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国会議事堂の隣にある憲政記念館に尾崎行雄(咢堂(がくどう))を記念する財団が入っている。その財団副会長で咢堂の三女である相馬雪香(そうまゆきか)さんが亡くなった。96歳だった 「憲政の神様」と呼ばれた政治家・咢堂は元々、新潟の地方紙から本格スタートした民権派記者で、明治中期の北國新聞でも客員論説委員を務めた。幕末の安政年間に生まれた父の足跡を明治末年生まれの娘が伝え、21世紀の国会を刺激し続けているのは奇跡に近い 92歳の時にお会いしたことがある。「父が金沢など北信越に縁を深めたのは、西の薩長閥に対抗したから」と証言したのには驚いた。幕末維新史が140年余を経て平成の世につながっているのを実感したからである 咢堂は演説に命をかけた政治家で、本紙創刊者の赤羽萬次郎や富山の松村謙三らの人脈を成した。相馬さんはその大政治家の娘らしく「世の中を変えるのは難しいけど、まず自分が変わらなきゃ」が口癖だった 「さようなら」と言わない人だった。取材を終えると、にこっと笑って「またお会いしましょう」と言うのだった。命の鎖がつながる瞬間を見た思いであった。
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