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世界の自動車産業が大変なことになっている。相次いで発表された中間決算や四半期決算は軒並み大赤字や大幅減益で、まさに火だるま状態。減産や工場閉鎖も広がってきた。
米国発の金融危機が実体経済へ波及した結果である。震源地の米国市場の惨状は目を覆うばかりだ。
リーマン・ブラザーズが破綻(はたん)した9月は販売台数が前年同月比で26%減り、10月は31%も落ち込んだ。金融収縮でローンの審査が急に厳しくなり、消費者に借金をさせて車を売り込むビジネスが行き詰まった結果といえよう。米大手のゼネラル・モーターズとフォード・モーターの7〜9月期の決算は大幅な赤字に沈んだ。
日本勢も例外ではない。超高収益を誇ってきたトヨタ自動車は、今年度の営業利益が7割以上も減る見通しだと発表した。トヨタは米国工場を次々と稼働させ、得意の小型車だけでなく、米大手が握る大型車へも進出した。その結果、収益構造が米大手と近くなり、反動も大きくなった。円高も打撃だった。中間決算を出した日本メーカー10社のうち8社が減益だ。
新興国市場への依存度が高い欧州勢でも減益や減産が相次いでいる。
今回の危機は、1929年からの世界恐慌と共通点が指摘される。当時は(1)金融収縮(2)生産・雇用・所得など実体経済の収縮(3)世界的な貿易収縮という三つが、物価の下落を伴って連鎖的に進んだ。とくに農産物の価格暴落や貿易の急減が連鎖を増幅した。
今回も同様の収縮スパイラルが働きつつある。そして、金融収縮を生産や雇用の収縮へ波及させる主経路が自動車であることが明確になってきた。
思えば、恐慌後の第2次大戦を経て20世紀後半の経済をリードした産業は自動車と電機だったろう。
しかし、先進国では車がすでに行き渡り、台数増はあまり望めまい。新興国はこれからだが、環境面からの脱石油の要請と原油価格の上昇が、自動車産業に構造転換を迫っている。
21世紀も自動車産業が世界をリードするかどうかは、新しい局面に適応する自己変革力が鍵を握る。
まず全力をあげるべきなのは、脱石油を徹底的に追求した環境対応車の開発だ。これにより先進国での新しい需要を獲得する。同時に、超コンパクトカーや超低価格車など新しいタイプの車を生み、新興国へも基盤を広げていくことが求められている。
まだ地力がある日本の自動車産業から、新しいグローバル企業の姿が打ち出されることを期待したい。
人口減少の時代に入り、日本の主要な製造業は海外需要を狙わざるを得ない。その課題は自動車と共通する。危機を大不況にしないためにも、それぞれに新しい道を切り開かなくては。
「住民に身近な行政は地方自治体に移す。霞が関の抵抗があるかも知れないが、私は決断する」
こんな勇ましい言葉で政府の出先機関の統廃合に意欲を見せていた麻生首相が、地方分権改革推進委員会の丹羽宇一郎委員長に大胆な具体策づくりを促した。閣僚にもこの作業に協力するよう指示した。
官僚や族議員の抵抗に悩まされてきた分権委にとっては、首相の指示は何よりの後押しだろう。12月の第2次勧告にむけて弾みがつく。
出先機関の改革が必要なのは、こんな理由からだ。
たとえば、全国に8カ所ある国土交通省の地方整備局は、合わせて8兆円あまりの年間予算を持つ。農林水産省の地方農政局は7カ所で約1.2兆円。
道路や河川の管理、農業振興などを担当しているが、都道府県も同じような仕事をしている。自治体に任せて二重行政をやめれば、行政は効率化し、税金の節約になる。
分権委はこれまで、八つの府省で計15種類の出先機関を統廃合できないか、役所側と折衝してきた。だが、出先が担当している仕事の9割近くについて「今後も存続させるべきだ」と突っぱねられるなど、中央官僚機構の厚い壁に阻まれてきた。
分権委が発足したのは安倍政権の時だった。その後、福田、麻生とめまぐるしく政権が変わるなかで、政治的な後ろ盾が弱まっていると霞が関から見透かされた面もあった。
そこに改めて活を入れたわけだ。だが、首相には別の思惑がありそうだ。
首相は先月末、3年後の消費税率アップを明言した。その際に、引き上げの前提条件として「大胆な行政改革」をあげた。出先機関の統廃合に号令をかけてみせたのは、その具体的な証しを示そうとの狙いではないのか。
統廃合を実現するのはそう簡単なことではない。
首相の指示をめぐって、「原則廃止」なのか「統廃合」なのか、分権委と官僚、一部の閣僚たちの間で早くも解釈の食い違いが表面化したのも、抵抗の大きさを物語っている。
分権に熱心な民主党を意識したからこそ、首相も大胆な改革を打ち上げたいと考えたのだろう。2大政党が政権を競い合う政治の、建設的な側面が出たと言えるのではないか。
ただ、出先機関の改革は、そこで働く国家公務員を地方公務員にしたり、税財源を移したりという大がかりな作業だ。分権社会の将来像をきちんと描いたうえで、息の長い取り組みが求められる。
間近に迫った衆院の解散・総選挙をにらんだ、打ち上げ花火のような話に終わらせてはならない。