医療ジャーナリスト和田努の「医療・健康・福祉」を考えるコンシューマーヘルス
 
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エッセイ月刊「新医療」掲載分>医師作家・海堂尊の発信≠フ重さ

医師作家・海堂尊の発信≠フ重さ

 
 

 医療を守備範囲にしているジャーナリストとして、海堂尊という作家はとても気になる存在であった。全作品を読んでみた。2005年、『チームバスタの栄光』でデビュー。以来長編小説8作、専門書1作、9作品を上梓している。わずか3年間でこれだけ密度の高い作品を世に問う筆力には驚嘆する。しかも病理医として病院勤務しながら、なのだから脱帽ものである。

 比較的新しい作品『ブラックペアン1988』(講談社刊)はタイトルどおり1988年の出来事を描く。海堂作品ではいちばん古い時代を描いている。この年は、海堂が医師としてスタートした年にあたる。

 <そこには現在の医療問題のすべての萌芽が見られる。……ある個体を構成するすべての細胞が、たった一組の遺伝子から形成されるように、二十年前にばらまかれた医学の遺伝子が現在の医療を形成している>と書く。

 中心静脈栄養輸液(IVH)が、初めて臨床の場に登場する場面が描かれる。なるほどこの時代だったのか、と感慨を覚える。がんの告知をする場面も出る。今では殆どのがん患者が告知されるが、この時代は20%くらいしか告知さていなかった。

 『ジーン・ワルツ』(新潮社刊)は、現時点で最新刊。ヒロインは、美貌の産婦人科医、人工授精のエキスパート。体外受精、代理母出産など、生殖補助医療という生命倫理的な問題に取り組む。

 海堂作品を発表順に通読したのだが、短期間に多作しているにもかかわらず、小説作法はますます洗練され、破綻がない。奇想天外なフィクションを編み出す想像力のすごさ。私は海堂作品の面白さにすっかり堪能したのだが、この作家のすごさは、単にエンターテイメントだけにあるのではない。作品を通読して、現職の医師、それも外科医を経て病理医であることの体験が書かせる圧倒的なリアリティである。いまひとつは病理医の冷徹なまなざしを、医療界の問題点、すなわち社会的病理≠ノ向けているということである。医療界の人に勧めたいと思い、この稿を書いた次第。

 『死因不明社会――Aiが拓く新しい医療』(講談社ブルーバック)は小説ではなく、学術書だ。これまでの医学は、人が死ぬと身体を解剖し、なぜその人が死に至ったかを調べ、そこから得た知見を臨床医学にフィードバックさせてきた。ところが、解剖は年々行われなくなっており、日本の解剖率は先進諸国中最低レベルの2%台、98%の死者は、厳密な医学詮索を行われないまま死亡診断書が交付されているという。

  日本は毎年100万人以上の人が亡くなっている。そのほとんどは「死因不明」のまま。このような無監査状態を放置すれば、医療は崩壊、治安は破壊され「犯罪天国」になると、警告する。解剖が衰退するのも理由はある。遺族に対して優しい検査ではないからだ。 そこで考えられたのが、死亡時画像診断、Ai(オートプシー・イメージングの略号で、エーアイと読む)だ。Aiは死後、遺体をCTやMRIで画像診断をする。解剖が敬遠される今日、Aiを中核にして死因不明社会に立ち向かうべきであると、病理医・海堂尊は主張する。海堂にとって、Aiを社会制度に組み込むことが、ライフワークであるという。 

 2004年、「福島・大野病院事件」が起きる。帝王切開で妊婦を死亡させたとして、医師法21条に基づく異常死届出義務違反と業務上過失致死罪に問われた産婦人科医が逮捕・拘留された。福島県警は2006年2月18日、逃亡も証拠隠滅の恐れもない産婦人科医を逮捕した。しかも手錠をかけて、だ。この逮捕劇は、医療界に衝撃を与えた。海堂は、「警察官僚による人災だ」と断じる。
〈捕劇は効果抜群でした。瀕死状態だった地域医療と産科医療はあの一撃で息の根を止められました。〉(『ジーン・ワルツ』から)。

 医療崩壊という問題群に対して、警告のメッセージを発信。果敢に医療界や官僚に、メスの切っ先を向けている


 
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