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2008/11/13

ブルースに著作権はないのか?

ベスト・オブ・チェス・ブルース ベスト・オブ・チェス・ブルース
価格:¥ 1,800(税込)
発売日:2004-08-25

東京アウトローズさんちの宝田さんなんだが、最近の金融工学を否定してむかしの工業立国に戻ろうという風潮に異を唱えているわけだ。
馬鹿を言ってるんじゃないよ。
世の中は〝 それが無かった時代 〟に戻れない
という、永遠の真理を忘れては困る。
* 人力車の普及で 駕篭かき人足は失業
* 河に橋が架けられると 渡し舟は廃業
で、面白い例をあげているんだが、プレスリーです。
1954年にミズーリ州メンフィスでデビューしたロックンロール歌手のエルヴィス・プレスリーは、南部の極貧家庭の生まれだった。
小切手変造で収監された父親は、いわゆる白ゴミ ( white trash ) 扱いされ、黒人囚専門のパーチマン刑務所に送られたほどである。
高校卒業後にトラック運転手となり、音楽事務所に出かけて小遣いをはたき、伝説的な自作版レコードを製作した。
おいらも書いたんだが、プレスリーという男は白人に見えて、中味は黒人そのもの、なわけだ。黒人のあいだで育ったために、白人文化をあまり知らない。黒人音楽だったら肌に染みついて知っている。なので、白人音楽しか知らない人たちにはとても「新鮮」に見えた。もっとも、それは決して偶然だったわけじゃないらしい。
プレスリーを売り出した地元レコード会社のオーナー、サム・フィリップスは創業時から予言していた。
「黒人の感性と歌唱力の備わった白人青年を見つけ出せば、爆発的なヒット曲が産まれるはずだ」
綿花畑の黒人小屋から抜け出してきたかのような、プレスリーの歌い方にプロデューサーは仰天した。
それを待ちかまえていた仕掛け人がいて、彼がプレスリーを売り出すわけだ。で、ここからが面白いんだが、プレスリーが売れ始めたところでサムはRCAに「今の値段で約1億円」で売り渡してしまう。その後のプレスリーの活躍を考えると、なんてバカな事を、と思いがちなんだが、サムはそのカネを新規事業に投資した。それは、アメリカ全土にホテルのチェーンを作るという事業で、ナニを隠そう、それが発展して今のホリディインになりました、というんだがね。

プレスリーはとっくに死んでしまったが、ホリディインは今でも毎日稼いでいる。はたして「投資」としてはどちらが利口だったか、というような話なんだが、だから、金融工学が失敗したからといって、いまさら「工業立国」には戻れない、という命題なんだが、さて、どんなもんか。ここら辺はとても大事なコトなんでゆっくり考えるとして、話はアレだ、プレスリーのヒット曲、ハウンドドッグなんだが。





Big Mama Thornton ft. Buddy Guy - Hound Dog 1965

宝田さんも書いているんだが、ビッグママ・ソントーンという人がおりまして。上のようつべがソレなんだが、デカいです。バディ・ガイを従えて怒鳴ってます。こういうオバチャン、バンコクでもプラトゥーナムの問屋街によくいるね。肝っ玉母さん。こういうオバチャンの歌うブルースというのは卑猥な歌詞が多くて、♪アタシの乳首は500円玉みたいにおっきいのよ♪とか、そんな感じです。男はセンズリ、女はマンズリとか、そんな感じ。黒人しか聞かない音楽なので、普通の白人はそういうモノがある事すら、知りません。で、


Big Mama Thornton - Hound Dog 1971

で、こちらは1971年というので、ダイエットしたのか、ずいぶん痩せましたね。でも迫力は変わらない。つうか、和田アキ子かと思いました。つうか、和田アキ子がどこから来たのか、コレを見ると判ります。途中、妙な踊り見せたりするのもご愛敬。


Big Mama Thornton - HOUND DOG!! Orig. 1953

で、そもそもこの曲の最初は、1953年です。上のSP盤がそうです。犬の真似して吠えてます。つうか、おいらの生まれた年だw 世間的に「ロックンロールが誕生」とか言われるより前の時代なんだが、実は、ロックンロールなんざ戦前からあるわけです。ただし、黒人しか聞かなかった。差別とか何とか、そういうもんじゃない。白人と黒人はまったく違う世界に住んでいたのです。イギリスの推理小説で「執事なんぞの使用人が犯人というのはルール違反」というのと同じで、いてもいないのと同じ、見えないわけです。


Elvis Presley, Hound Dog

それが、プレスリーという「白人の外見をした青年」が歌う事によって、初めて白人の耳に届いた。やってる事は多くの黒人ミュージシャンと変わらないんだが、少なくとも白人でこういう歌手はいなかった。主流は甘い声で囁くように愛を歌うパット・ブーンだった。さて、これを「黒人音楽を世界に広めた功績者」と見るか、「黒人音楽を盗んだ大泥棒」と見るか。


Down Home Shakedown

もういっちょ、ビッグ・ママ。ジョン・リー・フッカー他ボーイズを堂々と従えて黒雪姫と七人のこびとみたいなんだが、まさに肝っ玉母さんです。これくらいハーモニカ吹けると気分いいだろう。


John Lee Hooker - Boom Boom (Blues Brothers 1980)

で、その、ジョン・リー・フッカーです。といえばブルース・ブラザースなんだが。有名なシーンです。名曲、ブンブンです。ブルースマンというのは時代とか流行に関係なく生きているので、何十年でも同じ歌をやってます。持ち歌たくさんあってもみんな同じように聞こえるから、それでいいのだ。何十年もやってる有名ミュージシャンでも、こういう街角が似合うというのも人徳だな。


John Lee Hooker - BOOM BOOM (1966)

若かりし日のフッカーなんだが、客はみんな白人ですね。こういうフイルムって、古いのはほとんどヨーロッパです。アメリカでは白人はこういう音楽を聴かなかったんだが、ヨーロッパでは好奇心旺盛な若者が、どんどんブルースを吸収していた。特にイギリスでは熱心なブルースマニアが多かった。ローリング・ストーンズはそういうところから生まれます。


The Animals - Boom Boom (live at Wembley, 1965)

アニマルスによる、ブンブンです。アニマルスというのも真っ黒けなバンドだった。で、おいらがナニを言いたいのかというと、白人はブルースを盗んでロックと看板掛け替えて商売のネタにし、それで世界を征服した。盗まれた黒人はどうしたかというと、どうもしてないわけで、死ぬまで自分の好きなブルースをやり続け、決して金持ちにもならず、ロックもやらず、相変わらず、ラップだとか何だとか、わけの判らない寝言みたいな音楽やって遊んでます、という事だな。

コメント

おふくろはプレスリー、フランク永井、ディンマーチンのファンですw

演歌を歌うジェロがいますよね?
日本在住の黒人プレスリーとして演歌で世界制覇できるでしょうか?

大瀧さんのラヂヲ聞いてるようなキモチです。

 初期の黒人音楽の模倣(誤解を恐れず言えば)としてのプレスリーはブルースやソウルやら黒人音楽が放送禁止であった時代には独占状態にあった。しかし、黒人音楽が解禁となってしまえば…

 だから、プレスリーの後半生は「ラブミーテンダー」「愛さずにいられない」風のハーモニーを大切にする白人音楽に帰っていくことになる。プレスリーは大きく二期に分けて論じる必要があるだろうね。

 正直言えば、今時の若者が前期プレスリーの「ハウンド・ドッグ」を聞いてそれほど感銘を受けるとは思えない。ホワイトブルースの一つぐらいの感覚じゃないかな。

 ただ、1960年前後のロカビリーを中心とした白人音楽(プレスリーを含む)は日本に十分照会されていない。というのは、64年になるとビートルズ旋風で一挙に音楽シーンが塗り尽くされてしまったから。

 むしろ、プレスリーの前期を中心とした60年前後の英米の音楽シーンはビートルズ、ローリングストーンズ等、GSを生み出した素地にも当たるわけで、今後の研究が待たれると思う。

 これまでブルースギターを弾くミュージシャンに「ジョン・リー・フッカーやって貰える?」というと99%は遠慮すると応えるだろう。少なくとも私の経験ではそうだった。チューニングレベルから独特なので、どうしても同じ音が出ない。出ても2倍ぐらいの早さの演奏でないとジョン・リー風にはならない。

 彼は孤高の天才というべきだろうね。死の直前のインタビューでも、「私は誰にも出来ない音楽を創ってきた」と言っていたが、その独自スタイルにかよほどの自信と誇りがあったのだろうね。

 彼のサウンドを真似て、白人ブルースバンドがいくつか登場したが(たとえば、キャンド・ヒートとか)みんな消えちまったんじゃないか?白人が黒人音楽を模倣しても限界があるということかな、やっぱし。 

>世の中は〝 それが無かった時代 〟に戻れない
確かに、世を過ぎて無かったコトにするのは不可能かもしれませんが、
鉄砲の威力で下克上の世を平定した後、
二本差しに回帰した江戸時代は、どうなんでしょう?

と、書いてきたトコで引用先の記事を読むと、
「ゼニに目の眩んだ欲ボケが、 全世界を豊かにした不思議に感謝しよう。」
とありました。
翻って現代に、銭に目の眩んだ欲ボケが、
全世界を豊かにする不思議は起き得るのでしょうか?

「ラップだとか何だとか、わけの判らない寝言みたいな音楽」、笑えました。
特に輸入品の日本人ラップなんてもう愚痴以外の何物でもないけど、本家ラップの寝言さには辟易としてました。
しかし確かにブルースもそう言うもんだなと思うと、ラップがなんのか、感慨にふけります。

どっちがバカなのか・・・新しい民謡の誕生なのか・・・
「はどうしたかというと、どうもしてないわけで」この辺が浅いのか深いのか・・・深いですね。

 アニマルズと言えば「朝日の当たる家」。ひなびたカラオケ居酒屋でオヤジがよく調子外して歌っているのでよく知っているだろう。あれなんかもフォークソングでボブ・ディランなんかもいかにもひなびて歌っていた。

 何と言ってもアニマルズはエリック・バードンの怪物的歌唱力で持っているバンドであった。それこそ、肩から首というような体型の男で声は熊の雄叫びのようにでかい。歌人の塚本邦雄が惚れ込んでエッセイーにしたためていたのを記憶する。

 個人的好みで言えば、日本で尾藤イサオが歌ってヒットした「悲しき願い」、「朝日の当たる家」に続くヒット「We Gotta Get Out Of This Place(朝日のない街)」、「When I Was Young」等か。

> 最近の金融工学を否定してむかしの工業立国に戻ろうという風潮に異を唱えているわけだ。
>> 馬鹿を言ってるんじゃないよ。
>> 世の中は〝 それが無かった時代 〟に戻れないという、永遠の真理を忘れては困る。
 
 流行は廃れ、文化はうつろうものだ。
 ましてや、金融工学のようなまやかしの類は言うに及ばず・・・ 金融工学によりどれだけの人が不幸になり、地道な物作りを捨て金融立国を目指した国が今はどうなっているか。
 そもそも誰かがモノを作らなければ飯は食えないし、売る物が無ければいかな詐欺師の金融工学であろうとも、すぐに嘘が露呈してしまうだろうよ。
 それに 『〝 それが無かった時代 〟に戻れない』というのは、生活を便利にしたり、世の中の役にたつものの場合だろう。金融工学は詐欺師や自民党やニダヤにとっては便利なものだろうが、人類全体にとって百害あって一利無し。

間違って途中で”投稿”ボタンを押してしまった。orz
 で、以前から何度か書いているが、我輩は人の生き血を啜って生きている奴は許せないタチなので、金融工学も農学に関係ないのに農学系でオママゴトやってる研究者も大嫌いです。
 泥棒官僚も売国政治家もそうだが、一度人の生き血の味をしめた奴は容易には改心しない。自ら望んで奴隷になったB層や、確信犯的に自国民の命を奪い売国に走る奴ら、己の保身や利権のために平然と他者を犠牲にする奴らの99%以上は、死ぬまで改新する事は無いと断言できる。

金融工学も何も・・・

只の格付け詐欺と
見せ金での証券取引だし

詐欺にたいそうな名前付けて有難がってもなぁ。。。。

このページの下から三番目のチャートが、ダウの100年間のチャートです。現在進行中の下げ調整が完了すれば、それはIV(C)波動(右上)の完了となります。そこからの上げは、100年以上続いたダウの“最終最後”のV波動となります。前から伝えているように、この最後のV波動は、代エネブームで6年間経済を牽引する予定でしょう。アプローチは、金融工学+環境保護となるでしょう。

しかし、怖いのは、V波動が完了する2015年から、ダウは少なくとも100年間分の半分、最悪100%引き戻すことになるでしょう。ここで金融工学の大爆発だと思います。おそらく、目立たない様に二番手を走ってきた日本が、実体経済で世界を彷彿させ始めるのは、2012年ぐらいからだと思います。やっぱり、このおっさんは凄いと思うよ!

>オフィス・マツナガのボスも、
>「確かに、間違いなく世界は100年に1度の歴史的な転換点をむかえている。」

http://tinyurl.com/6jj3jh

パットブーンの方が黒人音楽取り入れたのは早いです。
ファッツドミノのエイントザットアシェイムとかフラミンゴスのアイルビーホームとか。ニューオリンズR&Rとドゥーワップですね。
しかしプレスリーのようなワイルドさが無かったため白人ロックシンガー第一号の称号は貰えませんでした。他にもジョニーレイとか損な役回りの白人さんはたくさんいます。
あと、プレスリーは例の母親にプレゼントで録音した曲がカントリーだったことからもわかるように、黒人音楽一辺倒の人でもないです。というか、カントリーもブルースもそれぞれアイルランド系移民とアフリカ系移民の持ち込んだ被差別階級の歌だったので遠く離れた存在ではなく、互いに影響を与え合っています。プレスリーより前のハンクウィリアムスに黒さを感じる部分があったり、ブルースシンガーのレッドベリーがやたらカントリー臭く聞こえるのもそのためでしょう。プアホワイトと黒人というのは根のところですでに結びついていたので、プレスリーやビートルズが融合させたという説は売らんがための後世の作り話です。
で、何が言いたいかというと、最初から芸能なんてのは河原乞食の得意種目なんで(黒人楽団から楽譜もらったベニーグッドマンら白人ジャズはユダヤ人)、河原乞食同士もっと自由に混合してたのが戦前の音楽シーンだったと推察できるということです。そして今の方がジャンル分けの細分化が進み、河原乞食はアーティストと呼ばれるようになって頭が固くなり、結果音楽産業は衰退の一途。ラップも元祖辿ると黒人だけでなくボブディランみたいな唄法にも源流が見え隠れするので、あまり白黒に拘らなくてもいいんじゃないかと思っているんです。ついでに言えばアメリカ音楽の父と言われるフォスターは黒人霊歌をアレンジして名曲連発していたし、黒人側もブルースでもジャズでも全部西洋楽器や西洋音階の理論を手にしてから発展しているので、黒を収奪して白が儲けたという話にはならないばかりか、下手すると建国以前からアメリカはごった煮文化だった、そしてごった煮することに現在よりも躊躇がなくおおらかだった、と私は考えております。
今はシチュー文化よりサラダボウル文化とはよく言われることですけどね。

 別にじゃず屋さんに触発されたわけではないけど…

 基本的に音楽の「源泉主義」みたいなものは不毛となりつつある時代なのかも知れません。音楽は本来、「再現芸術」であって時間とともに消え去るものであったのですが、それが録音技術の発達で残せるようになった。ブルースで言えば最古のブルースは19世紀末に蝋管に残されたものがあり、そりゃブラインドの黒人が生きるために道ばたで歌を歌っていたわけで…

 話が逸れました。世界中の誰でもいつでもオンデマンドで世界中の音楽が聴けるというのは人類史ここ100年の出来事で、実に革命的なわけです。だから、とんでもない辺境の地でバルトークを聞いて悶える少年がいたり、地球の裏側からディラノロジストが現れたりと、影響もくそも無い時代になっているんですね。もう音楽の歴史はじゃず屋さんじゃないけどごった煮状態です。

 それと同時に、圧倒的に英語が音楽シーンを席捲しだしました。戦前は名曲喫茶とかでクラシックを聴き、おフランスが好きなら「シャンソンバー」に行き、サンレモ音楽祭なんてのもあって、伊藤ゆかりなんかが下手な歌歌ったり、もちろんジャズ喫茶なんかも全盛でバライアティーに満ちていた気がしますが、その点は貧しくなってしまったようです。

 音楽的にはうっかり「影響」なんて口に出来ない時代なのかもしれません。

 

ブルースのレコードって、みんな3分数十秒でフェードアウトするんだけどね。
何故かというと、ライブでは延々と何十分でも続けるわけだ。
ダンス音楽だから。
レコードは時間の制限があったので、みんなフェードアウトしてしまう。

音楽、音楽って言うけど、実は、ダンスの伴奏であったり、ボヤキ漫才であったり、演説であったり、主張であったりするんだが、それを商品に仕立てるためにパッケージに詰めただけなのさ。

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