10月22日午後2時30分。東京・霞が関の裁判所合同庁舎内の記者会見で、勤務医の過労自殺訴訟原告の中原のり子さんは時折、声を詰まらせながら話した。
「(亡き夫には)残念だったとしか報告できません。なぜ裁判所は一生懸命働く労働者を守ってくれないのか。勤務の過重性を認めながらも病院に非はないとする判決は、理解を超えるもので納得できません」
夫の中原利郎医師の過労自殺をめぐる判決で、東京高裁はのり子さんの控訴を棄却、敗訴判決を言い渡した。勤務先の佼成病院(東京都杉並区)に安全管理義務違反はないとし、損害賠償を求めるのり子さんの主張を退けたのだ。
小児科医の中原医師が病院の煙突から投身自殺をしたのは1999年8月16日の早朝。後に病院関係者から手渡された3ページにわたる遺書は、「私には医師という職業を続けていく気力も体力もありません」と結ばれていた。中原医師は、のり子さんおよび3人の子どもを残して命を絶ったのである。
中原医師の死から高裁の判決日までに9年2カ月が過ぎていた。
病院の7割で労基法違反 当直の実態は夜間勤務
中原医師の労災認定をめぐる訴訟では2007年3月14日に東京地裁の判決があり、うつ病と業務の因果関係を認め、労災支給となった(国は控訴せず、判決が確定)。ところが2週間後の病院を相手取った民事訴訟はうつ病と業務の関係を否定。180度異なる事実認定をした。
今回の高裁判決は、労災認定訴訟がすでに確定していることから、業務と自殺、うつ病との因果関係を明確に認めた。が、その一方で病院側の責任はいっさい認めなかった。
「病院は中原医師が心身の健康を損なっていたり、精神的な異変を来していると認識できなかった」と結論づけたのである。
記者会見で原告側弁護士は、「このような判決では、使用者の責任が問われず、今後、(過労死や過労自殺の)被害が拡大しかねない」と高裁の判断を強く批判した。
今までに医師の過労死や過労自殺をめぐる判決としては、公立病院の麻酔科勤務医の過労死に関する大阪地裁判決(07年3月30日)、総合病院の麻酔科女性医師の過労自殺に関する大阪地裁判決(同5月28日)がある。ともに病院の安全配慮義務違反を認定し、損害賠償を命じた。
今回、のり子さんの主張を退けた高裁は「予見可能性」という言葉を持ち出した。安全配慮義務が問題となる場合には、業務による疲労の蓄積がもとで精神障害を起こすおそれについて、具体的客観的に予見可能であることを必要とした。
中原医師の場合、「勤務が過重な月もあったが、あくまで一時的なもので、本人の意思で解消できるものだった」と高裁は言及。また、「中原医師から病院側に人員確保の働きかけがないことからも、心身の健康を損なうことを具体的・客観的に予見できなかった」とも述べた。
だが、こうしたものの見方は、一面的ではないだろうか。高裁は「具体的客観的に予見可能であること」を病院が安全配慮義務を問われる際の必要条件に据えた。しかし、現実には医師の労働の実態や心身の状態をきちんと把握している病院がどれだけあるのだろうか。そして、実態把握を怠ったがゆえに問題を予見できず、その結果として責任も免れるということになれば、本末転倒ではないか。
「(亡き夫には)残念だったとしか報告できません。なぜ裁判所は一生懸命働く労働者を守ってくれないのか。勤務の過重性を認めながらも病院に非はないとする判決は、理解を超えるもので納得できません」
夫の中原利郎医師の過労自殺をめぐる判決で、東京高裁はのり子さんの控訴を棄却、敗訴判決を言い渡した。勤務先の佼成病院(東京都杉並区)に安全管理義務違反はないとし、損害賠償を求めるのり子さんの主張を退けたのだ。
小児科医の中原医師が病院の煙突から投身自殺をしたのは1999年8月16日の早朝。後に病院関係者から手渡された3ページにわたる遺書は、「私には医師という職業を続けていく気力も体力もありません」と結ばれていた。中原医師は、のり子さんおよび3人の子どもを残して命を絶ったのである。
中原医師の死から高裁の判決日までに9年2カ月が過ぎていた。
病院の7割で労基法違反 当直の実態は夜間勤務
中原医師の労災認定をめぐる訴訟では2007年3月14日に東京地裁の判決があり、うつ病と業務の因果関係を認め、労災支給となった(国は控訴せず、判決が確定)。ところが2週間後の病院を相手取った民事訴訟はうつ病と業務の関係を否定。180度異なる事実認定をした。
今回の高裁判決は、労災認定訴訟がすでに確定していることから、業務と自殺、うつ病との因果関係を明確に認めた。が、その一方で病院側の責任はいっさい認めなかった。
「病院は中原医師が心身の健康を損なっていたり、精神的な異変を来していると認識できなかった」と結論づけたのである。
記者会見で原告側弁護士は、「このような判決では、使用者の責任が問われず、今後、(過労死や過労自殺の)被害が拡大しかねない」と高裁の判断を強く批判した。
今までに医師の過労死や過労自殺をめぐる判決としては、公立病院の麻酔科勤務医の過労死に関する大阪地裁判決(07年3月30日)、総合病院の麻酔科女性医師の過労自殺に関する大阪地裁判決(同5月28日)がある。ともに病院の安全配慮義務違反を認定し、損害賠償を命じた。
今回、のり子さんの主張を退けた高裁は「予見可能性」という言葉を持ち出した。安全配慮義務が問題となる場合には、業務による疲労の蓄積がもとで精神障害を起こすおそれについて、具体的客観的に予見可能であることを必要とした。
中原医師の場合、「勤務が過重な月もあったが、あくまで一時的なもので、本人の意思で解消できるものだった」と高裁は言及。また、「中原医師から病院側に人員確保の働きかけがないことからも、心身の健康を損なうことを具体的・客観的に予見できなかった」とも述べた。
だが、こうしたものの見方は、一面的ではないだろうか。高裁は「具体的客観的に予見可能であること」を病院が安全配慮義務を問われる際の必要条件に据えた。しかし、現実には医師の労働の実態や心身の状態をきちんと把握している病院がどれだけあるのだろうか。そして、実態把握を怠ったがゆえに問題を予見できず、その結果として責任も免れるということになれば、本末転倒ではないか。
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