第62回毎日出版文化賞の受賞作5点が決まり、25日午後3時半から東京都千代田区紀尾井町のグランドプリンスホテル赤坂で贈呈式が開かれる。各部門の受賞者を3回にわたり紹介する。
◆出版文学・芸術部門 橋本治さん(60)--『双調平家物語』全15巻(中央公論新社)
中国の叛臣(はんしん)列伝に始まり、平家の栄華も蘇我馬子から語り起こされる。第10巻でようやく「平家の巻」に至る、異色の『平家』。「清盛は専横と言われたが、藤原氏の婚姻政策を踏襲しただけ。胎(はら)を介して実権を握る摩訶(まか)不思議なシステムの成り立ちをたどったら、道長が蘇我の血を受けていることが分かったのです」。秦から中世までの時空に「権力」という筋を通す、壮大な叙事詩がこうして生まれた。
『日本書紀』などをひもとくと、信じがたい事実が散見されるという。例えば中大兄皇子に嫁ぐはずの娘が直前にかどわかされた。その娘が後に、中大兄の叔父・孝徳帝の妃として正史に登場するのだ。パズルのように事実をつなぎ、すき間を作家の想像力で埋めれば、人間の営みが生々しく浮かび上がる。中大兄のかいらいと見られてきた、母や叔父のしたたかさ。19歳の中大兄が「まだこの国に、国と言うべきものはない」と落涙する場面こそが、この巨編を貫くテーマだ。
史実をつなぐために年表や系図も自作した。「トンネルを掘るのに、事実の支えがないと崩落する。逆に支柱を並べたら、おのずと道筋が見えてきました」。“貫通”までに10年。無数の登場人物の思惑が入り乱れて歴史がうねる、ダイナミズムは圧巻だ。
昭和から平成への変わり目に『窯変 源氏物語』全14巻に取り組んだ。第1巻の刊行直後に「次は平家」と持ちかけてきたのは、中央公論社の嶋中鵬二会長。実現にこぎ着ける前に会長は鬼籍に入り、版元の社名と世紀も改まった。「悠長な企画を許してくれた版元に感謝します」
「双調(そうじょう)」には「騒擾」を掛けた。『源氏』と『平家』には奇妙な符合があるが、『平家』と平成もまた「愚かしさ」で通じるという。双調は本来、雅楽の用語で「春の調べ」を指す。「日本はしょせん、いまだに春。国がないと嘆いた中大兄の時代から、進んでいないのかもしれない」【斉藤希史子】
◆人文・社会部門 東野治之さん(61)--『遣唐使』(岩波新書)
遣唐使全体を扱った一般向けの本は、半世紀余りも出版されていなかった。自身の研究を中心に近年明らかになった重要な事実をわかりやすく紹介して、一般の読者はもちろん研究者の間にもある遣唐使についての誤った常識を正した。
専攻は日本古代史と木簡などの文化財史料学。近年は主に日本古代の対外関係と飛鳥、奈良時代の寺院を研究している。日本人留学生、井真成(せいしんせい)の墓誌が大ニュースになるなど、遣唐使に対する一般の関心は高いが、史料が日中にまたがる難しさもあって、専門の研究者は少ない。
正史である『続日本紀(しょくにほんぎ)』などの編纂(へんさん)された2次史料だけでなく、誰も気に留めなかった書状などの1次史料にも目を通して新事実の手がかりを見つける。膨大な漢籍の関係しそうな個所だけを参照するのではなく、冒頭から通覧して意外な語句に出合うこともある。
8世紀の遣唐使について、かつては日本が唐と対等の関係で臨んだとする説が有力だったが、唐の僧の書状に「約二十年一来朝貢」とあるのを見つけ、日本が20年に1回の朝貢を約束していたことを明らかにした。
遣唐使船で往復した最澄の記録などからは、遣唐使船の遭難が多かったのは、造船技術が劣っていたからではなく、唐の日程に合わせなければならない外交使節だったために、海が荒れる時期を避けることができなかったからだとわかった。
遣唐使が大量に持ち帰った書物の中には中国では位置づけが低かった一種のポルノ小説が含まれる一方、中国の固有の宗教である道教の経典はほとんど入っていない。
「日本は独自の基準で唐の文化を選択して取り入れたのです。遣唐使は古代のロマンにとどまらず、近現代の異文化交流を見る鏡にもなります」
日本が受け入れた文物、日本に渡ってきた人たち、その影響を受けて形成された日本文化。現代にもつながる古代の対外交流の実態解明の努力が続く。【佐々木泰造】
毎日新聞 2008年11月6日 東京夕刊
| 11月11日 | 毎日出版文化賞の人々:/下 小林道夫さん |
| 11月10日 | 毎日出版文化賞の人々:/中 植木雅俊さん/福嶌義宏さん |
| 11月6日 | 毎日出版文化賞の人々:/上 橋本治さん/東野治之さん |