2008年10月30日

僕のアパートからは、高速道路が見渡せます。
夜も更けた頃、パトカー５０台以上がダウンタウンに向かって猛スピードで
走って行きました。ニュースによると、すでに１００人近くが
逮捕され、市内のあちこちで煙が上がっているというのです。

ワールドシリーズ優勝を、「Once in a lifetime」（一生に一度）の
出来事、と誰もが言います。しかしその喜びは笑顔や歓声ばかりでなく、
放火や破壊行動、暴走といった形になってしまったのでした。
マナーの悪さや罵声で有名なフィリーズファンは、なぜか
嬉しさの表現が苦手にして過激。
好きな女の子をいじめる小学生男子のような人々です。

僕もたまたま用事があって、ダウンタウンを車で通りかかりました。
街角ではポストや新聞のスタンドが焼き払われ、
駐車車両が叩き壊され、道はあちこちで通行止め。
目抜き通りのひとつは、百メートル以上に渡ってガラスのかけらが散らばり、
蛍光灯に照らされてきらきら輝いていました。
酔っ払ったドライバーと、その車に箱乗りして
奇声を上げるファン。ひっくり返され、
叩き壊された遊歩道の大きな植木鉢。
鳴り止まないパトカーのサイレンと、出動しっぱなしの消防車。
急ごうにも道をふさがれて動きの取れない救急車。
これが２００８年、２８年ぶりにワールドシリーズを制した
フィラデルフィアの夜でした。

試合が終わったあと、僕を囲む報道陣の表情は、
誰もが複雑そうでした。
素直に「おめでとうございます！」と笑顔で言えないその理由は、
よくわかっています。僕が試合に出ていないから。
なんだか不完全燃焼のまま終わってしまったから。
だからこそ、僕のほうが申し訳なく思ってしまいました。
出ていたらなあ、活躍していたらなあ、と。
でも、控えである以上、僕の役目は「その時」に対して備えるだけ。
出番がなければ、また同じことを翌日やるだけです。
心と身体の緊張を最高潮にまで高めては、
それをリリースできる場所はなく、帰宅するという毎日。
そんなシーズンが、プレーオフでも続いてしまいました。

数日前、そんな話をヨメとしていた時のこと。
「昔、マラソンの中継でオートバイの後ろに乗ってね」
「なんで今その話やねん？」
「生放送だし、中継の前後も含めると、何時間もトイレに行けないわけよ」
「うん」
「だから、大人用のオムツをはいたの。それならトイレに行きたくても迷惑かけないで済むし」
「だから何で今その話やねん？」
「オムツがあったから、トイレのことを心配しなくて済んだってこと。実際にお世話にはならなかったけど、不安なく仕事ができて嬉しかった」
「そやろうけど・・・」
「ベンチもそうじゃない？最終的に使う、使わないは別として、そこにベンチの選手がいるから、監督は思い切りできる」
「俺は大人用のオムツかい！？」
「え、ダメ？心配を取り除いてくれる、心強いバックアップ。すごいよ〜」

奇しくもチャーリー（監督）が、優勝のあとこう言ったそうです。
「ソウの出番は少なかった。しかし彼が最後にいてくれる、
ということが、私にとってはどれだけ心強かったか。
それは、彼が実際に試合に出る、出ないということとは関係ないんだ。
彼の存在は、チームの貴重な戦力なんだ」

僕は「オムツ」と呼ばれるのは泣くほど嫌なのですが、
もし精神的な面でチームに貢献できたのなら、
ちょっとだけオムツでもいいかな、
という気には・・・やはりなれませんが、納得はしたのでした。

トニー・ラルーサ（カージナルス監督）とチャーリー・マニュエル。
「細やか」と「イケイケどんどん」。
この「イケイケどんどん」を、僕は最初、否定していました。
バントもない、ヒットエンドランもない、点を取るのはホームランだけ・・・。
（こんなのは野球ちゃう。こんな野球で勝ったらアカンやろ）
しかし、シーズンが進むにつれて、
これもまたアメリカ野球の、むしろ典型的な姿であること、
そして、こうやって勝つこともまた野球であることを、
少しずつ学ぶことができたのです。

この対極の野球を経験し、そのどちらの野球にも、
役割は違っても「必要」と思ってもらえたのだから、
外に見える形はどうあれ、僕はきっと胸を張るべきなのでしょう。
そしていつか、自分の野球に迷いを感じたときに、
与えられた２つのリングを見て、（俺は違う野球で優勝したんや）と、
自分に言い聞かせることができるでしょう。
２００８年もまた、すばらしい経験をさせてもらいました。

いつまで現役でいられるのか。４０を目前にして、
そろそろ「いつまで」という言葉がちらつき始めた野球人生です。
しかし、欲深い僕は、３個目のリングをもちろんあきらめていません。
リングは１年を締めくくる、形に見えるご褒美ですが、
本当はその過程で得られるもののほうが、
ずっと大切な・・・そんな気がしています。

今日はチームパーティー。
明日は市内をパレード。それで公式行事も終わります。
来年はもういないかもしれない町の光景を、
しっかりと目に焼き付けて、胸を張って手を振ってくるつもりです。

今年も応援ありがとうございました。
みなさんのおかげで、
僕はまた前を向いて進んでいくことができます。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２００８年１０月３０日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ワールドシリーズ制覇の翌日　　田口壮

　

ペンシルベニア州フィラデルフィアにて　田口壮　

田口選手宛のファンレターはこちらまで　letter@taguchiso.com