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平安時代末期の神像5体、一度に出土 滋賀の塩津港遺跡

2008年11月10日20時14分

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写真男神とみられる像。5体の像はいずれも、大人の手のひらにちょうどおさまるほどの大きさだ=滋賀県西浅井町の塩津港遺跡、荒元忠彦撮影

写真男神とみられる像=滋賀県西浅井町の塩津港遺跡、荒元忠彦撮影

写真女神とみられる像=滋賀県西浅井町の塩津港遺跡、荒元忠彦撮影

写真女神とみられる像=滋賀県西浅井町の塩津港遺跡、荒元忠彦撮影

写真女神とみられる像=滋賀県西浅井町の塩津港遺跡、荒元忠彦撮影

写真木製の神像5体が見つかった塩津港遺跡=10日午後、滋賀県西浅井町、荒元忠彦撮影

図

 滋賀県西浅井町の塩津港遺跡の神社遺構から、平安時代末期(12世紀後半)に作られたとみられる木製の神像5体が見つかった。同県教委が10日発表した。県教委によると、複数の神像が一度に出土した例はないという。

 神像は高さ約10〜15センチ。長く地中に埋もれて劣化しているが、体形などから2体は男神像、3体は女神像とみられる。男神像は当時の貴族の礼装で冠をかぶり、女神像は長い髪を肩から垂らした女官の姿をしている。県教委によると、古来、神社信仰には偶像を置く風習がなかったが、仏教の影響を受けて奈良時代の終わりから、神像が作られるようになったという。

 神像には、僧侶や貴族、武者、子どもなどをかたどったものがあり、今回は出土場所や形状から、貴族の姿をした神像と判断した。

 瓦や檜皮(ひわだ)など建物部材と共に見つかったことから、県教委は、地震などで神殿が崩壊した際に堀に埋まったのではないかとみている。

 15日午後1時半から現地説明会がある。(上野満男)

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