジア向け援助パッケージ(10億ドル)には軍事援助が含まれていなかったことも、米国のロシアへの配慮を反映した判断と考えられる。援助発表の際にも、ライス国務長官が「軍事援助の検討早過ぎる」と述べていた。一方でブッシュ政権は、NATO拡大プロセスの加速、すなわちウクライナとグルジアのNATOへの早期加盟や、グルジア軍向けの復興援助の検討など、水面下でのロシア封じ込め政策も推進している。今後、ロシアが周辺国への影響力拡大に動く可能性も考慮して、強硬路線のオプションも残すという判断だろう。
もっとも、ブッシュ政権の曖昧なスタンスは、政権内部で対ロシア政策を巡る意見の対立を反映している可能性も否定できない。現にエデルマン国防次官は9月9日、下院国際委員会の公聴会で、「グルジアの経済、インフラ、軍隊の復興活動に対する米国の援助政策を検討する目的で、国防省から調査団を派遣する」と述べ、軍事援助の再開を「時期尚早」と判断したライス国務長官との方針の不一致を示した。
3.グルジア紛争で変化する欧州の対ロシア政策、米国の外交・安全保障政策にも影響
米国のロシアに対する姿勢が曖昧である一方で、グルジア紛争が欧州各国にロシアの脅威を認識させ、NATOの東方拡大への梃子が働く可能性も浮上してきた。今年4月にルーマニアで開催されたNATOサミットでは、ウクライナとグルジアのNATO加盟は、ドイツを中心としたロシアを刺激するリスクを警戒する声に押され前進しなかった。同サミットでは両国の「加盟のための行動計画」(MAP、Membership Action Plan)への加入も見送られた。だが、グルジア紛争の勃発後の8月17日にサアカシュビリ大統領と会談したドイツのメルケル首相は、「グルジアが望めばNATO加盟は実現する、同国の加盟を歓迎する」と述べ、方針の転換を示唆した。こうした動きを受けて、次回のNATO会合(08年12月)では、両国のMAP加入が審議されると見込まれている。
また、ポーランドへの米ミサイル防衛(MD)計画の迎撃ミサイル施設の配備も、8月20日に両国の正式調印という急速な展開を見せた。同計画に関する両国の交渉は遅れていたが、グルジア紛争がポーランドの世論を動かし、同国と交渉を急ごうとしていた米国の歩調が一致した(米政府は自ら交渉を急いだとの報道を否定)。ただ、米議会では多数派の民主党がミサイル防衛に反対し、今年5月には同施設の建設に対する支出が阻止されている。同党は、今後も機能性が確認されるまでは支出を承認しない姿勢である。同施設がロシアの攻撃を遮る規模(インターセプター・ミサイル10基)でないことから、米政府はイランや北朝鮮からのミサイル攻撃を対象とした施設と説明してきた。だがグルジア紛争をきっかけに、ブッシュ政権と共和党は同施設をロシアに対する象徴的な牽制措置という役割に転換させて、民主党に圧力をかけようとしている。ロシアの脅威は大統領選の争点の一つにもなることから、今後、「民主党は安全保障政策を甘く見ている」と攻勢を強め、民主党が妥協する可能性も考えられる。
4.米議会は、サアカシュビリ大統領を後押ししたブッシュ政権を批判
最近の米議会では、グルジアとの関係見直しを求める声も強まっている。9月9日、下院国際関係委員会で開かれた今後のロシア政策についての公聴会では、民主党のバーマン委員長が、ロシアによるグルジア侵攻の根拠を踏まえた上で今後の対ロシア政策を考えるべきという立場を取り、反ロシアの姿勢を強めていたグルジアに肩入れしていた米政府を批判した。具体的には、自国の軍事力の乏しさへの認識を欠いたまま、ロシアの挑発に応じてしまったグルジアのサアカシュビリ大統領を米国が後押ししたことは、イラン核問題、テロ対策、アフガニスタン、核不拡散などの問題において必要な米国とロシアの強調の障害となり、米国にとって得策ではなかったことになる。
米政府がサアカシュビリ大統領を後押ししたことへの批判は、親グルジアのグループにも広がっている。例えば以前から親グルジアで有名な共和党のロイス下院議員が、「判断力が欠ける指導者を持つグルジアとの軍事同盟に米国が引きずり込まれるリスクに注意すべき」と言及しているほどである。8月17日付のニューヨーク・タイムズは、ブッシュ政権が「ロシアの罠」についてサアカシュビリ大統領に何度も注意していたというブッシュ政権の失敗に行き着くことになる。そのグルジアでは今のところ政権交代の動きは見当たらない。ブッシュ政権も次期政権も、サアカシュビリ大統領、そしてグルジアとの関係をどのように見直すか、難しい課題を抱えることになりそうである。
5.米大統領選と今後の対ロシア政策
既にブッシュ政権は末期に差し掛かっているだけに、今後の対ロシア政策は、次期政権の判断に委ねられる部分が圧倒的になる。したがって、マケイン、オバマ両候補のロシア、グルジアへのスタンスが重要になるが、最近ではこうした点が選挙戦で取り上げられることはめったにない。グルジア紛争が勃発した直後は、対ロシア関係が大統領選の争点として注目を浴びることこそあった。だが、紛争が沈静化に向かい、両党の党大会が終わった今では、共和党のペイリン副大統領候補に選挙戦の関心が集中する上に、争点は景気後退とインフレ、住宅問題、金融不安など国内問題で占められる状態である。ただ、米軍総司令官でもある大統領としての適正は、選挙戦の重要なポイントであることは確かであり、グルジア紛争と対ロシア政策が今後の公開討論会等で取り上げられる可能性は高いし、再び支持率に影響してくることもありうるだろう。
8月26日~29日、「我々は皆グルジア人だ」と開戦直後に主張したマケイン候補が他の上院議員5人とともにグルジアを訪問した。同候補は、ポーランドへの米MD施設配備にも賛成し、G8からロシアを外したいとの意向を示している。しかも、先制攻撃の必要性を示す「ブッシュ・ドクトリン」を認めている。それだけに、マケイン政権が実現する場合、米国とロシアの関係は難航が予想される。一方、オバマ候補は、グルジア・ウクライナのNATO加盟を支持しているが、ロシアとの対応について慎重である。ポーランドのMD施設には反対しないが、「実験を重ね、機能性を高める必要がある」と述べている。「対話」を柱とするオバマ政権のほうが、マケイン政権よりはロシアと対立する可能性は小さいとはいえる。
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