2008-11-10 オバマでは正直困ってしまう件

- 出版社/メーカー: ユニバーサル インターナショナル
- 発売日: 2007/06/27
- メディア: CD
しかし11月になってからワイドショーばかり見ている。
小室、オバマ、大阪の3キロ引きずり轢き逃げ犯(視聴者の予想を超える犯人のクズぶりに、テレビも発情した犬のように昂奮しっぱなしであった)と、盆と正月と岸和田のだんじりがいっぺんにやって来たような賑わいを見せていた。
で、バラク・オバマである。アメリカ大統領選挙という「篤姫」なんか目じゃない超大河ドラマの、しかもすごいラストを目撃したようで、かなり昂奮してしまった。オバマもマケインもドラマ性たっぷりの人物であり、時代の転換を担う若い黒人候補対反骨と信念の長老という図式もおもしろかった。負けたマケインにしても、本来の「共和党のはぐれ牛」というキャラをかなぐり捨てて、この2年間はブッシュに取り入り、キリスト教保守派と和解し、挙句の果てにペイリンというブッシュの女版みたいなおばちゃん(彼女似のポルノビデオがさぞや多くリリースされたことであろう)を担ぎ出し、仲間であるパウエルに批判されてダブルスコアで負けるという奈落の物語もまたよかった。で、副大統領のバイデン上院議員って誰? ドラマ性に欠ける人物は、テレビでは徹底的にぞんざいに扱われるのであった。キン肉マンにおけるカナディアンマンのような適当な扱われ方である。
政治信条からいえば、ブッシュという建国以来の最低最悪大統領がようやく消え、フセインというミドルネームを持った黒人大統領が登場するという、小池一夫の劇画もかくやという展開も非常によろこばしいが、人類愛と倫理を捨てて、一表現者として考えるとオバマが大統領になるといろいろと困るなあと思った。これからまた映画や小説や音楽がつまらなくなるんじゃないかとさえ思う。何事も楽観主義者であるアメリカ人が、オバマが大統領になったことですっかり満足してしまい、教条的で一致団結で、「人種なんか関係ないよね」という訳知り顔であったかいオカマ臭くてアホい物語(「ID4」とか「アルマゲドン」とか「パールハーバー」とか「タイタニック」。あとウィル・スミスの映画全部)ばかりが、この黒人大統領の誕生というご祝儀相場のなかで作られていくのではないかと思うと気が滅入ってしまう。また9・11のときもそうだったが、現実があまりに強烈すぎるとフィクションの世界は精彩を欠く。この大統領選挙とオバマ次期大統領の登場という強烈な現実が、フィクションの世界に薄っぺらいオプティミズムをもたらすような気がして不安である。マケインが勝利して、民主党を支持するハリウッド人に「やっぱりおれたちは勝てないのか……どうなっていくんだろうアメリカは」という「What's Going On?」的な憂国の気分をつねに与えつづけたほうがいいものを作るような気がする。
思えばブッシュというのは稀代の名作メーカーであった。あの「アホでマヌケなアメリカ白人」を象徴するテキサン大統領は、マイケル・ムーアという怒れる左翼をいきいきと活躍させ、ベストセラーを連発させ、(「アホでマヌケなアメリカ白人」は今読んでもすばらしい)カンヌのグランプリを取らせるほど勢いづかせた。ゴアでは、たぶんあの才能をとことん発揮させることはできなかっただろう。あのころのムーアは「ブッシュもゴアも同じだ!」とRATMのPVで主張していたけれど、ブッシュとゴアはたぶん全然違う政治をしていただろう。(ゴアが善政を行うかはわからないが、ブッシュよりはマシであっただろう)
今年の「ダークナイト」も悪名高い愛国法やイラク戦争がなかったら、ああした傑作に仕上がっていたかはひどく疑問だ。(アホでマヌケなプロデューサーあたりが「もっと能天気に!」とか「おっぱいぶるぶるのハクいブロンド美人とのロマンスを入れろ! 沈黙の戦艦みたいに」などと指示する可能性大)、あの重苦しさをともなう物語が「スター・ウォーズ」を超える興行成績をあげたのも、ブッシュ政権のフリーダム過ぎる政策がなければありえない話だったと思う。資本主義と宗教が激しくぶつかり合う「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」や、「クラッシュ」などの社会派脚本家ポール・ハギスの台頭も、ブッシュ政権なくしては語れないような気がする。イギリス映画だけどやはり傑作「トゥモロー・ワールド」もまた、ブッシュのイラク戦争がなければありえなかった作品の一つといえる。
ブッシュといえばオヤジのころの時代もいろいろと惨かった。レーガンが記録的な財政赤字を作って格差社会を作り、戦争に勝っても不況のせいで選挙で敗れたブッシュ・シニアの時代では、暗くてルーザー感丸出しのグランジロックが花咲いた。また黒人音楽にしても、オナラのような早いリズムの軽い能天気なダンスミュージックから、スピードを極端に落とした重低音ギトギトのギャングスタラップに流行が移っていった。格差社会といえば民営化をとことんコケにした「ロボコップ」を作ったバーホーベンが最近になって「ブラックブック」という優れた作品を作ったが、世の中が荒れてくると、あの稀代の暴走監督はいきいきするのではないかとさえ思う。00年の「インビジブル」は爆笑しながら見たし、いい作品だけれどはじめて見たときは「ああ、この監督、なんか迷走してる」という印象が残ってはいた。あと格差で暴動といえばなんといってもマイケル・ダグラスの「フォーリング・ダウン」(93年)だ。あれこそ政治の悪化が生み出した奇跡といえる宝石みたいな作品だ。
べつに共和党政権のときにばかりすばらしい作品が登場するとも限らない。ベトナム戦争をさらに悪化させた民主党のジョンソン政権下でもいろいろ生まれている。この時代に生まれたアメリカンニューシネマはもはや語る必要もないだろう。タイム誌がニューシネマの流行を取り上げたときの見出しが「暴力、セックス、芸術! 自由に目覚めたハリウッド映画」である。たまらないではないか。
つまりけっきょくこれ好みの問題でしかないが、能天気なハリウッド映画や、バブリーに盛り上がるボンジョビやジャーニーやモトリークルーみたいなサウンドがさっぱり好きになれないだけの話あって、個人的な理由でしかない。しかし年がら年中バーベキューでビール飲んでアメフトで盛り上がっている楽観主義者たちが、ふと「おいおい、これはやばいんじゃないか?」とたまに眉をしかめて真剣になり、そこから生まれた作品に、あの国のすがすがしい健全性を見たような気分になれるのだ。思えば最近のアメリカ音楽はどうなってるかは知らないが、「THE ROAD」みたいに「核戦争してアメリカ人がみんな土人化する」という悲観の究極みたいな小説がベストセラーになるのも、サブプライムローンの破綻などもろもろの失策が生んだ賜物といえる。
大統領が変わったところで、そうすぐに破壊されたアメリカがよみがえるとも思えない。ニクソンだってベトナム戦争終結を約束してから4年もかかったのだ。オバマの手腕がまずければ、膨らんだ期待はすぐに憎悪へと変わるだろう。保守的な白人は「それみたことか」と、発情した犬みたいにイチモツを屹立させ(エルロイ的表現)、国内は引き続き荒れ模様となるだろう。かなり綱渡りの政権となることは間違い。これからまたどんな政治が行われ、それによってどんな作品が生まれるか。アメリカという国がおもしろくてしょうがないのは、そういうところがはっきりわかりやすく反映されるからだ。さてどうなるだろう。愉しみだ。
追記。
http://jp.reuters.com/article/usPresidentialElections/idJPJAPAN-34846820081111(オバマ氏当選で大統領ジョークの減少を心配する声)
シラキュース大学のロバート・トンプソン教授(テレビと大衆文化)は「バラク・オバマは今のところ、コメディアンにとって悪夢だ」と語った。
がははは。2012年はペイリンを大統領にしようぜ。セーブ・ザ・コメディアン。
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- 発売日: 2008/07/09
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- 発売日: 2008/07/25
- メディア: DVD
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- 発売日: 1996/10/09
- メディア: CD