共産党機関紙を配布したとして、国家公務員法(政治的行為の制限)違反に問われた元厚生労働省社会統計課課長補佐、宇治橋真一被告(60)=定年退職=に対し、東京地裁は19日、求刑通り罰金10万円を言い渡した。小池勝雅裁判長は「衆院選前日に相当枚数を配っており、公務員の政治的中立性に強く抵触する」と述べた。弁護側は20日にも控訴する方針。
判決によると、宇治橋被告は衆院選前日の05年9月10日、東京都世田谷区の警視庁職員官舎の郵便受け32カ所に「しんぶん赤旗」の号外を投函(とうかん)し、人事院規則が禁止する政治的行為をした。
弁護側は「休日に職場と離れた場所で職務と関連のない文書を配布しており、公務とは無関係」と訴えたが、小池裁判長は「政党の機関紙配布は法が制限する『政治的行為』の中でも政治的偏向の強い類型に属し、自由に放任すれば行政の中立的運営に対する国民の信頼が損なわれる」と指摘した。
宇治橋被告は住居侵入容疑で現行犯逮捕されたが、拘置が認められずに釈放されて起訴猶予処分となり、国家公務員法違反で在宅起訴された。【伊藤一郎】
判決後に会見した小林容子・主任弁護人は「大変残念な判決。宇治橋さん個人というより、日本の政治活動の自由が問われた事件だったが、中身の薄っぺらい判決だった」と批判した。宇治橋被告は「(判決は)国家公務員が勤務時間外にビラをまくことが公務の遂行に支障を来し、行政に対する国民の信頼を損なうと言っているが、組織の一員として仕事をしてるのに党派的なものが発揮できると裁判長が認識したということは、事実を見てないのか、行政が分かってないと思う」と語った。
▽土本武司・白鴎大法科大学院長(刑事法)の話 被告が筆頭課長補佐の地位にあったことに照らせば有罪は妥当だ。ただ、公務員も表現の自由はできる限り保障する必要があり、法の適用にあたっては、直接的、具体的に中立性を損なう行為のみを違法と限定すべきだ。公務員の政治的行為について、罰すべきものと、そうでないものに区別する努力を始めるべきだ。
▽奥平康弘・東大名誉教授(憲法)の話 「最高裁判決があるから」「たかが罰金10万円」という意識がのぞく官僚的な判決だ。近年、非政治的であることをよしとする雰囲気が強まっているが、それ自体が物言わぬ市民を作り出そうとする政治性を含んでいる。判決は、国家公務員の問題にとどまらず、国民全体の自由をじわじわと制限する方向に利用されかねない。
東京地裁判決は、同様の行為で起訴された社会保険庁職員を有罪(罰金10万円、執行猶予2年)とした06年6月の地裁判決とほぼ同じ考え方を踏襲した。
しかし、社保庁職員のケースは罰金刑に執行猶予がつき、量刑は今回の方が重い。この日の判決は「本省の筆頭課長補佐として管理職に準ずる地位にあった」と指摘し、中枢ポストに近い公務員により厳しい法令順守を求めたと言える。
両事件で弁護側は「国家公務員の政治活動を制限するのは『表現の自由』を保障した憲法に反する」と主張したが、いずれも合憲とされた。両判決が根拠としたのは、選挙ポスターを掲示板に張ったとして起訴された郵便局員を有罪とした「猿払事件」の最高裁判決(74年)だ。
ただ、日本が制度設計の参考にした米国では、93年の法改正で勤務時間外、勤務場所外の政治活動が原則自由となった。憲法学者などの批判が強いにもかかわらず、30年以上前の判例がそのまま踏襲される日本とは対照的だ。公務員の「私」の時間における政治活動や、裁量の小さい非幹部職員の政治活動をどこまで認めるのか、議論を深める時期にきているのではないか。【伊藤一郎】
毎日新聞 2008年9月19日 17時17分(最終更新 9月19日 22時32分)