まだ現役だったのか―そう思った読者の方もいたのではないでしょうか。ボクサー・辰吉丈一郎選手。十月二十七日付のスポーツ面に、タイで行った五年ぶりの復帰戦での勝利が報じられていました。読んでいるうちに、いろんな思いがこみ上げてきました。
かつて運動部に五年間在籍し、辰吉選手とその周辺を何度も取材しました。周知の通りドラマの多い選手です。当時、辰吉選手は網膜剥離(はくり)で引退の危機に追い込まれながら、特例を取りつけて現役を続行。チャレンジを続け一九九七年、世界王座復帰を果たしました。「ピークは過ぎた」「練習不足」などと酷評されている中での王座奪回劇でした。愚直に思いを貫き通した辰吉選手。応援を続けた家族や倉敷・味野中時代の恩師、同級生たち。彼らの姿に胸が熱くなったのを覚えています。
あれから十年以上が過ぎました。王座陥落、重なる年齢、所属ジムからの引退勧告、ボクサーライセンスの期限切れ…状況はますます厳しさを増しています。それでも辰吉選手の姿は、見る者に強烈に訴えるものがあるのです。タイの復帰戦にも多くの日本人客が詰めかけ「タツヨシコール」を響かせたといいます。
辰吉選手の試合後のコメントは「もう一度、やりたい」でした。私は彼が試合に敗れた後、こう言っているのを何度も取材したことがあります。そして、これまでは必ず「もう一度」の舞台まで困難を乗り越えてたどりついてきました。今度は、どうなるのか。ドラマは、まだ終わらないのかもしれません。
(玉野支社・高木一郎)